響子そして(四)愛する明人
2021.07.08

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(四)愛する明人

 遠藤明人。
 わたしのいる宿房の長だった。
 暴力団の組長の息子だった。その身分と、毎日のように届けられる差し入れによって宿房はおろか、少年刑務所全体の顔となった。その経歴は、五歳の時に、寝ていた母親を撲殺したのを皮切りに、数えきれない人々を殺傷し続けた根っからの悪玉だった。
 看守でさえ一目おいている。
 いつのまにかわたしは明人のお気に入りとなっていた。明人はわたしをいつでも抱ける優先権を獲得し、わたしを情婦のように扱った。わたしを独占したがったのだが、少年達の相手ができるのは、わたし一人しかいない。もてあます性欲のはけ口として、わたしは必要不可欠な存在になっている。それを取り上げてしまったら、反逆・暴動に発展するのは確実。所内での顔を維持するにも寛容も必要だった。しかたなく、他の少年達の相手をするのを黙認した。

 それまでのわたしの役目は、新しく入所した新参者に移った。
 毎晩のようにその新参者が襲われるのを黙って見ているだけのわたし。
 それが彼の運命なのだ。だれも止めることはできない。
 新参者は屈辱に必死に耐えている。
「馬鹿ねえ。あきらめて、女になっちゃえば楽になるのに」
 わたしは心で思ったが、最初の頃は自分も抵抗していたものだ。
 しかし当の本人にしてみればそう簡単に心を切り替えることなどできないのだ。

 そのうちに興奮してきた明人が、わたしの肩に手を回し唇を奪う。そしてそのまま押し倒されてしまう。
「咥えてくれ」
「ええ、わかったわ。明人」
 言われるままに、その張り裂けんばかりになっているものを咥えて、舌で愛撫する。やがてわたしの口の中に、その熱いものを勢いよくぶちまける。わたしは、ごくりとそれを飲み込む。
「尻を出せ」
「はい」
 わたしの心はすっかり女になりきっていた。なんのてらいもなく、四つんばいになって明人を迎え入れている。
 次第に明人に心惹かれていく自分がいた。

 ある日のこと、明人がシートパックされた錠剤を手渡して言った。
「これを飲むんだ。毎食後にな」
「なに、これ?」
「女性ホルモンだよ。いつも差し入れをする奴に、持ってこさせた」
「女性ホルモン?」
「そうだ。毎日飲んでいれば、胸が膨らんでくるし、身体にも脂肪がついて丸くなってくる」
「わたしに女になれというの?」
「完全な女にはなれないが、より近づく事はできる。頼む、飲んでくれないか」
「明人がどうしてもって言うなら飲んでもいいけど……」
「どうしてもだ」
「わかったわ。明人のためなら、何でも言う事聞いてあげるわ」

 わたしは思春期真っ最中の十代だ。
 女性ホルモンの効果は絶大だった。
 飲みはじめて一週間で乳首が痛く固くなってきた。
 胸がみるみるうちに膨らんできた。
 二ヶ月でAカップになり、半年でCカップの豊かな乳房が出来上がった。

 その乳房を明人に弄ばれる。
 全身がしびれるような感覚におそわれ、ついあえぎ声を出してしまう。
「あ、あん。あん」
 乳房やまめ粒のような乳首に、性感体が集中していた。
 脂肪が沈着し、白くきれいな柔肌になっている全身にも性感体が広がっている。
 成長途上にあった男性器は小さいままで、睾丸はどんどん萎縮しており、もはやその機能は失っていた。髭や脛毛なども生えてはこなかった。
 声帯の発達も、ボーイソプラノから、きれいなソプラノを出せる女性の声帯に変わりつつあった。もちろん喉仏はない。

 看守は、わたしの身体の変化に気がついていたが、だれも注意すらしなかった。
 明人の父親の組織の力が働いているようだった。女性ホルモン剤の差し入れがすんなり通っているのもそのせいだろう。


 芸術の秋。
 少年刑務所内において、毎年春と秋に行われる恒例の慰問会が開催されることになった。各種イベントや出店などが目白押しだ。
 実行委員長は、所内の顔である明人だ。
 わたしは明人に頼んで、その演目に舞台劇「ロミオとジュリエット」を入れてもらった。演劇が好きだったのでどうしてもやりたかったのである。
 もちろん、ジュリエットはわたしが演じる。劇団に所属し娼婦役を演じていたので、容易いことであった。問題は監督をはじめとする他の役者や道具係りを集めることだが、演劇好きな少年達を探し出して、わたしがお願いすれば、みんな快く参加してくれた。にわか劇団の誕生だ。
 舞台衣装は、作業所の縫製科で職業訓練をしている少年達に依頼して製作してもらった。もちろんわたしもそれに入って裁断やミシン掛けして手伝った。演じる舞台や小道具は、木工作業所の少年達。舞台背景は美術科、
 慰問会に際しては、看守側も通常の作業時間を減らして、劇団の練習や必要備品製作のための時間を作ってくれた。

 慰問会の日が迫り、所内では調達できない、照明器具や音響機器、特殊美術に必要な器材を、明人が特別許可を得て外部から搬入された。
 やがて所内の一角に舞台作りがはじまる。大工や鳶の職業を受けている少年が、組み上げていく。人手が足りないので、劇団員以外の少年達も声を掛けて手伝ってもらう。断る少年はいない。怪我したら大変と、ねじ釘一本持たせてもらえない。わたしは傍で、組み上がっていくのを眺めているだけで済んでいた。
 舞台稽古は一日しかない。当日の所内作業を休ませてもらって、朝から舞台衣装を着込んでの稽古。
 やがて本番の日が来た。
 わたしは貴婦人の着るドレスで着飾り、ジュリエットを完璧に演じた。
 ステージの真ん中でスポットライトを浴び、先に死んでしまったロミオの後を追って、毒薬を飲んで自殺する演技を披露する。
「おお! ロミオ、ロミオ。わたしを残してどうして先に死んでしまわれたの? いっそわたしも……。ここに、まだ毒薬が残っているわ。これを飲んで、あなたの元へまいります……」
 クライマックス、精一杯の声量を会場に響かせて、死への道を高らかに演じて死んでいく。そしてエンド。
 割れんばかりの拍手喝采だった。
 アンコールのステージに立ち、スポットライトを浴びるわたし。
 わたしはまさしくヒロインだった。演劇を続けてきた甲斐があった。
 こうして悲劇「ロミオとジュリエット」は、大成功した。

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特務捜査官レディー(四)蘇生術
2021.07.08

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)


(四)蘇生手術

 とある部屋、手術台に乗せられ裸状態の薫がいる。数本の輸液の管が腕に刺され、
酸素呼吸装置に繋がれ、何とか自発呼吸を続け生命を取り留めている様子だった。万が一に備えての人工心肺装置も用意されていた。
 薫の開腹手術が始まった。
「こりゃあ、だめだな……」
 マシンガンの掃射を受けて内臓はずたずただった。弾丸を摘出したくらいでは修復は不可能だった。手当は移植しかなかった。実際これだけの弾丸を受けて生きているのが不思議なくらいだ。たった一発の弾丸を受けただけでも、その衝撃で心臓麻痺を起こして死ぬ事もあるのだ。
 生に執着するよほどの執念でもあるのだろうか?
 英一郎は、硝子越しに見える隣の部屋のベッドに横たわる患者を見た。
 二十歳前後の日本女性で、頭部に弾丸を受けて脳死状態になってすでに十二時間以上立つ。呼吸中枢はまだ生きていて自発呼吸を続けてはいるが、いずれ完全死を迎えるのは必死だ。治療は不可能だから、このまま臓器を摘出しても構わないのだが、身体は無傷で心臓も動いている状態では、やはり躊躇してしまう。しかも同じ日本人だ。
 ショルダーバックに入っていたパスポートと身分証から、東京在住の薬学部に在学する女子大生と判明している。観光かなんかでこのニューヨークを訪れていたが、運悪く事件に巻き込まれてしまったらしい。同じく一緒にいた友人らしき女性は、心臓を射ち抜かれて即死、すでに臓器を摘出してここにはもういない。
 とにかく、このまま放っておいては二人とも死んでしまう。女性の患者は助けられないが、男性の方は臓器を移植すれば助かる可能性がある。
「やってみるか……」
 本当なら脳をそっくり移植することができれば、身体に一切傷をつけることなく生き返らせることができるのだが……、頭部に傷は残るが髪で完全に隠れてしまうから見破られることはないだろう。しかし、自分には脳神経外科の技術を持っていない。ほんのちょっとの傷をつけたり、ほんの数秒血流が跡絶えただけでも麻痺が残ってしまうデリケートな組織なのだ。傷をつけることなく、血流を跡絶えさせることもなく移植を完了させることは不可能だ。
「免疫反応はどうかな……」
 ここにはヒト白血球抗原(HLA)を調べる設備がなかった。
「例によって簡易検査で済ますか」
 二人の肝臓を少し採取して組織をばらばらにし、片側には人体無害の蛍光染料で染めてから、両組織を混ぜ合せて培養基に移して、しばらく蛍光顕微鏡で観察してみる。
 肝臓の細胞は不思議なもので、細胞分裂・増殖の速度が他の組織よりはるかに早くて、顕微鏡下で見ている間にもどんどん増殖していくのが観察できる。それは肝臓が人間の臓器の中で唯一、細胞内に核を二組持っている理由からだとされている。減数分裂時の生殖細胞を除けば、通常細胞の核は一組しかないが、なぜか肝臓は二組の細胞核を持っているのだ。
 もう一つ面白い現象がある。細胞同士が隣り合うとその間隙に毛細胆管組織を形成するように働く。肝臓は毒物などを処理した廃物(胆汁)をその毛細胆管に排出し、それらの毛細胆管が寄り集まって胆管となり、やがて胆汁分泌器官の胆嚢へと集合進化していくのである。
 増殖しながらも接触する細胞と連携しながら胆管組織を形成していく、二人のそれぞれの肝臓組織の動向を観察する。蛍光染料で染められた細胞とそうでない細胞がどう働いているか?
 もし拒絶反応があれば、接触した細胞は胆管形成することなく離れていくはずだ。
 結果は、二人の細胞は互いに仲良く寄り添うように増殖と胆管形成を繰り返していた。拒絶反応はまったく見られなかった。
「よしよし、オーライだ。免疫はパスだ」
 確率数万分の一というまさしく偶然の一致だった。同じ日本人だからこその結果だろう。もし二人の民族が違っていたらまず有り得なかったことだ。
「今、生き返らせてやるからな」

 その頃、敬は追っ手を何とか振り切り、一息ついていた。
 旅立ちの時に空港での、薫の母との会話を思い出していた。
「じゃあ、敬くん。薫をお願いね。あなただけが頼りなんだから」
「まかしておいてください」
 申し訳ない気持ちで一杯だった。薫を守る事もできず、その場に残したまま逃げ回っている。男として情けなかった。
「ちきしょう! せめて真樹の仇を討たねば済まさないからな」
 よろよろと歩きながら、夜の闇にかき消えるように姿が見えなくなった。

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