あっと!ヴィーナス!! 第一章 part-3
2019.10.01


あっと! ヴィーナス!!


第一章 part-3

 しばらく母娘の抱擁が続いて、やがて静かに母が弘美から離れた。
 涙を拭いながら、
「もっと良く見せてごらん」
 と、じっと見つめる母。
「いやだ。恥ずかしいよ」
「ふふ……恥ずかしいのは、女の子の証拠よ」
「あたりまえだよ。こんな裸見られたら、誰でも恥ずかしいよ」
「声もすっかり女の子ね。とっても可愛い声よ」
「え? 声?」
「気づいてなかったの?」
「だ、だって、驚いてばかりで言葉を失ってたという感じだったし……」
「いい声だわ。やっぱり女の子はいいわねえ」
 もう……。
 母さんは、女の子が欲しくてたまらかったから、嬉しくてしようがないだろうけ
どさあ……。こっちはそれどころじゃない気分。
「さあて、これから買い物に行かなくちゃ」
 ふと弘美から離れて、独り言のように呟く母。
「買い物って?」
「決まっているじゃない。弘美が着る服よ。女の子になったんだから、女の子の服
を買わなくちゃね。今ある服はもう着れないでしょ」
「い、いいよ。今あるやつを着るよ」
「気づいていないの?」
「気づくって?」
「あなたの身体よ。以前より身体が小さく細くなって華奢になってるのよ」
「え? そうなの……?」
「以前の服はだぶだぶでとても着れないわよ。その証拠じゃないけど、サイズを計
らなきゃね。今メジャーを持ってくるわ」
 と言って部屋の外に出ていった。
 ドアの外から家族の会話が聞こえてくる。
「母さん。ずいぶん遅かったじゃないか」
「な、なあ。ほんとに女の子だっただろ?」
「ええ。正真正銘の女の子だったわ。間違いなく弘美は女の子。しかもとびきり可
愛い女の子になっているわよ」
「だ、だろう。俺は嘘は言わないよ」
「で、どうするんだよ。これから」
「どうするもないよ。弘美はわたしの娘だし、あなた達の妹ということよ」
「妹か……そうだな。妹もいいかも知れないな」
「信一郎兄さんは、肯定するんだね」
「もちろんさ。母さんじゃないけど、俺も妹が欲しかったからな。正直言って、弟
ばかりでうんざりしてたんだ」
「そりゃ、ひどい言い方だよ」
「まあ、そういうわけよ。弘美は年頃の女の子なんだから、これからは許可なく弘
美の部屋に入っちゃだめよ」
「入っちゃだめって、弘美と一緒の部屋の俺はどうするんだよ」
「部屋替えするわ。弘美は女の子だからもちろん一人部屋、武司は信一郎と一緒に
する。いいわね」
「俺は構わんよ。まだ見てないけど、とびきり可愛いというんだし、妹のためなら
一歩でも二歩でも譲るよ」
「武司も構わないわね。いえ、これは母の命令です」
「ちぇっ、しようがないな……」
「じゃあ、みんなも納得したところで、これから弘美の着る服の買い物に付き合っ
てもらうわよ。女の子は衣装持ち、取り敢えずは一週間分だけど、かなりの量にな
るはずだから、荷物持ちお願いね」
「いいよ。みんなもいいな」
「とにかく弘美の事はしばらくそっとしておいてあげてね。いきなり女の子に生ま
れ変わって一番動揺しているんだから」
「わかった」
「さあ、みんなそういうわけだから、下へ降りた降りた」
 やがて階段を降りていく家族達の足音。
 どうやら家族は、弘美を女の子として肯定し、妹として位置付けしてくれたよう
だ。
 が、その本人の弘美は、一人蚊帳の外。
 一体なぜ女の子になってしまったのか、その理由も解き明かされないまま事が進
んでいく。


11
あっと!ヴィーナス!!第一章 part-2
2019.09.30


あっと! ヴィーナス!!


第一章 part-2

「弘美、隠れてないで顔を見せなさい」
「……」
 見せられるはずがなかった。しかし完全に逃げ場はなかった。
 かといって出られない。
 ううーん。どうしたらいいんだよ。
「俺が布団を引っぱがしてやる」
 次兄の慎二兄さんの声だ。
 だ、だめー!
 剥がされないように裏側からしっかりと布団を抱き寄せる弘美。
「待って!」
「なんだよ」
「あなた達は、ちょっと外へ出ていなさい」
「ええ? 何でだよう」
「もし武司の言ってることが本当なら、弘美は恥じらい多き年頃の女の子ということ
じゃない。兄弟とはいえ、異性の前に姿を見せられて?」
 おお、さすが母親だけあるよ。女の子の心理を知り尽くしている。
 って、そうじゃないだろう。
「おい。おまえら、母さんの言う通りだ。出るぞ」
 言い出したのは長兄の信一郎兄さんだ。
「ちぇっ、しょうがねえな」
 三兄の雄三兄さん。
 と、ぞろぞろ部屋を出ていく足音。
 やがて扉を閉める音。
 そして静かになった。
「さあ弘美、顔をお見せなさい。お兄さん達はもういないわ」
 やさしく諭す母。
「もし武司の言うとおり、弘美が女の子になったとして、お母さんにだけは、姿を見
せられるわね」
 それでもじっと布団の中で固まっている弘美。強制的に掛け布団を剥がされる気配
はなかった。あくまで本人の意思で姿を見せるのを待つつもりのようだ。
 いつまでも姿を出さないので、静かに語りはじめる母。
「ねえ、弘美。以前からお母さんが、女の子が欲しがっていたのは知っているわよね。
産まれてくる子はみな男の子。これが最後と割り切って産んだ五人目のあなたも結局
男の子だった。悔しくて、あなたに弘美って女の子みたいな名前をつけちゃった。覚
えていないだろうけど、ちっちゃい頃はあなたに女の子の服を着せて慰んでいたわ。
ほら、そんな写真があったのを覚えているでしょ」
 そう確かに、弘美の記憶には家族のアルバムに、可愛いちっちゃな女の子の写真が
あったのを思い出した。そのアルバムを見て自分自身の幼少の写真がなくて、知らな
い女の子の写真があるのを不思議に思ったものだった。母は、その頃の弘美が写真嫌
いでカメラを向けても逃げ回っていて、その女の子は弘美の幼馴染みの一人たとか言
っていたけど、そうかあの女の子が……。今更にして納得する弘美だった。ちなみに
幼馴染みには双葉愛という女の子がいる。
「だから、ねえ弘美。もしあなたが本当に女の子になったというのなら、お母さんは
こんなに嬉しいことはないわ。だってこれからは女同士の話しができるんですものね。
今流行のファッションの話しをしたり、ショッピングにも一緒に行けるのよね。今ま
では自分以外は、みんな男性でしょ。お父さんと五人の息子達、合わせて六人の男性
の中でたった一人自分だけが女性。こんな寂しいことはないわよ。でも今日からは違
うわよね? 弘美が女の子だったらね」
 弘美を産み育てた心境やアルバムの事を持ち出して、とくとくと説得を続ける母。
 このまま隠れているわけにもいかなかった。
 自分を産んでくれた母、弘美が女の子になったことを心底喜んでいることが、その
口調からはっきりと感じ取られていた。
 もっそりと布団から顔を現わす弘美。
「あら、髪が伸びたのね。いいわよ、今の弘美には似合っているわよ。さあ、全身を
見せてくれるわよね」
 あくまで弘美の自意識に委ねる母。
 布団を捲くって、その全身をあらわにする弘美。
 一糸纏わぬ女の子の裸体がそこにあった。
「まあ……素敵!」
 瞳を爛々と輝かせて、歓喜しながら、
「弘美なのよね……?」
 一応念押しの確認している母。
「そ、そうだよ。俺、弘美だよ」
「そう……ほんとに、女の子になったんだね」
 言うが早いか、力強く抱きしめられた。
「うれしい……弘美、ありがとう」
 うれしいと感謝感激されても困るんだけど……と、思っていても口に出せる心境で
はなかった。
 母は涙を流し、身体を震わせながら弘美を抱きしめ続けていた。
「お母さん、苦しいよ。そんなに強く……」
「我慢してらっしゃい。母娘のスキンシップは大切なの!」


11
あっと!ヴィーナス!!第一章 part-1
2019.09.26


あっと! ヴィーナス!!


第一章

「うわー!」
 ベットで飛び起きる弘美。汗びっしょりである。
 回りを見回している。
 自分の部屋にいるのを確認して安堵している。
「ゆ、夢か……。まったく変な夢を見ちまったよ。この俺を女に変えるなんてね」
 まだ外は暗いので、そのまま再びベットにもぐり込む弘美。

 夜が明けて窓辺から差し込む光。
 まどろんでいる弘美。
 と、突然。
「こらー! 起きろ。いつまで寝てるんだよ」
 弘美を起こしているのは、一つ上の兄の武司だ。
 弘美は五人兄弟の末っ子だった。
「もう少し……」
「起きろ!」
 弘美の布団を引き剥す武司。
 そして、弘美の寝姿に驚く。
「な、なんだー!」
 そこには、半裸に近い姿の、しかも豊かな胸、ほっそりくびれた胴体、正しく若々
しい女の子の姿をした弘美が横たわっていたのである。
「お、お、お、おまえ……」
 驚きのあまりに、言葉を失っている武司。
「う……ん。なんだよ」
 目を擦りながらも、自分の身体の異変にまだ気づいていない弘美。
「か、母さん! 母さん!」
 叫びながら部屋を飛び出す武司。

 どたどたどたどたー!

 大きな音が響いてくる。
 どうやら階段から足を踏み外して転げ落ちたようだ。
「なんだよ……。何を驚いて……」
 とベッドから縁に腰掛けるようにして起き上がるが、顔の前にふわりと長い髪が被
さってくる。
「ん……え?」
 はじめて自分の異変に気がつく弘美。自分はこんな長い髪をしていない。
 髪だけではない、その胸元には昨日まではなかった二つの膨らみがあったのだ。
「なんだよ! これは?」
 そっと触ってみる。
 しっかりとした弾力があって、感触がちゃんとあるところをみても、本物の乳房以
外の何物でもなかった。
「ま、まさか……?」
 あわてて股間に手を当ててみる。
「な、ない……」
 あるはずのものがなくなって、ないはずのものがある。
 これってつまり……。

 女の子になっちゃったー!

 どこからどう見ても女の子だよ。
 なんでこうなっちゃったの?
 きのう何か変なもの食べ覚えもないし。
 あーん。いくら考えても判らないよお。

 部屋の外から、どたどたと昇ってくる多数の足音が聞こえてきた。
「や、やばいよ!」
 この姿を見られた武司から事情を聞いて家族が確認にきたようだ。
 この姿を見られるわけにはいかなかった。
 弘美の部屋には鍵が付いていないし外開きだから、ドアから侵入してくる者を防ぐ
手だてがない。
 あわてて布団に潜り込む弘美。
「弘美、入るわよ」
 母の声がしたかと思うと、ぞろぞろと家族が入ってきた。
「ほんとに女の子がいたのか?」
「いたさ。それも弘美にそっくりな女の子。最初は、弘美が女の子を連れ込んだかと
思ったけど……。間違いなくなく弘美だよ」
「弘美が女の子になったというわけね」
「そうだよ。この目に間違いはない。視力は、1.5」
 ベッドを囲むようにして家族が話し合っている。


11
あっと!ヴィーナス!!プロローグ・後編
2019.09.25


プロローグ・後編

ナレーション
ここは運命管理局センター。地球人類の運命を司る天上界
にある機関の一つである。
人類の誕生から死までの運命を管理しているうちの、誕生
を管理する部門の最高責
任者がヴィーナスなのだ。
地球人類も70億を越えるようになり、その膨大なデータ
を処理するために、コンピュータシステムが導入されている。
え? 神がコンピューターを使うのかって?
そんなことどうでもいいじゃありませんか。

ヴィーナス
どうです。見つかりましたか?

オペレーター
お待ちください。もう少しで判明します。

ディアナ
ヴィーナス、どうした。どじでもふんだか?

ナレーション
突然現われたのは、時間管理局長官である天空の女神ディアナ
である。天上界では、ヴィーナスの同僚であるが、
その美貌にかけて、常日頃から張り合っている。

ヴィーナス
ディアナ

ディアナ
ふふん。図星のようだな。

ヴィーナス
ファイル-Zが行方不明になったのよ。

ディアナ
なんだとー!
ファイル-Zと言えば、おまえどうなるか判っておるのか。

ヴィーナス
だからこうして、今全力をあげて捜索中ですよ。

ディアナ
オペレーター。システムを時間管理局のラインに接続しろ。
大至急だ。バックアップさせる。

ヴィーナス
ディアナ

ディアナ
酒ばかり飲んでるからこんなドジ踏むんだよ。
ふふん。
本来ならきさまの手助けなどしたくはないのだがな、
ファイルーZとなればそうもいかないだろう。

オペレーター
発見しました!

ナレーション
注目する二人。ヴィーナスの表情に少し安堵の様子が
うかがえる。

暗転 ナレーション
さて、ところかわって地上。
ここは講堂館の青畳の上。おりしも中学柔道選手権試合の決勝戦が行われていた。
応援する人々、その中に、双葉愛の姿も見える。組み合う二人、そして見事な背負
い投げが決る。
審判員A
一本! それまで!

ナレーション
大歓声に包まれる講堂館。一斉に駆け寄ってくる同校のクラブ
員達。胴上げされる少年。
この少年こそこの物語のヒロインである相川弘美その人である。
え? 少年なのにヒロインなのかって?
それは物語を読み進めていけば判る。

ところ変わって、大通りに面した歩道を弘美が歩いている。
とその目前に現れる愛と美の女神ヴィーナス
弘美、ヴィーナスに気づいて立ち止まる。

ヴィーナス
探しましたわよ。

弘美
探しましたって、あなたは一体。

ヴィーナス
私は、愛と美の女神ヴィーナス
(突然あたりの景色が消え、真っ暗になる)

弘美
な、なんだ? いったいどうした! ここはどこだ?
(きょろきょろと当りを見回している)

ヴィーナス
ここは、時間と空間を超越したところにある、天空の女神ディアナの支配する世界
です。

弘美
時間と空間? 天空の女神ディアナって、ローマ神話に
登場する最高神で、たしか男性形名をヤヌス、英語で1月を意味する
JUNUARIUS はこの人に由来するという、あの神か?
ローマ神話のほとんどがギリシャ神話に置き換えられてしまったのに、
唯一ギリシャ神に対応するものがないことで何とか生き残ったという。

ヴィーナス
よく御存知でしたね。でもそんなことはどうでもよろしい。
私があなたのところへ遣わされたのは、
ファイル-Zのあなたを本来生まれるべき姿に戻すためです。

弘美
ファイル-Z? 本来生まれるべき姿に戻すってどういう意味だ?

ヴィーナス
ファイル-Zに選ばれた以上、あなたは女性でなければならない
のです。それが手違いで男性に生まれてしまった以上、
今ここで女性に戻す以外にないのです。

弘美
ちょっと待て! 俺を女に変えるというのか?

ヴィーナス
その通りです。これからは女性としての人生を歩くことに
なります。

弘美
冗談じゃない! ことわる。

ヴィーナス
これは運命なのです。

弘美
やめてくれ!

ヴィーナス
ヴィーナスの名においてこの者を本来生まれるべき
女性の姿に戻したまえ・・・

弘美
うわー!(突然、足元から下へと落ちはじめていく)


11
あっと!ヴィーナス!!プロローグ・前編
2019.09.24

プロローグ・前編

ナレーション
天上界に優雅にそびえ立つヴィーナスの神殿。
豪華に飾られたその神殿内の執務室。
神子達が忙しく動き回る大広間の奥の高座の金銀財宝の散りばめられたソファーに
横たわりながら酒を飲んでいるこの人物こそ、この世のありとあらゆる美しさをた
たえた女神。そう、この人こそこの物語において重要な役処を務める……

ヴィーナス
ヒロイン役のヴィーナスです。

ナレーション
と本人は申しておりますが実は……

ヴィーナス
だからヒロインのヴィーナスです。タイトルを見
ていないのですか?

ナレーション
えっと……ヒロインのヴィーナスだそうです。

ヴィーナス
ちょっと投げやりなんじゃありませんこと?

神子 A
ヴィーナス様。この書類に目を通して頂けますか?

ナレーション
唐突にも、物語は始まる。

ヴィーナス
こら! 逃げるな!

神子 A
ヴィーナス様。どなたとお話になっておられるの
ですか?

ヴィーナス
え? ああ、なんでもありません。(書類に目を通して、渡す)

従者A、一礼して退く。

ヴィーナス
うん? (床に落ちているDVDディスクを拾い上げて、神子を呼 び止める) デ
ィスクが落ちていたわ。運命管理局に渡しておいて。

神子 B
かしこまりました。(ディスクを受け取って運命管理局へ)

ナレーション
再び酒を飲みはじめるヴィーナス。この世のす
べての美を持っている天上界の神の一人なのだが、酒が大好きで暇さえあれば飲
んだくれているというどうしようもない女神だ。

ヴィーナス
聞いていれば、好き勝手いいやがって。

ナレーション
わたしはナレーションだ。ここでは神より偉い!

ヴィーナス
あのなあ……

ナレーション
ほれほれ、物語は進んでいるよ。

神子 C
ヴィーナス様。ファイルーZを受け取りに参りました。

ヴィーナス
ファイルーZ? なんだそれ……。

神子 C
とぼけないでくださいよ。ゼウス様からお預かりになられたDVDディスクに収め
られたファイルですよ。

ヴィーナス
ああ……、忘れていた。それならここに……。(と酒の瓶が並べられたガラステー
ブルの上を見る)
な、ない!(急に、青ざめる)

神子 C
ないって……。どういうことですか?

ヴィーナス
確か、テーブルの上に置いていたんだ。(思い出す)
ああ! そうだ。さっきの神子に渡した。

神子 C
神子に渡したってどういうことですか? ファイルーZは特別扱いで、担当である
私だけが処理できるものなんですよ。

ヴィーナス
そんなことより、ファイルーZだ。(ちょうど通りかかった神子Bを呼び止めて)

神子 B
え? それでしたらとっくに運命管理局のほうに回しましたが?

ヴィーナス
そ、それで、どっちの方に回したの? 男? 女?

神子 B
(きょとんとしている)どっちって……? 私は男性担当ですからそちらに……。

ヴィーナス
遅かったか!


11

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