銀河戦記/鳴動編 第一部 第十八章 監察官の陰謀 Ⅱ
2021.04.04

第十八章 監察官の陰謀




「あの……発言してよろしいでしょうか?」
 パトリシアの副官として傍聴していたフランソワが発言の許可を打診した。彼女には発言権は本来ないのであるが……。
「かまわない。言いたまえ」
「では……」
 フランソワが前に進み出て、自分が考えていた作戦を披露した。
「三個艦隊とまともに戦ってはこちらに勝ち目はありません。この際、シャイニング基地は、参謀長のおっしゃられた通りに放棄して撤退しましょう」
「馬鹿な。基地を放棄しては指令無視になる。この基地を取られれば、同盟侵攻の拠点とされて、戦争に負けてしまうんだぞ。だからこそ、敵に渡さない作戦を練るため、我々が頭を悩ましているんじゃないか」
「最後まで聞いてください。ただ放棄するのではなく、ついでに置き土産を敵にプレゼントします」
「置き土産?」
「はい。この基地の管制システムに細工しておくのです。わざと敵に占領させておいて、遠隔操作で基地をコントロールするのです。地上ミサイル制御、対空管制システム、すべてをこちらで操作。そして敵を混乱させて撃滅に至らせます」
「ちょっとまて。それは提督が、士官学校時代の模擬戦闘で使った作戦ではないか」
「その通りです。レイティ・コズミック大尉ならシステムの細工は簡単でしょう」
「そううまくいくものだろうか」
 誰ともなく呟きの声が漏れる。
「フランソワ、君は本気でその作戦が成功すると考えているのか」
「もちろんです。敵が提督の士官学校時代の作戦まで、知りうるはずがありませんから。我々の策略に気付く可能性は低いといえます」
「そうか……」
 アレックスは微笑みながら一同を見回していた。
 その時インターフォンが鳴った。
「レイティ・コズミック大尉から至急の連絡です」
「回線をこちらにまわしてくれ」
「はい」
 スクリーンにレイティの姿が現れた。
「提督。基地の管制システムの改良プログラム、ヴァージョン2のインストール完了しました」
「ヴァージョン2?」
「はい。基本プログラムは前回のものを改良したものを使用していますので」
「で、敵に見破られる懸念は?」
「それは有り得ないでしょう。よほど同盟のシステムに熟知したものか、天才ハッカーでもない限りは」
「なら、大丈夫だな。ご苦労だった。引き続き万全を期してのバグつぶしをやってくれ」
「わかりました」
 レイティの姿がスクリーンから消えた。
「提督……今のお話しは?」
 一同がアレックスに注目した。
「提督も意地が悪い。すでに計画をご自分で練っておられながら、私達にも作戦を出させるなんて」
 フランソワが抗議の声を上げている。部下の意見を聞きだそうとする、アレックスの常用的言葉の言い回しなどのことをまだ知らないからである。
「決めていたわけではない。私の作戦はいわゆる最後の保険というやつさ。皆の意見を聞いたうえで、そっちの方がよければそれでよし。といって一秒を争う作戦においては、皆の意見を聞いてからでは間に合わなくなるので、先行投資させてもらっただけさ。レイティといえど、基地全体の管制システムを改良する時間が必要だからだからな。第一私がすべて考えて実行するのであれば参謀はいらないし、一人の人間の考えることには限界がある。常にディスカッションして良いところを取り上げ、悪いところを訂正しなおす。誰だって完璧な人間ではないんだ。納得のいかない作戦なら、いくらでも訂正意見をのべてくれたまえ」
「どうやら、提督はご自身の作戦をお持ちのようですね。聞かせていただきませんか」
「そうですよ。我々の意見は出尽くしたようですし、フランソワの述べた作戦をお考えだったようですが……」
「先のパトリシアの作戦は、敵に占領させないように行動しなければならないから無理がでてくる。ならばいっそのこと占領させてしまって、後から十分作戦を練ってから奪還を計ったほうがいい。敵は基地を確保しようとするだろうから、援軍が到着するまで待たねばならず、動くことができない。つまりは我々が引き返してくるにも、交代で休息をとることができる時間的余裕があるというわけだ。弾薬や燃料の補給だってできる。そして敵はちゃんといるべきところで待っていてくれる」
「そうか、そこでフランソワの考えた作戦をもってあたれば」
「そういうことだ」
「決まりです。その作戦でいきましょう」
「そうだ。提督、俺も賛成しますよ」
「提督。どうやらみんなの総意が一致したようですね」
「よし、フランソワ。君が詳細を煮詰めて、至急作戦立案としてまとめてくれたまえ」
「わ、わたしがですか?」
「その通り」
「は、はい」
 肩をぽんと叩くものがいた。振り返ってみるとパトリシアであった。
「作戦立案、よろしくね」
「お姉さま……」
「大丈夫、あなたならできるわよ」

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2021.04.04 07:39 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十八章 監察官の陰謀 Ⅰ
2021.04.02

第十八章 監察官の陰謀




 アレックスは敵艦隊の新たなる情報を得て、幕僚達を集めて基地防衛の作戦について協議することにした。
「さて、以前にも話したとおりだが、連邦軍の総攻撃の詳細が判明した」
 その後をレイチェルが補完する。
「その総数は八個艦隊におよび、うち二個艦隊がフランク・ガードナー提督の守るクリーグ基地へ。このシャイニング基地には三個艦隊が向かっているという情報がはいりました」
「三個艦隊!」
「とても数では太刀打ちできない」
「でも提督なら……」
 作戦会議初参加のフランソワが言いかけたが、
「馬鹿ねえ。奇襲攻撃で背後を襲うのではないのよ。カラカス基地からシャイニング基地に至る間に奇襲を掛けられるような要衝となる地域は存在しないわ。防衛戦となれば正面決戦とならざるをえないでしょ。つまりは数が物をいうのよね」
 とジェシカがたしなめる。
「そうなんですか?」
「それでよくも首席卒業できたわねえ。まさかカンニング常習犯ということでもないわよねえ」
 新人いびりが好きなジェシカだった。
「う……。ひ、ひどい」
 今にも泣き出しそうなフランソワ。
「ジェシカ先輩。新人のいじめはやめてください」
「あらん。楽しみにしているのに……」
「おい。作戦会議中だぞ」
 そんなやりとりに粛清を促すゴードン。
「ところでカラカス基地の方は、どうなのですか」
 カラカス基地方面の守備を任されているカインズが尋ねた。自分の管轄する基地がどうなるかを知りたいのは当然であろう。
「今の所そちら方面に向かったという情報は得られていない」
「カラカスは銀河乱流の中洲に取り残された恒星系です。そこから共和国同盟に進撃するには、航行不可能な宙域で囲まれた隧道を通らねばなりません。テルモピューレ宙域会戦で手痛い敗北を喫した経緯から、無理してそこを通過する危険を冒すことはしないと思われます。結局シャイニング基地方面に転進しなければならない。だったら最初からシャイニング基地を攻略したほうが得策です。それに軌道衛星砲というやっかいな代物で武装されているからでしょう。たかが無人の装置にたいして多大な被害が想定できる作戦に艦隊を派遣するわけにはいかないでしょう」
 パトリシアが自分の考えを述べた。
 これまでの連邦側の行動体系から導かれる方程式から、さらなる推論を加えて熟慮された答えは誰しもが納得した。
「パトリシアの考えは九割は正しいと言えるだろう。残りの一割にかけてカラカス基地を陥落させて隋道を強行突破して進撃しないとも限らないが、それを阻止する手立ては我々にはない。シャイニング基地だけで手一杯だ。両基地のどちらかを選択するとなれば、より戦略的価値の高いシャイニングに決まっている」
「それで、残る三個艦隊は?」
「あ、それは補給のための輸送ルート確保や、惑星攻略部隊そして占領後の基地確保などの後方作戦部隊のようですね」
「どうやら連邦は本気のようだな。後方支援部隊まで連れてきていることは、確実に基地を陥落して拠点とし、共和国同盟に進軍する戦略だ」
 敵側の動静がほぼ確定された。
 次に考えるべきことは、味方がどうこれに対処するかである。
「さて、どうしたものかねえ。困ったものだ」
 アレックスは呟くが、それが単なる口癖であり、少しも困っていないだろうと推測する一同であった。すでに作戦の概要を固めているようだ。
 しかしだからといってすぐには公表しないアレックスであった。何のために作戦会議を招集したのか、意味をなさなくなるからである。部下の考えの中にも自分の考えたことよりも優れたものがあるかも知れない。だから、まずは部下の意見から先に発表させるというのが常だった。
 無論、ゴードンたちも重々承知のことだった。
 参謀長であるパトリシアが口火を切った。
「こうしてはどうでしょう。ここは一端退いて、クリーグ基地の援軍に回ります。それだと丁度二個艦隊同士の決戦となりますし、たぶん敵も我々が援軍に来るなんて知る由もないでしょうから、敵の背後を突くこともできるでしょう。さすれば敵を壊滅させることも可能かと。その後でガードナー提督の艦隊と合わせて二個艦隊で、シャイニング基地に戻って三個艦隊と対峙します。この場合防衛にたつのは敵側、攻撃側のこちらには作戦的には有利に運べます」
「確かにそうかも知れない。しかし、長距離を往復して休む暇なく戦闘に駆り出される兵士達の疲労度のことを失念しているな」
「そうか。最初に同数の敵と戦って、休む間もなく引き返して数で優る敵と再び戦わ
なければならない……心理的にとてもまともに戦える状況ではありませんね」
「クリーグ基地での一戦目はともかく、シャイニング基地での戦闘は最悪の環境になる」
「だめですか……」
「いや、作戦の主旨は要点を突いて巧妙だ。諦めるのはまだ早い。もっと練りあげれば何か解決策があるかもしれない」
「はい」
「参謀長の意見は再検討ということで、他に案があるものはいないか」
 アレックスは一同を見回すが、頭抱えたまま動く気配はなかった。
「うむ……やはり、難しいか」
 一同、言葉に詰まっていた。

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2021.04.02 09:12 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十七章 リンダの憂鬱 Ⅷ
2021.04.01

第十七章 リンダの憂鬱




「諸君、そのまま聞いてくれ」
 と一言置いてから、静かに言葉を紡いでいく。
 食堂は静まり返り、提督の話を聞き漏らさないようにと、耳を澄ましていた。
「すでに諸君らも聞いていると思うが、連邦の艦隊がついに出撃を開始した」
 ざわざわとどよめきが沸き起こる。
 とうとう来たかというため息が漏れる。
「このシャイニング基地には三個艦隊が押し寄せていることが判明した。しかしだからと言って、恐れおののき、慌てふためくことだけはしないで貰いたい。今後の作戦は、これから参謀達と協議して決定するが、すべてを私と配下の有能なる指揮官に委ねて欲しい。私には君達の生命を守り、家族の元へ送り届ける義務がある。無駄死にするような戦いに誘い、悲惨な結果となるようなことは決してしないから安心してくれたまえ。そしていざ戦いとなった時は、己の能力のすべてを引き出してそれぞれの任務を全うして欲しい。諸君の健闘を期待する。以上だ」
 ざわめきが去り、静けさが食堂を覆いつくした。事の重大さに動くものはいなかった。
 それぞれにアレックスの語った内容を吟味しているのであろうか。
「さて、食事だ」
「え? すぐにでも作戦会議を招集するのでは?」
「それは食事の後だ。戦闘の前にはちゃんと腹ごしらえしなくちゃな。それも軍人の責務だ」
「はあ……そういうものでしょうか?」
「そうだよ。食べられる時に食べておくもんさ」
「わたしもご一緒してよろしいですか?」
「ああ、かまわんよ」
 放送を終えて、テーブルに戻ろうとした時だった。
「提督。質問があります」
 一人の下士官が勢い良く手を挙げて立ち上がった。
「何かね。アンドリュー・レイモンド曹長」
「え?」
 いきなり名前と階級を当てられてびっくりしているレイモンド曹長。
「提督は、どうして一介の下士官である自分の名前をご存知なのですか?」
 本来の質問の前に、確認してみる。
「作戦大会議に召集されたにも関わらず寝坊して遅刻し、罰として会議室の後方で立たされた上に、居住区の男子トイレ全部の清掃を命じられた君の事は忘れるはずがなかろう」
 食堂に大爆笑が湧き上がった。
「そ、そんなことまで覚えてらっしゃるのですか?」
「遅刻してきたのは君だけだ。しかもぐっすり眠っていたなんて、よほどの図太い精神を持っていると感心していたのだ。それで覚えていた」
 食堂のあちらこちらから、くすくすという笑い声が聞こえている。
 便所掃除をさせられている当人をからかったりした者もいるだろう。しばらく艦内の話題の人となっていた。そんな思い出し笑いが続いている。
「提督って意外と物覚えがいいんですね」
 フランソワがレイチェルに囁いている。
「あら、知らないの?」
「何がですか?」
「提督の記憶力は艦隊随一なのよ。一度覚えた将兵の顔と名前は絶対に忘れないわ」
「え? お姉さまが一番じゃなかったんですか」
「一応そういうことになってるだけ。記憶力はパトリシアの十倍以上は軽くあるんじゃないかしら」
「う、うそでしょ?」
「計算能力でも、艦隊一と言われているジェシカをはるかに凌いでいるのよ。類まれなる記憶力と計算処理能力があってこそ、不時遭遇会戦での突然の敵艦隊との戦闘が起こっても、あれだけの完璧な作戦を考え出し、見事な勝利へと導いてくれることができるのよ」
「知りませんでした」
「いいこと、この事は他言無用よ。提督はご自身の自慢話になるようなことはあまり公表されたくないらしいの。艦隊参謀長の副官であるあなただから教えてあげたのだから」
「判りました」

 さすがに情報参謀のレイチェルだと実感したフランソワであった。自分の素性のすべても把握されているんじゃないかしらと少し不安にもなる。がどうなるでもなし、取りあえずは意外な提督の素性を知ったことを胸にしまって置くことにした。
 フランソワとレイチェルが小声で囁きあっている間、レイモンド曹長は顔を赤らめその時の状況を思い起こしているようだった。
 頭を掻きながら謝るレイモンド。
「そ、そうでしたか……その件では申し訳ありませんでした」
「それはいい、もう済んだことだ。質問を続けたまえ」
「あ……は、はい」
 敵艦隊の来襲を告げられて緊迫感に押し潰されそうだった乗員達だったが、二人のやりとりですっかりリラックスしてきていた。
 それはアレックスが場の雰囲気を和ませようと、とっさに機転を利かした話題転換だったのである。
「たった今、三個艦隊もの敵艦隊が押し寄せてきていることを伺いました。提督はいかがなされるおつもりですか? この後参謀達を交えて具体的な作戦を練られると思いますが、作戦会議においては事前に提督ご自身の考えをいつも用意していると聞きうけております。今回の場合も、すでに作戦の概要をまとめておられるのではないですか? できればこの場で率直なご意見をお伺いできないでしょうか?」
 別の隊員が乗り出すようにして尋ねる。
「徹底抗戦ですか? 策略を巡らしての奇襲ですか? それとも撤退しますか?」
 他の隊員達も思いは同じようで、聞き漏らさないようにと聞き耳を立てているようであった。
「残念だが、今はまだ君達に言えることは何もない。不確かなことをここで言っても不安を駆り立てる結果となるだけだからだ。いずれ作戦が本決まりになれば、君達に発表するからそれまでおとなしく待っていてくれたまえ」
「提督のことを、私達は信じております。提督が何時如何なる時も私達のために、精進努力してらっしゃることも重々承知しております。しかしこの情勢下にあっては、少なからず不安を抱いております。せめて、攻めるのか守るのかだけでも知ることが出来れば、安心して枕を高くして眠れるというものです」
 枕を高くして眠るという言葉が、宇宙でどれほどの意味があることなのかを理解して使ったのではないだろうが、本人にしてみればぐっすり眠れるという単純な意味合いだろうと思う。
「曹長、提督をこれ以上、困らせないでください。いずれ作戦は発表されます。おとなしく待っていてあげてください」
 レイチェルがやんわりとたしなめた。
 こういった場を収めるのは、レイチェルの得意であった。乗員達の間のもめごとや騒乱を丸く治めることも主計科の任務の範疇に入っている。
 憧れの的でもあるレイチェルに、そう言われればおとなしく引き下がるよりなかった。
 女性士官達だけでなく、男性士官達の間でもレイチェルの人気は抜群だったのである。
 やがて食堂内は、いつものざわめきが戻り始めていた。
 アレックスを信じ、すべてを任せよう。
 絶大なる信頼関係に裏打ちされた上官と部下達との心温まる食堂での一件であった。

「ところでレイチェル」
 アレックスが小声で囁く。
「リンダの事、ありがとう」
「いいえ。どう致しまして」

 第十七章 了

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2021.04.01 13:13 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十七章 リンダの憂鬱 Ⅶ
2021.03.31

第十七章 リンダの憂鬱




「どうぞ、メニューです」
 ウェイトレスよろしく、アレックスの目の前に、すっとメニューを持った手が差し出された。
 無意識にそれを受け取り、ページを開くと、料理メニューではなかった。
「何かね、これは?」
 ふと視線をあげて、メニューを差し出した本人を見ると、
「提督の体力トレーニングメニューです。それとこちらがフランソワの分です」
 艦長のリンダだった。その隣にはウェイトレスが控えている。
「な、なによこれ?」
 メニューを見るなり悲鳴のような声を出すフランソワ。
「今までの二倍の基礎筋トレーニングに、肺活筋の強化トレーニング……」
「こっちは、脚力と腹筋トレーニングが増えているな」
「お二人とも、トレーニング不足とという健康診断が出ております。それに基づきトレーナーと相談して、運動メニューを決定いたしました。艦内に居住するすべての将兵の健康管理を取り仕切るのも艦長の任務の一つです。どうかご理解くださいませ」
「判った……納得いかないが納得するしかないようだ」
 艦長としての責務を果たそうとしてるリンダには従うしかないと判断するアレックス。警報が出てから自分の持ち場へ、急ぎ馳せ参じる運動能力を維持しなければ、自分の役目を果たすことができないのは必至である。それが全艦隊の運命を左右する指揮官たる者なら当然の責務の一つである。命令を下すべき指揮官が遅れれば、指揮統制も乱れ混乱する。
 積極的な行動に出たリンダ。
「そうか……レイチェルが動いてくれたようだな。将兵達の心を掴み揺り動かせる才能。さすがにレイチェルだな」
 感心しきりのアレックスだった。
「ありがとうございます。それではこちらが今日の料理メニューです。鯛の香草風味焼き、あさりと春野菜のクリームソースがお奨めです」
「そうか、それを頂くとしよう」
「あたしもそれでいいわ」
 アレックスが承諾したので、おのずと自分も従わざるをえなくなったフランソワ。つっけんどんに答えていた。
「お二人とも、鯛の香草風味焼き春野菜のクリームソースでよろしいですね?」
 ウィトレスがメニューを確認する。
「ああ、よろしく頼む」
 と言いながらIDカードを差し出すと、ウェイトレスが持っているカードリーダーに差し込んで、メニューを打ち込んでいる。これで厨房への調理指示と、給料天引きが自動的になされる。

 ここの食堂のようなファミリーレストラン風なシステムを採っているのは、第十七艦隊だけである。他の艦隊の食堂は、日替わりでメニューが決められていて、選択の余地がなかった。自慢のシステムであるが、このシステムを考案し採り入れたのが、主計科主任であるレイチェルであった。コンピュータ技師のレイティー及び厨烹科のナターリャ・ドゥジンスカヤ料理長と共に、システムと携帯端末の設計開発を行った。
 ランジェリーショップの経営、女性士官制服制定委員会などと、レイチェルは常日頃から気を配って、メンタルヘルスケアを実践していた。
 このような乗員にやさしいレイチェルに対し、女性士官達は憧れをもって接しており、艦内における意見具申などはすべてレイチェルに届けられていた。

 そのレイチェルが食堂に入ってきた。
 士官達の敬礼を受け流しながら、アレックスの姿を見つけると、一直線に歩み寄ってくる。
「提督。お食事中のところ申し訳ありません」
 と辺りを気にしながら話しかける。一般の将兵達には聞かせたくない内容のようだ。
「ここで、構わん。報告してくれ」
 気を遣っているレイチェルだったが、そう言われては仕方がない。
「はい、では。報告致します」
 姿勢を正して報告をはじめるレイチェル。
「バーナード星系連邦のタルシエン要塞から敵艦隊が出撃を開始しました。二個艦隊がクリーグ基地へ、三個艦隊がシャイニング基地に向かっています。その他、占領機動部隊や後方支援部隊を含めて、総勢八個艦隊です」
「そうか……最初の情報どおりというわけだな」
「その通りです」
「判った、ご苦労だった。引き続き情報の更新を頼む」
「かしこまりました」
 それから少し考えてから、
「レイチェル。今ここにいる全員に待機命令を出してくれ。外に出ないように」
「判りました」
 足早に食堂前方に移動するレイチェル。
「フランソワは、食堂にある艦内放送をセットし、全艦放送の手配を取ってくれ」
「はい!」
 同様に、食堂後方にある放送施設に掛けて行くフランソワ。
 レイチェルが大声を張り上げて、食堂にいる全員に伝える。
「みなさん。お静かにお願いします。これから提督のお話があります。食堂から出ないようにしてください」
 何事かと、レイチェルやアレックスに注目する一同。
 その間に放送室にたどり着いたフランソワが、艦橋にいるパトリシアに連絡する。
『艦橋。ウィンザー少佐です』
「あ、先輩。食堂の艦内放送システムを全艦隊放送に流してください。提督からのお話があります」
 ディスプレイにパトリシアが現れると同時に話しかけるフランソワ。
「判りました。全艦放送の手配をします」
 パトリシアにもレイチェルの報告が届いているのであろう。アレックスの意図をすぐさま理解して、全艦放送の手配をはじめた。
 つかつかと歩いて食堂の一番前に来るアレックス。
 食堂の職員がマイクスタンドを運んできて、アレックスの前に立ててから小声で言った。
「接続は完了しています。どうぞお話ください」
「判った」
 アレックスはマイクを軽く叩いて、改めて接続が完了しているのを確認し、深呼吸してから話し出す。

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2021.03.31 13:26 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十七章 リンダの憂鬱 Ⅵ
2021.03.30

第十七章 リンダの憂鬱




 それから数時間後。
 アスレチックジムでの体力トレーニングを終えたというのに、一人ベンチに腰掛けて思慮深げな表情のリンダがいる。
 そこへ人探し風なレイチェルがやってくる。リンダを目ざとく見つけて歩み寄ってくる。
「どうしたの悩み事?」
 やさしく語りかけるレイチェル。
「あ……ウィング少佐」
「レイチェルでいいわよ。今は非番だから。汗をかいた後だというのに、こんなとこでじっとしていると風邪をひくわよ」
「そうですね……」
「心にわだかまりがあるなら相談に乗るわよ」
「はあ……。会うたびにすぐ口論になる人がいて、どうしたら仲良くなれるかと思って……」
「思ってはいるのね」
「ええ……思ってはいるんですけど。艦長として、どうしたら信頼関係が築けるのでしょうか?」
 そうか、仲良くしようと考えてはいるんだ。
 しかも艦長としての責務も忘れてはいない。
 改めてリンダの心境を垣間見るレイチェルだった。
 やはりここは、反省し悩んでいるリンダの方に、助け舟を出すのが利に適っていると判断した。
「艦長としての責務を全うしていれば信頼関係も自然に身についてくるものよ」
「そうでしょうか? 例えば足の遅い上官についてはどうすればいいんでしょうか?」
「フランソワの事ね」
 ここで改めて相手のことを持ち出すレイチェル。
「階級はあなたの方が上じゃない」
「いえ。戦闘や訓練の際には、戦術士官(Comander officer)の徽章(職能胸章)を付けてるフランソワの方に、指揮権や命令権の優先が与えられますから」
「でもね。あなたは艦長として、艦内における将兵達の用兵はもちろんの事、健康管理をも任されているわ」
「健康管理?」
「体力トレーニングよ」
「それが何か?」
「意外と鈍いのね。足が遅いのは体力・筋力が衰えているせいです。艦内で勤務する乗員にはすべて体力トレーニングが義務付けられており、その運動メニューの決定権も艦長が持っています。足が遅いと感じたならば、足を早くする運動メニューを用意してあげればいいのよ。ただ、フランソワだけだと意地悪していると思われるかも知れないから、もう一人足の遅い方がいるからそれと一緒に提出するといいわね。もちろんそれは提督のことだけどね。この際一緒に鍛えてあげなさい」
「なるほど! そういうことかあ!」
 合点! 納得いったリンダだった。
「あなたは、相手が戦術士官であり、提督と近しい間柄にあることから遠慮しているみたいだけど、もっと自分の立場に誇りと自信を持ちなさい。階級が下の者に対しては厳粛たる態度で臨むべきです。遠慮は一切考えないことです」
 リンダの表情に明らかなる変調が表れた。艦長として凛々しく誇りある責務に改めて邁進するという感情が見られるようになったのである。
「ありがとうございます。色々と参考になりました」
 深々と礼をして足早でアスレチックジムを駆け出していくリンダであった。
「ふふ……。少しは役に立ったようね」

 食堂にフランソワを連れてアレックスが入ってくる。
 アレックスに気づいた全員が、一旦立ち上がって敬礼をしている。
「提督、あそこの席が空いてますよ」
 フランソワが指差す空いた席に移動するアレックス。
「一つお聞きしてよろしいですか?」
 アレックスが先に椅子に腰を降ろすのを見届けてから、自分も座りながら尋ねるフランソワ。
「何かね?」
「提督やお姉さま達は、上級士官専用の食堂がありますのに、どうして一般士官用の食堂で食事をするのですか? 」
「それじゃあ、隊員たちの様子が判らないだろう」
「どういうことですか?」
「人間、食事とか就寝前とか、リラックスしている時には、本音が出やすいものだ。部下の精神状態がどのようになっているか、士気の低下や食欲の低下を起こしている者はいないか、緊張しすぎている者はいないか、などあらゆるメンタルヘルスケアチェックを行うのも、上官の任務だよ。人知れずにね」
「でも、そういうことは衛生管理部門の役目ではないですか?」
「報告を聞いて鵜呑みにするだけでなく、直に自分の目と耳でチェックする。それが本当の指揮官たる裁量のあり方だと、私は思っているのだよ。そうは思わないかね」「はあ……何となく理解しました」
「まあ、考え方は人それぞれだな。厳粛な上下関係をはっきりさせるために、食堂はもちろん居住ブロックの区分けさえしている人もいる」
「あのお……それが普通だと思いますけど」
「そうか?」
「そうですよお」

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2021.03.30 07:49 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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