響子そして(十二)出産
2021.07.16

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(十二)出産

「おお! そろそろ出てくるぞ」
 女性の膣から、胎児の頭部が出てきていた。
「うーん……どうかな……」
 先生は妊婦の足元に歩み寄り、その頭部の出かけているのをじっと監察している。そしてやおら、頭部が押し広げている、外陰部のあたりを触診しはじめた。
「よし、大丈夫だ。会陰切開しないでも済みそうだ」
 そう言うとわたしの所に戻ってきた。
「えいんせっかい、ってなんですか」
「ああ、膣と肛門の間のところを会陰というのだが、分娩の際に赤ちゃんの頭部が大きすぎたり、外陰部の柔軟性が足りなかったりすると断裂することがあるんだ。そうならないように、わざとメスを入れて切開してやると、すんなりと赤ちゃんが出やすくなる。後で糸で縫わなければならないが、断裂した場合より治りが早いんだ。医者によっては、全員を会陰切開してしまうのもいるな」
「先生はなさらないのですか?」
「ああ、産後の肥立ちにかかわるからね。切らないで済めばそれだけ治りも速くなるし、二度目以降の出産にはすんなり胎児が出てこれるようになる。一度切開しちゃうと今後も切開しなくてはならなくなる。縫合痕は大概肉が盛り上がって、組織が固くなってしまうからね、次回の分娩の妨げになるんだ」
 先生は妊婦から目を離さないようにしながら喋っている。急激な容体変化を見落とさないようにしているのであろう。
「君だって、最初の性転換術を受けた時には、拡張具を使って膣拡張をやっただろう?」
「ええ……」
「あれと同じだよ。はじめて拡張具を使う時は、どんなに細いやつでもかなり痛い。慣らして慣らして、痛みを堪えながら少しずつ太くしていく。やがて一番大きなのでも自由に出し入れできるようになる。それと似たようなものさ。一度大きなものが通れば、二度目以降にはすんなりいく。初産はそれこそ、陣痛開始から丸二日もかかる時があるが、経産婦ならたった六時間くらいで出てくる」

「さあ、もうすぐよ。大きくいきんで、力一杯に。最後の力を振り絞って」
 助産婦の声も大きくなっていた。意識朦朧とする妊婦に声掛けして、頑張らせてい
るのだ。
「う、うーん」
 妊婦が、力一杯いきむと、
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
 部屋中に響き渡る元気な産声と共に、赤ちゃんが生まれ落ちた。
 脱力感でぐったりとしている女性。
 呼吸が楽に出来るように鼻腔に残った羊水の吸引、へその緒の処置がなされて、赤ちゃんは付着した血液などを落とすために沐浴に連れて行かれる。
 先生が再び、妊婦のところに行って、後処理をはじめていた。
「もう少し我慢するんだよ」
 やさしく声を掛けている。
 膣からずるずると何かが出てきた。
 たぶん胎盤だと思った。妊娠から今日まで、胎児に栄養補給と呼吸を助けてきた胎盤も、赤ちゃんが出たことで用がなくなり、排出されたのだ。
「よしよし。もう大丈夫だ。すべてが終わったよ。お疲れさま」
「先生。ありがとうございます」
 しかし不思議なものだ。しっかり子宮に張り付いていたはずの胎盤が、分娩を境に、大出血を起こす事もなく、跡形もなくきれいに剥がれ落ちてくるのだから。じつに巧妙な仕組みで、一体どこから指令がでているのだろうか?
 やがてきれいになった赤ちゃんが妊婦に手渡される。
「はい。女の子ですよ」
「可愛い……。あたしの赤ちゃん……」
 幸せ満面の表情の彼女。あれだけ苦しんだのに、赤ちゃんを抱いたことで、すべてが水に流された感じだ。
 こっちまで、なんか温かものが込み上げてくる。
 しばらくすると赤ちゃんは、引き離されて保育室へと運ばれていった。
 彼女もおむつと丁子帯をあてられ、分娩台から降ろされて病室に戻った。

「どうだ。分娩に立ち会った感想は? 同じ女性として、何か感じ取れるものはなかったかい?」
「正直に感動しました。生命の誕生がこんなにも真剣勝負で、自分もこうやって生まれてきたんだと思うと、改めて母の愛情の深さを感じました」
「その通りだよ。母の愛情を一心に受けて人は生まれてくる。その一端を君も担うことができるんだよ」
 わたしの心のどこかに、将来もう一度恋をするような事があったら、産んでもいいなという思いが生まれていた。
「わたし、本当に子供を産む事ができるのでしょうか?」
「それは保証するよ。何も心配しないでもいい。君は、正真正銘の女性に生まれ変わったんだから」
「わかりました。もう一度考えなおしてみます。将来の事」
「それがいい。君はまだ若いんだ。先は長い。じっくり考えて答えを出すんだね」
「はい……」
「さあ、病室に戻ろうか」

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