銀河戦記/鳴動編 第一部 第十三章 ハンニバル艦隊 V
2021.02.28
第十三章 ハンニバル艦隊
V
「お待ちもうしておりました、ランドール司令。配下の部隊、全艦出撃準備完了しております」
「ご苦労様です。こちらの部隊の燃料等の補給が済み次第出撃します。それまで待機させておいてください」
「かしこまりました」
「大佐、私のオフィスに」
正式には第十七艦隊所属独立遊撃部隊司令という肩書きを有しているアレックスであるから、当然このシャイニング基地にも部隊司令用のオフィスを構えていた。もっともカラカスを攻略してからというもの一度も帰舎できないでいたが。
「お帰りなさいませ」
オフィス事務官のシルビア・ランモン少尉が出迎えた。
「留守番ご苦労さま。何か変わったことは?」
「いえ、ありません」
その大佐と司令官室において面談したアレックスは、その威厳に満ちた風格に、ともすれば自分が上官であることも忘れてしまうほどであった。
「ところで、地球古代ローマ史にならって、ハンニバル艦隊と呼称されておりますが、一体率いている武将は誰なのでしょうか」
先に口を開いたのはチェスターだった。自分が戦う艦隊の司令官を知りたくなるのは当然だ。
「レイモンド・スピルランス少将ですよ」
といいつつそばのレイチェルに視線を送るアレックス。その情報を集めたのはレイチェル配下の情報部である。
「がしかし、実際に問題となるのは、作戦参謀として参加しているスティール・メイスン准将のほうでしょうね。おそらくはこの作戦を考えだしたのも彼でしょう」
「私もそう思います」
そう。第五艦隊を壊滅させた張本人なのだから。
「第五艦隊の将兵達の士気はいかがですか?」
「気力は十分にあります。ランドール司令の艦隊に転属ということで、士気は上がっております。いつでも出撃可能です」
「それは良かった」
一時間後。
旧第五艦隊の将兵を前にして、アレックスは言い放った。
「君達はもはや敗残兵ではない。私の手足となって働く有能なる戦力として生まれ変わったのだ。君達が持てる力のすべてを出して作戦遂行にあたれば、いかにハンニバル艦隊とて恐れるに値しない。敵を撃退し、共に凱旋して基地に戻ろうではないか」
この演説は、将兵達の士気を鼓舞するに十分な効果を与えた。
敗残兵は常に懐疑的になる。もはや戦力として期待されていないのではないか、前線に投入されたとしても単なる捨て駒として利用されるのではないかと。
しかし、この司令官は将兵達の存在価値を認めたことで自信を取り戻させた上に、あの強敵のハンニバル艦隊を撃退することを明言し、凱旋して基地に戻ろうと言うのだ。否が応にも士気はあがっていった。
ハンニバル艦隊旗艦艦橋
「司令。カラカスにいたランドールが五万隻の艦艇を率いて、我々を撃退すべき出撃したそうです」
スティール・メイスンは、情報部よりの報告をスピルランスに伝えた。
「ほう、あの若造がか……しかし、五万隻とはどういうことだ。三万隻じゃなかったのか?」
「シャイニングに駐留していた第五艦隊の残存艦隊二万隻を組み入れたようです」
「おまえが撃破したあの艦隊か。とっくに解隊されていると思っていたぞ」
「ともかく、ランドールをカラカスから引き離すという当面の課題は成し遂げたのです。そろそろ引き際と考えて、敵が来る前に撤退いたしましょう。そしてカラカス攻略部隊に合流して基地の奪還を計ります」
「撤退だと?」
「そうです」
「何をいうか。我々に立ち向かえる艦隊は、同盟のどこにもいやしない。たかだか五万隻の艦隊など蹴散らしてくれるわ」
「しかし、司令!」
「ええい。うるさい、下がれ!」
司令官は聞く耳をまるで持ち合わせていなかった。
勝ち戦が続くと、誰しもが傲慢になる。この指揮官も例外ではなかった。
ハンニバル艦隊と呼ばれ、同盟を震撼させることになる作戦のことごとくを考えだしたのは、作戦参謀であるスティール・メイスンの功績によるところが多い。しかし、連戦連勝を続けていくうちに、いつしか最強の艦隊と自負するようになり、その自負が最強の艦隊を支える真の功労者を忘れ、ひいてはすべての功績が自分にあるとの錯覚を覚えるようになる。
司令室を退室したスティールはため息をついた。
「愚かなことだ。いかに優勢に戦いを進めていても、引き際というものを知らなければすべてが無に帰してしまうことを」
これ以上ここにいては、自滅することは判りきっていた。
スピルランス艦隊が、連邦を震撼させる代名詞サラマンダー艦隊を率いるランドールにかなうわけがなかった。スティールは作戦当初から、今回の作戦をあくまでランドールをカラカスから引き離す陽動作戦としか考えていなかった。そのランドールが出てきたならば、これ以上ここに滞在する理由はもはやないのだ。
すみやかに退去するに限る。
スティールは、自分の副官や参謀を引き連れて、この艦隊から立ち去ることにした。
自分の艦に戻ったスティールは、スピルランスに参謀降任の挨拶として最後の通信を交わした。
「司令官殿。参謀としての役目は終わりました。私はもう必要ないと思われますので、帰還させていただきます」
「帰還だと?」
「私などがいても、邪魔なだけでしょう。司令官のお気に召すままに存分にお戦いください」
「ええい。わかった、失せろ!」
「では、そうさせて頂きます。ご武運を」
通信を終えると、傍に控えていた副官が苦笑いを浮かべて尋ねた。
「ご武運をですか……本気で言ってますか?」
「一応の外交辞令だよ」
「だと思いました」
「よし帰還するぞ。巻き添えを食わないうちにな」
「了解です。進路はお任せください」
「頼むよ」
スピルランス艦隊から一隻の戦艦が離脱を始めた。
「この戦い……またしてもランドールに軍配があがるな」
スクリーンに映る離れゆく旗艦の姿を、苦渋の表情で見つめるスティールだった。
「おそらくこれで、将軍へと昇進するのは確かだろう。となると奴の次の目標はタルシエン要塞攻略だ。そろそろこちらも手を打っておいた方がいいな」
「それでは例の件を発動させるのですか?」
「機は熟したと思うがな……」
「判りました。配下に準備に取り掛かるように指令を出します」
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第十一章 帝国反乱 Ⅲ
2021.02.27
第十一章 帝国反乱
Ⅲ
正面パネルスクリーンには、アレックス・ランドールが出ていた。
「やあ、驚いたかね?」
スクリーン上のアレックスが語り掛ける。
「これは、どういうことですか?」
「簡単なことだよ。ウィンディーネ艦隊を指揮できるのは君しかいないからだよ」
「しかし、自分は……」
「いろいろと誤解はあったが、水に流そうじゃないか」
「誤解……で済まされるのですか?」
反乱という言葉を使わないアレックス。
「そう、誤解だよ。それ以上でも以下でもない」
それでも納得できないゴードンだった。
本来なら免職の上、禁固刑が言い渡されてもいいくらいであるのだから。
「君に任務を与える」
アレックスが姿勢を正して命令を下す。
「はっ!」
直立不動になって命令を受ける体制を取るゴードン。
両拳を握りしめて微かに震えている。
「ウィンディーネ艦隊を率いて、銀河帝国アルビエール侯国に来たまえ」
「了解しました!」
「事の詳細は、シェリーに聞いてくれ」
通信が途絶えた。
「さあ、一刻も早く馳せ参じましょう。詳細は道々お話しします」
「ガードナー少将が出ておられます」
「繋いでくれ」
映像がガードナーに変わった。
「アレックスは、君に捲土重来(けんどちょうらい)の機会を与えるつもりのようだな」
「ありがとうございます」
「まあ、頑張りたまえ」
ガードナーは軽く微笑むと通信を切った。
「ちょっと考え事がある」
といって、一時司令官室へと籠った。
心配になって付いてくるシェリー。
「ちきしょう!」
突然、扉を通して中から叫び声が聞こえた。
そして何かを打ち付ける鈍い連続音。
シェリーは感じていた。
自虐行為で頭を壁にぶつけているのだと。
「閣下……」
やがて音はしなくなり静かになった。
しばらくして、ゴードンが額から血を流しながら出てくる。
「閣下!お手当を」
「構わん。私の判断で血を流した部下の傷を考えれば大したことじゃない」
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第十三章 ハンニバル艦隊 Ⅳ
2021.02.26
第十三章 ハンニバル艦隊
Ⅳ
カラカス基地と敵タルシエン要塞とに対し、ほぼ正三角形をなす地点にある恒星系の第四惑星に、共和国同盟最大の軍事施設であり、連邦軍の侵略を食い止める最前線基地となっているシャイニング基地がある。第十七艦隊の母港であり、最大収容艦艇十二万隻を誇る当地には、一億二千万人にも及ぶ軍人・職人及びその家族が暮らしている。
軍事目的として開発されたとはいえ、公転周期二百二十五日、自転周期二十五時間という惑星には、全地表の三分の一を占める海が広がり、大気組成は地球型に近い酸素含有率と温暖快適な気温が、地上に生活する人々の完全自給を賄っていた。資源も豊富にあって、寄港する艦艇の燃料、修繕に必要な資材を供給する。
惑星地上に点在する無数の高い鉄塔は、敵攻撃から地上設備を守るシールドビーム発生装置。それらを網目状に結ぶ地下送電線に電力を供給する核融合発電所は、敵の攻撃目標となるのを避けて地下三千メートルの深さに建設され、僅かに燃料搬出入用施設が露出しているだけである。それら施設を取り囲むようにして対空迎撃ミサイル発射口が上空を睨んでいる。仮に敵艦隊に防衛艦隊が打ち破られたとしても、揚陸作戦には五個艦隊以上の揚陸部隊を必要とするだけの防空能力を備えていた。ゆえに常駐する第十七艦隊のみで十分防衛が可能だとされていた。惑星が籠城して死守している間に、周辺基地から援軍を差し向ければ十分ということだ。
艦艇を収容する軍港は、海岸線よりの開けた平野に建設されているが、十二ヶ所に分けられているその中でも最大のものは、艦隊司令部のあるターラント軍港である。
その軍港ロビーの展望室から、まもなく到来する予定の艦隊を待って、空を仰ぐ二人がいた。
二人の名前は、オーギュスト・チェスター大佐とリップル・ワイズマー大尉である。バリンジャー星域で散った旧第五艦隊の残存兵力を従えてアレックス達の部隊に併合されることになった部隊の指揮官とその副官であった。
シャイニング基地上空に、独立遊撃艦隊が姿を現した。
「ついに来ましたね」
「ああ……」
かつてのミッドウェイ宙域会戦において、撤退する連邦第七艦隊を追撃しようとして、返り討ちにあって壊滅したのが第五艦隊である。その残留部隊を統括しているのが、オーギュスト・チェスター大佐であった。司令官を失いちりぢりになった敗残の兵力をまとめあげ、規律正しく基地に帰還したことは、アレックスも賞賛の辞を惜しまない。
二人の階級は同じであるが、独立遊撃艦隊の指揮権はアレックスにある。チェスターは副司令官として、アレックスの下に配置されることになった。年齢的に五十七歳の老練が、二十歳代の新進気鋭に傅くことになるのだ。
チェスター大佐の人格面において特筆すべきことは、いかなる境遇に陥ろうとも決して自分に課せられた任務の遂行を怠らないことであった。シャイニング基地においてアレックス達の到着を待つあいだにも、出撃準備の体制を進めつつ配下の将兵に対して何をすべきかを忘れることのないチェスターであった。敗北に討ちし枯れている将兵達の間を回っては、捲土重来ここにありと新司令官となるアレックスの下で再起をかけることを説いてまわり、士気を鼓舞し高めるために尽力したのである。
独立遊撃艦隊の旗艦サラマンダーは一目で見分けがつく。
ハイドライド型高速戦艦改造Ⅱ式といえば、同盟中を探しまわってもたった五隻しかなく、そのすべてがアレックスの元にあり、旗艦名を表す伝説の火の精霊サラマンダーがボディーに描かれた艦は一隻しかない。艦体に絵を描くなど、正規の艦隊であれば有り得ないことであるが、独立遊撃艦隊として特殊任務に就くことの多いアレックス達は、例外として黙認されてきたのである。そもそもアレックス達は、常に最前線にあって本星や艦隊司令部に戻ることがなく、監視の目も行き届かずに、気がついた時には連邦を震撼させる代名詞となっていた。
そのサラマンダーから一隻の上級士官専用舟艇が飛び出した。
それを見届けた二人は、
「さて、お出迎えするとするか」
というチェスターの呟きとともに展望室を離れ、最上階に通ずるエレベーターに乗った。
二人の向かった最上階は、床面積の五分の四を占めるヘリポートと、特殊強化透明プラスティックで隔たれた上級士官専用送迎デッキとで構成されている。
エレベーターを最上階で降り、通路を警備する衛兵に身分証明書を提示して、二人が送迎デッキにたどり着いた時には、先程の舟艇はすでに着陸体制に入っていた。
砂塵を巻き上げながらゆっくりと着陸する舟艇。
タラップが掛けられ降りて来た人物。
それが二人の新たなる上官となる、アレックス・ランドール上級大佐であった。
カラカス基地周辺の攻略成功を受けて上級大佐の称号を受けていた。上級大佐とは正式な階級ではなく、職能級の一つである。将軍への功績点に達しながらも、定員による頭ハネの関係から、士気の低下を防ぐために設けられた大佐クラスに対する窮余の対策である。例えば日本の警察の巡査長という階級が良い例である。
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第十三章 ハンニバル艦隊 Ⅲ
2021.02.25
第十三章 ハンニバル艦隊
Ⅲ
数日後。
満を持して、スピルランス艦隊が出撃を開始した。
一切の補給を受けない、特攻部隊として。
シャイニング基地やカラカス基地を目にともせずに、一路その背後の共和国同盟奥深くにまで進撃したスピルランス艦隊を、誰もが見落とすことになった。
それがスティールの思惑だった。
共和国同盟に侵攻するには、必ず基地を攻略して補給路を確保してからでなければ、実現不可能なものと考えられていた。誰もがそう考えるだろう。だから補給を無視した作戦など思いもしない。
そこに落とし穴があったわけである。
スティールの作戦は術中に入り、何の抵抗もなく共和国同盟の奥深くに侵入できたのである。
こんなところまでに敵艦隊が進撃してくることなどあり得ないから、守備艦隊などいるはずもなかった。スピルランス艦隊は易々と、周辺惑星を攻略していった。
共和国への侵攻ではなく、あくまでもアレックスをカラカスから引き離す陽動であるから真っ向から同盟艦隊と一戦交える必要もない。迎撃艦隊が弱いと見れば撃破し、強いと見れば逃げ回れば良いのだ。そして手薄な惑星を攻略して物資を簒奪する。
共和国同盟の只中に出現した連邦軍に人々は震撼した。
急遽迎撃艦隊が差し向けられたが、生死を分けるような本物の戦闘に参加したこともない、第五軍団の諸艦隊はまるで歯が立たなかった。
「なんだ、赤子を捻るように簡単だな」
スピルランスが、呆れた表情で言った。
「当然ですよ。ここいらにいるのは、実戦の経験のない艦隊ばかりなんですよ。戦闘の仕方すらまともに知らない」
共和国同盟が差し向ける迎撃艦隊をいとも簡単に撃滅させながらも、周辺惑星に対しては燃料や弾薬、そして水や食料といった物資を簒奪していった。
攻略作戦が、容易く事が進んでいくうちに、将兵達の間には怠惰な日常から、安寧な態度へと変わっていく。
それは一つの部隊の将校が引き起こした。
食料の纂奪のうえに、占領した地域の婦女子に乱暴を働くという事態が発生したのである。
永年の過去の歴史が示すように、占領住民への暴行は起こるべくして起こったものである。
その事件が明るみになった時、同じ境遇にある他の将兵の衝動を止めることはもはや不可能となったと言わざるを得ないであろう。食料の搾取に向かった部隊のすべての男達が、食料を奪いとると同時に婦女子への暴行を働きはじめたのである。逃げ惑う婦女子を追い回し、悲鳴を上げるその衣服を引き剥がして事に及んだ。
もはやそれは指揮統制された軍隊ではなく、欲望に餓えた野獣の軍団に成り果てていた。
連邦の地を遠く離れて、敵地の奥深くに切り込んでの野戦状態、止める手立てはなかった。
共和国同盟統合作戦本部では、緊急対策会議が連日で開かれていた。
自国内に攻め込んできたスピルランス艦隊だが、地球古代ローマ史にちなんでハンニバル艦隊と呼称されていた。
「これ以上、ハンニバル艦隊の簒奪を許しておくわけにはいかない!」
「そうは言っても、第五軍団には奴らには太刀打ちできる者はいません。平穏無事に訓練程度しか行ったことのない連中ばかりなんですから」
「何を考えておるのだ。こういう時にこそ役に立つ、格好の人物がいるじゃないか」
「格好の人物?」
「ランドールだよ」
「ランドール!」
「しかし彼は、カラカス基地にいます。担当区域が違います」
「そもそもハンニバルが侵入してきたのは、第二軍団が油断してその通過を許してしまったからに他ならない。その責任を取らせるためにも、第二軍団のランドールに出てもらう」
「しかし、今ランドールをこちらに向かわせれば、カラカス基地ががら空きになります。敵がそこを狙って奪還に来るのは明白な事実です。ハンニバルは陽動作戦です」
「だからといって、第五軍団に迎撃できる者はいない。そうだろう」
「確かにそうではありますが」
「なあに、ランドールにはハンニバルを撃退したあとで、またカラカス基地を攻略させればいいんだよ」
「そ、そんなこと……」
また無理難題を押し付けてきたな……。
ニールセン派の参謀達も、さすがにそれが行き過ぎであることがわかった。
せっかく苦労して手に入れた基地を見放した上に、それをまた攻略させるなどとは……。
最悪の結果としてカラカス基地からの侵攻作戦を許してしまうことになる。
ここは最新鋭戦艦の揃ったニールセン直属の第一艦隊を派遣するのが最善だろう。
しかし、面と向かって意見具申できるものもいなかった。
結局、ニールセンの提案通りに可決された。
サラマンダー艦橋。
パネルスクリーンに映るトライトン准将と通信を交わしているアレックス。
「迎撃に向かった艦隊はことごとく撃破されて、すでに五個艦隊を失っている。奴等をこれ以上のさばらせることはできないのだ。そこで君に白羽の矢が立った。君の配下の部隊全軍をもって、これを撃退してもらいたいのだ」
「守備範囲が違いますよ。ハンニバルが暴れているのは、第五軍団の担当区域です」
「判っている。だが、やつに対抗できるのは、これまでにも数多くの敵艦隊を撃退した実績を持つ君しかいないのだ。最前線を受け持つ我々第二軍団と違って、第五軍団は内地にあって戦闘の経験がないに等しいからな、ハンニバル艦隊にとっては赤子の手を捻るようなものなのだ。食料を纂奪されるのはまだいい。しかし婦女子がこれ以上暴行されるのを黙って手をこまねいて見ているわけにはいかんのだ。是が非でも食い止めねばならない」
「ハンニバル撃退の任に付くのは構いませんが、カラカスを空にしてもよろしいのですか。我々が出撃した後を代わって守れる余剰戦力は第二軍団にはないはず。かといって、第一軍団からは出してくれないのでしょう?」
「そういうことだな……」
「敵もそれを狙っているのは確実です。ハンニバルに関わっている間に奪取されるのは目にみえています。ハンニバルの真の目的がそこにあるのではないかと、私は考えています。カラカスから我々を引き離すために」
「それは十分考えられることだ。しかし足元を切り崩されるのも防がねばならないのだ。早い話しがだ、君にハンニバルを撃退させて、その後でカラカスを再び攻略させるということなのだよ。それが統帥本部の作戦というか……」
「チャールズ・ニールセン中将の考えですか」
「ま、そのな……とにかく統帥本部の決定は変えられない、君は四十八時間以内に部隊を率いて出撃したまえ」
「わかりました」
「それと……。いかに君とて、ハンニバル艦隊が相手では、現有勢力では心細いだろう。シャイニング基地に逗留している第五艦隊の残留兵力二万隻を君の部隊に併合させることにした。使ってやってくれ」
「第五艦隊をですか」
「そうだ。これをもって第五艦隊は正式に解体されることになった。敗残の兵となり意気消沈している彼らも、英雄と湛えられる君の配下に入れば心機一転の好機となりうる。また、それを成さしめるのが、君に課せられた課題というわけだ。私がハンニバル撃退を引き受けたのも、旧第五艦隊の将兵達の命運を君に託したかったのだ」
第五艦隊の司令官としてそのままアレックスが引き継がないかという疑問が残るだろうが、正規の艦隊を指揮するのは准将という厳守規定があり、大佐である限りそれは許されないことであった。独立遊撃艦隊という正規ではない艦隊だからこそ可能であったのだ。
「私にできるとお思いですか」
「できなければ、君もそれまでの武人でしかないといういうことだ。いくら英雄と湛えられていようともな」
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第十三章 ハンニバル艦隊 Ⅱ
2021.02.24
第十三章 ハンニバル艦隊
Ⅱ
この時点においてアレックスが手中に収めた勢力範囲はカラカス基地だけに止まらなかった。
カラカス基地を防衛するに止まらず、周辺地域への逆侵攻を開始して、手当たり次第にその勢力下に収めていったのである。
アイスパーン機動要塞と駐留部隊の搾取二千隻。
スウィートウォン補給基地と駐留部隊搾取千五百隻。
タットル通信基地と駐留部隊七百隻。
ミルバート補給基地と駐留部隊三千隻。
そして第二次・第三次カラカス基地攻略艦隊撃破による五千隻の搾取。
アレックスは基地に駐留するということはしなかった。常にその居場所を悟られないように、基地を転々として動き回り、ある基地を攻略に向かった艦隊があれば、いつの間にかその背後に現れて、これを壊滅させていったのである。
基地も艦隊も、電撃石火の急襲を受けて、反撃するまもなく壊滅させられていった。基地を奪われるのにならず、貴重な艦艇を搾取されて、みすみすランドール艦隊を増強され、その増強した部隊によってさらに快進撃を続けるという悪循環であった。
すでにタルシエン要塞は、周辺基地をことごとくアレックスの手中に落とされて、丸裸状態といっても過言ではないほどになっていた。火中の栗を拾うがごとく、アレックスに手を出せば出すほど、大火傷を負う状態である。
もはやアレックスのいる宙域への進軍を具申するものは誰もいなかった。
侵攻作戦は、クリーグ基地方面へと転進することになった。
しかし問題があった。何せクリーグ宙域は、補給できるような星々がほとんどなく、長期戦となれば補給に事欠くことになる。当然として多くの補給部隊を引き連れての侵攻となるが、そのルートの確保に多大な護衛艦隊を割かなければならなり、戦力不足を引き起こすことは否めなかった。
戦略的には無意味といえた。
かと言って、シャイニング基地はあまりにも防衛力が強大すぎる。
地表を埋め尽くす無数のミサイルサイトとレーザーパルス砲が宇宙を睨み、地下数十キロに設置された核融合炉からのエネルギー供給を受けた星全体を覆うエネルギーシールド。これを攻略するには最低でも五個艦隊は必要だとされている防御力を誇っている。
誰が考えても、最善の侵攻ルートはカラカス基地からしかない。
という結論しか出ないのであるが……。
「誰か、奴を打ちのめすという自信のある者はいないのか?」
声を枯らして要塞司令官がうなり声を上げた。
しかし、誰も手を挙げなかった。
テルモピューレ会戦でのアレックスの作戦は奇想天外にして絶妙。
火中の栗を拾おうという者はいない。
ただでさえこの要塞司令官は冷酷非情ながらも無能である。
作戦が成功すれば全部自分の手柄、失敗すれば詰め腹を切らせる。
それが分かっているからこそ、自分から進んで名乗り出るものはいない。
その時であった。
スティール・メイスンがすっと前に出たのである。
一同が注目する。
「おお! メイスンか。何か名案でもあるのか?」
表情を明るくして前のめりになるようにして尋ねる司令官。
「一つだけあります」
「そ、そうか。言ってくれ」
メイスンは、声の調子を落としながら、自分の作戦を公表した。
「やはり、奴をカラカス基地方面から引き離すしかないでしょう。ただでさえ、軌道衛星砲によって堅固に守られていますから」
「そんなことが出来るのか」
「策はあります」
「策とは?」
「精鋭を選りすぐった一個艦隊を要塞より出撃させて、クリーグとシャイニングの中間点を通過して、敵地の後背に回り込みます。カラカス基地側は、ランドールによって制宙権を完全に掌握されているので、こちらからは不可能でしょう」
「後背に回り込むだと? だが、補給をどうする」
「補給などいりません」
「補給がいらないだと? 馬鹿なことをぬかすな。補給なしでどうやって戦うというのだ。敵の只中にいくのだぞ」
参謀の一人が反問した。
しかしスティールは静かに答える。
「簡単ですよ。現地で調達すればいいんですから」
「現地調達?」
「そうです。一個艦隊程度なら十分食いぶちを賄うことができるでしょう。同盟内深く潜り込み、星々を攻略し纂奪を繰り返しながら各地を転戦していきます。最前線を防衛する第二軍団は精鋭揃いですが、後方を支援するその他の軍団はまともに戦ったこともない連中ばかりです。数は揃えていても戦力には程遠いですから、これを撃滅するのもたやすいというものです」
「それだったらいっそのこと、そのまま首都星トランターへ向かったらどうだ」
「それは無理でしょう。絶対防衛圏には、百八十万隻からなる艦艇が集結しています。烏合の衆とはいえ多勢に無勢というものでしょう」
「その百八十万隻が動いたらどうなる」
「それはありません」
「どうしてだ」
「絶対防衛艦隊の司令官は、チャールズ・ニールセン中将。全艦隊に対する派遣命令の全権を事実上握っている人物です。意にそぐわない武将や自分の地位を脅かす武将を、最前線の渦中に送り込み平気で見殺しにする男。自分の守備範囲に敵が侵入してこない限り、自分の手駒を動かすことはしません。情報によればニールセンが、僅かな手勢でカラカスを攻略し、孤軍奮闘して防衛任務をまっとうしてきたランドールを、煙たがり敵視していることもわかっています。当然として、彼を差し向けてくるだろうと推測します。侵入者を撃退してくれればそれでよし、あわよくば全滅してくれれば願ったりでやっかい者払いができるというもの。早い話が、カラカス基地方面が、がら空きになるということです。その間に別働隊でこれを奪回するのです」
「なるほど……」
そんな声がそこここから聞こえてきた。
「ランドールのことばかりに気をとられているから策に窮することになるんです。その上にいる上官、しかもランドールを煙たがっているニールセンに働きかけて、ランドールをカラカス基地から引き離すように仕向ければ、何の苦労もなく基地を奪還することができるのです」
「そのために一個艦隊を、補給なしで敵国の只中に送り込むのだな」
「その通りです」
「しかし、その艦隊が生きて無事に凱旋できる保障はどこにもないぞ。敵艦隊に包囲されて全滅する可能性の方が高い。誰があえてそんな火中に飛び込む勇気のある者がいる」
「わたしが行きましょう。こういう時は言い出した者と相場が決まっていますからね」
自信満面の口調で言い放つスティールだった。
その表情を見つめていた司令官だったが、
「いいだろう。スティール・メイスンの作戦を採用することにする」
「ありがとうございます」
その時、将兵達を掻き分け、
「わたしに行かせてください」
と、司令官の前に歩み出たものがいた。
かつてカラカス基地を奪われた当直の基地司令官のスピルランス少将であった。基地陥落で捕虜となり、捕虜交換で舞い戻ってきたばかりだった。
「スピルランスか」
「ぜひ、お願いします」
「いいだろう。君にまかせよう。参謀としてメイスンを連れていきたまえ」
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