銀河戦記/鳴動編 第一部 第十章 コレット・サブリナ Ⅵ
2021.01.31

第十章 コレット・サブリナ 氷解




 事件は、犯人の死亡という結果となったものの、一応の解決を見た。
 コレットはアレックスに対して捜査報告をまとめて提出した。
「カテリーナはスパイだったと思うか?」
 アレックスは率直に尋ねてみた。
「カテリーナ・バレンタイン少尉がスパイだったのか、或は単なる物取りだったのか、当人が死んでしまった以上それを確認することはもはや不可能ですが、ともかくも身体が小柄なのを利用してダストシュート伝いに各部屋を行き来して犯行に及んだのは確実なようです」
「それをミシェールに見られて殺害したのか……その肝心な共犯者の手掛かりは?」
「一切の証拠となるものを残していません。完璧に迷宮入りですね。申し訳ありません」
「君の本来の任務はミシェール殺害に関してだ。その共犯者ともいうべきスパイの潜入捜査は別件になるだろう。君の捜査範囲を越えるはずだ」
「とにかく、首飾りを部屋に隠しに戻ったのが、命取りになりましたね。あの部屋が立ち入り禁止ということでは最良の隠し場所だったわけです。しかし私が念のために施していた封印に気がつかずに扉から出ていって、犯行を露見させる結果となりました」
「参考までに聞くが、このエメラルドのネックレスは本物かイミテーションが判断できるかい?」
「それは今回の捜査では重要ではありません。気になるならご自分でお調べください」
「そうか……。実はそれは、わたしがマスカレード号で助けられた時に、身に付けていたものなんだ。母の形見かなんかだろうと思っている。本物かどうか調べてイミテーションだったら、形見としての思いが薄れるかもとそのままにしていた。もしかしたら犯人がこれを盗みだしたのも、何か重要な秘密が隠されているのかも知れない」
「たぶん正しい判断だと思います」
「まあいいさ……。それで君は、レイチェルの件について、告発するつもりはあるかい?」
「勘違いされては困ります。わたしはライカー少尉の他殺疑いを調べるために派遣されてきました。その捜査の必要から、特務権を執行して関係者の素性も細密に調べてきました。しかし捜査で得た機密情報は、たとえそこに犯罪が潜んでいてもわたしとしては公開し告発することは権限として与えられておりません」
「捜査情報の機密厳守条項というやつか。それがなければ誰も証言してくれないだろうからな」
「あくまでライカー少尉の他殺を証明するために必要な諸情報のみ証拠として公開できるのです。もっともレイチェル大尉の素性捜査を他から任務として与えられれば話しは別ですが」
「そうだろうな」
「個人的見解を述べてよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「レイチェル・ウィング大尉は、その経緯はともかく内面的においては、完全に女性としての精神を持っています。日常生活においては何ら不都合なく女性として暮らしており、周囲の人々も疑うことなく女性として接しています。今更事実を明かして周囲を動揺させるよりは、このまま女性として生きていただいた方が、すべての人に対してベターとはいえるでしょう」
「もし誰かにばれて告発された場合、性の登録を戻されるのかな」
「それは有り得ないでしょう。社会的にすでに女性として世間に認められて確固たる
地位を築いていることと、もはや元の完全な男性には戻れないという観点からです。ただし罪は受けます」
「そうか……」
「他の男性との結婚も法律的には可能です」
「結婚か……子供は作れないかも知れないがな」
「子供が作れなくても養子を迎えて育てることはできます。戦災孤児はたくさんいますからね」
「ついでだから相談したいのだが、レイチェルが男性と結婚すると言い出した時、自分としてはどうすればいいと思う?」
「事実を知りながらそれを黙認なされた以上、レイチェル自ら真相を語らない限り、今後もその事実を隠し通す義務があると言えるでしょう。あなたは結婚する二人を暖かく祝福するしかないでしょう。相手が誰であろうとも」
「そうだろうな……」
「レイチェルの罪を黙認したというのがあなたの罪であり、そのことで一生悩まなければならなくなったことが、それに対する罰ということですよ」
「罪と罰か」
「罰を軽減するために他人に、たとえば婚約者であるウィンザー中尉などに告白することも、おやめになられた方がいいでしょう。あなたの悩みは多少軽減するでしょうが、こんどは相手を一生悩ませる結果になるだけですから。すべてはあなたとレイチェルだけの間だけで留めておくことです」
「そうだよな……忠告、ありがとう」
 コレットは姿勢を正して言った。
「それでは、IDカードの特権コードを抹消願います」
 と言いながらIDカードを提出する。
「そうだな……」
 IDカードを端末に差し込んで、乗員名簿閲覧などの特権コードを消去していくアレックス。任務が終われば特務権は消失する。艦長レベルで設定してあるので、万が一紛失や盗難にあい、悪意を持った者にカードが渡れば、艦の乗っ取りが可能だからである。
「ともかく、よく任務をまっとうしてくれた。感謝する」
 IDカードを返しながらねぎらうアレックス。
「任務ですから……。それでは失礼します」
 というと、コレットは敬礼を施して踵を返して退室していった。


EPILOGUE


 結局事件は公表されることなく、第一捜査課の事件簿に記入されるだけで終わった。
 ミシェール・ライカー少尉及びカテリーナ・バレンタイン少尉は共に戦死扱いにされた。
 こういうことは艦隊運営においてはよく行われることであった。本人に何ら悪意や過失もなく事故死したり殺害された場合、温情的に処理される。
「まあ、遺族の事を思ってのことだが……」
 そう、戦死なら二階級特進で遺族恩給に上乗せされるが、殺人ならそれが何もない。遺族にとっても、殺された怨念を一生涯心に残して暮らすよりも、世の為に身を投じて殉職したと思ってくれた方が、はるかに精神的に良いに決まっている。

 両名の戦死報告書にサインをしてレイチェルに渡すアレックス。キャブリック星雲不時遭遇会戦において重傷を負い、治療のかいなく亡くなってしまったというものだった。
 死んだ者をいつまでもくよくよと考えてもはじまらない。
 アレックスは気持ちを整理して、部隊司令として命令を下す。
「カラカス基地はもうすぐだ。まもなくスハルト星系を通過する。カインズ少佐は、星系周辺に展開して哨戒作戦に入れ。残る部隊は、そのまま進行。伝達せよ」
「了解!」
 すぐさま命令が各部隊指揮官に伝えられた。
 哨戒の為に、スハルト星系周辺に展開をはじめるドリアード以下のカインズ部隊。

 とある一室。
 暗い部屋の中で背中側を見せている人物の前に立つ男。
「これが潜入して手に入れた敵司令官の情報資料です。お問い合わせの品は持ち帰ることは出来ませんでしたが、マイクロフィルムに収めて同封してあります。一応プリントアウトしてお手元に」
 開封した資料から男のいうプリントを取り出してみる人物。
「これがそうか」
 そこにはエメラルドの首飾りが映っていた。
「その首飾りにどういう秘密があるんですか?」
「お前の知ることではない!」
 強い口調で叱責する声に驚いて後ずさりする男。
「へ、へえ……」
「ご苦労だった。この件が外部に漏れるようなことはないだろうな」
「抜かりはありませんぜ。共犯者は口封じしておきました」
「そうか。では、残りの報酬だ」
 その人物は金貨の入った袋を差し出した。
「へへ。ありがとうごぜえやす」
 男は袋を受け取ると、くるりと背を向けて袋を開けて中を確認しているが、次の瞬間に苦痛に歪む表情を見せたかと思うと床にどうと音を立てて倒れた。
 背後にはブラスターを片手に持った人物の下半身が見えていた。
「共犯者を口封じしなければならないような任務ならば、いずれ自分も抹殺されるということを察知できないとはな……金に目が眩んで、将来を見通せなくなる。おろかな奴だ」
 こつこつという靴音を立てながら進み出て、床に倒れた男を跨いでドアに手を掛ける人物。つと振り向いたその顔にランプの光が映えて、深緑色の瞳が一瞬輝いてすぐに消えた。

 第十章 了

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2021.01.31 07:47 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第十章 反乱 Ⅷ
2021.01.30

第十章 反乱




 ヘルハウンド艦橋。
「集中して機関部を狙え! 動きを止めるのだ! 撃沈してはならない」
 アレックスが、次々と指令を出している。
「隊長機以外は相手にするな!」
 同じ共和国同盟軍であり、元はアレックスの子飼いともいうべき部下だった者たちだ。
 極力被害の少なくなるように、撃沈させずに行動力だけを削ぎ落す戦法を繰り広げていた。
 たとえ戦艦が何万隻あろうとも、指揮統制が乱れていては、その戦力を十分に発揮できない。
 隊長機だけを狙い撃ちにして、艦隊の混乱を誘い出す戦法である。
 ちょこまかと動き回る小隊を、撃ち落とすのは困難だった。
 下手に迎撃しようとすると、同士討ちになってしまう。
 元祖伝家の宝刀ランドール戦法の真骨頂であった。
 なすがままのウィンディーネ艦隊であった。

 ウィンディーネ艦内では、あちらこちらで火災が発生していた。
 その原因は、各ブロック隔壁扉の閉め忘れだった。戦闘中の基本の基本が守られていなかった。
 戦えば連戦連勝で気が緩んでいたとしか言えない。
 日頃の防火訓練などが疎かになっていたのだ。
 一カ所で火の手が上がったのが、次々と別の区画へと飛び火し、連鎖的に火災が広がったのである。
「だめです! 消火が間に合いません!」
 そしてついに、火薬庫に燃え移った。
 激しく爆発を繰り返すウィンディーネ。
 苦々しく発令するゴードン。
「総員退艦せよ!」
 もはや、ウィンディーネを救う手立てはなかった。
 次々と退艦する乗員達。
 その姿を艦橋から見つめるゴードン。
「乗員の退艦はほぼ終了しました。閣下も退艦してください」
 シェリー・バウマン大尉が進言するが、
「いや、俺はここにいるよ」
 と退艦拒否の姿勢を見せる。
「何をおっしゃいますか! 閣下がいなければ、これまで従ってきた将兵達はどうなると思いますか?」
 反乱を起こした将兵には、当然審問委員会に掛けられることとなる。
「責任を放棄なさるとおっしゃるのですか? 閣下には生き残って、その責任をとる義務があります」
「責任と義務か……」
「ランドール提督は聡明なお方です。どんな理由であれ、部下を見放したりはしないでしょう。ここは退艦して、捲土重来けんどちょうらいをおはかりください」
「捲土重来か……」
「どうしても残られるとおっしゃるなら、私もご一緒します」
「何を言うのか。君が責任を取る必要はない」
「いいえ!」
 キッと睨め付けるようにゴードンを凝視するシェリーだった。
 このまま梃子でも動かぬだろうと、困ったゴードンの方が折れた。
「分かったよ。退艦しよう」
「では、こちらに。艀を用意してあります」
 シェリーの説得により、ゴードンも退艦して、無人となったウィンディーネ。
 ついにその最期を迎えることとなった。
 悲鳴を上げるように爆発炎上する。

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2021.01.30 17:49 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十章 コレット・サブリナ V
2021.01.29

第十章 コレット・サブリナ 氷解




 アスレチックジム。
 カテリーナは、天井の張りにロープを掛け、首吊り死体となって発見された。
 不審な状況証拠は一切見られず、自殺としか考えられなかった。
 現場に到着して、その遺体の検分に当たったコレットは地団駄を踏んでいた。
「口封じか……」
 共犯者にしてみれば、どじ踏んで殺人を露見させてしまった相棒を、いつまでも生かしておくわけにはいかないだろう。捜査が進めばいずれ自分に捜査の手が回ってくるのは必至だからだ。
 カテリーナの影にあってスパイ行為をなさせた相手。これほどまでに自分の存在を微塵も見せていないとは、相当のプロの仕業だ。カテリーナを自殺に見せかけて処分することぐらいは朝飯前だ。どんなに探ってもダニ一匹出てこないだろう。
「もう少し早く判っていれば、逮捕拘禁していれば……」
 後悔しきりのコレットであった。
 死人に口なし。
 容疑者が死んでしまっては、捜査もここで終了だ。

 報告書をまとめるために最後の証拠合わせをするために、かの放送局員を尋問することにした。
 ディレクターのアンソニー・スワンソン中尉は告白した。
「もうしわけありません。おっしゃる通り、毎日・毎時ここから放送製作しているわけではありません。サラマンダー以外の準旗艦にも、ここと同様な設備がありますから、それぞれ順繰りで日時を決めて、統一放送をする時があるんです。例えば他の準旗艦が担当放送局の時間には、その放送を受信してそのまま艦内に流していた訳です。ですから担当放送日時でない時は、調整室員以外は暇なんです。だから、時々交代で抜け出していたんです」
「なるほど……。それで事件当時は丁度統一放送になっていて、抜け出していたのが、カテリーナですか?」
「はい、そうです。恋人に会いにいくと言っていました。それで、いつものように口裏合わせしていたんです。お互い恋人を持つ身、その気持ちはよくわかりましたから。しかしまさか殺人を犯していたなんて知りませんでした」
 念のためにその男のことも尋ねてみる。
「いいえ。何も聞いていませんし、会ったこともありません。相手の事を聞くと、お茶をにごしていました」
「相手が複数ということは?」
「カテリーナは潔白なところがあるから、一人の男性に熱を上げることはあっても、複数の男性と交際することはないと思います」
 アンソニーは弱々しい口調で尋ねてきた。
「あの、やはりこの件も報告するつもりですか?」
「ランドール司令は、非常に勘が鋭く頭の切れる方です。カテリーナが犯人と知って、とっくに気づかれていると思います。規則には厳しい方ですから、それなりに罰せられるでしょう。覚悟しておいた方がいいでしょうね」
「わかりました……」

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2021.01.29 07:43 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十章・コレット・サブリナ Ⅳ
2021.01.28

第十章 コレット・サブリナ 氷解




「検視の結果だ。目を通しておきたまえ」
 検察事務官は検視報告書を閲覧させた。
「はい」
 それを受け取って目を通すコレット。
「やはり他殺と出ましたか」
「直接の死因を示す首の絞殺斑と、マシンに吊られていた状態でのロープの位置がずれている。つまり一端絞め殺された後にマシンに吊り下げられたと判断された。それに君の発見した膝の擦り傷跡を調べた結果も、傷口とそこに残った体液から死後硬直後についた傷であることが判明した」
 人が死ねば死後硬直という状態に陥る。筋肉が緊張して間接すら曲げることができないほど固くなる現象である。これは筋肉の活動による分解産物である乳酸の発生と深く関わっているともいわれている。死後硬直の度合によって死亡時刻を推定することができる。
 人間傷を負えば、その傷から少なからず血液や体液が浸出する。生きていればその浸出液には血小板や免疫抗体物などが多量に含まれているが、死んだ後では極端に減ってゆき、死後硬直後ともなればほとんど含まれなくなる。また細胞の再生という面でも血流が止まってもある程度は細胞は生きているので、細胞内に貯えられた栄養で再生しようとした跡が見られるが、細胞が死滅し死後硬直が始まればまったく見られない。
「君の方の捜査は進んでいるのかね」
「はい。容疑者を逮捕する寸前まできています」
「そうか、頑張りたまえ」
「わかりました」

 一旦自室に戻って、もう一度考えをまとめる事にする。

 ラジオから深夜番組が流れている。今流行の軽音楽。
 ベッドに仰向けになって解剖報告書に目を通しているコレット。
 絞殺による殺人。膝の傷の状態から別の場所で殺害されてジムへ運びこまれたことが証明された。
 ラジオからの音楽が跡絶えた。そしてパーソナリティーの声。
『以上、今夜はウィンディーネのスタジオからお送りしました』
「え?」
 一瞬耳を疑った。
「そうか……。中継放送というものもあるんだった。他の艦のスタジオがキー局となって、それをそのまま放送する」
 中継となればせいぜい調整室員とディレクターくらいの二人だけいれば用は足りるはずだ。その時間帯なら残りの二人が悠々抜け出せるというわけだ。
 端末を開いてFM局の番組表を調べてみる。
 事件当時の番組は……。
「ドリアード便りか。つまり準旗艦ドリアードからの中継というわけだ」
 よし、アリバイが崩せる!
 早速、逮捕状を申請する。

 容疑者はカテリーナ・バレンタイン少尉。
 容疑はミシェール・ライカー少尉殺害。
 その判断根拠を記述し、司法解剖報告書を添付して、特務捜査科逮捕訴追課に送った。

 やがて申請が受理されて、逮捕許可証の画面に切り替わった。
 それをプリントアウトすれば、逮捕状になる。
「よし! 逮捕だ」
 逮捕状を握り締めて、自室を飛び出して行くコレット。
「今は当直で、スタジオにいるはずだ」
 駆け足で、スタジオのある発令所ブロックへと向かう。
 逮捕状の威力は絶大だ。
 提示するだけで警備室をフリーパスできただけでなく、どこへでも入室できるのだ。第一艦橋はもとより、たとえ放送中のスタジオにだって踏み込める。
 そして今スタジオにいる。
「カテリーナ・バレンタイン少尉を逮捕に来た。どこにいますか?」
 放送局員に逮捕状を提示しながら問い詰める。
 局員は一瞬驚いた表情を見せたかと思うと、すぐに困惑した表情に変わった。
「それが……じ、実は。まだ姿を見せていないんですよ」
「なんですって?」
 その時、呼び出しブザーが鳴った。
「ちょっと、お待ち下さい。第一艦橋から連絡です」
 ヘッドレストホンを耳にあてて、機器を操作して連絡を取っている局員。
「は、はい。実は、こちらにいらっしゃってます。はい、代わります」
 局員が、ヘッドレストホンを差し出しながら言った。
「司令官からです」
「中佐が?」
 それを受け取って答える。
「コレット・サブリナです」
「すぐにアスレチックジムに向かってくれ。カテリーナ・バレンタイン少尉が首吊り自殺した」
「なんですって!」

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2021.01.28 07:39 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十章・コレット・サブリナ 氷解 Ⅲ
2021.01.27

第十章・コレット・サブリナ 氷解




「ところがレイチェルは、国籍には出生時から女性として登録されています。生まれてから今日までに至るすべての公文書が女性であることを示しています。となると中佐殿の作文にある、おちんちんなるものを所有している人物は、本当は同名の別人なのかという問題になってきます。ところが当時の幼年学校の同級生にはその名前の子供は他に存在しません」
「徹底的に調べ上げたものだな」

「どうやらレイチェル・ウィングは、性転換を施した後に国籍及び軍籍コンピューターに侵入して記録を改竄したのではないかとの、疑いが生じます」
「確かに作文にはレイチェルの事が記録として残っているようだが、私は当時の詳細なことまでは覚えていない。子供の頃の記録を持って、現在の私にその事を承認しろというのは不可能なのではないか? 子供の書いた事や言ったことは、証拠として通用しないのではないかな。実際まるで記憶がないのだからな」
「確かに。その記録が何らかの事件の証拠として提出されても、取り上げられないでしょう」
「参考までに聞いておきたいのだが、仮にそれが事実であったとしたら、どんな罪に問われるのか」
「国家や軍のシステムに侵入しただけでも最低十年の懲役、さらに公文書を改竄したとなればプラス七年の懲役となるのは明白です」
「そうか、わかった」
「捜査線上に重大機密を持つ者がいた場合、まずそれを疑ってかかるのが捜査の基本であります」
「つまりレイチェルが犯人である可能性があるということか」
「そうです。たとえば、ウィング大尉の素性をライカー少尉に気づかれたとしましょう。あなたが大尉ならどうなされますか?」
「他の人間に知られたくなければ、消してしまうに限るな」
「そうです。現時点においては、大尉は容疑者として濃厚です。そしてあなたも同様に容疑者の一人です」
「ほう……」
「何より中佐殿には、あまりにも秘密なところが多すぎる。その最たるものが出生の秘密です。一切が軍事機密として封印されてしまったマスカレード号事件、幼児が一人救出されたという記録だけが公表されただけです。その時の幼児が、中佐殿という事実。提督達の間では銀河帝国のスパイとして送り込まれたのではないかという噂でしきりです」
「それなら私の耳にも入ってきている」
「異例の出世の背後には、スパイが同盟側でさえ知り得ていない重要な情報や作戦を与えたのではないか、そうでなければこれほど完璧なまでに作戦を実行などできるはずがない、と勘繰っております。中佐殿の深緑色の瞳と赤毛は、銀河帝国を興したアルデラーン一族の末裔であることを明白に物語っております」
「仮に私がスパイだったとして、何とか准将になって艦隊司令官についたとしようか。果たしてそれが帝国にどんな利益をもたらすのかな」
「同盟軍の動静を知る事は可能でしょう。あるいは艦隊を率いて反乱を企てることも」
「反乱ねえ……」
「身近な話題で言いますと、カラカス基地で行われている奇妙な戦闘訓練。その作戦目的が極秘扱い。大型ミサイルを抱えて誘導射撃の訓練など、必要性がまったくわからない。誰もが疑ってかかるのは当然でしょう。しかも訓練計画発案者に、ウィング大尉の名前が記されています」
「そんな事まで……。よくも調べ上げたなあ。極秘事項だったのに」
「そりゃまあ、情報部にいますからね。それにこれは公然のこととして提督達の耳にはすでに流れています」
「ま、カラカス基地のことはいずれ外部に漏洩することは想像はしてはいたが……。さて、そろそろ時間だ。次の仕事が控えているのでね。忙しい身を判ってくれ……。それで、私の事をつぶさに調べ上げたのは、捜査の上での行き掛かりで許されるとして、真犯人については、カラカス基地に到着するまでに確保しなければ、みすみす逃亡されることになる。司法解剖の結果が出るのを待つまでもなく、先手先手と回って犯人を追い詰めてくれたまえ」
「わかりました。引き続き捜査を続けます。お手数かけました」
 司令室を退室する。

 鋭い!
 さすがにわたしの真意を見抜いていた。
 これほど鎌をかけて揺さぶっても、微塵も動揺していなかった。
 国籍改竄・公文書偽造という行為は、実に巧妙に仕掛けられており、それを証明するものは何一つ残されていない。かなりの技術を有したコンピューター・ハッカーが存在しているようだ。中佐は、その腕前を信じていて、そこから発覚する事はないと踏んでいるから、ことほどさように落ち着いていられるわけだ。ハッカーが漏らした公文書ではない幼年学校児童の作文など証拠にはならない。
 国籍改竄の疑惑はあるものの、レイチェル・ウィング大尉がミシェール事件に関与しているとは思っていない。それを持ち出したのは、英雄と称される人物なる者が、どう反応するかを見たかっただけなのだ。
 まずまず期待通りの反応というところだ。

「そろそろ、司法解剖も終わった頃かな……」
 遺体安置所に併設されている解剖室に向かう事にする。

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2021.01.27 07:43 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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