あっと!ヴィーナス!!第三章 part-2
2019.12.09


あっと!ヴィーナス!!


第三章 part-2

 下へ降りると、みんなの視線が一斉に集中する。
「おはよう、弘美ちゃん」
 挨拶もほとんど同時だった。
「う、うん。おはよう……」
「その制服似合ってるよ」
「あ、ありがとう」
 自分の席に着く。

「じゃあ、遅れるから行かなくちゃ」
 と立ち上がる信一郎兄さん。
「あ、俺も」
 そして異口同音に、
「じゃあ、弘美ちゃん。行ってくるね」
 ああ、勝手に行って頂戴。
 とは思ったが、
「いってらっしゃい」
 と可愛く答える弘美だった。
 わざわざ手を振って出かけていく兄さん達。
「父さんは?」
「昨日早く帰ってきたでしょ。だから今日は早めに出勤してやり残したことをかたずける
そうよ」
「そんなだったら、早く帰ってくることもなかったのに。母さんが教えたんでしょ」
「お父さんも女の子が欲しかった人ですからね。一刻も早く知らせてあげようと連絡した
のよ。そしたら速攻で帰ってきちゃったわ。よほど早く逢いたかったのね。だから理解し
てあげてね。それから、父さん母さんじゃなくて、お父さんお母さんと、『お』をつけて
呼びなさいね。女の子なんだから」
「お、お母さん? って呼べばいいわけね」
 逆らってもしようがないので、素直に言うことを聞いてあげよう。
「そうよ」
 言いながら、ご飯と味噌汁をよそってくれる。
「はい、どうぞ。良く噛んで食べなさいよ」
 良く噛んで……だなんて今まで、一度だって言ったことがないのに……。
 言葉遣いもやさしいし。
 それに引き替え、まるで反対の態度なのが武司兄さんだ。
 上の三人の兄と違って、朝から一言も口を開いていない。部屋を追い出されたのが気に
触ったのかなあ……。
「それから武司には途中まで同じ道だから、一緒に学校まで送ってもらうことにしたよ」
 ああ……どうりで、ぶすっとしているわけね。


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あっと!ヴィーナス!!第三章 part-1
2019.12.07


あっと!ヴィーナス!!


第三章 part-1

 夜が明けた。
 これからの将来を案じてほとんど眠れなかった。
「弘美ちゃん。朝ですよ」
 朝はいつも低血圧だった。
 だから誰かに起こされる。ほとんどが武司兄さんだが……。
 あれ? 何で母さんが起こしにくるの?
 何せ六人分の朝食の支度やその他もろもろ、主婦の朝は忙しいから、起こしにこれる状
況ではないはずなのに。
「早く朝食を食べないと、学校に遅れますよ」
 と、やんわりとやさしく起こそうとしている。まるで女の子を起こすように……。
 女の子?
 あ?

 がばっ! と飛び起きて確認する。
 髪……長い。
 胸……ある。
 あそこ……ない。(涙)
「あーん。やっぱり夢じゃないよ……。女の子のままだよー」
 忙しい母さんが、わざわざ起こしにきたのはそのせいだったのね。女の子の部屋という
ことで、兄さん達は遠慮しているようだ。
「何を今更なことを言ってるんですか。ほらほら、早く着替えなさい」
 と、パジャマを脱がされ、素っ裸に……。
 うーん。この姿は兄さん達には見せられないよなあ……。
 ここにいるのは母と娘、女同士だからいいんだけど……。産みの親とはいえ、あまり裸
は見られたくないな。
 しかし母は一向に気にしていない。昨日のようにブラジャーとかの下着を着せられる。
 ブラジャーを着用しはじめて二日め。そうそう慣れるものではない。どうも窮屈な感じ
がする。
「いいわね……。じゃあ制服を着なさい」
「これって、栄進の女子制服じゃない。ヴィーナスがくれたやつ……」
「当たり前でしょ。女の子なんだから」
「これで学校に行くの?」
「大丈夫よ。ヴィーナスさんがおっしゃってたじゃない。ご近所さんから学校関係者まで、
弘美ちゃんに関わる人々の記憶をすり替えたって。戸籍も女の子になってるしね」
「そんなこと信じられないよ」
「女神さまなんだから間違いないわよ。今朝のゴミ出しの際に、近所の奥さんと話してい
て、弘美ちゃんの話題になるようにそれとなく誘導したら、『弘美ちゃんて、とても可愛
いいお嬢さんね。うらやましいわ』って言ってたから」
「ほんと?」
「だから心配しなくてもいいのよ。学校の先生やお友達も、記憶をすり替えてあるはずだ
から、安心して女の子として当校できるわ」
「ほんとかなあ……」
 この目で確認するまでは信じられない。なにより信じて女子制服で登校して、以前のま
まだったら、それこそ一生笑い草にされてしまうじゃない。
 気が思いよお……。
 なんて言ってるうちに、すっかり女子制服姿になっていた。
 母さんは着せ替え人形が得意?
「さあ、下へ行きましょう。みんなが待ってるわ」
「待ってるって?」
「可愛い弘美ちゃんを一目見てから、出かけるつもりみたいね」
「そんなのないよ。あ、あたしに構わず行ってくれりゃいいものを」
「そんなこと言うんじゃありませんよ。せっかく家族愛に燃えているんだから」
「結局さらしものにされるだけじゃない」
「弘美ちゃん……」
「いいよ、もう……。どうせ避けられない運命なんだから、串刺しにでも何でもしてよ」
 といいながら鞄を手に取る弘美だった。
「そうそう、何事もあきらめが肝心よ。昨日も言ったけど、一度その姿を見せれば慣れち
ゃうから」


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あっと!ヴィーナス!!第二章 part-7
2019.12.06


あっと!ヴィーナス!!


第二章 part-7

「それから渡す物が二つあります。一つはこれ」
 と一通の書類を母に渡した。
「これは戸籍謄本……。まあ!」
「どうした?」
「ほら、あなた。弘美ちゃんのところが『長女』になってるの」
「どれどれ……ほんとだ」
「俺にも見せてよ。うーん……性別を抹消訂正していないから、生まれついての女の子と
いうことじゃないか」
「ほんとだ」
 戸籍謄本を回し見して確認している家族達。
「口でいうよりも実物証拠を見せた方が理解しやすいと思って持ってきました」
「恐縮いたします」
「それともう一つは……」
 というと紙包みを差し出した。
 それを受け取って開けてみる母。
「まあ、これは! 弘美ちゃんの学校の女子制服じゃない」
「どれ、ほんとだ」
「明日からの通学のために用意しました。これがないと困ると思いまして」
「ありがとうございます。何もかも至れり尽せり感謝します」
「女神としては当然のことですよ。すべては弘美さんが何不自由なく女の子として生きて
いけるようにしなくてはならないのですから」

「いい加減にしてよ!」
 これまでじっと静観して弘美が叫んだ。
 あまりにも傍若無人じゃないか。
 じぶんの意思が完全に無視されている。
 俺……あたしの人生どうなっちゃうの?

 ヴィーナスを交えての家族あげての祝杯は続いた。


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あっと!ヴィーナス!! 第二章 part-6
2019.10.14


あっと!ヴィーナス!!


第二章 part-6

「あああああああー! お、おまえは!」

 何もかも思い出した!
「ヴィーナス!」
 そうだ、そうだよ。
 女の子にした張本人だ!
 どうしてくれるんだよ。元の身体を返してくれ。
 と言おうとする前に、
「それは無理ですよ。元の身体とはいうけど、あなたは女の子として生まれるはず
だったのだから。つまり今の身体が本来の形なんだから」
 先に答えられてしまった。
 え? まだ言ってないのに……。
「あなたの心の中はすべてお見通しです」
 言いながら酒を飲む。おいしそうに。
「ねえ、この方どなた? 弘美ちゃんのお知り合い?」
 母さんがそっと耳打ちするように尋ねる。
「知り合いも何も、俺……(と言ったら母の目が怒っている)……。あ、あたしを
こんな身体にした張本人だよ。愛と美の女神ヴィーナスとか言ってやがった」
「まあ! それは素敵!」
 瞳を爛々と輝かせてヴィーナスを見つめなおしている。
 あのなあ……。
「これはこれは、女神様。よくぞ弘美を女の子にしてくださいました。どうぞどう
ぞ、まあ一献どうぞ」
 席を譲りながら酒を薦める父。
「うむ」
 威厳をもってその席に座りながら酌を受けるヴィーナス。
「当然の事をしたまでです。手違いで生まれてしまった者を元の姿に戻すのは女神
の責任なのです」
「それはそれは、さぞやご苦労なさったのでしょう。ささ、どうぞどうぞ」
 母までが女神を祭り上げている。
「今の今まで、やり残したことを手掛けていたので遅くなりました」
「やり残したこと?」
「その前にもう一杯」
「あ、すみません。どうぞ」
「突然に女の子の姿になってしまっては、ご近所付き合いや学校生活に支障が出ま
すよね?」
「はい、確かにそうです。実はどうしようかと悩んでいたんです。この娘が女の子
になったのはいいんですが、男の子として暮らしていましたから……」
「そう。女神としては、ただ元の姿に戻すだけでなく、女の子として正しく生活で
きるようにまで面倒みなくては手落ちというものでしょう」
「そうでしょ、そうでしょう。ささ、どうぞ」
 今度は信一郎兄さんが酌をしている。
「それで具体的に何をなさっておられたのですか?」
「彼女に関わるすべての人間の記憶を、彼女が女の子というものにすり替えたので
す」
「ということはつまり……。何の支障もなく、この娘が女の子として、ご近所付き
合いや学校生活できるということですね?」
「その通りです」
「まあ、それはそれは、どうもお疲れさまです。どうぞ、どんどんお飲みくださ
い」


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あっと!ヴィーナス!! 第二章 part-5
2019.10.10


あっと!ヴィーナス!!


第二章 part-5

「俺達も同感だ。はじめて見たけど、ほんとうに可愛いよ。友人達に鼻が高いよ」
「うんうん。めっちゃかあいいよ。その衣装とっても似合っているよ」
 衣装って……母さんのもろ好みって感じの、着せ替え人形風のことか?
「ああ、ほんとだ。妹じゃなかったら、恋人にしたいよ」
 上の三人の兄さん達は、もうべた可愛がりという口調と表情だった。
 しかし武司兄さんだけは、なぜかぶすっとしている。
 住み慣れた部屋を追い出されたから当然だろうね。
「弘美ちゃん、何か一言」
「そうそう、可愛い声で何か喋ってよ」
 あ、あのなあ……。
 じっと弘美を見つめている家族達。
 うーん……、どうしようかな。って困るほどのこともないか。
「ひ、弘美です。女の子になっちゃったけど……今後ともよろしく」
 とぺこりとお辞儀をする。
 他にどうせいっちゅうんじゃ。
「おうおう。こちらこそね。弘美ちゃん」
「うん。弘美ちゃんは、今日から可愛い妹だよ」
「仲良くしようね、弘美ちゃん」
 ちょっと、妹に対して言っている言葉じゃないよ。
 それにちゃんつけだし……。
 相変わらず武司兄さんは押し黙っている。
「はい、弘美ちゃん。座って、座って」
 わざわざ椅子を引いて、着席を促す母。
 もうどうにでも思ってくれよ。
 それより何より、お腹が空いてぺこぺこなんだ。
 んでもって、目の前の料理はというと。
 お赤飯に、鯛のお頭つき。そして寿司の盛り合わせだよ。
 なあ……勘違いしていないかい?
「女の子として生まれ変わった弘美の誕生日を祝って乾杯しましょう」
「今日は無礼講だぞ。未成年なんか関係ない」
 ちょ、ちょっと。
「おう!」
「乾杯!」
 あ、あのなあ……。
「いいぞお。乾杯だあー! うぃっ……」
 あれ……。
 今の……聞いたことのない声?
「おい。今の声、誰だ?」
「女の声だったな。母さんでも弘美ちゃんの声でもない」
 家族も気づいたようだ。
 と、今まで気づかなかったが、母さんの後ろの酒瓶を積んだワゴンにかぶり付き
で酒を飲んでいる人がいる。
 それも飛び切りの絶世の美女だ。
 どっかで見たような……美女?
 美女だと!?


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