梓の非日常/第三部 神条寺家の陰謀 part-4
2021.05.28

神条寺家の陰謀


part-4

 それから数日後。
 学校の教室で、梓と絵利香が会話している。
「例の女の人、あたしの仲間になったわ」
「そうなの? それで黒幕のことも話してくれたの?」
「少しずつね」
「少しずつ?」
「そりゃまあ、いきなり仲間になるというのも無理でしょ。本当に身の保証をしてくれるかわからないものね。様子をみながら少しずつ……ね!」
「なるほどね」

 そこへ聞いたことのある声がした。
 その人物は教室を見回して、慎二がいないことを確認するように言った。
「あら、梓さん。慎二君はどうしたの?」
 それは梓をライバルと思って、何かと言いがかりを付けてくる神条寺葵だった。
「ちょっとね」
 あえてはぐらかす梓。
「お久しぶりです。葵さん」
 絵利香が挨拶する。
 それを無視するかのように、
「もしかしたら、警察のご厄介になっているのかしらね」
 ……何故それを尋ねる?……
 思ったが、素知らぬ顔をして聞き返す。
「それにしてもなんであなたが、この学校にいるの?」
「知らないの?」
「知るわけないでしょ」
「近くの公民館で、高校生の英語弁論大会があってね。その帰りなのよ。もちろん優勝したわよ」
 と胸を張る。
「自慢するために、わざわざ来たわけね」
 米国生まれ育ちの梓と絵利香には興味のない大会なので参加していなかった。
「で、慎二君はいるの?」
 改めて確認を求める葵。
 すると背後から、
「俺ならここにいるぜ!」
 慎二が登場する。
 振り返って驚く葵。
「な、なんであなたがここにいるのよ」
「はん。警察にでも取っ捕まったと思ったか?」
 どうやら葵は、慎二が警察に逮捕されたと思っていたようだ。

「ねえ、教えて。どうして慎二が警察に捕まったと思ったの?」
「そ、それは……」
 返答に窮する葵。
「は、母が言っていたのよ。『沢渡が警察沙汰(ざた)になった今、真条寺梓も終わりね……』って」
 声を縛りだすように答える。
 葵の母親は、神条寺財閥の当主の神条寺靜である。
『真条寺家に財産を奪われた』
 と、何かにつけて因縁をふっかけてくる厄介な母親である。
「そっかあ、あんたの母親もとうとう認知症を患ったのかしらねえ」
 あえて事件のことは伏せて、とぼけてみせる梓だった。
「冗談言わないでよ!」
 さすがに自分の母親を馬鹿にされて怒らない娘はいない。
 ともかくだいたいの筋書きが見えてきた。

 事件を指導したのは、母親の神条寺靜のようだ。
 何かにつけて、真条寺家と張り合い、蹴落とそうと画策(かくさく)している。
 配下の者が失態を犯したので始末したが、この際こいつを使って梓に一泡吹かせてやろう。
 梓本人はガードが固いので、身辺にいる沢渡という男を使えばよい。
 そこで配下の組織を使って、例の部屋での殺人事件を演出したのだろう。

 まあ、何とか無事に脱出できたのは幸いである。
 どうやらこの事件に、葵は関わっていないようだ。

 葵が帰った後で、相談を続ける三人。
「例の殺人部屋に慎二君を拉致監禁した犯人が、慎二君の姿をみればどうするかしらね」
「はん? 見城とかいう奴とはまた別なのか?」
「ええそうよ。見城さんは、カルテを盗めと命じられただけだそうよ」
「なんか……スパイ映画みたくなってきたな」
「神条寺家も本気を出してきたみたいよ」

 梓が、これまで狙われたのは、
・帰国早々のファントムⅥブレーキ細工事件。
・交差点トラックひき逃げ事件。
・太平洋航路墜落事件。
・駆逐艦vs潜水艦対戦。
 などがあるが、一度失敗しても二度目にも仕掛けてくることがわかる。

「計画が失敗したと分かれば、当然二の矢を放ってくるでしょうねえ。上層部にバレれば消されるのは確実なんだろうから」
「犯人は事件現場に戻るって言うから、慎二君が拉致された場所に行けば、何かしら動きがあると思う」
「あん? 俺に囮(おとり)になれっちゅうんか?」
「大丈夫よ。命までは奪わないでしょうから」
「嘘つけ! 殺されかけたんだぞ!」
「それはそれとして……」
「ちょっと待てえ!」
「うるさいわね。それもこれも慎二君のためなんだから」
「俺のため? どういうことだよ」
「とにかく行動あるのみよ!」
 というわけで、一昨日梓と待ち合わせていた場所へと向かうこととなった。

 途中、竜崎麗香に事の次第を報告する。

 真条寺家執務室。
 電話に出て梓と応対している竜崎麗香。
「おとり捜査ですか?」
 梓の計画を聞き終わり、送受機を置くと他の場所へと連絡を入れる。
 財団法人AFC衛星事業部若葉台研究所地下施設の衛星追跡管理センターである。
「資源探査気象衛星『azusa 6号G機』に地上探査命令! 梓お嬢様の行く先々を探査して、周囲に潜む不審人物を洗い出してください!」
 宇宙空間を回る資源探査衛星に搭載された監視カメラは、地上を歩く人々の顔の表情まで映し出すほどの超高感度高精細の性能を持っている。
 晴れてさえいれば、梓の周辺に潜む怪しげな人物をいち早くキャッチしてくれるのだ。
参照=第二部/第二章・宇宙へのいざない(五)

 ところ変わって、ここは繁華街である。
 並んで歩く梓と慎二。
 慎二が誘うはずだったゲームセンターも見える。
 やがて裏通りへと入った。
「ここが誘拐現場なの?」
「ああ、女の子がカツアゲされているのに出会ってね」
「助けようとしたら、実は女の子も仲間だったというわけね」
「そういうこと。後ろからガツン! と殴られて気絶したようだ」
「それで気が付いたら、例の部屋の中だった?」
「まあな」
 その時、梓のスマホが着信した。
「はい」
 スマホに出る梓。相手は竜崎麗香である。
『お嬢様。そこから北へ百メートルの所に公園があります。それとなく向かってください。公園に入ったら、ベンチに慎二さまを残して、公衆トイレに入ってください』
「分かった」
 スマホを切ってから、
「ここで話しても無駄みたいだから、この先の公園に行きましょう」
 と誘う。
 適当なベンチに慎二を案内してから、
「ちょっとトイレ行くね。そこで待っていて」
 慎二を残して公衆トイレへと行く。
 トイレに入ると、早速スマホに連絡が入る。
「麗香さん。トイレに入ったわよ」
『これから言うことを良く聞いてください」
 麗香が伝えて来たのは、慎二のいるベンチを公園外のビル影からずっと覗いている人物がいるということだった。
「今からこっそりトイレを抜け出して、その人物の背後に回って確保するのが良いかと」
 そして迷うことなく実行する梓だった。

「見つけたわよ! そこで何をしているのかしら?」
 背後から、怪しげな人物に声を掛ける梓。
 それは女性だった。慌てて手で顔を隠す。
 バレてしまっては逃げるしかない。
 脱兎のごとく駆け出す女性。
 だが通路の先に人の塊が邪魔をして通せんぼしていた。
 梓が追い付いて、女性の肩に手が触れた。
 と、その瞬間。
 女性は、梓の手を掴んで一本背負いを掛けたのだった。
 宙を飛んでゆく梓だったが、体制を立て直して、猫の宙返りのようにスタッと地に降りた。
「あなたもやるわね」
 武術のたしなみがあると悟った梓は身構えた。
 しかし、女性はくるりと踵を返して反対方向公園側へと逃げ出した。
 そこには慎二が立ちふさがっていた。
「よお、そんなところで何をしてるんだ?」
 梓に気が付いて声を掛ける。
 女性が向かってくる。
「その人、捕まえて!」
 梓が叫ぶ!
「おお?」
 向かってくる女性に対して身構える慎二。

 捕まえようとするが、スルリと滑りこむように避けて通る女性。
「おりょりょ!」
 一瞬ビックリする慎二だったが、反射神経は抜群だった。
 まさに通り抜ける瞬間、むんずとその腕を掴んで路上に組み伏せた。
「きゃあっ!」
 思わず悲鳴を上げる女性。
「でかしたわ、慎二。そのまま押さえて逃がさないでね」
 駆け寄る梓。
「観念することね」
 通路を塞いでいた人々も寄ってきた。
「梓お嬢様、大丈夫でしたか?」
 と襟を捲(まく)って見せたのは、真条寺家SPのバッジだった。
 梓の近辺に常に張り付いて、影日向に梓の身を守る警備員だったのだ。一応警視庁警備部要人警護課特別班ということになっている。
 犯人が逃げ出さないように、通路を塞いでいたということ。
 やがてSP用護送車が到着した。
 すべては竜崎麗香が手配したものだ。
 本来SPが近くにいるならば彼らに犯人を確保させれば良いことなのだが、梓自ら乗り出してきた件であるがために、本人に任せるしかないだろう。
 でないと梓の機嫌を損ねるというのは重々承知の麗香だった。
 犯人には手錠が掛けられて、護送車に乗せられる。
 梓のスマホに麗香から着信する。
「今、彼女が車に乗せられて行ったけど、この後どうなるの?」
 素直に尋ねてみる。
『現状実質的には、慎二君を監視していただけで、今回の事件の実行犯と断定することはできないかと思われます』
「まさか拷問とか自白剤とか使って白状させるの?」
『そんなことは致しません』
 麗香が解説するには、ビッグデータによる動線調査を行うということだった。
 梓の一挙一動が、各地にある監視カメラや、人工衛星カメラによって、常時監視されていることは公然の秘密である。
 同様に最重要人物としてマークされていた沢渡慎二に対しても、衛星追跡は行っていないが、町の監視カメラによって動線の軌跡は記録されていた。街中で犯人達によって拉致される場面も、今回捕まった女性の顔の表情もくっきりと記録されていたのである。

 その頃。
 神条寺家執務室では、不甲斐ない手下の失態続きに、激怒する神条寺靜がいた。
「不甲斐ないわね! たった一人の一般人すら篭絡(ろうらく)できないの⁉」
 逆鱗に触れたような感情を高ぶらせて叱咤しつづける。
 部下達にとっても緊張を緩めることのできない時間が延々と続くわけだ。
「真条寺家の竜崎麗香様からTV電話が入っております」
 隣室の秘書が伝えてきた。
「麗香だと?」
 部下に鋭い一瞥を与えてから、
「もういい! 下がりなさい」
 と退室を命じる。
 ホッと胸を撫で下ろしながら静かに退室する部下達。
「こちらにまわして」
 デスクのPCのTV電話に出る靜。
『お久しぶりです、靜さま。竜崎麗香です』
「世話役ごときが何の用ですか?」
「沢渡慎二という人物はご存じですよね?」
「誰ですか? その方は?」
 しらばっくれる靜だったが、麗香は平然と続ける。
「実は、沢渡君が拉致監禁されましてね。無事脱出は出来たようですが……。ああ、今から拉致監禁される現場の監視カメラの映像を送りますのでご覧ください」
 やがて監視カメラの映像に切り替わる。
 町の一角で一人の男性が囲まれており、背後から鉄棒で殴られて気絶させられ、やがて車に乗せられて運び出される。
 と再び麗香の映像に切り替わった。
「先ほどの男性が沢渡慎二君です。そして男たちの中に一人いた女性は、我々が確保しております。さて、ここまでお伝えすれば、わたくしが何を言いたいかは理解できますよね」
 映像が切れてTV電話は終わった。
 しばし呆然とする靜。
 やがて我に返って、
「警察庁長官に連絡を取って」
 と執事に伝える。

 それから何事もなく過ぎ去ったある日の放課後。
 教室で談話する梓と絵利香に慎二の三人。
「どうやら麗香さんが手を打ってくれたみたいよ」
「よかったわね、慎二君。警察沙汰にならなくて」
「ところでよお、例の部屋のある家ってどうなったんだ?」
「床下から抜けて、別の変な場所に出たという?」
「それなら火災が発生して消失したわよ」
「たぶん証拠隠滅ってところでしょ」
「そうなのか? しかし何か変な家だった。本当にあんな風な家はあるのだろうか?」
「思うんだけどさ……」
「なになに?」
「本当は、例の部屋の床下から隣室に入って、そのまま玄関から外に出たんじゃないの?」
「ソファーの下に隠し地下室があるというのは無理筋ね」
「ライオンとかがいたり、謎解きしながら部屋を巡るって、何かのゲームみたいじゃない。前日に徹夜でゲームやってて、その続きの夢見たということは?」
「ゲームをやってた記憶はないが……」
「もしかしたら、薬による幻覚か妄想、でなければ単なる悪夢だったんじゃないの?」
「そうかなあ……」
 納得し難い慎二だったが、家が燃えて灰になった今、それを証明することは不可能だった。

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梓の非日常/第三部 神条寺家の陰謀 part-3
2021.05.21

神条寺家の陰謀


partー3

 どこからか学校のチャイム音が鳴り響いている。

 閉じ込められていた場所から、無事に脱出できたのは良いが、これからどこへ行けばいいのか分からなかった。
 催眠剤の副作用なのか、記憶があいまいなのだ。
 自分の名前さえも思い出せないのだ。
 近くの学校の前をウロウロしていると、背後から声を掛けられた。
「よお! 早いじゃないか」
 振り返ると、どこかで見たような顔覚えのある少年だった。
「遅刻するぞ! 急げよ」
 というと、さっさと校内へと走り去った。
 続いて現れたのは、
「きゃあ~! 遅刻しちゃうよお」
 やはり見覚えのある女の子であった。
「慎二君も急いだ方がいいわよ」
 というと、やはり校内へと急ぐ。
「慎二?」
 辺りを見回すも、自分以外誰もいない。
「俺の名前か?」
 思い出せない。
「おい、沢渡!」
 今度は野太い声がした。
 中年の男が立っていた。
「遅刻だぞ。早く教室へ行け!」
 どうやら自分のことを知っているみたいだ。
 沢渡、そして慎二……? それが俺の名前なのか?
「教室? どこ?」
「ふざけているのか? 1年A組だろが!」
 と言われても意味が分からず、他の場所へ行こうとすると、
「おちょくっているのか? ちょっとこい!」
 と言って、職員室へと連行されました。
 お説教を喰らって、結局1年A組へと向かうことになります。

 1年A組といわれても、校内のどこにあるのか分からず、うろちょろしていると、
「沢渡君、何しているの?」
 女性教諭に声を掛けられた。
「いえ……教室が分らなくて」
「何言っているの? 目の前にあるじゃないの」
 見ると、教室表示プレートに1年A組と記されていた。
「遅刻ね。まあ、いいわ。今度だけは許してあげるわ。さ、入りなさい」

 どうやら俺は、沢渡慎二という名前で、1年A組の生徒らしかった。
 女性教諭と一緒に教室に入る。
 校門前で見かけた男女もいた。
「席に着きなさい」
 手招きしている女子生徒がいた。
 その隣の席が空いており、そこに座るように促しているようだ。

 席に座ると授業が始まる。
 机の上に何もないのもぎこちない。
 机の中をまさぐってみると、何冊かの教科書が入っていた。
 学校に教科書置いておくなんて、どんな勉強しているのか?
 いや、そもそも勉強していないのではないだろうか……。
 女性教諭は国語担当みたいだ。
 なので国語……あった!
 国語の教科書を出して机の上に置く。

 そうこうするうちに、授業が終わる。
 すると彼の元に、親しげに集まってくる生徒達がいた。
「慎二、酷いじゃない。約束破ったでしょ」
「約束? 何のこと?」
「しらばっくれないでよ」
「そうよ。梓ちゃんにゲームセンターというところを案内してあげると言ってたじゃない」
「ゲームセンター?」
「梓ちゃんが行ったことないっていうから、案内してやるとか言ったでしょ」
 考え込んでいる慎二。
「どうしたの? 今日の慎二君変よ」
 どうやら二人の女の子は、慎二とは親しい間柄のようだ。
 二人は、慎二の身に降りかかった事件を知らない。
 彼女らなら大丈夫だろうと、事情を説明すると、
「大変な目に会いましたね」
「そうなると当然、警察が動いてるわよね。下手に動くと警察に捕まって、殺人犯にでっち上げられるかもしれないわよ」
「ほんとうか?」
「当然よ。警察も馬鹿じゃないわ、現場の指紋は取られているだろうし、慎二君は警察のご厄介になって、指紋取られたことあるんじゃないの?」
「そうね。喧嘩は日常茶飯事だもんね」
「お、覚えていないんだが……」
「そっか、記憶がないんだっけ」
「ちょっと待ってね」
 梓は、そういうと携帯を取り出して、連絡を入れる。
 もちろん専属秘書? の竜崎麗香のところである。
 慎二から聞いた内容を話している。
 通話が終わり、慎二に向かって、
「ともかく記憶がないというなら、病院で精密検査を受けた方がいいって」
「精密検査?」
「ほら、前にも慎二君が入院した、若葉台研究所付属病院よ」
「って言われても……」
 記憶がないからと言いかけて、梓が応答する。
「ともかく記憶を取り戻さない限り、事件を解決することもできないわよ」

 精密検査を受けることを承諾して、梓の御用車であるファントムⅥが迎えに来て、若葉台研究所附属病院へと直行した。
 下手に出歩くと、警察に捕まってしまう懸念があるからである。
 早速VIP待遇で、予約待ちしている一般患者より早く、いの一番で検査が開始される。
 警察よりも早く手がかりを見つけるためである。
 やがて結果が報告される。
「ベンゾジアゼピン系向精神薬つまり睡眠導入剤ですね、微量ですが検出されました」
「どういうものですか?」
「この薬には頻度は稀ですが、入眠までの出来事や中途覚醒時の出来事を覚えていないなどの症状があらわれる場合があります」
「ということは薬を盛られて、例の部屋に閉じ込められたってことは証明できるかもね」

「処方薬なら、処方箋から購入者を特定できませんか?」
「そうですねえ、この薬は作用が強くて薬物依存症を引き起こすので、一般の睡眠導入剤としては、処方されることは少ないですし、処方箋は薬剤師法により調整済みのものは3年間の保存義務はありますから。ただし、個人情報保護法もあり、患者以外の者に開示されることはないと思います」
「犯罪捜査で警察なら調べることはできそうね」
「どういうこと?」
「処方箋を調べて、慎二君に処方されていないことが証明できれば、他の誰かに薬を盛られたということも証明できるんじゃない?」
「なるほど」

「万が一慎二君が逮捕されたとしても、無実の証明道具として使えそうね」
「言い換えれば、犯人にとっては弱点というわけね」
「どういうことだ?」
 それに答えずに、
「そうねえ……慎二。今夜あたしと付き合ってくれるかしら」
 と誘う。
「夜中のデートの誘いか?」
「いいから付き合うの付き合わないの?」
 何せ、お尋ね者状態なので、単独行動はご法度である。
 その日は、絵利香の用意したホテルに滞在して夜を待つこととなった。
「今夜連絡するから、バイクでいつでも出られるようにしておいてね」
「バイクでか? 夜のツーリングもいいもんだぞ」
「バイク乗りってことは覚えているのね」
「え? ああ、なんとなくそう感じたんだ」
「少しずつ思い出せるわよ」
「ともかく、忘れないでね」

 その夜の研究所付属病院の敷地。
 バイクに乗って戻ってきた慎二と梓。
 病院を見渡せる場所に身を隠している。
「病院にまた来るなら、病院の個室や当直室とかで休んでいれば良かったんじゃないのか?」
「だめよ。どこかで監視されているかも知れないから、病院を出たことを確認させなくちゃいけないのよ。でないと次の行動を起こさないから。バイクでの移動も追跡されにくいからよ」
「次の行動ってなんだよ?」
「今に分かるわ……しっ! 来たみたいよ」
 病院の職員通用口に近づく影。
 怪しげな人物が忍び込もうとしていた。
 通用口の鍵をピッキング工具で開けて、研究員に見つからないように、慎重な忍び足で潜入したのはカルテ室だった。
 コンピューター端末の電源を入れて、患者を検察する。
「これね」
 見つけ出した患者名のカルテ開示ボタンを押すと、電動書類棚の一端が動いて目指すカルテが斜めに飛び出した。
 そのカルテに手を掛ける侵入者。
 その途端だった。
「そこまでよ!」
 背後で強い口調で制止する声。
 と同時に部屋の照明が点けられた。
 振り返り身構える侵入者。
「たぶん夜襲を掛けて、犯罪の反証明となるカルテを奪いにくると思っていたわ」
「……」
「誰に頼まれたの?」
「……」
 無言で答えない。
 出口は完全に塞がれている。
 取れる行動は一つだった。
 ナイフを取り出すと、その首に突き刺したのだった。
 その場に崩れる侵入者。

 救命しなければ、犯人に繋がる糸を絶つことになるし、おそらくは背後にいるだろう黒幕の正体も見失ってしまう。
 幸いにも、ここは最新設備の揃った病院である。
 望むと望まぬに関わらず、生命維持させることは可能である。
「救命措置をしてください。手がかりを失うわけにはいきません」
 梓の指令のもと、救急治療室へと運び込まれた。
 当直の医者達が集まって緊急治療を開始した。


 数日後。
 侵入者が意識を取り戻したとの報告を受けて、病院へとやってきた梓達。
 その部屋は、窓には銃弾をも跳ね返す特殊超硬ガラスがはめられており、外へ出るには医者が常時待機している医局の中を通らなければならないので、気付かれずに逃げ出すことは不可能である。
 そもそもが、梓のようなVIP患者を診療する特別部屋でもあったのだ。
 入室すると憮然(ぶぜん)としている侵入者がいた。
「気分はどうかしら?」
 梓が明るい表情で尋ねると、
「どうして助けた?」
 警戒している風だった。
「助けるも何も、死にそうな人がいたら助けるのが病院の責務でしょ。ここは病院なんだからね」
「……」
 黙り込む。
「ああ、ここの治療費は心配しないでいいからね。見城春奈さん」
「ど、どうして名前を?」
 自分の名前を当てられて、驚いた表情をしている。
「あなたも組織の人ならば、あたしのバックにある組織のことも知っているでしょ? あなたの顔写真や血液型のビッグデータをちょいと調べれば分かるわよ。免許証や受験票などデータとして登録されている情報にアクセスすればね」
 心当たりあるという表情をしている見城。

「組織の指令に失敗したあなた、消されるわね」
 その一言で、表情が少し青ざめる見城だった。
「慎二君が嵌められたあの部屋の遺体も、指令に失敗して消された組織の人ではなくて?」
 黙秘権を行使している。
「あなたの組織って冷酷非情みたいね。いらなくなった部下を平気で見殺しにするんだから。そして、何の関係もない人を陥れることもする。慎二君のことよ」
「……」
「ねえ、この際。あたしの組織に入らない? あなたの組織から身を守ってあげられると思うよ」
「……遠慮する……」
 つっけんどんに答える。

「あなたの組織は、当然あなたのことも密かに尾行していると思う。ちゃんと任務遂行しているかどうかをね。もしこのままここを出たら、口を割って組織のことを喋ったと思われて抹殺されるわよ。でもあたし達の仲間になれば、身を守ってあげられるから」
 だからといって、
『はい、お願いします』
 とは、すぐには即答できないであろう。
「また明日来るわ。答えを出しておいてね」
 言い残して部屋を出る梓。
「逃げ出さないように、しっかり監視しておいてね」
 医局員に念押しする。
「かしこまりました。二十四時間監視しております」

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梓の非日常/第三部 神条寺家の陰謀 part-2
2021.05.14

神条寺家の陰謀


partー2

 床下を四つん這いになって進む。
 やがて、前の部屋のような床下収納庫と思われる場所に出た。
 ボックスこそないが、埋め込み半回転式の取っ手の裏側が突き出ている。
 直接上に出られるようだ。
 そこには、犯人が待ち構えているかもしれないが……。
 耳を澄ませて、上の床の音に耳を傾ける。
 足音などの生活音がないか。

 静かだった。

 少し蓋を持ち上げて、部屋の中を懐中電灯で照らしてみる。
 誰もいないようだ。
 音を立てないように、静かに床下から這い上がる。
 台所のようで、ドアが二つあるだけで窓のない殺風景な部屋だった。
 一つは玄関ドア。もう一つは隣の部屋に通じているようだ。
 調べ回ってみたが、何も見つからなかった。

 玄関ドアのカギを開けて外へ出ようとしたが、ここも鍵が掛かっていて出られなかった。

 仕方なく、玄関は無視して隣の部屋に向かいます。
 こちらも真っ暗だったが、ドアの壁際に照明スイッチがあった。
 やはり照明はあった方が良いだろう。
 ドアを閉めてから、照明を点けた。

 ソファーやら書棚とかが置いてあって、リビングルームという感じだった。
 ふと疑問が沸いた。
 殺人部屋はベッドはあるものの、まるで物置みたいだったが……。
 この住居の全体像が想像つかない。
 アパートなのか? 個人の住宅なのか?

 ともかくリビングを調べ始める。

 まずは本棚からだ。
 よくある話に、本棚がスライドして隠し通路が現れるとかがある。
 試しに本棚を横から押してみたが、ピクリとも動かなかった。
 どこかにスイッチがあって、電動で動くかもしれない。
「片っ端から、本を動かしてみるか……」
 ともかく本棚の右上段から順番に本を動かしてみる。
 探す途中で、本のページからはみ出た紙切れが見つかった。
 紙切れには、色覚テストに使われるような模様が描かれていたが、複雑すぎて何が描かれているか判読できない。
 五段ある本棚の三段目まで調べ終わる。
「何か仕掛けがあるとしたら、普通は手を掛け易い目の高さ辺りだと思うのだが……」

 さらに念入りに、本棚をさらに調べてみると、一番下の本の隙間に何か隠れていた。
 取り出してみると、チュールと呼ばれる猫のオヤツが一本入っていた。
 役に立つか分からないが、ともかく持っていくことにした。


 ソファーを調べてみる。
 見た目は、ごく普通のソファー。
「座面を持ち上げると、小物入れになっているものがあるよな」
 持ち上げようとしたが、残念ながら固定されていた。
「外れたか……」
 横へずらしてみようとしても駄目だった。
「腰が痛え……」
 床下を這いずり回っていたので、足腰を痛めたようだ。
 ソファーの背もたれに持たれかけて、思いっきり背伸びしてみた。
「うわわっ!」
 背面側に重心を持っていきすぎたのか、ソファーの前脚部が持ち上がって、後ろに倒れ込んでしまう。
「こ、これは⁉」
 ソファーが倒れたことで、床に隠し扉が現れた。
 床下収納庫……? ではなさそうだった。
 蓋には鍵穴が仕込んであったのだ。
「金庫か? それとも下へ続く通路か?」
 試しに、持っていた鍵の束で開けてみる。

 カチャリ!

 鍵の一つが合って、蓋が開いたのだった。
「階段だ! 地下室に通じているのかな?」

 ここは降りてゆくしかないだろう。
 念のために部屋の電気を消してから、いざ! 地下室へと向かった。

 階段を降りると、鍵の掛かった扉があったが、先ほどの鍵で開いた。
 扉側の壁にスイッチがあったので点けてみる。
 ここまできたら、スイッチに罠があるかなんて、もうどうでもよくなっていた。
「また部屋かよ……」
 中は、画廊のような風景であった。
 いくつかの彫刻と絵画が展示されていた。
「そとに通ずる道は?」
 入ってきた反対側に、横スライド式の電動らしきドアがあった。
 手でこじ開けようとしたが、びくともしなかった。
「どこかに電動ドアのスイッチがあると思うんだけどな……」
 それらしきものはあった。
 ドアの側の壁際に銀行ATMでよく見るような、暗証番号入力式のプッシュキーが並んでいた。
 適当に打ち込んでみようかと思ったが、間違った場合に警報が鳴るかもしれない。
 3回間違えるとロックされるとか……。
「忘れた場合に備えて、どこかに暗証番号書いたメモ帳とかないかな?」
 まずは絵画の裏を探してみる。
 額縁を動かすと、一枚の赤色をした透明シートがヒラヒラと舞い落ちた。
「赤の透明シート? そうかアレだ!」
 ピンとくるものがあった。
 本棚の本に綴じてあった、色覚テスト用のような紙切れだ。
 透明シートで紙切れを透かして見る。
「5963か」
 電動ドアの暗証番号だと思われる。
 こんな手間暇かけるより、素直に紙に番号を書いておけばいいのに……。
 と、思ったが考えるのをやめた。
 すぐ分かる場所に、すぐ分かる方法で残していたら暗証番号の意味がない。

 自動ドアの所に戻って、プッシュキーを押す。
「ごくろうさん……と」
 ピポパポと音がして、ドアが開いた。

 そのまま出ようとも思ったが、念のためにさらに部屋を探してみる。
 彫刻の中に手の上に何かを持っている仏像があった。
 調べてみると、今度はグレーの透明シートが入っていた。
「グレー透明シートか……。また何かを透かして見るのかな?」
 とりあえず貰っておく。

 他には見当たらないので、自動ドアから外へと向かった。

 そこは通路で、正面と両側に4つのドアがあった。
「とりあえず手前から調べてみるか」
 手前左のドアを開けようとするが締まっていた。
 持っている鍵束で開けて入ってみる。
「ハズレだ! 何もねえや」
 手前右の扉も何もなかった。
 先方左手ドアは、合う鍵がなくて開けられない。次だ。
 先方右手ドアを開けると……。

 そこには、猛獣のライオンが待ち構えていた。
「なんでこんなところに、ライオンがいるんだよ!」
 とっさに持っていたナイフで応戦する。
 ライオンを倒して、部屋の中を探してみる。
「ライオンが守っていたんだ! きっと重要な何かが隠されているはずだ!!」
 丁寧に隅から隅まで探してみる。
 机が置いてあり、引き出しから新たな鍵が見つかった。

 その部屋を出て、通路に残る正面の扉の前に立つ。
 鍵束の鍵は合わなかった。となると……、
「さっき手に入れたばかりの鍵か?」
 ライオンを倒して得た鍵を差し入れてみると、開いた。

 そこはまた別の部屋だった。

 ガランとして何もない部屋だった。
 扉も今入ってきた所しかない。

「しかし何もないってことはないんじゃないか?」
 今まで手にしてきたアイテムを取り出してみる。
 まだ使っていないのは、猫用おやつのチュールとグレーの透明シートだ。
 猫はどこにもいないから、今使うのは透明シートか……。
 グレーの透明シートで部屋の壁を透かして見る。
 すると壁の一カ所に何やら浮かんできた文字があった。
「そうか! これは偏光板だったんだ」

 参考=Nitto実験動画「偏光板 魔法のフィルム篇

『ここまで来た中に猫のいる部屋がある。最後の鍵は猫が持っている』
 猫のいる部屋? 鍵を持っているだと? ライオン(ネコ科)のことじゃないよな。
 ともかく戻って、もう一度よく確認してみよう。

 先ほどの五つの部屋があった通路に戻ってみる。
「何もないと思ってみたが、何かあるのか?」
 画廊から見て手前右手扉に入ってみる。
「猫はいるか?」
 いないようだ。
 手前左手扉の部屋にも、猫どころか鼠もいない。
 最後に、先方左手扉の部屋だ。
「ここは鍵が合わなかったよな……。待てよ、最後の鍵といっていたな」
 よく見ると、ドアの下側に小さな扉があった。
「これか!? 猫用通路口だ!」
 前回見に来た時は、下の方に目がいかなかったので気付かなかったようだ。
 この扉の中に鍵を持った猫がいるのか?
「猫ならコイツに反応するかな……」
 チュールを開封して、猫通路口から差し入れてみる。
 すると、中の方でコトンと音がした。
「にゃーん!」
 猫がチュールにしゃぶりついてきた。
 チュールを手前に引くと、釣られて猫も外へ出てくる。
 その首には鍵がぶら下がっていたのだ。
 猫を捕まえて、最後の鍵を手に入れた!
 チュールを全部舐め終わった猫が、足元にじゃれついてくる。
「よしよし。いい子だ」
 最後の鍵を使って、その扉の錠前に差し込んでみると、見事に開いた。
「ここが最後なのか?」
 部屋の中に入る。

 そこは窓のある明るい部屋だった。
 開いた猫用のゲージがあり、餌皿と水飲みが置いてあり、ここで放し飼いされているらしい。
 ということは、いずれ飼い主がやってくるかもしれない。
 もしかしたら、そいつが殺人犯か?
 もちろん、トットと逃げ出すに限る。
 ドアには、円筒錠というごく普通の錠前が付いていた。
 外からは鍵が必要だが、内からは鍵なしで開くという奴。
 手を掛けて回してみると、何の抵抗もなく開いた。
 外へ出てみると、光ある世界だった。
 振り返ってみると、今までいた所は何やら研究所のような建物だった。

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梓の非日常/第三部 神条寺家の陰謀 part-1
2021.05.07

第三部 神崎家の陰謀
ノベルアドベンチャーゲームシナリオ(小説版)


part-1

 目が覚めると、何も見えない暗闇だった。
「ここはどこだ?」
 どうやらベッドの上に寝ているようである。
「くうっ!頭が痛い……」
 どうやら、誰かに催眠剤のようなもので眠らされて、ここへ運び込まれたようだ。
「……」
 思い出そうとするが、何も思い出せない。自分が誰なのか?名前さえも覚えていない。
 いつまでもこうしていても仕方がない。彼は、ベッドを降りて辺りを探り始めた。
「出口はどこだろう?」
 何も見えないので、慎重に足を運ぶ。
「痛い!」
 何かに躓(つまづ)いて転んでしまう。


 ともかく、この現状を打破するためにも、
 調べる以外にないだろう。
 床をまさぐるようにして、
 躓いた何かを触ってみる。
 何か生暖かい物に触れた。
 さらに場所を変えて触っていくと……。
「足だ!」
 人間の足のようだった。
 なんで人間が倒れているのか?
 生きているのか?
「あの、あなた……」
 声を掛けてみるが、返事はない。
 足から胴体へと移っていく。
「服を着ていない?」
 裸のようであった。
 胸のところにきた時、なにかヌメヌメした液体に触れた。
 裸でヌメヌメした液体……。
「血だ! 死んでいる?」
 どうやら、血を流して倒れている。
 驚いて、その身体から離れ引き下がってしまう。


 人死には怖いので、部屋を調べることにする。
 四つん這いで壁際にたどり着いた。
 立ち上がり壁沿いにドアがないか調べはじめる。
 手を一杯に上へ伸ばしたり、
 床付近まで降ろしたりして感触を頼りに、
 丁寧に壁を調べて回る。
 ドアが見つかった。
 しかし鍵が掛かっているようで、
 ドアノブをガチャガチャ動かしてみたり、
 体当たりして開かないかチャレンジしたが、
 びくともしなかった。
 鍵穴らしきものはあった。
「鍵が必要だな」
 念のため四回、部屋の角を回ったが、
 他に出口らしきものは見当たらなかった。
 鍵ならば、床に倒れている人物が持っているかもしれない。
 もう一度、人物を調べてみるしかないようだ。
 人物の所に戻ってみる。
 手探りで調べると、胸にナイフのようなものが刺さっていた。
 やはり死んでいるようだ。
 血液が完全に固まっていないところをみると、
 死んでからそう時間は経っていない。
 結局何も身に着けていないことが分かった。


 他に調べられるとしたら、
「俺の寝ていたベッドか……」
 自分が寝ていたベッドに戻って調べ始める。
 鍵が見つかれば良いが、
 なければせめて明かりが欲しいところだ。
 暗闇の中、手探りでは見つかるものも見つからない。
 布団を退けたり、枕の下を探ったりしたが、何も見つからない。
 つと、つま先にコツンと何かが当たった。
 コロコロと転がる音。
「何だ?」

 音を頼りに、その何かを探し求める。
「確か、この辺で止まったような気がするが……」
 手探りで床をくまなく探すと、それは見つかった。
「百円ライターか!」
 千載一遇(せんざいいちぐう)の好機。
 これの火が点けば現場がはっきりと見渡せるはずだ。
 ただし、遺体の惨状も目に飛び込んでくることになる。
 しかし躊躇していられない。
 ここから出るためには、そんなことは言っていられないのだ。

 無臭の引火性ガスが漂っていたら一巻の終わりだが……。
 しかし、明かりがなければ解決の糸口を見つけることも叶わない。

 ライターの火を点ける。
 真っ暗闇の中に、ライターの火が辺りを照らした。
 床に倒れている人の姿が浮かび上がる。
 どうみても裸で死んでいるとしか思えない。
 人の方には意識しないようにして、周囲を見渡す。
 部屋の中は、殺風景なまでにベッドしかなかった。
 窓はなく、出入り口はあのドアだけなのか?
 そのドアの壁際に照明用のスイッチらしきものがあった。
 暗闇で調べた時には気がつかなかった。

 スイッチを入れて照明が点いたら、 犯人に察知されるかも……。
 そう思ったが、心細いライターの灯りだけでは、物を探すのは辛い。
 スイッチを入れてみると点かなかった。
「電気が通じていないのか?」
 天井の照明に向けて、ライターをかざしてみる。
 蛍光管が入っていなかった。

 ずっとライターを点けていたので、手元が熱くなってきていた。
 ガスが無くなっては大変だ。
 火を消し、ベッドに腰かけて考えることにする。
 これまでのことをまとめてみる。

・そもそも、自分がここに運ばれた理由や経緯。
・そして何より、床に倒れている遺体。
・遺体のナイフはいずれ役に立つかもしれない。
・ドアを開けるには鍵が必要。
・部屋をくまなく捜索するには、やはり天井の照明が重要だろう。
 点くかどうかは不明だが。
・ライターのガスには限りがある。


 考えても分からないので、捜索を再開することにする。
 ライターを点けて、もう一度部屋の中を見渡した。
 ベッドと遺体の他は何もない。
「……? ちょっと待てよ」
 彼は気が付いた。
 遺体から流れ出た血液が、一部途切れていたのだ。
 それも直線的にだ。
 まるで吸い込まれるように……。
 よく見ると床に正方形の溝があり、埋め込み半回転式の取っ手が付いていた。
 台所によくある床下収納庫のようなものではないのか?
 遺体のナイフを不用意に抜いて、さらに血が流れていたら、溝を埋めて気付かなかったかもしれない。
「もしかしたら、この下に何かあるのか?」
 遺体に怖がって注視していなければ、完全に見落としていた。
 ただ、遺体が上に乗っているので動かさなければ、蓋を開けられない。
 触るのは怖いが……。
 遺体を動かして、床下収納庫を調べることにする。

 蛍光管と懐中電灯があった。

 懐中電灯のスイッチを入れると、点いた!
「やったあ!」
 思わず声を出して喜ぶ。
 さらに天井の蛍光灯が点けば、この部屋全体をくまなく調べられそうだ。
 蛍光灯を点けたまま床に置いて、ベッドを蛍光灯の真下に動かし、蛍光管を取り付けた。
 そしてドアそばの照明スイッチを入れた。
「点いたぞ!」
 蛍光灯の明かりが、こんなにも頼もしく感じたことはない。


 ライターに比べれば、眩いばかりの光によって、捜索は捗るかと思われる。
 今まで気づかなったことも明らかになるだろう。
 もう一度念入りに部屋の中を探し始める。
 壁に色が変わっている場所があった。
 手のひらを当てて、右にスライドさせると、中は戸棚となっていた。
「鍵だ!」
 十本くらいの鍵の束が入っていた。
「これで扉が開くか?」
 小躍りしてドアの所に駆け寄る。
「だめだ! 合わない」
 いずれの鍵もドアの錠前には合わなかった。
 消沈するが、鍵は後で役に立つかもしれないと持っていることにした。

「待てよ。床下収納庫って確か……」
 思い出した。
 床下収納庫は、ボックスが外せるようになっていて、
 床下に入れるようになっているはずだ。
 ここにはもう何もないようだ。
 床下に降りることにする。
 ボックスを枠から外して床下に降りる。
 遺体に突き刺さったナイフが目に入った。

 そうだ!
 自分を閉じ込め、殺人を行った犯人がまだどこかにいるかもしれない。
 身を守るためにも、武器は必要かも知れない。
「なんまんだぶ……」
 ナイフを引き抜いた。
 血液がいくらか流れたが、広がるほどではなかった。凝固が始まっていた。

 懐中電灯片手に、床下へと降りる。
 念のために床下収蔵庫の蓋を閉めておいた。
「ここにも遺体がありませんように」
 殺人事件ではよくある話で、床下や天井裏に隠すものだが。
 上の方で、ドカドカと大勢の人間の足音が聞こえて来た。
 どうやら警察官が入ってきたみたいだ。
「人が倒れています! 死んでいます。 なんだこれは! 毒ガスだ、一旦退避しろ!」
 そんな叫び声が聞こえてきた。
「危なかったな。いずれここも見つかるだろうが、しばらくは時間稼ぎができる」
 祈りながら、床下を懐中電灯で照らす。
 這いずり回っていくが、本当に別の出口があるのか心配になってくる。
 そもそも、今は何時なのだろうか?
 昼なのか夜なのか……。
 今のところ完全に閉ざされた空間ばかりなので、外からの光が入ってこないから、判断不能であった。

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