響子そして(二十五)終焉
2021.07.29

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十五)終焉

 真樹さんは健児が落とした拳銃を、ハンカチで包んで拾い上げて、鑑識に手渡していた。そしてわたし達に警察手帳を見せた。
「警察です。みなさんから調書を取らせて頂きますので、このまましばらくお待ちください。現在この屋敷にいるメイドは全員、女性警察官にすり替えてありますので、そのつもりでいてください」
 そうか全員女性警察官だったのか、だから知らない人ばかりだったのね。
「こんなものが、鞄に入ってましたよ」
「注射器と……これは、覚醒剤だわ。これで奴の裏が取れたわね」
「三つの重犯罪で、無期懲役は確定ですね」
「そうね……」
 などと鑑識係りと話し合っている。
「でもこんな拳銃を持っているような容疑者がいる場所に、女性警察官を配備するなんて、もし真樹さんに何かあったらただじゃ済まないのに。報道機関が放っておかないわ」
「あはは、彼女はただの女性警察官じゃないよ」
「え?」
「彼女は、厚生労働省の麻薬取締官いわゆる麻薬Gメンさ。麻薬や拳銃密売そして売春組織を取り締まる、厚生労働省麻薬取締部と警察庁生活安全局及び財務省税関とが合同一体化して警察庁内に設立された特務捜査課の捜査官なんだ。女性しか入り込めないような危険な場所にも潜入する特殊チームの一員なんだ。さっきの弁護士に扮していたやつとペアになって、これまで数々の麻薬・拳銃密売組織や売春組織を壊滅してきたエージェントさ。だから地方公務員の警察官とは違うから、場合によっては危険な場所にも出入りするのさ。国家公務員II種行政と薬剤師の資格も持ってるぞ。響子の警護役も担っていた」
「信じられない!」
「さっきの詳細な調書も彼らが調べ上げたものだよ」
「そうだったんだ」
 救急箱を持った別のメイド姿の女性警官が近づいて来た。
「ちょっと傷を見せてください」
「まさか、あなたも麻薬Gメン……?」
「ふふふ。わたしはごく普通の女性警察官ですよ」
「あ、そう」
「一応傷口の証拠写真を撮らせて頂きますね。傷害と殺人未遂の証拠としますので」
 と、言ういうと鑑識の写真係りが、傷口の写真を撮っていった。
「お世話かけました。じゃあ、傷の手当をいたします」
 わたしの傷の手当をしながら言った。
「彼女、すごいでしょ? 例えば売春組織に潜入するにはやはりどうしても女性でなきゃね。何にしても女性なら相手も油断するしね。でも普通の女性警察官を捜査に加えるわけにはいかないから、彼女が送り込まれるの。射撃の腕も署内では、二番目の腕前なのよ。女性警官達の憧れの的なの」
 と、制服警官や鑑識官などに指示を出している真樹さんに視線を送りながら言った。
「一番目は?」
「さっきの弁護士に扮してた人が一番よ」
「そうなんだ……」
 真樹さんが近づいて来た。
「あたしのこと、あまりばらさないでよ」
 私達の会話が聞こえていたようだ。
「もうしわけありません、巡査部長」
 と言いつつも、ぺろりと舌を出して微笑んだ。
 へえ……巡査部長なんだ……。しかも慕われているようだ。
 わたしの前にひざまずいた。
「怪我の状態は?」
「はい。かすり傷です。病院で治療するほどではありません」

「すみませんでした。こんな危険な目には合わせたくなかったのですが、奴の尻尾を掴むためには仕方がなかったのです。この現場のことだけでなく、自殺した時に関わった組織のことも合わせて伺わせていただきます。たぶん長くなると思いますので、今日は一端もうお休み下さい。明日改めてお伺いいたします」
 すくっと立ち上がって、
「済まないけど、響子さんを部屋に連れていって休ませてあげて、そして今夜一晩そばに付き添って泊まっていって頂戴、念のためよ」
「かしこまりました。巡査部長は?」
「今夜中に奴を吐かせてやるわ」
「色仕掛けで?」
「ばか……」
 こいつう、という風に女性警察官の額を軽く人差し指で小突く真樹さん。
 こんな事件の後は、思い出して脅えたり、恐怖心にかられる女性が多いそうである。
そのために、被害者のすぐそばで介護する女性警察官が居残るのだそうだ。
「じゃあ、頼むね」
「かしこまりました」
 敬礼をする女性警官。

「真樹さん。悪いが遺言状の確定を済ませたい。響子を休ませるのも、調書を取るのもその後にしてくれないか」
「仕方ありませんね……」
「響子、座りなさい。すぐに終わるから」
「はい」
 全員が席に戻った。連行されていった健児の席が虚しく空いている。
 祖父が厳粛に言い渡す。
「ちょっとしたアクシデントにはなったが、今の件で健児は相続人欠格者となったわけだ……。ともかく、響子が弘子を殺害に至った経緯には、少なからず健児の野望の罠にかかってしまったのは、明らかだ。もし健児が何もしなければ、弘子は今も生きており順当に儂の遺産を相続し、息子のひろしと幸せにくらしていただろう。この響子は、おまえ達の想像を絶する苦悩を味わい、生きていくために男を捨てて女にならなければならなかったのだ。それを判ってやって欲しい。一応おまえ達には遺留分に相当するだけの遺産を分け与えることにしたから、それで納得して欲しい」
「わたしとして全然貰えないよりましだわ。まあ、十億円あれば……あ、そうだ。弁護士さん、十億円だと相続税はいくらくらいになるの?」
「三億円を越えると一律に五割で、一億円以上三億円以下で四割ですね。もちろん基礎控除などを差し引いた額に対して課税されます」
「そ、そんなに取られるの? まあ、半分になっても五億円ならいいわ。正子は?」
 と最初に同意したのは、長姉の依子。それに答える次妹の正子が答える。
「そうねえ。わたしはどうせ長くないし、それだけあれば息子達も食べていくのには困らないでしょうし。美智子達はどうかな?」
 と、すでに亡くなっている長兄の一郎氏と次兄の太郎氏の子供達に尋ねた。
「遺産金は別にそれでもいいけどさあ。わたし、この屋敷で友達呼んでパーティーとか開いていたんだけど、これまで通りやらせてくれなきゃいやだわ。それさえOKなら承認してもいいわ」
 パーティーねえ……用は金持ちである事を、友人にひけらかしたいわけね。
「どうだ、響子? ああ、言っているが」
「構いません。どうせ一家族で住むには広すぎますから」
 一家族と言ったのは、もちろん秀治と結婚して生まれた子供と一緒に暮らす事を意味している。
「だそうだ、美智子」
「じゃあ、いいわ。承認してあげる」
「正雄はどうだ?」
「親父の子孫に十億円ということは、妹達と四人で分け合うんだろ。一人頭二億五千万円じゃないか。相続税払えば半分くらいになるかな……ちょっと足りない気がするんだが。美智子の方は一人きりで十億円だなんて、おかしいよ」
「何言ってんのよ。法律で決められているのよ。遺産を相続するのは叔父さんの兄弟であって、わたし達は死んだ親に代わって代襲相続するんだから、その子の数によって金額が変わるのは当然なのよ」
「ちぇっ。いいよ、どうせ俺には子供はいないし、それだけありゃ当面死ぬまで働かなくても食っていけるから。でもよお、美智子と同じく、屋敷と別荘は使わせてもらうからな。これまでそうだったんだ。いわゆる既得権ってやつを主張する」
「どうぞ、ご自由にお使いください」
「というわけで、お前達もいいな」
 と弟達に向かって確認する。
「べ、べつにいいよ。俺は」
「そうね……。おじいちゃんが響子さんに遺産を全額相続させるという遺言を書いた以上、貰えるだけましだわね」
「同じく」
 全員が納得して公開遺言状の発表が終わった。
「真樹さん。もういいよ。調書をはじめてくれ」
「わかりました」
「響子は部屋に戻って休みなさい」
「はい」

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特務捜査官レディー(二十五)取り調べ
2021.07.29

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十五)取調べ

 お盆に乗せて注文の品を運ぶ役の女性警察官。
「巡査部長。ほんとうに構わないのですね?」
 と確認する相手は沢渡敬。
「ああ、責任は俺が取るから、言うとおりにやってくれればいいんだ」
「わかりました。ちゃんと責任取ってくださいよ」
 取調室に入っていく。

「あ、きたきた。待ってたわよ」
 入ってきた女性警察官は、注文の品をわたしの前に置きながら、予定通りに盗聴器をテーブルの端の下側に貼り付けたようだった。
 もちろん局長に見つからないようにしているが、わたしも局長の視線が自分に向けられるようにオーバーなジェスチャーを入れながら話しかける。
「ここのクレープって本当においしいのよね。女子学生の頃、通学の途中にあるから良く買い食いしたものだったわ」
「通学の途中? というと薬科大学か?」
「あったり!」
「そうか……」
 考えている風の局長だった。
 そりゃそうだろう。
 薬科大学と麻薬課は切っても切れない関係にあるからだ。
 薬科大学卒業者の一部は警察署の鑑識課に就職している。
 局長と大学教授、そして鑑識課職員の間には黒い噂が立っている。大学教授が言いなりになる自分の弟子を鑑識課に推薦して、局長がそれを採用している。
 横流しの秘密ルートがそこに介在していても不思議ではないだろう。いずれも多種多様の薬剤が出入りするそこに、麻薬覚醒剤が不正取引されても発覚する確率は極端に低くなる。
 わたしはここぞとばかりに追及に入る。
「ところで押収した薬物はどうやって横流ししていますの?」
「何を言っているか」
「あらあ、わたしの組織では知れ渡っているのよ。押収し鑑識が済んだ薬物は封印されて一時保管された後に、厚生労働大臣の承認を受けて焼却処分され下水に流される。もちろんその際には県や都職員の麻薬司法警察員や麻薬取締官が立会う。でもすでにその時点ではすり替えられているという。本物は巧妙に持ち出されて運び屋に渡されるという仕組み」
「貴様……。なんでそんなことまで知っている? 何ものだ?」
「事実だと認めるわけね」
「そんなこと……。貴様の想像だろう」
「あら、残念。認めたくないと……。でも、素直に認めたほうがいいわよ」
「勝手にしろ」
「まあ、いいわ。さて……わたしが持っていた覚醒剤は、今頃どうなっているかしらね。本来なら鑑識が鑑定・封印して保管庫に入っているはずだけど。もうすり替えはすんだのかしら」
「何が言いたいのだ?」
「この警察内部における押収麻薬の取り扱いに関しては、すべてあなたが手なずけた直属の麻薬課の職員が担当していて、密かに横流しを行っていたから外部に漏れることはなかった。でもねそんな不正は、いつかは発覚するものよ。今日がその日なの」
「きさま! 何か企んだな」
「そうね。局長さんはいつも、すり替えたことが発覚しないように、証拠隠滅のために急いで焼却処分にかけていたものね。たぶん今日当たりがその日だと思う。今頃別の警察官が取り押さえに向かっているはずよ」
「馬鹿な。そんなこと……できるはずがない。私の命令なしに動くことなどできない」
「あら、わたしは『別の警察官』と言ったのよ。警察官は何もあなたのところだけじゃない」
「どういう意味だ」
「そう。別の……司法警察官よ」
「ま、まさか……麻薬取締官か?」
「あたりよ。今頃、取り押さえられているでしょうね。麻薬覚醒剤の密売に関する刑罰は、ものすごく重い。麻薬覚醒剤取引に関かれば、非営利でも十年以下の懲役。営利目的で一年以上の有期懲役と情状酌量で500万円以下の罰金。あなたの部下も刑を軽減することを条件に出せば、すべて告白してくれると思うわ」
「企んだな! そ、そうか……。沢渡だな。おまえ、沢渡の仲間か?」
 その時だ。
「その通りだ!」
 バン!
 と、勢いよく扉が開け放たれて敬と、同僚の麻薬取締官達が入ってくる。
「沢渡! それにそいつらは?」
「麻薬取締官さ。局長、年貢の納め時だよ。貴様がすり替えを命じていた警察官は、俺がとっ捕まえて吐かせてやったよ。ほらこのテープレコーダーにその時の証言が記録してあるぜ」
 と、マイクロテープレコーダーを見せた。無論、確実な証拠記録とするために、ICメモリーレコーダーは使わない。
「それから……」
 と、敬はテーブルに近づいてきて、盗聴器を取り出して見せた。
「盗聴器だよ。真樹との会話もすべて記録してある。いろいろと喋ってくれたから、証拠としても十分に役立つことだろう」
 
 同僚が近づいてきて、
「ほら、手帳だ。ここは、君が仕切るべきだろう」
 と、麻薬司法警察手帳(麻薬取締官証)を手渡してくれた。
「ありがとう」
 それを開いて局長に見せ付ける。
「司法警察員麻薬取締官です。局長、あなたを覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕します」
「こ、こんなことになるなんて……」
 がっくりとうなだれる局長。
 将来を約束されたキャリア組から、重犯罪者のレッテルを貼られる身分への転落。
 さぞかし無念だろうね。
 しかしそれも自らが招いたこと。
 わたしは、手錠を掛けて連行する。
「それじゃあ、敬。こっちの方はお願いね」
「ああ、まかせとけ」

 こうして、わたしと敬をニューヨークへ飛ばして抹殺しようと企んだ、生活安全局局長は逮捕された。
 わたしと敬は、次なる検挙すべき相手に、磯部健児を一番に据えたのだった。
 そう、甥である磯部ひろし、こと磯部響子を覚醒剤の罠に嵌めた張本人である。

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