あっと!ヴィーナス!!第五章 part-2
2019.12.23

あっと!ヴィーナス!!


第五章 part-2

 そこはランジェリーショップだった。

 見渡せばそこは……。
 可愛らしいブラジャー・ショーツから、殿方を魅了するセクシーベビードールまで。
 目を覆いたくなるような女性用のランジェリーが……。
 ところでランジェリー{lingerie}とは、フランス語で婦人用下着のことらしい。では
紳士用下着はなんというのだろうか? アンダーウェアでは男女とも使うし英語だもんね。
 さて……?
 意外と知られていないものですね。
 誰か教えてよ。あたしは和仏辞典持ってない。
 そもそも女性衣料品は、やたらカタカナ語それもフランス語を使いたがるのよね。それ
にくらべて男性衣料品は、下着と漢字かシャツなどの英語が多いと思う。
 ええい、そんなことはどうでもいいの!
 今の問題は、目の前にあるこのランジェリーだ。
「ねえ、これなんか可愛くていいわよ」
 と楽しそうに品選びしている。
 本人よりも母の方が夢中というところだ。
 自分じゃもう着ることができないとびきり可愛いものを、娘に着せて喜んでいるという
図式。
 いい加減にしてほしいなあ……。

 しかし……、いかにも楽しそうに娘のランジェリーを選んでいるその横顔を見てふと思
った。

 そうか……。
 母さんは、ずっと男六人の中でたったひとりの女性として、暮らしてきたんだったっけ
……。
 女同士だけの話を共有する相手もなく。ただ一人寂しく息子達を育ててきたんだ。
 すこし可哀想に思えてきた。
 それだけに女の子ができたということで、これほどまでに嬉しそうな表情を隠しもせず
にしているところなど見たこともなかった。
 そうだね。
 母さんと一緒にいる時くらいは、女の子らしくしていてあげよう。
 心底そう思った。
 ヴィーナスに対してはしゃくにさわるけど……。

「弘美ちゃん、ありがとう。また一緒にお買い物に行きましょうね」
 帰りの車の中で母は言った。
 別に母が「ありがとう」という筋合いのものではないが、一緒に楽しく買い物ができた
ことへの感謝の気持ちを現したものであろう。
「うん、そうだね」
 ごく自然にそう答えてしまう。
 まあ、いいさ。
 女の子としての躾には、ちょっとうるさいと思うこともあるけど、すべてはあたしのた
め。言葉遣いはやさしいしまなざしは温かい。
 親孝行も大切だよね。

11
退院
2019.12.23
○月○日 退院


 病名が確定しないながらも、入院は続いた。
 食っては寝るだけ、合間に検査の生活で飽きもする。
 しかしながら、自分には仕事があるし、各種ローンの支払いもある。
 いつまでも入院しているわけにはいかない。
 対症療法しかできなくて根本治療ができないというなら……。

「一旦、退院させてください」

 と願い出た。
 主治医は渋ったが、強く主張することで何とか退院の許可を取ったのである。

 退院証明書には
【ブドウ状球菌敗血症】
 と書かれていた。

 敗血症といえば死に至る場合もある感染症である。
 あわただしく退院したので、詳しく聞く余裕も無かった。

 そんなことよりも、入院費用やら滞納しているローン代金の方が大問題だったのだから。
 仕事休んで無給状態だったもんな。


 今回の入院では、敗血症の疑いありと診断されたが、その症状の多くは全身性エリテマ
トーデスのものと合致しており、やはり前兆現象と言える。

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