響子そして(十一)分娩
2021.07.15

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(十五)分娩

「先生。そろそろ、分娩室にお越しください」
 看護婦が病室に呼びに来た。
「どこまで進んでいる」
「80%です」
「そうか、もうすぐだな……」
 と言いながら視線をわたしに移した。
「丁度良い機会だ。響子君。分娩に立ち会いたまえ」
「分娩ですか……遠慮します」
「いいから、きなさい!」
 先生に無理矢理病室を連れ出されて分娩室へ。
 腕力では男の先生にはとうてい適わない。ぐいぐいと引っ張られていく。
「痛い、痛い! 先生、痛いです。判りましたから、引っ張らないでください」
 手を離してくれた。
「もう……。あざができちゃう」
「ああ、悪かったな」
 手術見学用の白衣を着て、分娩室に入る。
 分娩台の上に足を大きく開いた状態で、女性が寝かされている。そのまわりを医者
や助産婦らしい人々が忙しなく動いている。
「この娘はね。君と同じ性転換手術を受けた女性だよ」
「う、うそでしょ」
「嘘を言ってどうなる。ほんとの事だよ。この娘は生まれついての性同一性障害者で
ね。とある会社の健康診断で、女性ホルモンを飲んで胸が膨らんでいた彼女に出会っ
た。免疫型の一致する脳死患者が出た際に、手術を受けるかどうか尋ねると、即答で
お願いしますと言った。早速手術してあげ、戸籍変更の手続きもして、本当の女性に
生まれ変わった。そして見合いをさせて結婚させ、妊娠した。そして出産のためにこ
こにいる」
 信じられなかった。妊娠し出産することのできる完璧な性転換手術。それを目の当
たりにしている。先生の話しが本当なら、まったく同じ手術が施されたのなら、わた
しは今の彼女と同じように子供を産むことができるのか?

「陣痛がはじまってどれくらいになる?」
「約十四時間です」
 わたしが入室してかれこれ四時間、分娩は一向に進んでいないように見えた。
「やっぱり性転換手術してちゃ、無理なんじゃないですか?」
 あまりにも長いので心配になって尋ねてみた。
「なあにこれくらい、初産ならどんな女性でも経験することだよ。赤ちゃんの頭は大
きいからね、骨盤腔のあたりで引っ掛かっていて、狭い産道の中どうやって抜け出そ
うかと、一所懸命に体位を変えながら、出られる場所を探しているんだ。赤ちゃんの
頭骨は隙間だらけで柔らかい、そのままなら狭い骨盤腔を通れなくても、頭を変形さ
せてまでして、そこを通り抜けようとする。しかし初産の人達は緊張しているから、
産道も緊迫していて中々降りてこられないんだ。だからああしていきんで押し出して
やろうとしているんだ」
「先生は手出ししないんですか? 産婦人科医なんでしょ?」
「出産そのものは助産婦があたって赤ちゃんを取り上げるし、産まれた後の赤ちゃん
は、小児科医の担当だ。わたしの役目は、妊娠から分娩台に上がるまでの、胎児と母
体の健康管理が本来の仕事でね。分娩中は母体と胎児に異常がないかを見ているだけ
だよ」
「出産って、ほんとうに苦しい作業なんですね」
「そうだよ。しかし人類創世以来すべての女性が体験してきたことだよ。確かに分娩
中は苦しいが、胎児が産まれ出た瞬間には、至極の絶頂感があるそうだよ。だから二
人目・三人目を産みたくなる」
「でしょうね。人類が存続発展するためには、途中死亡を考慮にいれて女性達が、そ
れぞれ三人の子供を産まなければだめなんですよね」
「道を歩いてて急に大がしたくなって、我慢に我慢を重ね、失禁寸前にトイレに駆け
込んで無事排便できて空になった時、実に気持ちが良い。あれに似ているんじゃない
かな」
「もう……汚い話ししないでください」
「汚くはないよ。排便も出産も動物の自然な生理の一つだと言いたかったんだ。人間
として動物として、生きるための生理現象には、生命が地球上に発生して以来、何十
億年もかけて自然淘汰されてきたんだ、何一つ無意味な事はない」
「分娩の苦しみが、親子関係をスムースにさせると聞いたことがあります」
「その通り、こんなにも苦労して産み出したんだ。どんなことがあっても、その子を
ぞんざいにはできるはずがない。そしてそんな女性の一人が君なんだ」
「……」

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特務捜査官レディー(十一)CD-R
2021.07.15

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十一)CD-R

 ある日の事だった。
「お母さん、ただいま」
 大学から帰ると母が伝えてくれた。
「お帰り、真樹。あなたにエアメールが届いているわよ。お部屋に置いてあるけど、ニューヨークから」
「ニューヨークから?」
「ええ。CD-ROMとか文字が書いてあったわよ」
「CD-ROM?」
 ニューヨークから何だろう。
 真樹さんに関係あることかな。
 ニューヨーク観光していたから、何か取り寄せで音楽CDでも買ってたのかな。
 部屋に戻って早速机の上のエアメールを開いてみた。送り主には見覚えがなかった。
「何これ?」
 封を開けてみると、どうみても音楽CDではなかった。
 手作りのそれもCD-Rだった。
 ノートパソコンを起動してCD-Rをマルチドライブに挿入する。
 あ、このノートパソコンは父親におねだりして買ってもらったものだ。
 父親は本当の娘として接してくれていた。おねだりしてそれが妥当な品だったら買ってくれるやさしい父親だった。
 以前の真樹が使っていたパソコンもあったのだが、WIN95では、時代遅れも甚だしい。今時のソフトは起動も出来やしない。最新のマルチドライブ搭載WIN10PCに買い替えてもらった。
 ドライブが軽い音を立てて回りだしたかと思うと、パスワード入力画面が現われた。
「パスワード?」
 エアメールの包みを調べてみたが、パスワードが記入されたようなものはなかった。
「そうだよね……パスワードと一緒にCD-R送ったら、パスワードの意味がないものね。しかし困ったわね……パスワードか……」
 その時脳裏にあるパスワードが浮かんだ。
 あたしが敬との交信に使っていたパスワードだった。
「まさかね……でも、他にどうしようもないし……」
 試しにそのパスワードを入力してみる。
「え? うそおー!」
 CD-Rが再び音を立てて回りだしたと思ったら映像が浮かび上がり、音声が流れてきた。
『やあ、薫……いや、今は斎藤真樹になってたんだな。真樹、俺は生きている。元気だ……』

 敬!

 懐かしい敬の姿と声だった。
「敬が生きていた……」
 嬉し涙が止めどもなく流れた。
 声は続く。
『俺は今、とある特殊傭兵部隊にいる。俺を狙っている組織から逃げるために、傭兵部隊に入ったんだ。車を隠すなら車の中というように、狙撃者から逃げるには、こっちも狙撃者になったというわけさ。ニューヨーク市警の本部長狙撃事件の事は知っているか? あれは俺の仕業だ。真樹が死んだと思っていた俺は、仇を撃つために奴を高いビルの上から狙撃したんだ。へへえ、俺は今じゃ一流のスナイパーだぜ。もっともそれなりに苦労はしたがな。傭兵としての契約期間はあと一年ある。一年経ったらおまえを迎えにいく。今でも俺を愛してくれていたなら、丁度一年後の今日、はじめておまえとデートした思い出の場所で待っている。そしてもう一度コンビを組んで働きたいものだ。もし来なかったらしようがない、他に好きな男性ができたか俺に愛想をつかしたと思って、アメリカに戻り傭兵部隊に再入隊し、どこかの戦場で戦死するまで戦いの日々を送る事になると思う。それじゃあな、どっちにしても元気で暮らしていてくれ。以上だ……なおこのCD-Rは自動的に消滅……しないから適当に処分してくれ』

 もう……相変わらず使い古したギャグ言ってるんだから……。
 はじめてのデートの場所か……。
 敬とは幼馴染みだから、小さい頃からいろんな所へ二人で遊びに行ったものだが、改めてはじめてのデートと呼べるのは、お台場海浜公園からパレットタウンへ。その中でも一番思い出深い、大観覧車での夜景を眺めながらのファーストキッスだった。
 そして生涯を共にしようと誓い合った。
「ねえ、また一緒に来ようね」
「そうだな……。なあ、薫」
「なあに」
「薫さえ良ければ、生涯を共に添い遂げないか? 正式な結婚はできなくても一緒に暮らす事はできるだろ?」
「本気なの!?」
「いやか?」
「ううん、いやじゃない。嬉しいの。一生敬に付いていくわ」
 プロポーズだった。
 やはり逢い引きの場所は、パレットタウンの大観覧車前で、時間は二人が乗った午後八時とみるべきだろう。

 などと考えているとCD-Rが再び読み込みをはじめた。
「今度はなに?」
『真樹くん、元気かね。君の蘇生手術をした黒沢だ。新しい臓器は正常に機能しているか? そして新しい環境には慣れたかね?』
 え? なんで先生が、敬の送ってよこしたCD-Rに記録されているのよ。
『君が言っていた敬くんを探すのに苦労したよ。まさか傭兵部隊に潜り込んでいたとはね。君から聞いていた彼の性格から、仇を討つために市警の本部長を暗殺するだろうと、縄を張っているところに、彼が引っ掛かってやっと捕まえる事ができたよ』
 そうか、先生が敬を探し出してくれたんだ。
『私も敬君と同じくらいの頃に、日本に帰国できると思う。その時にまた連絡する。移植手術をした医師として、その後の君の身体の状態を診断する義務があるからな。まあ、そういうわけだが、このCD-Rを破棄する時は、再生できないように破壊してからにしてくれ。なにせ敬が市警本部長を狙撃した証言が入っているからな。万が一人手に渡ってデータを読み取られたら事件になる」
 確かに先生の言っていることは理解できた。
 そうか……二人とも一年後には帰ってくるのか。
 それまでには、女を磨いておいて驚かしてあげたいな。
 ふとそう思った。

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