あっと!ヴィーナス!!第五章 part-1
2019.12.19

あっと! ヴィーナス!!


第五章 part-1

「弘美ちゃん、足を合わせてみて」

 ここはシューズフィッターのいる靴屋さんだ。
 学校から帰るとすぐに母に連れられてやってきた。
 歩くことは毎日の生活と健康の要であり、その足を収める靴はぴったりと合っていなく
てはならない。
 シューズフィッターに足型を取られたり、見本の靴で店内を歩き回ったして具合を確か
めたりしたあげくに、これが最適という靴を示されたのだった。
 通学用の黒色の革靴と、私用の可愛いデザインの黒色の革靴、そして可愛いデザインで
明るいパステルカラーの靴との三足。
 そろりと足を靴にいれてみる。
「ちょっときついかな……」
「これくらいが丁度よろしいかと思います」
「そうよ。朝と夕では足の大きさが変わるのよ。むくんじゃうのよね」
 朝起きた時と夕方では、足のサイズが変わっているということは、シューズフィッター
の基本常識だ。
「そうなの?」
「はい。おっしゃるとおりです」
「ちょっと歩いてみなさい」
「またなの?」
 靴を選ぶのにさんざ歩いた後だからもううんざり気分だった。
「だめよ。ちゃんと合ってるかどうかを確かめてから買わないと後で後悔することになる
んだから」
 それから三足それぞれ履いて店内を歩き回って、結局その三足を買うことに決めた。
「通学用は、もう一足はないと困るから、今の靴の様子を見ながら、いずれまた買いまし
ょうね」
 はいはい。
 もう疲れたよ。
 だいたいからして、朝から履き慣れない革靴で歩き続けて、棒のようになっていたと言
っても過言ではない。
 靴の入った買い物袋片手に、母の運転する車に乗ろうとすると、
「弘美ちゃん、そんな乗り方しちゃだめよ。来るときに注意したでしょ」
 と叱られた。
 車に足から入ったからだった。
 女の子が車に乗るときは、まず後ろ向きに足を揃えながら、スカートが皺にならないよ
うに注意しながら(つまり手を添えて)、お尻からシートに座って、おもむろに両足を車
の中へ運び入れる。
 誰も見てなきゃどうでもいいじゃないかと思うのだけどね。
「だめだめ、身だしなみというものは、常日頃からしっかり身につけていないと、いざ素
敵な男性にドライブに誘われた時に、墓穴を掘ることになっちゃうわよ」
 あのねえ……。
 なんでいきなりそんな話しになるんだよ。十年早いよ。
 一旦降りてから、もう一度女の子らしい乗り方をする。そうしないと乗せてくれないの
よね。もう……。
「ええと……。まだ時間があるわね」
 腕時計を見ながらあたしを見つめた。
 な、なに? なにかあるの……。
「ついでだから、もう一件回りましょうか」
 と言って車を走らせた。
「どこ行くの?」
 尋ねてみると、
「行けば判るわよ」
 答えてくれない。にこにこと微笑みながら鼻歌まじり。

11

腸閉塞を患う
2019.12.19
○月○日 腸閉塞

 ある夜、優雅にココアを飲んでいたら……。
 突然吐き気をもよおし、あわてて流しに走って吐いた。
 直前に飲んでいたココアは無論、それまで胃に入っていたものすべて。

 胃が空っぽになって吐くものがなくなり、続いて襲ってきたのが胃の痛み。
 キリキリと、胃が捻じられるような激しい痛み。
 胃酸が食道に逆流したような感じもする。
 喉が渇くので、水を飲むと胃の痛みが和らぐ。
 助かったと思った矢先、また吐き気。

 胃が空になると激しい痛み。
 胃に何か入れると吐き気。

 土曜日の夜。
 救急な症状かも知れないが、一晩とりあえず様子を見よう。
 翌日の日曜日となっても相変わらず。
 どうしようかな……。
 と悩んでいるうちに翌日の月曜日となった。

 もはや悩んでいる時ではないと、個人経営総合病院へと車を走らせた。
 あくまで救急車は呼ばない。

 とりあえず、診療科目は消化器外科だ。
 問診表を書いて診察を待つ。

 検査が始まる。
 X線(レントゲン)から始まってCTスキャンなどの各種検査。
 超音波検査に至って、腹水がたまっていることが判る。
 そして、小腸と大腸の接合部付近、大腸と直腸の間にあるS字結腸、それぞれに狭窄が
起きていることが判明。それが原因で、腸閉塞の症状がでているらしい。

「入院治療が必要です」
 それともう一つ。
「肺の陰影が薄いようですね」
 と何気なく言ったが、専門が消化器外科では、それが何を意味しているかを診断するこ
とは無理からぬことだろう。
 それが後日に判明する、大病の前兆だったとは……。

 ということで、一旦家に帰って、入院に必要な一式を揃えることにした。

つづく

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