性転換倶楽部/特務捜査官レディー 磯部京一郎(R15+指定)
2019.04.17


特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(五十一)磯部京一郎

 数年の時が過ぎ去った。
 特務捜査課の捜査員として、優秀なるパートナーである敬と共に、数々の麻薬・銃
器密売組織や人身売買組織の壊滅という業績を上げて、わたし達の所属する課も警察
庁の中でも確固たる地位を築き上げていた。
 相変わらずとして、若い女性と言う事で尾行や張り込みといった捜査には出しては
くれないものの、女性にしか携わることのできない事件には、囮捜査官として派遣さ
れることは少なくなかった。
 基本的に週休二日制をきっちりと取れることは、制服組女性警察官と同等であると
言えた。
 五日の勤務のうち一日は、麻薬取締官として目黒庁舎に赴くことになっている。

 その一方で例の響子さんは、黒沢先生の製薬会社の名受付嬢として新たなる生活を
はじめていた。
 性転換によって女性となったことによる戸籍の性別・氏名変更も滞りなく完了。
 倉本里美、渡部由香里という新たなる仲間も増えて、張りのある楽しい人生を謳歌
していた。
 闇の世界にも顔が利く黒沢先生のおかげで、彼女達は平穏無事に暮らしている。

 そんなこんなで、もう心配することもないだろうと考えていた矢先だった。

 その黒沢医師から、社長室に呼ばれた。

 そこには、見知らぬ老人が同席していた。
「紹介しよう。磯部京一郎さんだ」
 磯部?
「まさか、響子さんの?」
「祖父の磯部京一郎です」
 と、深々と礼をされた。
「あ、斉藤真樹です」
 あわてて、こちらもぺこりと頭を下げる。
「真樹さんは、麻薬取締官とお伺い致しました」
 突然、わたしの職業に言及された。
「はい。その通りです」
「実は、甥の磯部健児についてご相談がございまして」
 その名前を耳にして、わたしは全身が震えるような錯覚を覚えた。

 暴力団を隠れ蓑にして、その裏で麻薬・覚醒剤の密売をしている。
 響子さんが人生を狂わされた元凶の極悪人だ。
 そして、あの生活安全局長をも影で操り、わたし達をニューヨークに飛ばして抹殺
を企んだ黒幕。
 憎んでも飽き足りない、わたし達が日夜追っている張本人。

「おそらく健児についてのことはご存知かと思いますが……」
「はい。麻薬覚醒剤の密売をやってますよね」
「そうです。孫のひろし、いや今は響子でしたね。響子の人生を狂わした、殺してや
りたいぐらいの奴です」
 まあ、そう思う気持ちは良く判る。
 孫と甥とを比べれば、直系子孫の孫の方が可愛いのは当然だ。所詮甥などは、兄弟
の子供でしかない他人に近いものだ。
 その上、その可愛い孫を手に掛けたとなれば殺したくもなるだろう。
「その健児が再び響子を手に掛けるかも知れないのです」
 え?
 冗談じゃないわよ。
 せっかく平穏無事な幸せな暮らしを築いているというのに、再び健児の魔の手に掛
かることなんて絶対に許さないから。
「どういうことですか? 詳しく説明してください」

 それはこういうことだった。
 この磯部京一郎氏は、莫大なる資産を有しているという。
 その資産を、孫の磯部ひろし、つまり性転換し戸籍の性別・氏名も女性となった現
在の響子さんに、全額遺産相続させたい。
 ところが響子さんは、母親殺しという尊属殺人によって、法定相続人としての資格
を剥奪されている。
 どうしても響子さんに遺産相続させたい京一郎氏は、相続人指名を響子さんとした
公正証書遺言状を作成したらしい。
 しかし自分が死んで相続が発生した時点で、相続問題で親族間に紛争が起きること
を懸念した氏は、親族一同を集めて遺言状の生前公開をすることを決定した。響子さ
んに遺産の全額を相続させることを、親族に明言し納得させるためにである。
 しかし、京一郎氏の甥である、あの極悪人の磯部健児が、黙って指を加えているわ
けがない。
 響子さんが遺産相続人となれば、本来自分が遺産相続できるはずだった法定相続額
の全額がなくなってしまう。被相続人の甥には遺留分は認められていないからである。
 かつて娘の弘子、つまり響子さんの母親を、覚醒剤の密売人を使って手篭めにし、
その所有資産を暴力団を使って巧妙に搾取してしまったという。
 再び同じような手を使って、響子さんを謀略に掛けて陥れ、その相続した資産を独
り占めにするのは目に見えている。
 何とかして健児の魔の手から響子さんを救いたい。
 そこで、日頃から面識のあった闇の世界にも顔が利く製薬会社社長にして産婦人科
医師の黒沢英一郎氏に相談に来たというのだった。

「……というわけだ。真樹君、何とか協力になってあげられないか」
 命の恩人の黒沢医師に頼まれたら断れるわけがない。
 幸せに暮らしている響子さんとは関わりたくなかったけど、そうもいかなくなった
らしい。
 あの健児を放っておく訳にはいかないからだ。
 奴を野放しにしていると、響子さんを手に掛けるのは間違いない。これ以上彼女を
悲劇に合わせるわけにはいかない。
 奴にはそろそろ幕をひいてもらうとしよう。
「もちろんです。健児にはいろいろと世話になっていますからね。何とかして監獄送
りにしたいと思っていますから」
「そう言ってくれると助かる。麻薬取締官としての君の協力が得られれば、健児を挙
げることができるだろう」
「お願いいたします」
 京一郎氏が頭を下げた。


11
性転換倶楽部/特務捜査官レディー 特務捜査課(R15+指定)
2019.04.16


特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(五十)警察庁特殊刑事部特務捜査課(R15+指定)

 その朝、麻薬取締部目黒庁舎に赴いたわたしは課長に呼ばれた。
「真樹君。非常に特殊なケースなのだが、君の警察庁への出向が決定した」
「警察庁へ出向……? どういうことですか?」
 敬をまみえて、麻薬取締官と地方警察が一致団結して、売春組織&覚醒剤密売組織
を壊滅させたことと、例の生活安全局局長押収麻薬・覚醒剤横流し事件と合わせて、
縦割り行政によらない新しい組織の発足が促されたというのである。
 警察庁特殊刑事部特務捜査課。
 これが新しく発足した組織名だ。
 警察庁はもとより、厚生労働省麻薬取締部・財務省税関・海上保安庁・東京都警視
庁/福祉保険局/知事局治安対策本部などから、麻薬・銃器取締や売春(人身売買)取
締にあたる捜査官が集められた。
「一応階級は巡査部長待遇ということになっている。君は国家公務員採用試験I種行
政の資格を持つ国家公務員だから、本来ならキャリア組としての警部補からスタート
しても良いはずなのだが、出向組ということで巡査部長からということになった。ま
あ……実情を話せば君が女性ということなんだ。警察というところは、今なお男尊女
卑的な部分があって、女性の配属されるのは交通課と決まっている。そもそも警察官
は初任配属先は地域課もしくは交番勤務と人事規定され、キャリアでも最初は地域課
に配属されるのだが女性警官の場合は原則的に交通課なのだ。実際に危険が伴う部署、
いわゆるおまわりさんと呼ばれる交番勤務などは全員男性だ。一般的な地方警察職員
は地方公務員で、警視正以上になってはじめて国家公務員扱いとなる。つまり資格か
ら言えば君は地方警察ならば警視正と同等以上ということになるのだが、いかんせん
麻薬取締部と警察では、その構成員の数が一桁も二桁もまるで違う。警視正と言えば、
警察庁の各警察署長や地方警察本部方面部長にも任命されようかという地位で、その
配下に収まる警察職員は数千人から数万人規模にもなる。そんな地位にいくらなんで
も、大学出たばかり麻薬取締官ほやほやの君が就任できるわけがない。双方の構成員
と部下として動かせる人員から考えて、巡査部長待遇が順当という線で落ち着いた。
どう思うかね」
 課長の長い説明が終わった。
「巡査部長ですか……」
「不満かね?」
「いえ、そんなことはありません。巡査でも身に重過ぎるくらいです」
「まあ、そう言うな……。国家公務員がいくらなんでも平巡査待遇では、麻薬取締部
の沽券(こけん)に関わるからな。これだけは譲れないというところだ。本来なら警
察大学校卒同様に警部補あたりからはじめてもいいのだがな」
 警部補といえば地方警察署の課長クラスである。
 わたしとしては、別に平巡査でも構わないと思っている。
 何せ前職の時の階級は巡査だったもの。
 敬は日本に帰ってきて、研修を終えたと言う事で巡査部長に昇進したけどね。
 生死の渕を乗り越え、特殊傭兵部隊で鍛えられたんだから、それだけのお手盛りが
あってもいいだろう。
 しかしわたしは……。
 何もしていない。
 先生に救われて斉藤真樹として生まれ変わって、女子大生として気楽に生活してい
ただけだから。
 
 なんにしても、警察庁出向か……。
 元の鞘に納まるという感じがなきにしもあらずである。

「ああ、それから君の友達の沢渡君も一緒だよ」
「敬もですか?」
「ああ、何せ我々と一緒にこれまでの事件を解決してきた功労者でもあるし、組織改
革を上申して新組織の発足を促した本人だからね」
 そうだったわ。
 以前からずっと、上層部に上申してきたんだったわ。
 それがやっと認められたということ。
「ところで個人的な質問なんだが……」
「何でしょうか?」
「君と彼は、随分親しいようだが」
「ええ、婚約しています」
「そうか、やっぱりね」
「何か問題でも?」
「いやなにね、結婚となると寿退社するんじゃないかと思ってね」
「大丈夫です。結婚しても、この仕事は続けます。もっとも妊娠すれば、出産・育児
休暇を願い出ると思いますけど」
「そうか……。安心したよ。君みたいな優秀な職員を失うのは、局の一大損失になる
からね」
「ありがとうございます。そう思って頂けていると思うと光栄です」
「まあね……」
 一般の会社なら、育児休暇を好ましく思っていない所も少なくなく、退職を勧めら
れたり、復帰しても居場所がなくなっているということも良くあることである。
 しかしわたしの所属する麻薬取締部は厚生労働省内の一部局である。
 男女雇用均等法やら育児休暇促進委員会とかが目白押し。
 「寿退社」という慣用句で、女性を退職に追いやることは不可能だ。
「それで、警察庁へはいつから出向ということになりますか?」
「来週の月曜からだ。その日に直接その足で警察庁へ赴きたまえ」
「判りました」
「それから、新しく君に交付された警察手帳を渡しておこう」
「警察手帳ですか?」
「麻薬取締官としての身分と、警察庁職員としての身分の双方を記してある、特別誂
えの手帳だ。君の今持っている警察手帳と交換してくれ」
「はい」
 わたしは、現在持っている麻薬取締官証と引き換えに、その新しい警察手帳を受け
取った。
 開いてみると、最初のページは今まで通りの麻薬取締官証と同じものであった。次
のページを開くと懐かしい警察手帳の図案が飛び込んできた。中身の様子は、上部に
は顔写真、階級、氏名、手帳番号が書かれた証票、下部には警察庁という名と、POLI
CEの文字が入った金色の記章(バッチ)がはめ込まれている。ちなみに大きさは縦10.
8センチ、横6.9センチ。
「なるほど、巡査部長になってるわ」
「これで君は、あらゆる警察犯罪を取り締まることができるようになったわけだ。し
っかり心して任にあたってくれたまえ」
「判りました」
 警察流の敬礼をしてみせるわたしだった。
 今後はそういうことも多くなるだろう。
「もちろん麻薬取締官としての自覚と任務も忘れないでくれ」
「はい」


11
性転換倶楽部/特務捜査官レディー 新しい生活へ(R15+指定)
2019.04.15



特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(四十九)新しい生活へ

 というわけで、とんでもない展開になってしまったが、勧誘員の情報を得て、警察
と麻薬取締部が結束して、売春組織の壊滅に成功したのである。

 それから数ヶ月が過ぎ去った。
 その勧誘員は……。いや、そういう言い方はやめよう。

 彼女の名前は、榊原綾香。
 黒沢医師による性転換手術を受けて、完全なる女性として生まれ変わった。
 もちろん完全であるからには、妊娠し子供を産み育てることのできる真の女性とし
てである。
 黒沢産婦人科病院にて女性看護師見習いとして忙しい毎日を送りながらも、正看護
師になるべく看護学校に通っている。
 おだやかな性格で、子供に対してもやさしく、入院している妊婦達からの評判も
上々で、まさしく看護師となるべくして生まれてきたような仕事振りだった。
 そんな働き振りを見るにつけても、性転換を施しすべての罪を許すという、黒沢先
生の決断は正しいと言えるかもしれない。
 例の薬によって、脳の意識改革が行われて、男性脳から女性脳へと再性分化が起き
たと考えられている。もはや心身ともに完全に女性に生まれ変わったのである。
 彼女は性転換されることによって罰を受け、さらに看護師として人の命を守る職に
つくことで、罪を償っている。
 罪を憎んで人を憎まず。
 彼女はもはや一人の善良なる女性に生まれ変わったのである。

 ところで、この榊原綾香のこともそうではあるが、黒沢産婦人科病院にはもう一人、
気にしなければならない患者が入院していた。

 磯部響子である。
 覚醒剤の犠牲となり、母親殺しから少年刑務所に入り、その後には暴力団の情婦と
して性転換して女性に生まれ変わって生活していたものの、暴力団の抗争事件から捕
らえられて覚醒剤を射たれた挙句に投身自殺した、あの悲劇の女性である。
 綾香の勤務ぶりを視察した後で、話題を切り替える真樹だった。
「響子さんの具合はどうですか?」
「ああ、やっと覚醒剤を体内から除去できたよ。フラッシュバックも起きないだろう。
もうしばらく様子をみたら退院だ」
 フラッシュバックとは覚醒剤特有の再燃現象と呼ばれるもので、大量に飲酒したり、
心理的なストレスが契機となって、幻覚・妄想といった覚醒剤における精神異常状態
が再現されるものである。
→薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ http://www.dapc.or.jp/
「良かったですね。もし響子さんに何かあったら、一生後悔ものです」
「会っていかないのかね?」
「いえ……。わたしは麻薬取締官です。わたしの身の回りは麻薬の匂いにまみれ、麻
薬に関わる人間達との抗争の毎日です。そんな世界に生きるわたしが、響子さんのそ
ばにいればいずれ麻薬の災禍が降りかからないとも限りません。遠くから見守るだけ
にした方が、響子さんのためだと思います」
「そうだな……。君の言うとおりかも知れないな。君が麻薬取締官である限り、犯罪
組織と関わらざるを得ない。組織に君の顔が知られることもあるだろう。そうなった
時に響子君がそばにいれば身代わりにされることも起こりうるというわけだ」
「ですから、会わないほうがいいんです。これ以上、響子さんを覚醒剤の渦中に引き
ずり込むことは避けたいのです」
「判った」

 それから数ヶ月して、磯部響子は無事に退院し、黒沢先生の経営する製薬会社の受
付嬢として就職。
 ごく普通のOLとしての平和な日々を暮らしているという。
 さすがというか、思春期以前から女性ホルモンの投与をし続けてきたおかげで、ど
こからみても女性にしか見えない美しい顔とプロポーションで、指折りの美人受付嬢
として社内はおろか出入りする業者の間でも評判となっていた。

 そしてわたしの方にも大きな変化があった。

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11
性転換倶楽部/特務捜査官レディー 初めての経験(R15+指定)
2019.04.12



特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(四十九)初めての経験

「真樹、着方を教えてやってくれ」
「ええ? わたしが?」
「他に誰がいる。彼女は、ブラジャーなんかしたことないんだ。正しい付け方を教え
てやらないと、せっかくの形よい乳房が型崩れしてしまうじゃないか」
 そう……。ブラジャーは正しい付け方というものがある。
 それを知っているのは真樹だけだ。
「でも、先生だって正しい付け方があることを知ってるくらいだし、産婦人科医とし
て診察の際に、多くの女性の着衣を見てきたんでしょうから、付け方ぐらいは知って
いるんじゃないですか?」
「あのなあ……。ただ見ていただけじゃないか、実際に身に付けている女性でないと、
良く判らないことがあるだろう」
「そりゃそうだけど……」
 そんなわけで、ブラジャーの正しい身に着け方をレクチャーすることになった真樹
だった。
「あのね、ブラジャーの付け方は……こうやってね……」
 勧誘員のそばに寄って、手取り足取り教える真樹。
「はい! これでいいわ。しっかり覚えておいてね。あなたみたいに、これだけ大き
な乳房だと、しっかりカップに入れて正しく付けておかないと、先生のおっしゃった
ように型崩れしていわゆる垂れパイになっちゃうからね」
「はい。判りました」
 生まれてはじめてのブラジャーを身に着けた勧誘員は、すっかりしおらしくなって
いた。
 女性になると覚悟した以上、おとなしく言う事を聞くしかないと判断したのであろ
う。
 それ以上に女性のランジェリーを身に着けたと言う事が、何にもまして女性として
の気概を植えつけてしまったと言ってもよい。女性だけが身につけることを許された
ランジェリーの持つ魔性ともいうべきものである。
 それからその他の服をもすべて身に付けてすっかり女性的な外観に変わってしまっ
ていた。
 もはやどこから見ても立派な美しい女性にしか見えない。
「ところで先生、こんな大きなカップのブラジャーなんか、どうして用意できたんで
す?」
「なあに、簡単だよ。ここは産婦人科だ。はじめての出産を経験する初妊婦は、分娩
の後に授乳が始まるのは予備知識で知っていても、いざ乳が張ってきて予想外に大き
くなって、用意してきたブラが入らなくて困るということが良くあるんだ。だから購
買部でそんな人のために大きなサイズのブラジャーを置いてあるんだ。もちろん授乳
専用の前部が開くやつがほとんどなのだが、普通のやつもある。それを持ってきたの
さ」
「なるほどね……」
「あの……。真樹さんと言いましたね」
「え、ええ」
「教えてくれませんか。女性のこと……何も知らないから」
 話しかけられてとまどう真樹。
「え? 突然そんなこと言われても……。ねえ、敬」
「あのなあ……。こっちに話しを振るなよ。これはおまえとこの人の問題だろ」
「だって……」
「俺は、思うんだけどさあ……」
 と何か言いかけて口を噤む敬。
「なに、言って? 考えがあるんでしょう?」
 真樹は何事かと聞き出そうとする。
「この人は、女性に性転換されてしまったことで、もう罪に対する罰は十分に受けた
と思うんだ。先生も言ったように、これからは新しい人生をはじめることになる。生
まれ変わってね」
「それで?」
「しかし女性としての経験はまるでないだろう? 社会に出て女性として生きていく
には最低限の知識は必要だ。衣服の着こなしはもちろんのこと、化粧とかも必要だろ
う。それを教えられるのは真樹しかいないんじゃないか?」
「そうかも知れないけどさあ……」
「教えてやれよ。真樹なら、この人の気持ちは良く判ると思う。違うか?」
 真樹が元々は男性であり、性転換して女性になったことを示唆しているのだった。
 同じ境遇である真樹にしか、その気持ちは判らない。
 他に誰が、この性転換女性を正しい道に導けるものがいるだろうか?
「もう……。判ったわよ。教えてあげればいいんでしょう」
 致し方なく承諾する真樹だった。
「あ、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
 深々と頭を下げる勧誘員だった。
 その仕草も態度もすっかり女性的な雰囲気があった。
 郷に入れば郷に従えだ。
 女性として生きることを決心したことが、その態度をすっかりと変えてしまったの
である。
 あるいは性転換薬が、身体だけではなく精神構造をも、純朴な女性的な性格にした
に違いない。

「それじゃあ、性転換手術をする日は後で決めるとして、早速例の組織のことを教え
てくれないか」
 黒沢医師が本題に話題転換した。
 囮捜査のことも何もかも、すべては売春組織を探し出し壊滅することだった。
 その情報を知っているのは、この勧誘員である。
 そのためにこそ、黒沢医師は性転換を実施し、言葉巧みに仲間に組み入れたのであ
る。
「はい。何もかもすべて話します」
 すでに勧誘員はこちら側の人間である。
 それから売春組織のアジトはもちろんのこと、勧誘員の知りうる幹部達のことなど、
洗いざらいの情報を話し始めたのである。
 黒沢医師の目論見大成功である。


11
性転換倶楽部/特務捜査官レディー これを着なさい(R15+指定)
2019.04.11



特務捜査官レディー・特別編
(響子そして/サイドストーリー)


(四十八)これを着なさい

 だが、解き放たれた瞬間だった。
 勧誘員が、猛然と敬に体当たりしてきた。
 隙を見計らって、脱出を試みたようだった。
 しかし……。
「い、いたた……。痛い」
 敬に簡単に腕をねじ上げられてしまった。
 勧誘員は、自分が女性の身体になっていることを、すっかり忘れていたのだ。
 その女性的な華奢な身体では、特殊傭兵部隊時代に鍛えた筋骨隆々の敬を、弾き飛
ばすことすらできなかった。
 腕を取られてもそれを振りほどく腕力さえもまるでない。
 体格も筋力も、そしてその美貌をもして、勧誘員は完全なまでに女性化していた。
「どうやら、まだ自分のことが判っていないようだな。言ったろうが、おまえはもは
やほぼ完全な女性になっているんだよ。あきらめるんだな」
 その言葉に、うなだれる勧誘員。
 もはや女性になるしかない状況なのだと理解したようだ。
「もう、結論は出たな」
 問いかける黒沢医師に対して、ゆっくりとうなづく勧誘員だった。
「ほ、ほんとうに……。完全な女性になれるんだろうな?」
 女性になると決めたからには、やはりまがい物ではない真の女性になりたいと願う
のは当然だ。
「もちろんだ。わたしは産婦人科医だ。女性の身体の事はすべて理解しているし、性
転換手術のことなら、ここにいる真樹が証明してくれる」
 と、突然に言い出した。
「な、何を言い出すんですか? 先生! そのことは……」
 さすがに慌てふためく真樹だった。
 それを知っているのは、黒沢医師と敬、そして両親の四人だけである。
 全くの他人に明かすような内容ではないだろう。
「いいじゃないか。今日からこの娘は……。そう、この娘と言おうじゃないか。私た
ちの仲間となるんだ。言わば真樹とこの娘は姉妹というわけだよ。秘密事はなくして、
仲良くしようじゃないか」
「そんな……。勝手に決めないでください!」
「あはは、さてと……。いつまでも裸のままじゃ、可哀想だな」
 といいながら、戸棚から手提げ袋を取り出した。
「さあ、これを着なさい」
 と勧誘員に手提げ袋を手渡す。
 勧誘員がそれを開けると……。
 出てきたのは、女性用の衣料だった。
 ワンピースドレスにブラやショーツといったランジェリーも揃っていた。
 それを見た真樹が驚いたように言った。
「せ、先生! やっぱり最初から、この人を女性にするつもりだったんですね?」
「あはは……。その通りだよ。私は男は嫌いだからな、男に戻すことは端から考えて
いない」
 女性衣料を手渡されて勧誘員はとまどっていた。
 そりゃそうだろう。
 これまで男として生きてきたのだ。
 例え身体が女性になってしまったとはいえ、いきなり女性衣料を着るには勇気がい
るだろう。
「成り行きでこういうことになってしまったが、判るな?」
 と念を押す黒沢医師だった。

 少し考える風だったが、やがてゆっくりとその衣料に手を伸ばす勧誘員だった。
 黒沢医師は、最初から性転換するつもりだった。
 だが、それを知ったところで、今更どうすることもできない。
 男には戻れない。
 黒沢医師にその意思がない以上、これは確定的だ。
 一生をこのまま女性として生きていくしかない。
 ならば、この目の前にある女性衣料……。
 着るしかないじゃないか。
 ブラジャーを手にした勧誘員だったが……。
「どうやって付けるんだ? これ?」
 というような困った表情をしていた。

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