梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件(七)資源探査船
2021.04.08

梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件


(七)資源探査船

 ……第一、慎二と二人きりなんだから……しかもこんな水着姿で……黙っていたら、息苦しいよ。喋ってないと間がもたない……

 洞窟に閉じこまれた水着姿の若い男女二人。(B110,W81,H96,T180)の筋骨隆々たる青年と、(B83,W58,H88,T165)のプロポーション抜群のうら若き娘。並んで座ればおのおのの骨格のつくりの違いを意識せずにはおられない。自分の胸元に時折注がれる青年の視線に鼓動高鳴る娘の恥じらい。娘の髪から漂うほのかな香りに理性が押し潰されていく青年。喧嘩しながらも、実は好きあっている二人。近づく青年の顔、熱く感じるその吐息。静かに目を閉じる娘。唇と唇が合わせられる。やがて折り重なる二つの影。

 ……やばいよ。実にやばいシチュエーションじゃないか……

「なあ、梓ちゃん」
「ひゃ!」
 慎二の声に思わず反射的に飛びのいてしまう梓。
「ち、近づくなよ」
 手を横に振り回しながら拒絶の態度を示す。
「はあ?」
 慎二は、梓の豹変ぶりにわけがわからない。
「おまえ、何言ってんだよ」
「な、なにって……。慎二は、何か言いたかったのか?」
「何かって……水面が上がってきてるんじゃないか? と、言いたかったんだが」
「え?」
 驚いて足元を確認する梓。
 落ちて来た時にはくるぶしの位置にあった水面がだいぶ上がってきている。
「そうか潮が満ちてきたんだわ」
「で、何を考えてたんだよ。さっき」
「なんでもないよ!」
「そ、そうか……」
 改めて足元の水面を見つめる梓。
「一帯が珊瑚礁だから、あちこちに小さな穴が明いていて外界に通じているのよね。この水面が外の海面と同じと考えていいでしょう」
「潮が満ちたらどうなるんだ? 洞窟のどこまでの高さまで海水が入ってくるのかな」
「ここは太平洋の直中の小島だから、有明海のような入り江と違って干満の差が大きく変動することはないと思うけど、気圧や風向きでどうなるか判らない。でも……大丈夫よ」
「どうして?」
「今は干潮のピークを少し過ぎたところだから、満潮になるのは六時間後よね。でもってこの島にたどり着いたのがちょい一時間前で、迎えの船が来るのは二時間後。上では麗香さんがあたしのいないことに気づいて動いているはずだから、四時間もあれば助けてくれるよ、きっと」
「そうなのか?」
「大丈夫。麗香さんは、助けに来てくれる」
「信じているんだね、麗香さんのこと」
「ええ……」


 砂浜から何もない太平洋の洋上を眺めている一同。
「そろそろ時間だよね」
「うん。不時着から三時間経ったよ」
 麗香が預かっている梓の携帯電話が鳴る。
『麗香です。はい……構いません。浮上してください』
 麗香が携帯電話を閉じてしばらくすると、環礁帯の外側に大きな海水の盛り上がりが発生し、やがて黒光りする巨大な潜水艦が出現した。
「な、なに! 潜水艦?」
「うそー。救助船って潜水艦なの?」
「じゃあ、アメリカの海軍が救助に来たの?」
 驚愕の声を上げるメイド達。
「いいえ。真条寺家の持ち船ですよ」
「あ! 〔梓〕って船体に漢字で書いてあるよ。
「じゃあ、お嬢さまの船なんだ」

 やがて探査船から小型ボートが繰り出される。
「一番に機長を運びます。脱出シュートを使い、機長の身体にロープを掛けてそろりと降ろしましょう。さあ、みんな手伝って」
 麗香がメイド達に指示を出し、再び飛行機に戻っていく。
 これまでは篠崎側の乗務員が働いていたが、今度は真条寺家のメイド達が働く番である。
 機長を飛行機から降ろして最初に搬送した後に、順次小型ボートに乗船して、探査船に移乗していく。

 砂浜にいた全員の収容が終わり、船の居住ブロックのレクレーションルームに集められた一行に麗香が案内する。
「それでは、みなさまこの部屋でおくつろぎくださいませ。他の場所には精密機械や企業秘密に関わるものがありますので、この部屋からお出にならないように、お願いします」
「梓ちゃんは、どうなるの?」
「もちろん、これから探します。ご心配なさらないで下さい。この船は資源探査を任務としています。探査のための装備とプロフェッショナルな人材が揃っていますから、すぐに発見できますよ」

 操艦や司令を出す統合発令所の階下に、資源探査部のセクションがある。
 各種の探査機器を操作しているオペレーター達。
 麗香が探査部の技術主任と打ち合わせしている。
『お嬢さまの髪飾りには発振器がついています。周波数は、12.175 ギガヘルツで探索してください』
『了解、12.175 ギガヘルツで探査します。しかし、なぜ発振器などつけておられるのですか?』
『お嬢さまがご幼少の頃、迷子になられた時があって、すわ誘拐か? と大騒ぎになりました。以来どこにいらしても探し出せるように、渚さまのご指示でお嬢さまには内緒で取り付けています』
『そうでしたか、誘拐されても大丈夫ですね』
 主任はマイクを取って、
『艦長。微速前進で島を周回してください』
 と指示を出した。
『了解した。微速前進で島を周回する』
 艦長からの応答があってしばらくすると、静かに船が動きだした。一点に留まっているよりも、ぐるりと周回しながら探査した方が、正確な位置が把握できる。
 探査という任務に従事している間は、この技術主任に船の行動に関する指揮権の優先が与えられているようだ。

『主任。他に使えそうな機器はありますか?』
『資源探査気象衛星に搭載されている遠赤外線探査レーダーを使用しましょう。生きている人間なら熱を発しています。遠赤外線なら洞窟の壁を通過して中にいる人間の形状を視認できます。丁度上空を「AZUSA 5号B機」が通過中です』
『AZUSA 5号B機ですか?』
『はい、この船と同じで、ARECが運用している人工衛星です』
『その衛星って、地表を映し出せる超高感度の監視カメラを搭載していますよね』
『はい。人物の表情までも識別できる超高精細度も誇っています。ただ、そのカメラのオペレーションは真条寺家本宅の地下施設でしかできないと伺ってます』
『そう……やっぱりね。とにかくそのレーダーを使ってください』
『了解しました。遠赤外線探査レーダーを使用します』
 主任が答えると同時に、一人のオペレーターが機器を操作しはじめた。
『衛星監視追跡センターより、コントロールの引き継ぎを完了。これよりAZUSA 5号B機のオペレーションを開始します。遠赤外線レーダーの照準をこの島に合わせます。セット完了まで二十分かかります』
 てきぱきと機器を操作していくオペレーター。レーダーの照準を合わせる事は、すぐにはできない。仮に探査レーダーを右に振ると、反作用で衛星自体が左に傾いてしまうからだ。衛星を姿勢制御しながら探査レーダーを徐々に所定の位置に持ってくるという操作が必要だ。
 やがてディスプレイに島の探査映像が現れる。
『どうですか?』
『はい。微かですか反応があります。この周囲より色の明るい部分がそうです』
『場所は?』
『島の南東、地表から十メートル下です。丁度海面付近です』
『そう……、やっぱり洞穴に落ちてしまわれていたのですね』
『格納庫に遠赤外線探知機を搭載した小型深海掘削艇があります。装備の掘削機が使えるはずです、降ろしましょう』
『お願いします。潮が満ちてきています、早く救助しなければ』
 深海探査船の下部格納庫から掘削艇が降ろされる。一旦海中に出てから浮上し、自身の自走力で外海から礁湖へと進入し南東の崖に取り付く。
『反応が強いのは、この辺です』
『遠赤外線探知機の方は、いかがですか』
 掘削艇には麗香も同乗した。
『はい。ご覧の通りに、人間から発せられたと思われる熱源が、この壁の向こうに存在します』
 オペレーターの指し示すパネルスクリーンには青く低温を示す中に、黄色に色付いた像がはっきりと映し出されていた。
『低周波反響感知機には、この先に大きな空洞を示すデータが出ています』
『間違いありませんね。この先に洞窟があってお嬢さまと慎二君が閉じこめられているようです。早速、掘りましょう』
『はい。掘削機を始動します』

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梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件(六)奈落の底
2021.04.07

梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件


(六)奈落の底

「おーい! 誰かあ、聞こえてるかあ」
 洞窟の底から、落ちて来た開口部に向かって大声を張り上げている慎二。
「たすけてくれえ! ほんとに近くにいないのかあ」
 呼べど叫べど、上からの答えは返って来ない。
「これだけ大声を出してりゃ、小さな島だ、聞こえないはずないのに」
「いくら叫んでもだめよ。周りの壁が音を吸収しているのよ」
「そうか……ちくしょう。付近を探しまわっても出口はないし」
 拳で壁を叩く慎二。
「あせってもしようがないわよ。助けが来るまでじっと待っていましょう」
 と水際に腰を降ろす梓。その隣に座りながら、
「しかし、なんでこんな小さな島に洞窟があるんだ」
 慎二がつぶやく。
「馬鹿ねえ。ここは環礁島よ。足元はもちろんの事、付近一帯は珊瑚礁なの。実際の地面はとうに海面下に水没して、その上に発達した造礁瑚礁や石灰藻類さらには貝殻や有孔虫類の殻とかで形成された上に、あたし達は立っていたというわけ。あの砂浜も実情は珊瑚の小さなかけらが堆積したもの。沖縄に星砂というのがあるがあれと同じよ。造礁珊瑚は海面より上には繁殖できないんだけど、こうして海の上にまで発達しているのは、氷河時代の海面下降とか、地殻変動で地盤の上昇と下降の繰り返しがあった名残だと言われているわ」
「で、それと洞窟とどんな関係があるんだ」
「珊瑚の主成分は何だか知ってる?」
「知らん」
「勉強不足ね。大部分が炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムよ」
「そうなんだ」
「これはね、酸に溶けるのよ。雨が降ると空気中の二酸化炭素を溶かし込んで酸性になるから、それが珊瑚を溶かしていってこのような洞窟を造ったというわけ。山口県にある秋吉台秋芳洞のことぐらいは知ってるでしょ」
「ああ、地面の下にぽこぽこ穴が開いてるところだろ。ええと、鍾乳洞ってやつ」
「そうよ。鍾乳洞の正体は、雨水が空気中の二酸化炭素を溶かし込んで、石灰岩の地質を溶解してできたのよ」
「理科だか社会で、習ったな。石灰岩に塩酸をかけたら、水素が発生して溶けちゃうってやつ」
「そして石灰岩は、元々が珊瑚からできているというわけ」
「珊瑚から?」
「知ってる? 日本で産出する石灰岩の一部は、この島のような太平洋上にある珊瑚礁がマントル対流によって運ばれてきたのよ。海溝付近でマントルは地中に再び地下深く沈んでいくけど、比重の軽い珊瑚は日本本土に乗り上がる。そして現在の日本の石灰岩地層が出来上がっていったの」
「へえ、知らなかったよ」
「日本で唯一、戦前からもなお百パーセントの自国生産率を持つ鉱物資源で、世界最高品質水準のセメント工業立国として発展できたのも、環太平洋の珊瑚礁群のおかげというわけね」
「ふうん……」
「国家を興すには、その基幹産業としての鉄とセメントは不可欠。国中を縦横に走る道路網・電源確保のためのダム工事・都市開発には超高層ビルディング。第二次世界大戦後の国土の荒廃を逸早く復興できたのも、セメント工業という切り札があったからで、輸入を一切行わずすべて国産品だけで賄えたわ」
「それで……」
「とまあセメント自体は今後も供給の心配はないんだけど、その他に必要不可欠な骨材の問題が残されたの」
「骨材?」
「セメントに混ぜる砂や砂利のことよ。現在では、国内各河川からの砂はほとんど取りつくしてしまったわ。しかたなく、海底から採取した海砂利をしようするようになったんだけど、塩分の除去が満足にできなくて、その塩分によるコンクリートの早期ひび割れや鉄筋の破断という塩害の被害が深刻になってきているの」
「ほう……」
「……。おまえなあ、人の話しを聞いていないだろう」
 いきなりいきり立つ梓。
「だってよお……この状況下で、話す内容か?」
 といいながら、洞窟内を見回すようにする慎二。
「どっちかあつうと……脱出方法とか、外の連中が何してるかとか……そういった内容の話しをするべきじゃないのか?」
「ふん……喋ることで気を紛らしていたんだよ。先に調べたように脱出口はどこにも見当たらないし、連絡を取ろうにも携帯電話は水着になる時に麗香さんに預けたままだ。そんな気になってもしかたないだろ」
「そうか、梓ちゃんもやっぱり女の子なんだな。そういえば、喋り方も女の子っぽかったな」
「人のことなんだと思ってたんだ」
 とぺちんと軽く慎二の頬を平手打ちする梓。喋り方はいつもの慎二に対するものに戻っている。

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梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件(五)孤島にて
2021.04.06

梓の非日常/第八章・太平洋孤島事件


(五)孤島にて

 機体を仰ぎながら心配顔の絵利香。
 その側に寄り添っている梓。
「おーい。梓ちゃん、一緒に泳ごうよお」
 海水中に水着姿で入り、梓を呼んでいる慎二がいる。
「おまーなあ。死に直面している人がいるっているのに、よくもまあぬけぬけとしていられるなあ。しかも自分のせいでこんな状況になっているというのが、まだ判らないのか」
「そうは、言ってもなあ。俺達には、何もできないじゃないか。だったら気分転換に泳ぐのもいいんじゃないか。それに梓ちゃんだって水着じゃないか」
「しようがないでしょ。暑いんだから、水着にでもなってないとたまらん」
「ふうん……しかし……」
 梓の水着姿に戸惑い気味の慎二。
「おい。いつまでじろじろ見てんだよ」
「あ、いやその、つい……」
「ちぇっ。脳天気な奴。絵利香ちゃん、ちょっと周囲を見回ってくるよ」
 と言い残して、島の中程の茂みの方へ歩いていく梓。
「おーい。ちょっと待ってくれよ」
 梓の後を追い掛けていく慎二。

 島の中程のところを、すたすたと早足で歩く梓と、その後を追い掛ける慎二。
「おい。待ってくれよ」
「ついて来ないでよ」
「なに、怒ってるんだ」
「しつこいわね!」
 と慎二の手を振り払った時だった。
「きゃあ!」
 梓の足元の地面が突然に崩れたのだ。
「梓ちゃん!」
 慎二が手を差し伸べて梓の手を掴もうとする。しかし、地面はさらに大きく崩れ、二人とも真逆さまに墜落していったのである。

『ともかく胸の傷口を塞がねば、細菌感染を引き起こすし、肺の虚脱も完全に防げない。取り敢えずは傷口を仮縫合しておく。ここでは肋膜や骨折の治療ができんのでな。骨の折れ口にはガーゼを厚く巻いて肺を傷つけないようにしておく。迎えの船の手術室でちゃんと処置してから本縫合することになる。場合によっては、傷口が大きいから大腿か臀部の皮膚を少し移植するかも知れないな。現状では、深呼吸など出来ないだろうから縫合だけでいいだろう』
『移植ですか……』
『ドクターにもよるよ。縫合だけだと、完治するまでは皮膚が突っ張って痛むから、俺だったら移植して楽に呼吸ができるようにするね。他の部位と違って、寝ている間も呼吸しなきゃならんからな。痛みがあったら眠れないだろう』
『そうですね』
『美智子君。針と持針器、それと三号絹糸を頼む』
『かしこまりました』
 美智子は、再び手術キットから、要望された器材を取り出し、トレーに乗せて軍医に手渡した。
 傷口を手早く縫合しながら、
『機長。運が良いのか悪いのか判らんが、悪運だけは強いみたいだな』
『まあね、いろんな奴から言われてるよ』
『よし、完了したぞ。できる限りの応急手術はやった。後はすでに組織に入り込んだ細菌の繁殖がひどくならんように祈るんだな。ここは無菌室ではないからこれだけは俺にはどうしようもない』
『軍医殿、お手数かけました』
『こんな傷、実際の戦場に行けばかすり傷みたいなもんだが、取り敢えずはそばで観察しているよ』
『それでは私は、お嬢さまに報告してきます』
『よろしくお願いします』

 麗香が飛行機を降りてくると、早速絵利香が駆け寄ってくる。
「麗香さん。機長の容体は?」
「はい。命には別状はありません」
「よかった……」
 ほっと安堵のため息をつく絵利香。
「ところで梓お嬢さまは、どちらに?」
「それが、島を探索するとかいって、慎二君と一緒に奥の方に行ったきり戻ってこないのよ」
「本当ですか? それはどれくらい前ですか」
「もうかれこれ一時間くらい経つかしら」
「まずいですね」
「慎二君と一緒だから?」
「そうではありません。この島の地形のことを言っています」
「地形?」
「一帯は石灰質の珊瑚礁です。おそらくあちらこちらに風穴が開いている可能性があります」
「いわゆる鍾乳洞みたいに?」
「はい。地上から見ただけでは、下の状況は判りません。地盤の薄くなった所を踏み抜いてしまったら、奈落の底に落ちてしまいます」
「みんなで探しましょうか?」
「それは考えものです。どこに風穴があり地盤の薄いところがあるのか判りません。二重遭難の危険がありますので、もうしばらく様子をみましょう。あるいは野暮なことをしてしまう場合だってありますから」
「そうね、いい雰囲気になって、時間の経つのも忘れているってこともあるのね」
「取り敢えずお二人の捜索は、船が迎えに来るのを待ってから行動に移りましょう」

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