特務捜査官レディー(十五)敬の復職
2021.07.19

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十五)敬の復職

 某県警玄関前。
 さっそうとした身なりで敬が、そのスロープを歩いて玄関に入ろうとしている。
「帰ってきてやったぜ」
 ふと立ち止まって県警のビルを見上げながら呟く敬。
 万感の思いがよぎる。
 実に二年ぶりの登庁であった。

 生活安全局薬物銃器対策課のプレートが下がっていた。
「以前は薬物と銃器対策課は別だったんだけどな……」
 まあその方が捜査には便利である。
 報道関係から不祥事叩きを受けている警察も、ニュースにならないように、少しは改善しようという風潮がはじまっているというところであろう。
 おもむろにドアを開けて中に入っていく。
 中にいた警察官達の視線が集中する。
「う、うそっ!」
「まさか、冗談じゃないだろ!」
 敬の顔を知っている同僚が驚きの声を上げた。
 そりゃそうだろうね。
 殉職したことになっている人間が現れたのだから。
「か、課長! 沢渡です! 沢渡が戻ってきました!」
 書類に目を通していた課長にご注進する同僚。
「さ、沢渡……」
 課長も驚きは同じだった。
 唖然とした表情で、口に咥えていた煙草をぽろりと落としても気づかない。
「課長。沢渡敬、ただ今ニューヨーク研修から戻って参りました」
 一応儀礼的に挨拶をする敬だった。
「あ、ああ……ご、ご苦労だった」
 つい釣られるように答える課長。

 一斉に同僚が集まってきた。
「沢渡、生きていたのか!」
「そうよ。ニューヨークで殉職したって聞いて、びっくりしちゃんだから」
「生きていたなら、どうして今までずっと連絡しなかったんだ」
「おまえ二階級特進してんだぞ」
 次々に言葉を掛けてくる。
「悪い悪い、いろいろと事情があってな。麻薬捜査で組織に狙われて、姿をくらましていたんだ」
「それが殉職と関係があるんだな」
「そうなんだな」
 懐かしい同僚達との語らいだった。
「おい。沢渡君」
 課長が割って入った。
「はい、課長」
「これまで行方不明だった事情はともかく、君は一応殉職扱いで戸籍を抹消されている。戸籍の回復手続きをしなければならないし、君が望むなら警察官としての復職も元通りにな。それに必要な書類とか揃えるのをこちらで用意してあげようと思うのだが」
 局長はともかく、この課長は人情味溢れる模範的警察官であった。
 性同一性障害者の薫に対しても理解があり、女性警察官として自分の配下に置いて、いろいろと骨折りしてくれていた。薫に女性用の制服を支給し、麻薬没滅キャンペーンのチラシに他の女性警察官と一緒に載せたりもした。
 課長のおかげで、薫は署内でも一人前の女性警察官として扱われ、その職務を順調にこなすことができたのであった。
 敬が一番に課長の元を訪れたのは、そういった事情からまず最初に挨拶するべきだと判断されたのである。
「お願いします。死亡報告書を提出した警察側が動いてくれないと、戸籍復帰は適いませんからね」
「そうだな。で、ご両親の方には?」
「まだ会っていません。」
「いかんなあ。まず一番に知らせるのがご両親じゃないのか?」
「親はなくても子は育つですよ」
「なんじゃそれは?」
「あはは、順番はどうでもいいじゃないですか。ここの後でちゃんと帰りますから」
「うん。そうしてくれ」
 このように親のことにも気をつかう課長であった。
 ここを一番にしても罰当たりにはならないだろう。
「ところで……佐伯君の方なんだが……」
 言いにくそうに、もう一つの件を切り出す課長。
「残念ながら、薫は僕の腕の中で逝きました」
「そうか……好きな人の腕の中で逝ったのなら、少しは救われたかな」
「そうかも知れませんね……」
「後で、薫君のご両親にも挨拶しに行くことだな。君だけでも生きていたと知ると喜ぶだろう」
「そうします」
 世話話的な会話が続いている。
「ところで局長はどうされていますか?」
 今日の主眼ともいうべきことを切り出す敬。
「局長か?」
「はい」
 人事異動がされていないことを確認していた。
「相変わらず、と言っておこう」
「そうですか……」
「会いに行くのか?」
「行きます」
「そうか……まあ、気を静めてな。外出の予定はないから、たぶん局長室にいるはずだ」
 敬達をニューヨークに飛ばした事情を知っている課長だった。
 課長とて所詮組織の中の一人でしかない。局長の決定した敬達の処遇には、反対するべき立場にはなかった。
「ありがとうございます」
 麻薬銃器対策課を出て、生活安全局の局長室へと向かう。

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