響子そして(十六)真実は明白に
2021.07.20

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(十六)真実は明白に

 すると今まで黙っていた、その青年が口を開いた。
「響子、意外に冷たいんだな」
「あなたに響子なんて呼びつけにされる筋合いはありません」
「そう言うなよ。響子というのは、俺がつけてやった名前じゃないか」
「ええ?」
「俺の母親の名前だ。忘れたか? ひろし」
「ひろしって……。そ、その名前をどうして? ま、まさか……」
 その名前を知っている限りには、わたしの過去の事情を知っているということ。響
子とひろしとが同一人物だと知っているのは……。そして母親の名が響子ということ
は。
「なあ、生涯一緒に暮らすから、性転換して俺の妻になってくれと言ったよな」
「う、うそ……。まさか……明人?」
「ああ、そうだ。俺の名は、遠藤明人。祝言をあげたおまえの夫だ。もっとも今は柳
原秀治って名乗っているけどな」
「で、でも。英子さん、明人は死んだって……」
「あれからすぐに臓器密売組織に運ばれてきてね。わたしが執刀医になったのさ。で
も脳が生き残っていた。明人のボディーガードの一人が、頭部を射ち抜かれて脳死に
なったのが同時に運ばれて来ていたから、二人から一人を生き返らせたわけ」
「じゃ、じゃあ。明人の脳を?」
「その通り」
「ほ、ほんとに明人なの? 担いでいるんじゃないでしょう?」
「何なら俺だけが知っているおまえの秘密を、ここで明かしてもいいんだぞ」
「それ、困るわ……」
「なら、俺を信じろ。嘘は言わん。俺は正真正銘のおまえの夫の明人だ」
 ああ……。その喋り方。
「明人……」
 わたしは、明人の胸の中で泣いた。
 明人はやさしく抱きしめてくれた。
 身体こそ違うが、わたしをやさしく見つめる目、その抱き方。間違いなく明人だ。
 明人がわたしのところに帰って来てくれた。
 ひとしきり泣いて、落ち着いてきた。
「でもどうして今まで黙ってたの?」
「それはね。脳移植自体は成功したけど、身体と精神の融合がなかなか進まなかった
のさ。身体も脳も生きているけど、分断したままという状態が長く続いた」
 社長が説明してくれた。
「俺は、生きていた。身体と融合していないから、真っ暗の闇の中でな。そしてずっ
とおまえのことを考えていた。おまえを残しては行けない。もう一度おまえに会いた
い。その一心だった。その一途な願いがかなってやがて俺の耳が聞こえるようになっ
て、さらに目の前が開けて来た。身体との融合が進んで耳が聞こえ目が見えるように
なったんだ。俺は生きているんだと実感した。だとしたらおまえを迎えにいかなきゃ
と思った。その思いからか、急速に回復していった。そして今ここにいる」
「明人、そんなにまで、わたしのことを思っていてくれたのね」
「あたりまえだろ。おまえを生涯養ってやると誓ったんだからな。それとも姿形が違
うとだめか?」
「ううん。そんなことない。明人は明人だよ。ありがとう。明人」
「ああ、言っておくけど……。俺は、今は柳原秀治なんだ。柳の下にドジョウはいな
いの柳に、そうげんの原、豊臣秀吉の秀、そして政治経済の治と書いて柳原秀治。覚
えていてくれ」
「柳原秀治ね」
「ああ。そうだ。秀治と呼んでくれていい」
「判ったわ。秀治」

「あははは!」
 突然、社長が高笑いした。
「なーんてね……。実は、里美君のご両親もここに呼んであるのさ」
「ええーっ!」
 今度は里美が目を丸くして驚いている。
「倉本さん。お入り下さい」
 社長が応接室に向かって声を掛けると、その人達が入って来た。
 そして里美の方をじっと見つめながら言った。
「やあ、元気そうだね。里美」
「ちっとも連絡してこないから、心配してたのよ」
 まだ紹介していないが、両親は里美がすぐに判ったようだ。何しろ母親と里美がそ
っくりだったのだ。
「パパ! ママ!」
「なにも言わなくてもいいわよ。みんな社長さんからお聞きしたから」
「ママ……」
 そういうと里美は母親に抱きついて泣き出した。
「えーん。本当は逢いたかったんだよ。でもこんな身体になっちゃったから……寂し
かったよー」
 まるで子供だった。
 パパ・ママなんて呼んでるから、笑いを堪えるのに苦心した。
 どうやら両親に甘えて育ったようね。道理でわたしをお姉さんと慕ってついてくる
理由が今更にしてわかったような気がする。
「泣かなくてもいいのよ、里美。ママはね、里美が女の子になって喜んでるの」
「え? どうして?」
「ほんとは女の子が欲しかったの。だから産まれる時、里美という名前しか考えてな
かったのよ。結局男の子だったけど、そのままつけちゃったの」
「でも、仁美お姉さんがいるじゃない」
「実をいうと仁美は、私達の子供じゃないんだ。パパの兄さんの子供なんだ。母親も
すでに亡くなっていたからうちで引き取ったんだ」
「先に癌で亡くなった伯父さん? そのこと、仁美お姉さんは知ってるの?」
「結婚する時に教えたわ。びっくりしてたけど、納得してくれたわ。わたしが産んだ
子じゃないけど、二人を分け隔てたことないわ。ほんとの姉弟のように育ててきたつ
もりよ」
「うん。知ってる」
「それにしても、ほんとうに奇麗になったね。もう一度近くでじっくりと顔を見せて
頂戴」
 見つめ合う母娘。
「えへへ。ママの若い頃にそっくりでしょ」
「ほんとだね、そっくりよ。だから入って来た時、里美だってすぐに判ったわ」
 そっかあ……。
 里美は母親似だったんだ。
 それにしても良く似ている。
 わたしや由香里も母親似だし……。
 男の子を女にしたら、みんな母親に似るらしい。
「でも、わたしが子供を産んでもママとは血が繋がっていないよ」
「そんなこと気にしないわよ。里美は、ママがお腹を傷めて産んだ子。その子が産ん
だ子供なら孫には違いないもの。里美はママと臍の緒で繋がってたし、里美の子供も
やはり臍の緒で繋がる。母親と娘は血筋じゃなくて、臍の緒で代々繋がっていくわけ
よ。そう考えればいいのよ。でしょ?」
「うん、それもそうだね」
 母親はやさしく包みこむように里美を諭している。
 臍の緒で代々繋がっていく。
 そういう考え方もあるのか……感心した。
 さすがは母親だと思った。妊娠し出産する女性にしか気づかない考え方ね。
 由香里も、なるほどと頷いて、納得した表情をしている。
「里美のウエディングドレス姿を早く見たいわね」
「社長さん達が、お見合いの話しを進めてるらしいから、もうすぐかも」
「楽しみね」
「うん」
 ほんの数分しか経っていないのに、すっかり打ち解け合っている。
 あれがほんとうの母娘の姿だと思った。
 ふと気づいたが、会話にはほとんど父親が参加していない。数えてみたらほんの二
言しか喋っていないし、抱き合っている母娘のそばで、突っ立っているだけで、まる
で蚊帳の外にいるみたいだ。
 こういうことは、男性はやはり一歩引いてしまうんだろうか?
 いや、それでもやさしく微笑んでいるから里美のことを認めているには違いない。
里美が最初に抱きついたのは母親の方だし、母娘のスキンシップを邪魔しちゃ悪いと
思っているのかも知れない。

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特務捜査官レディー(十六)生活安全局局長
2021.07.20

特務刑事レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十六)生活安全局局長

 生活安全局とは。
 拳銃などによる犯罪を取り締まる「銃器対策課」
 覚醒剤などの薬物の乱用・密売などを取り締まる「薬物対策課」
 その他、住民の生活に関わる全般的な犯罪などに対処する部署である。

 通路の一番奥まった所にその局長室はあった。
 この際遠慮などいりはしない。
 面会の予約など糞食らえだ。
 構わずドアを開けて中に入る。
「何だ、君は?」
 敬の顔を忘れているようだった。
 所詮、一警察官の事など眼中にはないというところか。
 多少なりとも覚えておいて欲しかったものだ。 
「もうお忘れですか?」
「ん……?」
「二年前に、麻薬銃器の捜査研修目的でニューヨークに出張を命じられた沢渡敬ですよ」
 さすがにそこまで言われると思い出さざるを得なかったようだ。
「さ、沢渡だと!」
「殉職したと思いましたか?」
「そういう報告をニューヨーク市警から貰っている。遺体は組織の手で処分されたと……」
「そうですねえ。殉職したあげくに、闇の臓器密売組織に渡った……でしょう?」
「そ、そうだ……」
「しかし、私は生きてここにいます。特殊傭兵部隊に紛れ込んで命を永らえたんです」
「傭兵部隊だと?」
「人質事件救出の突撃隊や要人警備の狙撃班として駆り出される部隊ですよ。おかげで狙撃の腕はプロフェッショナルになりましたよ。そうだ! 一応報告しておきましょうか。沢渡敬は、ニューヨーク市警における麻薬銃器捜査研修の出張から戻って参りました」
 と、敬礼をほどこしながらとりあえずの報告を終わる。
「ああ……。ご、ごくろうだった」
「戸籍回復、及び職務復帰手続きとかを課長がやってくれるそうです」
「そうか、私からも言っておくよ」
「そりゃどうもです」
「佐伯君はどうなんだ?」
「亡くなりましたよ。私の目の前でね」
「残念だったな」
「そうですね。やっかいな二人のうちの一人を処分できたんです。黒幕は少しは安堵したことでしょう」
 黒幕という言葉を使って、やんわりと核心に触れる敬。
「黒幕とはどういうことだ?」
「言葉通りですよ。俺達の命を狙った犯行の首謀者のことですよ」
 敬の思惑を測りかねて口をつむぐ局長。
 軽率な発言をすれば揚げ足をとられるとでも思ってのことだろうと思う。
「それからニューヨーク市警の署長は、何者かに狙撃されて死んだそうですね。ぶっそうですよね。ニューヨークってところは。毎日どこかで殺人が起きているんですから」
 その口調には、それをやったのは自分だという意思表示が現れていた。
「ああ、お忙しい身でしたよね。今日のところは、これでおいとましましょう。これから家に帰って、両親に無事な姿を見せてやりたいですから」
「わかった。気をつけて帰ってくれ」
「それでは、突然押しかけて申し訳ありませんでした。一刻も早く報告しようと思ったものですからね。では、失礼します」
 敬礼して、くるりと踵を返し、部屋を退室する敬だった。
「気をつけて帰ってくれか、よく言うぜ」
 吐き捨てるように言いながら、
「さて、局長が刺客を手配する前にとっとこ帰るとするか」
 と足早に局長室を後にした。


 待ち合わせの場所で合流する。
「へえ、局長の慌てふためく様を見たかったな」
「俺が狙撃のプロ集団である特殊傭兵部隊にいたことや、ニューヨーク市警狙撃事件のことを話したからな、自分もいつ狙撃されるかと冷や冷やしているかもな」
「罪な人ね。その気はないんでしょ?」
「ニューヨークの事は、おまえが死んだという報告書をみての復讐だったからだ。あの頃は心が荒んでいたからな。正義感もどこへやらだった。しかし生きているなら罪を重ねる必要はないさ」
「うん。わたしはあなたが人を殺すところを見たくないわ」
「しかし、俺の手は血に汚れてしまったからな。あの時以来……」
「わたしが、元の敬に戻してあげるわ。大丈夫よ、愛があればね」
「そうか……」
「あら、わたしの言うこと信じてないわね」
「信じてはいるけど……」
「もう弱気ねえ。じゃあ、こうすればどう?」
 というなり、いきなり敬に抱きつく真樹。
「お、おい。人前だぞ」
 通行人が二人を怪訝そうに見ながら通り過ぎていく。
「気にしないわ。恋人同士なら恥ずかしがることない」
 そして唇を合わせてくる。

「どう? これで信じてくれる?」
 長い抱擁の後に、潤んだ瞳で囁きかけてくる真樹。
「わたしは、どんな時でも敬を信じているわ。ニューヨークの街角で逃げ惑いながら、凶弾に倒れても、
『いいか、おまえも最期の最期まで、生きる希望を捨てるなよ。簡単に死ぬんじゃないぞ、俺が迎えにくるのを信じて、命の炎を絶やすんじゃない』
 と言ったあなたの言葉を信じて、必死で生き延びようとした。だから奇跡の生還を果たすことができたの。先生もほんとにおどろいてらっしゃったけど」
「黒沢先生か?」
「そうよ。この愛であなたの心を癒してあげる」
「わかったよ。真樹の言うことを信じるよ」
「うん……」
 生死の境を乗り越えて生き延びてきた二人に、障害というものは存在しなかった。

 数日後のことである。
 駅近くで落ち合う二人。
「ご両親はどうだった?」
「あはは、生きて俺が帰ってきて、目を丸くしてた。でも涙を流して喜んでくれたよ」
「でしょうね。心配掛けさせたんだから、これからはちゃんと親孝行しなくちゃ」
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「う、うん……」
「どうした? 気乗りがなさそうだな」
「ほんとにいいの?」
「当たり前じゃないか。交際するなら、ご両親にちゃんと挨拶するのが筋だろう。大切なお嬢さまなんだからな」
「お嬢さまか……」
 今日は、真樹の両親に敬が会いに行く日であった。
 交際していることを正式に了承してもらおうというわけである。
「だいたいからして、俺は警察官なんだぜ。影でこそこそやるのは嫌いだ」
「そうだよね」
 最近の警察官の不祥事は頻発しているが、この敬という男は根っからの正義馬鹿と呼ばれるほどの性格をしている。だから交際するにもちゃんと両親の承諾を受けてからと考えているわけである。
「昇進もしたしね」
「うん……。良かったね」
 ニューヨーク研修を無事終了したという事で、敬は巡査部長に昇進していた。
「局長は何か動いてる?」
「いや、まだ表立った行動は取っていないようだ。ニューヨークから無事に帰還したことと、傭兵部隊で腕を磨いたということで、用心しているんじゃないかな。でも水面下では用意周到に手はずを整えているかも知れない。闇の中で蠢く溝鼠のようにね」
「たぶんね」

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