特務捜査官レディー(七)さらばニューヨーク
2021.07.11

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)


(七)さらばニューヨーク

 外に出ると、まぶしいばかりの光に、思わずよろけてしまった。いやそれだけでもない、ずっとベッドの上に横たわっていたのであるから、足腰が弱っているせいでもあった。
 真樹が泊まっていたホテルに連絡してみると、荷物をそのまま預かっているという。
 保管料を支払って引き取ってくださいということだった。
「置いていってはいけないでしょうね……」
 本来自分の持ち物ではないが、今の自分は斉藤真樹であり、日本に戻って真樹として生活するのに必要なものが入っているかもしれない。ホテルへ行って、荷物を引き取ることにする。
 タクシーを拾い、ホテルの名を告げる。ここニューヨークではタクシーを拾うのも十分に気をつける必要があるが、生死の淵をさ迷う自分を思えば、今更という感がないでもない。
 ショルダーバックには、パスポートと身分証の他、ホテルの預り証が入っていた。預かり品を受け取りにホテルに行ってみると、予想通り重たい長期旅行用スーツケースだった。国際線機内持ち込み制限寸法の115cmをはるかに越えている。大事なものや記念品とかが入っているかも知れないので、かなりの保管延長料を支払ってそれを受け取る。
 取りあえずは一日そのホテルに泊まることにする。
 部屋に通されて、スーツケースを開けて確認してみる。
 数日間を旅行するための衣類がきれいに畳んであった。薄いベージュのワンピースに、ピンク系のツーピーススーツ。そしてランジェリー
 その中に混じって手帳があった。
「アメリカ旅行記」という題目が書いてあった。
 旅先での思い出がつらつらと書き綴ってある。
 最初の訪問地はサンフランシスコ。ラスベガスのカジノで少しばかり儲けたらしい。シスコを拠点にして西部アメリカを観光した後に、横断鉄道に乗って東部アメリカへと向かう。そしてニューヨークで終わっている。
「ここで抗争事件に巻き込まれてしまったのか……。運が悪かったというところね。可哀相……」
 手帳の内容はほぼ把握できた。
 真樹の経験してきたことの一端を記憶に留めておく。
 手帳を閉じ、窓際に立って、ホテルからの景色を眺める。
 すっかり外は暮れていて、ニューヨークの夜景が美しく輝いていた。
「ニューヨークの夜景か……敬と一緒に見る約束だったのにな……」
 敬は、あの包囲網から逃げ失せただろうか?
 あれから舞い戻って自分、佐伯薫を探し回っているかも知れない。
 しかし、それを確認するために戻るわけにはいかなかった。
 佐伯薫の死体が消失したのを知って、組織が捜索のために動いているかもしれないからだ。
 今自分がするべき事は、佐伯薫としての自分のためではなく、斉藤真樹として日本に帰り、心配しているであろうその両親に無事な姿を見せてあげることである。
 翌朝。
 ケネディー空港では、組織の影に一抹の不安を抱きつつも、無事に通関ゲートをくぐって飛行機に乗り込むことができた。
 そして飛行機は飛び立つ。
 眼下に広がるニューヨークの展望に熱い思いが溢れる。
「さらばニューヨーク。さらば佐伯薫。そして沢渡敬、運命に女神が微笑みかけるならば、生きて再会しましょう」
 万感の思いを胸に、アメリカを離れ一路日本へと向かう。
 未来ある斉藤真樹としての生活を生きるために。


 ジェット気流に揺られる事、十余時間。
 何とかエコノミー症候群に陥ることもなく無事に成田に着いた。
 何はともあれ入国(帰国)手続きである。
 入国審査官にパスポートを提示する。もちろんパスポート写真は斉藤真樹のものであり、もちろん性別は女性である。整形して似せてあるが、果たしてばれないかと心臓は早鐘のように鳴り続けている。
 審査官は、パスポート写真とわたしの顔を、ためつすがめつ見比べて、本人かどうかを念入りに確かめた後に、
「結構です。お帰りなさいませ」
 とパスポートをぱたんと閉じて返してくれた。
 無事に斉藤真樹として帰国できたのである。

 さて日本に無事帰ってこれたのはいいが、以前住んでいた警察寮には戻れないし、実家では死亡したとして葬式も済んでいるだろうからやはり無理がある。
 以前の自分はすでに死んでいる。もはや斎藤真樹として生きるしかない。
「やはり真樹さんの実家に行ってみるしかないわね。すべてを話して理解してもらおう。結果として拒絶され非難を浴びせられてもても致し方ない事、すでに真樹さんがこの世にいないことを伝えるだけでもしなければならないから……」
 真樹は、身分証に記された彼女の実家へと向かった。
「同じ都内で助かったわ。これが北海道とか九州沖縄だったら大変だよ」
 電車をいくつか乗り継いで、実家近くの駅で降り立つ。駅近くの荷物預り所にスーツケースを預け、さらに駅前交番で地図を見せてもらってメモ書きし、その場所へと歩いていった。タクシーに乗らずに歩いたのは、それほどの距離でもなかったし、自宅に近づくに連れて高まるだろう胸の鼓動を、鎮めるためでもあった。

「ここが真樹さんの家か……」
 4LDKと思しきごく中流家庭の民家だった。
「真樹、お帰りなさい」
 背後で声がした。
「え?」
 振り返ると自転車かごにスーパーの袋を満載に乗せた女性が立っていた。年の頃四十代前半くらい、真樹の母だと思った。
「どうしたの? 自分の家の前で突っ立ってるなんて。鍵をなくしたの?」
「違うんです。あたしは、真樹さんじゃないんです」
「何言ってるのよ。旅行疲れと時差ボケ? とにかく中に入りなさい」
 母は完全に真樹と思い込んでいるようだった。先生が施した整形手術は、母親でさえも気づかないほどに完璧に真樹にそっくりに形成されていたのだ。
 何にしても立ち話では、納得いく説明をすることができない。言われた通りに中に入ることにする。
 自転車かごのスーパー袋を降ろして持ってやり、母が家の鍵を開けるのを待って、一緒に中に入る。
「疲れているでしょうから、今日は夕食の手伝いはいいわ。お部屋で休んでなさい」
 そうか、真樹は夕食の手伝いをしているのか……。となると家の掃除や洗濯も、たぶん分担しているのだろうと思った。母一人でこの4LDKの家全体を掃除するのは骨が折れるはずだ。もし自分を真樹と認めてくれたら、ちゃんと手伝いをしてあげよう。
 台所でスーパー袋の食品を分けて、冷凍冷蔵庫や床下収納庫などへしまう手伝いをする。
 スーパー袋の内容をすべて収納を終えて、
「お茶にしましょう」
 ということで、食卓に着席してのティータイムとなった。
「ニューヨークはどうだった?」
 すっかり真樹と信じ込んでいる。このまま巧く立居振る舞いを続ければ、真樹として暮らしていけるかも知れないと思った。
 しかし元警察官の心意気か、人を騙す行為はできるはずがなかった。
「お母さん、聞いてください」
「なあに?」
 意を決して、真樹はすべてを話しはじめた。
 彼女が事件に巻き込まれて脳死状態であった事、組織に狙撃されて重体に陥った自分にその臓器が移植された事、自分の代わりに茶毘に伏された事。顔を真樹そっくりに整形して、彼女のパスポートを使って日本に帰国した事。
 そしてすべてを報告するために、この家を訪れた事を。

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響子そして(六)抗争そして
2021.07.10

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(六)抗争そして

 ある日。屋敷の玄関先で明人が襲われた。
 警察に知られないように、闇病院へ運ばれたが、大量の出血で輸血が必要になった。ここでは、赤十字からの血液の供給が受けられない。
 明人はO型だった。同行していた組織員にはO型がいなかった。
「わたしの血を採って頂戴! B型だけど、きっと大丈夫だから」
 わたしの血液型は、bo因子という特殊な血液だ。B型を発現してはいるが、抗原抗体反応は、ほとんどO型に近いデータを示す事が証明されていた。血液が再生産されるまでの補完の輸血くらいなら血液型不適合のショックは起きないと確信していた。
「響子の言う通りにしてくれ」
 明人が決断し、わたしの血液が採取されて、輸血された。
 思惑通りに輸血は成功し、明人は回復していった。
 母親を捨てた非情な父親の血液因子が明人の命を救った。複雑な心境だ。
 わたしの手厚い看護と愛情で、明人はみるまに回復していった。

 病院の玄関を出てくるわたし達。
 三角斤を肩から下げているので、上着を羽織るように着ている。

 その時だった。
 突然、四輪駆動のパジェロが急襲してきたのだ。
 パン・パン・パン
 何発かの銃声が轟いた。

「危ない!」
 明人が、わたしに覆い被さった。
 さらに銃声は鳴り響く。
「響子……大丈夫か」
「だ、大丈夫よ」
「そうか……よかった」
 その時、わたしの手にねっとりとした生暖かい感触があった。
 それが血であることはすぐに判った。
「明人……怪我してる」
 あわてて起き上がってみる。
 覆い被さっていた明人の身体が膝の上に。
 背中に銃弾が当たって大量の血が吹き出していた。
 ゆっくりと明人は仰向けに、向き直り弱々しい声で言った。
「響子。俺は、もうだめだ」
「そんな事言わないで。もう一度輸血すれば……」
「無駄だよ。自分でもわかる。痛みが全然ないんだ。神経がずたずたになっているんだ。いずれ心臓の鼓動も止まる」
「そんなことはないわ。そんなこと……」
「いいんだ。響子」
「あきと……」
「これまで、こんな俺のために尽くしてくれてありがとう。殺伐とした世界で、おまえと巡り会えて、俺は心安らぐことができた。母に対する償いと親孝行もできたと思う。おまえと一緒に過ごした時間は何事にも変えられない。幸せだった」
 身体から次第に血の気が引いていき冷たくなっていく。
 やがてゆっくりと目を閉じていく明人。
「冗談はよしてよ。うそ! うそでしょう? 目を開けてよ」
 明人は二度と目を開かなかった。
「あきとお!」
 声の限りに叫んだ。
 わたしは狂おしく明人を抱きしめた。

 パジェロの中から、男達の会話が聞こてくる。
「おい。死んだかどうか、見てこい」
「見なくたって、死んでますぜ」
「いいから、確認してこい。今度しくじったら、俺達の命がないんだ。確実に死んでいるのを確認するんだ。それにあの女をかっさらってこい」
「女ですかい?」
「そうだ。見れば、なかなかの上玉じゃないか。放っておくにはもったいない」
「わかりやした」

 わたしの明人を、男が触ろうとした。
「いや! 汚い手で触らないで」
 男の平手うちが頬を直撃し、もんどりうって地面に飛ばされた。頭を打ったのだろうそのまま意識を失った。

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特務捜査官レディー(六)出発の日
2021.07.10

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(六)出発の日

「さて、君に渡したいものがある」
「なんでしょう?」
「これだよ」
「ショルダーバック?」
「その中に、パスポートと身分証が入っている。今日から君は、そこに記されている、斎藤真樹として生きて日本に帰りたまえ」
 差し出されたショルダーバッグから取り出して確認する薫。
 そのパスポートには紛れもなく、整形した今の自分の姿が映っていた。
 脳死状態のために自分にすべての臓器を提供することになった女性。
「斉藤真樹? 他人に成りすますなんてできませんよ。あたしは警察官なんです」
「だからといって、今のままでは何もできないぞ。君はすでに死んだことになっている。ニューヨーク市警から死亡報告書が日本政府に提出され、戸籍を抹消されているはずだ。パスポートも使えないからどこへも行けないぞ。いまのままでは不法入国者ということになる」
「そんな……生きているのに」
「悪い事は言わない。黙ってその女性に成り代わって生きることだ。それ以外に生きる道はない」
「しかしこの女性は、査証相互免除国における観光目的の短期滞在で無査証で入国しているようです。滞在期限の九十日以内に、実際には入国からすでに二ヶ月経っていますから、残すところ三十日以内に帰国しなければなりません。そうなれば、当然家族や友人がいるはずです。この女性の振りをして日本に帰ってもいずればれてしまいます。友人は騙せても家族までは騙せないでしょう」

注 *1(米国は2004年10月26日以降において、機械読取り式旅券/MRP以外は、入国査証を求めるよう政府方針を変更しました。日本国内の旅券窓口で発行されるものはすべてMRPになっていますが、在外公館発行の一部にはそうでないものが含まれています。また2004年1月5日以降、査証を利用しての入国には、US-VISITプログラムと呼ばれる出入国管理システムが導入され、指紋スキャン・顔写真撮影が行われるようになりました)

「とにかく選択肢は三つだ。このままアメリカで不法入国者として暮らすか、日本に帰り極力彼女と関わる人物を避けて暮らすか、或は彼女の両親に会ってすべてを説明して納得してもらうかだな。私としては最後の方法がすべて丸く治まる可能性があると思うのだがね」
「両親の説得ですか……」
「何にしても、君の身体の中には彼女のすべてがあると言っても過言じゃない。無碍にはしないとは思うのだが……」
「そうかも知れないでしょうけど……」
「何にしても、彼女が事件に巻き込まれて脳死状態に陥ったのは不可抗力だ。その事に関しては君に責任がないし、君が重体に陥って臓器移植を必要としていたのも事実だ。二人とも死ぬ運命にあったところを、どちらかが生き残る。これもまた運命かも知れない」
 押し黙ってしまって、じっと考え込んでいた薫だったが、やがて呟くように声を出した。
「やはり斉藤真樹として生きるしかないんですね」
「そうだ。他に生きる道はない。辛い運命かもしれないが、耐えて生きるしかないだろう」
 ふうっとため息をついてから、
「わかりました。何とか生きてみることにします」
 はっきりとした口調で答える。
「それがいい」
 頷いて賛同する先生。
 意思が固まれば、話は急転直下で進展する。
「君が着ていた服は、穴だらけだったから、君に合いそうな服を用意しておいた。それを着ていくんだ」
 といって紙袋を手渡してくれた。
「何もかも至れり尽くせりで申し訳ありません」
「いや、気にすることはない。医者としてするべきことをしているだけだ」
「ところで治療代は?」
「要らないさ。手術の腕を磨く検体として利用させてもらったと考えてくれればいいさ。大学病院や総合病院などで最新手術を施す時など、よく研究目的による無償治療が行われるだろう。どうせここは組織が運営している闇の病院だ。どうにでもなる、気にすることはない」

 先生に渡された女性用の衣装を身に着ける。
 眠っている間に、身体のサイズを測られたのか、ぴったりと合っていた。別に悪気があったわけでもなく、医療上にも必要なこともあっただろうし。
 ごく普通にカジュアルなデザインの上下ツーピースのスーツだった。
「どこから見ても女性そのものだ。もともと女性的な身体つきしていたから当然だが、医者でなく事情を知らなかったら、プロポーズしているな」
「冗談はおっしゃらないでください」
「いや、本当の気持ちさ。まあ、今日からは本物の女性の斉藤真樹として、生きるのだからな。男であったことは、心の隅にでも置いておいて、女性としての生活をエンジョイするといいだろう」
「そう簡単には、気持ちの切り替えなどできませんよ」
「まあな……。少しずつ慣れていくことだ」
「はい」
「それじゃあ、これでお別れだ。元気で暮らせよ」
「先生こそ」
「生きていれば、またどこかで再会することもある。その時は、赤ちゃんを抱いて幸せな母親になっていることを祈ってるよ。もっとも旦那が見つかればの話だが」
「そうですね」

 こうして短い期間ではあったが、わたしの人生を百八十度変えてしまった、その先生との別れとなった。
 どんな人物なのか、まるで不思議な雰囲気のある先生ではあったが、このアメリカでは唯一信頼できる人間だ。いつかまた再会できそうな気がした。


注 米国事情は執筆当時のものです。

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