銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 ミスト艦隊 XII
2019.04.20


第二章 ミスト艦隊


                XII

「全艦、回頭せよ」
 オペレーターが復唱する。
 ゆっくりと回頭をはじめる連邦艦隊。
 しかし、様子がおかしかった。
 回頭の中途で失速し、その体勢のまま流されている艦が続出していた。
「どうしたというのだ?」
 司令が怒鳴り散らすが、事態が好転するはずもなかった。
 艦体はガタガタと異常震動を続けており、オペレーター達の表情は暗かった。
「機関出力、大幅なパワーダウン」
「出力をもっと上げろ!」
「機関オーバーロード。これ以上出力を上げれば爆発します」
「ええい、かまわん! 目の前にアイツがいるのに、みすみす逃してたまるものか。出
力を上げろ、もっと上げるんだ!」
 カリスの強大な重力によって引き寄せられていることが、誰の目にも明らかとなって
いた。外宇宙航行艦にとっては、方向転換をも不可能とする強大な重力である。

 その一方で、惑星間航行艦ながら馬力のある荷役馬のミスト艦隊は、カリスの重力を
ものともせずに、悠然と突き進んでいた。
「後方の敵艦隊が乱れています。どうやら失速しているもよう」
 オペレーターの報告を受けて頷くアレックスだった。
「こちらの思惑通りだ」
 そして総反撃ののろしを上げる。
「よし、今だ! 後方で回頭する連邦艦隊を撃て!」
 それまで前方を向いていた砲門が一斉に後方へと向き直った。徹底防戦に甘んじてい
た隊員は、鬱憤を晴らすかのように、夢中になって総攻撃に転じたのである。
 その破壊力はすさまじかった。あまつさえ失速して機動レベルを確保できない敵艦隊
は迎撃の力もなく、一方的に攻撃を受けるのみであった。
 千隻の艦隊が、百五十隻の艦隊に翻弄されていた。
 やがて別働隊も追いついてきて攻撃に参加した。
 次々と撃破されてゆく敵艦隊。無事に攻撃をかわせたとしても、カリスの強大な重力
がそれらを飲み込んでゆく。カリスに近寄りすぎて、その重力から逃れるのは競走馬の
連邦艦隊には不可能だった。
 十分後、敵艦隊は全滅した。
 千隻の艦隊に、三百隻で臨んで勝利したのである。
 艦橋に歓喜の大合唱が沸き起こった。
 ミスト艦隊司令のフランドル・キャニスターは、アレックスの作戦大成功を目の当た
りにして感心しきりの様子であった。
「これが英雄と呼ばれる男の戦い方か……。カリスの強大な重力を味方にしてしまうと
はな。交戦状態に入ったときにはすでに敵は自滅の道を突き進んでいたのだ。その情勢
を作り出してしまう作戦の妙というところだな」

 アレックスの乗る旗艦でも拍手の渦であった。
「おめでとうございます提督。ミストは救われました」
 と言いながら、右手を差し出す副司令。握手に応じるアレックス。
「いやいや。当然のことしただけですよ。共和国同盟軍の同士ではないですか」
「共和国同盟ですか……なるほどね」
 事実上として共和国同盟は滅んではいるが、解放戦線を呼称するアレックスたちにと
っては、今なお健在なのである。

銀河戦記/鳴動編 第二章 ミスト艦隊 XI
2019.04.12



第二章 ミスト艦隊


                 XI

 戦闘状態に突入して五分が経っていた。
 アレックスはスクリーンを見つめながら、戦況分析の真っ最中というところだった。
「当艦に対する敵艦隊からの攻撃がまったくありません」
「思惑通りだ。これで心置きなく指揮を取れるというものだ」
 呟くように言ったことを聞きつけて、副司令が答える。
「そうか……。判りましたよ、提督が敵艦隊に対して国際通信を行った理由」
「聞こう」
「連邦軍にとって提督は、鬼の首のようなもの。捕虜にした者には、最高の栄誉勲章が
与えられると聞きます。それが当艦に攻撃がこない理由です。自分がランドールである
ことを知らしめれば、決して攻撃してこないだろう。我が艦隊は少数ですから、拿捕し
て捕虜にするのも簡単だと思う。提督がこの艦隊を指揮するのは初めてです。じっくり
と指揮を執るには、落ち着いた環境が必要だった。そういうことですね」
 さすがに副司令官だけのことはあった。
「考え方によっては自己の保身を優先したようにも取れるんだが……」
「大丈夫です。誰もそんな風には考えません。提督は指揮に専念なさってください」
「ありがとう」
 そうこうしているうちにも、味方艦隊は次々と撃沈されていた。
「戦艦ビントウィンド撃沈。巡洋艦ハイネス大破……」
 多少の被害は覚悟の上ではあったが、もたもたしていては全滅するのは時間の問題で
ある。
「急速接近する艦があります」
 目の前のスクリーン一杯に敵艦隊が映し出された。
「斉射しつつ、面舵で交わせ!」
「どうやら接舷して白兵戦で提督を捕虜にしようとしているのでしょう」
 最初の艦はなんとか交わしたものの、次から次と襲ってきていた。
 単独でならともかく、複数の艦で体当たりされては交わしきれない。
「そろそろだな……。これより敵中の懐に飛び込む。全艦全速前進!」
 アレックスが最初から突撃を敢行しなかったのは、味方艦及び敵艦の力量を推し量っ
ていたのだ。
 特に司令官の人となりを、その戦い方ぶりから判断していたのである。
 加速して敵艦隊に向かって進撃するミスト艦隊。
 多数に無勢の時は、まともに正面決戦は自滅を早めるだけである。
 相手の懐深く飛び込んで乱激戦に持ち込み、あわよくば同士討ちに誘い込む。
「ランドール戦法だ!」
 誰かが思わず叫んだ。
 アレックスの得意戦法であり、敵艦隊をことごとく葬ってきた有名な戦法である。
 その戦いを目の当たりにし、しかも自らが参加している。
 兵士達の士気は大いに盛り上がっていく。
「お手並み拝見ですね」
「それは違いますよ。実際に戦うのは配下の将兵達です。指揮官を信じて指令通りに動
いてくれるからこそ作戦は成功します。指揮官のすることは、部下を信じさせることだ
けなのです」
 両艦隊はすれ違いながら互いに攻撃を加えていく。
 後方へ過ぎ去っていった艦は相手にはしない。
 前からくる艦のみを各個撃破していくだけである。
 機関出力最大で防御スクリーンにほとんどのエネルギーを回して、攻撃力よりも防御
力に重点を置いていた。
「敵艦を撃破することは考えなくても良い。全速力で敵艦を交わしていくのに全精力を
注ぐことに尽力せよ」
 早い話が、戦わずに逃げまくれと言っているに等しかった。
 領土防衛の戦いなのであるから、敵艦隊を殲滅させずして、逃げるなどとは理不尽な
指令である。
 逃げている間に占領されてしまう。
 しかし、ランドールが下した指令には、深い熟慮の上に計算され尽されてのものであ
ることは、誰しもが良く知っていた。
 例えばシャイニング基地攻防戦などが有名であり、ハンニバル艦隊来襲の時もカラカ
ス基地を空っぽにした。

 十五分が経過した。
 連邦軍旗艦には苦虫を潰したような表情の司令官がいた。
「ミスト艦隊は、我々の中心部分に入り込んだ模様です」
 両艦隊が全速力で進撃しているので、すれ違いの時間は短かった。
 すでに旗艦同士はすれ違いを終えていた。
「どうして討ち果たせん! 敵は我々の五分の一にも満たないのだぞ」
 理由は判りきっていたが、尋ねずにはおれなかった。
 懐に飛び込まれての乱激戦は同士討ちが避けられない。
 砲術士の腕も鈍るともいうものであった。
「すれ違う前には、正面に向き合っていたはずだ。どうして体当たりしてでも、これを
止めんかったのだ」
 これも判っていた。
 ミスト艦隊は小回りのきく惑星航行用の戦艦が主体であるから、旋回して体当たりを
避けることは簡単であった。
 司令は、競走馬と荷役馬と比喩したが、競走馬は真っ直ぐ走ることには得意でも、曲
がりくねった道を走るのは苦手である。
 これは戦国時代の城下町の街並み設計に取り入れているものだ。城の防衛のために高
速で騎馬が駆け抜けられないように、城下町には紆余曲折の道を作るのは常道であった。
 いかに高速を出せる艦艇でも、ちょこまかと動き回る艦艇をしとめるのは至難の伎で
ある。体当たりしようとしても、簡単に交わされてしまう。ただでさえ数度の加速を行
って最大限に達しているのである。軌道変更は困難であった。
「ええい。反転しろ! 反転して奴らの背後から攻撃する」
 しかし、その命令が悲劇のはじまりだった。


11
銀河戦記/鳴動編 第二章 ミスト艦隊 X
2019.04.06


第二章 ミスト艦隊


                 X

 連邦軍旗艦。
 ミストを左舷後方に見る位置に、隊列を組んでいるミスト艦隊。
「敵本隊は、ミストの前方、十時の方向」
「取り舵十度! 敵艦隊に向かえ!」
「全艦取り舵十度! 進路変更します」
 ゆっくりと方向転換をはじめる艦隊。
 巨大惑星の影響だろうか、艦体がミシミシと音を上げていたが、艦橋要員達は軽く考
えていた。
 この時、艦の異常を真剣に受け止めて、対処しようとしてる者たちがいた。
 機関部の要員である。
 方向転換と同時に、急激に機関出力がダウンしてしまったのである。
『おい、機関出力が落ちているぞ。すぐさま上げてくれ』
 さっそく艦橋からの催促がかかる。
「了解! 出力を上げます」
 機関出力が上げられ、機動レベルを確保したものの、エンジンは異常音を立てていた。
やがて方向転換が完了してエンジンの負担が軽くなって異常音は止まったが、
「これはただ事ではないぞ」
 誰しもが感じていた。
 外の状況や艦橋の様子などがまるで見えない機関部には、ただ上から命令されて出力
を上げ下げするしかない。
 機関長のところに数人の機関士が集まってきていた。
「巨大惑星の影響に間違いありません」
「そうです。カリスの強大な重力に艦が引き込まれていると思われます」
「私もそう思います。上に意見具申なさった方が……」
 だが機関長は意外な発言をした。
「君達は艦内放送を聞いていなかったのか? 上はランドール提督を捕虜にしようとし
ているのだ。いいか、宿敵サラマンダー艦隊のランドールだぞ。奴を捕らえれば、聖十
字栄誉勲章間違いなし、報償は思いのままで一生を楽に暮らしていけるはずだ。例えエ
ンジンが焼け切れたとしても全力で追いかけるのは、判りきったことではないか。言う
だけ無駄だよ」
「やっぱり……ですかねえ」
「外がまるで見えない鉄の箱の中で、一生を終えるのはご免ですよ」
「俺達には選択の余地はない。上に指示に従うまでだ。さあ、配置に戻りたまえ」
 諭されておずおずと自分の部署に戻る機関士達だった。

 その頃、機関部要員の気持ちもお構いなしの艦橋では、ランドール捕虜作戦の真っ最
中であった。
「ランドールの乗艦を特定しろ。そして攻撃目標から外すのだ」
「了解」
 オペレーターが機器を操作して、ミスト艦隊の各艦をスキャニングしはじめた。
 やがてスクリーン上のミスト艦隊の中に赤い点滅が現れた。
「ランドール提督の乗艦しているものと思われる旗艦を特定しました」
「よし、攻撃目標から外せ」
「了解。戦術コンピューターに入力して、攻撃目標から外します」
「後方から、別働隊が追い着いてきました」
「構うな。今は正面の艦隊に集中しろ」
 司令の脳裏にはランドールしかないという風だった。
 聖十字栄誉勲章が目の前にぶら下がっているのだ。
 二階級特進も夢ではなかった。
 鼻先に吊るされたニンジンを追いかける馬のようなものである。


銀河戦記/鳴動編 第二章 ミスト艦隊 IX
2019.03.30



第二章 ミスト艦隊


                 IX

 別働隊指揮艦の艦橋。
 迫り来る敵艦隊との会戦の時が迫り、オペレーター達の緊張が最高潮を迎えようとし
ていた。
 正面スクリーンが明滅して、敵艦隊の来襲を知らせる映像が投影された。
「敵艦隊捕捉! 右舷三十度、距離三十二光秒!」
 目の前を敵艦隊が悠然と進撃している。
 ミスト艦隊が取るに足りない弱小艦隊とみて、索敵もそこそこにしてミスト本星へ急
行しているというところだ。
 手っ取り早くミストを攻略し、先遣隊が帝国皇女の拉致に成功した後に、この星に連
行してくるつもりなのかも知れない。
「時間通りです」
「ようし! 全艦攻撃開始だ」
 アレックスの作戦プランに従い、別働隊の敵艦隊に対する側面攻撃が開始された。

 敵艦隊の旗艦艦橋。
「攻撃です! 側面から」
 不意の奇襲に、声を上ずらせてオペレーターが叫ぶ。
「側面だと? こざかしい!」
「艦数およそ二百隻です」
「所詮は陽動に過ぎん。放っておけ。加速して振り切ってしまえ!」
「こちらは外洋宇宙航行艦、向こうは惑星間航行艦。速力がまるで違いますからね」
「競走馬と荷役馬の違いを見せてやるさ」
 別働隊の攻撃を無視して、速度を上げて差を広げていく連邦艦隊。

 別働隊指揮艦。
 正面スクリーンに投影された敵艦隊の艦影が遠ざかっているのが判る。
「距離が離れていきます。追いつけません」
「それでいい。作戦通りだ」
 落ち着いた口調で答える司令官。
 敵艦隊が別働隊の奇襲を無視して加速して引き離すことは予測していたことであった。
 アレックスの思惑通りに、事は運んでいた。
「さて、後方からゆっくりと追いかけるとするか……」
 艦橋にいる人々に聞こえるように呟く司令。
 頷くオペレーター達。
「よし、全艦全速前進!」
 ゆっくりと追いかけると言ったのは、敵艦隊のスピードに対しての皮肉であった。
 追いつけないまでも、敵艦隊に減速の機会を与えないように、後方から睨みを利かせ
るためである。

 その頃、連邦軍の艦影を捉えたミスト旗艦のアレックスは全艦放送を行っていた。
「……いかに敵艦が数に勝るとも、無用に恐れおののくことはない。わたしの指示通り
に動き、持てる力を十二分に引き出してくれれば、勝機は必ずおとずれる。どんなに強
力な艦隊でも所詮は人が動かすもの、相手を見くびったり、奢り高ぶれば油断が生じる
ものだ。その油断に乗じて的確な攻撃を敢行すれば、例え少数の艦隊でもこれを打ち砕
くことができるだろう……」
 感動したオペレーターが、思わず拍手をすると、その波はウェーブとなった。
 放送を終えて照れてしまうアレックスであった。
 しかし、アレックスにはもう一つの放送をしなければならなかった。

 敵艦隊の指揮艦。
 機器を操作していた通信士が報告する。
「敵の旗艦から国際通信で入電しています」
 戦闘に際しては、通信士の任務は重大である。
 味方同士の指令伝達は無論のこと、敵艦同士の通信を傍受して作戦を図り知ることも
大切な任務である。
「正面スクリーンに映せ」
「映します」
 オペレーターが機器を操作し、正面スクリーンにアレックスの姿が映し出された。
 スクリーンのアレックスが語りかける。
「わたしはアル・サフリエニ方面軍最高司令官、アレックス・ランドールである」
 途端に艦橋内にざわめきが湧き上がった。
 ランドールと聞けば知らぬ者はいない。
 そのランドールが、なぜミスト艦隊に?
 オペレーター達が驚き、隣の者達と囁きあっているのだ。
 スクリーンのアレックスは言葉を続ける。
「わけあって、このミスト艦隊の指揮を委ねられた……」
 疑心暗鬼の表情になっている司令官であった。
 ランドールと名乗られても、『はいそうですか』と即時に信じられるものではない。
 副官は機器を操作して、スクリーンに映る人物の確認を取っていたが、
「間違いありません。正真正銘のランドール提督です。それに、ミストから離れつつあ
る艦隊を捕らえました。サラマンダー艦隊です」
「どういうことだ。タルシエン要塞にいるはずのやつらが、なぜここにいる?」
 何も知らないのは道理といえた。
 ランドール率いる反乱軍は、堅牢なるタルシエン要塞を頼りにして、篭城戦に出てい
るのではなかったのか……。
「おそらくランドールの目的は銀河帝国との交渉に赴いたのではないでしょうか?」
「交渉だと?」
「はい。反政府軍が長期戦を戦い抜くには強力な援護者が必要です。帝国との交渉に自
らやってきて、補給に立ち寄ったこのミストにおいて、我々との戦いを避けられないミ
スト艦隊が、提督に指揮を依頼した。そんなところではないでしょうか」
「なるほどな……。とにかく大きな獲物が舞い込んできたというわけだ」
 すでにアレックスの挨拶が終わっていて、スクリーンはミスト艦隊の映像に切り替わ
っていた。
「敵艦隊、速度を上げて近づいてきます」
「全艦に放送を」
 通信士が全艦放送の手配を済ませて、マイクを司令に向けた。
「敵艦隊の旗艦には、宿敵とも言うべき反乱軍の総大将のランドール提督が乗艦してい
るのが判明した。その旗艦を拿捕してランドールを捕虜にするのだ。それを成したもの
は、聖十字栄誉勲章は確実だぞ。いいか、ランドールは生かして捕らえるのだ、決して
あの旗艦を攻撃してはならん」
「なぜです。捕虜にするのも、撃沈して葬るのも同じではないですか」
「ばか者。ここはミスト領内で、あやつの乗艦しているのはミスト艦隊だぞ。撃沈して
しまったら、どうやってランドールだと証明できるか? 宿敵艦隊旗艦のサラマンダー
ならともかくだ」
「そうでした……」
「指令を徹底させろ」
「判りました。指令を徹底させます」


11
銀河戦記/鳴動編 序章
2019.03.28



作戦を立てることは誰にでもできる。
しかし、戦争ができる者は少ない。
なぜなら、状況に応じて
行動することは
真の軍事的天才だけに
可能なことだからである。
ナポレオン・ボナパルト


序章

 銀河系は、肉眼でも観察されるように恒星や惑星や星雲などのように星間物質が重
力収縮によって濃密に密集し形成された無数の星々によって構成されている。ところ
がそれらの星々の間の一見何もないかのような空間にも僅かながらも重力収縮で残さ
れた希薄な星間ガスが存在する。星間ガスは収束や拡散を繰り返しながら銀河面方向
に流れている。ところが、銀河の中心には巨大な銀河ブラックホールの存在があり、
それが及ぼす重力と銀河の回転により星間ガスの流れに波動が生じる。その波動によ
って、銀河には星の密集した空間と星のない空間が渦巻状に並んで、腕とよばれる構
造をなしている。
 この腕の発生は、地球上において重力・自転・温度差などの影響によって、大気が
循環しジェット気流が蛇行して低気圧や高気圧の発生が促されたり、熱帯雨林帯・中
緯度乾燥地帯などが発生したりすることを考えると理解しやすい。上昇気流の生ずる
低気圧下では雲が発生し、下降気流の生ずる高気圧下では雲が消失する。これと同様
なことが宇宙規模で恒星の発生と消失が繰り返されて、あの銀河の腕として観察され
るのである。波動によって生じた衝撃波が恒星を消滅させる結果として、星のない空
間が渦巻状にできるというわけである。地球のような球体表面上での大気循環では、
緯度の変化によって雲の発生に違いがでるが、偏平銀河面ではそれが渦巻状に引き起
こされる。

 人類が自分達の生まれた母太陽系を飛び出して、宇宙空間に進出しはじめた銀河開
拓時代、人々は銀河の腕に沿って星々を渡り歩き、その生息域を広げていった。星を
も消滅させるほどの衝撃波の存在や航続距離の問題によって、星のない空域は通常航
法や当時のワープ航法だけでは航行不可能であったからだ。いわゆる大河の激流の中
を丸太の筏で川を渡ろうとするようなものである。しかし、どんな激流でも浅瀬があ
ったり淀んだ箇所が必ずあるように、人々は永い年月を経てついに航行可能な宙域を
発見したのである。そこに誘導ビーコン灯台を設置したりしてより安全に航海できる
ような工夫が随所に施されるようになった。それらの橋を拠点として銀河は開発され
ていき、百年を経たないうちに全銀河に人類は行き渡ったのである。

 大河を渡る橋は、時として戦争の際には重要な拠点となる。
 やがて勃発した第一次銀河大戦において、橋を制するものが戦争を制すると言われ
るとおり、それらの橋をめぐってのし烈な戦いが繰り広げられた。
 すべての橋を手中におさめて第一次銀河大戦を勝利し、全銀河を統一したアルデ
ラーン公国の君主は、銀河帝国の成立を宣言し初代皇帝として君臨した。銀河帝国は
およそ三百年の長きに渡って安定した基盤を確保していたが、大河を一瞬にして渡る
ことの出来るハイパー・ワープドライブ航法とそれを可能にする新型ワープエンジン
の発明によって、もはや橋は必要性を失い帝国の基盤も揺るぎはじめた。
 帝国暦三百五年、ついに第二次銀河大戦が勃発する。
 豊富な資源と経済力で力をつけてきたトランターを中心とした地方の豪商達が、帝
国支配からの独立を企てようとし、これを阻止しようとして帝国軍隊を差し向けたの
がきっかけである。一時的には鎮圧されはしたものの、豪商達は密かに賛同する地域
を集めて共和国同盟トリスタニアを樹立し、軍隊を組織して帝国に反旗を掲げたので
ある。
 戦いは三十年続き、資源と経済力で優位にあった共和国同盟は、強力な火器と高性
能のハイパー・ワープドライブエンジンを搭載した最新鋭戦艦を続々と投入して、旧
式戦艦の帝国艦隊に圧勝し、ついに独立を勝ち取ることに成功した。
 敗れた帝国はその弱体化をしめしたことで、やがて軍事クーデターを起こした将兵
達によってさらに分裂、軍事国家バーナード星系連邦が誕生する。
 こうして銀河は、帝政銀河帝国と議会民主制共和国同盟と軍事国家バーナード星系
連邦の三つに分裂したのである。

 それから十数年後、バーナード星系連邦と共和国同盟との間に戦争が勃発、以来百
年の長きに渡って戦いが繰り広げられているのであった。


銀河戦記I「銀河の波動」より抜粋


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