銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 Ⅷ
2019.10.12


第四章 皇位継承の証


                  Ⅷ

 アレックスが第一皇子として叙されて以来、宮殿にて謁見を申し出る貴族達が後
を立たなかった。委任統治領を任せられた貴族達の統治領の安寧を諮ってのご機嫌
伺いである。金銀財宝の貢物を持参しての来訪も少なくなかった。
 謁見が増えることによって、政治を司る御前会議の時間が割愛されるので、時と
して国政に支障が出ることもあるのだが、持参する貢物が皇家の財産として扱われ
るので、無碍にも断るわけにいかなかったのである。
 アレックスは、賄賂ともいうべき貢物が、当然のごとく行われていることに、疑
問を抱いていた。
 しかし、宮廷における新参者であるアレックスには、口を挟むべきものではない
と判断した。すでに既得権となっているものを覆すことは、皇族・貴族達の多大な
る反感を抱かせることになる。
 郷に入れば郷に従えである。
 銀河帝国における確固たる基盤を築き上げるまでは、当面の間は目を瞑っている
よりないだろう。

「ところで、皇子よ」
 謁見の間において、エリザベスが話題を振ってきた。
「はい」
「私は、皇帝の執務代行として摂政を務めているのですが、今後は皇子にもその執
務の一部を任せようと思っています。取りあえずは軍部の統制官としての執務を担
って貰いたいのですが、いかがなものでしょうか」
「軍部統制官ですか?」
 宇宙艦隊司令長官(内閣)、統合作戦参謀本部長(行政)、軍令部評議会議長
(司法)。
 以上が、軍部における三官職と呼ばれる役職である。実働部隊を指揮・運用した
り、各艦隊の運行状態を把握し作戦を協議したり、人事を発動し功績を評価して昇
進させ軍法会議にも諮ったりする。それぞれ重要な役職であるが、横の連絡を取り
全体のバランスを調整するのが、軍部統制官という役回りで、軍部予算の配分を決
定する権限も有していた。現在そのポストは空席となっている。
 なお、司令長官は現在空位のままで、次官が代行して執務を行っている。
 アレックスを重要な官職につけようとするのには、後々の宇宙艦隊司令長官に就
任させるための、軍部への足固めを図るというエリザベスの思惑があるようである。
「大臣達よ、依存はありませんか?」
 エリザベスが、大臣達に確認を求めた。
 保守的に凝り固まった大臣達である。
 即答は返ってこなかった。
 互いに小声で相談し合いはじめた。
 その相談の内容としては、第一皇子という地位や共和国同盟の英雄と讃えられる
アレックスの将来性などに言及しているようであった。
 しばらく、そのやり取りに聞き耳をたてていたエリザベスだが、
「依存はありませんか?」
 再確認を求めることによって、やっとその重い口を開いた。
「依存はありません」
「将軍達はどうですか?」
 今度は将軍達に確認を求めるエリザベス。
「依存はありません」
 元々アレックスに対して好意的だった将軍達が反対することはなかった。
 これによって、アレックスは軍部統制官として、軍部の中に確固たる地位を与え
られたのである。


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銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 Ⅶ
2019.10.05


第四章 皇位継承の証


                 Ⅶ

「でも、メグ。あのロベール王子にしたって、正式に皇太子になるのはまだ先のこ
と。悠長なこと言っていると、総督軍なり連邦軍が押し寄せてくるわよ」
 姉妹が議論している中、帝国の法律や儀式のことを全く知らないアレックスは、
ただ聞き役に回るしかなかった。また末娘のマリアンヌも黙々と食べているだけだ
った。
「援助物資を供給するだけなら何とかなるけど……。ただし、解放軍が自ら引き取
りに来るという条件付だけどね」
「無理よ。解放軍は帝国から共和国の向こう側にあるのよ。輸送艦隊を襲われたら
元も子もないじゃない」
「唯一つ、裏道があるのよ」
 エリザベスが告白した。
 それは、アレックスを銀河帝国統合軍宇宙艦隊司令長官に任命するというものだ
った。
 銀河帝国宇宙艦隊全軍を指揮統制できるのは、事実上として司令長官ということ
になっており、歴代の皇太子が務めることが慣例として行われていた。
 皇太子イコール宇宙艦隊司令長官という図式が成立していたのである。
 あくまで慣例であって、憲法や法律には明確な規定は設けられていなかった。こ
こに、裏道が存在するのである。法令に定められていなければ、摂政権限で特別条
令を発動して、アレックスを宇宙艦隊司令長官に任命することが可能だというので
ある。
 だからと言って、無制限に特別条令を発動できるわけではない。他国が侵略して
きたなどの非常事態となり、帝国艦隊全軍で迎撃しなければならなくなった時など
に限られる。
 そもそも帝国辺境には、御三家が自治領宇宙艦隊の保有を認められて防衛陣を敷
いているわけだから、初動防衛に統合軍が動くことはなかった。
「でもこれからは、、以前にも比して総督軍や連邦軍の干渉が増えると思うわ。な
ぜって帝国軍に新たなる名将が加わったのだから。共和国同盟の英雄と讃えられた
アレックス・ランドール提督が帝国軍の全権を掌握したら、もはや侵略の機会は失
われる。だからこそそうなる前に、何とかしようと考えるはずよ」
 そう発言するジュリエッタの考えは正しい。
 総督軍や連邦軍と互角に戦うには、平和にどっぷりと浸かって退廃ムードにある
帝国軍を、一から鍛えなおす必要もあった。帝国艦隊全軍を掌握したとしても、い
ざ戦いとなって将兵達が逃げ腰では意味をなさない。
 速やかに宇宙艦隊司令長官を任命し、迫り来る敵艦隊との総力戦に備えておくべ
きだ。
 ジュリエッタは、一刻も早くの司令長官任命を力説した。
 それに対して摂政という立場からエリザベスが説明する。
 宇宙艦隊を動かすには、すべからく軍資金が必要となってくる。燃料・弾薬はも
ちろんのこと、食料や兵士達の給料・恩給の積み立て、港湾施設での整備費用に至
るまで、その資金を動かす権限を持っているのは、大臣達だからである。
 その大臣達の意向を無視するわけにはいかないし、だいたいからして保守的で頭
の固い彼らの賛同を得るには、並大抵ではないということである。
 やはり絶対的権限を有する皇太子とならない限りは、本当に自由に艦隊を動かせ
ないということである。
「摂政とて、そう簡単には決断を下せない難しい問題なのよ」
 エリザベスが深いため息をついた。


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銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 VI
2019.09.28


第四章 皇位継承の証


                 VI

 アレックス・ランドール提督は、第一皇子として最上位にあるものとして、謁見
の間の壇上の玉座のそばの位置を与えられた。大臣や将軍達を上から見下ろす格好
となったわけである。
 何かと反問していた大臣達の、ばつの悪そうな表情が印象的であった。
 そして、マーガレット皇女が、眼下にかしずいて、アレックスの言葉を待ってい
た。
 アレックスは、マーガレット皇女、すなわち自分の双子の妹の助命嘆願を、摂政
であるエリザベス皇女に申し出た。
「そもそもマーガレット皇女は、私の身分を保全・確保しようとしたことが、反乱
の要因となったわけで、今こうして私がここにいることが、皇女の正当性を証明す
るものです。情状酌量をもって対処していただければ幸いです」
「と、第一皇子が申しておる。大臣達はどう思うか?」
 何せ第一皇子は、皇帝に次ぐ地位であるから、その嘆願となれば絶対的とならざ
るを得ない。
「いえ……。第一皇子のご意見となれば、我々一同に反対する者はおりません」
「そうか……」
 と頷いたエリザベス皇女は、マーガレット皇女に向き直って発言した。
「マーガレットよ。そなたの起こした罪は重大ではあるが、皇子の温情をもってこ
れを許すことにする。今後とも第一皇子、並びに帝国に対して忠誠を誓うこと。よ
いな」
「はい。誓って忠誠を守ります」
「よろしい。では、列に戻りなさい」
 マーガレット皇女は深々とお辞儀をすると、ジュリエッタ皇女と対面する位置に
並び立った。
 ほうっ。
 というため息が誰ともなく沸き起こる。

 その夜の宮殿での皇家の夕食の席。
 アレックスとマーガレットと家族が全員揃ったはじめての食事となった。
 政治においては摂政であるエリザベスが統制権を有しているが、身内だけの席で
はアレックスが主人として最上の席を与えられた。それまではエリザベスが座って
いた席である。
「ところで、アレックスが願い出ていた協定のことだけど……。まだまだ難解でさ
らに時間が掛かりそうです」
 エリザベスが申し訳なさそうに答える。ここは身内の席なので、皇子や皇女と言
う公称は使わない。
「ベス、どういうことなの?」
 ジュリエッタが質問する。アレックスの第一皇子という地位をもってすれば、で
きないことなどないと思っていたからである。
「解放戦線との協定ともなれば、援軍を送るとしても一個艦隊やそこらで済むはず
がないでしょう。それに援助物資の運搬にしても多くの輸送船を割譲しなければな
らないわ。しかも中立地帯を越えて共和国同盟に進駐することになる。総督軍や連
邦軍が黙っているはずがないじゃない。これは国家間の紛争となるに十分な意味合
いを持っている。つまり結局として全面戦争に向けて、銀河帝国艦隊全軍を動かす
だけの権力が必要なの。それができるのは皇帝か、皇太子だけに許されていること
なのよ」
「つまり、第一皇子の権限を越えているというわけね」
 マーガレットがエリザベスの後を受けるようにして答えた。


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銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 V
2019.09.21


第四章 皇位継承の証


                 V

 【皇位継承の証】が出てきたという報は、皇家・貴族達の間はもちろんの事、全
国津々浦々にまで広がった。これほどまでの重大事に対して、他人の口に戸は立て
られぬのごとく、血液検査を担当した研究者によって外部に漏れてしまったのであ
る。しかもそれを携えていたのが、内乱を鎮圧したランドール提督であり、共和国
同盟の英雄と讃えられる若き指導者であることも知られることとなった。
 気の早いニュース誌などは、「行方不明の皇太子現る」のスクープを報じていた。
 エリザベス皇女もまた謁見の間において、侍従長の報告を聞いて絶句した。
「間違いないのですか?」
「間違いはございません。【皇位継承の証】は正真正銘の物であり、血液鑑定の結
果も行方不明であられたアレクサンダー皇子の血液と一致いたしました。提督のエ
メラルド・アイが、それを証明してくださるでしょう。拾われた時に御身に付けら
れていたと言う、よだれ掛けのイニシャルの刺繍もアレックス、皇子の幼名であら
せられます」
「そうですか、アレックスが……」
「もう一度申し上げます。アレックス・ランドール提督は、銀河帝国における皇位
継承第一順位であらせられる、アレクサンダー皇子に相違ありません」
 事実を突きつけられ、アレックスが行方不明となっていたアレクサンダー皇子で
あることは明白なこととなった。本来なら大歓迎を受けるはずであったが、行方不
明を受けてロベール王子が皇太子として擁立され、皇室議会で承認されている。
 二人の皇太子候補が並び立ったのである。
 新たなる騒動の予感が沸き起こった。

 緊急の皇室議会が召集されることとなった。
 議題はもちろん皇太子の件であるが、開会と同時に議場は紛糾した。
 ウェセックス公国ロベスピエール公爵の息のかかった、いわゆる摂政派と呼ばれ
る議員が頑なに主張を続けた。
 ロベール王子の皇太子擁立はすでに決定されたことであり、それをいとも簡単に
覆して新たに皇太子を論ずるなど皇室議会の沽券に関わる。
 というものであった。
 一方、
 【皇位継承の証】を拠り所として、帝国至宝の絶対的権威をないがしろにするの
か?
 という、正統派の意見も半数近くまで占めていた。
 議会は完全に真っ二つに分かれ、険悪ムードとなっていた。
 このままでは、再び内乱の火種となりそうな勢いとなりつつあった。
 しかし、内乱となることだけは、絶対に避けなければならない。
 そこで中立派ともいうべき議員達から折衷案が提出された。
 次期皇太子、皇帝は議会決定通りにロベール王子が継ぐこととし、さらなる次世
代にはアレクサンダー皇子もしくはその子孫が皇帝を継承する。ロベール王子は一
代限りの皇帝として、アレクサンダー皇子が世襲する。
 というものであった。
 議会の決定を尊重し、かつ【皇位継承の証】の権威を守る唯一の解決策であった。
 とにもかくにも、アレクサンダー皇子の皇室への復籍と、皇位継承権第一位を意
味する第一皇子という称号授与が確認された。
 これを中間報告として、皇太子問題は継続審議とされることが決定された。
 謹慎処分を受け、軟禁状態に置かれていたマーガレット皇女は、アレクサンダー
第一皇子復籍の報告を受けてもさほど驚きもせず、改めて謁見の許可を求めたとい
う。
 それは認められて、アレクサンダー第一皇子とマーガレット皇女との対面が実現
した。
 行方不明だった皇子が現れ、【皇位継承の証】も戻ってきた。
 マーガレットが反乱の拠り所としたものが、目の前に立っていた。その主張が正
しかったことを証明する結果となった。


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銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 IV
2019.09.14


第四章 皇位継承の証


                 IV

 パトリシアの前に立ち、神妙な表情で話しかける。
「ちょっとよろしいですかな?」
「何か?」
「その首飾りを見せて頂けませんか?」
「え? ……ええ、どうぞ」
 パトリシアの首に掛けたまま、首飾りを手にとって念入りに調べていたが、警備
兵を呼び寄せて、
「あなた様は、この首飾りをどこで手にお入れなさりましたか?」
 と、不審そうな目つきで尋ねる。
「ランドール提督から、婚約指輪の代わりに頂きました」
「婚約指輪ですか?」
 今度はきびしい目つきとなり、アレックスを睨むようにしている。
「申し訳ございませんが、お二人には別室においで頂けませんか?」
 警備兵が銃を構えて、抵抗できない状況であった。
「判りました。行きましょう」
 承諾せざるを得ないアレックスだった。
 ほとんど連行されるようにして別室へと向かう。
 首飾りも詳しい調査をするとして取り上げられてしまった。
 案内されたのは、元の貴賓室であった。犯罪性を疑われているようだが、帝国の
恩人で摂政から客員提督として叙された者を、無碍にもできないというところであ
った。それでも警備兵の監視の下軟禁状態にあった。
 しばらくして、首飾りを持って侍従長が戻ってきた。
「さてと……。改めて質問しますが、提督にはこの首飾りをどちらでお手に入れら
れましたか?」
 という侍従長の目つきは、連行する時の厳しいものから、穏やかな目つきに変わ
っていた。
「どちらで……と言われましても、私は孤児でして、拾われた時に首に掛けられて
いたそうです。親の形見として今日まで大事に持っていたものです」
「親の形見ですか……。提督のお名前はどなたが付けられたのですか」
「それも拾われた時にしていた、よだれ掛けに刺繍されていたイニシャルから取っ
たものだそうです」
「よだれ掛けの刺繍ですね」
「はい、その通りです」
「なるほど、良く判りました。それでは念のために提督の血液を採取させて頂いて
もよろしいですか?」
「血液検査ですね」
「はい、その通りです」
「判りました。結構ですよ」
 早速、看護婦が呼ばれてきて、アレックスの血液を採取して出て行った。
「結果が判るまでの二三日、この部屋でお待ち下さいませ。それからこの首飾りは
提督の物のようですから、一応お返ししておきます。大切にしまっておいて下さ
い」
「イミテーションではないのですか?」
「とんでもございません! 正真正銘の価値ある宝石です」
「これが本物?」
 言葉にならないショックを覚えるアレックスだった。
 これまで偽造品だと信じきっていて、親の形見だと思って大切にはしてきたが…
…。まさかという気持ちであった。
「そう……。銀河帝国皇家の至宝【皇位継承の証】です」
 重大な言葉を残して、侍従長は微笑みながら部屋を出て行った。


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