響子そして(三十)大団円(最終回)
2021.08.03

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(三十)大団円(最終回)

 舞台稽古に向かっていたあの日。
 あの舞台は演じられることなくお蔵入りになったはずだった。
 しかし、わたしの人生という舞台においてそれはすでに開幕し着々と進行していたのだった。裕福だったわたしが、少年刑務所で娼婦となり、明人という王子さまが登場して婚約。組織抗争という戦争で死んだと思われた王子さまは、生きて戻って来た。
 そして今、舞台は大団円を迎え、娼婦だったわたしは、憧れの王子さまとの結婚式に臨んでいる。

 ついにその日を迎える事ができた。
 軽井沢別荘近くにある教会。
 わたしと里美、そして由香里と三人娘。花嫁の控え室で真っ白なウエディングドレスに身を包んでいる。里美の縁談もまとまってこの日を迎えることができた。何せ、最初に縁談を持ってきたのは相手の方、花婿が社内一の美人な里美に一目惚れ、黒沢英子という資産家のバックボーンもあれば、まとまらないはずがなかった。その後の交際で里美もその見合い相手を気に入り、相思相愛となっていた。何度か見たけど、結構いい男って感じね。
 里美と由香里には母親が付き添って化粧などを手伝ったりしている。母娘共々、本当に幸せそうな顔をしている。
 わたしには母親がいなかった。代わりに屋敷のメイドが数人来ている。
 母親をその手に掛けたのは自分自身だった。
 哀しかった。
 この姿を母親に見てもらいたかった。
 今ここに生きた母親を連れて来てくれたなら、何千億という財産のすべてを差し出してもいい……。しかしそれは適わぬ夢。いくら英子さんでも灰になってしまった母親を生き返らせてくれることはできない。
「お姉さん、大丈夫?」
 里美が声を掛けてきた。
 長らく一緒に暮らしているから、わたしの一喜一憂を感じ取ることができる……みたいだ。
「表情、ちょっと暗いよ」
「そう見える?」
「うん……」
 そうよ。
 わたしが哀しい表情をしていると、里美まで哀しい思いをさせることになる。
「ちょっと昔のことを思い出してたからかな……」
「あの……お母さんを殺した……?」
「ええ、でも……もう、どうしようもないのよね……」
 思わず涙が出てきた。
 それは、母親を手にかけたあの時の涙……のような気がした。
 ああ、こんな時にだめだよ。そう思えば思うほど涙が溢れてくるのだった。
「お姉さん。泣いちゃだめだよ」
「そういう、あなたこそ泣いてるじゃない」
 里美は涙もろい。人が泣いているとすぐにもらい泣きする。
「だって、お姉さんが泣いているから」

 そうだ。
 いつまでも過去の涙を流し続けているわけにはいかない。
 麻薬取締官の真樹さんにも言ったじゃない。
「もう気にしていないわ。過ぎてしまったことは仕方ありませんから。楽しい思い出だけを胸に、前向きに生きていきたいと思っています」
 ……と。

「ごめん、ごめん。泣いている場合じゃないわよね」
「そうだよ。これから幸せになるんだからね」

 その時、真菜美ちゃんが三人の花婿達そして祖父を連れて入ってきた。
「じゃーん! 花婿さんを連れてきたわよ」
「わーお。きれいどころが三人もいる。素敵だあ」
 わたしの夫となった磯部秀治の姿もあった。
 磯部家を残したかった祖父の希望を入れて、磯部を名乗ることにしたのだ。祖父の養子として入籍したのではなく、婚姻届で夫婦名の選択で磯部を選んだのだ。元々柳原は他人の名前だから、何の未練もないと言ってくれた。
「なんだ、泣いていたのか?」
「うん。お母さんのこと考えてたら、つい……」
「その気持ちは俺にも判るよ。しかしいつまでも過去にばかりこだわっていちゃだめだよ」
「判ってるわ」

 結婚式がはじまった。
 荘厳なオルガンの演奏される中、わたしはおじいちゃんに誘導されてバージンロードを、神父の待つ教壇に向かって歩いている。その後ろには、同じように里美と由香里が続いている。誰が先頭を行くかというので一悶着があったが、結局歳の順ということで決着した。婚約順とか若い順とか、わたしは意見したのだが、歳の順という二人に負けた……。言っとくけどわたしは再婚なんだからね。
 教壇の前に立つ秀治の姿が目に入った。
 おじいちゃんが抜けて、わたしは秀治の隣に立つ。他の二人も両脇の新郎にそれぞ
れ並んだ。

 
 真樹さんもその隣に、恋人と仲良く並んで座っている。英子さんが招いたようだ。英子さんにとっては、わたし達も真樹さんも、自ら臓器移植を手掛けた患者はすべて、大切なファミリーの一員と考えているのだ。

 曲が変わって、結婚の儀がはじまった。
 よくあるような祝詞が上げられ宣誓の儀を経て誓いのキスとなった。
「それでは三組の新郎新婦、誓いのキスを……」
 三人の花婿が一斉に花嫁と向かい合った。秀治が覆っているベールを上げて唇を近づけてくる。静かに目を閉じそれを受け入れるわたし。
 場内にどよめきがあがった。
「神の御名において、この三組の男女を夫婦と認める。アーメン」


 結婚式は滞りなく終了し、わたし達三人は、晴れて夫婦となった。
 教会の入り口で、参列者から祝福を受けるわたし達。
 親戚一同、会社の同僚達が集まって、歓声をあげている。
「三人ともきれいだよ」
「お幸せにね」
「ブーケ、お願い」
 わたし達花嫁はそれぞれブーケを手にしている。恒例のブーケ投げだ。それを受け取ろうと未婚の女性達が群がっていた。
 わたしの視界に、ブーケ取りの群衆から少し離れたところにいる真樹さんの姿が映った。隣には敬さんの姿もある。真樹さんは、敬さんと結婚するつもりみたいだから、ブーケ取りには参加しないのかな。
 その敬さんに向けてブーケを投げるわたし。強く投げ過ぎたブーケは弧を描いて、
敬さんの頭上を通り過ぎるが、軽くジャンプしてそれを受け止めてくれた。それを真樹さんに手渡して、頬にキスをした。
「もう……いきなり、何よ」
 怒ってる。でも本気じゃない。
「何だよ、ほっぺじゃ嫌か。それなら」
 抱きしめて唇を合わせる敬さん。
 おお!
 公衆の面前で唇を奪われて、しばし茫然自失の真樹さんだったが、気を取り戻して、

 パシン!

 敬さんに平手うちを食らわした。
「もう! 知らない!」
 頬を真っ赤に染め、すたすたと会場を立ち去っていく。敬さんがあわてて後を追う。真樹さんが、会場出口付近でふと立ち止まり、ブーケを持った手を高く掲げて叫んでいた。
 サンキュー!
 声はここまで届かなかったが、そう言ってるみたいだった。
「敬さんと仲良くね。今度のヒロインは真樹さん。あなたなんだから」
 わたしは心の中でエールを送った。

 了

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響子そして(二十九)裏と表の境界線
2021.08.02

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十九)裏と表の境界線

 そのままでは、また組織に命を狙われてしまうと考えた医師は、あたしの顔をその脳死患者そっくりに整形手術もしてくれていて、その患者のパスポートと身分証を使って、アメリカを脱出して日本に帰国しなさい。そういう医師の協力を得て無事に日本に戻ってこれたのです」
 実に長い告白だった。
「じゃあ、今のあなたは、その脳死した患者の身分を騙っているというわけですね」
「はい。ですが、その患者だったご両親にはすべてを話して許して頂きました。そしてあたしを実の娘、斎藤真樹として認めてくださり、一緒に暮らすようになりました。なぜならあたしの身体には、その患者の子宮や卵巣を含む臓器のすべてがあり、その両親と血の繋がる子供を産む事ができるからです」
「そういうわけだったの……」
「あたしが麻薬取締官としてすぐに実務につけたのは、警察官としての経験があったからです」
「敬さんはどうなさったの?」
 女性警察官からある程度のことは聞いていたが、あくまで噂に過ぎない。真樹さんから真実を聞きたかった。
「あたしが撃たれた時、実は一緒にいたんです。『あたしを置いて逃げて。もう助からない』という声を無視してまで、傷ついたあたしを抱きかかえて逃げようとしてくれていました。しかし、追っ手がすぐそこまで迫っていたので、悲痛の思いであたしを置いて逃げました。やがて彼は、追っ手から逃げるために、特殊傭兵部隊に入隊して、腕を磨き時を待ったのです」
 女性警察官の話したこととは内容がちょっと違うが、傭兵になったということは正しかったようだ。
「あたしは彼に何とか連絡を取ろうと考えましたが、傭兵部隊に入った事も知りませんでしたし、連絡手段がありません。そのうちにあたしと彼の死亡報告が日本の警察にされた事を知りました。致し方なく斎藤真樹として日本に帰り、あたしを実の娘として扱ってくれる新しい両親の下で、何不自由のない女子大生として暮らしていました。ところがある日、敬から突然『帰国するからまた一緒に仕事しよう』というエアメールが届いたのです。
 実はあたしを助けてくれた先生が、四方八方手を尽くして敬の居所を突き止めて、あたしが斎藤真樹として生きて日本に帰国したことを伝えてくれたのでした。もちろん、敬を愛していたあたしは再び彼と一緒に仕事をするために、麻薬取締官となるべく勉強をはじめ、見事合格採用されることになったのです。あの生活安全局長を覚醒剤取締法違反で逮捕して、その地位を剥奪・名誉を奪って復讐しようと考えたのです。そのためには一介の警察官では無理です。地方組織ではない国家的機関である麻薬Gメンにしか、それを可能にできないでしょう。そしてあたし達は、ついにそれをやり遂げて彼を逮捕に成功したのです。そして現在に至っています」
 聞けば聞くほど哀しい人生の連続じゃない。まるで、わたし自身の経験にも良く似た悲哀が込められていた。見知らぬ世界へ飛ばされ、恋人の死に直面し、自分自身の存在の抹殺と再生、そして恋人の生還。わたしと秀治が生きて来た人生とどれだけ重なる部分があるだろうか。

 しかしどうも解せないことがある。
 産婦人科医と臓器移植という言葉を聞くと、どうしてもある人物の名前が浮かび上がってくるのだ。

「……さて、そろそろお暇しましょうか。長い間ありがとうございました。また何かありましたら何なりとご連絡下さい。あ、これ。名刺です」
 名刺を受け取り、これまで喉のところまで出かかっていた言葉を発した。
「あの……」
「何か?」
「もし差し支えなければ、執刀医のお名前をお尋ねしてもよろしいでしょうか? せめて日本人かどうかでも……」
 期待はしていなかった。どうやら非合法的に移植が行われたようだし、整形手術を行って身分擬装工作の手助けをしたとなれば、執刀医の名を明かす事は医師生命に関わる場合があるので、秘密にしてくれと口封じされたはずである。
 彼女の口からは意外な答えが返ってきた。
「それ以上のことは詮索しない事が身の為だ。それ以上を知ると再び裏の世界に引き戻されることになる。……わたしの先生の口癖です、お判りになりますか?」
 ああ……その言葉……。間違いない。
「そうでしたか……判りました」
「そういうことです。では、失礼します」
 そうなのだ。真樹さんは、暗に黒沢先生のことを言っている。どうやら黒沢先生は移植の本場アメリカで技術を磨いたのだろうと思った。その時に真樹さんに偶然出会って、命を助けたのだ。そう確信した
 黒沢先生のことは、詮索してはいけない。まして、他人にそれを話してもいけないのだ。時々裏社会のことを話してくれはするが、もちろん他言無用の暗黙の了解の上なのだ。たとえ相手もそれを知っていると確信していてもあえて言わない。問わない。
 裏と表の境界線上に生きる人間の最低限のルールなのだと悟った。

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響子そして(二十八)調書
2021.08.01

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この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十八)調書

 朝食を終えて名残惜しむ里美を、リムジンに乗せて見送った後、丁度入れ代わりに真樹さんがやってきた。今日は私服で来ている。
 一晩わたしの部屋の控え室に泊まった女性警察官が、敬礼して出迎えた。
「おはようございます」
「悪かったね。今日は帰って休み給え」
「はい。では、そうさせていただきます。あ、それから……」
 と何事か耳打ちしている。
「わかった、極力手短にするよ」
 それからわたしの前に歩み進んで、
「おはようございます、響子さん。ご気分はいかがですか?」
「ええ。ちょっと頭痛がしますが、大丈夫です」
「では、どちらのお部屋で調書を取りましょうか?」
「わたしの部屋がいいです」
「わかりました」
 わたしの居室に案内して調書を受ける事にした。
「朝早くから申し訳ありませんね。改めてわたしはこういう者です」
 真樹さんは、ショルダーバックからから手帳を出して開いて見せた。

 厚生労働省、司法警察員麻薬取締官、斎藤真樹。(写真添付)

 という記述があった。でも随分ときれいな手帳。任官されたばかりだから当然か。
{注・平成十五年十月一日より身分証が新しく変わっています}
「こっちが、あたしの正式な身分です。警察には出向で来ています」
 国家公務員が地方組織に出向ねえ、不思議だ。警察官は地方公務員であり、警視正以上になって国家公務員扱いとなるのだが、彼女は国家公務員ながらも巡査部長待遇しかないとは、やはり出向だからかな……。手帳をしまう時にバックの中に、あのダブルデリンジャーが覗いて見えた。常時携帯しているようだ。火薬の匂いが着かないように、使用後毎回丁寧に清掃しているんでしょうね。支給品じゃないだろうから、好みに合わせて個人で買い求めたものだろう。確か、麻薬取締官の制式拳銃は、ベレッタM84FSだったと思ったけど……。
 改めて、きれいな女性だと思った。しかも二十三歳の若さで麻薬取締官だなんて、よほどの才能がないと務まらないと思う。採用資格には薬剤師か国家公務員採用試験II種(行政)合格。採用されてからでも、麻薬取締官研修から拳銃の取り扱い、逮捕術の修練、WHO主催語学研修。さらには法務省の検察事務官中等科・高等科研修を受けなければならない。だからこそ司法警察員なのだが、通常ではとても二十三歳でそれらをすべてこなすことなどできない。

 それから小一時間ほど、型通りの調書を取られた。
「響子さんについては、母親の覚醒剤容疑で死んだ密売人の背後にある、密売組織をずっと追っていたんです。その過程で磯部健児やあなた自身のことを、ずっと調査していました。健児はいずれ再びあなたに対して、何らかの手段を取ってくるに違いない。遠藤明人を襲った組織は……」
 そこまで言いかけた時に思わず大声をあげてしまった。
「明人をご存じだったんですか!」
「ええ、このあたりの暴力団はすべて知っています。そして磯部ひろしという人物が遠藤明人の情婦になったという情報もね。つまりあなたです」
「そうでしたか……」
 真樹さんは続ける。
「明人を襲った組織は、健児が関係している暴力団です。そしてあなたがそこに捕われたことも判明しました」
「まさか、健児が……?」
「そは有り得ると思います。実は、響子さんが少年刑務所に収監されてしばらくして、磯部京一郎氏が娘の弘子の覚醒剤中毒と息子が殺害に至った経緯についての事情を知って、響子さんの権利復活に動きだしました。つまり先程の公正証書遺言による相続人に響子さんを指定したのです。それを知った健児が、再び動きだしました。しかも殺してしまうよりは、当初の予定だった計画を実行に移そうとしたのです。健児はあなたが性転換して明人の情婦になっている情報を得て、明人を殺し響子さんを捉えて覚醒剤漬けにして、何でも言う事を聞く人形に仕立て上げようとした。それと合わせて京一郎氏を殺害してしまえば、その財産はすべて自分のものになるとね。まあ、あくまで推測ですが……」
「結局わたしの人生は、健児によって二度も狂わせられたということね。しかも、母と二人であるいは明人と二人で、苦境から立ち直って幸せな生活を築いていきましょうとした矢先に、再びどん底に引き落とされたから、よけいにショックが大きかったわ」
「お察し致します。その件に関しましては、わたし達捜査陣が一歩も二歩も行動が遅れてしまったからに他なりません。もっと効率的に動いていれば、あなたの母親もあなた自身も救う事ができたかも知れないのです」
「もう気にしていないわ。過ぎてしまったことは仕方ありませんから。楽しい思い出だけを胸に、前向きに生きていきたいと思っています。それに秀治は生きて戻ってくるし、子供を産める女になって結婚できるようになった。そしておじいちゃんとも再会できて遺産相続も元通り。すべて最終的には結果オーライになっちゃってる。何て言うか、運命の女神は見放していなかったってとこかな」
「そうおっしゃっていただけるとありがたいです。まあ、何にしても健児とその背後の組織については、もう二度と関わることはないでしょう。ご安心ください。しかし財産を狙うものはいつの世いつの時代でも存在します。常に油断することなく交際相手は良く考えることですね。いつ何時健児や麻薬密売人のような奴が近づいてくるかもしれませんからね」
「ご忠告ありがとう」
 あ、ちょっと待てよ。
 彼女は二十三歳じゃない!
 どうして、わたしの中学生時代の事件を知っているの?
 お母さんと売人の事をどうしてそんなに詳しいの?
 それにやはり、若干二十三歳で麻薬捜査の現場に出ているなんておかしいよ。
「真樹さん、あなたの本当の年齢はいくつなんですか? わたしとそう年齢が違わないのに、中学時代の麻薬事件を捜査していたなんてありえません」
「あら、やっぱり気がついたのね」
「それくらい気がつきますよ」
「そうね……。あなたなら話してあげてもいいわね。あたしは、敬と幼馴染みの三十二歳というのが、本当の年齢なんです」
「敬というと弁護士に扮していた警察官ね」
「そうです。とにかく順を追って手短に説明します。かつて最初の事件であるあなたの母親の覚醒事件としてあの売人を捜査していました。その捜査線上に磯部健児が上がり、綿密な調査の結果、逮捕状・強制捜査ができるまでになり、上司の生活安全局長に申請しようとしました。
 ところが、健児が暴力団に関係しており、この件は暴力団対策課の所轄だとされたのです。あたし達が調べ上げた捜査資料などは握り潰され、捜査実権は刑事局暴力団対策課に移されました。実はこの局長が、警察が押収した麻薬・覚醒剤を極秘理に、健児に横流ししていた張本人だったことが後々に判明しました。健児が逮捕されれば、横流しする相手を失い、いずれ自分に捜査の手が入ると思ったのでしょう。
 あたしと敬は、研修という名目でニューヨーク市警に飛ばされ、やっかい払いされたのです。しかしこれはあたし達を日本の外で抹殺する計画でもあったのです。市警本部長も計画に加担していました。あたし達は、組織に命を狙われ逃げ回らなければなりませんでした。あたしはその銃弾に倒れて動けなくなり、命を失い掛けました。
 そんなあたしを助けてくれた人がいました。アメリカに医学の研修に来ていた産婦人科医で、臓器移植をも手掛けている名医だったのです。あたしはマシンガンで射ち抜かれてずたずたに内臓を破壊されていたのですが、たまたま医師のところに日本人の脳死患者がいて、その内臓をすべて移植して、九死に一生を得ました。その患者は、二十歳の記念にたまたまアメリカ一周旅行に来ていて、事件に巻き込まれて脳死になったということでした。

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響子そして(二十七)安息日
2021.07.31

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この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十七)安息日

「もう、銃声が聞こえてびっくりしたわよ。部屋を出ようとしたら、扉の前にメイドさんに扮した女性警察官が二人立ちふさがっていて、出してくれなかったのよ」
 部屋に戻ると、里美が憤慨していた。
「しようがないわよ。わたしだって、これだもの」
 と包帯を巻かれた腕を見せた。
「痛くない?」
 里美は人差し指で、包帯を軽くちょんちょんと触っている。
「少し痛むけど、大丈夫よ」
「申し訳ありませんでした。里美さんには、命に関わる危険なところに行かせるわけにはいかなかったのです。もし眠れないとか不安とかありましたら申してください。精神安定剤とか睡眠薬を用意してあります」
 今夜の付き添いとなった女性警察官が言った。
「だったら。生理痛に効く薬ありませんか? ショックで始まったみたいで……」
「あら大変……ありますよ」
 と言いながらコップに水と一緒に薬をくれた。
「しかし、明日は調書がありますけど、大丈夫ですか?」
「ええ。たぶん大丈夫よ」
「明日の調書は、先程の巡査部長が伺うと思いますので、訳を話して手短かにしてもらえるようにしましょう」
「でも、今夜徹夜で容疑者の尋問するんじゃありません? 寝ずにですか?」
「巡査部長は事件となれば六十四時間くらい平気で起きていますよ。その後、二十四時間寝ちゃうんですけどね。寝だめができるそうです」
「変わってますね」
「そうなんですよ。彼女、あれでも恋人がちゃんといてね。他人が羨むくらい仲がいいの」
「へえ、恋人がいるんだ?」
「弁護士に扮してた警察官がいたでしょう?」
「いたいた」
「この捜査の現場責任者の巡査部長なんですけど、その人と密かに婚約しているみたい。彼、何でも銃器と麻薬捜査の研修として、ニューヨーク市警に出向してたらしいけど、逆に組織からマークされて命を狙われたみたい。それで生きるために狙撃される立場から狙撃する立場、特殊傭兵部隊に入隊したらしいの。それで傭兵の契約期間を終えて日本に帰ってきたらしい」
「すごい経歴なんですね」
「そうなのよ。だから彼の狙撃の腕はプロフェッショナルだそうよ。一キロ先からでも朝飯前という噂があるわ」
「そんな彼と、真樹さんがどうして恋人同士になれたの?」
「何でも彼女が二十歳の記念に、アメリカ一周旅行している時に知り合ったとかいう話しよ。それ以上のことは話してくれないの。ま、誰にも秘密はあるだろうから聞かないけど」
「じゃあ、真樹さんの銃の腕前も彼に教わったからかな」
「たぶんそうだと思いますよ」

「そんなスナイパーの彼と、純真可憐な真樹さんが恋人同士と、署内で変な噂されてませんか? 署内で変な目で見られたり、風紀が乱れるとか問題になったりしない?」
「とんでもないわ。彼女の正式な身分は、国家公務員の司法警察員の麻薬Gメンじゃない。地方公務員の警察官がとやかく言えるような雰囲気じゃないのよね。それでいてまだ二十三歳の若さでしょう? 憧れの的にはなっても、誹謗中傷されるような存在じゃないのよね。わたし達女性警察官全員で彼女を見守ってあげてる。それに彼の方も、みんな避けているし、なんせ一撃必中の腕前なんだから、怒らせたら大変。一キロ先からでも眉間にズドンだからね。証拠を残さずに抹殺されちゃうよ」
「ふーん……」
「あ、ごめんなさい。つい長話しちゃった……。そろそろ、お休みになって下さい。わたしは隣の部屋にいますから、何かありましたらいつでも申し付けてください」
 この部屋には常駐するルームメイド用の控え室があってベッドもある。女性警官はそこに泊まることになっている。

 翌朝。
 小鳥のさえずりと共に目が覚めた。
 部屋の外のバルコニーに来訪する野鳥達だ。子供の頃と変わらぬいつもの朝の風景。
「おはようございます。お嬢さま」
「ん……。おはよう」
 あれ? 女性警察官じゃない……。
 昨日とは違うメイドが三名。わたしが目を覚ましたのを期に、仕事をはじめた。
 どうやら、今朝から本来のメイド達に戻ったようだ。各個室にはルームメイド二名と個人専属のメイド合わせて三名が必ずいることになっている。カーテンを開け放つ者、花瓶の花の手入れをはじめる者、そしてわたし付きのメイドはベッドサイドに立って指示を待っている。やはり見知った顔はいない。八年も経てば入れ代わって当然だろう。
「今、何時かしら」
「七時半でございます」
「そう……朝食は?」
「八時半からでございます。旦那さまがご一緒に食堂でとご希望でございます」
「一緒でいいわ。シャワー使えるかしら」
「はい。しばらくお待ち下さい。今、ご用意します」
 メイドはバスルームへ入って行った。何するでもない、蛇口を開いてお湯が出るのを待つだけだ。ボイラー室から、ここまではかなりの距離の配管を通ってくるから、蛇口を捻っても最初に出るのは水、すぐにはお湯が出ないのだ。冬場なら暖房用に常時配管をお湯が流れているから、すぐに出るのだが。なお、メイド用の控え室やバスルームがあるのは、ここと祖父の居室、及びそれぞれに隣接する貴賓室の四部屋だけである。後は共用のバスを利用することになっている。
 里美はまだ眠っている。
 ベッドと枕が変わっているから、なかなか寝付けなかったようだ。もう少し寝かせておいてあげよう。
「お嬢さま、シャワーが使えます。どうぞ」
 ネグリジェを脱いで、メイドに渡してバスルームに入る。
 熱いシャワーを浴びる。うーん……朝の目覚めにはこれに限るね。
 頭もすっきりして外へ出ると、すかさずメイド達が身体を拭ってくれた。バスローブに着替えてベッドを見ると、里美が惚けた表情で起き上がっていた。里美は目覚めが悪いので、起きてもしばらくはボーッとしていることが多いのだ。メイドが動きまわり窓を開けて風が入ってきたりして、目が覚めてしまったようだ。
「ほれ、ほれ、里美。あなたたもシャワーを浴びなさい。すっきりするわよ」
「ふえい……」
 はーい、と答えたつもりの間の抜けた声を出す、里美の背中を押すようにして、バスルームに放り込む。
「あー。すっきりした。お姉さん、おはよう。食事はまだ?」
 出てくるなり、早速食事の催促だ。実に変わり身が早い。
 あのね……。
「おはよう、里美。食堂で八時半からよ」
「今何時だっけ?」
「八時と少々です」
「よっしゃー。行こう、今いこ、すぐいこ」
「バスローブのままで行く気? ここはわたし達のマンションじゃないのよ」
「あ、いけなーい。着るものは?」
「お母さんが着てたのがあるから、それ着なさい。わたしが着れるんだから、里美も着れるでしょ。ベッド横のクローゼットに入っているから、どれでも好きなの着ていいわ」
「はーい」
 そう言うとクローゼットを開けて、早速衣装選びをはじめた。
 わたしと里美は、サイズが同じなので、良く服を交換しあっていた。というよりも最初の頃、里美は衣装を全然持っていなかったので、わたしの服を借りて着ていたというのが正しい。その後里美自身の衣装が増えていっても、わたしが買った衣装をしょっちゅう借りていた。
「ほんとにどれ着てもいいの? 高そうな服ばかりじゃない」
「気にしないで、服はしまっておくものじゃなくて、着るものなんだから」
「んじゃ、遠慮なく」

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響子そして(二十六)大団円
2021.07.30

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この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十六)大団円

 真樹さんは健児が落とした拳銃を、ハンカチで包んで拾い上げて、鑑識に手渡していた。そしてわたし達に警察手帳を見せた。
「警察です。みなさんから調書を取らせて頂きますので、このまましばらくお待ちください。現在この屋敷にいるメイドは全員、女性警察官にすり替えてありますので、そのつもりでいてください」
 そうか全員女性警察官だったのか、だから知らない人ばかりだったのね。
「こんなものが、鞄に入ってましたよ」
「注射器と……これは、覚醒剤だわ。これで奴の裏が取れたわね」
「三つの重犯罪で、無期懲役は確定ですね」
「そうね……」
 などと鑑識係りと話し合っている。
「でもこんな拳銃を持っているような容疑者がいる場所に、女性警察官を配備するなんて、もし真樹さんに何かあったらただじゃ済まないのに。報道機関が放っておかないわ」
「あはは、彼女はただの女性警察官じゃないよ」
「え?」
「彼女は、厚生労働省の麻薬取締官いわゆる麻薬Gメンさ。麻薬や拳銃密売そして売春組織を取り締まる、厚生労働省麻薬取締部と警察庁生活安全局及び財務省税関とが合同一体化して警察庁内に設立された特務捜査課の捜査官なんだ。女性しか入り込めないような危険な場所にも潜入する特殊チームの一員なんだ。さっきの弁護士に扮していたやつとペアになって、これまで数々の麻薬・拳銃密売組織や売春組織を壊滅してきたエージェントさ。だから地方公務員の警察官とは違うから、場合によっては危険な場所にも出入りするのさ。国家公務員II種行政と薬剤師の資格も持ってるぞ。響子の警護役も担っていた」
「信じられない!」
「さっきの詳細な調書も彼らが調べ上げたものだよ」
「そうだったんだ」
 救急箱を持った別のメイド姿の女性警官が近づいて来た。
「ちょっと傷を見せてください」
「まさか、あなたも麻薬Gメン……?」
「ふふふ。わたしはごく普通の女性警察官ですよ」
「あ、そう」
「一応傷口の証拠写真を撮らせて頂きますね。傷害と殺人未遂の証拠としますので」
 と、言ういうと鑑識の写真係りが、傷口の写真を撮っていった。
「お世話かけました。じゃあ、傷の手当をいたします」
 わたしの傷の手当をしながら言った。
「彼女、すごいでしょ? 例えば売春組織に潜入するにはやはりどうしても女性でなきゃね。何にしても女性なら相手も油断するしね。でも普通の女性警察官を捜査に加えるわけにはいかないから、彼女が送り込まれるの。射撃の腕も署内では、二番目の腕前なのよ。女性警官達の憧れの的なの」
 と、制服警官や鑑識官などに指示を出している真樹さんに視線を送りながら言った。
「一番目は?」
「さっきの弁護士に扮してた人が一番よ」
「そうなんだ……」
 真樹さんが近づいて来た。
「あたしのこと、あまりばらさないでよ」
 私達の会話が聞こえていたようだ。
「もうしわけありません、巡査部長」
 と言いつつも、ぺろりと舌を出して微笑んだ。
 へえ……巡査部長なんだ……。しかも慕われているようだ。
 わたしの前にひざまずいた。
「怪我の状態は?」
「はい。かすり傷です。病院で治療するほどではありません」

「すみませんでした。こんな危険な目には合わせたくなかったのですが、奴の尻尾を掴むためには仕方がなかったのです。この現場のことだけでなく、自殺した時に関わった組織のことも合わせて伺わせていただきます。たぶん長くなると思いますので、今日は一端もうお休み下さい。明日改めてお伺いいたします」
 すくっと立ち上がって、
「済まないけど、響子さんを部屋に連れていって休ませてあげて、そして今夜一晩そばに付き添って泊まっていって頂戴、念のためよ」
「かしこまりました。巡査部長は?」
「今夜中に奴を吐かせてやるわ」
「色仕掛けで?」
「ばか……」
 こいつう、という風に女性警察官の額を軽く人差し指で小突く真樹さん。
 こんな事件の後は、思い出して脅えたり、恐怖心にかられる女性が多いそうである。そのために、被害者のすぐそばで介護する女性警察官が居残るのだそうだ。
「じゃあ、頼むね」
「かしこまりました」
 敬礼をする女性警官。

「真樹さん。悪いが遺言状の確定を済ませたい。響子を休ませるのも、調書を取るのもその後にしてくれないか」
「仕方ありませんね……」
「響子、座りなさい。すぐに終わるから」
「はい」
 全員が席に戻った。連行されていった健児の席が虚しく空いている。
 祖父が厳粛に言い渡す。
「ちょっとしたアクシデントにはなったが、今の件で健児は相続人欠格者となったわけだ……。ともかく、響子が弘子を殺害に至った経緯には、少なからず健児の野望の罠にかかってしまったのは、明らかだ。もし健児が何もしなければ、弘子は今も生きており順当に儂の遺産を相続し、息子のひろしと幸せにくらしていただろう。この響子は、おまえ達の想像を絶する苦悩を味わい、生きていくために男を捨てて女にならなければならなかったのだ。それを判ってやって欲しい。一応おまえ達には遺留分に相当するだけの遺産を分け与えることにしたから、それで納得して欲しい」
「わたしとして全然貰えないよりましだわ。まあ、十億円あれば……あ、そうだ。弁護士さん、十億円だと相続税はいくらくらいになるの?」
「三億円を越えると一律に五割で、一億円以上三億円以下で四割ですね。もちろん基礎控除などを差し引いた額に対して課税されます」
「そ、そんなに取られるの? まあ、半分になっても五億円ならいいわ。正子は?」
 と最初に同意したのは、長姉の依子。それに答える次妹の正子が答える。
「そうねえ。わたしはどうせ長くないし、それだけあれば息子達も食べていくのには困らないでしょうし。美智子達はどうかな?」
 と、すでに亡くなっている長兄の一郎氏と次兄の太郎氏の子供達に尋ねた。
「遺産金は別にそれでもいいけどさあ。わたし、この屋敷で友達呼んでパーティーとか開いていたんだけど、これまで通りやらせてくれなきゃいやだわ。それさえOKなら承認してもいいわ」
 パーティーねえ……用は金持ちである事を、友人にひけらかしたいわけね。
「どうだ、響子? ああ、言っているが」
「構いません。どうせ一家族で住むには広すぎますから」
 一家族と言ったのは、もちろん秀治と結婚して生まれた子供と一緒に暮らす事を意味している。
「だそうだ、美智子」
「じゃあ、いいわ。承認してあげる」
「正雄はどうだ?」
「親父の子孫に十億円ということは、妹達と四人で分け合うんだろ。一人頭二億五千万円じゃないか。相続税払えば半分くらいになるかな……ちょっと足りない気がするんだが。美智子の方は一人きりで十億円だなんて、おかしいよ」
「何言ってんのよ。法律で決められているのよ。遺産を相続するのは叔父さんの兄弟であって、わたし達は死んだ親に代わって代襲相続するんだから、その子の数によって金額が変わるのは当然なのよ」
「ちぇっ。いいよ、どうせ俺には子供はいないし、それだけありゃ当面死ぬまで働かなくても食っていけるから。でもよお、美智子と同じく、屋敷と別荘は使わせてもらうからな。これまでそうだったんだ。いわゆる既得権ってやつを主張する」
「どうぞ、ご自由にお使いください」
「というわけで、お前達もいいな」
 と弟達に向かって確認する。
「べ、べつにいいよ。俺は」
「そうね……。おじいちゃんが響子さんに遺産を全額相続させるという遺言を書いた以上、貰えるだけましだわね」
「同じく」
 全員が納得して公開遺言状の発表が終わった。
「真樹さん。もういいよ。調書をはじめてくれ」
「わかりました」
「響子は部屋に戻って休みなさい」
「はい」

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