銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 XIII
2019.08.03


第三章 第三皇女


                XIII

「敵艦隊旗艦、アークロイヤル発見!」
 ついに待ちに待った情報が届いた。
「ようし、遊びは終わりだ。全艦ワープ準備! 敵旗艦空母の周辺に座標設定」
「了解! ワープ準備に入ります。座標設定、敵空母周辺」
 操舵手が復唱する。まさに楽しそうな表情で、ピクニックにでも行くようだ。それも
そのはずで、あのミッドウェイにおいても操舵手を務めていたのである。空母攻略のた
めの小ワープは、その時と状況がほとんど似通っており経験済みの余裕であった。
「白兵戦の要員は、ただちに発着場に集合せよ」
 ミッドウェイでは総攻撃を敢行したが、今回はアークロイヤルに接舷し、白兵戦で艦
内に侵入する。そしてマーガレット皇女を保護する作戦である。
「艦長、後は任せる。作戦通りに動いてくれ」
 立ち上がって指揮官席を譲るアレックス。
「おまかせ下さい」
 作戦を参謀達に伝えた時、提督自らが敵艦に乗り込むことに、反対の声も少なくなか
った。しかし、作戦が困難であればあるほど、部下にだけに苦労させたくないというア
レックスの心情と性格は、誰しもが知っていることである。カラカス基地攻略戦、タル
シエン要塞攻略戦など、生還帰しがたい作戦だからこそ自ら率先してきたのでる。
「内乱を引き起こしたとはいえ、相手は皇女様だ。私が行かなければ失礼にあたるだろ
う」
 そう言われてしまうと誰も反論することができなかった。

 その頃。旗艦空母アークロイヤル艦橋では、マーガレット皇女が、戦闘機編隊の不甲
斐なさに憤慨していた。
「たかが駆逐艦に戦闘機が手をこまねいているとは……」
「いいえ、よくご覧下さい。そのたかが駆逐艦の動きです。さながら戦闘機のようでは
ありませんか。まるで曲芸飛行をのようです」
 そう答えるのは、艦隊司令のトーマス・グレイブス少将である。
「こちらは三万機もの戦闘機で迎え撃っているのですよ。相手はたった二百隻ではあり
ませんか」
 戦闘機がたかが駆逐艦に負けるわけがない。
 そうでなければ、自軍の艦隊編成を見直さなければならない。戦闘機の攻撃力と機動
性を信じたからこそ、アークロイヤルはじめ数多くの航空母艦を主体とした空母艦隊を
組織したのである。戦闘機がこうもあっさりと惨敗し、しかも敵艦はほとんど無傷とな
れば、まさしく空母無用論を唱えたくなる。
「とにかく、このままでは……。一旦退却して体勢を整えさせましょう」
 その時だった。
 敵艦隊が突如として消えてしまっただ。
「消えた?」
「どういうことですか?」
「わかりません」
 次の瞬間、目前に敵艦隊が再出現したのである。
 突然の出来事に目を丸くして驚愕する一同。
 空母は、戦闘機の発着を円滑に行うために、艦同士の距離をとってスペースを開けて
おかなければならない。そのスペースを埋め尽くすように敵艦隊が、アークロイヤルの
周囲を取り囲んでしまったのである。これでは味方艦隊は攻撃をできない。まかり間違
えば、アークロイヤルに被害を及ぼしてしまうからである。
「完全に包囲されています」
「何とかしなさい」
「無駄です。我々は人質にされてしまいました。味方は攻撃することができません」


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銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 XII
2019.07.27


第三章 第三皇女


                 XII

 それはアレックスが昇進し大艦隊を指揮統制できるようになっても独立遊撃艦隊とし
て、二百隻をそのまま自分の直属として配下に置き続けたきたからである。
 幾度となく死線を乗り越えてきた勇者の余裕ともいうべき雰囲気に満ちていた。
「P-300VXより入電! 敵空母より艦載機が発進しました。その数およそ三万
機」
 オペレーターの声によって、艦橋は一気に緊迫ムードに包まれた。
「おいでなすったぞ。全艦、対艦ミサイル迎撃準備。CIWS(近接防御武器システ
ム)を自動追尾セット。各砲台は射手の判断において各個撃破に専念せよ」
 戦闘機は接近戦に入る前に、遠距離からのミサイル攻撃を仕掛けるのが常套である。
そこでまず最初に、そのミサイルに対する防御処置を取ったのである。とはいえ、各機
がミサイルを一発ずつ放ったとしても、総数三万発のものが襲い掛かってくることにな
る。まともに相手などしていられない。
「ミサイル接近中!」
「全艦急速ターン用意」
 ここはミサイルの欠点を突くしかない。宇宙空間では、ミサイルは急速ターンができ
ず、ホーミングによって追尾しようとしても旋回半径が非常に大きい。そこでタイミン
グよく急速移動すれば、何とか交わすことが可能である。
「よし、今だ! 急速ターン!」
 ミサイルと違って、ヘルハウンド以下の艦艇には、舷側や甲板・艦底などに噴射ジェ
ットが備えられており、急速ターンや平行移動ができる。ミサイルを目前にまで近づけ
ておいて、一気に移動を掛けるのである。
 目標を失ったミサイルは頭上を素通りしていった。そこをCIWSが一斉に掃射され
て破壊してゆくのである。
 こうしてミサイル群を見事に交わしきってしまったサラマンダー艦隊は、さらに前進
を続ける。
「敵艦載機、急速接近!」
 ミサイルよりはるかに手ごわい相手の登場である。
「提督。ちょっと遊んでもいいですか?」
 操舵手が許可を求めてきた。
 余裕綽々の表情である。
 三万隻を相手にして遊んでやろうという自信のほどが窺える。
「ほどほどにしてくれよ」
「判ってますよ」
 わざとらしく腕まくりをして、操作盤に向き直った。
「全艦に伝達。戦闘機のコクピットは狙わずに、後部エンジンに限定して攻撃せよ。パ
イロットが緊急脱出できるようにしておけ」
 今回の作戦は、敵艦隊を殲滅させることではなく、空母アークロイヤルに座乗してい
るマーガレット皇女を保護し、反乱を終結させ和平に結びつけることにある。その他の
将兵達には極力手出ししないようにしたかったのである。
 仮に目的のためには手段を選ばずで、手当たり次第に殺戮を行えば、後々まで遺恨を
残して、和平にはほど遠くなってしまうだろう。
 とにもかくにも、サラマンダー艦隊と戦闘機との壮絶な戦いが繰り広げられていた。
 ランドール戦法、すなわち究極の艦隊ドッグファイトを見せつけられて、目を丸くし
ている戦闘機パイロット達がいた。
 何せ機動力では、はるかに戦闘機の動きを凌駕していたのである。
 舷側などにある噴射ジェットを駆使して、まるで曲芸飛行を見せつけてられているよ
うだった。その場旋回やドリフト旋回など、戦闘機には不可能な動きで、簡単に背後に
回ってロックオン・攻撃。もちろんCIWSなどの対空砲火も半端なものではなかった。
次々と撃墜されてゆく戦闘機編隊。戦闘開始十分後には一万機が撃ち落されていた。
 パイロット達は、すっかり戦闘意欲を喪失しまっていたのである。


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銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 XI
2019.07.20

第三章 第三皇女


                 XI

 物語に戻ることにする。
 インヴィンシブルの艦橋。
 貴賓席に腰を降ろしているジュリエッタ皇女と、その両脇に直立不動の姿勢で立って
いるネルソン提督とアレックス。
 艦橋オペレーターは、アレックスの方をチラチラと訝しげに垣間見ている。
「まもなく、アルビエール候国領内に入ります」
「ここから先は、自治領を侵犯してゆくことになります」
 オペレーターの報告に対して説明するネルソン提督。
「いつ、どこから攻撃を受けるか判らないということですね」
「はい、その通りです。マーガレット様の艦隊は航空母艦を主体とした艦隊編成ですの
で、まずは戦闘機の大編隊が襲い掛かってきます」
 ジュリエッタの質問に詳しい解説を加えるネルソン提督。
「マーガレット皇女様の旗艦は、攻撃空母アークロイヤルでしたね?」
 確認を求めるアレックスにネルソン提督が答える。
「はい。舷側に皇家の紋章が配色されているので、すぐに判ります」
「ありがとう」
 頷きながら正面スクリーンに敵編隊を探し求めるような表情を見せるアレックスだっ
た。
「ランドール提督宛て、ヘルハウンドより入電しています」
 艦内の緊迫感を一気に高める声だった。
 アレックスは冷静に対応する。
「繋いでください」
 正面スクリーンにポップアップ画面でヘルハウンド艦長が映し出された。
「P-300VXが敵艦隊を捉えました」
「よし。索敵を続行。マーガレット皇女の旗艦空母アークロイヤルを探せ! それとド
ルフィン号をこちらに回してくれ。今からそちらへ行く」
「了解!」
 艦長の映像が途切れて、元の深遠の宇宙空間が広がる映像に戻った。
 アレックスはジュリエッタに向き直って、先程の交信内容を実行することを伝えた。
「これより我がサラマンダー艦隊は、マーガレット皇女様を保護するために、皇女艦隊
への突撃を敢行いたします」
「たった二百隻で大丈夫ですか?」
 心配そうに尋ねるジュリエッタに微笑みながら答えるアレックスだった。
「六十万隻を相手にするのではなく、目標のアークロイヤル一隻のみですので大丈夫で
すよ。ジュリエッタ様は、作戦通り援護射撃に専念してください」

 ヘルハウンドに戻ったアレックスは、早速サラマンダー艦隊に進撃を命じた。
「機関出力三分の二、加速三十パーセント。マーガレット皇女艦隊に向けて進撃開始」
 速度を上げてジュリエッタ艦隊を引き離すように先行してゆくサラマンダー艦隊。
「まさか、このヘルハウンドで、たて続けに戦闘をするなどとは思わなかったな」
 愚痴ともとれる言葉に、艦長が笑いながら答えた。
「いいじゃありませんか。我が艦隊の乗員達も提督を指揮官に迎えて、みんな張り切っ
ているのですから」
 艦長に呼応するかのように、オペレーター達が立ち上がって答える。
「艦長のおっしゃるとおりです」
「かつての独立遊撃艦隊の復活です」
「提督となら地獄の果てまでもご一緒しますよ」
「おいおい。地獄はないだろう。天国にしてくれ」
 笑いの渦が沸き起こった。
 本来なら笑っていられる状態ではなかった。六十万隻もの大艦隊がひしめく中に飛び
込んで、皇女艦に取り付いて、白兵戦でマーガレット皇女を保護しようというのだから。
まさしく命がけの戦いで、地獄の果てまでという言葉が出たのもそのせいなのだ。
 しかし、サラマンダー艦隊に集う士官達に迷いはない。提督と共になら、火中に栗を
拾いに行くこともいとわないのである。
 まさしくミッドウェイ宙域会戦の再来ともいうべき作戦が開始されようとしていた。


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銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 X
2019.07.13



第三章 第三皇女


                  X

 ここで現在の皇家についても語ってみよう。
 崩御した前皇帝の子供達と兄弟についてである。
 第一子は、長女のエリザベス王女。第二子は双子で、長男のアレクサンダー王子と次
女のマーガレット王女。この後アレクサンダー王子が誘拐される際に皇后は逝去された。
二人目の皇后も第三子の三女ジュリエッタ王女を産んだが、第四子と第五子は夭折し、
皇后も逝去された。そして、三人目の皇后が第六子のマリアンヌ王女を産んだ直後に、
皇帝は崩御されたのである。
 一人の王子と四人の王女が誕生したわけだが、皇帝の崩御を持って王子と王女は、そ
れぞれ皇子と皇女と呼び習わすのが慣例となっている。皇位継承が発生するからである。
 エリザベス皇女は、ウェセックス公国ロベスピエール公と結婚。
 マーガレット皇女は、皇母の祖国アルビエール候国の叔父の元に身を寄せて、内乱を
策謀している。
 ジュリエッタ皇女も、皇母の祖国エセックス候国の伯父の元で、アルビエール候国や
共和国同盟に目を光らせている。
 マリアンヌ皇女は、幼くて今まだ本星で遊んで暮らしている。
 皇位継承の順位には、男子に優先権が与えられており、皇帝→直系尊属男子→兄弟→
直系尊属女子という順序となっている。ただし兄弟で自治領主となっている者は、その
子供に順位を譲るのが慣例となっている。ロベール王子が、皇太子に推されたのもその
理由による。
 最後に、アレクサンダー王子の行方不明となった経緯を簡単に説明しよう。
 アレクサンダー王子は、アルビエール候国ハロルド侯爵の長女マチルダ候女を母とし
て生まれ、双子のマーガレット王女と共にハロルド侯爵の元で育てられた。皇后が故郷
での出産と育児をすることは良くある風習である。アレクサンダー王子は典型的なエメ
ラルド・アイを持っていたが、同じ瞳を持つ皇帝とハロルド侯爵の虹彩緑化遺伝子を受
け継いだものである。血縁関係にある家系同士の婚姻がゆえのエメラルド・アイと言え
よう。それだけに皇家の血統を色濃く反映しているのである。
 やがて皇后の出産後の静養も終わって、皇帝の待つ首都星へと戻る日がやってくる。
 皇位継承権第一位を持つ王子の帰還ということもあって、厳重な警戒が敷かれて移動
が行われたが、その警戒網を破って突撃強襲艦を主体とする国籍不明の海賊艦隊が突如
として出現して、王子の乗る船ごと強奪され誘拐されてしまったのである。同時に皇后
が王子の首に掛けていたとされる【皇位継承の証】も戻らなかった。
 その後、バーナード星系連邦が、アレクサンダー王子を保護していることを匂わせて、
食料一千万トンの無償援助と鉱物資源五十万トンの供給などの要求を突きつけてきたが、
いつしか立ち消えとなってしまった。海賊に偽装して船ごと誘拐したものの、何らかの
原因によって王子を手元から失ったものと考えられている。
 王子誘拐に関しては、数多くの謎があった。
 王子移送の日時とコースを、海賊がどうして知っていたのか?
 帝国内に手引きする者がいたのかも知れないが、それは誰か?
 王子が行方不明となり消息が完全に絶たれたのはどうしてか?
 今なお出てこない【皇位継承の証】の行方は?
 など未解決のまま二十余年が経過してしまったのである。


銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 IX
2019.07.06



第三章 第三皇女


                 IX

「それでは、一つには私の配下の二百隻ほどの艦艇を、銀河帝国領内での運用を許可頂
き、マーガレット皇女様保護の先遣隊とさせて頂きます。二つ目に、ジュリエッタ皇女
様の艦隊を、私の指揮に委ねて頂きたいのです」
 マーガレット皇女を保護するには、その旗艦に急襲接舷して白兵戦で乗り込むしかな
い。その白兵部隊を持っているのは、ヘルハウンド以下のサラマンダー艦隊しかなかっ
た。また援護射撃としてのジュリエッタ艦隊も必要とされたのである。
「よろしいでしょう。その二つとも許可いたしましょう。ジュリエッタも構いません
ね?」
「はい。喜んでランドール提督の指揮に従いましょう」
 こうしてアレックスの指揮下で、内乱の首謀者であるマーガレット皇女を保護すると
いう作戦が発動されたのである。
 連邦軍によるジュリエッタ皇女艦隊への襲撃があったばかりである。事態は急を要し
ていると判断したアレックスは、インヴィンシブルでエセックス候国の軍事ステーショ
ンに戻り、待機していた配下のサラマンダー艦隊と第三皇女艦隊に対して、アルビエー
ル候国への進軍を命令したのである。
 歴史上初の国家間を越えた混成軍が動き出した。

 ここで銀河帝国の国政についておさらいしてみよう。
 まず政治を語る上で忘れてならない暦の制定である。
 人類が太陽系を脱出して最初の植民星としたのが、太陽系から5.9光年の距離にある
バーナード星系であった。その第三惑星にはじめて植民船が着陸した日をもって、銀河
標準暦元年としたのである。
 銀河の自転において、1/2880秒角自転するのに掛かる時間をもって一銀河年とした。
これは地球・太陽暦の一年にほぼ等しく、歴史上の混乱を避けるための方策である。
 ○月○日という月日は特に定めていないが、各惑星都市の事情に合わせて独自に制定
するものとした。
 そしてもう一つが銀河帝国暦。
 ソートガイヤー大公が銀河を統一して銀河帝国樹立を宣言したその日を元年としてい
る。一年は銀河標準暦に同じである。
 銀河帝国の領土は、皇帝が直接支配する直轄領と、皇家御三家と呼ばれるウェセック
ス公国、エセックス候国、アルビエール候国の自治領とで構成されている。
 御三家は、第二次銀河大戦後に連邦や同盟との国境防衛のために、皇室の分家を辺境
地域に赴任させたのがきっかけとなって、やがてエセックス候国、アルビエール候国と
いう自治領へと発展した。もちろん国境防衛であるから、艦隊の保有も当然として認め
られた。また銀河渦状間隙が天然の防衛障壁となっている地域にも、念のためにとウェ
セックス公国が自治領を得て、艦隊三十万隻を持って監視の網を広げている。もっとも
銀河間隙の向こう側にあるのは、三大強国には加担せずに、永世中立を訴える自由諸国
連合で、他国を侵略するほどの艦隊も持ち合わせていない。
 また直轄領及び自治領内には、委任統治領というものがあって、子爵以下伯爵や男爵
などの高級貴族が任命されて統治に当たっている。ただし世襲制ではないので、統治領
を維持するために皇帝や皇家にご機嫌伺いする必要があった。さらに委任統治領には銀
河帝国への上納金が義務付けられており、民衆から徴収した税金の一定額を、銀河帝国
へ納めなければならない。
 この上納金制度は時として悪政をはびこらせる要因ともなっている。民衆からの税金
から上納金を納めた残りが貴族の報酬となるので、上納金をごまかしたり規定以上に税
金を搾り取ったりして私腹を肥やす者が少なくなかった。賄賂の授受が横行し政治の腐
敗を引き起こしている委任統治領もあった。


 ※注 かつてバーナード星系には惑星が存在すると信じられていたが誤りであること
が判り、現在まで惑星が存在する証拠は見出されていなかった。

ところがその後、スペインのカタルーニャ宇宙研究所などからなる国際研究チームが
2018年11月14日に再び惑星があることが確認された。しかも、地球の3.2倍以上の質量
のあるスーパー惑星であるらしい。


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