銀河戦記/拍動編 第六章 Ⅰ 奴隷星アンガス
2023.04.29

第六章


Ⅰ 奴隷星アンガス


 とある惑星の鉱石採掘場。
 銃で武装した兵士達に囲まれて、多数の奴隷達が鉱石採掘を強制されていた。
 ここはケンタウリ帝国ゴーランド艦隊運営の捕虜収容所だった。
 というのは名目的で、実際は国際捕虜条約に違反して、捕虜を束縛して重労働を課し奴隷化していた。
 精気なく作業を続ける捕虜の男性たち。
 女性たちは、調理室などで看守や捕虜たちの食事や衣服などを作らされ、さらには看守たちの慰め者にもされていた。

 その中に、ここへ連れてこられたばかりのヴィクトリア号艦長のアンドレ・オークウッドもいた。
 慣れない作業に、ふと息をつくアンドレ。
 すると、すかさず兵士がやってきて鞭を振るう。
「何をしているか! 休む暇があったら働け!」
 鞭を打たれて、キッ! と睨みつけるが、
「何だ? その顔は。貴様らは奴隷だ。黙って、身体を動かしているだけでいいんだ。分かったら、さっさと働け!」
 さらに鞭が飛ぶ。
 その鞭を左腕で絡めとるようにして奪い取るアンドレ。
 反撃態勢を取り、逆に鞭を相手に向かって振ろうとした瞬間だった。
 銃声が鳴り響き、鞭を持つアンドレの腕を銃弾が打ち抜いた。
 苦痛に顔を歪ませて、鞭を手から落としてしまう。
「何をしているか!」
 銃を構えた別の兵士が駆けつけてくる。
 さらに抵抗しようとするアンドレに向かって、銃底で頭を殴りつける。
 その場に崩れ倒れるアンドレだった。

 医務室。
 椅子に腰かけ、治療を受けているアンドレ。
「若いね、君は」
 アンドレの腕と頭に包帯を巻きながら、アンドレに向かって諭す医者。
「一応治療はするけど、こんなことが続いたら身が持たないぞ」
 生かさず殺さず。
 捕虜収容所という名ばかりの奴隷星。
 あるとすれば捕虜交換であろうが、最後の砦であるトラピスト連合王国も降伏させた現在、解放されることはないだろう。

 治療を終えて医務室を出ると、兵士が待ち受けていた。
「独房入りだ」
 手錠を掛けられて独房へと連行される。
「今夜は飯抜きだ! 大人しく従っていれば、食事は働いた分だけ出る」
 ガチャリ!
 と扉が閉められ、兵士が去ってゆく。
 一人となり、壁際に腰を下ろして物憂げに考え込むアンドレだった。

 翌日、朝食抜きで労働に駆り出されるアンドレ。
 採石場から鉱石を乗せた手押し車を押して、集積場へと運んでいた。
 その入り口で声を掛けられた。
「昨日はよくやったな。あいつ、監視不注意で減俸になったらしいぜ」
「もう少し手が早ければ、あいつに鞭うちできたのにな」
「残念だな」
 口々に労いの言葉を投げかける捕虜たち。
 そうやって言葉を出せる者は、ここへ連れてこられて日の浅い人々に限られる。数年も経てば精神疲れ果てて無言の境地に陥ってしまう。

 ある夜の独房。
 相も変わらず兵士とひと悶着を起こして幽閉されているアンドレ。
 コンクリート床に寝そべって、明日のために体力回復せんと眠っていた。
 と、廊下の方から足音が近づいてくる。
 カチャリと音がして、扉が開けられる。
 起き上がって身構えるアンドレ。
 入ってきたのは見知らぬ女性だった。
「警戒しないでいいわ。私はあなたの味方です」
「味方? 守衛はどうしたのですか?」
「少し眠ってもらっています。しばらくは起きないでしょう」
「あなたは何者ですか?」
「私の名前は、イブです」
「イブ?」
「ある時は戦闘艦に配属された乗員、ある時は王族に仕える召使い、そして今は捕虜収容所に潜入した工作員というところです」
「工作員?」
「はい。わざと捕まってここへ来れるように小細工をしました」
「優秀なんですね」
「それほどでもありませんよ。それより、あなたに手伝って貰いたいのです」
「手伝う?」
「実は、味方の船が捕虜解放のために、この惑星に接近しつつあります。しかし、強力な防空バリアーが張られていて近づけないのです」
「分かりましたよ。そのバリアーの動力源の破壊工作を手伝ってくれということですね」
「さすが読みが早い、艦長を任されるだけありますね。アンドレ」
「どうして僕の名前を?」
「工作員ですから、容易いことです」

「そろそろ時間ね」
 と呟いたと思うと、しばらくしてから所内に警報が鳴り響いた。
「仲間が騒動を起こして、守衛達の注意をそちらに向けさせているのよ」
「その隙をついて、動力源にたどり着くというわけか」
「そういうこと」
 所内が慌ただしくなり、守衛が騒動の元へと集まっているようだった。
「行くわよ」
 促されて、独房を出るアンドレ。


 騒がしくなった所内通路を忍び足で動力源へと向かう。
 時折出くわした守衛を麻酔銃で眠らせながら突き進み、動力源の手前までたどり着いた。
 さすがに重要施設だけあって、研究員と銃を持った警備員が多数いた。
「どうする?」
 アンドレが小さな声で尋ねる。
「大丈夫です」
 と、言いながら手首に巻いていた時計のようなもののスイッチを入れた。


 所内で銃撃戦が始まっていた。
 捕虜達が、どこからか手に入れた銃を持って、守衛達と撃ちあいをしている。
 倒した守衛の持っていた銃を奪って、さらに先へと進む。
 そのリーダー各と思われる人物の手首の端末が鳴った。
「よおし、場所を変えるぞ!」
 リーダーの合図で、捕虜達が移動を始める。
 目指すは、動力源である。

 動力室前で息を潜めて待機する二人。
 やがて反対側の通路から騒ぎが起こる。
「どうしたんだ?」
 守衛が通路をのぞき込む。
 そこへ伝令が駆け込む。
「奴隷どもが、この動力室に殺到しようとしています。応援頼みます」
「分かった。行くぞ!」
 と仲間に合図をして、守衛が通路へと向かった。

 様子を伺っていたアンドレ。
「加勢がいたのか?」
「その通り。さあ、今のうちに仕事をするわよ」
「分かった」
 室内に残っていた武装していない職員を、麻酔銃で眠らせるのは簡単だった。
 操作盤に取り付いて操作するイブ。
「よし、これでいいわ」
 悲鳴のような作動音を立てて、動力が停止したようだ。



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銀河戦記/拍動編 第五章 Ⅵ 捕虜収容所へ向かえ
2023.04.22

第五章


Ⅵ 捕虜収容所へ向かえ


 ノーチラス号艦橋。
 敵艦の目前に迫っている。
「敵艦に高エネルギー反応有り!」
「エネルギー反応だと! エネルギー兵器なのか?」
「エネルギー増大中!」
「今更引けるかっ! このまま突っ込むぞ!」
 目の前のスクリーンが真っ白に輝いたかと思うと、突然ブラックアウトした。
 次の瞬間、艦内が青白色の光に包まれた。
「こ、これは!」
 それが最期の一言だった。


 粒子砲が炸裂し、強烈なエネルギーが敵艦に襲い掛かる。
 金属が一瞬にして昇華して消えてゆく。
 ほぼゼロ距離射撃なため、敵艦を破壊した衝撃がこちらにも降りかかる。
 激しく震動する船内。
「だ、大丈夫なのか?」
 ビューロン少尉が尋ねる。
『大丈夫デス。バリアー、ヲ最大ニ展開中デス』
 平然と答えるロビー。
「バリアー。い、いつの間に……」


 敵艦が蒸発四散しても、アムレス号は無事に生き残っていた。
「ふう……。死ぬかと思ったよ」
 ビューロン少尉が、肝を冷やしたような声で言った。
 そして、そんな度胸のある強心臓のアレックスを見直してもいた。
「さて、アレックス様。ソドム基地に向かうのは無理と分かりました。どちらへ向かいます?」
 エダが質問する。
「そうだな……。銀河オリオン腕全域は、ケンタウルス帝国の支配下にあると言っていいだろう。ここに居場所はない。だとすれば我々が生き残るためには、新天地に行くしかないだろう」
「新天地? オリオン腕から渦状腕間隙を超えて、隣のペルセウス腕か射手腕へ?」
 ビューロン少尉が驚く。
「この船は一万光年すらもワープできる船だ。行けないことはないだろう」
「それには燃料をすべて消費すると聞いた。向こうにいけても、ただ漂流するだけだろ? 恒星の重力に引かれて燃え尽きるだけじゃないか」
「言ってみただけだ。ただ、渦状腕間隙のどこかに、対岸に渡れる浅瀬のような箇所があるはずだ」
「探すのか? 無駄な時間を浪費している間に、ケンタウルスの連中に見つかってやられるぞ」
「逃げ回るだけならどうにかなるさ」
「それに向こうに行けても、この船には女性がほとんどいない。滅亡は時間の問題だ」
 イレーヌをちらと見てから尋ねる。
 堂々巡りな水掛け論になってきた。
 エダが助け船を出した。
「多くの女性が囚われている強制収容所があります。急襲して解放して上げましょう」
「それ、乗った!」
 目を輝かせて賛同するビューロン少尉だった。
「そうだな。その収容所へ行こう」
 アレックスも同意する。
「しかし、船の収容人数には限りがあります。収容次第、別の秘密基地に向かいます」
「まだ基地があるのか?」
「もちろんです」
「分かった。取り合えず、その強制収容所に向かおう」
『了解。進路変更! 惑星アンガス、ニ向カイマス』
 ゆっくりと方向転換してゆくアムレス号。


 トラピスト連合王国首都星トランター。
 宮殿謁見の間にて、臣下の報告を受けるクリスティーナ女王。
「概ね国民は平静さを取り戻したようです」
「それは良かった」
 何よりも国民のことを安寧する女王には、その報告が一番だった。
 報告は続く。
「放送局などの公共機関の長官が交代し、コミッショナー側から推薦された人物が就任しました」
「評議会には、ケンタウルスから派遣された議員が自動的に三分の一の議席を占めることとなりました。次の選挙から施行されます」
 そんな人事予算に加え、ケンタウルスに支払う拠出金と合わせて、総額は国家予算の三割に達していた。さらに王室財産の約半分が没収され、女王の別邸でもあったグリンガム宮殿は、セルジオ弁務コミッショナーの執務用に徴用された。
「財産の簒奪、悪辣行為や暴行といったものは起きていません。軍の統制が取れているようです」
「我が国の軍はどうなっていますか?」
「解散はさせられていないですが、当然のごとくケンタウルス軍に編入させられました。但し、将軍職は強制退官ということに」
「処分はされていないのですね」
「はい。退職金や年金なども規定通りに支払われます」
 軍の高官を処分すれば遺恨を残し、反乱の糸口とならないようにとの判断だろう。


 グリンガム宮殿、セルジオ執務室。
 部下からの報告をひとしきり聞いた後で、尋ねるセルジオ。
「ところで、アムレス号の行方は分かったのか?」
「アムレスを追っていたノーチラス号が消息を絶ちました。現在、消滅地点に調査艇を派遣しています」
「やられたのか?」
「おそらく……」
「あの艦長のことだ。ただではやられないだろう。何かしら残しているはずだ」
 その時、部下の携帯端末が鳴る。
「失礼します」
 部下がそれに受け答えする。
「……分かった。引き続き続行せよ」
 端末を消して、
「調査艇からの連絡です。ノーチラス号の残骸を発見しました」
「やはり、やられたか。あの艦長とて勝てないアムレス号って何者だ?」
「返り血ならぬ、ノーチラスの残骸を浴びたのでしょう、残骸の跡が一方向へと延びているとのことです」
「その軌跡の延長線上には何かあるか?」
「捕虜収容所アンガスがありますね」
「よし、艦隊を向かわせろ!」
「かしこまりました」



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銀河戦記/拍動編 第五章 V 荷電粒子砲
2023.04.15

第五章


Ⅴ 荷電粒子砲


 通常の宇宙空間に浮上するノーチラス号。
「浮上しました」
「敵艦の位置は?」
「計測中です」
 敵艦の位置が分からない状態ほど、どこから攻撃してくるかと焦り、過度な緊張を強いられる。
「先制奇襲つもりが、逆に先制されるとはな」
「我が艦の後方に反応あり! 浮上する物体あり」
「追いかけてきたか。魚雷は?」
「いつでも発射できます」
「よし、いいぞ。いつでも来い」
 と言いつつ、測距儀(レンジファインダー)に注視していた。
 測距儀を除いて目標に照準を合わせれば、魚雷発射装置にも自動的に数値が入力され、発射ボタンを押すだけになる。
「敵艦浮上点よりミサイル発射確認!」
「まさか、こんなに早く照準を合わせられるのか?」
「退避行動しつつ、迎撃せよ!」
「取舵一杯!」
「ファランクス、撃て!」
 必死の迎撃態勢を取り続けるノーチラス号。
 その間隙を縫って、アムレス号が完全浮上に成功した。
「ミサイル、第二波が来ます!」
「ちきしょう! 攻撃する暇も与えてくれないのか?」
「いかがしますか?」
 副長が焦りながら質問する。
「仕方あるまい。もう一度、潜るぞ」
「分かりました。潜航!」
 再び、潜航を始めるノーチラス号。
「同じ戦うなら、亜空間の方が良いだろう。熟練度から言っても、こちらの方が有利に違いない。先ほどは奇襲を受けて焦ったがな」

 アムレス号船橋。
「第一撃、効果ありましたが、敵艦は潜航して逃げました」
 エダが報告する。
「逃げたのではなく退避しただけだろう。また攻撃を仕掛けてくるはずだ」
「トラピストが降伏したのは向こうも知っているはずなのに、停戦要請するでもなく攻撃してくるのはいかがなものでしょうか」
「好戦的な無頼漢な指揮官がいるのだろう」
「平和になれば、真っ先に失業か閑職に回されるから、思い切り戦えるのはこれが最後と考えているのでは?」
 敵が退避して一時的な緊張感で口も滑るが、次のレーダー手の一言で我に返る。
「亜空間レーダーに感あり!」
「やはり引き返してきたか」
 アレックスが呟くと、オペレーター達が注視する。
「また潜りますか?」
 副長が尋ねる。
「それだと相手が浮上して、浮いたり沈んだりのイタチごっこになる」

 アムレス号の後方の亜空間に出現したノーチラス号。
「やっと後ろに取り付いた。今度こそ、逃がさないぞ。亜空間魚雷発射準備だ!」
 発射管より発射される亜空間魚雷。

 アムレス橋船橋。
「亜空間ソナーに感あり! 右舷後方より我が艦に直進してくる物体あり!」
「機関全速! 面舵一杯!」
「デコイ発射! 亜空間震動爆雷用意!」
「了解!」
「間に合うか?」
「何とも言えない」
 アムレスより発射されたデコイ。
 数発は接触して爆発するが、それを交わしてアムレス号に直進する魚雷。
「右舷後方に魚雷出現! 七秒で接触します。五・四・三・二・一……」
 激しく揺れる艦体だが、何とか軽微で済んだようだ。
「エダ。確か三人乗りの亜空間対潜哨戒機あったよね」
「はい、あります」
「発進させよう」
「しかし、扱い方が分からなくては」
「私が行きましょう。戦闘機乗りだから、哨戒機の扱い方にも慣れている」
 戦闘機乗りのキニスキー・オルコット大尉が名乗りを上げた。
「自分もいきます!」
 と、ビューロン少尉ともう一人名乗り出た。


 格納庫。
 哨戒機のコクピットに乗船しているキニスキー以下の三名の隊員。
 エダが、簡単な説明を施していた。
「いいですか?」
「分かりました。何とかやれそうです」
「エダさん、降りてください。後は我々に任せてください」
「はい。後はお願いします」
 エダが哨戒機から離れて避難する。
「ブリッジ、発進口を開けてくれ」
『了解した』
 ゆっくりと発着艦口が開いてゆく。
『ゲートオープン。哨戒機発進せよ』
 スクリーンにキニスキーの姿が映っており、
「哨戒機、発進します」
 敬礼すると共に、哨戒機を発進させた。

 宇宙空間に躍り出る哨戒機。
 機体を操作するパイロット、ソノブイなどを投下したりする探知担当、もう一人は爆雷や対潜ミサイルを発射する攻撃手、三人体制で運用する。
 しばらく旋回した後、潜航艦が潜んでいそうな場所にたどり着いて。
「亜空間ソノブイ投下!」
 射出口より投下されるソノブイ。
「捜索を開始します」
 機器を操作する乗員。
「いいか、どんな小さな物でも見落とすなよ」
「了解」


 アムレス号船橋。
「左舷三十度に魚雷出現」
「パルスレーザーで撃ち落せ」
「遅い! 間に合いません」
 激しく揺れる艦内。
 火花を散らす計器類。
 弾き飛ばされる隊員。
「早く消火しろ!」
 慌てて消火器を持ち出して消火する隊員。
 やがて鎮火する。
「敵潜水艦の位置はまだわからないか?」
「まだです。敵も前回攻撃されたのを警戒して、用心しているようです」
「哨戒機から報告は?」
「ありません」
「そうか……一刻も早く見つけ出さないと」
「哨戒機より入電。敵潜水艦を発見したもようです。敵艦の位置座標入電」
「よし、爆雷連続発射!」
「了解」
 次々と亜空間爆雷が投下されてゆく。


 ノーチラス号艦橋。
 激しく震動している。
「敵艦の爆雷攻撃です」
「回避運動! 面舵二十度変針」
「後部魚雷発射。撃って撃って撃ちまくれ! 敵の爆雷に怯(ひる)むな!」
「はっ!」
「回避、回避運動!」
「駄目です、艦長。こちらの動きを完全に読まれています」
「あの哨戒機のせいだな。撃ち落せないものか……」
「航空機は早すぎて、あれを打ち落とせる武器は装備していません」
「しかないな。正面の敵艦に集中する。魚雷発射!」

 亜空間哨戒機では、次の行動に移っていた。
「敵艦は?」
 機長のキニスキー大尉が尋ねる。
「まだ動いています。機関は損傷していないもようです」
 レーダー手が答える。
「なかなかしぶとい奴だな」
「亜空間誘導魚雷を使用しましょう」
 ビューロン少尉が進言する。
「そうしよう。投下最適ポイントに移動する」
 旋回して好適位置に哨戒機を移動させるキニスキー。
「敵艦の位置座標を送ってくれ」
 魚雷発射装置を操作しながら、レーダー手に指示を出すビューロン。
「今送ります」
「よし来た! 安全装置解除。亜空間魚雷発射用意……3.2.1.発射!」
 哨戒機から、魚雷が発射され、数秒後に亜空間に消え去った。

 ノーチラス号艦橋。
「急速接近する物体あり! 右舷後方」
「回避運動!」
「間に合いません!」
 激しく震動する艦。
 あちらこちらで転倒する乗員。
「損害報告を急げ!」
 立ち上がりながら損害調査に走り出す乗員。
 改めて指揮官席に座りなおす、ため息をつく司令。
「敵艦と哨戒機とからの挟み撃ちか……」

「大変です! 亜空間震動航行装置が停止しました!」
「何だと!」
 一同立ち上がり、不安そうな表情。
「今のところは、サブの方で何とかなっておりますが、いつまで持つか……」
「このままサブコントロールまでが破壊されては、亜空間の無限の時間に閉じ込められてしまいます」
「で、どうしろと言うのだ!」
「浮上しましょう。それから戦うなり、停戦もしくは撤退しましょう」
「浮上か……」
「艦長!」
「分かった、浮上しよう。浮上と同時に艦首魚雷をぶっ放す」
 オペレータが復唱する。
「浮上!」
「艦首魚雷用意! 浮上と同時に発射する!」
「照準は?」
「いらん! 発射と同時に全速前進だ!」
「正面に敵艦がいたら?」
「かまわん。ぶち当たる!」
「特攻ですか?」
「そうだ! 火力ではこちらが劣勢だ。まともに戦えば負ける。一か八かだ」
 迫真の命令に、一同も息を飲む。

 アムレス号船橋。
「敵潜水艦が浮上してきます」
「敵艦に損害を与えたようだな」
「降参のために浮上してくるのであればよいのですが……」
「念のためだ。粒子ビーム砲用意」
 アレックスの頭の中には、学習装置によってアムレス号の武器システムのすべてが記憶されていた。
『了解。荷電粒子砲ニ電力供給シマス』
 その命令に驚く乗員たち。
「荷電粒子砲だと? まだ研究段階じゃなかったのか?」
「その通り、一発撃つだけでトラピストの全発電量の電力が必要だと聞くが」
 その疑問にエダが答える。
「このアムレス号のビーム砲は、そんなに電力を使用しません。省エネでコンパクトなものですから」
「それでも莫大な電力を必要とするはずだがどうやって?」
「アムレス号に搭載された超小型縮退炉から、ほぼ無尽蔵に発電できます」
「縮退炉! ブラックホールを積んでいるのか?」
 驚きで言葉を紡げない乗員だった。
『加速器へ燃料ペレット充填、超伝導回路ヘノ電力供給マックス到達』

「敵艦浮上! 目の前です」
「粒子砲は?」
『チャージ完了マデ、十二秒。マモナク撃テマス』
「敵艦、撃ってきました」
「撃ち落とせ!」
 近接防空火器システム(CIWS/シーウス)が火を噴き、敵弾を撃ち落としてゆく。
「敵艦、急速接近中!」
「退避行動!」
 ビューロン少尉が指示する。
 しかし、アレックスが制止する。
「待て! このままだ」
 なぜという表情のビューロン少尉。
「撃つには、船の軸線上で捉えなければならん」
 粒子砲は、船の正面に固定されているため、軸線上のものしか撃破できない。
 さらに敵艦は近づく。
 近すぎてミサイルは撃てない距離だ。
『チャージ完了マデ、七秒』
 乗員達は、固唾を飲んでスクリーンを凝視している。
 スクリーン上に映る敵艦が次第に大きくなってゆく。
『チャージ完了マデ、三秒』
 すでに敵艦は目と鼻の先にあり、スクリーンをはみ出すほどだった。
『チャージ完了!』
 すかさず下令するアレックス。
「撃て!」



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銀河戦記/拍動編 第五章 Ⅳ 亜空間戦闘
2023.04.08

第五章


Ⅳ 亜空間戦闘


 トラピスト連合王国首都星トリスタニアに近づくゴーランド艦隊。
 決戦で敗れた連合王国には、もはや守備艦隊はいない。

 衛星軌道からゆっくりと地上へ降下してくる揚陸艦隊。
 住民たちは、次々と降下してくる艦隊に、恐れおののき逃げまどいパニック状態になっている。

 宮殿内、女王の間の脇のバルコニーに佇み、制空権を奪われた空を見つめるクリスティーナ女王。
 女王を囲み、不安そうな侍女たち。
「女王様、私たちは、これからどうなるのでしょうか?」
「分かりません……。ともかくいずれここへもやってきます。謁見の間で応対しましょう」
 侍女を引き連れて、謁見の間へと移動する女王。
「城内のものには、一切抵抗しないように伝えてください」

 城内を我が物顔で闊歩する兵士達。
 その中心にセルジオ弁務コミッショナーがゆったりと歩いていく。
 長年の念願であったトラピストを陥落させたことで、意気揚々と闊歩している。
 城内の人々は通路の脇に避けて、彼らの通行を邪魔しないようにしている。
 やがて近衛兵が荘厳な扉の前を警護している場所に出ると、そこは女王の鎮座する謁見の間である。
 セルジオ達が近寄ると、近衛兵は軽く会釈をして、扉を静かに開いた。
 扉から玉座に向かう足元には深紅のカーテンが敷かれている。
 その上を歩いて、女王の前に歩いていくセルジオ。
 玉座の前で、一旦立ち止まり傅いて、
「女王様。この国は我々ケンタウリ帝国の支配下に置きました。弁務コミッショナーとして、直接の治世は自分が治めますが、国民の象徴君主として女王様には今まで通りこの宮殿の主と致します。ご異存ありませぬか?」
 やんわりと支配権の移譲を促すセルジオだった。
「致たし方ありませんね。私はどう扱われようとも構いませんか、国民の安寧を約束して頂きたいのです」
「それは重々承知しております。但し、レジスタンス活動などしなければですが」
「分かります。国民には、重々抵抗しないように、最後の王室放送で布告いたしましょう」
「そうして頂けると助かります」
 立ち上がると、
「では、失礼させていただきます」
 踵を返して、兵士達を引き連れて元来た通路を戻っていく。
 姿が見えなくなって安堵し、女王のそばに集まる臣下達だった。
「陛下の御身を保障すると言っておられたが、本気でしょうかねえ」
「太陽系連合王国では、国王の地位は保障されておりますから、確かでしょう」
「グリーゼラン公国では抵抗運動が激しくて、見せしめに公王が公開処刑されたと聞きます」
*グリーゼ180bを首都とする惑星国家。地球からエリダヌス座の方向に39光年先にある。
 抵抗さえしなければ、王室は安泰なのだという雰囲気が臣下に流れていた。
「しかし、いくら占領した側とはいえ、女王の許可なく謁見の間に土足で入ってくるなんて……」
 興奮を抑えきれないような口調で語り掛ける臣下だった。
「ともかく、事態を国民に知らせる必要があります。王室放送の準備をしてください」
 女王だけが落ち着いて、何をなすべきかを理解していた。


 宇宙空間。
 輝く星々。
 アムレス号が、ワープして出現する。

 アムレス号艦橋。
「ワープ終了」
「艦内異常なし」
「しかし、百光年もの距離を一瞬にしてワープできるなんて、しかもたった一回で……」
『大シタコトアリマセン。アムレス号ハ、一万光年ヲ一回デワープシマス』
「一万光年だって? 銀河渦状腕間隙を越えて、隣の腕にまで飛べるじゃないか!」
『デスガ一回デ、全テノ燃料ト、エネルギーヲ消費シテシマイマス」
「なんだ……それじゃ役に立たないな。渦状腕間隙の向こう岸は未開の地、跳べても補給ができなきゃな」
「アレックス様はご存じですか? 確かアムレス号は、御父上のフレデリック様がご乗船なさっていたと聞きますが……。今、どうしていらっしゃるのでしょう」
「僕は何も知らない。アムレスの事ならというか伝説というかは知っていたけど……まさか父の船だったとはね。エダ、君は知っているだろう」
「その事に関しては、まだお答えできません」
「どういう意味だ?」
 エダは答えない。
「大変です!」
 通信士担当が驚きの声を上げた。
「どうした?」
「トリスタニアが……トラピスト連合王国が、地球に対して全面降伏しました」
「降伏!」
「トラピストが負けた?」
 一同が口々に驚きの声を上げた。
「まさか?」
「間違いじゃないだろうな」
「いえ、間違いありません。確かです」
「トリスタニアが降伏した……あのクリスティーナ女王が?」
「女王の王室放送が全宇宙に向けて流されています」
 通信士が報告する。
「スクリーンに出してくれ」
「了解。スクリーンに出します」
 正面スクリーンに、バストショットのクリスティーナ女王が映し出されている。
「……トラピストは降伏して、ケンタウリ帝国の支配下に入りました。これ以上無駄な血を流さないためにも武器を捨てて、それぞれの故郷に戻って安寧な生活を取り戻しましょう……」
 女王は、レジスタンス活動を止めて、平和な活動に戻るようにと繰り返し諭していた。
「もういい。消してくれ」
「了解」
 スクリーンが消えて、宇宙空間の映像に切り替わった。
 祖国の敗退にため息をつく一同だった。
「平静を装っているようですけど、陛下の心痛は計り知れないでしょうね」
「おいたわしや……」
「陛下は、無駄な血を流すなとおっしゃられていましたが?」
「今更、ソドム基地を叩いても意味がありません。抵抗の最期の砦だったトラピストが敗れた今、もはやどこも協力してくれる国はないでしょう。孤軍奮闘したところで先細りになります」
 口々に意見具申する一同だった。
「そうですね……。となると作戦の変更が必要ですね」
 エダが進言した。
 皆の視線が、アレックスに集中した。
 どうしますか?
 という表情だ。
「作戦の変更ですか?」
「このままでは、たった一隻で戦うことになります」
「とはいっても、我々はどこの国にも所属せずに戦ってきた。つまり海賊と変わりがないということだ。海賊は処刑されるのが常識だ」
「まさか……」
 その時、レーダー手が警報を鳴らした。
「艦の後方に艦あり! 先ほどの潜航艦かと思われます」
「戦闘配備! まずは追手を蹴散らしてからだ」
「了解! 全艦戦闘配備!」
 ビューロン少尉が復唱する。
「亜空間ソナーで敵艦の位置を探査! 亜空間震動爆雷準備!」
 アレックスが下令する。
「亜空間ソナーで敵艦の位置を探査します」
「亜空間震動爆雷準備!」
 オペレーターが復唱し、反撃態勢に入る。


 アムレス号の遠方後方に姿を現わすノーチラス号。
「アムレス号補足しました。距離二万」
「亜空間魚雷発射準備!」
「今度こそ仕留めてみせるぞ」
「魚雷発射準備完了」
 しかし次の瞬間、艦体が激しく震動した。
 計器の前から投げ出される乗員もいる。
「爆雷です!」
「進路変更! 取舵一杯!」
 爆雷を避けるために、艦を移動させる指揮官。
「進路変更! 取舵一杯!」
 操舵手が舵を勢いよく左に回して、艦を転回させる。
「こちらが攻撃を仕掛ける前に気付かれました。こちらより高性能の亜空間ソナーを装備しているのでしょうか?」
 未知の戦闘艦の能力に意外な表情を見せる副官だった。
 ノーチラス号の戦闘能力を過信し過ぎて、相手方を見くびっていた。
「そうとしか考えられないな。敵艦の現在位置は?」
「右舷側を並走しています」
「右舷ミサイル発射準備!」
「了解」
 右舷のミサイル発射口が開いてゆく。
 発射管に装填されるミサイル。
「発射準備完了!」
「よし、撃て!」
 発射管を射出され、亜空間を突き進むミサイル。
 だが、後少しというところで、突然消えるアムレス号。
 目標を失ったミサイルは、乱れ飛ぶ。
「敵艦消失しました」
「消えた?」
「直前にワープしたのか……」
「ミサイルに気付いたのか?」
「偶然かも知れません」
「とにかく追うのだ!」

 アムレスを探して急速発進するノーチラス号。
 その真後ろに、アムレス号が再び姿を現わした

 アムレス号船橋。
『敵艦ノ後方ニ着キマシタ』
 ロビーが報告する。
「うまくいった。亜空間魚雷発射準備!」
 事の成り行きに信じられないという表情をする他の乗員。
「この船は亜空間潜航できるのか?」
 ビューロン少尉が驚く。
「先ほどは、一万光年をワープできるとも言っていました。化け物じゃないですか」
『宇宙一位ト二位ヲ争ウトモ呼バレタ天才工学者ガ設計シマシタカラ』
「天才工学者というと?」
「トラピスト連合王国クリスティーナ女王の第三王子、アルフレッド殿下夫妻です」
 エダが答えた。
「王族が工学者?」
「王立科学アカデミー首席卒業、それも歴史上最高の成績でした」
「天才じゃないですか」
 そんな会話をしている間にも、アレックスは次なる指令を出していた。
「亜空間魚雷発射準備!」
『船首発射管ニ亜空間魚雷装填シマス』
 亜空間での戦闘など行ったことのない乗員たちは、ただ息を飲むしかなかった。
『発射準備完了! 目標設定完了!』
「撃て!」
『発射します!』
 船首から魚雷が発射されて、敵艦へと向かう。


 ノーチラス号艦橋。
「後方より急速接近する物体! 魚雷です!」
「なんだと?」
「う、後ろに奴らの船が!」
「主舵一杯! デコイ発射!」
 おとり魚雷を発射しつつ、旋回するノーチラス号。
「第二弾発射されました!」
「ちきしょう! この体勢では不利だ。通常空間に浮上する」
「浮上!」



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銀河戦記/拍動編 第五章 Ⅲ ネルソン提督の最期
2023.04.01

第五章


Ⅲ ネルソン提督の最期


 宇宙空間をアムレス号が進んで行く。

 じっとスクリーンを見つめているアレックス。
 イレーヌが側に寄ってくる。
「アレックス……」
「ん? 何だい?」
「変わったわね」
「何が?」
「あなたよ。まるで別人みたいよ。昔のアレックスとは違うみたい」
「そうかな……。僕は変わってないつもりだけど」
「見違えるほど立派になったわ。ここ二三日のうちによ」
「やっぱり戦争のせいかな……」
「アレックス……」


 バンゲル星区、トラピスト星系連合王国軍は、前面に太陽系連合王国軍が進路を塞ぎ、後方からはバーナード星系連邦軍が追い打ちを掛けてくる。
 まさしく前門の虎後門の狼状態である。
 ただでさえ正面突破の際に、戦艦の半数を失い残った艦も満身創痍状態である。とても正面の敵艦と戦える状態ではなかった。
 さらに敵艦の後方には、空母エンタープライズを中心とした編隊が展開して、艦載機を射出させていた。


 ヴィクトリアの艦内で忙しく動き回る乗員達。
「提督、まもなく前方艦隊との戦闘宙域に入ります」
「敵空母から艦載機が発進したもようです。高速で接近中!」
「全艦に指令、第一戦闘配備。マルチ隊形で突撃せよ」
「はっ!」
「行くぞ、アンドレ」
「はい。ヴィクトリア突撃します。高射砲・対空機関砲は敵戦闘機を、主砲は敵艦を狙え! 三十秒後に一斉掃射だ」

 迫りくる艦隊・戦闘機。
 それらに照準を合わせて動く各砲塔・銃座。
「撃て!」
 一斉射撃され火を噴く各砲台。
 次々と撃墜される戦闘機と敵艦。
 壮絶なる決戦が繰り広げられている。
 敵も味方も次々と戦力を失ってゆく。
 しかし空母七隻を有し、戦闘機による攻撃を続ける太陽系連合王国軍の方が格段に優れている。
 次々と艦船を失っていくトリスタニア連合王国軍。
 ヴィクトリアもかなりの損傷を受けている。
「戦艦グレート・ハリー撃沈されました」
「巡洋艦グラスゴー大破!」
「我が艦隊の有効戦力はどれくらい残っていますか?」
「はっ。有効戦力はヴィクトリアとオリオン号以下、巡洋艦七隻、駆逐艦四隻です」
「たったそれだけか……敵の戦力は? エンタープライズはどうなっているか」
「敵勢力は三割ほど削り取りましたが、空母エンタープライズ以下の主力艦は健在です」
「圧倒的というわけか……」
 前方を塞がれたことによって進行速度が落ちて、引き離したはずの後方のバーナード星系連邦軍が追い付いてきた。
 
 その頃奮戦するオリオン号の艦橋では、ドルトンが必死の応戦をしていた。
「第七ブロック被弾!」
「ええい。弾幕が足りんぞ! 撃って撃って撃ちまくれ」
「機関室がやられました。出力70%低下、ビーム砲・主砲共に使用不能です」
「畜生! 撃てないなら弾除けになる。ヴィクトリアの側に着けろ!」

 ヴィクトリア艦橋。
「駆逐艦リバプール撃沈」
「我が方の艦隊は何隻残っているか?」
「我が艦とオリオン号だけです」
「艦長! 機関室に火災発生」
「大至急消火に当たらせろ」
「駄目です。人員が不足し、かつ火の勢いが強くて……」
 その瞬間、爆風で吹き飛ぶ乗員。
「フレンダー!」

 機関室では、勢いよく燃え広がる火災の消火に当たっており、戦闘行為に着ける人員がいなかった。
 そこへ消火器を持ってあたふたと入ってくる乗員。
 機関長が怒鳴りたてる。
「何をしてたんだ!」
「そんな事言ったって、我々は恒久応急班じゃありません」
「生活班炊事課所属ですよ」
「手が足りないからって借り出されたのです」
「どうでもいい。つべこべ言う暇があったら早く火を消せ!」
「分かってますよ」
 このままでは自分たちの命もないので、とにかく消火を始める乗員だった。

 通路に倒れている人々。
 その人々を避けながら駆けてゆく乗員。
「副長!」
「君は技術部の……」
「はい。緊急事態発生です」

 艦橋。
「まだ通信回路は直らないのか?」
「は、はい。回線がズタズタに破断されていて」
「このままでは何もできないじゃないか」
 副長が駆け込んでくる。
「艦長、大変です」
「どうした?」
「空気清浄装置が破壊されました。修理不能です」
「何だって?」
「空気清浄機が働かなければ、有毒ガスの除去が出来なくて、艦内に充満したガスで全員死んでしまうぞ」
「それで、後どれくらい持つのか?」
「はい。このままでは三十分持つかどうか」
「そうか……」
「艦長。このままでは我々全員窒息死してしまいます。すでに後部機関室付近では、シアン化ガスが発生して倒れる者が続出しています」
「提督……」

 宇宙空間で完全に沈黙してしまったヴィクトリア。
 それを盾になって擁護するオリオン号。

 艦橋。
「これまでだな……」
「提督……」
 涙を流している乗員達。
 ネルソンの周りを囲んでいる。
「オリオンは無事か?」
「はい。まだ何とか持ちこたえています」
「うむ……アンドレ!」
「白旗信号を打ち上げろ! 総員に退艦命令を出せ!」
「提督、降伏するのですか?」
「そうだ、アンドレ。何をしている、早く退艦命令を出せ! 全員を窒息死させるつもりか!」
「は、はい。総員に退艦命令を出します」
「よし、副長。投降信号を打ち上げろ!」
「分かりました」

 ノーザンプトン号艦橋。
 ヴィクトリアから上げられた発光信号を確認した副長。
「発光信号です。あれは、投降信号。司令、ヴィクトリア号が降伏しました」
「よし。全艦に戦闘中止命令を出せ」
「はい。全艦に指令、第一戦闘配備解除。警戒態勢で、次の指令を待て!」
「ヴィクトリアから救命艇が発進しています。船を放棄するようです」
 正面スクリーンには、ヴィクトリアから次々と救命艇が発進して、オリオンとの間を往復していた。
「機関部かどこかが故障して航行不能になったのでしょう」
「あの程度の巡洋艦では、ヴィクトリアの乗員を全員収容できないだろう」
「空母サラトガに、残りの乗員を収容させましょうか?」
「そうだな。サラトガと数隻の護衛艦を残して、全艦トラピストへ向かう」
「はっ!」
 敬礼して、全艦に指令を伝える副長。


 全艦隊発進するゴーランド艦隊。
 オリオン号艦橋のドルトンは、ゴーランドの進撃開始の様子をただ見つめているしかなかった。
 ヴィクトリア艦橋。
 じっとスクリーンを見つめるネルソン提督。
 副長がアンドレに話しかける。
「総員退艦完了しました。ゴーランド艦隊からも救援が届いています。艦長達も早く!」
「ちょっと待ってくれ」
 アンドレ、ネルソンに歩み寄る。
 ネルソン、スクリーンを見つめながら、
「私はいい。君こそ早く退艦したまえ」
「提督……いやです。提督が残るなら、自分も残ります」
「君は艦長だ。将兵達の指揮を執らねばならんだろう」
「艦長だからこそ、艦と運命を共にします」
「馬鹿な、時代遅れだ」
「しかし提督……」
「これは命令だ。第一、君には待っている女性がいるだろう。彼女を悲しませるつもりなのか?」
 アンドレ、はたと気が付く。

 アンドレの空想の中。
 青空の下、美しく咲き誇る花の園。
 エミリア、髪をなびかせ微笑みながら走っている。
 後方からアンドレが追いかけている。
「ほら、捕まえたぞ!」
 エミリアの手を掴むアンドレ。
「アンドレ!」
 勢いで花園に倒れ込んでしまう二人。
「あはは!」
 軽やかに笑う二人。

 ヴィクトリア艦橋。
 我に返るアンドレ。
「君は、その女性を悲しませるつもりか?」
「艦長、早くしてください。時間が……」
「も、もう少し待ってくれ」
「しかし……」
「提督もご一緒に」
「何をしている。命令だと言ったはずだ。退艦しろ」
「艦長早く!」
 艦橋に爆風が吹き荒れる。
 副長、アンドレを引き連れて行こうとする。
「提督……」
 アンドレ、心痛な思いで、敬礼して艦橋を離れる。
 提督も静に敬礼を返してきた。


 ヴィクトリアから、ゆっくりと最後の救命艇が発進する。
 救命艇の中から、ヴィクトリアを見つめるアンドレ。
「ネルソン提督……」
 ヴィクトリア漂流している。
 やがて、遠く離れた場所で閃光が走る。



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