銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第五章 ターラント基地攻略戦 Ⅲ
2019.10.06


 機動戦艦ミネルバ/第五章 ターラント基地攻略戦(3)


                 Ⅲ

 海上を進むミネルバ。
 補給を終えて、次の作戦地であるリスキー開発区へと向かっていた。
 艦橋において艦の指揮を執っているフランソワ。
「艦長。指示された合流地点に近づきました」
 航海長が報告する。
「よろしい。減速、三分の二。アクティブ・フェーズドアレイレーダーで周囲を探索」
「了解。減速三分の二。アクティブ・フェーズドアレイレーダーで周囲を探索」
 副長が復唱し、
「減速三分の二」
「アクティブ・フェーズドアレイレーダーで周囲を探索します」
 各オペレーターが呼応する。
「しかし、いかがなものでしょうかねえ」
 副長がフランソワに話しかける。
「何がですか?」
「合同作戦のことですよ。ここは敵の真っ只中です。情報が漏れてしまっていたら」
「待ち伏せを受けて殲滅される危険がある……ですか?」
「可能性はあります」
「ウィング大佐のことですから、その辺のところは抜かりはないでしょう。情報漏れと
かがないように万全を期していると思います。例えば指令の伝達に無線を使用せずに補
給艦の艦長に伝令を任せていましたしね」
「そうですかね」
 ウィング大佐と面識のない副長が懐疑心を抱くのも当然かもしれない。
 フランソワとて、ほんのひと時しか会ったことがなく、その人となりを理解できてい
ないのである。
 ミネルバの乗員にとって、すべては噂の人でしかなかったが、所属するメビウス部隊
の司令官であり、上官として命令を受けたからには、その指示に従うよりなかった。
「右舷後方、五時の方向に艦影。味方です」
 レーダー手が二人の会話を遮るように伝えた。
「おいでなさったようですね」
「通信士、艦名は判りますか?」
「戦艦ポセイドン、巡洋艦ネプチューン、巡洋艦ユニコーン、空母サンタフェ、空母サ
ンダーバード以上五隻の僚艦です」
「副長、知ってますか」
「はい、メビウス部隊として数々の作戦を一緒に戦ったことがあります。各艦長とは面
識もあります」
「それはよかった」
 共同作戦を行うに当たっては、見知らぬ相手より見知った仲間がいた方が良いに決ま
っている。
「各艦長にこちらに来るように伝えてください。作戦会議を行います」

 第一作戦会議室。
 フランソワ以下、各艦の艦長・副長や航海長などが集まって、作戦会議がはじめられ
た。
 まずは、各艦の艦長の自己紹介である。
「ポセイドンのアイザック・カニンガル大尉だ」
「ネプチューン、オスカル・ハミング中尉」
「空母ユニコーン艦長、ミランダ・ノイマン少尉です」
「サンタフェのコニカ・バカラック大尉です」
「サンダーバード、ニック・スタブロス大尉」
 男性三人、女性二人のそれぞれの艦長である。
 さすがに女性艦長がいるのは、ランドール提督配下の艦であることを象徴している。
 そしてフランソワが名乗った。
「フランソワ・クレール上級大尉です」
 艦長の中では唯一の戦術用兵士官であり、それを示す胸の徽章がひときわ目立ってい
た。
「上級大尉殿、早速今回の任務を聞かせていただけますか?」
 艦長の中でも最古参であるカニンガル大尉が尋ねた。
 集合場所は指定されても、作戦内容までは知らされていなかったようである。
 秘密情報の漏洩を極力避けるためであろう。


11
銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 Ⅶ
2019.10.05


第四章 皇位継承の証


                 Ⅶ

「でも、メグ。あのロベール王子にしたって、正式に皇太子になるのはまだ先のこ
と。悠長なこと言っていると、総督軍なり連邦軍が押し寄せてくるわよ」
 姉妹が議論している中、帝国の法律や儀式のことを全く知らないアレックスは、
ただ聞き役に回るしかなかった。また末娘のマリアンヌも黙々と食べているだけだ
った。
「援助物資を供給するだけなら何とかなるけど……。ただし、解放軍が自ら引き取
りに来るという条件付だけどね」
「無理よ。解放軍は帝国から共和国の向こう側にあるのよ。輸送艦隊を襲われたら
元も子もないじゃない」
「唯一つ、裏道があるのよ」
 エリザベスが告白した。
 それは、アレックスを銀河帝国統合軍宇宙艦隊司令長官に任命するというものだ
った。
 銀河帝国宇宙艦隊全軍を指揮統制できるのは、事実上として司令長官ということ
になっており、歴代の皇太子が務めることが慣例として行われていた。
 皇太子イコール宇宙艦隊司令長官という図式が成立していたのである。
 あくまで慣例であって、憲法や法律には明確な規定は設けられていなかった。こ
こに、裏道が存在するのである。法令に定められていなければ、摂政権限で特別条
令を発動して、アレックスを宇宙艦隊司令長官に任命することが可能だというので
ある。
 だからと言って、無制限に特別条令を発動できるわけではない。他国が侵略して
きたなどの非常事態となり、帝国艦隊全軍で迎撃しなければならなくなった時など
に限られる。
 そもそも帝国辺境には、御三家が自治領宇宙艦隊の保有を認められて防衛陣を敷
いているわけだから、初動防衛に統合軍が動くことはなかった。
「でもこれからは、、以前にも比して総督軍や連邦軍の干渉が増えると思うわ。な
ぜって帝国軍に新たなる名将が加わったのだから。共和国同盟の英雄と讃えられた
アレックス・ランドール提督が帝国軍の全権を掌握したら、もはや侵略の機会は失
われる。だからこそそうなる前に、何とかしようと考えるはずよ」
 そう発言するジュリエッタの考えは正しい。
 総督軍や連邦軍と互角に戦うには、平和にどっぷりと浸かって退廃ムードにある
帝国軍を、一から鍛えなおす必要もあった。帝国艦隊全軍を掌握したとしても、い
ざ戦いとなって将兵達が逃げ腰では意味をなさない。
 速やかに宇宙艦隊司令長官を任命し、迫り来る敵艦隊との総力戦に備えておくべ
きだ。
 ジュリエッタは、一刻も早くの司令長官任命を力説した。
 それに対して摂政という立場からエリザベスが説明する。
 宇宙艦隊を動かすには、すべからく軍資金が必要となってくる。燃料・弾薬はも
ちろんのこと、食料や兵士達の給料・恩給の積み立て、港湾施設での整備費用に至
るまで、その資金を動かす権限を持っているのは、大臣達だからである。
 その大臣達の意向を無視するわけにはいかないし、だいたいからして保守的で頭
の固い彼らの賛同を得るには、並大抵ではないということである。
 やはり絶対的権限を有する皇太子とならない限りは、本当に自由に艦隊を動かせ
ないということである。
「摂政とて、そう簡単には決断を下せない難しい問題なのよ」
 エリザベスが深いため息をついた。


11
妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 総集編・後編
2019.10.04

陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪



其の拾壱 事件ファイル


 台所。
 父親が喪服を脱いで食卓上に投げ捨て、ネクタイをグイと下に引きずりおろして、椅
子の背に頭をもたげるようにして疲れたようにだらしなく座っている。
 食卓の上には、葬儀屋が手配したのであろう家族用の食事が並べられている。
 そこへ美咲が入ってくる。
 すでに喪服から普段着に着替えて、外出していたようである。
「お帰り、食事しないか」
 それには答えず、無言で二階の自室への階段を昇る美咲。
 母親を亡くした気持ちを察して、それ以上は追及しない父親。
 二階に上がり、自室に入る美咲。
 その足元には、黒ずんだ血液の塊がこびり付いたままとなっている。
 仮に拭き取ったとしても、ルミノール反応が明確に現れるだろう。
 日頃から、許可なく入室禁止と固く約束させていた。
 ましてや男性である父親が入ってくることはなかった。
 母親がたまに許可を得て入ってくるだけである。
 血痕に目をくれることなく、机に向かう美咲。
 その上には、怪しく輝く胞衣壺が鎮座している。

 数時間後、玄関から無表情で姿を現す美咲。
 その右手には、キラリと怪しく輝く刀子を握りしめていた。


 公立図書館。
 パソコン閲覧室で過去の新聞を調べている蘭子。
 各新聞社ともデータベース化されているが、朝日新聞の【聞蔵IIビジュアル】を開き、
利用規約などに同意した後、ログインする。
 何かと朝鮮日報(韓国の新聞社)日本支部と叩かれるほど、日本国と日本人を侮辱し
朝鮮寄りの報道姿勢を取っている新聞社。
 それが証拠に、激しい旭日旗叩きをしている韓国人でも、旭日旗模様の朝日社旗だけ
は何故かスルーしている。
 それはともかく、調査だ。
 明治12年(1879)から~平成11年(1999)までの紙面イメージを、日付・見出し・キー
ワード等で検索可(号外・広告含む)
 昭和60年(1985)以降の記事を収録し全文検索可能。
 まずは、定番の住所・氏名などから、事件の手がかりを探る。
 タッチペンで画面をクリックしながら、記事を検索する。
「あった!」
 そこには、かの旧民家の写真とともに、事件の内容が記述されていた。


其の拾弐 大阪大空襲


 1945年(昭和20)3月13日23時57分から14日3時25分の大阪大空襲。
 米軍の焼夷弾投下標的は、北区扇町・西区阿波座・港区岡本町・浪速区塩草に設定さ
れていた。
 グアムを飛び立った第314航空隊の43機が夜間に飛来し、大型の焼夷弾(ナパーム)
を高度2000メートルの低空から、港区市岡に対して爆撃を開始した。
 木と紙でできた日本家屋を徹底的に燃やし尽くすために開発された、民間大虐殺用の
ナパーム弾による大空襲の始まりである。
 続いて、テニアンから、第313航空団のB29 107機が浪速区塩草を爆撃。
 さらに、サイパンから第73航空団の124機が、北区扇町・西区阿波座を爆撃。

 こうして一晩で大阪中心部はほぼ壊滅状態の焼け野原となった。
 阿倍野区は、照準点から少し離れてはいたが、大火災による延焼は避けられなかった。
 至る所で火の手が上がり、木造家屋を燃やし尽くしていった。
 それでも、奇跡的に延焼被害を免れた家屋も所々に散見された。
 そんな家屋の一つ、江戸時代から続く旧家があった。
 母屋を囲うようにして高い土塀があったために延焼を免れたようである。
 その玄関先に一人の男が立ち寄った。
 シベリア抑留から解放され帰国した元日本軍兵士で、久しぶりの我が家の玄関前に立
ったのだ。

 シベリア抑留者は、厳寒の中での重労働を強制される他、ソ連共産党による徹底的な
「赤化教育」が施された。
「天皇制打破」「生産を上げよ」「スターリンに感謝せよ」などのスローガンを叩きこ
まれてゆく。いち早く順応し優秀と見なされた者は待遇もよくなり、従わない日本兵へ
の「つるし上げ」が横行した。日本人が日本人を叫弾するという悪習がはびこっていた
のである。する方もされる方も次第に精神を病んでいった。
 長期抑留から解放されて日本への帰国がかなっても、祖国は焼野原となり多くの者が
家を失っていた。
 安堵して故郷の土を踏んだ矢先、入港した途端に警察に連行され「アカ(共産主義)」
というレッテルを張られて独房に入れられて執拗な尋問を受ける者も多かった。やっと
解放されても、どこへ行っても警察の監視が付いて回った。
 その男もそのような待遇に合わされた一人であった。


其の拾参 殺戮の果て


 目の前に懐かしい生家が、焼野原の中に奇跡的に無事に立っていた。
「ただいま!」
 玄関の扉を開けて中に入り、帰宅の声を上げる。
 返事はなかった。
 もう一度大声で、妻の名を呼ぶ。
 やがて奥の方で物音がしたかと思うと一人の女性が姿を現した。
「どなた?」
 出てきた女性は、男の顔を見るなり驚愕し、へなへなと床にへたれこんだ。
 男は、その女性の夫だった。
「ど、どうして?」
 その身体の腹部は膨満しており、明らかに妊娠しているとわかる。
「おまえ……誰の子供だ!?」
「こ、これは……」
 おなかを手で隠すようにして、言い訳を探そうとする女性だった。
 その時、玄関から何者が入ってきた。
「무엇을하고있는」(何をしている)
 意味不明な言葉を発する侵入者は、腰に下げたホルスターから拳銃を抜いて構えた。
 そして間髪入れず引き金を引いた。
 弾は男の胸を貫いて、血飛沫が飛び散り土間を血に染めた。
 倒れた男の上を跨いで女性に詰め寄る侵入者。
「바람을 피우고 있었는지」(浮気をしていたのか)
 女性の胸ぐらをグイと引っ掴み、ビンタを食らわす男。
 さらに手を上げようとした時、
「うっ!」
 苦痛に歪む顔。
 ゆっくりと振り返ると、背中に突き立てられた包丁。
 土間に倒れていた男が立ち上がり、流しに置かれていた包丁を手に反撃したのである。
 その包丁を引き抜くと、ドバっと血飛沫が土間一面に広がる。
 声を出そうとする侵入者だったが、肺に穴が開いたのか、声の代わりに背中から血が
噴出するだけだった。
 土間に突っ伏す侵入者。
 男はそれに目もくれずに、女性に向かって怒鳴る。
「そのお腹の子供はどうした? 誰の子供だ!」
 シベリア抑留で長期抑留されていたので、妻が妊娠することはあり得ない。
「誰の子供だ!」
 もう一度質問する男。
 すっかり怯え切って声も出ない女性だったが、ゆっくりと手を動かして、土間に倒れ
ている侵入者を指さした。
 その指先に差された侵入者を見やりながら、すべてを納得した男。
 お国のために命を投げ出して戦い、辛い抑留生活を送っている間に、自分の妻が間男
と逢瀬を重ねて、あまつさえ身籠ったのだ。
 許されるはずがなかった。
 包丁を振り上げると、女性のお腹めがけて振り下ろした。
 悲鳴を上げ絶命する女性。
 怒りは収まらず、突き刺した包丁で腹の中をえぐり始める。
 飛び出した腸を掻き出し、さらに奥の子宮をも引きずり出した。
 それらの内臓を土間に投げつけて、さらに包丁を突き立てて残虐な行為は続いた。
 はあはあ……。
 肩で息をしながら、自分のした行為に気が付く男。

 何のために今日まで生きてきたのだろう……。
 何のためにお国のために命をかけてきたのだろう……。

 何のために……。

 男は血のりの付いた包丁をしばらく見つめていたが、その刃先を首筋に宛てたかとお
もうと、一気に掻き切った。
 土間に倒れ込んだ男の周りが、飛び散った鮮血が一面を真っ赤に染め上げる。
 血の海は土間の土の中へと滲みこんでいく。
 と突然、土の一か所が異様に輝き始め、辺り一面の血液を吸い込み始めた。
 やがて静寂が訪れる……。


其の拾肆 朝鮮人


 井上課長が蘭子を訪ねて土御門神社に来ていた。
 蘭子に依頼されていた事件報告であった。
「やはり殺人事件があったよ」
 単刀直入に話し出す井上課長。

 以下は警察事件簿に残る記録である。
 終戦当時、朝鮮半島から出稼ぎに、朝鮮人労働者とその家族が大量に流入していた。
 日本人男性が徴兵で留守にしている間に、日本に出稼ぎに来ていた朝鮮人達が、警察
署を襲って拳銃を奪い日本人を殺戮するなどの暴動が頻発していた。
 空き家があれば押し入って我がものとし、空き地があれば問答無用に家を建てて所有
権を誇示した。
 挙句の果ては、出征した知人の日本人の名を名乗って戸籍を奪うものさえいた。
 かの侵入者もそんな朝鮮人の一人であった。
「通名・金本聖真、本名・金聖真(キム・ソンジン)という」
 立ち寄った先で見つけた家に目を付けて、主人がいないことを確認すると、傍若無人
にも押し入って留守を守っていた女性を凌辱した。
 そして、その家を女性ごと乗っ取ったのである。
 やがて男が帰ってきて、惨劇は繰り広げられた。
「とまあ……そういう顛末です」
 長い説明を終える井上課長。
「おかしいですね。図書館で私の調べたところでは、朝鮮人という記述は一言もありま
せんでした」
 疑問を投げかける蘭子。
「報道規制だよ」
「規制?」
「当時のGHQ(連合国総司令部)によるプレスコード、正式名は【日本に与うる新聞
遵則(じゅんそく)】だよ」
「プレスコードですか……」
「その一つに、『朝鮮人を批判するな』というものがあってね。朝鮮人による事件が起
きても、通名のみの報道で本名や国籍を発表してはいけない……ということだ。当然事
件はうやむやにされてしまう」
「それって、今でも通用していますよね。特に朝日新聞などは、朝鮮日報(韓国紙)日
本支局と揶揄されるほどに、朝鮮人が犯人の国籍を隠蔽して発表しないみたいだし」
「まあ、そういうことだ。日本国憲法とは言っても、実情はマッカーサーノートに則っ
たGHQ憲法ということもね」
「日本は独立していないんですね」
「まあな。GHQによる WGIP(War Guilt Information Program)という「戦争につ
いての罪悪感」を日本人に植え付ける洗脳政策も行われたしな」
 深いため息をつく二人だった。
 しばらく沈黙が続いた。
「その家は固定資産税滞納による差し押さえ・競売となったのだが、殺人現場という瑕
疵物件で長らく放置状態だったらしい。で、つい最近やっとこ売却が決まって、現在の
持ち主となった」
「で、胞衣壺が掘り出された」
「うむ……」
「ともかく人死にがあって、かなりの流血もあったのでしょうね」
「土に滲み込んでいたが、土間いっぱいに広がるほどの量の血痕があったらしい」
「殺戮と流血、そして怨念渦巻くなか、例の胞衣壺がそれらを吸い込んだとしたら…
…」
「怨霊なり魔物なりが憑りつくか」
「そうとしか考えられません」
「問題は、その胞衣壺を掘り出したのは誰か?ということだな」
「ですね」
 その誰かについては、朧気ながらも犯人像をイメージしていた。


其の拾伍 対峙


 パトカーが走り回る街、その夜も新たなる犠牲者が出た。
 蘭子は神田家の玄関前に立ち止まり、帰り人を待っていた。
 神田美咲の帰りを……。
 やがて美咲が帰ってくる。
「お帰りなさい」
 冷静に声を掛ける蘭子。
「何か用?」
 巫女衣装姿の蘭子を目にして怪訝(けげん)そうな表情で答える美咲。
「いえね、学校何日も休んでいるから様子見にきたの」
「大丈夫だから……」
「お母さんが亡くなられたという気持ちは分かるけど……」
「ほっといてくれないかな」
 とプイと顔を背けて、玄関に入ろうとする。
「それはそうと、大きな壺を拾わなかったかしら?」
 単刀直入に切り出す蘭子。
 美咲の身体が一瞬硬直したようだった。
「なんのことかしら」
「いえね、近所で口径30cmほどの壺が、胞衣壺らしいんだけど、掘り出されたの。
でも、いつの間にか消え去っていて、その直後に切り裂き事件が発生しているのよ」
「そのことと、わたしに関係があるのかしら」
「発見された場所が、あなたの学校からの帰り道の途中にあるのよ。何か見かけなかっ
たなと思って」
「知らないわ」
 と玄関内に入ろうとする。
 それを制止しようと、美咲の左腕を掴む。
 袖が捲れて、その手首が覗く。
 その時蘭子の目に、リストカットされた傷跡が見えた。
「この腕の傷はどうしたの?」
 一見には何もないように見えるが、霊視できる蘭子の眼にははっきりと、霊的治癒さ
れている痕跡が見えるのだった。
 蘭子の手を振り解き、
「な、なにもないじゃない。どこに傷があるというの?」
「いいえ、わたしの目には見えるのよ。霊的処方で治癒した跡がね」
 図星をさされて、傷跡を右手で隠す。


「あなたの部屋を見せていただくわ。二階だったわよね」
 というと強引に上がろうとする。
 至極丁寧にお願いしても断られるのは明確だろう。
「待ってよ」
 制止しようとするが、武道で鍛えた蘭子の体力に敵うはずもなく。
 非常識と言われようが、これ以上の被害者を出さないためにも、諸悪の根源を断ち切
らなければならない。
 本当に美咲が【人にあらざる者】に憑依されているのか?
 という疑問もなきにもあらずだったが、美咲のリストカットを見るにつけ、その不安
は確かなものとなった。
 魔人と【血の契約】を交わした者は魂をも与えたに等しく、魔人を倒したとしても本
人を助けることはできない。

 美咲の部屋のノブに手を掛けようとして、一瞬躊躇する蘭子。
 呪いのトラップが掛けられているようだった。
 懐から式札を取り出して式神を呼び出すと、代わりにドアノブを開けさせた。
 とたんに一陣の突風が襲い掛かり、式神は微塵のごとく消え去った。
 開いた扉から慎重に中に入る蘭子。
 そこには神田美咲が待ち受けていた。
 瞬間移動したのか?
 そうまでして守らなければならない大事なものが、この部屋にあるということだろう。


其の拾陸 追跡


 開け放たれた窓辺に寄りかかるようにして神田美咲が立っていた。
「どうやら罠に掛からなかったようだね」
「初歩的なトラップでした」
「ふむ、さすが陰陽師というわけですか」
「なぜ知っている?」
 自分が陰陽師である事は、美咲には教えていない。
「あなたの体内からあふれ出るオーラを感じますから」
「なるほど」
「で、どうなさるおつもりですか?」
「悪しき魔物は倒す!」
「そうですか……」
 ニヤリとほくそ笑むと
「ならば……逃げます」
 机の上の壺を抱え込んで窓の外へと飛び出した。
 しまった!
 という表情で、窓辺に駆け寄る蘭子。
 窓の下を覗いてみるが、すでに美咲の姿は消え失せていた。
 改めて部屋の中を観察する。
 見た目には綺麗に拭き取られているが、そこここに血液の痕跡が浮かんでいた。
 通常の警察鑑定のルミノール反応を調べれば確かな証拠が出るだろう。
 井上課長に一報を入れようかとも思ったが……。
 警察の現場検証が入れば後戻りはできない。
 魔人との決着が着いてからでもよいだろう。

「白虎、来い!」
 四聖獣であり西方の守護神でもある白虎を呼び出す。
 それに答えるように、見た目虎の姿をした大きな身体の聖獣が姿を現す。
 蘭子が幼少の頃に召喚に成功し、以来ずっと蘭子を見守っている。
「魔物を追ってちょうだい」
 といいながら、その背中に乗る。
 追跡するのに犬ではなく、猫科の虎なのか?
 匂いで追跡するのではなく、白虎の神通力を使って、魔物が持つ精神波を探知するの
である。
 白虎の背に乗った蘭子が、闇に暮れた街中を疾走する。
「この先は?」
 白虎が突き進む先には、例の旧民家解体現場があった。
「そうか……そこへ向かっているのね」
 人生に行き詰った時、人は故郷を目指すという。
 いや、犯人はいずれ犯行現場に戻るもの、というべきだろうか。


其の拾漆 兵士の霊


 やがて現場に到着する。
 旧民家が跡形もなく姿を消し、整地された土地には地鎮祭に設置された縄張りが今も
取り残されていた。
 その片隅に怪しげな黒い影が、微かにオーラを発しながら立っていた。
 それは少しずつ形を現わしてゆく。
 旧日本軍の軍服を着た兵士の姿だった。
「霊魂?」
 怨念を残したまま成仏できずに彷徨っているのか?
 白虎から降り立ち、その敷地に一歩踏み入れる。
 そして丁寧に語り掛ける。
 この世に彷徨っている霊ならば、成仏できないでいる根源を取り払ってやらなければ
ならない。
「あなたは誰ですか?」
 幽霊になった者に、名前など聞いても意味はないかも知れないが、とにかく取っ掛か
りを得るためには会話することである。
「夜な夜な、罪もない人々を殺(あや)めたのはあなたですか?」
 前問に答えないので、引き続き尋ねる。
「復讐……」
 やっとこぼそりと呟くように答える。
「何のための復讐ですか」
「わたしの生活を残忍にも踏みにじった」
「踏みにじったとは?」
「お国のために出征したというのに、奴らはその隙をついて好き勝手にした」
「奴らとは?」
「朝鮮人だ!」
「在日朝鮮人ということですか?」
「だから朝鮮人に復讐するのだ」
「すると朝鮮人を殺めていたというのですか?」
「そうだ!」
 初耳だった。
 被害者はすべて在日朝鮮人だったというのか?

 井上課長から聞いた事件簿と照らし合わせて、これですべての因果関係が繋がった。

 ともかくこれ以上の惨劇はやめさせなければならない。
「浄化してあげます」
 手を合わせて、この世に呪縛する幽霊の魂を解き放つための呪文を唱え始める。
 と、突然。
「そうはさせない!」
 怒声が響き渡った。
 敷地の片隅に、胞衣壺を抱えた美咲が、姿を現した。
「美咲さん……じゃないわね。魔人?」
「そうです。この娘の身体を借りて話しています」
「血の契約を交わしたのね」
「その通りです」
 すんなりと答える美咲魔人。
「それはともかく、せっかく情念を増長させてあげて、怨みを晴らさせて上げていたの
に」
 白虎がうなり声を上げて威嚇をはじめた。
「大丈夫よ」
 今にも飛び掛かりそうになっているのを制止する。
 相手が誰であろうとも、まずは対話であろう。
 まあ、聞いてくれる相手ではないだろうが……。
 戦って勝ったとしても、それは美咲の死をもたらすことになる。
 リストカットの痕跡を見ても、血の契約を交わしたことは明らかであるから、相手を
倒すことは美咲を死に追いやることでもある。
 手を引いてくれないかと、まずは交渉してみるのも一考である。
「いやだね」
「何を?」
「貴様の考えていることくらい読めるぞ。この身体から手を引けというのだろう」
「その通りです」
「馬鹿か! せっかく手に入れた依り代を手放すはずがなかろうが」
「では、戦うまでです」
「この娘がどうなっても良いというのか?」
「仕方ありません。血の契約を交わした人間を助ける術はありませんから」
「知っていたか。まあいい、ではいくぞ!」


其の拾捌 美咲魔人


 軍人の幽霊が、腰に下げた軍刀を抜いて斬りかかってきた。
 美咲魔人に操られているようだ。
 切っ先を鼻先でかわすと同時に、懐から取り出した呪符を、その額に張り付ける。
 身動きを封じた幽霊に対して、
「白虎、押さえておいて」
 命じると、白虎は幽霊に覆いかぶさるように押し倒して馬乗りになった。
 零体を押さえるなど人間には無理だが、聖獣の白虎なら可能である。
 白虎の神通力を持ってすれば、咆哮一発消し去ることもできるのだが、この彷徨える
霊魂を成仏させて輪廻転生させたいと願っていたのである。
 無に帰してしまえば生まれ変わりはできないからだ。
「ほう、そう来たか。わたしと一対一で戦おうというわけですね。でもね、こう見えて
も実はわたしは不死身なんですよ」
 不死身と聞いても蘭子は動揺しなかった。
 これまでにも幾度となく不死身の魔人とも戦ってきた経歴を持っていた。
「ところで聞いてもいいかしら?」
「構いませんよ」
「ここで殺人が行われた時に、すでにあなたは覚醒したと思います。それが戦後70年以
上経ってから、活動を始めたのは何故ですか?」
「目覚めても、依り代となっていた壺が土の中だったからですよ。動けなかった。誰か
が掘り起こしてくれるのを待っていた。で、地上に出られたは良いが、これがむさ苦し
い男だったから躊躇していた」
「そんな他愛のないことで?」
「誰かに憑りつくなら綺麗な女性に限りますからね。それにこの娘とは波長が合いまし
てね」
「波長が合う?」
「何故なら、この壺の主であるそこの霊体と、この娘とは血縁同士ですからね」
「血縁ですって?」
「彼には子供がいませんでしたから、叔父叔母とかの血筋ですかねえ」
 意外な展開に考え込む蘭子だった。
 抗争中にそんな余裕あるのかと言えば、魔人は不死身を自認しているだけに、余裕
綽々な態度を見せて蘭子を見守っているというところだ。
「あの夜、この娘がここを通りかかった時に、壺が震えました。共鳴現象という奴です
ね」
「なるほど、良く理解できました」
 緊張した空気の中で続けられる会話。
 事の次第が明らかになったことで終わりを迎える。
「そろそろ決着を付けましょうか」
「そうですね。これ以上の話し合いは無駄のようです」
 懐から虎徹を取り出し鞘から引き抜くと、それは短刀から本来の姿の長剣に変わった。
 中段・臍眼に構えながら念を込める。
 やがて虎徹はオーラを発しながら輝き始める。
 魔人を倒すことのできる魔剣へと変貌してゆく。
 美咲を傷つけることなく、魔人を倒すことができるのか?
 じりじりと間合いを詰め寄りながら、
「えいやっ!」
 とばかりに斬りかかる。
 すると美咲魔人は、ヒョイと軽々とステップを踏むように回避した。
 どうやら動きを読まれている。
「当たりませんねえ」
 不敵な笑みを浮かべる。
 しかし蘭子も言葉を返す。
「どうでしょう、こういう手もあるのよ」


其の拾玖 魔法陣


 蘭子が、トンと地面を踏むと、地鎮祭に使用された縄張りを中心として、敷地全体に
魔法陣が出現した。
「ほう、奇門遁甲八陣図ですか」
「その通りよ。もう逃げられないわよ」
 今日のこの日を予想して、縄張りを片付けずに、魔の者には見えない魔法陣を描いて
いたのである。
「なるほど、そういう手できましたか。弱りましたね」
 と言いながらも、不死身ゆえに余裕の表情を見せていた。
 しかしながら、自由を奪われて身動きできないようだった。
「白虎!」
 言うが早いか、霊魂から離れて美咲に飛び掛かった。
 白虎が爪を立てて狙ったのは?

 胞衣壺だった。

 その鋭い爪で、魔人が抱えていた胞衣壺を弾き飛ばした。
 胞衣壺は宙を舞って、蘭子の方へ飛ぶ。
 それをしっかりと受け取る蘭子。
 白虎は再び霊魂の押さえに戻っている。
「さて、それをどうする? 壊すか?」
 意味ありげに尋ねる美咲魔人。
 胞衣壺は、単なる依り代でしかない。
 壊したところで、別の依り代を求めるだけである。

 さあどうする、蘭子よ。

「そうね……こうします」
 というと呪文を唱え始めた。

「こ、これは、呪縛封印の呪文かあ!」
 さすがに驚きの声を上げる美咲魔人。
 蘭子の陰陽師としての能力を過少評価していたようだ。
 不死身という身体に油断していた。
 不死身ならば封印してしまえば良いということに気が回らなかった。

 一心不乱に呪文を唱えながら、胞衣壺の蓋を開ける蘭子。
 美咲の身体が輝き、白い靄のようなものが抜け出てくる。
 やがて白い靄は、胞衣壺の中へと吸い込まれるように消えた。
 すかさず蓋を閉め、呪符を張り付けて封印の呪文を唱える。
 無事に胞衣壺の中に魔人を閉じ込めることに成功した。
「ふうっ……」
 と深い息を吐く。
 後に残された霊魂も、魔人の呪縛から解かれている。
「白虎、もういいわ」
 静かに後ずさりするように、霊魂から離れる白虎。
 怨念の情は持ってはいても、蘭子の手に掛かれば浄化は容易い。
 浄化の呪文を唱えると静かに霊魂は消え去り、輪廻転生への旅へと出発した。
「さてと……」
 改めて、魔人が抜け出して放心して、地面にへたり込んでいる美咲を見つめる。
 白虎がクンクンと匂いを嗅ぐような仕草をしている。
「大丈夫よ。気を失っているだけだから」
 血の契約を交わしたとはいえ、精神を乗っ取られた状態であり、本人の承諾を得たと
は言えないので契約は無効である。
 美咲に近寄り抱え上げると、白虎の背中に乗せた。
「運んで頂戴ね」
 白虎としては信頼する蘭子以外の者を背に乗せることは嫌だろうが、優しい声でお願
いされると拒否できないのだ。
「土御門神社へ」
 霊や魔人との接触で、精神障害を追っているかも知れないので、春代に霊的治療を行
ってもらうためだ。
 蘭子と美咲を背に乗せながら、夜の帳の中を駆け抜ける白虎。


其の弐拾 顛末


 土御門神社の自分用の部屋。
 布団を敷いて美咲を寝かしつける。
 傍には白虎も寄り添っている。
「ありがとう。もういいわ」
 白虎を優しく撫でると、軽く鳴いて静かに消えた。
 何事も知らずに軽い寝息を立てている美咲の顔を見つめる蘭子。
 つと立ち上がり、胞衣壺を抱えて向かった先は、土御門神社内にある書物庫。
 書物庫はもちろん敷地全体に、魔物や怨霊の侵入を防ぐ結界が厳重に張られている。
 結界陣を開封して中に入り、開いた棚に静かに安置する。
「これでもう、世を惑わせることもないでしょう」
 再び結界陣を元に戻して、書物庫を後にする蘭子。


 翌日の土御門神社の応接間。
 井上課長、土御門春代、美咲と父親、そして蘭子が一堂に会していた。
 事件の詳細を説明する蘭子。
 その内容に驚愕する父親と、まるで記憶にないので首を傾げるしかない美咲。
 重苦しい雰囲気が漂う中で、最初に口を開いたのは春代だった。
「さて刑事殿。この事件の顛末をどうつけるつもりだい?」
 問われて言葉に詰まる井上課長だった。
 警察の役目は事件についての捜査を行い、被疑者の身柄や証拠などを検察へ送ること。
 一般的思考でいうなら、今回の事件の犯人は、神田美咲であることに違いはない。
 【人にあらざる者】が介在していることなど、理解の範疇には存在しないので、呪術
や魔法といった非科学的な犯罪は取扱しない。
 有名なところでは、藁人形に釘を打って対象を呪い殺す丑の刻参りがあるが、非科学
的で刑法も民放もこれを認めていない。
 現代の警察は科学捜査を基本としているからだ。
 美咲の部屋を捜査すれば、殺人現場の証拠は出るだろうが、犯人は誰か?となれば当
然として美咲の名が挙がる。
 殺人を立証するには、
 殺人方法
 殺害時刻
 凶器
 動機
 アリバイ
 遺体の移送方法
 などを検証しなければならない。
 遺体移送方法はもちろんの事、凶器は壺の中に封印済み、とにかく魔人のしでかした
ことの解明は不可能だろう。
 人事考課に汚点を残すことになるが、迷宮入りにするほかにないと考えていた。


 翌日。
 美咲の部屋に入った蘭子。
 魔人の術法によって人の目に見えなくなっていた血痕が、その消滅によって再び露わ
になっていた。
 式神を使役して床にこびり付いた血痕を、綺麗に拭い去った。
 ルミノール反応にも出ないほどに。
「証拠隠滅だけど……仕方ないわよね」
 井上課長の同意も得ていた。
 そもそも凶器の刀子も壺の中だし……。

 数日後の阿倍野高校一年三組の教室。
 一時限目開始のチャイムが鳴ると同時に、美咲が入室してくる。
「おはよー!」
 それに答えるように、クラスメートも応答する。
「おはよう」
「ひしぶり~」
「もういいの?」
「ありがとう、大丈夫よ」
 口々に挨拶が交わされる。
 そういったクラスメートから離れて、窓辺の自分の席に座り、ぼんやりと庭を見つめ
ていた。

 一つの事件は終わった。
 しかし、これで終わりではない。

 一つの事件は解決したが、蘭子の【人にあらざる者】との戦いはこれからも続く。

胞衣壺(えなつぼ)の怪 了


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