あっと!ヴィーナス!!第三章 part-5
2019.12.12
第三章 part-5
「あ! 沢渡君よ」
と、明美が指差す先には、校内随一いや川越市で一番の暴れん坊の沢渡慎二が歩いてい
た。高校生だって恐れおののく、二つ名で「鬼の沢渡」と呼ばれる荒くれ男だ。彼に睨ま
れたら、骨の二三本も折れれば恩の字で即病院送りは確実。見てみろよ、男達は彼が通れ
ば道を開けてびくびくしている。
「沢渡君、おはよう!」
美奈が挨拶する。
おいおい!
関りになりたくない。
「ああ……おはよう」
ぼそりと答えて行ってしまう。
あれ?
あれが鬼の沢渡と恐れられている男か?
あ、そうか……思い出した。
男相手には容赦のない彼だが、女の子にはよほどのことがない限り手を挙げないことで
も有名だった。それどころか、女の子が男達に絡まれているのを見掛けると、その男達を
叩きのめし、女の子を救い出して名も告げずに去っていく。
男達は震撼するが、女の子達には救世主なのだった。
今の弘美は女の子だから……安心していられるわけだ。
「近寄りがたいけど、女の子にはやさしいからね……」
きーんこーんかーんこーん♪
学園内に予鈴が鳴り渡った。
まもなくホームルームがはじまる。
それぞれの教室へと入っていく生徒達。遅刻しそうになり駆けている者もいる。
3年A組。
それが弘美のクラスだった。
教室に入り、いつもの席に座る弘美。いつもと言っても以前までは男として座っていた
場所だ。しかし身長が低くなった分、机がちょっと高すぎるように感じる。
教室の廊下側の窓に、すらりとした女性のシルエットが映った。
からりと乾いた音とともに扉が開いて入ってきたのは……。
「ああ! ヴィーナス!!」
なんでこんなところに?
「起立!」
クラス委員長で、生徒会会長でもある鶴田公平が号令を掛けた。
一斉に立ち上がる生徒達。
「礼!」
「着席!」
いつものホームルームの情景だ。しかし肝心の教師が違う。
ヴィーナスは、チョークを手に取り、黒板に向かって文字を書きはじめた。どうやら名
前らしい。
女神奇麗
と書き綴った。
おい!
いくら何でも、その名前はないだろう。
「新任の担任の女神奇麗です。めがみ・きれいと読みます。先日寿退職した先任の先生に
変わって担任となりました」
ちょっと待て!
なんでヴィーナスが教師なんだよ、それも担任……。
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