銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十章 タルシエン要塞へ Ⅲ
2021.04.22

第二十章 タルシエン要塞へ




 アル・サフリエニ宙域タルシエンに浮かぶ要塞。
 バーナード星系連邦の共和国同盟への侵略最前線基地にして、その後方に架かる銀河の橋を守る橋頭堡でもある。
 銀河系の中の、太陽系をも含有するオリオン腕とペルセウス腕と呼ばれる渦の間に存在する航行不能な間隙の中で、唯一の航行可能な領域。それがタルシエンの橋と呼ばれ、その出口にバーナード星系連邦が建設した巨大な軍事施設がタルシエン要塞である。
 直径512km、質量7.348x10^21kg(地球質量の1/81,000,000)

 *ちなみに太陽系内では、準惑星のケレスが直径1000kmで他に500km級は2個しかない。また、スターウォーズのデススターが直径120kmである。*

 要塞は重力を発生させるためにゆっくりと自転しており、人々は要塞の内壁にへばり付いている。 重力のほとんどない要塞最中心部には、心臓部とも言うべき動力エネルギーを供給する反物質転換炉。
 それを囲むようにして収容艦艇最大十二万隻を擁する内郭軍港及び軍需生産施設があって、要塞の北極と南極にあるドッグベイに通路が繋がっている。
 中殻部には軍人や技術者及びその家族軍属を含めて一億二千万人の人々が暮らす居住区画やそれらを賄う食物・飲料水生産プラント。要塞を統括制御している中枢コンピューター区画、病院やレクレーションなどの福利厚生施設も揃っている。
 そして最外郭には、要塞を守るための砲台が並ぶ戦闘区画となっている。
 その主力兵器は、陽子・反陽子対消滅エネルギー砲。中心部の反物質転換炉から放射状に伸びる粒子加速器によって加速された反陽子一単位と、もう一対の粒子加速からの陽子二単位とを反応させた際に生ずる対消滅エネルギーを利用し、残渣陽子をさらに加速射出させる。通常の陽子加速器では得られない超高エネルギー陽子プラズマ砲である。副産物として多量のダイバリオン粒子が生成されることから、ダイバリオン粒子砲とも呼ばれる。
 質量のすべてをエネルギー化させる対消滅エネルギー砲に勝るものはない。例えば核融合反応における極微量の質量欠損だけでも、E=mC^2で導かれる膨大なエネルギーが発生するのである。
 ちなみに広島に落とされた原爆における質量欠損は、0.7グラムだと言われている。1グラム(1円玉の重さ)にも満たない質量がすべてエネルギーに変わるだけで、あれだけの破壊力を見せつけてくれたわけである。
 サラマンダー艦に搭載された原子レーザー砲と比較検討がされたりするが(つまりどちらが威力があるかだが)、前述の通りであるし、そもそも巨大要塞砲と、蟻のように小さな戦艦搭載砲とを比べるのには無理がある。

 居住区画の一角にある中央コントロール室。
 壁面のスクリーンに投影された要塞周辺の映像や、要塞内の状況がリアルタイムに表示され、それらを操作するオペレーター達が整然と並んでいる。
 要塞を統括運営する機能のすべてがここに終結している。
「第十七艦隊の動きに何か変わったことはないか?」
「別にありません。二十八時間前にシャイニング基地から出撃したとの情報からは何も……」
「だろうな。無線封鎖をして動向をキャッチされないようにしているだろうからな。それで予定通りこちらに向かったとして到着は何時ごろだ」
「およそ十八時間後だと思われます」
「警戒を怠るなよ」
「判っております」

「それにしても着任そうそう、あのランドール提督とはな。ついてないな」
「はい。あのサラマンダー艦隊かと思うと、身震いが止まりませんよ」
「君は、ランドールを評価するのか?」
「前任の司令官自らが率いた八個艦隊もの軍勢をあっさりと退けた張本人ですからね。安全な本国でのほほんとしている頭の固い将軍達はともかく、こっち側にいる指揮官達は、みんな奴とだけはやり合いたくないと願っているのですよ」
「そうか……。君達の気持ちも判らないでもないが、だからと言って逃げているわけにもいくまい」
「ランドール提督なら、平気で逃げちゃいますけどね」
「奴は例外だ。しかし奴とて闇雲に逃げ回っているわけではないだろう」
「そうです。転んでもただ起きるような奴ではありません。いつも必ず罠を仕掛けてあります。それに引っかかって幾人の提督が泣かされたか。前任の司令官なんか、捕虜にされるし一個艦隊を搾取されしで面目丸潰れ、もはや本国に帰りたくても帰れないでしょう。捲土重来はあり得ず、全艦玉砕すべきだったというのが本国の一致した意見らしいです」
「らしいな。罠を仕掛けたりする卑怯な奴として思われているが、罠に引っかかる方が不注意なのであって、それも立派な戦術なのだがな」
「今回はどんな罠を仕掛けてくるのでしょうか? たかが一個艦隊だけで、この要塞を攻略など不可能ですからね」
「十分以上の用心をするに越したことはないだろう」
「考えられるだけのすべての防御策を施した方がいいでしょう」


 宇宙空間に出現する第十七艦隊。
 旗艦サラマンダーの艦橋。
 ワープを終えて一息つくオペレーター達。
「第一目標地点に到達しました。全艦、ワープ完了。脱落艦はありません」
「よし。全艦、艦の状態を確認して報告せよ」
「全艦、艦の状態を報告せよ」
 エンジンに負担を掛けるワープを行えば少なからず艦にも異常が生じる。それを確認するのは、戦闘を控えた艦としては当然の処置であった。特に旗艦サラマンダー以下のハイドライド型高速戦艦改造II式は、今だに改造の続いている未完成艦であり、データは逐一フリード・ケースン少佐の元に送られる事になっていた。それらのデータを元にして実験艦「ノーム」を使用しての、改造と微調整が続けられていた。
「一体、何時になったら改造が終わるんだ?」
 アレックスが質問した事があるが、フリードは肩をすくめるように答えていた。
「他人が建造した艦ですから、いろいろと面倒なんですよ。例えばある回路があったとして、それがどんな働きをしているか理解に苦しむことがあるんですよ。最初から自分が設計した艦なら、すべてを理解していますから簡単なんですけどね」
 その口調には、自分にすべてを任せて戦艦を造らせてくれたら、サラマンダーより高性能な艦を建造してみせるという自信に満ちているように思えた。しかしいくら天才科学者といえども、そうそう自由に戦艦を造らせてもらえるものでもなかった。まずは予算取りからはじまる面倒な手続きを経なければならないし、開発設計が始まっても軍部が口を挟んで、自分の思い通りには設計させてはくれないものだ。そして実際に戦艦を造るのは造船技術士達であり、設計図通りに出来上がると言う保証もなければ、手抜き工事が横行するのは世の常であるからである。
「報告します。全艦、異常ありません。航行に支障なし」
「よし。コースと速度を維持」
 時計を確認するカインズ大佐。
「うん。時間通りに着いたようだな」
「時間厳守なのは、第十七艦隊の誇りです。一分一秒の差が勝敗を決定することもありますからね」
 副官のパティー・クレイダー大尉が誇らしげに答える。
「そうだな……」
「ところで、カインズ大佐……」
「なんだ」
「提督は何を考えておられるのでしょうか。大佐をさしおいて、ウィンザー少佐に第十七艦隊の全権を委ねるなんて。自身はウィンディーネのオニール大佐と共に別行動にでたまま。通信統制で連絡すらままならないし」
「まあ、そう憤慨するな。この作戦の立案者の一人であるウィンザー少佐に指揮権を任せるのが一番妥当ではないか」
「そうはいいますが、何もウィンザー少佐でなくても……だいたい作戦内容が一切秘密だなんて解せないですよ。一体提督は第六突撃強襲艦部隊や第十一攻撃空母部隊を率いて何をしようとしているのですか? 第六部隊は、白兵戦用の部隊なんですよ」
「ランドール提督がわざわざ第六部隊を率いる以上、ゲリラ戦を主体とした作戦だとは思うが、それがどんなものかは少佐の胸の内というわけだ」
「ゲリラ戦ですか……しかし相手は巨大な要塞ですよ。一体どんな作戦があるというのでしょうか」
「さあな。俺達には何も知らされていないからな」
「やっぱり、恋人だからですかね」
「ま、どんなことがあっても、絶対裏切ることのない信頼できる部下であることには間違いないだろうな。後方作戦の指揮をまかせるのは当然だろ」
 カインズとて、下位の士官に命令を受けるのは好ましいことではなかった。しかし、今の自分の地位があるのも、ランドール提督とウィンザー副官の絶妙な作戦バランスの上に成り立っているのも事実であった。大佐への昇進をゴードンに先んじられ、悔しい思いを胸に抱きながらもやっと大佐へとこぎつけたばかりだ。配下には三万隻の艦隊を預けられている。
「大佐。今回の作戦が成功すれば、提督は第八師団総司令と少将に昇進することが内定していると聞きましたが」
「それは確からしい」
「だとすると、今四人いる大佐のうちの誰かが第十七艦隊司令と准将の地位に就くということになりますね」
「ああ……そういうことだな」
「どうせ、腹心のオニール大佐でしょうねえ。順番からいっても」
 それは間違いないだろう。
 カインズは思ったが、口には出さなかった。やっとゴードンに並んだばかりだというのに、という思いがよぎる。ランドールの下で動く限り、その腹心であるゴードンに完全に追い付くことは不可能であろう。

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2021.04.22 07:48 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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