銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 III
2019.05.25


第三章 第三皇女


                III

 その頃、皇女艦隊旗艦の艦橋では、信号手が事態を説明していた。
「白信号が三つ上がりました。停戦の合図です」
「こちらも戦闘中止を出してください」
 無益な戦闘は避けたいジュリエッタ皇女だった。
 そして側に控えている将軍に尋ねる。
「ところで、後から来た艦隊の動きを見ましたか?」
「はい。しっかりと目に焼きついています。高速ターンや宙返りなどの曲芸飛行と言え
る様な、戦艦がまるで戦闘機のように動き回っていました」
 そう答えるのは、皇女艦隊を実際に取り仕切っているホレーショ・ネルソン提督であ
る。
「どこの艦隊でしょうか?」
「おそらく共和国同盟の復興を掲げる反攻組織である解放軍ではないでしょうか。連邦
軍があっさりと撤退したことを考えると、噂に聞くランドール艦隊」
「ランドール艦隊ですか……。とにかく指揮官にお会いして、話を伺ってみましょう。
連絡を取ってください」
「わかりました」

 ヘルハウンド艦橋。
「連邦艦隊が撤退していきます」
「速やかに被弾した艦への救援体勢を」
 オペレーター達は、戦闘放棄して撤退する敵艦を、アレックスが追撃しないこと重々
承知していた。より多くの敵艦を沈めて功績を上げることよりも、一人でも多くの将兵
を救い出すことを心情としているからである。
「帝国艦隊より、ジュリエッタ第三皇女様がお目通りを願いたいとの、通信が入ってお
ります」
「皇女様からか……。お会いしようしようじゃないか。艀を用意してくれ」
 さっそくアレックス専用のドルフィン号が用意され、舷側に銀河帝国皇家の紋章の施
された旗艦へと乗り出した。
 皇女艦の発着口に進入するドルフィン号。
 タラップが掛けられてアレックスが姿を現わす。
 すでにドルフィン号の回りには、武装した帝国兵士が取り囲んでいた。
 ゆっくりとタラップを降りるアレックスの前に、人垣を掻き分けて着飾った皇女が侍
女を従えて出迎えた。
「ようこそ、インヴィンシブルへ! 歓迎いたします」
 巡洋戦艦インヴィンシブルは、銀河帝国統合宇宙軍第三艦隊の旗艦であり、ホレーシ
ョ・ネルソン提督を司令長官に迎えて、ジュリエッタ皇女が統括指揮する体制をとって
いた。ゆえに第三皇女艦隊との別称がつけられ、艦艇数六十万隻を誇る銀河帝国最強の
艦隊である。同様に第二皇女のマーガレット率いる第二皇女艦隊と双璧を成している。
「インヴィンシブルか……」
 タラップを降りた時から感じていたことであったが、将兵達の態度や身のこなし方に
指揮統制の行き届いた様子が見受けられた。まさしく第三皇女の品格と、用兵術のなせ
る技というところだろう。
「共和国同盟解放戦線最高司令官のアレックス・ランドールです。どうぞよろしく」
「ランドール提督……。共和国同盟の英雄として知られる、あの名将のランドール提督
ですか?」
「そのランドールです」
 周りを取り囲む将兵達の間から驚きの声が漏れた。
 改めてアレックスの顔を見つめるジュリエッタ皇女だったが、
「あ……」
 一瞬息を詰め、凝視したまま動かなくなった。
 皇女の視線はアレックスの瞳に注がれていた。、
 その深緑の瞳は、銀河帝国皇族男子に継承されてきた誇り高き皇家の血統に繋がるこ
とを意味するエメラルドアイであった。
「どうなされましたか?」
 側に控えていた侍女が気遣った。
「い、いえ。何でもありません」
 気を取り直して、話を続けるジュリエッタ皇女。
「それでは、貴賓室でお話を伺いましょう。どうぞこちらへ」
 先に立って、アレックスを案内するジュリエッタ皇女。

銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 II
2019.05.18


第三章 第三皇女(土曜劇場)


                 II

 連邦軍先遣隊の旗艦艦橋。
「皇女艦の包囲をほぼ完了しました」
「ようし、降伏を勧告してみろ」
「了解」
 戦闘情勢は有利とみて、余裕の表情だったが……。
「未知の重力加速度を検知! ワープアウトしてくる艦隊があります」
「なんだと? 艦が密集している空間へか?」
「間違いありません。重力値からすると、およそ二百隻かと」
「ワープアウトします!」
 戦闘区域のど真ん中にいきなり出現した艦隊。
 二百隻の艦隊は、皇女艦に取り付いている連邦軍艦隊に対して戦闘を開始した。
「包囲網が崩されています」
「何としたことだ。一体どこの艦隊なのだ」
 すさまじい攻撃だった。
 まるで戦闘機のように縦横無尽に駆け回る艦隊に翻弄される連邦軍艦隊。
 さらに連邦軍を震撼させる事態が迫った。
「背後より敵襲です! その数二千隻」
「敵襲だと? 帝国の援軍が到着したのか、しかも背後から」
「そんなはずはありません。本隊が救援に来れるのは、早くても三十分かかるはずで
す」
「じゃあ、どこの艦隊だ? 今取り付いているこいつらにしてもだ」
 と、言いかけた時、激しい震動と爆音が艦内に響き渡った。
「左舷エンジン部に被弾! 機関出力三十パーセントダウン」
 パネルスクリーンには、敵艦隊の攻撃を受けて、次々と被弾・撃沈されていく味方艦
隊の模様が生々しく映し出されていた。高速で接近し攻撃し、一旦離脱して反転攻撃を
加え続けていた。
「この戦い方は……。ランドール戦法か?」
 折りしも正面スクリーンに、攻撃を加えて離脱する高速巡洋艦。その舷側に赤い鳥の
ような図柄の配置された艦体が映し出された。
「こ、これは! サラマンダーじゃないか」
 その名前は連邦軍を震撼させる代名詞となっている。その精霊を見た艦隊は、ことご
とく全滅ないし撤退の憂き目に合わされているという。
「そうか! デュプロスに向かった別働隊との連絡が途切れたのもこいつらのせいに違
いない」
「ランドールのサラマンダー艦隊は、タルシエン要塞にあるのでは? それが何故、中
立地帯を越えたこんな所で……」
「知るもんか。これ以上、被害を増やさないためにも撤退するぞ」
「撤退? 後少しで皇女を拉致できるというのにですか?」
「何を言うか! すでに皇女艦の包囲網すら突き崩されてしまっているじゃないか。逆
にこちらの方が捕虜にされかねん情勢が判らないのか。ランドールは撤退する艦隊を追
撃したケースは、これまでに一度もない。だから捲土重来のためにも、潔く撤退するの
だ」
「判りました。撤退しましょう」
「戦闘中止の信号弾を上げろ! それで奴らの攻撃も止むだろう。その間に体勢を整え
て撤退する」
 旗艦から白色信号弾が打ち上げられた。

銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 I
2019.05.11


第三章 第三皇女


                 I

 銀河帝国領内。
 今まさに、第三皇女の艦隊が連邦軍先遣隊による奇襲攻撃を受けていた。
 貴賓席に腰を降ろす皇女ジュリエッタの表情は硬かった。側に仕える二人の侍女は、
ただオロオロとするばかりだった。
「何としても姫を後方へお逃がしして差し上げるのだ。艦隊でバリケードを築いて、後
方へのルートを確保するのだ」
 貴族と庶民との身分の隔たり。こういう状態においてこそ、その人となりが良く判る
ものだ。
 庶民を人とも思わずに税金を搾り取るだけの存在と考えたり、高慢で貴族であること
を鼻に掛けて、庶民を虐げるだけの者は、いざとなった時には誰も助けてはくれない。
庶民達は自分可愛さにさっさと逃げてしまうだろう。
 しかし、ジュリエッタを取り巻く人々には、責任放棄する者はいなかった。命を張っ
てでもジュリエッタを救うための戦いを繰り広げていた。
 気分を悪くした兵士を見かけたら、やさしくいたわり休息を与えたたり、全体が暗い
ムードに陥っている時には、レクレーションやパーティーを開いて、士気を高める努力
を惜しまなかった。常に兵士一人一人に対して分け隔てなく気配りを忘れなかった。
 ジュリエッタは民衆を愛し、かつまた民衆からも愛されていたのである。
「わたくし一人のために、多くの兵士達が犠牲になるのは、耐え難いことです。わたく
し一人が……」
「いけません! 奴らは姫を捕虜にして、自分達の都合の良い交渉を強引に推し進める
算段なのです。かつてアレクサンダー第一皇子が、海賊に襲われ行方不明となった時に
も、皇子を捕虜にしていることを暗に匂わせて、十四万トンものの食糧の無償援助と、
鉱物資源五十万トンを要求してきたのです。その後、皇子は連邦軍の元にはいないこと
が判明して、交渉はないものとなりましたが……」
 貴賓席に深々と沈み込み、自分には何もできないのか? と苦渋の表情にゆがむジュ
リエッタ皇女。そうしている間にも、数多くの戦艦と将兵達が消えてゆく。

 その頃、急ぎ救出に向かっていたランドール艦隊は、やっと中立地帯を抜け出たばか
りだった。
「銀河帝国領内に入りました」
「前方に火炎を認めます」
 銀河帝国艦隊と連邦軍先遣隊との戦闘が繰り広げられ、まるでネオンの明滅のような
光景がスクリーンに投影されていた。
「全艦に戦闘配備だ」
「了解。全艦戦闘配備」
「うーむ……。何とかギリギリにセーフといったところか。第三皇女の旗艦は識別でき
るか?」
「お待ちください」
 指揮艦席の手すりに肩肘ついてスクリーンを凝視しているアレックス。
「双方の戦況分析はどうか?」
「はい。圧倒的に連邦軍側が優勢です」
「だろうな。連邦軍にはつわものが揃っているからな」
「皇女の艦を特定できました」
「奴らの目的が皇女の誘拐であるならば、旗艦を無傷で拿捕しようとするだろうが、流
れ弾が当たって撃沈ということもあり得る。私のサラマンダー艦隊は、旗艦に取り付い
ている奴らを蹴散らす。スザンナは旗艦艦隊を指揮して、連邦軍の掃討をよろしく頼
む」
「判りました。旗艦艦隊は連邦軍の掃討に当たります」
「それでは行くとしますか。全艦突撃開始! 我に続け!」
 アレックスの乗るヘルハウンドを先頭にして、勇猛果敢に敵艦隊の只中に突入してい
くランドール艦隊。

銀河戦記/鳴動編 第二章 ミスト艦隊 XIV
2019.05.05



第二章 ミスト艦隊


                XIV

 ステーションをゆっくりと離れてゆくヘルハウンド。
「これより、一旦カリスの衛星軌道に入る。二度の周回を行いつつ、重力アシストの加
速を得て、最大噴射でカリスの重力圏を脱出する」
 ヘルハウンドも外宇宙航行艦であるから、自力ではカリスの強大な重力を振り切るこ
とは困難である。カリスをスパイラル状に加速・周回しながら、少しずつ軌道を遠ざか
り、ついでに重力アシストで加速を得て、最適な位置から最大速度に上げて脱出しよう
というわけである。
「噴射! 機関出力最大、加速度一杯!」
 二度目の周回を終えて、頃合いよしと判断したアレックスは号令を下した。
 艦体を激しい震動が襲った。
「比推力、最大に達しました」
「そのまま維持せよ」
 巨大惑星カリスからゆっくりと遠ざかっていく。
 やがて艦体の震動もおさまりつつあった。
「まもなく惑星カリスの重力圏を離脱します」
「よし、機関出力を三分の二に落とせ」
「機関部はエンジンに異常がないか確認せよ。ダメコン班は艦体の損傷をチェック!」
 たてつづけに命令を出してから、
「ふうっ……」
 と大きなため息をついて、指揮艦席に深く腰を沈めるアレックスだった。
 連邦艦隊との戦闘。カリスからの脱出と息つく暇もなく働き詰めで疲労がたまってい
た。
「艦長。ちょっと昼寝をしてくる。後を頼む」
 席を立って自分の部屋へと向かうアレックス。
「判りました。ごゆっくりお休みください」
 最高司令官たるアレックスには、定められた休息時間はない。適時自分の判断で休む
ことになっている。

 ミストの補給基地が見えてきた。
 その周辺には、旗艦艦隊が展開している。
 指揮艦席に座ったまま、サンドウィッチを頬張っているアレックス。
「サラマンダーより入電」
「繋いでくれ」
 正面スクリーンにスザンナが映し出された。
「ご無事でなによりでした。全艦、補給を終えて待機中です」
「それでは、早速発進させてくれ。私はこのヘルハウンドから指揮を執る」
 スザンナが疑問を投げかける。
「ヘルハウンドからと申されましても、旗艦艦隊二千隻の指揮統制は不可能ですが…
…」
 旗艦には搭載されている戦術コンピューターには、それぞれキャパシティーがある。
各艦からは識別信号を出しており、その信号を戦術コンピューターが受信して処理して
いる。撃沈・大破や航行不能などに陥れば即座に処理される。サラマンダーの戦術コン
ピューターは十万隻もの処理能力があるが、ヘルハウンドには三百隻の処理能力しかな
かった。
「何を言っておるか。旗艦艦隊二千隻は、君が指揮するのだよ。大まかな作戦はこちら
から指示するが、後は君の判断で自由に動かしたまえ」
 スザンナの指揮能力を高く評価し、信頼に疑いを抱かないアレックスの叱咤激励の言
葉であった。一人前の司令官に育て上げるには、甘えを許さずすべてを任せきりにして、
時として渦中に放り込むといった荒療治も辞さない態度で臨む。
 こうしてアレックスに鍛えられて、数多くの有能なる司令官が誕生しているのである。
それら司令官達の働きによって、アレックス率いる艦隊は、多大なる戦果を上げてその
陣容を強化していった。
 「判りました。旗艦艦隊を発進させます」
 毅然として表情を取り戻すスザンナ。
 師弟関係にも似た厚い信頼で結ばれている二人。
「全艦微速前進。ヘルハウンドに続け」
 艦隊が中立地帯に差し掛かるのは、それから間もなくのことだった。
「国際救難チャンネルに、SOSが入電しています」
「信号はどこから発せられているか?」
「中立地帯を越えた銀河帝国領からです」
「どうやら遅かったようだな。敵さんの方がひと足早く皇女艦隊に襲い掛かったよう
だ」
 と、しばしの思慮に入るアレックス。
 艦橋オペレーター達は、その去就に注目している。
「サラマンダーに繋いでくれ」
 正面スクリーンにスザンナが映し出される。
「救難信号をキャッチした」
「はい。こちらでも確認しております」
「君ならどうするかね?」
「はい。救難信号が出されている以上、救出に向かうのが船乗りの務めです」
「戦艦が中立地帯に踏み込むのは国際条約違反だぞ」
「しかしながら、国際救助活動においては、特別条項が適用されます。それになにより
も、銀河帝国との交渉を進める良い機会になるのではないでしょうか」
「なるほど、それは良い考えだ。それでは行こうか。全艦に伝達! 救助活動のために
中立地帯を越えて銀河帝国へ向かう。全艦全速前進せよ」
 こうしてランドール艦隊発足以来、はじめての銀河帝国領への進出が、国際救助活動
の名のもとに行われたのである。
 果たして、連邦先遣隊を蹴散らして、無事に第三皇女を救い出すことができるのか?
 その先にある、銀河帝国との交渉の行方もどうなるか判らない。
 すべての乗員の胸の内にある不安と葛藤も推し量るすべもない。

 第二章 了


11
銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 ミスト艦隊 XIII
2019.04.27


第二章 ミスト艦隊


                XIII

 アレックスがフランドルに案内されながら現れた。
 一斉に敬礼して出迎える艦長達。
「出港準備完了しております」
「うん。ご苦労だった」
 振り返ってフランドルに別れの挨拶をするアレックス。
「おせわになりました」
「何もできませんが、せめて補給基地に立ち寄って補給を受けてください。二千隻すべ
てへの補給は無理でしょうが、行って帰ってこれる程度の備蓄はあります」
「よろしいのですか?」
「なあに、これくらいの礼はさせてもらわないと、罰が当たりますよ」
「そうですか……。それではご好意に甘えさせていただきます」
「ご武運を祈っています」
「ありがとう」
 握手をして別れ、アレックスはヘルハウンドに乗艦した。
「おめでとうございます。提督のご奮戦振りモニターしておりました」
 艦橋に入るやいなや、女性オペレーター達の熱烈な祝福を受ける。
「そうか……」
 指揮艦席に腰を降ろすアレックス。
 この席に座るのは実に久しぶりのことであった。
 懐かしそうに、機器を撫でている。
「ステーションより、補給基地のベクトル座標データが入電しております」
「よし、データを艦隊に送信し、先に補給しろと伝えろ」
「了解」
「提督。このベクトル座標データからすると、補給基地は中立地帯のすぐそばです」
 航海長が説明した。
 数字の羅列を読んだだけで、およその位置を言い当ててみせるのは、その頭の中に航
海図がまるごと入っているからだろう。
「補給基地の位置を五次元天球儀に投影してみろ」
「判りました」
 五次元天球儀は、透明球状体にレーザーを照射して、その内側に航路図を投影できる
ものである。ワープ中でも常に艦の位置を表示できる。敵艦隊や新築されたばかりの施
設などの更新されていないデータは表示されないので、構築物の所有者や国家は、国際
宇宙航路図協会への報告を厳重に義務付けられている。
 補給基地を示す青い光点が明滅し、そのすぐそばを銀河帝国領との境界にある中立地
帯が、淡いレッドゾーンとして表示されている。
「目と鼻の先だな」
「中立地帯近辺の警備における補給を担っているのでしょう」
「だろうな……」
 と頷いて、オペレーター達を見渡してから、
「出航する。機関出力五分の一、微速前進」
 命令を下した。
「了解。機関出力五分の一、微速前進」
 艦長が命令を復唱する。
「機関出力五分の一」
「微速前進」
 各オペレーター達が復唱しながら機器を操作している。

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