響子そして(二十二)親族会合
2021.07.26

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十二)親族会合

 午後九時を過ぎたあたりから、車寄せにベンツやらBMWなどの高級外車が次々と出たり入ったりしながら来客を降ろしていた。
「ぞろぞろ集まってきたみたい」
 窓から少しカーテンを開けて覗いているわたしと里美。
 里美はネグリジェに着替えていた。
 タンスの中には母親の衣類がそのまま残されていた。
 それを着せてあげたのである。
 わたしは親族会議があるから、それにふさわしい服装に着替えている。
「みんな外車だね」
「そりゃそうよ。この屋敷に入るのに軽自動車なんかで来たら笑われちゃうわ。持っていない人は、どこからか借りてくるそうよ」
「見栄だね。ナンバーで判るからレンタカーじゃないわよね」
 やがて別のメイドが入ってきた。
「お嬢さま、旦那様がお呼びでございます」
 わたしと里美は、見つめ合った。
「いよいよね」
「頑張ってね。お姉さん」
 何を頑張るのかは判らないが……。
 里美を残して、部屋を出た。ふと振り返ると里美が手を振っている。
 二人のメイドの後について、長い廊下を歩いていく。
 大きな扉の前で歩みが止まった。
「少々、お待ち下さいませ」
 軽く会釈すると、その扉を少しだけ開けて入って行く。
「お嬢さまを、ご案内して参りました」
 その開いた扉から、メイドの声が聞こえてきた。
「よし、通してくれ」
 祖父の声だ。いつもと違った威厳のある口調。
「かしこまりました」
 そういう声と同時に、扉がゆっくりと全開された。
 メイドが二人、それぞれ両側の扉を開いていく。

 広い部屋の真ん中に、矩形にテーブルが並べられている。
 一番奥のテーブルには祖父が座り、両側サイドのテーブルには親族が座っている。そして一番手前には、きっちりとしたスーツを着込んだ弁護士らしき人物が座っている。

 わたしの姿を見るなり、親族のほぼ全員が声をあげた。
「弘子!」
 全員の視線がわたしに集中している。
「そんなはずはない! 弘子は死んだ。それに年齢が違う」
「そうだ、そうだ」
 そんな声には構わず祖父が手招きをしている。
「良く来たな。響子、儂のそばにきなさい」
 テーブルを回りこむようにして、彼らのそばを通り過ぎて祖父のところまで歩いて行く。真樹さんも後ろに付いてくる。

 じゃあ、一体誰よ、この女。
 何者だ。こいつ。

 というような、明さまに敵意を持った目つきで睨んでいる。
 親族にとっては、女性ホルモンと性転換のおかげで、すっかり容姿が変わってしまっているわたしが、ひろしだとわかるはずもないだろう。
 第一このわたしだって着席している全員を見知っていないのだから。おじいちゃんの姉弟くらいは覚えがあるが、亡き長兄と次兄の子供らしき人物達は覚えていない。
 祖父の脇にしずしずと立ち並ぶ。後ろには真樹さんが控えている。
「揃ったようだな。まず、そちらにいるのは、顧問弁護士と立会人。そして見届け人として、篠崎重工ご令嬢の絵梨香さんにお越しいただいた」
 名指しされた少女、篠崎絵梨香がにっこりと微笑んだ。
 磯崎家と篠崎家は、江戸時代から取引のある旧知の仲である。


「紹介しよう。この娘は、弘子の長女の響子だ」
「馬鹿な!」
 いきなり一人が立ち上がって怒鳴った。あれは祖父の四弟の健児だ。
「弘子に娘はいないはずよ!」
「そうだ、一人息子のひろしだけだぞ」
 口々に叫んでいる。
 祖父がそれをかき消すように言った。
「証拠を見せよう」
 と合図すると弁護士の一人が書類を、それぞれに配りはじめた。
「何よこれ? 戸籍謄本じゃない」
「そうだ、そこにこの娘が弘子の子である証拠が記されている」
 神妙な面持ちで戸籍謄本を確認する一同。
「何だよこれ、長男が消されて長女になってるし、名前もひろしが響子に訂正されてるじゃないか?」
「じゃあ、その娘がひろし? 確かに弘子には瓜二つだけど」」
「冗談もやすみやすみ言え」
 それに静かに諭すように答える祖父。
「冗談ではない。どうしても信じられないなら、この娘のDNA鑑定をしてやってもいいぞ。間違いなく、儂の娘の弘子が産んだ娘だ。書類は、もう一種類ある。目を通してくれ」
 全員が書類をめくる乾いた音が室内に響く。
「何これ、裁判所の決定通知?」
「磯部ひろしの申請に対し、性別と名前の変更を許可する……まさか」
「医師の診断書も添付してあるわ。それによると……。患者は、真正半陰陽であり、かつ性同一性障害者と診断する。よって男性として生活するには甚だ困難であり、平時から女性として暮らしており、戸籍の性別と氏名の変更を認めざるを得ない……。
 署名、○○大学付属病院心療内科医、如月和人。
 署名、△△精神内科クリニック精神科医、駒内聡、
 署名、黒沢産婦人科・内科病院、性別再判定手術執刀医、黒沢英一郎」
「真正半陰陽って、男と女の両方の性を持っているってことだろ?」
「子供の時は男の子だったけど、思春期を過ぎてから実は女の子だったという話しは良く聞くけど、ひろしがそうだったというわけね。弘子にそっくりな今の姿を見れば、納得できない話しでもないけど……」
 あらまあ……。いつから真正半陰陽なんて話しが出てくるのよ。わたしが戸籍変更した時の申請書類では正真正銘の男性だったわよ。そうか……戸籍変更の正当性を親族に納得させるために、黒沢社長が仕組んで偽造したのね。戸籍変更が認められたのは事実だから、たいした問題ではないとは思うけど……。
「つまり男から女になったというのね」
「そ、そんなことしたって、ひろしの相続欠格の事実は変わらないぞ。今更、出てきてもどうしようもないぞ」
「そうよ。健児の言う通りよ」

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響子そして(二十一)帰宅
2021.07.25

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十一)帰宅

 祖父の迎えのリムジンで屋敷に向かうわたし。
 が……。なぜか里美が付いて来ている。
 わたしを迎えに来たリムジンを見て、乗り込んでしまったのである。
 どうしても資産家の祖父の屋敷を見たいとか言ってね。
 せっかく両親が迎えに来て水入らずの時間を楽しみにしていたろうに……。
 ともかく今夜一晩うちに泊めて、明日自宅にお送りするということにした。月曜代休を含めて三連休なので、一日くらいならいいでしょう。
 里美は車内装備の冷蔵庫やらTVなどいじり回している。座椅子のクッションの具合を確かめようとぴゅんぴょん跳ねたり、かと思ったら窓から首を出したりしている。
「里美、少し落ち着いたら?」
「だって、リムジンだよ。リムジン。一生に一度乗れるかどうかって車だよ」
 そんな里美の様子を、祖父はにこにこと微笑んで眺めている。
 二人が姉妹のように生活していることを聞いて、どうぞご一緒にと誘ってくれたのである。
「ところでおじいちゃん、お父さんはあれからどうなったの?」
「ああ、愛人のところへ行ったのはいいが。所詮、金の切れ目が縁の切れ目。お母さんの財産援助がなくなって、愛人は別の金持ちの男へ鞍替えしたそうだ。酒に溺れたあげくに急性アルコール中毒で死んだよ。馬鹿な男だ。血液違いで離婚訴訟に勝って慰謝料を踏んだくるつもりだったんだろうが、お母さんの貞操が証明されて敗訴して一文も手に入らなかったんだからな」
「以前から愛人を作っていたというのは、本当なの?」
「ああ、そうだ。裁判に勝つために、興信所で調べさせた。間違いない」
「そっか……」
「どうした、あんな奴に同情か?」
「ううん、ちっとも。お母さんの言う事を信じなかったのは、わたしも怒ってるから」
「おまえはお母さんっ子だったからな」
「そ、身も心もお母さん似だからね」
「そうだな……あんな奴に似ているところが一つもなくて良かったよ」
「一つだけあるよ」
「なんだ」
「血液型」
「ああ……仕方がないな……」
「でもわたしの子供はちゃんとしたのが産まれるよ。わたしの卵巣は、Bo型なんだ」
「そうか、奴の血が繋がっていないと考えれば、他人の卵巣というのもいいかも知れないな」
 ゆるゆるとした坂道を登って行った丘の上。
 やがて屋敷が見えてきた。
「ねえ、ねえ。あれがそうなの?」
 里美が車窓から身を乗り出して尋ねた。
「そうよ」
「すごーい」
 花崗岩造りの荘厳な正門を通って広大な前庭から噴水ロータリーのある車寄せへ。
 里美は瞳を爛々と輝かせて雄大な屋敷を見上げている。
「迎賓館みたい!」
「お帰りなさいませ!」
 ずらりと並んだメイド達にびっくり顔の里美。
「すごいね」
 メイド達の中に見知った者はいなかった。
 執事だけが見知っている唯一の人物だった。
「お嬢さま、お帰りなさいませ」
 うやうやしく執事の礼をする。
 もちろん母親の顔を知っているので、母親似のわたしと来賓の里美を間違えるわけがない。
 どうやらわたしが性転換したことを知らされて、女性として扱う事を命令されているようだ。そのためにもわたしが男だったことを知っている古参は暇をだされたようだ。
「お嬢さまだって……」
 里美が、わたしの小脇を突つきながら、囁いていた。
 そういえば、子供の頃はお坊ちゃまとか呼ばれていたような気がするが……。どちらかというと、お嬢さまの方が響きが良いね。お坊ちゃまというのは成り金主義とわがまま坊主というイメージがあるけど、お嬢さまならどこか清楚でおしとやかな雰囲気がある。
「そちらのお方は?」
「わたしの親友の里美よ。同じ部屋で一緒のベッドに寝るから」
 いつも一緒のベッドで寝ているし、別の部屋にすると戸惑うだろうとの配慮だ。
「かしこまりました」
「わたしのお部屋は?」
「はい。弘子様がお使いになられていたお部屋でございます」
 弘子とはわたしの母親だ。その部屋ということは、祖父に次ぐ最上位の部屋になる。つまり正当なる後継者たる地位にあることを意味していることになる。
 一人のメイドが前に出てきた。
「紹介しておこう。響子専属のメイドの斎藤真樹くんだ」
「斎藤真樹です。よろしくお願いします。ご用がございましたら、何なりとお気軽にお申しつけくださいませ」
 とそのメイドはうやうやしく頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく」
「響子、公開遺言状の発表は午後十時だ。ちょっとそれまでやる事があるのでな、済まぬが夕食は里美さんと二人で食べてくれ。それまで自由にしていてくれ」
「わかったわ」
 そういうと執事と一緒に奥の方に消えていった。

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特務捜査官レディー(二十一)行動開始
2021.07.25

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十一)行動開始


「さて仕事だ! そいつの機能説明しよう。と言っても、俺も聞きかじりだから詳しく説明できないがね。真樹ちゃんのことだから、試行錯誤ですぐに覚えてしまうだろうね」
「そうそう。課内にあるパソコンの接続設定とかインストールとかできちゃうんだから」
 確かに言われるとおりにパソコンとかPDAとかの扱い方には強い真樹だった。
 初心者にありがちなのは、ソフトを動かしてパソコンを壊したりはしないか? とか、下手にファイルを削除して動かなくなったとか、余計な心配したり懲りて触るのが怖くなってしまうことである。パソコンは落としてハードディスクなどの機械部分を壊すとかでなければ、ソフトを操作したぐらいでは壊れるものではない。ファイルの削除でも、ゴミ箱の中身を元に戻したり、WINDOWSならシステム復元を実行すればある程度元に戻るものだ。
「たいしたことありませんよ。毎日のようにパソコンに触れている、今時の女の子なら誰でもできますよ」
「まあ、そうだけど。時代の隔世を感じるね」
 ともかくも一応、機能説明を受けて一通りのことは理解できた。
「それで肝心の奴の顔を知っているのは、我々の中にはいないので……」
「いないんですか!? それじゃあ、どうやって」
「まあ、最期まで聞け。以前に覚醒剤の売人を捕らえていて、刑を軽減するから仲買人を教えろということで、協力してくれる奴がいる。その端末にそいつの写真画像がインプットしてあるから、顔を覚えておくんだ」
 端末を操作して売人の写真を表示する真樹。
「ああ、これね。女の人」
「前から言っているように、奴に近づけるのは女性だけだ」
「そうだったわね。この女性に接触すればいいの?」
「いや、逆に知らぬ振りをして、そいつが奴と接触するまで待つんだ。いわゆる泳がせ捜査で、覚醒剤を買い付けることで奴と接触するように手筈が整っているはずだ。そいつが奴と接触し、覚醒剤を受け渡したその瞬間を、麻薬取引の現行犯で押さえるのだ」
「捜査に協力する振りをして、その人が逃げたり逆に相手と結託したりしたら?」
「それはない。彼女が覚醒剤の売人になったのは、奴の属する組織に子供を人質に捕られていて仕方なくやっていたのだ。現在子供はこちらで保護している。今回の件が成功したら、執行猶予処分が付くことになっていて、収監されることもなく子供と一緒に暮らせる」
「司法取引というやつですね。でも日本ではまだ法整備が整ってないですが」
「まあな、いわゆる裏取引というやつだよ」
「なるほどね……結局、当局も彼女を利用しているというわけね。それじゃ、組織と同じじゃない」
「ち、違うぞ! これは……」
 と反論しようとした時だ。
「あ、待って! 挙動不審な女性がいるわ。きょろきょろあたりを窺っている。あ、この写真の人だ!」
「来たか!」
「じゃあ。あたし、行きます」
「おお、気をつけてな。何かあればすぐに連絡するんだ」
「判りました!」
 車を降りて、ホテルに向かって歩き出す真樹。
 胸元には、麻薬取締官を示す目印のブローチを付けている。
 相手もそれに気づいて、おどおどしながらも中へ入っていく。
「さあ、これからが勝負よ」
 と、振り向きざまに指を二本立てて、後方のバンの中にいる同僚にピースサインを送るのであった。
「あの、馬鹿が……遊びじゃないんだぞ」
 頭を抱えて、これからのことを不安に感じる主任取締官なのであった。

囮捜査や泳がせ捜査は、一般の日本警察官には認められていないが、麻薬取締官には例外として認められている。
日本の司法取引については、2014年9月18日に法制審議会で審議されて、2016年5月に改正刑事訴訟法で成立、2018年6月1日より施行。


 売人の後を追うようにしてレディースホテルに入る真樹。
 泳がせ捜査の始まりだった。
 売人を追跡しつつ、近寄る不審人物をチェックする。
「さあて、どんな奴だろうね」
 仲買人の顔を知っているのは、売人だけである。
 まだ時間があるのか、ロビーの応接セットに腰掛けていた。
 彼女が観察できる位置の応接セットに腰掛け、ホテルを出入りする人物をチェックすることにする。
「あたしの知っている人物は来るかな」
 女性警察官時代に担当した麻薬課の犯罪者リストの顔写真が思い起こされる。もちろん自分自身で逮捕した容疑者もいるが、そういう人物に顔を覚えられているとやっかいだ。
「ばれたりしないよね」
 顔を整形しているとはいえ、どことなく面影が残っているかも知れないし……。
 この泳がせ捜査に関わらず、今後の麻薬取締においても、警察官なり麻薬取締官なりの顔を覚えられると、逃げられる確立が高くなって問題なのだ。
 もっとも女性警察官時代においても、実は男性だったことを知る容疑者たちはいないはずだが。
 彼女はまだ動かない。
 その間も、ネット手帳を使って、同僚達と連絡を取り合う。
 まあ、他人目にはインターネットで調べものしている風に見えるだろう。
「あ、動いた!」
 席を立ち、階段を昇りはじめる売人
 エレベーターがあるのに階段を使うのは、精神を落ち着かせるためであろう。エレベーター内は閉鎖空間であり、息が詰まるものである。犯罪に関わるものは、すぐに逃げられるような行動を無意識にとるものだ。
『今、移動をはじめました』
 電子手帳に入力して、同僚たちに知らせる。
『仲買人がどこかで監視しているかも知れないから、慎重に行動してくれ。何かあったらすぐに連絡してくれ』
 すぐに返信メールが返ってくる。
『了解しました』
 電子手帳を閉じて、ショルダーバックに納めて、売人の後を追いかける。
 警察時代にも囮捜査に何度も借り出された経験もある。尾行の方法とか注意点とかを叩き込まれた経緯があるから、その経験をここでも発揮すればいいのである。
 まず一番大切なことは、それぞれの階の見取り図をしっかりと把握しておくこと。
 取引の行われる化粧室を中心として、エレベーターや階段(非常階段含む)の位置関係。通路がどのように繋がっているかなど。犯人の逃走ルートは確実に押さえておく。

 化粧室は、その名の通りに化粧をする所である。
 一般的にはトイレも併設してあるが、化粧室だけというホテルもあるので、要注意である。
 敬とニューヨーク観光してた時に、急に用がしたくなってホテルに駆け込んで化粧室に入って驚いたことがあった。
 化粧とトイレは、はっきり区別しておいた方が良い。上品ぶって化粧室はどこですかと聞いたりなんかすると、ほんとにトイレのない化粧室に案内される。トイレに行きたければトイレとはっきりと尋ねるべきである。
 おっと横道にそれた。
 何にせよ。トイレではなく化粧室でよかった。
 化粧直しに念入りに時間を掛けられるから、売人や接触してくるはずの仲買人の観察もそれだけじっくりと行えるからである。三十分くらい化粧直しに専念する女性なんかざらにいる。
 もちろん直接眺めたり、化粧室内の大鏡で見ることはしない。あくまで観察は化粧用のコンパクトの鏡を使って、こっそりとばれないように気をつける。
 鏡の中の売人はおどおどとし続けであった。
(あーあ……。あれじゃあ、仲買人に何かあると察知されちゃうじゃない)
 こりゃあ、それと判明しだい即座に行動に出ないと逃げられちゃうかも。
 と思った時だった。
 売人の表情が変わった。
 来たみたいね……。
 コンパクトの鏡の角度を変えて、入ってきた人物の顔を捉える。
(へえ、彼女が仲買人か……)
 ちょっと背が高めの冷たい感じのする女性。
(化粧が濃いわね……)
 一目そう思った。それだけでなく、着ている服にもどこかアンバランスで、今時の女性はこんな着方はしない。ファッションに敏感な女性の目には異様な雰囲気だった。
 まさか……女装してる?
 緊張している売人は気づかないのかも知れないが、明らかに男性が女装しているようだ。

 間違いない! 仲買人は女装した男性だ。

 女性の服を着て化粧し、かつらを被っていれば、人は中身も女性だと思い込む。
 よほどの男性的な顔や姿をしていなければ、堂々と正面を向いて歩いていると、意外と気づかれないものだ。これが女装に自信がなくおどおどとしていると、注目の視線を浴びてしまって気づかれてしまう。
 この仲買人も、気をつけて見ていなかったら、見落としてしまうところだった。

 取締りの現場に駆り出される麻薬課の警察官や麻薬取締官は男性ばかりである。危険な仕事に女性を従事させることはできない。真樹のように志願でもしない限りは。
 女装して、レディースホテルの化粧室を利用することで、安心して麻薬取引ができる。

(考えたわね)

 ゆっくりと注意深く売人に近づいていく仲買人。
「ひさしぶりね」
「は、はい」
「金は持ってきたわね」
「もちろんです」
 バックを開けて中身を見せる売人。
「いいわ」
 二人は小さな声で商談をしている。
 仲買人は、声のトーンを高くし女性らしく振舞っているが、やはり男性の声だ。
 売人は気づいていない。
「どうしたの? 震えているじゃない」
「そ、それは……」
「まさか! サツを呼んだわね」
 気づかれてしまった。
 仲買人は、バックを開けて中から拳銃を取り出した。その際に紙包みがこぼれ落ちる。
 覚醒剤だ!
 これで証拠は挙がった。
「さては、あなたね」
 その銃口がわたしを捉える。
 この化粧室には、その二人を除けばわたししかいなかった。
「言いなさい! あなたは誰?」
 ばれてはしようがない。

 彼女の持っている拳銃は、ベレッタのM1919(25口径)のようだ。小型ながらも装弾数は8発の自動拳銃。対してこちらの持っているのはレミントン・ダブルデリンジャー(41口径)の二発だけ。
 破壊力はデリンジャーだが、弾数と命中精度はM1919の勝ちである。

 絶体絶命のピンチ!

 ……かしら?

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