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梓の非日常/第二部 第八章 小笠原諸島事件 (一)
2021.01.22

梓日常/第二部 第八章・小笠原諸島事件


(一)クラス旅行

 小笠原諸島を遊覧する豪華客船があった。
 篠崎海運所属のクイーン絵利香号である。
 甲板上のプールでは、埼玉県立城東初雁高校一年A組のクラスメート達が、ワイワイガヤガヤと興じている。
 その中にあって、プールサイドベッドにその身体を預けて、ビキニ姿の真条寺梓と篠崎絵利香がいる。
 
 そこへ、学級委員長の鶴田公平が、トレー盆にクリームソーダを乗せてやってきた。
「喉が渇きませんか? ソーダをお持ちしました」
「ありがとう」
 お礼を言って受け取る梓。
「鶴田君、その恰好さまになってるじゃない」
 絵利香が、鶴田の仕草を見て感心していた。
「そうですか? 実は、レストランでウエイターのバイトやったことがあるんです」
「なるほどね」
「今回の旅では、お世話になってますので」


 数週間前に戻る。
 ホームルームにおいて、学級委員長の鶴田公平が提案をした。
「新入学記念に軽井沢へ行きました。この夏休みにも、どこかへ行きたいと思いますがいかがでしょうか?」
「賛成!」
 多くの賛同者が出た。
「で、どこへ行くんだ?」
「前回は山でしたから、今回は海にしようと思います。夏ですしね」
「いいね!」

 ホームルーム後、鶴田が梓と絵利香に相談を持ち掛けて来た。
「絵利香さんは、観光会社やってましたよね。また、推薦コースとか紹介してもらえないかなあ?」
「いいわよ。放課後に会社に行ってみますか?」
「はい。よろしくお願いします」
 ということで、篠崎観光旅行会社へと向かった一行。
 案内掛かりは、前回と同じく担当吉野を紹介してくれた。
「お久しぶりです。絵利香お嬢様」
「そのお嬢様というのは、止めて頂きません?」
 と、鶴田の方に目をやって合図を出した。
 財閥令嬢ということは、すでに知れ渡っているが、それを前面に押し出されて言われると、クラスメートの手前あまりよろしくない。
「失礼しました。絵利香様。今日のご用命は?」
「夏休みに、クラムメートを誘って旅行しようということになりました。それで、何かお手頃のコースはないものかと伺いました」
「なるほど、軽井沢の時と同じですね」
「高校生のいる家庭が無理なく支払える料金でお願いしたいのですけど」
「そうですねえ……」
 と、しばらく考えていたが、
「ちょっとお待ちください」
 席を立って、旅行ガイド用のパソコンで調べ始めた。
 やがて、資料をプリントアウトして戻ってきた。
「これなどいかがでしょうか?」
 資料の写真には、豪華客船を大見出しで取り上げ、世界周遊の旅! 横浜出発百七日間。

「世界周遊の旅? 夏休みの旅なんですけど……」
 鶴田がびっくりしている。
「実はですね。その周遊の旅なのですが、期限間近にも関わらずかなり空席が出ておりまして、この際にクラスメートの旅を楽しんでもらおうと考えました」
「なるほどね。ただ空気を運ぶよりは良いわね」
「ハワイへ向かう航路の途中に小笠原諸島を通過します。そこで下船して頂いて、別のクルーズ船に移乗し父島などを廻ります」
「小笠原諸島で途中下船するわけね」
「それまでは、たっぷりと豪華客船の船旅を満喫できます」
「いいわ。それで行きましょう」
「分かりました。早速手配致します」

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梓の非日常/序章 新入部員は女の子 (三)
2021.01.21

梓の非日常/序章 新入部員は女の子


(三)ホームルーム

 入学式の翌日。
 廊下を歩いている梓と絵利香。梓の美しさに、すれ違う生徒達のほとんどが振り返り茫然と立ち尽くしている。開いた窓から春のそよ風がその髪をたなびかせ、ほのかな香りを漂わせる。昨日とはまた違ったりぼんをしている。
 一年A組というプレートの掲げられた教室の前で、一旦立ち止まり息を整えてから中へ入る二人。
 先に中に入っていた生徒達が、一斉に梓をみつめる。
「きた、来たわよ」
「なんどみても、きれい……うっとりしちゃう」
「お、俺。同じクラスになって良かったなあ」
「もう一人の女の子も結構可愛いよな」
 あちらこちらから、そんな同級生達のささやきが聞こえる。
 正面の黒板には、生徒達の名前が書かれた机の配置図が貼られていた。
 篠崎絵利香と真条寺梓。
 縦に並んだ自分らの名前を確認して所定の席につく二人。
「また並んだね」
「あいうえお順でもアルファベット順でも、大概並んじゃうんだよね。あたし達」
「ふふふ」
 満面の笑みを浮かべ、頬杖ついて梓を見つめる絵利香。
「な、なに?」
「わたし達、高校生になったんだなあって思ったらさ。なんか感慨深げになっちゃって」
「そうだね。新しい学校生活がここで始まるってこと」
「うん、うん」
「で、また蒸し返すんだけど……一緒の学校に入って本当に良かったの?」
「それは、言わないでって。わたし、ずっと梓ちゃんと一緒にいたかったんだから。それにもう、ここに入学しちゃたから」
「いまさらってか……」
 一種独特の雰囲気に包まれた二人のそんな会話を横目に聞きながら、まわりの生徒達は声を掛けるチャンスを窺いながら、静かに時を過ごしているだけしかできなかった。
 チャイムの鐘が鳴り響く。
 生徒達がそれぞれの席につきはじめる。
 担任教師が入室してホームルームがはじまった。
「私が、君達の担任となった下条広一だ。君達一年生の英語を教えることになっている。それから、空手部の顧問もしているぞ」
 梓の表情が変わった。
「空手部の顧問だって」
 絵利香がくるりと振り向いて、小声でささやく。
 梓は、空手部の顧問をしているという担任の下条広一を、じっくりと観察をはじめた。
 ぼさぼさ髪に、背広の胸元からのぞく黒のセーター。やさ男で、とても空手をやっている人物には見えなかった。
 ……そうだよね。空手部の顧問をしているからといって、空手の達人である必要はないんだ。要するにクラブが存続するには、顧問が必要ってことだけで、誰でもいいんだ……
 じっと梓が見つめているのに気がついた下条は、
「いやあ、美少女に見つめられると、さすがにあがっちゃうなあ」
 といって頭をかきながら、ウィンクを返してきた。
「え? あ、いや」
 真っ赤になってうつむく梓。
「冗談はさておき、出席をとることにしよう。呼ばれたらみんなに顔が見えるように立って、返事してくれないか」
 次々と出席順に名前を呼びはじめる下条教諭。
「沢渡慎二」
 だが、誰も立ち上がることもなく返事もなかった。
「沢渡慎二、欠席か?」
 後ろの黒板で名前を確認してみる下条教諭。その名前に該当する机は空席だった。丁度梓の右隣だった。
「沢渡慎二、欠席と……授業初日から欠席するとは、よほど神経図太いとみえる。入学式では顔を合わせて、こんな美少女が同じクラスにいることはわかっていると思うんだが。私だったら絶対に休まないぞ」
 教室中にどっと笑いが巻き起こる。当の本人の梓はうつむいて赤くなっている。
 さらに点呼はつづき、女子生徒の名が呼ばれていた。
「篠崎絵利香」
「はい」
 と絵利香が立ち上がって答える。
 その瞬間生徒達のほとんどが、次に呼ばれるだろう女子生徒の名前を、聞くために清聴した。
「真条寺梓」
 生徒達の視線は、梓に釘付けになっていて、その一挙一動の仕草を息をのんで注目していた。
「はい」
 静かに立ち上がり、軽く会釈すると再び席につく梓。そのしなやかな長い髪が、ふわりとたわめいて静かに元に戻っていく。
 教室中にため息が流れる。
 下条教諭は、しばしの間をおいてから再び点呼を開始する。
 点呼を終えて、出席簿を閉じる下条教諭。
「これからクラス委員を選出しようと思う」
「ええ! やだあ」
 教室内に一斉にどよめきが沸き上がる。
 下条教諭は、どよめきにも動ぜず、黒板に役割分担の各委員を書いた。
 委員長、副委員長、風紀委員、保健委員など。
「諸君も知っているかと思うが、入学式で総代として答辞を読んだ首席入学の篠崎くんと次席の真条寺くんのことだが、成績がいいからって委員に無理矢理推挙することはしたくない。あくまで自発的な自薦と、この人がふさわしいという他薦で決めていく。成績がいいことと、同級生をまとめ上げる裁量とには、おのずから違いがあるからだ。判るよな」
「当然ですよ」
 あちこちから賛成の声があがる。
「ようし、まずは自薦からいこうか。この中でやりたいと思う委員があったら手を挙げてくれ」
「はい。俺、保健委員やります」
 元気よく返事をして立ち上がる男子生徒。
「おう、えらいぞ。田代敬太君か。実際は自薦で出て来るとは思っていなかったんだが」
「いやあ。へたに黙ってたら、他薦で何に選ばれるか、わかんないじゃん。見渡したところ中学のクラスメートが結構いるから、いずれ選ばれそうだったから。俺、頭悪いから会計とかになったら困るもんね」
「とにかく、自ら進んで名乗り出ることは素晴らしいことだ。じゃあ、他にやりたいものはいないか」
「はい、俺は、風紀委員やります」
 次々と男子が手を挙げて、名乗り出ていった。
「これで男子の方は、全部埋まったことになるな。って、おまえらもしかして誰かさんに、いいところ見せようとしたんじゃないだろなあ」
「そ、そんなことありませんよお。なあ、みんな」
「お、おお。当然です」
 冷や汗を流しながら弁解する新委員の男子生徒達。
「まあいい。動機は多少不純かもしれないが、その積極性をかうことにしよう。じゃあ、残りの女子委員を決めるぞ。鶴田」
「はい」
「おまえは、委員長だし、中学では生徒会会長でもあったな」
「はあ、まあそうですが」
「というわけで、後は、まかせる」
 といって椅子を教室の片隅に移動させて、どっかと座り込んだ。
「わかりました」
 委員長に名乗り出た鶴田公平は、つかつかと壇上の教卓へ歩いていく。
「よお、いいぞ鶴田」
「かっこいいわよ」
「あ、どもども」
 頭をかきへこへこしながら、生徒達の声援に答える鶴田。生徒達の反応や表情をみると、この鶴田公平が結構人気があるのがわかる。
「それでは、残りの女子委員を決めます。自薦、他薦の順で委員を募りますが、誰もいなかった場合は、委員長の独断と偏見で勝手に決めさせていただきます」
「わあ、ひっどーい」
「悪徳よ、横暴だわ」
「いいぞ、さすが。元生徒会会長!」
「やれ、やれえ」
 すでに全員が決まっている男子は気楽なものだった。
「では自薦からはじめます」

 そして十数分後。
 鶴田の采配で女子委員もみごと全員決定した。黒板にならぶ各委員の名前。その中には、梓と絵利香の名前はなかった。
「以上で委員の選出を終わります。先生」
 と下条教諭の方を向き直る鶴田。
 ぱちぱちと手をたたきながらゆっくりと教卓に近づく下条教諭。
「ごくろうさん。さすが委員長だ」
 鶴田の肩を軽くぽんと叩いて、壇上を交代する下条。
 丁度チャイムが鳴りはじめる。
「おう、時間ぴったりだな。書記委員は、この決まった委員の名前をメモして、職員室の私のところに持ってきてくれ。じゃあ、解散する」
 下条は出席簿を片手に抱えて教室を出ていった。
 生徒達も三々五々教室を出ていったり、居眠りをはじめるもの、各自好き勝手なことをしている。
 女子生徒は、数人ずつのグループを作って談笑している。
「男子委員は全員自薦で決まっちゃったけど、あれってやっぱり、先生の言うとおり、真条寺さんにいいところ見せたんじゃない」
「鶴田君だって、真条寺さんのこと時々ちらりと見ていたけど、結局委員からはずしちゃったわね」
 女子生徒達の視線が、梓に集まっている。普通こういう場合、嫉妬や羨望の標的とされるのだが、世俗観を超越した雰囲気を持つ梓には、一般常識は通じないのだった。それで 当然かもしれないなと思わせてしまう。そんな感情を生徒達は抱いていた。

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梓の非日常/序章 新入部員は女の子 (二)
2021.01.20

梓の非日常/序章 新入部員は女の子


(二)乱闘

「おい、裏門のところで喧嘩してるぞ」
 誰かが叫ぶのが聞こえた。ぞろぞろと移動する人々の群れ。
「喧嘩!」
 梓の眉間がぴくりと動いたかと思うと、次の瞬間には走り出していた。
「ええと、このメモでいうと。裏門は……こっちだわ」
「ちょっと、待ってよ。梓ちゃん」
 必死で遅れないように梓の後を追いかける絵利香。
 梓達が裏門に到着すると、大勢の男達に囲まれながらも一人で奮戦する男の姿があった。喧嘩慣れしたその男は、迫り来る相手をなぎ払い、次々と倒していく。
「へえ、あいつ。強いな。あ、ここに座って観戦しようっと」
 膝上のあたりまで積み上げられたレンガブロックの花壇の縁に腰を降ろす梓。絵利香もその隣に腰を降ろす。
「こらあ。もっとしっかり戦わんか!」
 右手を振り上げて軍団の方を応援したかと思うと、
「おーい。少しは手加減しろよ。あっさりかたづいちゃ、つまんないぞ」
 メガホンのように両手を口の前で広げて、男の方を牽制する。
「どっちも頑張れ!」
 足を軽くぱたつかせながら、じつに楽しそうにしている。

 やがて喧嘩の決着がつく。結局男はたった一人で軍団のすべてをなぎ倒してしまった。
 肩で息をしながら呼吸を整えている男だったが、
「おい、そこの女」
 ふと振り向いて、つかつかと梓の方に歩み寄ってくる。
「なに?」
「てめえ、俺が戦ってる時に、手加減しろとか言ってただろう」
 喧嘩を終えたばかりで、まだ興奮冷めやらぬ表情ですごむ男。
「へえ、喧嘩しながらも、あたしの声が聞こえてたんだ。余裕じゃない」
「なめんなよ。こら」
 と肩を掴もうとしたその手を払いのける梓。
「喧嘩した手で触らないでよ、新しい制服が汚れるじゃない」
「梓ちゃん!」
「行こう、絵利香ちゃん」
 すっくと立ち上がり、スカートについた汚れを払って歩きだす梓。
「う、うん」
「待てよ、こら」
 梓の手をつかんで引き止める男。
「離してよ」
 男の手を振りほどく梓。
 梓と男が三十センチほど離れて対面する格好となった。身長差が歴然であり、男は百八十センチくらいで、百六十五センチの梓は、かなり見上げなければ男の顔を見られなかった。
「おめえ。良く見りゃ、まぶいじゃんか。どうだい、俺の女にならんか」
 右手で梓のあごを、くいと持ち上げるようにして、その美しい顔を眺めている男。
「汚い手で触んないでって、言ってるでしょ」
 男の右手を跳ね上げ、ぴしゃりと平手打ちをくらわす梓。
「行こう、絵利香ちゃん。こんな馬鹿、相手にしてらんない」
 絵利香の手を取って、再び歩きだす梓。
「て、てめえ。痛い目にあいたいのか」
「痛い目ってなんだ。魚の目のことか? 確か足の裏にできるやつ?」
 立ち止まり、横の絵利香に尋ねる梓。
「そうね、確かに痛いわよね。ってちがうでしょ」
 ぼけとつっこみを演じている二人。
「こ、このお。俺を馬鹿にしてるな。女だと思ってやさしくしてりゃつけやがりやがって」
 辛抱腹にすえかねて、いきなり殴りかかってくる男。
 しかし次の瞬間、梓は目にも止まらぬ速さで動いていた。振り出してきたその右腕にたいし、態勢を屈めて軽くかわしながら腕取り、重心のかかった左足を足払いする。思わず前のめりとなったところを、前進する勢いにのせて、一本背負い。梓の身体がばねのようにしなったかと思うと、男の身体は宙に舞って花壇の中へ投げ飛ばされる。あまりの素速さに受け身すらとれないまま、男は脳震盪を起こしてその場にうずくまった。
「女だと思ってなめてるから、こうなるんだよ」
 汚いものを触ってしまったわ。という表情で、手を擦りあわせぱんぱんと叩きなが
ら、汚れを落とすような仕草をする梓。
「あーあ。また、やっちゃったね。梓ちゃん」
「しようがないでしょ。襲いかかってきたんだから。正当防衛じゃない」
 ふんと鼻息を荒げ、胸を張って自分の正当性を主張する梓。
「ところで、大丈夫、このひと?」
「平気よ。喧嘩なれしてんだから。放っておいても気がつくわよ。行こう」
「う、うん」
 男が気掛かりなのか、時折振り返りながら、梓についていく絵利香。

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梓の非日常/序章 新入部員は女の子 (一)
2021.01.19

梓の非日常/序章 新入部員は女の子



(一)桜の下で

 埼玉県城東初雁高校。
 時は春。桜が満開に咲き乱れる校舎。正門前に立てられた、入学式という看板。そのそばを通り過ぎていく生徒と父兄達。その流れは、案内の教師に導かれるまま講堂へと続いていた。
 講堂の中では、各クラスごとに椅子が並べられており、背もたれには席順が記されている。生徒達は入学式案内書に記されたクラス及び席順を確認しながら、順序よく席についていく。
 その中にひときわ美しく異彩を放っている女子生徒がいた。透き通るような色白の素肌と腰までありそうなしなやかな細いロングヘアー。髪の根元の一部を可愛らしいりぼんでまとめている。
「う、美しい……」
「まるで、天使みたい」
「お、俺。同じクラスになりたかった」
 男子も女子も、息をひそめ、ため息をつきながら、その美しさに見とれていた。
 その美少女の前の席にいる女子生徒が、親しげに話し掛けている。どうやら仲良しの友達らしかった。
 やがて壇上に教師が立ち、入学式がはじまった。
 校長の長い説教が続く。
 かの美少女は、たいくつの表情を隠しもせず、手で口をおおいながら小さなあくびをしていた。
 プログラムも進み、新入生代表による答辞が述べられることとなった。その選出基準は入学試験の首席と次席成績者に与えられる。
「新入生代表、篠崎絵利香さん、真条寺梓さん。前へどうぞ」
 かの美少女二人が立ち上がった。

 入学式の終わった校庭。講堂からぞろぞろと生徒達や父兄が出て来る。
 校庭に机を置いて、それぞれのクラブが新入部員を獲得するために、大声を張り上げている。その片隅に空手部がコーナーを設けており、新二年生の部員がノートを広げていた。背後の看板には大きな文字で、
『空手部新入部員募集中!』
 と書かれている。
 ノートに目を落として、記帳してある新入部員の数を確認していた。
「まだ、たった三名か……今年は不作の年かな」
 伏し目がちの部員の視界に、白いソックスに小さな靴をはいた細い脚先が入って来る。
 部員が目を上げてみると、
「あの、いいですか」
 可愛い声を出したその脚の主は、真新しい女子制服に身を包んだ、講堂で注目を浴びていた、かの美少女だった。
「何かご用ですか? 行き先がわからないとか」
 ……うひゃあ、なんて可愛い娘なんだろう……
 頭上に咲き乱れる桜の大木から、はらはらと舞い落ちる花びらが髪や肩にかかるのを気にしながら、ふと長い髪をかきあげる梓。
 あまりの美しさに思わず声に出しそうになるが、ぐいとそれを飲み込んでいる部員。
「いえ、入部希望なんですけど」
「え? 空手部ですよ。ここ」
 空手部という猛者が集まるむさ苦しいクラブと、可憐な美少女という取り合わせに、確認をとる部員。
「女子は募集してませんか?」
「いえ。べつにかまいませんけど……でも、今のところ女子部員はいませんよ」
「構いません」
「そうですか……」
 なおも不審そうな顔をしながらも、
「じゃあ、ここにクラスと名前を書いて」
 と、ノートを開いてボールペンを手渡す。
「わかりました」
 その女の子は、ボールペンを受けとると、ノートに可愛い小さな文字で、
「一年A組真条寺梓」
 と書き記した。
「あの、そちらの方は?」
 かの美少女、真条寺梓の後ろには、講堂でしきりに話し掛けていた女子生徒が立っていた。
「いえ、わたしはただの付き添いです」
「そうですか……部室と道場の場所を記した簡単な案内図です。来週の月曜放課後に初会合を開きますので部室に集まってください」
 といって小さなメモを、梓に渡した。
「わかりました。それでは失礼します」
 梓は軽く礼をすると、その場所を離れた。
 ……しかし、可愛いなあ……
 後ろ姿を見送りながらため息をついている部員。二人が答辞を読んでいた事には気づいていないようである。二・三年生の席からは遠くて、双眼鏡でもないとはっきりとその表情を確認できなかったのだ。

 満開の桜の木々のしたをそぞろ歩く女の子二人。
「もう、梓ちゃんったら本当に空手部に入っちゃったのね」
「へへえ……でも、絵利香ちゃんだって、何もあたしと同じ学校に入らなくてもよかったのに」
「だって、幼馴染みじゃない。保育学校(nursery school)から中学までずっと一緒だったのよ」
 絵利香と呼ばれ、梓に親しげに語りかけるもう一人の女の子。名前は、篠崎絵利香という。
「でもさあ、小学・中学はパブリックスクールのお嬢さま学校だったのに、いきなり一般の公立の共学校に入るなんて、ちょっと心配しているんだ、わたし」
「お嬢さま学校には、空手部なんてないじゃん」
「まあ、そうだけど……」
「女ばかりの学校にいくのもいい加減うんざりしてたんだ。だいたいからして、家に帰れば三十人からの女性に囲まれて暮らしているのに、せめて学校くらいは男子のいるところに行きたいわよ。思春期だしね」
「そうなのか、梓ちゃんは、婿探しに共学校にいくのね」
「そうじゃなくって!」
「うふふ、冗談よ」
「でもさあ……」
「なに?」
「お母さんも、お祖母さんも、十八歳で結婚して子供産んでるのよね。まわりのあたしを見る目も、やっぱり十八歳で結婚するのを期待しているみたいなの。これって正直いって辛いわよ。うら若き十五歳の娘の将来すでに決まっているって感じ」
「真条寺家って女系家族だから、しようがないわよ。母親から娘へ、娘から孫娘へと、女子だけに継承される伝統があるんだから。梓ちゃんは真条寺財閥の正当な継承者なんだけど、それを次の世代に引き継ぐ義務もあるということよ」
「はあ……この話しはもうよそうよ。頭が痛くなって来るから」
「そうね」

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