銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第三章 狼達の挽歌 IV
2019.03.30


 機動戦艦ミネルバ/第三章 狼達の挽歌


 IV 反磁界フィールド

 だが驚きはそれだけではなかった。
「こ、これは!」
 レーダー管制オペレーターが声を上げた。
「どうした!」
「レーダーから、敵艦が消えました」
「なんだと!」
「しかし、こちらの重力加速度感知器には敵艦の反応があります」
「どういうことだ?」
「わかりませんが、敵艦はなおもこちらに接近中です」
 艦橋内にざわめきが広がる。
 まるで姿なき魔物がひたひたと迫り来るといった概念に捉われつつあった。
 レーダーが機能しなければ、敵艦の位置や速度が測れないから、すべての誘導兵器
が使用不能という状況に陥ってしまっているということだ。
 このままでは、敵艦からの一方的な攻撃を受けるのみである。
「敵艦周辺一体に特異的地磁気変動が見られます」
「特異的地磁気変動だと?」
「はい。磁力線計測器によると、敵艦の周囲一体に磁場がまったく感知できません」
 その報告を受けて、しばらく考えていた副官が答えた。
「どうやら敵艦の周囲には、磁場を完全に遮蔽する反磁界フィールドが張られている
ものと思われます」
「反磁界フィールドだと?」
 艦長の疑問に、副官が詳しく説明を加える。
「超伝導によるマイスナー効果ですよ。敵艦の周囲には、磁界が完全に0の空間が作
り出されているのです。レーダー波は、磁界と電界が交互に繰り返されながら伝播す
る電磁波の一種です。その片方の磁界を完全に遮断すれば電磁波は伝わらない。つま
りレーダーは役に立たないということです。しかし重力までは遮断することはできま
せんから重力加速度計には感知されるわけです。あの戦艦は超伝導によるマイスナー
効果によって完全反磁性を引き起こして、地磁気に対しての反発力を利用した最新鋭
の超伝導反磁性浮上システムを搭載しているものと思われます。その反磁性の範囲を
艦体をすっぽり包むように拡げてバリアー効果をも発揮させているのです」
「反磁界フィールドか」
 副官の長い説明はさらに続く。
「陽電子砲の正体は荷電粒子です。荷電粒子が磁界によって曲げられてしまうのは周
知の事実です。リング状に設置されたサイクロトロンやシンクロトロンなどで荷電粒
子を加速させる原理に使われていますし、地球が地磁気によって太陽からの荷電粒子
(太陽風)から守られ、バンアレン帯を形成している事も良く知られています。さら
に、光が通過する空間において物性が変わった場合など、温度差による蜃気楼や光の
水面反射などの現象が起きます。そのことを踏まえて、ミネルバの状況を考えてみま
しょう。磁界が完全に0であるということは、逆に言えば無限に近い強磁界が存在す
るのと同じ効果が発生するのです。フレミングの法則でも知られる通りに、電界のあ
るところ必ず磁界も発生しますが、その対偶命題として磁界がなければ電界も存在し
えないと考えるのが数学の真理であり至極自然です。電界とはすなわち電荷の流れに
よって生じるところから、荷電粒子を完全遮断できるほどのバリアー効果となって現
れるのです」
 長い長い説明は終わったようだ。
「なるほど……などと関心している場合じゃない!」
「しかし、こちらから粒子砲攻撃ができないということは、向こう側も粒子砲を撃て
ないということです。それに反磁界フィールドを張るには莫大な電力が必要でしょう、
そういつまでも持つはずがありません。少しは気休めになるでしょう」
「気休めになるか! 向こうもそれを承知で接近してくるということは、それなりの
方策を持っているからに違いない。第一、反磁界フィールドのスウィッチを持ってい
るのは相手だ。粒子砲の発射準備をしておいて、フィールドを切ると同時に発射する
ことができるのだからな」
「粒子砲が使えないとなれば艦載機とミサイル攻撃しかありませんね」
「ちきしょう! 空戦式機動装甲機(モビルスーツ)が使えればな……」
「確かに、粒子砲が使えない以上、モビルスーツによる格闘戦しかありませんが、あ
いにくと我が軍が搾取した同盟軍のモビルスーツのOSの書き換え作業と動作確認に、
パイロットが使役されちゃいましたからね。機体はあるがパイロットがいなけりゃ動
かせません」
「とにかく、敵艦がいつフィールドを解除して粒子砲を撃ってくるかわからん。射線
上に入らないようにして、往来撃戦で戦う!」
「往来撃戦用意!」


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銀河戦記/鳴動編 第二章 ミスト艦隊 IX
2019.03.30



第二章 ミスト艦隊


                 IX

 別働隊指揮艦の艦橋。
 迫り来る敵艦隊との会戦の時が迫り、オペレーター達の緊張が最高潮を迎えようとし
ていた。
 正面スクリーンが明滅して、敵艦隊の来襲を知らせる映像が投影された。
「敵艦隊捕捉! 右舷三十度、距離三十二光秒!」
 目の前を敵艦隊が悠然と進撃している。
 ミスト艦隊が取るに足りない弱小艦隊とみて、索敵もそこそこにしてミスト本星へ急
行しているというところだ。
 手っ取り早くミストを攻略し、先遣隊が帝国皇女の拉致に成功した後に、この星に連
行してくるつもりなのかも知れない。
「時間通りです」
「ようし! 全艦攻撃開始だ」
 アレックスの作戦プランに従い、別働隊の敵艦隊に対する側面攻撃が開始された。

 敵艦隊の旗艦艦橋。
「攻撃です! 側面から」
 不意の奇襲に、声を上ずらせてオペレーターが叫ぶ。
「側面だと? こざかしい!」
「艦数およそ二百隻です」
「所詮は陽動に過ぎん。放っておけ。加速して振り切ってしまえ!」
「こちらは外洋宇宙航行艦、向こうは惑星間航行艦。速力がまるで違いますからね」
「競走馬と荷役馬の違いを見せてやるさ」
 別働隊の攻撃を無視して、速度を上げて差を広げていく連邦艦隊。

 別働隊指揮艦。
 正面スクリーンに投影された敵艦隊の艦影が遠ざかっているのが判る。
「距離が離れていきます。追いつけません」
「それでいい。作戦通りだ」
 落ち着いた口調で答える司令官。
 敵艦隊が別働隊の奇襲を無視して加速して引き離すことは予測していたことであった。
 アレックスの思惑通りに、事は運んでいた。
「さて、後方からゆっくりと追いかけるとするか……」
 艦橋にいる人々に聞こえるように呟く司令。
 頷くオペレーター達。
「よし、全艦全速前進!」
 ゆっくりと追いかけると言ったのは、敵艦隊のスピードに対しての皮肉であった。
 追いつけないまでも、敵艦隊に減速の機会を与えないように、後方から睨みを利かせ
るためである。

 その頃、連邦軍の艦影を捉えたミスト旗艦のアレックスは全艦放送を行っていた。
「……いかに敵艦が数に勝るとも、無用に恐れおののくことはない。わたしの指示通り
に動き、持てる力を十二分に引き出してくれれば、勝機は必ずおとずれる。どんなに強
力な艦隊でも所詮は人が動かすもの、相手を見くびったり、奢り高ぶれば油断が生じる
ものだ。その油断に乗じて的確な攻撃を敢行すれば、例え少数の艦隊でもこれを打ち砕
くことができるだろう……」
 感動したオペレーターが、思わず拍手をすると、その波はウェーブとなった。
 放送を終えて照れてしまうアレックスであった。
 しかし、アレックスにはもう一つの放送をしなければならなかった。

 敵艦隊の指揮艦。
 機器を操作していた通信士が報告する。
「敵の旗艦から国際通信で入電しています」
 戦闘に際しては、通信士の任務は重大である。
 味方同士の指令伝達は無論のこと、敵艦同士の通信を傍受して作戦を図り知ることも
大切な任務である。
「正面スクリーンに映せ」
「映します」
 オペレーターが機器を操作し、正面スクリーンにアレックスの姿が映し出された。
 スクリーンのアレックスが語りかける。
「わたしはアル・サフリエニ方面軍最高司令官、アレックス・ランドールである」
 途端に艦橋内にざわめきが湧き上がった。
 ランドールと聞けば知らぬ者はいない。
 そのランドールが、なぜミスト艦隊に?
 オペレーター達が驚き、隣の者達と囁きあっているのだ。
 スクリーンのアレックスは言葉を続ける。
「わけあって、このミスト艦隊の指揮を委ねられた……」
 疑心暗鬼の表情になっている司令官であった。
 ランドールと名乗られても、『はいそうですか』と即時に信じられるものではない。
 副官は機器を操作して、スクリーンに映る人物の確認を取っていたが、
「間違いありません。正真正銘のランドール提督です。それに、ミストから離れつつあ
る艦隊を捕らえました。サラマンダー艦隊です」
「どういうことだ。タルシエン要塞にいるはずのやつらが、なぜここにいる?」
 何も知らないのは道理といえた。
 ランドール率いる反乱軍は、堅牢なるタルシエン要塞を頼りにして、篭城戦に出てい
るのではなかったのか……。
「おそらくランドールの目的は銀河帝国との交渉に赴いたのではないでしょうか?」
「交渉だと?」
「はい。反政府軍が長期戦を戦い抜くには強力な援護者が必要です。帝国との交渉に自
らやってきて、補給に立ち寄ったこのミストにおいて、我々との戦いを避けられないミ
スト艦隊が、提督に指揮を依頼した。そんなところではないでしょうか」
「なるほどな……。とにかく大きな獲物が舞い込んできたというわけだ」
 すでにアレックスの挨拶が終わっていて、スクリーンはミスト艦隊の映像に切り替わ
っていた。
「敵艦隊、速度を上げて近づいてきます」
「全艦に放送を」
 通信士が全艦放送の手配を済ませて、マイクを司令に向けた。
「敵艦隊の旗艦には、宿敵とも言うべき反乱軍の総大将のランドール提督が乗艦してい
るのが判明した。その旗艦を拿捕してランドールを捕虜にするのだ。それを成したもの
は、聖十字栄誉勲章は確実だぞ。いいか、ランドールは生かして捕らえるのだ、決して
あの旗艦を攻撃してはならん」
「なぜです。捕虜にするのも、撃沈して葬るのも同じではないですか」
「ばか者。ここはミスト領内で、あやつの乗艦しているのはミスト艦隊だぞ。撃沈して
しまったら、どうやってランドールだと証明できるか? 宿敵艦隊旗艦のサラマンダー
ならともかくだ」
「そうでした……」
「指令を徹底させろ」
「判りました。指令を徹底させます」


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性転換倶楽部/特務捜査官レディー 強姦生撮り(R15+指定)
2019.03.29



特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(四十二)強姦生撮り

 それからしばらくして、例の透視映像に三つの点滅が増えた。
 そして真樹のそばに近づいていった。
「一人はビデオカメラマンで、後の二人は……おそらく男優だろうな」
 と、ぽつりと黒沢医師が呟いた。
 強姦生撮り撮影が開始されるというわけである。
 男優一人では強姦生撮りは難しい。女性が必死で抵抗すれば事を成されることを防
ぐこともできる。
 そこで抵抗する女性を押さえつける役も必要というわけであろう。気絶させては迫
力ある強姦シーンにはならないからだ。
 あくまで泣き叫ぶ女性の姿が欲しい!
 というところだ。

 つと敬が腰を上げた。
「行くのか?」
 それには答えずに黙って車から降りて雑居ビルの方へと一人歩き出した。
「しようがないな……。まあ、恋人が犯されるのを黙ってみている訳にもいかないか
……」
 それを眺めて美智子が尋ねる。
「行かせてよろしいのでしょうか? 当初の予定ではここから売春組織のあるアジト
まで案内させるはずでしたよね。今踏み込んでしまえば、その機会を失うことになる
のではないでしょうか。彼らを捕らえたところで、そう簡単には組織を売るようなこ
とはしないでしょう」
「まあな。通常の手段で、奴らのアジトを吐かせることは無理だろう」
「では、なぜ?」
「私に考えがある。否が応でも吐きたくなるような方法をね」
 と言って、黒沢医師も車を降りて敬の後を追った。
 一人残された美智子。
「もう……。わたしは何のために来たのか……」
 実は、相手を策略に掛けてアジトを探し出し、売春組織を壊滅させる。
 そんなスリリングな期待を抱いていたのである。
 ここで踏み込んでしまえばそれでおしまいである。
「つまらないわ……」
 ぼそっと呟いて苦虫を潰したような表情の美智子であった。

 雑居ビルの一室。
 ベッドの上で眠っているその周囲でカメラ機材を並べている男達がいる。
 部屋の隅では男優とおぼしき男二人が服を脱いでいる。
 その傍らで勧誘員が説明をしている。
「今日は強姦生撮り撮影だ。女が目を覚ましたところからはじめるぞ。いつも通りに、
女が泣き叫ぼうがなんだろうが、構わずにやってしまえ!」
「女は処女ですか?」
「いや、そうでもなさそうだ」
「ちぇっ、それは残念だ」
「ふふん。で、今日はどっちが先にやるんだ?」
「今日は、俺からっすよ。前回はこいつでしたからね」
「しかし今日のは、ずいぶん綺麗な女じゃないですか。前回のはひどかったですから
ね。仕事だから仕方なくやりましたけど」
「だめっすよ。交代はしませんからね」
「とにかく一ラウンド目はいつも通り。ニラウンド目は、覚醒剤を打って淫乱女風に
なった状態で撮る」

 そんな男達の会話を、真樹は目を覚ました状態で聞いていた。
 うとうとと眠ってしまったが、男達が周りで動き回る音に目を覚ましたのである。
「ひどいことを言ってるわね……」
 覚悟していたとはいえ、いざ男達に取り囲まれ、強姦生撮りされると思うと、さす
がに緊張は極度に高ぶっていた。
 しかし、それもこれもより多くの女性たちを救うための人身御供である。
 何とかこの試練に耐えて、奴らのアジトに潜入しなければならないのである。
 身が引き締まる思いであった。

「よし! ビデオの準備OKだ。はじめてくれ!」

 その合図で、男優達が動き出した。
 真樹の横たわっているベッドに這い上がってきた。
「きた!」
 思わず身を硬くする真樹であった。


性転換倶楽部/響子そして 真実は明白に(R15+指定)
2019.03.28


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します



(十九)真実は明白に

 すると今まで黙っていた、その青年が口を開いた。
「響子、意外に冷たいんだな」
「あなたに響子なんて呼びつけにされる筋合いはありません」
「そう言うなよ。響子というのは、俺がつけてやった名前じゃないか」
「ええ?」
「俺の母親の名前だ。忘れたか? ひろし」
「ひろしって……。そ、その名前をどうして? ま、まさか……」
 その名前を知っている限りには、わたしの過去の事情を知っているということ。響
子とひろしとが同一人物だと知っているのは……。そして母親の名が響子ということ
は。
「なあ、生涯一緒に暮らすから、性転換して俺の妻になってくれと言ったよな」
「う、うそ……。まさか……明人?」
「ああ、そうだ。俺の名は、遠藤明人。祝言をあげたおまえの夫だ。もっとも今は柳
原秀治って名乗っているけどな」
「で、でも。社長、明人は死んだって……」
「あれからすぐに臓器密売組織に運ばれてきてね。わたしが執刀医になったのさ。で
も脳が生き残っていた。明人のボディーガードの一人が、頭部を射ち抜かれて脳死に
なったのが同時に運ばれて来ていたから、二人から一人を生き返らせたわけ」
「じゃ、じゃあ。明人の脳を?」
「その通り」
「ほ、ほんとに明人なの? 担いでいるんじゃないでしょう?」
「何なら俺だけが知っているおまえの秘密を、ここで明かしてもいいんだぞ」
「それ、困るわ……」
「なら、俺を信じろ。嘘は言わん。俺は正真正銘のおまえの夫の明人だ」
 ああ……。その喋り方。
「明人……」
 わたしは、明人の胸の中で泣いた。
 明人はやさしく抱きしめてくれた。
 身体こそ違うが、わたしをやさしく見つめる目、その抱き方。間違いなく明人だ。
 明人がわたしのところに帰って来てくれた。
 ひとしきり泣いて、落ち着いてきた。
「でもどうして今まで黙ってたの?」
「それはね。脳移植自体は成功したけど、身体と精神の融合がなかなか進まなかった
のさ。身体も脳も生きているけど、分断したままという状態が長く続いた」
 社長が説明してくれた。
「俺は、生きていた。身体と融合していないから、真っ暗の闇の中でな。そしてずっ
とおまえのことを考えていた。おまえを残しては行けない。もう一度おまえに会いた
い。その一心だった。その一途な願いがかなってやがて俺の耳が聞こえるようになっ
て、さらに目の前が開けて来た。身体との融合が進んで耳が聞こえ目が見えるように
なったんだ。俺は生きているんだと実感した。だとしたらおまえを迎えにいかなきゃ
と思った。その思いからか、急速に回復していった。そして今ここにいる」
「明人、そんなにまで、わたしのことを思っていてくれたのね」
「あたりまえだろ。おまえを生涯養ってやると誓ったんだからな。それとも姿形が違
うとだめか?」
「ううん。そんなことない。明人は明人だよ。ありがとう。明人」
「ああ、言っておくけど……。俺は、今は柳原秀治なんだ。柳の下にドジョウはいな
いの柳に、そうげんの原、豊臣秀吉の秀、そして政治経済の治と書いて柳原秀治。覚
えていてくれ」
「柳原秀治ね」
「ああ。そうだ。秀治と呼んでくれていい」
「判ったわ。秀治」

「あははは!」
 突然、社長が高笑いした。
「なーんてね……。実は、里美君のご両親もここに呼んであるのさ」
「ええーっ!」
 今度は里美が目を丸くして驚いている。
「倉本さん。お入り下さい」
 社長が応接室に向かって声を掛けると、その人達が入って来た。
 そして里美の方をじっと見つめながら言った。
「やあ、元気そうだね。里美」
「ちっとも連絡してこないから、心配してたのよ」
 まだ紹介していないが、両親は里美がすぐに判ったようだ。何しろ母親と里美がそ
っくりだったのだ。
「パパ! ママ!」
「なにも言わなくてもいいわよ。みんな社長さんからお聞きしたから」
「ママ……」
 そういうと里美は母親に抱きついて泣き出した。
「えーん。本当は逢いたかったんだよ。でもこんな身体になっちゃったから……寂し
かったよー」
 まるで子供だった。
 パパ・ママなんて呼んでるから、笑いを堪えるのに苦心した。
 どうやら両親に甘えて育ったようね。道理でわたしをお姉さんと慕ってついてくる
理由が今更にしてわかったような気がする。
「泣かなくてもいいのよ、里美。ママはね、里美が女の子になって喜んでるの」
「え? どうして?」
「ほんとは女の子が欲しかったの。だから産まれる時、里美という名前しか考えてな
かったのよ。結局男の子だったけど、そのままつけちゃったの」
「でも、仁美お姉さんがいるじゃない」
「実をいうと仁美は、私達の子供じゃないんだ。パパの兄さんの子供なんだ。母親も
すでに亡くなっていたからうちで引き取ったんだ」
「先に癌で亡くなった伯父さん? そのこと、仁美お姉さんは知ってるの?」
「結婚する時に教えたわ。びっくりしてたけど、納得してくれたわ。わたしが産んだ
子じゃないけど、二人を分け隔てたことないわ。ほんとの姉弟のように育ててきたつ
もりよ」
「うん。知ってる」
「それにしても、ほんとうに奇麗になったね。もう一度近くでじっくりと顔を見せて
頂戴」
 見つめ合う母娘。
「えへへ。ママの若い頃にそっくりでしょ」
「ほんとだね、そっくりよ。だから入って来た時、里美だってすぐに判ったわ」
 そっかあ……。
 里美は母親似だったんだ。
 それにしても良く似ている。
 わたしや由香里も母親似だし……。
 男の子を女にしたら、みんな母親に似るらしい。
「でも、わたしが子供を産んでもママとは血が繋がっていないよ」
「そんなこと気にしないわよ。里美は、ママがお腹を傷めて産んだ子。その子が産ん
だ子供なら孫には違いないもの。里美はママと臍の緒で繋がってたし、里美の子供も
やはり臍の緒で繋がる。母親と娘は血筋じゃなくて、臍の緒で代々繋がっていくわけ
よ。そう考えればいいのよ。でしょ?」
「うん、それもそうだね」
 母親はやさしく包みこむように里美を諭している。
 臍の緒で代々繋がっていく。
 そういう考え方もあるのか……感心した。
 さすがは母親だと思った。妊娠し出産する女性にしか気づかない考え方ね。
 由香里も、なるほどと頷いて、納得した表情をしている。
「里美のウエディングドレス姿を早く見たいわね」
「社長さん達が、お見合いの話しを進めてるらしいから、もうすぐかも」
「楽しみね」
「うん」
 ほんの数分しか経っていないのに、すっかり打ち解け合っている。
 あれがほんとうの母娘の姿だと思った。
 ふと気づいたが、会話にはほとんど父親が参加していない。数えてみたらほんの二
言しか喋っていないし、抱き合っている母娘のそばで、突っ立っているだけで、まる
で蚊帳の外にいるみたいだ。
 こういうことは、男性はやはり一歩引いてしまうんだろうか?
 いや、それでもやさしく微笑んでいるから里美のことを認めているには違いない。
里美が最初に抱きついたのは母親の方だし、母娘のスキンシップを邪魔しちゃ悪いと
思っているのかも知れない。


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妖奇退魔夜行/蘇我入鹿の怨霊 前編
2019.03.28

陰陽退魔士・逢坂蘭子/蘇我入鹿の怨霊


其の壱 刀剣乱舞

 大阪府立阿倍野女子高等学校。
 1年3組の教室。
 数人の女子生徒が集まって、とある話題に盛り上がっていた。

 京都博物館で開催されている『刀剣乱舞DAY』についてである。
 最近、若い女性達の間で流行っている、古代刀剣を擬人化したゲーム及びアニメであ
る。
 DMMゲームズとニトロプラスが共同開発したオンラインゲーム。
 いわゆるイケメンな男子が登場する。
 短刀・脇差・打刀・太刀・大太刀・槍・薙刀
 七つの刀種にそれぞれイケメン男子が当てられている。
 ちなみに打刀の一人?として、長曽弥虎徹があり、新撰組局長・近藤勇の所持剣とし
て『今宵の虎徹は血に餓えている』という決め台詞で有名。そして蘭子の御守懐剣でも
ある。
 話題を持ち込んできたのは、『刀剣女子』を自称する金城聡子である。
 刀剣女子とは、日本刀に愛着を持ち、全国各地の刀剣展覧会などを駆け巡る刀剣ファ
ン(オタクともいう)のことである。
 聡子が持ち込んだ雑誌のランキング表に一喜一憂するクラスメート。
「やっぱり私の『鶴丸国永』様が一番よ!」
「あーん『山姥切国広』様が準優勝なんて嘘よ!!」
 先日非公式のランキング投票が行われた発表で持ちきりであった。
「ねえ、蘭子の一押しの刀剣は?」
 聡子が話しかけてきた。
「あたし?」
「剣道部でしょ。好きな刀剣くらいはあるよね?」
「剣道部じゃないわよ。弓道部だからね」
「だって、剣道のインターハイに出てたじゃない」
「あれは、助っ人で出てただけよ」
 聡子の言っていることは、以前に木刀に憑依した怨念が、次々と剣道部員を闇討ちし
た事件において、陰陽師として解決するために、剣道の試合に出た時のことを指してい
るらしい。
「で、何が好き?」
 聞いちゃいない……。
「長曽弥虎徹よ」
 執拗に尋ねるのに呆れてつい答えてしまう。
「長曽弥虎徹ね……あった、37位だわ」
 その順位は後ろから数えた方が早い。
「あら、そう……」
 興味なさそうに答える蘭子。
 やがてチャイムが鳴って始業時間となり、各々の席へと解散するクラスメートだった。


其の弐 京都文化会館にて


 JRと近鉄の「京都駅」から地下鉄で「烏丸御池駅」下車【5】番出口から三条通り
を東へ3分。
 京都文化博物館の建物の壁には「刀剣乱舞DAY」開催中!という垂れ幕が下がり、玄
関入り口には立看板が立っている。
 京都文化博物館は、2・3階総合展示場で一般500円、大学生400円、高校生以
下は無料となっている。

 ちなみに、2017年2月25日~4月16日「刀剣乱舞DAY」の目玉である【短刀 銘 吉光
(号 五虎退)】の描き下ろしイラスト公開は年3月1日~5日まで、先着500名にクリア
ファイルの配布があった。
 現在、2017年10月3日~12月3日まで、4・3階展示室にてウッドワン美術館コレクシ
ョンが開催されている入場料は、一般1300円、大高生900円、中小学生400円。

 会場入り口付近には刀剣ファンである女子達が、開館時間前から数多く並んでいる。
 やがて時間となり、お目当ての刀剣目指して足早に急ぐ。
 そんな大勢の観客に混じって、金城聡子の姿もあった。
 国宝や重要文化財に指定された貴重な刀剣を、ショーケース越しに眺めながら、熱心
にメモを取っている。
 博物館内では、文化財保護のために、展示品やケースに触れないことの他、
 ・写真撮影
 ・鉛筆以外の筆記用具の使用
 ・飲食・喫煙
 ・携帯電話の使用
 ・ペットを連れての入館
 など、禁止されている項目がある。
 これらの禁則は、重要文化財を展示している全国各地の博物館などで行われているの
で注意が必要である。

「きみ……。刀剣に興味があるのかい?」
 と、声を掛けてきた者がいた。
 声をした方を振り向くと、優しそうに微笑む若者がいた。
「実は、僕も刀剣それも古代に伝わる伝説級とか妖剣とかいう類のものが興味があるん
です」
 刀剣の事に関しては、わざわざ大阪から京都にまで鑑賞するために来館した聡子であ
る。
 館内を廻りながら、それぞれの刀剣についての薀蓄(うんちく)を語る若者。
 聡子は、この博学な若者とはすぐに打ち解けてしまった。

「それにしても、いにしえの刀剣って皆京都や奈良に集中していて残念です」
「何をおっしゃいますか。京都だけでなく、あなたのお住まいの大阪にも国宝の刀剣が
あるじゃないですか」
「大阪に?」
「四天王寺に【七星剣】と【丙子椒林剣】という国宝剣がありますよ」
「知っています。でも、東京国立博物館に寄託されていて、模造品が飾られていますけ
どね」
「ご存知でしたか」
「宝物展とかで重要文化財の仏像とか書物とかは頻繁に名宝展とか開催するけど、七星
剣とかは模造品だからか展示しないのよね」
 やがて京都博物館を出た二人は、揃って京都観光を楽しむこととなった。

 名所旧跡を巡りながら、会話も弾む二人が急速に懇意になるのは必然だった。


其の参 四天王寺


 男のアパート自室。
 ベッドの中で裸で寄り添い眠る聡子と男。
 男がどうやって聡子を篭絡したかは分からないが、すでに深い関係に陥っていた。
 女はすべてを捧げたいと思い、男は自分の物にしたという達成感に酔いしれる。

「実は聡子に頼みたいことがあるんだ」
「なあに」
「七星剣のことを話したよな」
「四天王寺の?」
「そうだよ。その七星剣を手に入れたいんだ」
「でも東京国立博物館に寄託されているんでしょう?」
「ああ、表の七星剣はね」
「表?」
「実は裏の七星剣があって四天王寺の地下に秘密裏に保管されているんだ」
「どういうこと?」


 とある深夜、いわゆる丑三つ時。
 四天王寺の人気の途絶えた境内を歩く聡子。
 表情は虚ろで、何者かに操られているような風であった。
 微かに怪しげな光を身に纏ってもいる。
 向かった先は中心伽藍から東側へ離れた場所にある宝物館。
 周囲をぐるぐると回りながら探っている様子。
 やがて探り当てたかのように壁に手を当てる。
 その時だった。
 境内の照明がすべて消えた。
 どうやら四天王寺全体の電源設備が、何者かによって操作され電源を遮断されたよう
である。
 なにやら呪文を唱えると、壁の一部に巧妙に封印され隠されていた扉が現れた。
「我に従い暗闇を開け!」
 静かに開く扉。
 庫内は真っ暗だが、見えているかのように確かな足取りを見せる聡子。
 そして刀掛台に据えられた一振りの刀剣の前で立ち止まる。
 刀剣から刀掛台に掛けて呪符が張られている。
 おもむろに呪符を引き剥がすようにして刀剣を手に取る。
 封印を解かれたさまざまな怨念が解放され、聡子に襲い掛かる。
 しかし手にした刀剣を一振りすると怨念は消し去った。
 そして何事もなかったように歩き出し宝物庫を後にして立ち去ってゆく。

 四天王寺境内の外に停車している車がある。
 刀剣を携えた聡子が近づく。
 扉が開いて出迎えたのは、かの男だった。
「ご苦労様」
 聡子は黙ったまま刀剣を手渡す。
 受け取り確認する男。
「よし、本物だ」
 刀剣が微かに震えていた。
「どうした、七星剣よ……そうか、血が欲しいか」
 無言で立ち尽くす聡子に目をやる男。
「そうだな。儀式を始めようか」


其の肆 辻斬り


 夜の帳(とばり)が舞い降り、闇に包まれる街角。
 道行く人の往来もほとんどない物静かな丑三つ時。
 丑の刻とは、方位での鬼門である艮(ごん・うしとら)に入る時刻を指し、鬼門が開き
鬼や死者が現れる時間とされる。
 そんな闇に隠れるようにして、怪しい影が蠢く。
 右手に携えたキラリと光る切れ物から滴り落ちる鮮血。
 その足元には、バッサリと切られたばかりの女性の死体。

 夜が明ける。
 赤色灯を点滅させたパトカーが、街の一角を占拠している。
 一帯の交通規制が敷かれ、黄色いテープで周囲を立ち入り禁止にして証拠や痕跡を保護
する現場保存をする。
 鑑識員が現場の写真撮影や状況の記録や計測、痕跡の保存を行っている。
 そこへ覆面パトカーが到着し、一人の刑事が降り立つ。
 大阪府警捜査第一課長、井上警視である。
 被害者に覆いかぶされたシートを捲って、
「辻斬りか……」
 遺体を検分する。
 肩から胸元にかけてバッサリと明らかに刀で切られと思われる痛々しい傷。
 何度見ても見慣れることのない永遠のトラウマである。
 年の頃17・8歳というところか。
「これで何人目だ?」
「四人目です」
「凶器は?」
「まだ見つかっておりません」
「探せ!」
「はっ!」
「被害者の身元は分かっているのか」
「はい。阿倍野女子高等学校の生徒手帳を所持していました。美樹本明美。死亡推定時刻
は午前二時半頃だそうです」
「高校生が真夜中を出歩いていたということか?」
「クラブ活動で遅くなったのではないでしょうか」
「そんな時間までか?ご両親に連絡はしたか」
「連絡してあります」
「そうか……」
「遺体を運び出してよろしいでしょうか」
「ああ、たのむ」
「司法解剖に回しますか?」
「いや、とりあえずご両親の了解待ちだ」
 明らかなる殺人事件と確認できる場合、原則として遺体は司法解剖に回されるのが普通
である。
 また、死因が特定できない変死事件などは、遺族の承諾の必要がない行政解剖という手
順を踏む。
 先の、心臓抜き取り変死事件、夢鏡魔人の往来殺人事件などが行政解剖に回されている。
 しかし現状として、予算や医師不足などの理由から、警察の死体取扱い件数のほとんど
が司法解剖されていない。
 また、同様の事情により変死と思われるような状況でも、自殺や事故、心不全で片付け
られることもあるともいわれている。
 比較的司法解剖率の高い沖縄県警の17.3%を最高に、警視庁に至っては1.8%程度だとい
う。
 圧倒的に死亡報告が多い東京都がまともに司法解剖などやっていては、それだけで警視
庁予算の大半を飲み込んでしまう。

 図表1 図表2

 もっともこれらの数字は、あくまで警察庁に報告のあったものという注釈付きである。
 警察お得意の隠蔽工作のことを考慮すると、もっとお寒い状況になるのは必定であろう。
 既に死亡が確認されている被害者は、遺体搬送専用車に積み込まれ現場を後にすること
になる。
 ちなみに遺体搬送専用車は、一応緊急自動車指定となっている。
 往路は緊急走行が許されても、死亡が確認された帰路は急ぐ必要もないので通常走行と
なる。
 搬送車を見送る井上課長。
 四件の連続通り魔殺人事件。
 どう考えても人間の仕業ではなさそうである。
【人にあらざる者】
「やはり陰陽師の手助けを借りるしかないか……」
 土御門春代と逢坂蘭子が思い浮かぶ。
 ともかく今は全力で凶器を見つけ出さねばならない。
 その凶器に【人にあらざる者】が取り憑いていたとしたら、今後も殺人は繰り広げられ
る。
「ふ……。俺としたことが」
 いつしか妖魔などという摩訶不思議なるものを信じるようになっていた井上課長であっ
た。
 科学捜査が基本の現代犯罪捜査に【人にあらざる者】を考慮しなければならない事態と
は……。


其の伍 葬式


 阿倍野女子高では、自校の生徒が被害にあったことを受けて、父兄を加えた全校集会が
講堂で行われた。
 警察からの捜査状況を受けて、父兄や生徒達への注意伝達事項が、壇上の校長から発表
された。
 殺人犯が明らかになるまでの間、放課後の即時帰宅とクラブ活動の自粛など。
「うそー!」
「なんでやねん!」
 などという女子高生達のブーイングが広がる。
「犯人が見つかっていないんだからしょうがないじゃん」
 極力保護者が送り迎えするようにとの要望も加えられた。
「いっそ、休校にしてほしいわね」
「賛成!」
 その中にあって、一年三組の生徒達の面持ちは暗かった。
 さもありなん、被害者の中にクラスメートの金城聡子が含まれていたからである。しか
も犠牲者第一号であった。


 数日後。
 金城聡子の自宅にて厳かに通夜と告別式が執り行われた。
「ご愁傷さまでした」
 お決まりの挨拶が交わされ、淡々と式は進行してゆく。
 蘭子達も、高校の制服姿で参列している。
 冠婚葬祭いずれにも着用できる、万能な高校制服は便利なものだ。
 蘭子にも焼香の順番が回ってくる。
 陰陽師という職業柄、何度も死体と出くわし、経験を積み重ねているので、感慨無量と
いう観念からは解脱している。
 たとえそれが同級生であってもである。

 遺体の胸元辺りには、守り刀と呼ばれる模造刀が、足元に刃先を向けるようにして置か
れている。
 模造刀なのは銃刀法からである。
 一般的に仏教では人は死後、四十九日かけてあの世へと到達し、成仏(仏に成る)する
とされている。
 そして死後から仏に成るまでの存在を「霊」と位置付け、中途半端で迷いの存在と位置
付けられている。
 元々仏教には遺体をケガレた(汚れ・気枯れ)存在とする風潮はなかったが、遺体をケ
ガレたものとして忌み嫌う神道の影響を受け、中途半端で迷いの存在である霊の期間を、
ケガレた存在と見るようになった。
 その為死者のケガレが生者に害を及ぼさないように、或いは死者のケガレが更なる外的
なケガレ(悪鬼・邪気)を呼ばないようする為の手段として、「守刀」が置かれるように
なった。
 その他にも
 ・邪気を払う
(特に猫は遺体をまたぐと化け猫になると信じられていた為、光り物を置いて、動物が近
づくのを防いだ。)
 というのもある。
 ・鉄により死者の肉体に魂を沈める
(死者のケガレた魂が生者に乗り移ったり、祟を防ぐ為)

 蘭子は思う。
 自分自身が死亡し、葬儀の対象となった時は、あの御守懐剣「長曽弥虎徹」を守り刀と
されることを祈ろう。

 なお浄土真宗においては、人は死後に阿弥陀様のお力により、即座に成仏すると言われ
ている(即身成仏)。
 その為、あの世までの道中のお守りとしての守刀や、上記のような土着信仰から来るケ
ガレがケガレを呼ぶ風習の一切を否定しており、守刀は不要である。
 同じ理由で死装束(旅支度)や野膳(道中のご飯)、また会葬者が塩を使って身を清め
るなどの行為も不要。


其の陸 糸口


 通夜の終わった金沢家。
 これまで葬儀のため遠慮していた井上課長が蘭子を連れて、聞き込みのために来訪し
ていた。
「午前二時半頃という真夜中に、聡子さんが出歩いていた理由をご存知ですか?」
 単刀直入に切り出す井上。
「いえ、何も。自分のことをあまり話したがらないものですから」
「そうですか……」
 親子断絶の機運ありありというところか。
「聡子さんのお部屋を見させて貰ってもいいですか?」
 蘭子が切り出す。
「え、ええ。どうぞ」
 許可を得て、二階の聡子の部屋に入る蘭子。
 聡子は被疑者ではないので、井上課長は遠慮して居間で母親からの事情聴取を続けて
いる。
 あたりをぐるりと見まわして、
「別に変わったところはないみたいね……」
 数々のヌイグルミが置かれたベッドサイド、アニメアイドルポスターの貼られた壁。
 ふと、机の上に置かれたチラシに目が留まる。

 京都文化博物館「刀剣乱舞DAY」開催!

 同館の戦国時代展は、刀剣女子を集客しようと4月16日まで開催されたもので、来場
者500名限定で、アニメイラスト「五虎退」のクリアファイルが配布されている。
 刀剣女子とは、2015年にオンラインゲームとして発表された「刀剣乱舞」というゲー
ムソフト及びアニメの流行によって、登場するキャラクターや刀剣について、多くの女
性ファンが集まり活発なSNSでの情報交換が行われているものである。
 上野・東京国立博物館では大盛況の「鳥獣戯画展」と同様に、本館1階の日本刀の展
示スペースが来場者の静かな興奮と熱気に満ちていた。
 栃木県足利市では、“刀剣女子”の間で評判になっている、連日にぎわいを見せた同
市立美術館(同市通)の特別展「今、超克のとき。山姥切国広、いざ、足利」(4月2
日終了)。連日1千人以上が訪れ、入館者記録を更新したという。
 ちなみに刀剣乱舞の打刀の部類に蘭子の持つ「長曾祢虎徹」も登場する。
「今、はやりの刀剣女子というとこかな……そして辻斬り事件」

 事件の解決に繋がる糸口が、微かながらも見えてきたというべきか。

 聡子の部屋から階下に降りてくる蘭子。
「何か見つかったかね?」
 井上課長が尋ねる。
「ええ、こんなものがありました」
 と、例のチラシを差し出す。
「刀剣乱舞か……」
 それを母親に見せながら、
「聡子さんは刀剣に興味を持たれていたようですが、何か心当たりありませんか?」
「いえ、これといって……」
「そうですか……このチラシは頂いてもよろしいですか?」
「どうぞ」
 チラシを折りたたんで胸ポケットにしまいながら、
「では、何か思い当たることが分かりましたら警察にご連絡下さい。今日はこれで失礼
します」
 これ以上訊ねることもないだろうと切り上げる井上課長。


其の漆 スマートフォン


 金沢家を退出する二人。
 表に駐車させておいた覆面パトカーに乗り込みながら、
「ほんの少し光明が見えてきたというところですね」
「殺害は刀のようなもので行われ、被害者は刀剣に興味を持っていた」
「こうは考えられませんか。聡子は日頃から刀剣に関わる展覧会巡りをしていて、犯人
に出会い交際をはじめたのではないでしょうか。そして何かがあって犯人は聡子を殺害
した」
「十分考えられるな。美術館なり博物館を捜査対象に入れよう。近くだと四天王寺宝物
館があるな」
「七星剣と丙子椒林剣ですね」
「しかし、どちらも東京国立博物館に寄託されているからなあ」
 四天王寺宝物館では、名宝展を春夏秋冬年に四回程度行っており、まれにではあるが
複製の国宝剣二点を展示することがある。
 刀剣などの展示会を行う所として、大阪市歴史博物館、大阪城天守閣、高槻市しろあ
と歴史館。
「ところで聡子はスマートフォンを持っていたはずです。部屋には見当たらなかったの
ですが、遺留品の中にありませんでしたか?」
「うむ、なかったはずだ」
「電話会社に問い合わせて、位置情報から場所を特定できませんか?」
「できるはずだ。ただ、スマホの電池が切れてなくて、電源も入っていればだが」
「重要な情報が入っているかも知れません」
「よし分かった。問い合わせてみよう」

 それから数日後、井上課長から連絡が入った。
「スマホの場所が分かったぞ。これから現場に向かうところだ。君も来てくれないか」
「分かりました。行きます」
「よし、覆面を向かわせるから、現場で落ち合おう」
「はい」
 数分後に覆面パトカーがやってきた。
 運転手は、例の課長の腰巾着ともいうべき若い刑事だった。
「早速、現場に向かいます」
 ものの十五分で、とあるアパートの前に到着した。
 井上課長は、覆面パトカーに乗車したまま、蘭子の到着を待っていたようだ。
 蘭子の到着を見て、井上課長が降車すると、ぞろぞろと他の車からも私服刑事らしき人
物も降りる。

「おい、例のものは持ってきたか」
「はい、捜索差押許可状ですね」
 と、鞄から一枚の書状を取り出して渡した。
「これだ。これなしでは家宅捜索はできないからね」
「早かったですね」
「ああ、被害者がスマホを持っていたとなれば、裁判所の令状取って、電話番号から
通信記録を調べて、容疑者Aが浮かんだ」
「容疑者Aですか……」
「うむ。殺人犯とまだ特定されていないからな」
 警察関係者ではない、一般人の蘭子には実名を打ち明けられないということだ。
「通信記録とスマホの位置情報が特定されて裁判所の許可が下りた」
 殺人被害者のスマートフォンが、見知らぬ人物の手にある。
 それだけで十分許可状申請の裁判手続きは可能である。
「よし、踏み込むぞ。手筈通りに動け」
 部下に命じてから、突入班の数名を連れて、アパートの階段を上る井上課長。
 呼び出された管理人と蘭子は階段の下で待機させられた。


其の捌 突入


 容疑者Aの部屋の前で一旦止まる突入班。
「相手は殺人犯かもしれないから、銃を用意しておけ。場合によっては発砲も許可す
る」
「はい」
 胸元のホルスターから銃を取り出して構える刑事達。
「行くぞ」
 一応礼儀として玄関チャイムを鳴らす。
 が、しかし反応はない。
 三度鳴らしたが相も変わらず。
 ドアに耳を当てて中の様子を探るが物音一つしない。
「管理人を呼んで来い」
 下に待機させておいた管理人が呼ばれる。
 合鍵を使って開けようというわけだ。
 鍵が解錠される。
「あなたは下がっていて下さい」
 鍵が開けば取りあえずは、管理人には退避してもらう。
「行くぞ!」
 慎重に扉を開けて、中に突入する一行。
 警戒しながら各部屋を捜索開始。
「誰もいません」
「そうだな……」
 誰もいないことを確認して、警戒体制から通常捜査体制に移行させた。
「鑑識を呼んで来い。ああ、それから蘭子さんもだ」
 ここからは刑事ドラマで見慣れた場面となる。
 入室してきた蘭子は、その様子を見てふむふむと納得している。
「どこにも触らないで下さい」
 鑑識が注意する。
「わかりました」
 やおら携帯を取り出して、とある番号に掛ける井上課長。
 ややあって反応が返ってくる。
 ベッドの下でコール音が鳴り出したのである。
「やはり、あったか」
 鑑識がベッドの下に潜ってスマートフォンを取り出した。
「このスマホ、聡子さんのものに間違いありませんか?」
 と言われても、スマホなんてみな似たり寄ったりだし……
 コール音で反応したのだから、電話番号は間違いなく聡子のもの。
 だが、携帯ストラップには見覚えがあった。
 ハローキティ こうのとりキティ 根付けストラップ。
 コウノトリがキティーちゃんを運んでいるもので、くちばしが折れると妊娠すると噂
されている。
「聡子のものだと思います」
 所持者の鑑定など警察ならお手の物、一応の確認だろう。
「ところで……妖気とか感じないか?」
 井上課長が蘭子を同行させた理由がソコにあったわけだ。
 この事件は「人にあらざる者」が関わっている可能性が大だからである。
 実は入室した時からずっと精神感応で妖気を探っていたのだが、
「感じません……」
 と一言だけ。
「そうか」
 と井上課長も短く答えた。
「ま、そうそう事がうまく運ぶものでもないからな」
「そうですね」
「さて、今日はここまで、自宅に送るよ」

 数日後、井上課長から警察本部に呼び出された蘭子。
 捜査用のパソコンの前に座る二人。
「京都府警に応援を頼んで、京都文化博物館と周辺の防犯カメラの映像を調べて貰った
のだよ」
「聡子の足取りを?」
「そうだ。で、興味深い記録が残っていた」
 マウスカーソルで画面をクリックしながら、記録映像を閲覧する。
 国宝や重要文化財などが展示されている館内防犯カメラだけに、映像は鮮明で来館者
の表情までくっきりと映っている。
「まずはこれだ」
 ガラスケースの前で、チラシ片手に刀剣を眺めている人物の動画が再生される。
「聡子!」
 というところでポーズが掛けられ、クローズアップされる。
 間違いなく聡子であった。
「続けるよ」
 ボーズが解除されて再生は続く。
 やがて聡子に近づく人影。
 肩をポンと叩かれて振り返る聡子。
 その相手は?
 再度ポーズからクローズアップされる。
「容疑者Aだよ」
 その顔は蘭子の見知らぬ人物であった。
「協力して貰っている以上、実名を知らせても良いだろう」
「実名ですか?」
「石上直弘、氏は石の上と書いて(いそのかみ)と読む」
「石上(いそのかみ)!それって物部氏の後裔じゃないですか」


其の玖 四天王寺


 土御門神社を訪れる意外な人物があった。
 摂津陰陽師の総帥である土御門春代を頼ってのことだった。
 蘭子とも顔なじみの四天王寺の住職であった。
 四天王寺は、蘭子の幼少期の遊び場であり、悪戯したりして住職からちょくちょく叱
られていたものだった。
「蘭子ちゃん、大きくなったねえ」
 と、頭をなでなでされそうになるが、丁重にお断りした。
「で、四天王寺の住職が何用かな」
 春代が要件を切り出す。
「実は、四天王寺の七星剣が盗まれたのです」
「七星剣?」
「そうです」
「それって、東京国立博物館に寄託されているのでは?」
「表の七星剣は……です」
「表……?では、裏があったということですか?それが盗まれたと」
「その通りです。家や車の鍵は必ず二個作成されますよね。それと同じで、祭祀を執り
行うに不可欠な神器も、万が一の紛失や破損に備えて予備を作ったとしても不思議では
ないでしょう」
「なるほど……」

 ここでちょっと四天王寺についておさらいをしておこう。

 仏教では、六道(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界)という世界観
があり、地獄界から人間界を欲望渦巻く欲界という。
 その上位である天上界にも(竹自在天・化楽天・兜率天・夜魔天・とう利天・四大王
衆天)という六欲天がある。織田信長が自称したといわれる「六欲天の魔王」、その六
欲天である。
 とう利天、須弥山頂上に住む帝釈天に使え、八部鬼衆(天龍八部衆とは違う)を所属
支配し、その中腹で伴に仏法を守護するのが四天王(持国天・増長天・広目天・多聞
天)である。
  *とう利天のとう(Unicode U+5FC9)は、りっしんべん+刀と書く。
 『日本書紀』によれば仏教をめぐっておこされた蘇我馬子と物部守屋との戦いに参戦
した聖徳太子は、四天王に祈願して勝利を得たことに感謝して摂津国玉造(大阪市天王
寺区)に四天王寺(四天王大護国寺)を建立したとされる。(後、荒陵の現在地に移
転。)
 四天王寺は度々の戦乱・災害で焼失しその度に再建されている。織田信長の石山本願
寺合戦、大阪冬の陣、直近では大阪大空襲。落雷や台風などの被害も多かった。



 四天王寺の東側にある宝物館。
 ここには一般公開されていない、住職だけが知っている秘密の地下宝物庫があった。
 住職に案内されて、その扉の前に立つ土御門春代と蘭子。
 その扉が呪法の結界によって封印されていることが、二人には一目で分かる。
 一般人には、そこに扉があることなど分からないように、巧妙に隠されている。
「秘密の宝物庫です」
「なるほど」
 住職が封印解除を行い、その重い扉を開く。
「この扉の封印が何者かによって解かれていることに気づきました」
「陰陽師か、それとも妖魔の仕業?」
「それは分かりませんが……その日境内の防犯設備の電源が切られてしまったのです」
「防犯設備がですか?」
「はい。電源を操作した者と、宝物庫に侵入した者は別人かと思われます」
「複数の人間による盗難事件というわけですか?」
「そうでなければ、こうも簡単に宝物が奪われるわけがありません」

 永年もの間閉ざされていた宝物庫の空気は、重苦しく淀んでいた。
 薄暗い照明の中を進んで行くとガラスで隔たれた飾り台があり、紫色のビロードが敷
かれた上に太刀掛け台が置かれていた。
「ここに七星剣が飾られていました」
 太刀掛け台には剥がされたと思しき呪符の切れ端が残っていた。

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