特務捜査官レディー(十三)再会の日
2021.07.17

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十三)再会の日

 卒業式を迎えることとなった。
 女子大生よろしく、袴スタイルで着飾って友人達と仲良く記念写真におさまる。
 大学生活をエンジョイしながらも、国家資格試験&採用試験に向けての勉強は忘れていなかった。
 その年の六月までには二つの試験に合格し、八月に行われる予定の麻薬捜査官の受験資格を得たのである。
 実際に受験するかは、敬と相談の上で決定することにする。
 敬は一緒に仕事しようとは言ってくれているが、それはあくまで警察官同士ということだと思う。だから麻薬捜査官になるのには難色を示すかもしれない。国家公務員と地方公務員では、同じ職場を共にすることはできないからである。
 しかし地方公務員では、あの局長と健二を捕らえることはできない。

 そしてついに、敬との再会の日を迎えた。

 その日は朝から、念入りに化粧を施し、時間を掛けて慎重に衣装を選んだ。
「どうしたの? 今日はずいぶんとおめかしして」
 母が何事かと首を傾げている。
「うん……ちょっと」
「デートかしら?」
 図星を当てられて当惑する。
「やっぱりね。女の子ですもの、好きな人ができて当然。楽しんでらっしゃい」
 母親として理解ある言葉だった。
「できれば、その男性を紹介してくれると嬉しいんだけど……」
「はい。もしそれができるようでしたら、紹介します」
 敬のことだ。会ってみて、以前のままのやさしい彼だったら、現在の母にも会ってくれるはずだ。
 ただ傭兵部隊に入隊していたというから、それがどんな部隊か判らないが、スナイパーとして腕を磨いたという発言から、人殺しも是とする集団なら、心が荒んでしまっている可能性もある。

 あの日以来、連絡はなかった。
 今日会ってすべては動き出す。
 意気投合し、仕事を共有した後に幸せな結婚生活になるか。
 相容れずに別離の果てに敬は傭兵部隊の一員として戦場で散り、自分は涙に暮れるか。

 ともかくも敬と会って相談して決めよう。

 そして今、約束の大観覧車の前に立っている。
 敬の姿はない。
「ここでいいんだよね……時間は午後八時。ちょっと少し早いけど……」
 果たして姿形の変わったわたしを、敬が気づいてくれるだろうか?
 あの日のデートの時に着ていた服にすれば良かったかな……。それには実家に取りに行かなければならないし、いくら母がいつでも帰っていいよと言ってくれているとはいえ、そうそう帰ってもいられない。但し電話連絡だけは欠かしていない。母親というものは、病気してないだろうかと毎日のように心配しているからである。
 大観覧車に乗車する人々は、午後八時という時間からかほとんどがカップルであった。家族連れには遅すぎる時間帯である。
 楽しそうに乗車するそれらのカップルを見つめながら、自分と敬も一組のカップルとして乗り込んだものだった。
 一人の女性として交際してくれる敬に、ぞっこん惚れていた。プロポーズされた時の嬉しさは言葉に尽くせない感動であった。

 大観覧車の営業終了時間が迫っていた。
 日曜ならば深夜四時(最終乗車)まで営業しているが、今日のような平日は午後十時までである。再会の約束の時間としては、大観覧車が動いている時間帯と考えるのが妥当のはずだ。
 客達は帰り支度をしている。
 大観覧車の周囲には客はほとんどまばらになっていた。
 この時間となれば、二十四時間営業の東京レジャーランドへと、客は移動して行く。
 未だに敬は現れない。
 やがて大観覧車の営業が終了した。
 通行人たちの奇異な視線を浴びながら、たった一人寂しく大観覧車の前で佇むわたし。
「どうして? どうして敬は来ないの?」
 涙に暮れながら、現れない敬のことを心配していた。
 来る途中で、事故にでもあったのだろうか?
 一年前のこの場所で、こんなわたしにプロポーズしてくれた敬。
 あの逃亡劇の最中の別れ際、必ず迎えに来ると誓った。
 死線を乗り越えて生き残り、CD-Rに託して再会しようと言ってくれた。
 そんな敬が、わたしを放ってどこかに行ったりはしない。
 必ず迎えに来てくれると信じている。
「よっ! 待たせたな」
 背後から声がした。
 振り返ると、懐かしい顔がそこにあった。死線を乗り越え、傭兵部隊に入隊して精悍な表情をしているが、まさしく敬だった。
「待たせて悪かったな。実は今日成田に着いたばかりなんだ。飛行機は遅れるし、成田エクスプレスは……」
 言葉を言い終わらないうちに、わたしは敬の胸の中に飛び込んでいた。
「敬! 会いたかった」
「俺もさ……」
 それ以上の言葉はいらなかった。
 時のたつのも忘れて、二人はずっと抱き合っていた。
 これまでの時間を取り戻すかのように。

 数時間、二人はモーテルのベッドの上だった。
「あつっ!」
「あ、ごめん。痛かった?」
 長い間離れ離れになっていた愛し合う二人が結ばれるのに時間は掛からなかった。
 当然の成り行きと言えるだろう。
 しかし真樹は処女だった。
 初めて迎え入れる男性に対して少なからず抵抗を見せていた。
 処女膜を押し広げて侵入してくるものを拒絶するように痙攣にも似た感覚が全身を駆け巡る。
 敬の動きが止まった。
 真樹の身体を慈しむようにやさしい表情で見つめている。
「ううん。いいの。そのまま続けて」
「ほんとにいいんだね」
「うん。愛しているから」
 身も心も一つに結ばれたかった。
 真樹として守り続けてきたバージンを捧げたかった。
 本当の女性になるための最初の試練でもあった。
「いくよ」
「うん……」
 さらに腰を落としてくる敬。
 愛する人のために耐える真樹。
 子宮に敬のものが当たる感覚があった。
 完全に結ばれた瞬間だった。
 以前の真樹、つまり薫だった頃には不可能だった行為が、果たせなかった思いが、今実現したのだった。
 感動的だった。
 女として生きる最大の喜びに打ち震えていた。
「愛してるわ」
「俺もだよ」
 確認しあうように短い言葉を交わす二人。
 そしてゆっくりと動き出す敬。
 やがて絶頂を迎えて、真樹の身体にそのありったけの思いを放出する敬。
 身体の中に熱いものがほとばしるのを感じながら真樹も果てた。

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響子そして(十二)出産
2021.07.16

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(十二)出産

「おお! そろそろ出てくるぞ」
 女性の膣から、胎児の頭部が出てきていた。
「うーん……どうかな……」
 先生は妊婦の足元に歩み寄り、その頭部の出かけているのをじっと監察している。そしてやおら、頭部が押し広げている、外陰部のあたりを触診しはじめた。
「よし、大丈夫だ。会陰切開しないでも済みそうだ」
 そう言うとわたしの所に戻ってきた。
「えいんせっかい、ってなんですか」
「ああ、膣と肛門の間のところを会陰というのだが、分娩の際に赤ちゃんの頭部が大きすぎたり、外陰部の柔軟性が足りなかったりすると断裂することがあるんだ。そうならないように、わざとメスを入れて切開してやると、すんなりと赤ちゃんが出やすくなる。後で糸で縫わなければならないが、断裂した場合より治りが早いんだ。医者によっては、全員を会陰切開してしまうのもいるな」
「先生はなさらないのですか?」
「ああ、産後の肥立ちにかかわるからね。切らないで済めばそれだけ治りも速くなるし、二度目以降の出産にはすんなり胎児が出てこれるようになる。一度切開しちゃうと今後も切開しなくてはならなくなる。縫合痕は大概肉が盛り上がって、組織が固くなってしまうからね、次回の分娩の妨げになるんだ」
 先生は妊婦から目を離さないようにしながら喋っている。急激な容体変化を見落とさないようにしているのであろう。
「君だって、最初の性転換術を受けた時には、拡張具を使って膣拡張をやっただろう?」
「ええ……」
「あれと同じだよ。はじめて拡張具を使う時は、どんなに細いやつでもかなり痛い。慣らして慣らして、痛みを堪えながら少しずつ太くしていく。やがて一番大きなのでも自由に出し入れできるようになる。それと似たようなものさ。一度大きなものが通れば、二度目以降にはすんなりいく。初産はそれこそ、陣痛開始から丸二日もかかる時があるが、経産婦ならたった六時間くらいで出てくる」

「さあ、もうすぐよ。大きくいきんで、力一杯に。最後の力を振り絞って」
 助産婦の声も大きくなっていた。意識朦朧とする妊婦に声掛けして、頑張らせてい
るのだ。
「う、うーん」
 妊婦が、力一杯いきむと、
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
 部屋中に響き渡る元気な産声と共に、赤ちゃんが生まれ落ちた。
 脱力感でぐったりとしている女性。
 呼吸が楽に出来るように鼻腔に残った羊水の吸引、へその緒の処置がなされて、赤ちゃんは付着した血液などを落とすために沐浴に連れて行かれる。
 先生が再び、妊婦のところに行って、後処理をはじめていた。
「もう少し我慢するんだよ」
 やさしく声を掛けている。
 膣からずるずると何かが出てきた。
 たぶん胎盤だと思った。妊娠から今日まで、胎児に栄養補給と呼吸を助けてきた胎盤も、赤ちゃんが出たことで用がなくなり、排出されたのだ。
「よしよし。もう大丈夫だ。すべてが終わったよ。お疲れさま」
「先生。ありがとうございます」
 しかし不思議なものだ。しっかり子宮に張り付いていたはずの胎盤が、分娩を境に、大出血を起こす事もなく、跡形もなくきれいに剥がれ落ちてくるのだから。じつに巧妙な仕組みで、一体どこから指令がでているのだろうか?
 やがてきれいになった赤ちゃんが妊婦に手渡される。
「はい。女の子ですよ」
「可愛い……。あたしの赤ちゃん……」
 幸せ満面の表情の彼女。あれだけ苦しんだのに、赤ちゃんを抱いたことで、すべてが水に流された感じだ。
 こっちまで、なんか温かものが込み上げてくる。
 しばらくすると赤ちゃんは、引き離されて保育室へと運ばれていった。
 彼女もおむつと丁子帯をあてられ、分娩台から降ろされて病室に戻った。

「どうだ。分娩に立ち会った感想は? 同じ女性として、何か感じ取れるものはなかったかい?」
「正直に感動しました。生命の誕生がこんなにも真剣勝負で、自分もこうやって生まれてきたんだと思うと、改めて母の愛情の深さを感じました」
「その通りだよ。母の愛情を一心に受けて人は生まれてくる。その一端を君も担うことができるんだよ」
 わたしの心のどこかに、将来もう一度恋をするような事があったら、産んでもいいなという思いが生まれていた。
「わたし、本当に子供を産む事ができるのでしょうか?」
「それは保証するよ。何も心配しないでもいい。君は、正真正銘の女性に生まれ変わったんだから」
「わかりました。もう一度考えなおしてみます。将来の事」
「それがいい。君はまだ若いんだ。先は長い。じっくり考えて答えを出すんだね」
「はい……」
「さあ、病室に戻ろうか」

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特務捜査官レディー(十二)麻薬取締官へ
2021.07.16

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十二)麻薬取締官へ

 もう一度コンビを組むか……。
 それが可能だとしたら、やり残した例の事件、磯部ひろしの件を解決したいものだ。その黒幕の磯部健児を挙げるには、あたし一人じゃとうてい無理……だからこれまで何もしないでごく普通の女子大生として平穏に暮らしていたのだが……。しかも一介の警察官のままじゃ、あの生活安全局長にもみ消されてしまう。奴には恨みがある。あたしや敬がどんなひどい目に会わされたか、とことん思い知らせてやりたい。
 ただ、ニューヨーク市警署長のように暗殺じゃだめ。やはり罪状を世間にさらけ出して社会的に葬り去らなければ気が済まない。

 それを実現するには現状のままでは不可能だ。
 とにかくもっと上の組織じゃないと……。
 地方組織の警察じゃない国家警察的な組織。
 しかも麻薬を取り締まれる機関。
 一つの解答が浮かんだ。

 厚生労働省司法警察員麻薬取締官。

 いわゆる麻薬Gメンと呼ばれる組織員だ。
 これしかないと思った。
 そのためには資格がいる。
 国家公務員採用試験、II種(行政)以上の資格。
 もしくは国家資格の薬剤師の資格。
 どうしても二つの資格を取得する必要がある。
 どちらかでもいいのであるが、確実に採用されるためには両方あった方が良いに決まっている。
 しかも司法警察員たる法学の知識も必要だ。採用資格には示されていないが、採用後には法務省主催の検察事務官中等科、高等科研修などを受講するとともに、国外では、フィリピンにあるWHO西太平洋地域事務局で開催されている語学研修が行われることになっている。
 実際にも、採用試験合格採用者には法学部出身が優先しているくらいだ。
 採用後と言わずに、今からでも勉強しておく必要があるだろう。
 さらには、銃の取り扱いや逮捕術そして語学、麻薬取締官に必要な条件はありとあらゆる方面に渡っている。これに関しては、元警察官としての銃と逮捕術を習得した経験があるので有利だろう。もっともこれは薫としての経歴だから表立っては言えないが……。
 幸いにも薬科大学に通う斎藤真樹として薬剤師の道は開けている。
 問題は、もう一つの採用条件である国家公務員採用試験が残っているだけだ。

 まず自分がこれからしなければならないのは、薬科大学を無事卒業する事。これは両親を安心させるためにも、麻薬捜査官になることとは無関係に必要最低限なことである。
 国家試験を受けて薬剤師になること。
 国家公務員採用試験の受験と法学の勉強。

 受験日程を考えてみる。

 まずは薬剤師の方だ。
 国家資格の薬剤師受験のためには、薬科大学卒業か卒業見込み。
 受験場所。埼玉県さいたま市中央区新都心1番地1
  さいたま新都心合同庁舎1号館 関東信越厚生局。
 試験科目
  (1) 基礎薬学
  (2) 医療薬学
  (3) 衛生薬学
  (4) 薬事関係法規及び薬事関係制度
 試験日 平成17年3月12日(土)と13日(日)
 合格者の発表
  試験の合格者は、平成17年4月6日(水曜日)午後2時に厚生労働省及び地
方厚生局又は地方厚生支局にその氏名を掲示して発表するほか、合格者に対して合格証書を郵送される。
 というわけで、この春の卒業を待って受験ということになる。

 続いて国家公務員採用試験だが、どうせなら大学卒業なのだからI種(行政)を挑戦することにしよう。上を目指すならより上級であった方が後々都合が良いだろう。
 こちらは人事院の管轄である。

17年度実施要綱
 申込受付期間      4月1日(金)~4月8日(金)
 第1次試験日      5月1日(日)
 第1次試験合格者発表日 5月13日(金)
 第2次試験日(筆記)  5月22日(日)
 第2次試験日(人物)  5月25日(水)~6月10日(金)
 最終合格者発表日    6月21日(火)

出題分野
専 門 試 験(多枝選択式)
 80題出題、50題解答
 必須問題 政治学⑪、憲法、行政法⑫、経済学、財政学⑫の計35題
 選択問題 次の選択A ~ C の3つの選択分野から1つを選択し、計15題解答
  選択A 政治学⑤、行政学⑤、民法(親族・相続を除く。)⑤
  選択B 行政学⑤、経済政策⑤、統計学、計量経済学⑤
  選択C 国際関係⑤、国際法⑤、国際経済学⑤
専 門 試 験(記述式)
 次の6科目のうち3科目選択
  政治学、行政学、憲法、行政法、経済学、国際関係

 16年度においては、受験者数8569(女性3151)人のうち最終合格者60(同11)人という難関である。

 そういうわけで、6月には結果が判明することとなる。
 敬との約束には十分間に合う期日である。

 とにもかくも、これから忙しくなりそうである。
 ちなみに国家公務員試験を受けることを知った両親は、
「構わないけど……。国家公務員行政I種を合格採用なんてことになったら、男性が遠慮して嫁の貰い手が少なくなるぞ」
 と笑って言った。
 両親にとっては、良い条件で就職するよりも、素敵な男性を見つけて結婚、専業主婦として子供を産んで育てるという、ごくありきたりな女の子の将来を希望しているようだった。


文中の詳細は執筆当時のものです。
現在、国家公務員試験は、I種II種という区別がなくなり、I種は総合職、II種は
一般職となっています。
国家公務員総合職試験(院卒、大学卒)中央省庁に採用された者がキャリア官僚
国家公務員一般職試験(本省採用)(大学卒程度)
国家公務員一般職試験(大学卒程度)
国家公務員一般職試験(高卒者)
ちなみに、合格者の出身別では、法学部卒が圧倒的に多い。

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