あっと!ヴィーナス!!第五章 part-4
2019.12.25

あっと! ヴィーナス!!


第五章 part-4

 楽しい夕食のはずだった。
 母のお手伝いをして、自分が包丁を入れて料理の下ごしらえをしたのだ。
 それはそれでいいとして、問題はここにいる……。

「ヴィーナス! なんでおまえが夕食の席に並んでいるんだよ! それもお父さんの席に
陣取りやがって」

「ん?」
 ヴィーナスの前には、酒瓶が並んでいる。
 しかもすでにできあがっている。
「いまなんかいったかろー」
 酔っ払ってるじゃんか。
 人の家に勝手に上がり込んで勝手に酒飲んで酔っ払って、こいつは一体なに考えてんだ
か。
「弘美ちゃん、いいのよ。わたし達の願いをかなえてくれたんだもの。これくらいのこと
しなくちゃね」
「そうらろ……しなくたいかぬのらろ」
 なに言っとるんじゃ。ろれつが回ってない。
「うらうらいってっと、ぶたにしちまうぜよ」
 げっ!
 豚にされたらたまらん。この酔っぱらい状態じゃ、ほんとにやりかねないぞ。
 ここはおとなしく持ち上げていたほうがいいみたいだ。
「はい。ヴィーナスさまには感謝しています。今後ともよろしくお願いします」
「うむ。よろひい!」
 と納得して再び酒をのみはじめる。

 ほんとにこれでも女神なの?
 確かに、女の子にしたり戸籍を改竄したり、関係者を洗脳したりと超人的な能力を持っ
てはいるようだけど、人格というか神の資質に問題があるんじゃない?
 きっと男女の生み分けの際にも酔っ払ってたとか?
 ありうる!

 ひとしきり飲んで酒がなくなった後にヴィーナスは帰っていった。
 この調子だったら、酒にありつこうと毎晩やってくるんじゃないだろうか。ただでさえ
お母さん達は、感謝感激雨霰ってかんじだもんな。
「ねえ、お母さん。大丈夫なの?」
「なにが?」
「酒代だよ」
「心配いらないわよ。弘美ちゃんが女の子でいられるなら、全財産を食い潰されても構わ
ないくらいよ」
 おいおい。それはないよ。
「それより、今夜は一緒にお風呂に入りましょうね」
「ええ! なんでえ?」
「これから女の子として暮らしていくには、いろいろと避けて通れないこともあるじゃな
い。たとえば修学旅行や社会人になれば慰安旅行と、共同浴場に入ることもあるわよね。
当然自分の裸体をさらけ出すことになるし、他人の裸も目に入るわ。そんな時のために今
から経験しておかなければいけないでしょ? お母さんを相手にね」
「そりゃそうだけど……」
「それに女の子の肌や髪はデリケートだから、それなりの身体の洗い方とかも教えてあげ
る必要があるの」
「そ、そんなの適当でいいじゃない」
「だめ! ちゃんとできるようになるまで一緒に入るわよ」
 言い出したら利かない母の性格だった。

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あっと!ヴィーナス!!第五章 part-3
2019.12.24

あっと!ヴィーナス!!


第五章 part-3

「疲れたあーっ!」
 家に帰りついて、ソファーに寝そべるようにして、足の疲れを癒す。
 とたんに、
「弘美ちゃん、はしたないわよ」
 と注意される。
「へい、へい」
 起き上がって、腰掛けるように座ると、
「両足は広げずにちゃんと揃えてね」
 となる。
 女の子としての躾に、一所懸命なのは理解できるけど……。
 ああ、女の子ってなんて面倒くさいんだ。

 なんて考えていると、
「はい、弘美ちゃん」
 何か手渡された。
 広げてみると……。
「エプロンじゃない……」
「そ、夕食の支度のお手伝いね」
「な、なんでえ! 今まで、そんなことさせなかったじゃない」
「お料理は、女の子のたしなみよ。お手伝いしてもらいながら、少しずつ教えていくから
ね」
 そんなの男女不平等だよ。
 男が料理したっていいんだから。
 女の子だからっている理由だけで……。
「はい、はい。お台所へ行きましょう」
 しかし、母さんには通用しないみたい。
 ヴィーナスじゃないけど、このあたしを女の子として人前に出しても恥ずかしくないだ
けの躾をしようと一所懸命なのだ。
 ほとんど強引に台所へ連れていかれて手伝いをさせられるはめになった。
 それから包丁を持たされて、下ごしらえとしてにんじんやら肉などのカットをやらされ
た。

 手伝いをすること小一時間。
 そのうちに三々五々家族達が帰ってくる。
「母さんのお手伝いか。弘美ちゃん、えらい!」
 そう思うなら兄さんも手伝えよ。
 しかしそれっきりリビングに行ってしまった。
 母も兄弟達には手伝わせる気はないようだ。
「いいわ。弘美ちゃん、テーブルにお皿を並べて頂戴」
「うん……」
 すでにテーブルには皿や茶碗が重ねて置いてある。それを各自の前に並べていく。
「それじゃあ兄さん達を呼んできて」
 兄弟は全員帰ってきていた。
 母の家庭方針で、食事時間は午後七時と決められていた。
 家族はそれまでに帰るか、遅くなるときは必ず連絡することになっていて、全員ちゃん
と守っていた。そういった物事のけじめには、幼少の頃から厳しい母だったからである。

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あっと!ヴィーナス!!第五章 part-2
2019.12.23

あっと!ヴィーナス!!


第五章 part-2

 そこはランジェリーショップだった。

 見渡せばそこは……。
 可愛らしいブラジャー・ショーツから、殿方を魅了するセクシーベビードールまで。
 目を覆いたくなるような女性用のランジェリーが……。
 ところでランジェリー{lingerie}とは、フランス語で婦人用下着のことらしい。では
紳士用下着はなんというのだろうか? アンダーウェアでは男女とも使うし英語だもんね。
 さて……?
 意外と知られていないものですね。
 誰か教えてよ。あたしは和仏辞典持ってない。
 そもそも女性衣料品は、やたらカタカナ語それもフランス語を使いたがるのよね。それ
にくらべて男性衣料品は、下着と漢字かシャツなどの英語が多いと思う。
 ええい、そんなことはどうでもいいの!
 今の問題は、目の前にあるこのランジェリーだ。
「ねえ、これなんか可愛くていいわよ」
 と楽しそうに品選びしている。
 本人よりも母の方が夢中というところだ。
 自分じゃもう着ることができないとびきり可愛いものを、娘に着せて喜んでいるという
図式。
 いい加減にしてほしいなあ……。

 しかし……、いかにも楽しそうに娘のランジェリーを選んでいるその横顔を見てふと思
った。

 そうか……。
 母さんは、ずっと男六人の中でたったひとりの女性として、暮らしてきたんだったっけ
……。
 女同士だけの話を共有する相手もなく。ただ一人寂しく息子達を育ててきたんだ。
 すこし可哀想に思えてきた。
 それだけに女の子ができたということで、これほどまでに嬉しそうな表情を隠しもせず
にしているところなど見たこともなかった。
 そうだね。
 母さんと一緒にいる時くらいは、女の子らしくしていてあげよう。
 心底そう思った。
 ヴィーナスに対してはしゃくにさわるけど……。

「弘美ちゃん、ありがとう。また一緒にお買い物に行きましょうね」
 帰りの車の中で母は言った。
 別に母が「ありがとう」という筋合いのものではないが、一緒に楽しく買い物ができた
ことへの感謝の気持ちを現したものであろう。
「うん、そうだね」
 ごく自然にそう答えてしまう。
 まあ、いいさ。
 女の子としての躾には、ちょっとうるさいと思うこともあるけど、すべてはあたしのた
め。言葉遣いはやさしいしまなざしは温かい。
 親孝行も大切だよね。

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あっと!ヴィーナス!!第五章 part-1
2019.12.19

あっと! ヴィーナス!!


第五章 part-1

「弘美ちゃん、足を合わせてみて」

 ここはシューズフィッターのいる靴屋さんだ。
 学校から帰るとすぐに母に連れられてやってきた。
 歩くことは毎日の生活と健康の要であり、その足を収める靴はぴったりと合っていなく
てはならない。
 シューズフィッターに足型を取られたり、見本の靴で店内を歩き回ったして具合を確か
めたりしたあげくに、これが最適という靴を示されたのだった。
 通学用の黒色の革靴と、私用の可愛いデザインの黒色の革靴、そして可愛いデザインで
明るいパステルカラーの靴との三足。
 そろりと足を靴にいれてみる。
「ちょっときついかな……」
「これくらいが丁度よろしいかと思います」
「そうよ。朝と夕では足の大きさが変わるのよ。むくんじゃうのよね」
 朝起きた時と夕方では、足のサイズが変わっているということは、シューズフィッター
の基本常識だ。
「そうなの?」
「はい。おっしゃるとおりです」
「ちょっと歩いてみなさい」
「またなの?」
 靴を選ぶのにさんざ歩いた後だからもううんざり気分だった。
「だめよ。ちゃんと合ってるかどうかを確かめてから買わないと後で後悔することになる
んだから」
 それから三足それぞれ履いて店内を歩き回って、結局その三足を買うことに決めた。
「通学用は、もう一足はないと困るから、今の靴の様子を見ながら、いずれまた買いまし
ょうね」
 はいはい。
 もう疲れたよ。
 だいたいからして、朝から履き慣れない革靴で歩き続けて、棒のようになっていたと言
っても過言ではない。
 靴の入った買い物袋片手に、母の運転する車に乗ろうとすると、
「弘美ちゃん、そんな乗り方しちゃだめよ。来るときに注意したでしょ」
 と叱られた。
 車に足から入ったからだった。
 女の子が車に乗るときは、まず後ろ向きに足を揃えながら、スカートが皺にならないよ
うに注意しながら(つまり手を添えて)、お尻からシートに座って、おもむろに両足を車
の中へ運び入れる。
 誰も見てなきゃどうでもいいじゃないかと思うのだけどね。
「だめだめ、身だしなみというものは、常日頃からしっかり身につけていないと、いざ素
敵な男性にドライブに誘われた時に、墓穴を掘ることになっちゃうわよ」
 あのねえ……。
 なんでいきなりそんな話しになるんだよ。十年早いよ。
 一旦降りてから、もう一度女の子らしい乗り方をする。そうしないと乗せてくれないの
よね。もう……。
「ええと……。まだ時間があるわね」
 腕時計を見ながらあたしを見つめた。
 な、なに? なにかあるの……。
「ついでだから、もう一件回りましょうか」
 と言って車を走らせた。
「どこ行くの?」
 尋ねてみると、
「行けば判るわよ」
 答えてくれない。にこにこと微笑みながら鼻歌まじり。

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あっと!ヴィーナス!!第四章 part-3
2019.12.18

あっと! ヴィーナス!!


第四章 part-3

 さて音楽と言えば、リコーダーと歌。
 リコーダーはまあいいとして、問題は歌だよね。
 自分の声を出さなければならないから恥ずかしいな。
 自分自身の声というものは、人の耳にどのように聞こえているか、自分では理解できる
ものではない。
 例えばテープレコーダーなどに録音した自分の声を聞いて、『この声、ほんとに自
分?』と、感じたことのある人は多いだろう。しかし他人がその録音を聞けば、間違いな
くその人の声だと言う。
 みんなは可愛い声だという。
 でも自分じゃ判らないんだよね。
 MDプレーヤーがあるから、今度録音して聞いてみようっと。

 ぞろぞろと女の子が連れ立って音楽室へ移動する。
 女の子というものは、何事にも仲良しグループで行動することが多い。
 そのメンバーは、双葉愛、西条明美、新川美奈、そして弘美の四人。
 これがヴィーナスの選んだ仲良しグループというところだろう。
 他愛のない話をしながら廊下を歩いて音楽室へ。

 でもって現われた音楽教師がこれまたヴィーナスだった。
 いい加減にしろよ。
 と言いたくなった。
 しかしながらもピアノ伴奏する腕前は、本物だった。
 意外だな……。
(神に不可能はないの)
 意識を操作してそう思わせてるだけじゃないか?
(ピアノは女神の必修科目なの)
 嘘付くなよ。幼稚園か小学校の教諭じゃあるまいし。
(いい加減にしなさいよ)
 はん!
「それでは相川弘美さん。歌っていただきましょうか」
 え?
「弘美がんばってね」
「弘美の素敵な声を聴かせてね」
 ちきしょう……横暴女神め。
 とはいえ、今は音楽の授業時間だ。個人として歌わせるのは教師の授業采配の一つだ。
歌わなければ授業成績に響くというものだ。
 ピアノ伴奏がはじまる。
「♪♪なじーかはしーらねーど……♪♪」
 みんな静かに歌を聴いている。
 うーん。自分の歌声がどんなものか……聴いてみたい気分。
 歌い終わったと同時に拍手喝采だった。
 あ、どもども。
 ちがーう。
「弘美さん。素敵な歌声をありがとう」
 へい、へい。
「それじゃあ、次は……」

 音楽の授業が終わった。
 ホームルームへ戻りながら愛ちゃん達がさっきの歌について誉めてくれた。
「弘美、相変わらず奇麗な声だったわよ」
「そうそう、ほんとうらやましいわ」
「顔も可愛いけど、声も可愛いのよね」
 そ、そうか……。
 て、てれちゃうなあ。
「そんなことないよ。愛ちゃんも可愛い声してたし……」
 そんなこんな話をしながら、廊下を歩いて行く。
 女の子同士、他愛のない話。
 それにしても女の子はどうしてグループを組みたがるのだろうかと思いながら……。


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