特務捜査官レディー(十七)辞令
2021.07.21

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十七)辞令

「ただいま!」
 真樹が声を掛けると、いそいそと母親が玄関に出迎えた。
 今日は、敬を連れてくると伝えてあったからだ。
「お帰りなさい、真樹」
「お母さん、紹介するわ。こちらは沢渡敬」
「はじめまして、真樹さんと交際させていただいてます、沢渡敬です」
 きっちりとした態度で挨拶する敬だった。
「これはこれは、うちの真樹がお世話になってるそうで」
「お母さん、立ち話もなんだから、上がってもらいましょう」
「そうだね」

 というわけで、応接室に案内され、積もる話などいろいろと話しあう三人だった。

 敬を見送った後で、応接室に戻る真樹と母親。
「いい人じゃない」
「でしょ」
「結婚するのかい?」
「うん」
「そうなの……お父さんはどうかしらね」
「それよ! どうして、出かけちゃったの? 敬を連れてくるから会って欲しいって言っておいたのに」
「やはり父親ですからねえ。娘の彼氏に会うのは勇気がいるわけよ」
「勇気がいったのは敬のほうよ」
「そうだよねえ。敬さんの方が、何倍も勇気が必要だったよね。会社から電話が掛ってきて、なんやかんやと理由をつけて出掛けてしまわれたよ」
「もう……しようがないお父さんね」
「会えるまで、何度も訪ねてきますよって敬さんは笑って言ってくれたわね」
「そりゃそうでしょ。ちゃんと会って結婚の承諾を取り付けるつもりなんだから」
「やっぱり警察官というのに、こだわっているのかも知れないしね」
「警察官じゃだめですか?」
「うーん。ほら、殉職とかあるじゃない。それを気にしていると思うの。承諾に踏み切れない状態なら、会わないほうが良いと思ってるのかも知れないわね」
「そんなこと……どんな職業だって、例えばタクシーの運転手とか、気を許せば死に至るようなことは、どこにでもあるじゃないですか。警察官だけのことじゃないと思いますけど」
「まあ、それはそうなんだけどね」
「とにかく一度会ってもらわくちゃ、話になりませんわね」
「そうね……」

「それで肝心なことなんだけど……」
「なに?」
「結婚したら、うちの家に来てもらえないかなと思ってねえ。ここ、夫婦二人で暮らすには広すぎるんだよね。もし敬さんさえ、良かったらだけど」
「相談してみます。わたしも親孝行がしたいですし」
「そうしてくれるとありがたいわ」
 母親は、すでに真樹と敬が結婚することを、前提として話を進めているようであった。
 世の常として、娘の結婚に肯定的なのは母親であり、否定的なのが父親であるということである。
 自分が腹を痛めて産んだ娘であり、初めて生理がおとずれて、手当ての仕方や女の身体の仕組みなどをやさしく教えた同性の先輩としての思い入れもある。
 もっとも正確には、真樹はこの母親の娘ではないが、自分が産んだ子供は正真正銘、この母親の孫である。
「早く孫が見たいんだけどねえ……」
 それは母親の正直な気持ちなのであろう。
 真樹としてもその方が話しやすかった。
「孫と一緒に暮らせるといいですね」
「父親があれじゃ、いつのことになるやね」
「そうですね」


 光陰矢のごとし、その年の九月に麻薬取締官の採用面接試験を受験し次の年の四月。
 希望通りに麻薬取締職員となった真樹は、採用後の研修に励んでいた。
 この時点での真樹の身分は、麻薬取締職員であり、取締官として正式任官されるまではまだ幾多のハードルがあった。
 麻薬取締職員及び取締官は、適宜研修を受けなければならなかった。
 厚生労働省主催の麻薬取締職員研修、麻薬取締官初任者研修、麻薬取締官中堅職員研修などの研修や、法務省主催の検察事務官中等科、高等科研修などを受講するとともに、国外では、フィリピンにあるWHO西太平洋地域事務局で開催されている語学研修などに参加。また、麻薬取締官は、捜査を遂行する上で危険を伴うこともあるので、拳銃射撃訓練や、逮捕術訓練などを実施するとともに、外国人による薬物犯罪の増加に対処するため、語学研修も行っている。

 それらのカリキュラムを、教官も驚くほどの優秀な成績で終了し、ついに犯罪捜査の最前線の現場に参加できる取締官に任官されたのである。
 当初は女性ということで、押収した薬物などの鑑定を行う部門へ配属される予定だったのだが、研修においてめざましい成績で終了したこと、及び真樹の強い希望と男女雇用機会均等法などから、犯罪捜査の現場への配属が決まった。
 何せ男女雇用機会均等法は、厚生労働省の管轄であるから、従わないわけにはいくまい。

 ここで麻薬取締官に関する概要を簡単に説明してみよう。
 以下は厚生労働省関東信越厚生局麻薬取締部のホームページからの引用である。
 http://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/index.html




麻薬取締部
●薬物乱用防止をめざして
麻薬取締部の業務は、薬物5法、つまり(1)麻薬及び向精神薬取締法(2)大麻取締法(3)あへん法(4)覚せい剤取締法(5)国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例に関する法律等に規定する取締、許認可、中毒者対策を行っています。

●不正ルートの取締
薬物に関する法規制は、輸出、輸入、製造、製剤、栽培、所持、譲り渡し、譲り受け、使用等の行為ごとに規制し、これらに違反した場合には、罰則を設けています。
麻薬取締部に所属する麻薬取締官は、これらの禁止事項に違反した「薬物犯罪」について、刑事訴訟法に基づく特別司法警察員として、捜査権限が与えられています。

●正規取扱者に対する指導・監督
規制薬物の中には、医療になくてはならない重要な薬物も数多く含まれています。
麻薬取締部は、これらの医薬品が製造・製剤され、若しくは輸入されてから医療現場で使用されるまでの間、適正な流通と管理がなされるよう指導・監督を行っています。

●許認可
医薬品である規制薬物の正規取扱いについては、厚生労働大臣、地方厚生局長、又は知事の免許や許可が必要となっています。
麻薬取締部は、厚生労働大臣が行う免許や許可の権限の一部が関東信越厚生局長に委任されたため、これらの許認可業務を行っています。

●中毒者対策
麻薬取締部は、保健所、精神保健福祉センター、医療機関と協力して薬物乱用者の治療や社会復帰のための助言を行っています。
また、麻薬や覚せい剤の乱用者の相談に応じるために相談電話を設置して、ベテランの麻薬取締官が相談に応じています。
「麻薬・覚せい剤」相談電話
03-3791-3779(東京)/045-201-0770(横浜)

●薬物乱用防止活動
麻薬取締部は、麻薬取締官OBの専門知識を活かした規制薬物に対する正しい知識の普及等の活動を支援するとともに、(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター等と協力して広報活動や啓発活動を行っています。

●麻薬取締官は、厚生労働大臣の指揮監督を受けて、下記の薬物関連5法に違反する罪、刑法第2編第14章「阿片煙に関する罪」の他、麻薬、あへん若しくは覚せい剤の中毒により犯された罪について、刑事訴訟法に基づく司法警察員としての職務を行っています。
 また、税関や海上保安庁などの協力を得て国外から密輸される薬物の押収に努めるとともに、平成4年に施行された「麻薬特例法」を適用して、薬物の密売収益の没収や泳がせ捜査による首謀者・密売組織の摘発などを図っています。さらに、麻薬取締官の専門性を活かして、医療関係者による薬物の不正流通・使用事犯やインターネットを利用した広域犯罪についても積極的に捜査を実施しています。


薬物関連5法
●麻薬及び向精神薬取締法
●あへん法
●大麻取締法
●覚せい剤取締法
●国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(麻薬特例法)





 こうして名実ともに麻薬取締官となった真樹のこれからの活躍を見届けよう。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v


小説・詩ランキング



11
特務捜査官レディー(十六)生活安全局局長
2021.07.20

特務刑事レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十六)生活安全局局長

 生活安全局とは。
 拳銃などによる犯罪を取り締まる「銃器対策課」
 覚醒剤などの薬物の乱用・密売などを取り締まる「薬物対策課」
 その他、住民の生活に関わる全般的な犯罪などに対処する部署である。

 通路の一番奥まった所にその局長室はあった。
 この際遠慮などいりはしない。
 面会の予約など糞食らえだ。
 構わずドアを開けて中に入る。
「何だ、君は?」
 敬の顔を忘れているようだった。
 所詮、一警察官の事など眼中にはないというところか。
 多少なりとも覚えておいて欲しかったものだ。 
「もうお忘れですか?」
「ん……?」
「二年前に、麻薬銃器の捜査研修目的でニューヨークに出張を命じられた沢渡敬ですよ」
 さすがにそこまで言われると思い出さざるを得なかったようだ。
「さ、沢渡だと!」
「殉職したと思いましたか?」
「そういう報告をニューヨーク市警から貰っている。遺体は組織の手で処分されたと……」
「そうですねえ。殉職したあげくに、闇の臓器密売組織に渡った……でしょう?」
「そ、そうだ……」
「しかし、私は生きてここにいます。特殊傭兵部隊に紛れ込んで命を永らえたんです」
「傭兵部隊だと?」
「人質事件救出の突撃隊や要人警備の狙撃班として駆り出される部隊ですよ。おかげで狙撃の腕はプロフェッショナルになりましたよ。そうだ! 一応報告しておきましょうか。沢渡敬は、ニューヨーク市警における麻薬銃器捜査研修の出張から戻って参りました」
 と、敬礼をほどこしながらとりあえずの報告を終わる。
「ああ……。ご、ごくろうだった」
「戸籍回復、及び職務復帰手続きとかを課長がやってくれるそうです」
「そうか、私からも言っておくよ」
「そりゃどうもです」
「佐伯君はどうなんだ?」
「亡くなりましたよ。私の目の前でね」
「残念だったな」
「そうですね。やっかいな二人のうちの一人を処分できたんです。黒幕は少しは安堵したことでしょう」
 黒幕という言葉を使って、やんわりと核心に触れる敬。
「黒幕とはどういうことだ?」
「言葉通りですよ。俺達の命を狙った犯行の首謀者のことですよ」
 敬の思惑を測りかねて口をつむぐ局長。
 軽率な発言をすれば揚げ足をとられるとでも思ってのことだろうと思う。
「それからニューヨーク市警の署長は、何者かに狙撃されて死んだそうですね。ぶっそうですよね。ニューヨークってところは。毎日どこかで殺人が起きているんですから」
 その口調には、それをやったのは自分だという意思表示が現れていた。
「ああ、お忙しい身でしたよね。今日のところは、これでおいとましましょう。これから家に帰って、両親に無事な姿を見せてやりたいですから」
「わかった。気をつけて帰ってくれ」
「それでは、突然押しかけて申し訳ありませんでした。一刻も早く報告しようと思ったものですからね。では、失礼します」
 敬礼して、くるりと踵を返し、部屋を退室する敬だった。
「気をつけて帰ってくれか、よく言うぜ」
 吐き捨てるように言いながら、
「さて、局長が刺客を手配する前にとっとこ帰るとするか」
 と足早に局長室を後にした。


 待ち合わせの場所で合流する。
「へえ、局長の慌てふためく様を見たかったな」
「俺が狙撃のプロ集団である特殊傭兵部隊にいたことや、ニューヨーク市警狙撃事件のことを話したからな、自分もいつ狙撃されるかと冷や冷やしているかもな」
「罪な人ね。その気はないんでしょ?」
「ニューヨークの事は、おまえが死んだという報告書をみての復讐だったからだ。あの頃は心が荒んでいたからな。正義感もどこへやらだった。しかし生きているなら罪を重ねる必要はないさ」
「うん。わたしはあなたが人を殺すところを見たくないわ」
「しかし、俺の手は血に汚れてしまったからな。あの時以来……」
「わたしが、元の敬に戻してあげるわ。大丈夫よ、愛があればね」
「そうか……」
「あら、わたしの言うこと信じてないわね」
「信じてはいるけど……」
「もう弱気ねえ。じゃあ、こうすればどう?」
 というなり、いきなり敬に抱きつく真樹。
「お、おい。人前だぞ」
 通行人が二人を怪訝そうに見ながら通り過ぎていく。
「気にしないわ。恋人同士なら恥ずかしがることない」
 そして唇を合わせてくる。

「どう? これで信じてくれる?」
 長い抱擁の後に、潤んだ瞳で囁きかけてくる真樹。
「わたしは、どんな時でも敬を信じているわ。ニューヨークの街角で逃げ惑いながら、凶弾に倒れても、
『いいか、おまえも最期の最期まで、生きる希望を捨てるなよ。簡単に死ぬんじゃないぞ、俺が迎えにくるのを信じて、命の炎を絶やすんじゃない』
 と言ったあなたの言葉を信じて、必死で生き延びようとした。だから奇跡の生還を果たすことができたの。先生もほんとにおどろいてらっしゃったけど」
「黒沢先生か?」
「そうよ。この愛であなたの心を癒してあげる」
「わかったよ。真樹の言うことを信じるよ」
「うん……」
 生死の境を乗り越えて生き延びてきた二人に、障害というものは存在しなかった。

 数日後のことである。
 駅近くで落ち合う二人。
「ご両親はどうだった?」
「あはは、生きて俺が帰ってきて、目を丸くしてた。でも涙を流して喜んでくれたよ」
「でしょうね。心配掛けさせたんだから、これからはちゃんと親孝行しなくちゃ」
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「う、うん……」
「どうした? 気乗りがなさそうだな」
「ほんとにいいの?」
「当たり前じゃないか。交際するなら、ご両親にちゃんと挨拶するのが筋だろう。大切なお嬢さまなんだからな」
「お嬢さまか……」
 今日は、真樹の両親に敬が会いに行く日であった。
 交際していることを正式に了承してもらおうというわけである。
「だいたいからして、俺は警察官なんだぜ。影でこそこそやるのは嫌いだ」
「そうだよね」
 最近の警察官の不祥事は頻発しているが、この敬という男は根っからの正義馬鹿と呼ばれるほどの性格をしている。だから交際するにもちゃんと両親の承諾を受けてからと考えているわけである。
「昇進もしたしね」
「うん……。良かったね」
 ニューヨーク研修を無事終了したという事で、敬は巡査部長に昇進していた。
「局長は何か動いてる?」
「いや、まだ表立った行動は取っていないようだ。ニューヨークから無事に帰還したことと、傭兵部隊で腕を磨いたということで、用心しているんじゃないかな。でも水面下では用意周到に手はずを整えているかも知れない。闇の中で蠢く溝鼠のようにね」
「たぶんね」

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v




にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



11
特務捜査官レディー(十五)敬の復職
2021.07.19

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十五)敬の復職

 某県警玄関前。
 さっそうとした身なりで敬が、そのスロープを歩いて玄関に入ろうとしている。
「帰ってきてやったぜ」
 ふと立ち止まって県警のビルを見上げながら呟く敬。
 万感の思いがよぎる。
 実に二年ぶりの登庁であった。

 生活安全局薬物銃器対策課のプレートが下がっていた。
「以前は薬物と銃器対策課は別だったんだけどな……」
 まあその方が捜査には便利である。
 報道関係から不祥事叩きを受けている警察も、ニュースにならないように、少しは改善しようという風潮がはじまっているというところであろう。
 おもむろにドアを開けて中に入っていく。
 中にいた警察官達の視線が集中する。
「う、うそっ!」
「まさか、冗談じゃないだろ!」
 敬の顔を知っている同僚が驚きの声を上げた。
 そりゃそうだろうね。
 殉職したことになっている人間が現れたのだから。
「か、課長! 沢渡です! 沢渡が戻ってきました!」
 書類に目を通していた課長にご注進する同僚。
「さ、沢渡……」
 課長も驚きは同じだった。
 唖然とした表情で、口に咥えていた煙草をぽろりと落としても気づかない。
「課長。沢渡敬、ただ今ニューヨーク研修から戻って参りました」
 一応儀礼的に挨拶をする敬だった。
「あ、ああ……ご、ご苦労だった」
 つい釣られるように答える課長。

 一斉に同僚が集まってきた。
「沢渡、生きていたのか!」
「そうよ。ニューヨークで殉職したって聞いて、びっくりしちゃんだから」
「生きていたなら、どうして今までずっと連絡しなかったんだ」
「おまえ二階級特進してんだぞ」
 次々に言葉を掛けてくる。
「悪い悪い、いろいろと事情があってな。麻薬捜査で組織に狙われて、姿をくらましていたんだ」
「それが殉職と関係があるんだな」
「そうなんだな」
 懐かしい同僚達との語らいだった。
「おい。沢渡君」
 課長が割って入った。
「はい、課長」
「これまで行方不明だった事情はともかく、君は一応殉職扱いで戸籍を抹消されている。戸籍の回復手続きをしなければならないし、君が望むなら警察官としての復職も元通りにな。それに必要な書類とか揃えるのをこちらで用意してあげようと思うのだが」
 局長はともかく、この課長は人情味溢れる模範的警察官であった。
 性同一性障害者の薫に対しても理解があり、女性警察官として自分の配下に置いて、いろいろと骨折りしてくれていた。薫に女性用の制服を支給し、麻薬没滅キャンペーンのチラシに他の女性警察官と一緒に載せたりもした。
 課長のおかげで、薫は署内でも一人前の女性警察官として扱われ、その職務を順調にこなすことができたのであった。
 敬が一番に課長の元を訪れたのは、そういった事情からまず最初に挨拶するべきだと判断されたのである。
「お願いします。死亡報告書を提出した警察側が動いてくれないと、戸籍復帰は適いませんからね」
「そうだな。で、ご両親の方には?」
「まだ会っていません。」
「いかんなあ。まず一番に知らせるのがご両親じゃないのか?」
「親はなくても子は育つですよ」
「なんじゃそれは?」
「あはは、順番はどうでもいいじゃないですか。ここの後でちゃんと帰りますから」
「うん。そうしてくれ」
 このように親のことにも気をつかう課長であった。
 ここを一番にしても罰当たりにはならないだろう。
「ところで……佐伯君の方なんだが……」
 言いにくそうに、もう一つの件を切り出す課長。
「残念ながら、薫は僕の腕の中で逝きました」
「そうか……好きな人の腕の中で逝ったのなら、少しは救われたかな」
「そうかも知れませんね……」
「後で、薫君のご両親にも挨拶しに行くことだな。君だけでも生きていたと知ると喜ぶだろう」
「そうします」
 世話話的な会話が続いている。
「ところで局長はどうされていますか?」
 今日の主眼ともいうべきことを切り出す敬。
「局長か?」
「はい」
 人事異動がされていないことを確認していた。
「相変わらず、と言っておこう」
「そうですか……」
「会いに行くのか?」
「行きます」
「そうか……まあ、気を静めてな。外出の予定はないから、たぶん局長室にいるはずだ」
 敬達をニューヨークに飛ばした事情を知っている課長だった。
 課長とて所詮組織の中の一人でしかない。局長の決定した敬達の処遇には、反対するべき立場にはなかった。
「ありがとうございます」
 麻薬銃器対策課を出て、生活安全局の局長室へと向かう。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v




にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



11
特務捜査官レディー(十四)これから
2021.07.18

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十四)これから

 身も心も結ばれた感動の余韻に浸りながら、並んで横になる二人。
 これまでの経緯からすぐには眠りに付けそうになかった。
 寝物語として、これまでの二人の生き様を披露しあう。
 真樹は、生死の境を乗り越えて、かの先生の手によって真の女性として生まれ変わった人生。
 敬は、追撃を振り切って特殊傭兵部隊に入り、ニューヨーク市警の所長暗殺に至った経緯。
 二人の話は尽きなかった。

 やがて今後の問題に入った。
「ところでさあ……。一緒に仕事しようと言ったこと考えてくれた?」
「うん……その件だけどさあ」
 煮え切らない返答に、
「あ、別にいいんだよ。今は新しい両親の元で真樹として暮らしているんだし、俺と結婚して専業主婦になるってのでもいいんだ。親孝行も大切だからね。用は一緒に暮らせればいいんだ」
 と切り替えしてきた。
 確かにそれでもいいとは思っている。
 結婚し家庭に入って、子供を産んで育てる。ごく普通の主婦としての生活。
 それでも十分な幸せと言えるだろうし、今の両親の願いでもあるはずだった。敬はそのことを考慮して言ってくれているのだった。
 しかしわたしの意志は決まっていた。
「違うのよ。敬と一緒に仕事したいけど、ちょっと都合があって……」
「都合って?」
「はっきり言うわ。わたし、麻薬取締官になるつもりなの」
「麻薬取締官?」
「そうよ。どうせ一緒に仕事するなら、やり残したことをちゃんと片付けたいと思う」
「磯部健児か?」
 すぐに答える敬。
 彼も心の隅にずっと気に掛けていたようだった。
「でもね。一介の警察官じゃ、あの生活安全局の局長が大きな壁になる。健児を挙げるのも、局長の真の姿を暴くのも不可能だと思うのよ」
「そうだな。その権限を笠に掛けて握りつぶされるのがおちだな」
「最近の警察の不祥事のニュースを見ても判るとおり、警察内部は腐りきっているわ。身内を庇ったり、不祥事を隠蔽しようとしたり、毎日のように馬鹿げた報道が繰り返されている」
「俺達がニューヨークへ飛ばされた要因でもある縦割り行政の問題もあるからな。生活安全局、刑事局暴力団対策課、それぞれが縄張り争いしてる」
「ああ、それだけど。警察庁組織が改編されて、薬物銃器対策課というのが刑事局組織犯罪対策部の中にできたらしいの」
「そうなのか?」
「警察庁にはね。でも地方警察の方では、相変わらず生活安全局の中にあるところが多いわ」
「ふうん……まずは本庁から組織改編をはじめて、いずれ地方に手を掛けるんだろうな」
「でも、国家公安委員会の下の警察機構の中では一本化されつつあっても、薬物銃器対策の組織ととしては、依然として厚生労働省麻薬取締部や、財務省税関そして海上保安庁とがある。それぞれ独自に捜査を続けていて、綿密に連絡を取り合って情報を共有しあって、薬物銃器対策の捜査に役立てているところは皆無に近い状況だわ」
「どっちにしても今の警察はだめだ!」
「だから警察内でいくら足掻いても無駄なこと、治外法権的な立場から警察を暴くしかないわ」
「それが麻薬取締官か……」
「そうなの。行政組織が違うから、犯罪を立証しさえすれば警察内部に踏み込むことが可能だわ。あの局長だって逮捕することだってできるはずよ」
「麻薬取締官か……俺には無理だな」
「だから、以前申請していたじゃない。麻薬と銃器を取り締まる、それぞれの行政組織を一体化させた新しい組織の創設よ」
「ああ、局長に一握りで潰された話だな」
「麻薬犯罪は悪化の一途を辿っているわ。このまま手をこまねいていては、いたいけな少年少女までにも蔓延してしまう。何せ世界一の生産・輸出国家であるアフガニスタンや南・北朝鮮から大量に流出しているんですもの」
「とにかくだ。おまえだけでも麻薬取締官になれよ。国家公務員の採用試験は一年に一回しかないんだからな」
「うん。判った」
 愛し合う二人だが、それにもまして正義感に溢れることが、こんな会話を可能にしていた。
 正義を守って悪を絶つ。
 二人に共通する思いの丈であった。
「取りあえず俺は、元の警察官に戻るよ。沢渡敬としてね」
「敬として?」
「ああ、あの局長にこの生きた姿で会ってやる」
「驚くでしょうね」
「とにかく局長が俺達を陥れたという証拠はどこにもない。そのためにこそニューヨークへ飛ばしたんだからな」
 確かに今の腐敗した警察内部の不祥事は、報道関係が目を光らせている。一介の警察官が死んだというそれだけもニュースになる時代だ。だから、警察官の死亡など日常茶飯事のニューヨークへ飛ばし、抗争事件の巻き添えで殉職というシナリオを用意していたのだ。
「でも、生きて戻ってきたとなれば、また敬をどうにかしようと動き出すでしょうね」
「そこが狙いだよ。今度こそ、奴の首根っこを捕まえてやる。特殊傭兵部隊で鍛え上げた強靭な身体と根性を見せてやるよ。俺の命を狙うなら狙えってみろだ。返り討ちにしてくれる」
「大した自信ね」
「実際、幾度となく死線を乗り越えてきたからな」
「ほんとにね……」

 ともかくも、わたしは麻薬取締官、敬は元の警察官に戻ることを決めた。
 磯部健児を検挙し、犠牲となった磯部親子に報いるためにも、わたし達ができ得ることをしようと誓い合った。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v




にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



11
特務捜査官レディー(十三)再会の日
2021.07.17

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十三)再会の日

 卒業式を迎えることとなった。
 女子大生よろしく、袴スタイルで着飾って友人達と仲良く記念写真におさまる。
 大学生活をエンジョイしながらも、国家資格試験&採用試験に向けての勉強は忘れていなかった。
 その年の六月までには二つの試験に合格し、八月に行われる予定の麻薬捜査官の受験資格を得たのである。
 実際に受験するかは、敬と相談の上で決定することにする。
 敬は一緒に仕事しようとは言ってくれているが、それはあくまで警察官同士ということだと思う。だから麻薬捜査官になるのには難色を示すかもしれない。国家公務員と地方公務員では、同じ職場を共にすることはできないからである。
 しかし地方公務員では、あの局長と健二を捕らえることはできない。

 そしてついに、敬との再会の日を迎えた。

 その日は朝から、念入りに化粧を施し、時間を掛けて慎重に衣装を選んだ。
「どうしたの? 今日はずいぶんとおめかしして」
 母が何事かと首を傾げている。
「うん……ちょっと」
「デートかしら?」
 図星を当てられて当惑する。
「やっぱりね。女の子ですもの、好きな人ができて当然。楽しんでらっしゃい」
 母親として理解ある言葉だった。
「できれば、その男性を紹介してくれると嬉しいんだけど……」
「はい。もしそれができるようでしたら、紹介します」
 敬のことだ。会ってみて、以前のままのやさしい彼だったら、現在の母にも会ってくれるはずだ。
 ただ傭兵部隊に入隊していたというから、それがどんな部隊か判らないが、スナイパーとして腕を磨いたという発言から、人殺しも是とする集団なら、心が荒んでしまっている可能性もある。

 あの日以来、連絡はなかった。
 今日会ってすべては動き出す。
 意気投合し、仕事を共有した後に幸せな結婚生活になるか。
 相容れずに別離の果てに敬は傭兵部隊の一員として戦場で散り、自分は涙に暮れるか。

 ともかくも敬と会って相談して決めよう。

 そして今、約束の大観覧車の前に立っている。
 敬の姿はない。
「ここでいいんだよね……時間は午後八時。ちょっと少し早いけど……」
 果たして姿形の変わったわたしを、敬が気づいてくれるだろうか?
 あの日のデートの時に着ていた服にすれば良かったかな……。それには実家に取りに行かなければならないし、いくら母がいつでも帰っていいよと言ってくれているとはいえ、そうそう帰ってもいられない。但し電話連絡だけは欠かしていない。母親というものは、病気してないだろうかと毎日のように心配しているからである。
 大観覧車に乗車する人々は、午後八時という時間からかほとんどがカップルであった。家族連れには遅すぎる時間帯である。
 楽しそうに乗車するそれらのカップルを見つめながら、自分と敬も一組のカップルとして乗り込んだものだった。
 一人の女性として交際してくれる敬に、ぞっこん惚れていた。プロポーズされた時の嬉しさは言葉に尽くせない感動であった。

 大観覧車の営業終了時間が迫っていた。
 日曜ならば深夜四時(最終乗車)まで営業しているが、今日のような平日は午後十時までである。再会の約束の時間としては、大観覧車が動いている時間帯と考えるのが妥当のはずだ。
 客達は帰り支度をしている。
 大観覧車の周囲には客はほとんどまばらになっていた。
 この時間となれば、二十四時間営業の東京レジャーランドへと、客は移動して行く。
 未だに敬は現れない。
 やがて大観覧車の営業が終了した。
 通行人たちの奇異な視線を浴びながら、たった一人寂しく大観覧車の前で佇むわたし。
「どうして? どうして敬は来ないの?」
 涙に暮れながら、現れない敬のことを心配していた。
 来る途中で、事故にでもあったのだろうか?
 一年前のこの場所で、こんなわたしにプロポーズしてくれた敬。
 あの逃亡劇の最中の別れ際、必ず迎えに来ると誓った。
 死線を乗り越えて生き残り、CD-Rに託して再会しようと言ってくれた。
 そんな敬が、わたしを放ってどこかに行ったりはしない。
 必ず迎えに来てくれると信じている。
「よっ! 待たせたな」
 背後から声がした。
 振り返ると、懐かしい顔がそこにあった。死線を乗り越え、傭兵部隊に入隊して精悍な表情をしているが、まさしく敬だった。
「待たせて悪かったな。実は今日成田に着いたばかりなんだ。飛行機は遅れるし、成田エクスプレスは……」
 言葉を言い終わらないうちに、わたしは敬の胸の中に飛び込んでいた。
「敬! 会いたかった」
「俺もさ……」
 それ以上の言葉はいらなかった。
 時のたつのも忘れて、二人はずっと抱き合っていた。
 これまでの時間を取り戻すかのように。

 数時間、二人はモーテルのベッドの上だった。
「あつっ!」
「あ、ごめん。痛かった?」
 長い間離れ離れになっていた愛し合う二人が結ばれるのに時間は掛からなかった。
 当然の成り行きと言えるだろう。
 しかし真樹は処女だった。
 初めて迎え入れる男性に対して少なからず抵抗を見せていた。
 処女膜を押し広げて侵入してくるものを拒絶するように痙攣にも似た感覚が全身を駆け巡る。
 敬の動きが止まった。
 真樹の身体を慈しむようにやさしい表情で見つめている。
「ううん。いいの。そのまま続けて」
「ほんとにいいんだね」
「うん。愛しているから」
 身も心も一つに結ばれたかった。
 真樹として守り続けてきたバージンを捧げたかった。
 本当の女性になるための最初の試練でもあった。
「いくよ」
「うん……」
 さらに腰を落としてくる敬。
 愛する人のために耐える真樹。
 子宮に敬のものが当たる感覚があった。
 完全に結ばれた瞬間だった。
 以前の真樹、つまり薫だった頃には不可能だった行為が、果たせなかった思いが、今実現したのだった。
 感動的だった。
 女として生きる最大の喜びに打ち震えていた。
「愛してるわ」
「俺もだよ」
 確認しあうように短い言葉を交わす二人。
 そしてゆっくりと動き出す敬。
 やがて絶頂を迎えて、真樹の身体にそのありったけの思いを放出する敬。
 身体の中に熱いものがほとばしるのを感じながら真樹も果てた。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v




にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



11

- CafeLog -