銀河戦記/鳴動編 第一部 第十八章 監察官の陰謀 Ⅵ
2021.04.08

第十八章 監察官の陰謀




 艦橋内に響く銃声。
 沸き起こる悲鳴。
 艦橋は騒然となった。

 だが、床に倒れこんだのは監察官の方だった。
 腕を撃ち抜かれて血を流していた。
 監察官が持っていた銃が床に転がっている。
 一同が銃が放たれた方角に振り向くと、そこには部下の憲兵隊を従えたコレット・サブリナ大尉が銃を構えていた。その銃が監察官の腕を撃ちぬいたのである。

 彼女の正式な身分は、共和国同盟軍情報部特務捜査科第一捜査課艦隊勤務捜査官。
 艦隊組織内において、監察官同様に武器を常時携帯することを許可されている唯一の人物であった。
「なぜ、おまえがここにいる。ここは、一介の捜査官が入れるようなところじゃないはずだ」
「レイチェル・ウィング少佐の依頼を受けての特務捜査権を執行しております」
「特務捜査だと?」
「暗殺です」
「な、何を言うか。第一、情報参謀に特務捜査権を依頼する権限などない」
 それにアレックスが答える。
「それがあるんだな。特務捜査権を彼女に依頼できるのは、私の他には艦隊司令官付副官がいる」
「提督やウィンザー少佐がサブリナ大尉に近づいた形跡はない」
「そうか、やはり部下に行動を監視させていたな。」
「反逆者とその部下を監視するのは当然だ」
「いつの間にかに反逆者呼ばわりですか……まあいいでしょう。その副官がもう一人いるのを知らなかったようだ」
「ウィング少佐か?」
「独立遊撃部隊からの副官でしてね。当時、ウィンザー少尉が正式に副官に就任しても、そのまま副官としての地位を残しておいたのですよ。副官には司令官同様の特別な権限が与えられますからね」
「なるほど」
 そのレイチェルが解説をはじめた。
「何者かがランドール提督を暗殺しようとして潜入しているという情報を入手しました。暗殺には提督のそばに近寄る必要があります。その方法として提督の身近にいる者に成り代わるのが一番確実です。ランドール提督は味方将兵を大切に扱い、勝つ算段のない戦からは撤退するという主義を打ち出しています。三個艦隊もの敵艦隊が迫ってくると知れば、当然撤退すると言い出すことは容易に推測できるでしょう。そこで、これを敵前逃亡として処断すれば合法的に抹殺が可能です。そしてそれが出来るのは、監察官! あなたしかおりません。監察官自らが暗殺実行者であるならは、後処理はどうにでもできるでしょうね」
「私が暗殺をしているという証拠などないだろう」
「これに聞き覚えはありませんか」
 というとレイチェルが端末を操作する。
 スピーカーから声が響く。
『……です。閣下のお考えになられた通り、ランドールは撤退を選択しました』
『そうか。後の処理は判っているな』
『はい。手はず通りに敵前逃亡罪として処断します』
『くれぐれも、計画が漏れないように極秘裏に合法的にランドールを始末するのだ』
『お任せください。万事怠りなしに』
『頼むぞ』
『はっ!』
 その音声に息を呑む監察官だった。
「というような内容の通信です。声紋チェックであなたの声であることが確認されております」
「ば、馬鹿な。あの暗号通信は特殊な暗号コードを使っているんだ。暗号解錠キーがなければ内容など解けないはずだ」
「おや。あなたが暗号通信を送ったということはお認めになられるのですね」
「うっ……」
 迂闊だったという表情に歪む監察官。

「ここには、天才と呼ばれるお方が数多くいらっしゃるのですよ。システムエンジニア、システムプログラマーなど、コンピューターネット犯罪を取り締まるプロフェッショナルがいます。彼らに掛かれば暗号通信を解析することなど容易いことなのです」
「冗談はよせ。あの暗号通信の内容は、現在最速と言われているスーパーコンピューターで解析しても百万年は掛かると言われているんだぞ。解錠キーがない限り解けるはずはない」
「それならば、その解錠キーがどこかのコンピューターに保存されているはず。そのコンピューターに侵入して、その解錠キーを手に入れれば良いことです」
「そんな事できるはずがない」
「それができるのです。ネットに接続されているコンピューターならば、必ず侵入できるものなのです」
「あり得ないことだ」
「お信じにならなければ、それでも結構です。とにかくも、あなたの暗号通信は解読されたということはお認めになられますね?」
「黙秘権があるはずだ。これ以降は何も喋らない」
 と、レイチェルの質問に答えない監察官。これ以上話し合ってもぼろが出るだけだと判断したようだ。
「結構です。当然の権利ですからね。でも聞くだけは聞いていてください。提督を暗殺しようという者が侵入したという情報を入手して、私達はすべての通信を傍受記録しておりました。その捜査網にあなたが暗号通信を送っているのを傍受したのです。早速、かの天才達に解読を依頼しましたが、それには三時間という答えが返ってきました。あなたは百万年とおっしゃいましたが、天才と呼ばれる彼らに掛かれば三時間なのです。今後の参考にでもしておいてください。しかし、それでも手遅れになるので、別のルートを使って軍のコンピューターネットに侵入、さる所から解錠キーを入手しました。それを使って暗号通信を解読したのです」
 押し黙ったままの監察官だった。図星をさされて明らかに意気消沈している表情が伺える。
「念のために申し上げておきますが、シャイニング基地の撤退は、参謀達全員による合議によって決定されたものであり、提督ご自身による勝手な判断で執行されるものではないということです。ゆえにこれは敵前逃亡ではなく、明白なる撤退作戦ということになります。敵前逃亡として処断されるのは早計ではないでしょうか。暗殺という策略以外には考えられません」
 レイチェルの発言を受けて、コレット・サブリナ大尉が前に進み出る。
「監察官。あなたをランドール提督暗殺未遂の容疑で逮捕します」
 監察官の腕を後ろ手に回して手錠を掛けるコレット。
「ウィング少佐。一つ質問させてくれ」
 手錠を掛けられながら口を開く監察官。
「何でしょう?」
「君は、暗殺という情報をどうやって知ったのだ。さる所から解錠キーを入手したという。当然その首謀者たる人物のことも掴んでいるのだろう。証拠を集めて、告発するつもりか?」
「情報の出所をお教えすることはできません。ニュースソースを隠密にするのは情報部の常識です。証拠たる情報を隠密にする以上は、立件もできませんから告発も不可能ということです。内憂外患から士気の低下を発祥させる素因を公にすることは、提督のもっとも危惧されることですからね」
 うんうんと頷いているアレックス。
「そうか……内憂外患か……」
「提督」
「何かね」
「ここには心を一つに束ねあい、気を許しあって、すべてを相手に委ねられるという環境が浸透しているようだ。実に素晴らしい艦隊だ」
「そう言ってくれると嬉しいね」
「あなたの部下達がこれほども羨ましいと思ったことはない。あなたの部下でなかったのが、実に残念だ」
「それはどうも……」
「連行しろ!」
 コレットが部下の憲兵隊に指示し、連行されて行く監察官。
「提督。お騒がせいたしました」
「今回も、君に助けられたな」
「任務ですから」
 きりっと姿勢を正し敬礼をして、くるりと翻して立ち去って行くコレットだった。

第十八章 了

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2021.04.08 08:53 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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