響子そして(五)仮出所
2021.07.09

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(五)仮出所

 少年刑務所に来て四年の月日が過ぎ去っていた。
 丁度二十歳の誕生日。わたしの仮釈放が決定したと知らされた。
 二人の人間を殺したのだ。そんなに早く出られるはずがなかった。
 しかし、事実だった。
 女性ホルモンで限りなく女性に近づき、少年達との逢瀬を繰り返している。
 そんな少年をいつまでも所内に留めていたら、健康状良くない。
 女になったのならば、悪事行為を繰り返す事もないだろう。
 そういった判断から、追い出されるように仮釈放が速められたというべきだろう。

 出所祝いに、白いワンピースドレス・ローヒールのパンプスなど、女性として外を歩くのに必要な一揃いのものが、少年達がカンパして集められたお金で購入され、わたしにプレゼントされた。
 舞台以外では、女性の衣料を着た事がないわたしだったが、ほとんど女性的な容姿になってしまった現在、それを着るのが一番自然に思えた。
 今、それを着て、明人と面会している。
「俺が退所したら、必ず迎えにいく。それまでどんなことがあっても我慢して、ずっと待っていてくれ」
「わかったわ、。待ってる。きっとよ、迎えに来てね」
「もちろんだ。その服きれいだよ。俺達からのせめてもの志だ」
「ありがとう。みんなにも感謝していると言っておいてね」
「ああ……」

 仮釈放されたといっても、自由になったわけではない。
 常に保護司の監察下にあり、定職につき住居も定められているなど、一定の束縛があった。
 その保護司が迎えに来ていた。
「保護司の行田定次だ。今日から君の面倒をみることになる」
 というわけで、彼が手配したアパートに入居した。
 そして就職先なのだが……。

 その保護司が紹介してくれたのは、いかがわしいスナックバーだった。
「おまえのような奴を、雇ってくれるのはこんな処しかないんだ。黙って働くんだ」
 といって無理矢理、男相手の職場に放りこまれた。
 しかも給与は全額保護司が受け取り、アパート代といくらかの生活費を渡すだけで、残りのほとんどを巻き上げられる格好となった。
 保護監察の身であり、保護司の言う事を聞かなければ、少年刑務所に突き返すと脅された。泣く泣く言いなりになるしかなかった。しかも毎晩のように陵辱される日々が続いていた。
 わたしの働いているところにやってきては、まるで見せ付けるように店子達や客に大判振舞いした。それらの金はすべてわたしが汗水たらして稼いだものだ。
 保護司は女性ホルモンの入手先を知らず、わたしの身体はホルモン欠如で、更年期障害に似た症状に蝕まれていった。
 この保護司のそばにいる限り、いつまで経っても泥沼状態から抜け出せない。甘い汁を吸い尽くされてずたぼろにされると思った。
 何度も自殺を考えたが、
「俺が退所したら、必ず迎えにいく。それまでどんなことがあっても我慢して、ずっと待っていてくれ」
 という明人の言葉を信じて思い留まった。


少年刑務所は、全国に6個所(函館・盛岡・川越・松本・姫路・佐賀)あり、「受刑者の集団編成に関する訓令」と、その「運用について」で対象が決まっている。
入所者の年齢は26歳未満が基本だが、割合で行くと1382人(52.97%)で半数に過ぎない。残る半分は、犯罪傾向が進んでいない26歳以上が中心だ。刑の確定後、地域性なども加味され、施設が決まるという。


 ある日。
 わたしは、以前住んでいた屋敷の前に立っていた。
 すでに屋敷は他人の手に渡っていた。
 精神が崩壊していた母親を操って実印を奪いとり、祖父から譲り受けて所有していた不動産などの資産すべてを奪い取られていた。その後、不動産は転売されて他人の所有となった。
 今では、見知らぬ人が住んでいた。庭先で高校生かと思われる女の子と、やさしそうな両親が、野外バーベキューを楽しんでいた。
 わたしは涙を流していた。
 もしあの時、交通事故に合わなければ、あの家族のような暮らしをしていたに違いない。

 背後で車が停まる音がした。
「ひろしじゃないか!」
「え?」
 自分の名前を呼ぶ声がして振り返ると、黒塗りのベンツから懐かしい青年が降り立っていた。
「明人!」
 わたしは、夢中でその腕の中に飛び込んでいった。
「やっぱり、ひろしだった。探したぞ」
 明人は満面の笑顔で、力強く抱きかえしてくれた。
「いつ、出てきたの?」
 わたしは、もう涙ぽろぽろ流してその腕の中で泣いた。
「おとといだ。保護司の野郎、おまえの住所を偽っていやがったんだ。そこに、おまえはいなかった。そして、今の今までずっと、おまえを探していたんだ。この屋敷に必ず現われると網を張っていたんだ。そしたら君がいた」
「迎えにきてくれたのね」
「そうさ。約束しただろ。必ず迎えに行くって」
「うれしい……。わたし、何度も自殺しようかと考えた。でも、明人が必ず迎えにきてくれると信じて、ずっと耐えて待ってたの」
「そんなに苦労してたのか」
「ええ……」
「わかった。もう何も心配ない。俺のところに来い」
「はい」

 こうして、わたしは愛する明人の下に引き取られることになった。
 明人は出所と同時に、抗争事件で死んだ親に代わって、暴力団の新しい組長になっていた。わたしを縛り付けていた悪徳保護司を合法的に処分し、自分の息の掛かった新たなる保護司を代わりに据えた。
 わたしに対する扱いに対して、明人の保護司への怒りは絶頂に達し、耐えがたい苦痛を与える拷問を繰り返し与えられてショック死したらしい。

 わたしは自由になったのだ。
 その日から、組長の明人の情婦としての生活がはじまった。
 再び女性ホルモンを投与できるようになり、崩れ掛けていた乳房は、再び張りのある豊かさを取り戻していた。
 外を出歩く時は、常にボディーガードの中堅やくざに囲まれているのは、いささか閉口するが、対抗組織から狙われている危険から守るため仕方がないことだった。
 高級ブランドのドレスやバック、そして高額の宝石が散りばめられたネックレスやイヤリングで身を飾ることができた。自分としてはそんなブランドとか宝石には興味がなかったのであるが、組長の情婦として威厳のあるところを組員に見せ付けるために、明人から言われてそうしているのだった。
 ひろしという名前では不具合があるので、響子という名前を、明人がつけてくれた。それは明人が手にかけた母親の名前だった。今でも母親を愛しており、母親の分まで愛させてくれと言った。
 明人は憎くて母親を殺したのではない。浮気をしていた男が上になっているところを、母親をいじめているのだと思い込んだ明人が、金属バットで殴りかかろうとして、それを男にかわされ、勢いあまって母親の頭部を強打してしまったのだ。脳挫傷で母親は死んでしまった。
 殺人事件として発覚したが、五歳の子供ゆえに訴追される事はなかった。
 実は母親は、その男に覚醒剤を打たれていたことが後から判明した。
 母親は貞操な女性だったのだが、か弱い力では男にはかなわない。深夜に侵入したその男に押さえつけられ、無理矢理覚醒剤を打たれて貞操を奪われたのだった。
 その男は、組長の妻を手込めにしていた事が発覚し、下半身をコンクリート詰めにされ生きたまま海に放りこまれた。当然の報いだ。指詰めくらいでは納まるはずがない。私刑としては最高刑の処分となった。
 愛する母親を自らの手で殺したという精神的なジレンマが、明人を凶悪な性格に変貌させ、幾多の人間を殺害した。その度に、組の中堅どころの幹部候補性達が身代わりで自首していったから、明人自身が捕われることはなかった。
 しかしついに明人自らが現行犯逮捕され、少年刑務所に収監された。
 そしてわたしに出会ったのである。
 明人は言った。凶悪的だった性格は、わたしとの出会いで次第に癒されていったと。
 やさしい明人。
 わたしはそれに応えるためにも精一杯尽くした。

 身代わり自首した者達は、刑期を終えて出所と同時に幹部となり、明人を支えている。

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特務捜査官レディー(五)新たなる人生
2021.07.09

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(五)新たなる人生

 とある部屋。
 ベッドの上で天井をじっと見つめたままの薫がいる。
「ここはどこだろう……」
 ついさっき意識を回復したばかりだったのだ。
「確か……撃たれて死んだのじゃなかったのかな?」
 身体を動かそうとしたがだめだった。何かで身体全体を縛られているようだった。
「どうして?」
 その時ドアが開いて誰かが入ってきた。
「やあ、気がついたようだね」
「あなたは?」
「医者だよ」
「あたしに何をしたのですか?」
 と身体を揺する薫。
「ああ、まだ身体を動かさない方がいい。移植した臓器がずれてしまう」
「移植?」
「そうだよ。君は銃撃を受けて内臓をずたずたにされてしまったんだ。道端で死にかけていた君を拾ってあげてここに運び、内臓を移植して蘇生させたのだ。移植した臓器がずれたりしないように、君の身体をベッドに縛り付けて拘束させてもらっている。まあ、そんなわけだから、臓器が落ち着くまでもうしばらく我慢して身体を動かさないでくれ」
「……ちょっと待ってください。移植したということはドナーがいるはずですよね。その人はどうなったんですか?」
「残念ながら、救いようのない脳死患者でね。生き返ることがないのなら、それを必要とする人間、つまり君に移植したんだ」
「そうでしたか……」

「あ……あの、あたしの身体見ましたよね……」
「まあね……。睾丸摘出していたようだね。最初てっきり女性かと思ったんだが……胸は女性ホルモンで大きくしたんだね。プロテーゼは入ってないようだから」
「はい……」
「恥ずかしがる事はないよ。実は、私は産婦人科が専門なんだ。性同一性障害についても理解があるつもりだよ」
「産婦人科ですか?」
「そうだ。ついでだから話すと、君の身体には卵巣と子宮、そして膣などの女性器のすべても移植してあるんだ」
「女性器? じゃあ、死んだのは女性ですか?」
「ああそうだ。彼女自身は死んだが、臓器は君の身体の中で生きている。しかも卵巣と子宮もあるから、君がその気になれば彼女に変わってその子供を産む事もできる。死しても子孫を残せるなら、彼女も本望じゃないかな。女性ホルモンを投与し、睾丸摘出している君なら、性転換しても拒絶しないだろうと思った。だから移植した」
「じゃあ……。あたし、本当の女性になったんですね。それも子供を産む事のできる……」
「ああ、そうだ。もはや完璧な女性だよ」
 それが本当なら、敬の子供を産む事ができる? 自分自身の子供ではないが、父親が敬ならそれで十分だ。
「しかしこの状態どうにかなりませんか。寝返りが打てないから身体中が痛いんですけど」
「あはは……、我慢我慢。一つの臓器だけならまだしも、腹腔にある臓器のほとんどを移植したんだ。生きているだけでも感謝しなくちゃ」
「そんなにひどかったのですか?」
「もうずたぼろ状態。これが消化器系の腹腔だから助かったが、循環器系の胸腔だったら即死だったな」

 それから二週間ほど経った。
 その間ずっと考え続けてきたのは敬の安否だった。
「ちゃんと逃げ出せたかな……」
 自分の方は、敬の「最期の最期まで生きる希望を捨てるな」という言葉を守って? 生きる執念が実って、どうやら危機を脱して生き延びたようだ。しかも念願の性転換というおまけもついて。
 敬が別れ際に言った言葉を思い出した。
「いいか、おまえも最期の最期まで、生きる希望を捨てるなよ。簡単に死ぬんじゃないぞ、俺が迎えにくるのを信じて、命の炎を絶やすんじゃない」
 そう言ったからには、絶対にあたしを見捨てたりはしない。必ず生き延びて迎えにきてくれる。敬は、そういう男だと、信じていたい。

 先生が診察に来た。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だ、起き上がってもいいよ」
 先生に支えられて起き上がりベッドの縁に腰掛ける。
「あの……。あたしのあそこ見せて頂けませんか?」
「やっぱり気になるだろうね。いいだろう、見せてやるよ。今鏡を持ってきてやる」
 先生が持って来てくれた手鏡を股間の前にかざして、じっくりと観察した。
 いつも見慣れたペニスはすでになく、まさしく女性そのものの外陰部がそこにあった。大陰唇・小陰唇、隠れるようにクリトリスと尿道口、そして男性を受け入れる膣口が開いていた。
 ああ……。とうとう女性に生まれ変わったんだ。
 それは長い間待ち望んでいた姿だった。自分のためでもあったが、それ以上に敬のためでもあった。
「傷が見当たりませんが……?」
「ああ、針と糸を使った従来の縫合では醜い痕ができるから、特殊な生体接着シールを使ったからね。ただ急に動いたりすると剥がれて傷が開いてしまう。それもあって当初君の身体を縛って動けなくしたんだ。もちろん内臓のほうも急な動作は厳禁だった」
「そうだったんですか」
「満足してくれたかね」
「はい。もちろんです」
「うん。それでこそ、手術した甲斐があったというものだな」
 今まで股間ばかりを映していた鏡に、自分の顔が入った。
「ちょ、ちょっと……。この顔は?」
 鏡に自分の顔を映して食い入るように見つめている。
「ああ、言わなかったけ……。顔も少しばかり整形して死んだ女性に似せてあるよ。喉仏も切削して平らにした。何せ君は組織に狙われている身だ。そのままの顔で外を出歩いては、生きている事がばれてしまうじゃないか。また命を狙われるに決まっている。私が精根込めて生き返らせた意味がなくなる」
「それは、そうですけど……あたしの知人にも判らなかったら、困ります」
 知人とはもちろん敬のことだ。
 愛している敬が、自分が判らなかったら生きていてもしようがない。
「仕方ないな。うまく接触して納得させるんだな」

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