響子そして(十五)一同に会す
2021.07.19

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(十五)一同に会す

「お姉さん、社長がお呼びよ」
 その日の仕事を終えて、私服に着替えていると、わたしの事をお姉さんと慕う里美が、知らせに来た。
「社長が?」
 社長と言えば、わたしを覚醒剤から解き放し性転換手術によって真の女性にしてくれた産婦人科医にして、製薬会社社長黒沢英一郎氏のことだ。
「英二さんのとこにいた由香里も呼ばれたらしいわ」
「姿が見えないと思ったら、英二さんと一緒だったのか。お熱いわね」
「わたしも呼ばれてるから、三人娘揃いぶみね。何かあるのかなあ」
「以前英二さんに三人揃って食事に呼ばれた時は、由香里へのプロポーズだったわよね」
「もしかしたら、わたしかお姉さんのどちらかにお見合いの話しだったりしてね」
「お馬鹿言わないでよ。そんなことないわよ」
「うーん……。だとしたら、順番からしてお姉さんが先ね」
 聞いてない……。

 社長室に入ると、先に由香里と英二さんがいた。そして見知らぬ青年が一人。
「全員揃ったようだね……」
「親父……じゃなかった。社長、一体何のようだよ。俺達を呼び出して」
「響子さんに、お見合いの話しを持ってきたんだ」
「ええ? わたしがお見合い?」
 わたしは驚いた。
「ね、やっぱりでしょ」
 と、里美がわたしの小脇をつつく。
「申し訳ありません。以前にもお話ししました通り、わたしは結婚する意思がありません。お断り致します」
「どうしてだ。いい話しじゃないか」
 わたしは、社長さんの行為が納得できなかった。わたしの過去をすべて知っていて、その気持ちは理解してくれていると思っていた。明人以外の男性とはもう二度と交際するつもりはない。
「社長さんと、その男性の方とは、どういう関係なんですか?」
「実はこのひと、わたしの長男といったところだ」
「長男って……。まさか実は元は女で、性転換したってわけじゃないだろうな」
「まさか。わたしは、女にする手術はやるけど、男にする手術はやらないぞ」
「だったら何だよ」
「このひとは、脳移植されて生き返ったのだ」
「脳移植?」
「そうだ。身体は無傷だけど脳死状態に陥った患者Aと、身体は死んでしまったけどまだ脳は生きていた患者B。患者Aの身体に患者Bの脳を移植して蘇生させたのだ。戸籍的に患者Aが生き返って、患者Bは死んだことになってる。身体は患者Aだけど、心は患者Bなのだ」
「真菜美ちゃんと同じ事をなさったのですね」
 そういえば真菜美ちゃんは、呼んでいないようだ。結婚とかいう話しにはまだ早すぎる。もうじき十七歳のまだ子供だ。
「そうなだ、そのまま放っておけば二人とも死んでいたけど、脳移植で片方だけを生き返らせた。念のために二人とも男性だ」
「それで、生き返ったその人とわたしを一緒にさせようというのですね」
「その通りだ。一応我が社の営業部で働いてもらっている。年齢的に響子さんにぴったりだから、お見合い相手にどうかと呼んだ。いきなりの直接面談でびっくりしたかもしれないが。響子さんにはとってもいい話しだと思うぞ」
 とんでもないわ。
 いきなり見ず知らずの相手となんか……。
「何度も申しますが、わたし結婚する意思がありませんから」

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特務捜査官レディー(十五)敬の復職
2021.07.19

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十五)敬の復職

 某県警玄関前。
 さっそうとした身なりで敬が、そのスロープを歩いて玄関に入ろうとしている。
「帰ってきてやったぜ」
 ふと立ち止まって県警のビルを見上げながら呟く敬。
 万感の思いがよぎる。
 実に二年ぶりの登庁であった。

 生活安全局薬物銃器対策課のプレートが下がっていた。
「以前は薬物と銃器対策課は別だったんだけどな……」
 まあその方が捜査には便利である。
 報道関係から不祥事叩きを受けている警察も、ニュースにならないように、少しは改善しようという風潮がはじまっているというところであろう。
 おもむろにドアを開けて中に入っていく。
 中にいた警察官達の視線が集中する。
「う、うそっ!」
「まさか、冗談じゃないだろ!」
 敬の顔を知っている同僚が驚きの声を上げた。
 そりゃそうだろうね。
 殉職したことになっている人間が現れたのだから。
「か、課長! 沢渡です! 沢渡が戻ってきました!」
 書類に目を通していた課長にご注進する同僚。
「さ、沢渡……」
 課長も驚きは同じだった。
 唖然とした表情で、口に咥えていた煙草をぽろりと落としても気づかない。
「課長。沢渡敬、ただ今ニューヨーク研修から戻って参りました」
 一応儀礼的に挨拶をする敬だった。
「あ、ああ……ご、ご苦労だった」
 つい釣られるように答える課長。

 一斉に同僚が集まってきた。
「沢渡、生きていたのか!」
「そうよ。ニューヨークで殉職したって聞いて、びっくりしちゃんだから」
「生きていたなら、どうして今までずっと連絡しなかったんだ」
「おまえ二階級特進してんだぞ」
 次々に言葉を掛けてくる。
「悪い悪い、いろいろと事情があってな。麻薬捜査で組織に狙われて、姿をくらましていたんだ」
「それが殉職と関係があるんだな」
「そうなんだな」
 懐かしい同僚達との語らいだった。
「おい。沢渡君」
 課長が割って入った。
「はい、課長」
「これまで行方不明だった事情はともかく、君は一応殉職扱いで戸籍を抹消されている。戸籍の回復手続きをしなければならないし、君が望むなら警察官としての復職も元通りにな。それに必要な書類とか揃えるのをこちらで用意してあげようと思うのだが」
 局長はともかく、この課長は人情味溢れる模範的警察官であった。
 性同一性障害者の薫に対しても理解があり、女性警察官として自分の配下に置いて、いろいろと骨折りしてくれていた。薫に女性用の制服を支給し、麻薬没滅キャンペーンのチラシに他の女性警察官と一緒に載せたりもした。
 課長のおかげで、薫は署内でも一人前の女性警察官として扱われ、その職務を順調にこなすことができたのであった。
 敬が一番に課長の元を訪れたのは、そういった事情からまず最初に挨拶するべきだと判断されたのである。
「お願いします。死亡報告書を提出した警察側が動いてくれないと、戸籍復帰は適いませんからね」
「そうだな。で、ご両親の方には?」
「まだ会っていません。」
「いかんなあ。まず一番に知らせるのがご両親じゃないのか?」
「親はなくても子は育つですよ」
「なんじゃそれは?」
「あはは、順番はどうでもいいじゃないですか。ここの後でちゃんと帰りますから」
「うん。そうしてくれ」
 このように親のことにも気をつかう課長であった。
 ここを一番にしても罰当たりにはならないだろう。
「ところで……佐伯君の方なんだが……」
 言いにくそうに、もう一つの件を切り出す課長。
「残念ながら、薫は僕の腕の中で逝きました」
「そうか……好きな人の腕の中で逝ったのなら、少しは救われたかな」
「そうかも知れませんね……」
「後で、薫君のご両親にも挨拶しに行くことだな。君だけでも生きていたと知ると喜ぶだろう」
「そうします」
 世話話的な会話が続いている。
「ところで局長はどうされていますか?」
 今日の主眼ともいうべきことを切り出す敬。
「局長か?」
「はい」
 人事異動がされていないことを確認していた。
「相変わらず、と言っておこう」
「そうですか……」
「会いに行くのか?」
「行きます」
「そうか……まあ、気を静めてな。外出の予定はないから、たぶん局長室にいるはずだ」
 敬達をニューヨークに飛ばした事情を知っている課長だった。
 課長とて所詮組織の中の一人でしかない。局長の決定した敬達の処遇には、反対するべき立場にはなかった。
「ありがとうございます」
 麻薬銃器対策課を出て、生活安全局の局長室へと向かう。

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