思いはるかな甲子園~声援の中で~
2021.07.03

思いはるかな甲子園


■ 声援の中で ■

 梓の父親が経営する会社の本社ビル。
 その社長室の隅にあるTVからは、県大会決勝の実況中継が放映されている。
 甲子園に出場したこともある父親だけに、県大会決勝の行方が気になるようだ。しかも対戦高校の一方の栄進高校には、マネージャーである娘が、記録係りとしてベンチ入りしているので、見ないわけにはいかない。ベンチにカメラが向けられれば、当然娘の姿が映されるからだ。
 その梓が、ピッチャーズマウンドに立ち、長い髪がほどけて女子である事がばれ、アップで映し出されていた。
 仕事を一時中断してソファーに座り、神妙な面持ちで実況を聴いている父親。
 そのそばにいる社長秘書の麗香が口を開いた。
「社長、やっぱりお嬢さまですよ」
「ああ……」
 父親は、梓が登板した時から気づいていた。どんなに変装しようとも、実の娘を見間違えるはずがなかった。
「どうしてお嬢さまが、ピッチャーなんかやっているんでしょうか」
「まあ、梓にねだられて、練習相手をさせられたりはしたが……」
「ええ! 社長が、お嬢さまの練習相手をなさったのですか?」
「ああ……意外と、上達が早くてな。コントロールは抜群だった」
「なるほどね。社長は、お嬢さまには甘いですからね。投手としてのセンスは、父親ゆずりというわけですか」
「そういうことになるかな」
 自分の娘のことを誉められて、少し上機嫌になる父親。

『間違いありません。確かに女子生徒です。しかも、実に可愛い女の子です』
『栄進高校の行為が理解できませんねえ。女子生徒が選手として出場できないのは、判っているでしょう。なぜ他の男子部員に投げさせなかったのでしょうか。白鳥君やマウンドの真条寺さんほど上手に投げられないかも知れませんが、少なくとも没収試合は避けられたのです』



 グラウンド上では、両校の主将と審判が、女子選手の参加についての経緯などを論点として協議を続けている。
 栄進高校の守備陣は一旦ベンチに戻されている。
 多くの人が持参しているラジオから、実況中継のアナウンサーや解説者の声が聞こえ、観客達が耳を傾けている。
「梓ちゃんに投げさせて!」
 突然、絵利香が立ち上がって叫んだ。
 カメラの矢面に立たされている仲良しの友人に対して、居ても立ってもいられなくなったのだ。
 するとまわりにいた観客が同調して叫びだす。
「そうだ! 投げさせろ」
「なんで女の子が参加しちゃいけないんだ」
「ルールなんかくそくらえだぞー」
「ノーヒットノーランはどうなるの」

 次々と広がっていく場内コール。
 身を乗り出して応援している絵利香に、
「ありがとう、絵利香ちゃん」
 声にならない感謝の言葉を送る梓であった。

『おおっと、場内から真条寺君に投げさせてというコールがかかりました』

 観客総立ちになっている。
「やい! 城東学園。おまえらからも何か言ってやれ!」
「このまま、女の子にノーヒットノーランで負けるのがくやしいのか!」
「男なら正々堂々と最後まで戦え!」
 中にはフェンスから身を乗り出すようにして、ベンチ内の城東学園に罵声をあげる観客もいた。
「沢渡君! 最後まで戦ってあげて」
「女の子に負けたままで悔しくないの?」
 沢渡のファンかと思われる女子高生の声も上がる。

『これは、城東学園の応援席からも、試合続行のコールがかかりました。城東学園の選手達、観客の場内コールに唖然として立ちすくしています』

 場内割れんばかりの観客達の声援。

『これはすごい! 観客が総立ちでシュプレヒコールを一斉に上げています。これは高校野球史上はじめてのことでしょう』
『これまでの真条寺君の真剣なプレーに感動した観客達が、次々と立ち上がって真条寺君の続投を、試合再開を叫んでいます。かくいう私も、真条寺君のノーヒットノーランの行方を最後まで見届けたい気持ちで一杯です。サッカーにしろ、柔道にしろ、男女共に試合が設けられていると言うのに、高校硬式野球だけが男子だけという風習を守っています。はたしてこれでいいのでしょうか、考えさせられる問題であります。これを機会に女子選手による大会開催を、甲子園を目指せるような新しい組織作りを、そして根本の大会規則を変えられないものでしょうか。私は思います。甲子園という言葉は、野球に興味を持つすべての人々の関心事なのです』


 解説者は独自の考えを持っているようだ。女子選手にたいする理解溢れる言葉の数々であった。

『女子にはソフトボールがあるじゃないかという声もありますが、ソフトボールと野球は似てはいますが、全く別のものと考えた方がいいものです』
『訂正させて下さい。ソフトじゃなくても、全国高等学校女子硬式野球連盟というものが一応あって、第一回全国大会が1997年から開催されています。しかしいかんせん加盟校はたったの44校ですし、大会に参加するのは全部じゃないですからね。とても話題に上がるような代物じゃないです。なおかつ競技球場も甲子園ではなくて、「つかさグループいちじま球場」(兵庫県丹羽市)なんですよ』
『そうでしたか』


 ベンチにいる城東及び栄進両校の選手たちも鮮烈を覚えていた。
 試合再開なるかは自分達にはどうすることもできない。
 しかし決着はともかく最後まで戦いたいという気持ちは、すべての選手の胸の内にあった。
「女子ながらも、素晴らしい選手じゃないですか。チームのために身も心もボロボロになっても、全身全霊を掛けてプレーする姿は、うちも少しは見習いたいものですね」
 沢渡が感心するように言った。
「そうだな……。おまえがノーヒットに抑えられていることからしても、大した選手だ。男子だったらプロのスカウトも放って置かないだろう」
「プロなら女子でもいいんじゃないですか?」
「うん?ああ、そうだな。プロの女子選手もいるにはいるが、活躍できていない」
「体力差はどうしようもないですからね」
 改めて、梓の方を見つめる沢渡だった。

『場内、観客達の試合続行をコールする声はさらに高まっております。一向に消える気配は衰えません。もしこのまま試合が中断されれば、暴動にさえ発展するかも知れません。あ、ちょっとお待ち下さい。ニュース速報が入ったようです……』

 しばらくの静寂があった。速報を伝えるメモ書きを広げる乾いた音が聞こえる。

『お待たせしました。ニュース速報です。各ラジオ局やTV局には、真条寺君に続投させてくださいという、視聴者達からの抗議電話が続々と寄せられており、大会運営本部の電話も鳴りっ放しとのことです。この場内で観戦する人も、ラジオ・TVで観戦する人も、思いはみな同じのようです』
『あ、運営本部から人が出てきましたね。審判達のもとへ歩いていきますよ。きっと今のニュースの状況を伝達するようです』


 運営本部の人間と審判達が話し合っている。

『あ、審判が放送室の方へ歩き出しました。結論が出たもようです。場内放送を聞いてみましょう』

 場内が一斉に静まり返った。

『場内のみなさん。ご覧のように栄進高校の白鳥君に変わって登板した背番号11番、真条寺君は女子生徒であることが判明しました。よって大会規定によりこの試合は没収試合とさせていただきます。優勝高は城東学園高校に決定いたしました』

 それを聞いた観衆達が再び騒ぎだした。
「なんだとー。俺達は金を払って入場しているんだぞ。最後まで試合を続けさせろ」
 グランドに、空き缶などが投げ入れられる。

『みなさん、お静かにお願いします。試合そのものは没収試合とさせていただきますが、大会運営委員会と城東高校及び栄進高校のみなさんとも協議の結果、特例を認めて参考試合という形で、このまま試合を続行することにいたします。ただし参考試合ですので、公式記録には残りません。また、延長戦はなしで九回までの攻防とさせて頂きます』

「よく言った!」
 場内に大歓声が沸き起こる。

『お聞きになりましたでしょうか。試合続行です。参考試合にはなってしまいましたが、引続き試合終了までこのまま真条寺君が投げます。観客や視聴者達の熱い声が審判団をついに動かしたのです』

「えらいぞ! よくやった、それでこそ高校野球だ!」

『そうです。これは高校野球です。確かに甲子園に出場するということはナイン達の夢です。しかしそれだけが、高校野球のすべてではありません。野球部のみなさんは、この日のために血のにじむような練習を繰り返してきたのです。甲子園は、その努力の報酬としてさらに戦う場を与えているのです。女子生徒がその中に入っていたというだけで、ナインのこれまでの努力をすべて無にしてもよいのでしょうか』

 解説者が力説する声が、ラジオやTVを通して、場内の観客達に届いている。うなづいて耳を傾けている観客達。

『試合が再開されます』

 投げ入れられた空き缶類を拾い集める場内整備員達。
 一時ベンチに避難していた栄進高校の面々がグラウンドに出てくる。

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