響子そして(一)崩壊
2021.07.05

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(一)崩壊

 わたしは、裕福な家庭に生まれ、やさしい両親に育てられた。

 ミュージカル劇団に所属していた。
 ある創作劇をやることになったのだが、娼婦役がなかなか決まらなかった。かなりきわどいシーンがあるので、女性達が尻込みしてしまったのだ。役をもらえるのはうれしいが、娼婦役では困る。ミュージカルで独唱部分があるので、男性が女装して演じるわけにもいかない。そうこうするうちに、変声前でボーイソプラノのわたしに白羽の矢がたった。思春期に入ったばかりで、女性的な身体つきをしていたし、顔も中性的なマスクが女性の間でも人気があったからだ。
 主なストーリーは、没落貴族の娘が生きるために街娼として街にたって客引きをしている。ここでは暗い娼婦の歌が歌われていく。徹底的にどん底の生活を表現する事で、後の大団円をよりいっそう盛り上げる演出だった。そこへ国王の第三王子が、お忍びで通りかかり一目ぼれする。ここでは娼婦と王子の掛け合いの歌。やがて二人の間に愛が目覚め、幾多の困難を乗り越えて、国王を説き伏せて、婚約にこぎつける。契りの歌。しかし幸せは長く続かなかった。戦争がはじまり二人は引き裂かれる。別離の歌。やがて戦争が決着するが王子の戦死の知らせ。悲嘆し再び街娼に立つ娘。やがて、死んだはずの王子が返ってくる。王子は生き別れた娘の捜索をはじめ、ついに娘を発見する。再会の歌。そして大団円に向かって、新国王となった王子と娘は結婚式を挙げる。結婚式では幸せ一杯の二人と共に、全員で婚礼の歌を高らかに大合唱するというものだった。
 稽古と共に衣装作りもはじまった。娼婦が着る衣装は、中世のフランス貴族風のスカートが大きく膨らんだきらびやかなドレス。娼婦用と婚礼衣装の二着が用意される。
 娼婦とはいえ、役がもらえて有頂天のわたし。本舞台に出られるなら本望だった。雰囲気作りの為に、レッスン中には女装され化粧も施された。女装に慣れていないと本舞台でも、恥ずかしがったりして実力を出せずに舞台をだいなしにする可能性があるからだ。
 毎日、楽しく劇団通いしていた。

 そんな幸せな生活が、ある日を境に崩壊した。
 日曜日、舞台稽古のために、劇場へ向かう途中で交通事故にあってしまったのである。
 救急病院へ搬送され緊急手術が行われる事になった。
 気がついた時、ベッドの上にいた。
 周囲を見回すと、輸液の投滴を受ける医療器具などに囲まれていた。
 ドアの外から怒鳴っている父親の声が聞こえてくる。
「どういうことだ! 弘子、説明しろ!」
「そ、それは……」
 弱々しい母親の声も微かに届いた。
「どうして血液型が合わないんだ!」
(血液型が合わない? なんのこと……)
「私はA型、おまえはO型。B型の子供が生まれるはずがないじゃないか!」
「本当です。わたし、お父さん以外の男性とは関係した事ありません。間違いなくあなたの子供なんです」
 必死で力説するような母親の声。

 わたしが退院した時、両親の間には離婚問題が持ち上がる程の険悪関係にあった。
 離婚を切り出したのは父親の方で、すでに家を出て愛人の女と暮らしていた。
 以前から愛人関係にあったという噂が流れていた。
 母親は離婚調停の法廷の場でも身の潔白を訴え続け、ついに親子の血液鑑定に計られることになった。
 その結果、父親の血液遺伝子に異常が発見された。表現型はA型でも遺伝子がAb因子ということが判明したのだ。遺伝子の一方が血液発現力の弱い特殊な劣性B(b因子)だったのだ。そのため本来なら表現型ABの血液型となるところが、優生遺伝子のA因子に負けて表現型Aの血液型となって現われた。
 そしてその子供には、父親から劣性な(b因子)と母親の(o型)を引き継いで生まれた。遺伝子型(bo)となって、劣勢ながらもB型を発現させる(b因子)によって発現B型の血液型となった。
 ここに正真正銘の父親の息子であることが確定し、母親の貞操は証明された。
 しかし一度こじれた関係は、二度と戻らなかった。

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特務捜査官レディー(一)序章
2021.07.05

特務捜査官レディー(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(響子そして/サイドストーリー)


(一) 序章


 厚生省麻薬取締部と警察庁生活安全局、そして財務省税関とが合同して、警察庁の内部に特別に設立された特務捜査課の二人。麻薬と銃器密売や売春組織を取り締まるエージェント。
 それが沢渡敬と斎藤真樹だ。

 つい先日磯部健児の件をやっとこさ決着させて一安心の敬と真樹。
 二人が捜査に手をこまねいている間に、その人生を狂わせてしまった磯部響子のことも無事に解決した。
 気を落ち着ける時間がやっと巡ってきて、安らかなひととき。
「ねえ……。しようよ」
 真樹が甘えた声で、ブラとショーツ姿で敬の身体を揺する。
 事件を解決した後はいつもそうだ。緊張から解き放されて興奮した心身を静めるためには一番いい方法……なんだそうだ。
「なんだ。またかよ」
「いいじゃない」
「俺は疲れてる」
 くるりと背を向けて不貞寝を決め込もうとする。
「お願いだよ。このままじゃ、眠れないよ」
 といいつつ敬の身体の上にのしかかっていく。
「一人で慰めてろよ」
「そんな冷たいこと言わないでよ。ねえ……」
「もう……しようがないやつだなあ」
「今日は安全日だから……」
 真樹が言わんとすることを理解する敬。
 しかしできたらできたで、それはそれで構わないと思う敬だった。
 結婚し子供を産み育てる平和な生活。
 真樹にはその方がいいのかも知れない。
 磯部響子の事件に関わるうちに、女の幸せとは何かを考えるようになった。
 斎藤真樹……。
 その身分は本当のものではない。とある事件にて脳死状態となったその女性のすべてを彼女に移植されて生まれ変わった……。かつて佐伯薫と名乗っていた性同一性障害者で女性の心を持っていた男性。
 それが今日の斎藤真樹だ。
 せっかく命を宿し産み出す能力を授かったのだ。
 命を与えてくれた、その女性のためにも、どうあるべきか……。考える余地もないだろう。
 斎藤真樹と佐伯薫。
 名前や戸籍は違うものの正真正銘の同一人物だ。だがすでに佐伯薫という人物は死んだことになっている。
 あのニューヨークにおいて……。


 数日後、敬と二人、局長に呼ばれて出頭した時のことだった。
「健児のことは、今対策課が捜査を続けている。君達はもう何も考える事はしなくていいぞ」
 どうかしらね。それだったらとっくに逮捕に踏み切っているはずだ。
 所詮、言葉だけだと思った。他局に手柄を立てさせることなどするわけがない。局長のところですべてが握り潰されていることは判っているのだ。
 なぜなら、この局長が麻薬類を横流ししているからだ。それが健児に渡って現金化されて戻ってくるという仕組みなのだ。だから局長が今の地位にある限り、健児が逮捕されることはありえない。だがその関係に関しては、確たる証拠がまだ集まっていなかった。
 実は健児を逮捕請求した背景には、この局長がどう出るかを確かめる意味合いもあったのだ。
「それで、一体何の用ですか?」
「ああ、実は二人一緒に、ニューヨーク市警へ研修で行ってもらうことになった」
「ニューヨーク市警?」
「麻薬と銃器といえば向こうの方が本場だ。研修の間にぜひ本場の捜査方法について勉強してきてくれたまえ」
 
「あたし達を厄介払いするつもりね」
「そういうことだな。これ以上、足元を探られないようにしたんだ」
「どうする?」
「所詮、階級と組織の壁は乗り越えられないんだ。俺達がいくら足掻いても局長には手が届かないさ。磯部親子を助けられなかったのは心残りだが、もはや急いで解決しなくちゃならない要件はなくなった。健児や局長を逮捕するには、じっくりと腰を据えてやるしかない。取り敢えず冷却期間として、頭を冷やす意味でもニューヨークで心機一転というのもいんじゃないか」
「そのようね……。まあ、敬と一緒ならそれもいいか。経費でアメリカに行けるんだから」
「そうそう。ニューヨーク観光のつもりで行けばいい」
「調子いいのね、敬は。第一向こうへ行けば英語よ、まともに喋れるの?」
「何とかなるんじゃない? いや、何とかしてみせるさ」
「なんだかなあ……」
「あはは、俺は楽観的だからな」
「もう……」
 ニューヨークへ旅立つ間に、敬は英会話の猛特訓を続け、挨拶程度くらいには話せるようになった。後は実地研修あるのみだ。
 しかし、ニューヨーク研修が悲劇的な結末を用意していたなどとは、二人とも知る術がなかった。

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