響子そして(七)覚醒剤
2021.07.11
響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(七)覚醒剤
気がつくと両腕を頭側にしてベッドの縁に縛られていた。
縛っている紐を歯で噛みきろうとしましたがだめだった。
がちゃり。
扉が開いて、男が入ってきた。
「目が覚めたようだな」
「わたしをどうしようと言うの」
わたしは相手がなにをするか判っていた。
「眠っている間に犯っても良かったんだが、それじゃ調教にならないんでね」
やはりわたしを犯すつもりなのだ。しかし……。
「調教って?」
男は、それには答えずに缶ペンケースのようなものを持ち出した。
そこから取り出したのは注射器だった。
そしてアンプルから注射器に液を吸い上げていく。
それが覚醒剤だというのは、すぐに判った。
かつてわたしが母親を殺した場面が思い起こされていた。
同じ事をしようとしている。
「これが何か判るか?」
「覚醒剤……」
「ほう……。さすがは、奴の情婦だけあるな」
「こいつは、そこいらで売買されているような混じり物じゃない、高純度の医療用の
ものだ。だからこうしてアンプルに入っている。おまえのような上玉はそうそうざら
にはいない。だから混じり物使って短期間で廃人になるような真似はしたくないんで
ね。だが確実に覚醒剤の虜になるのは同じだ」
そういうとわたしの腕に注射器を突き刺そうとした。
「い、いや。やめて」
その時になってはじめて事の重大さに気づいて蒼くなった。
しかし縛られている上に、男の力にはかなわなかった。
注射針が腕に刺され、覚醒剤が注入されていく。
動悸が激しくなる。
どくん、どくん、と心臓が脈動している。
やがてそれが次第に治まって、気分が良くなってくる。
ほわーん。と雲の上を歩いているような感じ。
意識が朦朧としている。
「どうやら、いいようだな」
男がシャツを脱ぎはじめた。
ベッドに上がってくる。
「い、いやだよ……。た・す・け・て・あ・き・と」
意識が朦朧としている中、明人に助けを求めるわたし。しかし、明人はこの世には
いない。それでも呼び続ける。
「あきとお」
だがそれは陵辱しようとする男をさらにかきたてるだけだった。
「叫べ、わめくがいい。おまえの明人は死んだ。今日から、おまえは俺のものだ。が
ははは」
遠退く意識の中、わたしの自我が崩壊していく。
しばらくして意識が戻ってきた。
と、同時に明人でない男に、貞操を奪われたのを思い出して泣いた。
この身体は生涯明人一人のものだったのだ。
ドアの外から男達の声が聞こえる。
「あの女が、性転換してたなんて……。外見からじゃ判断できませんね」
「まあな……俺もすっかり騙された。事が終わって、あらためて女の性器を見てやっ
と気がついた。性転換しているとはいえ、外見はまるっきりの女だよ。へたな女より
美人だし、プロポーションも抜群だ。手術は完璧に近いし、明るい所でじっくり観察
しても、そう簡単には気づかれないさ。数えきれないいろんな女を抱いた俺だから気
がつけたのさ。これほどの上玉はそうざらにはいない。薬漬けにして調教して、売春
させればがっぽりかせげる。なんせ妊娠する心配はないからな、本生OKで若い美人
が相手となりゃあ、いくらでも金を出すだろう」
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特務捜査官レディー(七)さらばニューヨーク
2021.07.11
特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)
(七)さらばニューヨーク
外に出ると、まぶしいばかりの光に、思わずよろけてしまった。いやそれだけでもない、ずっとベッドの上に横たわっていたのであるから、足腰が弱っているせいでもあった。
真樹が泊まっていたホテルに連絡してみると、荷物をそのまま預かっているという。
保管料を支払って引き取ってくださいということだった。
「置いていってはいけないでしょうね……」
本来自分の持ち物ではないが、今の自分は斉藤真樹であり、日本に戻って真樹として生活するのに必要なものが入っているかもしれない。ホテルへ行って、荷物を引き取ることにする。
タクシーを拾い、ホテルの名を告げる。ここニューヨークではタクシーを拾うのも十分に気をつける必要があるが、生死の淵をさ迷う自分を思えば、今更という感がないでもない。
ショルダーバックには、パスポートと身分証の他、ホテルの預り証が入っていた。預かり品を受け取りにホテルに行ってみると、予想通り重たい長期旅行用スーツケースだった。国際線機内持ち込み制限寸法の115cmをはるかに越えている。大事なものや記念品とかが入っているかも知れないので、かなりの保管延長料を支払ってそれを受け取る。
取りあえずは一日そのホテルに泊まることにする。
部屋に通されて、スーツケースを開けて確認してみる。
数日間を旅行するための衣類がきれいに畳んであった。薄いベージュのワンピースに、ピンク系のツーピーススーツ。そしてランジェリー
その中に混じって手帳があった。
「アメリカ旅行記」という題目が書いてあった。
旅先での思い出がつらつらと書き綴ってある。
最初の訪問地はサンフランシスコ。ラスベガスのカジノで少しばかり儲けたらしい。シスコを拠点にして西部アメリカを観光した後に、横断鉄道に乗って東部アメリカへと向かう。そしてニューヨークで終わっている。
「ここで抗争事件に巻き込まれてしまったのか……。運が悪かったというところね。可哀相……」
手帳の内容はほぼ把握できた。
真樹の経験してきたことの一端を記憶に留めておく。
手帳を閉じ、窓際に立って、ホテルからの景色を眺める。
すっかり外は暮れていて、ニューヨークの夜景が美しく輝いていた。
「ニューヨークの夜景か……敬と一緒に見る約束だったのにな……」
敬は、あの包囲網から逃げ失せただろうか?
あれから舞い戻って自分、佐伯薫を探し回っているかも知れない。
しかし、それを確認するために戻るわけにはいかなかった。
佐伯薫の死体が消失したのを知って、組織が捜索のために動いているかもしれないからだ。
今自分がするべき事は、佐伯薫としての自分のためではなく、斉藤真樹として日本に帰り、心配しているであろうその両親に無事な姿を見せてあげることである。
翌朝。
ケネディー空港では、組織の影に一抹の不安を抱きつつも、無事に通関ゲートをくぐって飛行機に乗り込むことができた。
そして飛行機は飛び立つ。
眼下に広がるニューヨークの展望に熱い思いが溢れる。
「さらばニューヨーク。さらば佐伯薫。そして沢渡敬、運命に女神が微笑みかけるならば、生きて再会しましょう」
万感の思いを胸に、アメリカを離れ一路日本へと向かう。
未来ある斉藤真樹としての生活を生きるために。
ジェット気流に揺られる事、十余時間。
何とかエコノミー症候群に陥ることもなく無事に成田に着いた。
何はともあれ入国(帰国)手続きである。
入国審査官にパスポートを提示する。もちろんパスポート写真は斉藤真樹のものであり、もちろん性別は女性である。整形して似せてあるが、果たしてばれないかと心臓は早鐘のように鳴り続けている。
審査官は、パスポート写真とわたしの顔を、ためつすがめつ見比べて、本人かどうかを念入りに確かめた後に、
「結構です。お帰りなさいませ」
とパスポートをぱたんと閉じて返してくれた。
無事に斉藤真樹として帰国できたのである。
さて日本に無事帰ってこれたのはいいが、以前住んでいた警察寮には戻れないし、実家では死亡したとして葬式も済んでいるだろうからやはり無理がある。
以前の自分はすでに死んでいる。もはや斎藤真樹として生きるしかない。
「やはり真樹さんの実家に行ってみるしかないわね。すべてを話して理解してもらおう。結果として拒絶され非難を浴びせられてもても致し方ない事、すでに真樹さんがこの世にいないことを伝えるだけでもしなければならないから……」
真樹は、身分証に記された彼女の実家へと向かった。
「同じ都内で助かったわ。これが北海道とか九州沖縄だったら大変だよ」
電車をいくつか乗り継いで、実家近くの駅で降り立つ。駅近くの荷物預り所にスーツケースを預け、さらに駅前交番で地図を見せてもらってメモ書きし、その場所へと歩いていった。タクシーに乗らずに歩いたのは、それほどの距離でもなかったし、自宅に近づくに連れて高まるだろう胸の鼓動を、鎮めるためでもあった。
「ここが真樹さんの家か……」
4LDKと思しきごく中流家庭の民家だった。
「真樹、お帰りなさい」
背後で声がした。
「え?」
振り返ると自転車かごにスーパーの袋を満載に乗せた女性が立っていた。年の頃四十代前半くらい、真樹の母だと思った。
「どうしたの? 自分の家の前で突っ立ってるなんて。鍵をなくしたの?」
「違うんです。あたしは、真樹さんじゃないんです」
「何言ってるのよ。旅行疲れと時差ボケ? とにかく中に入りなさい」
母は完全に真樹と思い込んでいるようだった。先生が施した整形手術は、母親でさえも気づかないほどに完璧に真樹にそっくりに形成されていたのだ。
何にしても立ち話では、納得いく説明をすることができない。言われた通りに中に入ることにする。
自転車かごのスーパー袋を降ろして持ってやり、母が家の鍵を開けるのを待って、一緒に中に入る。
「疲れているでしょうから、今日は夕食の手伝いはいいわ。お部屋で休んでなさい」
そうか、真樹は夕食の手伝いをしているのか……。となると家の掃除や洗濯も、たぶん分担しているのだろうと思った。母一人でこの4LDKの家全体を掃除するのは骨が折れるはずだ。もし自分を真樹と認めてくれたら、ちゃんと手伝いをしてあげよう。
台所でスーパー袋の食品を分けて、冷凍冷蔵庫や床下収納庫などへしまう手伝いをする。
スーパー袋の内容をすべて収納を終えて、
「お茶にしましょう」
ということで、食卓に着席してのティータイムとなった。
「ニューヨークはどうだった?」
すっかり真樹と信じ込んでいる。このまま巧く立居振る舞いを続ければ、真樹として暮らしていけるかも知れないと思った。
しかし元警察官の心意気か、人を騙す行為はできるはずがなかった。
「お母さん、聞いてください」
「なあに?」
意を決して、真樹はすべてを話しはじめた。
彼女が事件に巻き込まれて脳死状態であった事、組織に狙撃されて重体に陥った自分にその臓器が移植された事、自分の代わりに茶毘に伏された事。顔を真樹そっくりに整形して、彼女のパスポートを使って日本に帰国した事。
そしてすべてを報告するために、この家を訪れた事を。
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