銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 デュプロス星系会戦 Ⅱ
2021.05.31

第二章 デュプロス星系会戦




 重力アシストに突入して十二分、巨大惑星の背後から赤く輝く小さな星が現れた。
 カリスの衛星ミストである。
 デュプロス星系において人類生存可能な星にして、カリスとカナン双方の中に存在する唯一の衛星である。
 二つの巨大惑星は周囲の星間物質を飲み込んで、三つ目の惑星どころか衛星さえも存在しえないはずだった。
 ミストは、恒星系が完成したその後に、どこからか迷い込んできた小惑星を取り込んで衛星としたと推測されている。
 実際に、巨大惑星の重力の及ばない最外縁には、いわゆるカイバーベルトと呼ばれる小惑星群がある。そこから軌道を外れた小惑星が第二惑星カナンに引かれはじめた。
 そのままでは、カナンに衝突するはずだったが、たまたま内合を終えたばかりの第一惑星カリスによって軌道を変えられて、その衛星軌道に入った。
 それがミストが衛星として成り立った要因ではないかとされている。

 ミストはカリスの強大な重力によって、潮汐ロックを受けて常に同じ表面を向けている。一公転一自転というわけである。
 その地表はカリスの重力の影響を受けて至る所で火山が噴出して地表を赤く染め上げている。地熱を利用した豊富な発電量によって人類の生活を潤していた。

「せっかくここまで来たのに。立ち寄りもせずに素通りとはね」
「仕方ありませんよ。それより、ほら。お出迎えです」
 ミストから発進したと思われる艦隊が目前に迫っていた。
「ミスト及びデュプロス星系を警護する警備艦隊です」
「警備艦隊より入電です」
「スクリーンに流して」

 スクリーンの人物が警告する。
「我々は、デュプロス星系方面ミスト艦隊である。貴艦らは、我々の聖域を侵害している。所属と指揮官の名前を述べよ」
 相手は旧共和国同盟の正規の軍隊ではないとはいえ、節度ある軍規にのっとった警備艦隊である。
 いきなり戦闘を仕掛けてくるようなことはしない。
 まずは自分が名乗り、そして相手に問いただす。
 それに対して襟を正してスザンナが静かに答える。
「こちらはアル・サフリエニ方面軍所属、アレックス・ランドール提督率いるサラマンダー艦隊です。」
「サ、サラマンダー艦隊!」
 さすがにその名前を聞かされては、驚愕の表情を隠せないようだった。
 スザンナが共和国同盟解放戦線としてではなく、旧共和国同盟軍の称号を名乗ったのは、敵対する意思のないことを伝えたいからだった。
「我々は、デュプロスに危害を加えるつもりはありません。ただ、通過を認めてもらいたいだけです」

「これまでにも貴艦らと同じように、周辺国家の艦隊が銀河帝国へ亡命するためにここを通過しようとしたが、ことごとく追い返したのだ。一度でも通過を許したことが伝われば、同様のことが立て続けに発生するだろうからだ」
「でしょうね……」
 スザンナが納得したように頷く。
 バーナード星系連邦に組みして総督軍に編入されるか、共和国同盟解放戦線に加担するか、そのどちらにも賛同し得ない国家や軍隊にとって第三の選択肢が、銀河帝国への亡命であった。
 しかし帝国へ亡命するには、最寄の星系であるこのデュプロスからもかなりの道のりを要するために、補給のために立ち寄る必要があった。


「貴艦らがサラマンダー艦隊という証拠を見せてくれ。ランドール提督を出してくれないか」
 彼らが確認のためにランドール提督を出してくれと言うのは無理からぬことだろう。
 ニュースにたびたび登場する共和国同盟の英雄であるアレックスを知らない人間はいないだろうが、旗艦艦隊司令のスザンナやパトリシアを含めたその他の参謀達はほとんど知られていなかった。
「提督はただ今会議に出席しておりまして、すぐには……。お待ちいただけますか」
 まさか昼寝をしているらしいとは言えなかった。
「いいでしょう、三時間……。三時間待ちましょう。それを過ぎたら攻撃を開始します」
 サラマンダー艦隊相手に勝てる見込みなどないはずだった。
 さりとてこのまま通過を許すわけにもいかない。
 万が一、戦闘を避けるために迂回してくれるかもしれない。
 そういう思考が働いたのかもしれない。
「そ、それは……」
 と、スザンナが言いかけたときだった。
 通信に割り込みが入ってアレックスが答えていた。
「了解した。私がアレックス・ランドールです。これより貴艦に挨拶に向かうので乗艦を許可されたい」
 サラマンダー艦橋にいる一同が耳を疑った。
「提督の艀のドルフィン号のパイロットから出港許可願いが出ています」
 オペレーターが報告すると同時にアレックスよりスザンナに連絡が届く。
「スザンナ。わたしが相手の艦に赴いて直接交渉をする。艀を出してくれ」
「まさか提督お一人で、ミスト艦隊に出向かわれるおつもりですか?」
「相手の所領内に侵入しているのだ。こちらから赴くのが礼儀というものだろう」
「判りました。一緒にSPを同行させます」
「それなら大丈夫だ。ここにコレットを連れてきている」
「コレット・サブリナ大尉ですか? しかし彼女は特務捜査官ではないですか……」
「射撃の腕前ならサラマンダーでは誰にも負けないぴか一だぞ」
「判りました。艀を出します」
 出港管制オペレーターに合図を送るスザンナ。
「ドルフィン号へ、出港を許可する。三番ゲートより出港せよ」
 一連のアレックスの行動について、驚きの感ある一同だった。
 普段は昼寝するといって艦橋を離れたり、艦隊運用をスザンナに任せて自室に籠ったりと、一見傍若無人とも思える行動をとるアレックス。
 しかし、ここぞというときには霊能力者のように、先取りする行動を見せる。
「ミスト艦隊へ、ランドール提督自ら艀に乗って、そちらへ伺うとのことです」
「分かった。ゲートを開けてお待ちする」

 発着ゲート。
 係留されている格納庫から三番ゲートに移動を開始するドルフィン号。
 その機体には小柄ながらもサラマンダーの図柄が施されていて、一目でランドール専用機であることが判るようになっている。
 やがて発進ゲートがゆっくりと開いていく。
『ドルフィン号、発進OKです。どうぞ』
『了解。ドルフィン号、発進します』
 エンジンを吹かせて静かに宇宙空間に出るドルフィン号。
 戦闘機ではないので、武装はないし高速も出せない、あくまでも艦と艦の間を移動するための手段としての機体である。
 静かにミスト艦隊の旗艦に近づいていく。
 やがてミスト艦隊の着艦口が開いて誘導ビーコンが発射された。
『誘導ビーコンに乗ってください。こちらで誘導します』
『了解。誘導ビーコンを捕らえました。誘導をお願いします』
 双方とも旧共和国同盟のシステムを持っているので、着艦には何のトラブルを起こすこともなく、着艦ゲートへと進入に成功した。

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2021.05.31 10:57 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 デュプロス星系会戦 Ⅰ
2021.05.31

第二章 デュプロス星系会戦




 デュプロス星系内を航行するサラマンダー艦隊。
 宇宙空間に第一惑星「カリス」が浮かんでいる。
 太陽系木星に比して、実に二十倍もの質量を持っている惑星で、第二惑星の「カナン」と共に巨大惑星として威容を放っていた。
 すぐ近くを航行しているように見えるが、実際の距離は14光秒、地球と月の平均距離の12倍で太陽の3直径分ほど離れている。カリスがあまりにも巨大なので近くを航行しているように見えるのである。
「惑星カリスの近地点を通過するのは、およそ十八時間後です」
 航海長のミルダが確認報告する。

 ここサラマンダーの艦橋には、艦隊司令のスザンナと参謀のパトリシア、航海長のミルダ、そして客員参謀を許されたジェシカがいた。
 アレックスは、艦隊の転進における作戦の練り直しのために、自室にこもっていた。
 が、例のごとくに昼寝をしているのかも知れない。
 とは艦橋にいる者たちの推測であった。

「ねえ、パトリシア。先ほどのこと教えてくれないかしら」
 ジェシカが囁くように質問を促した。
 会議においての、三つ目の惑星が存在できない理由について気になっていたのである。
「いいですよ」
 今は会議中でもなければ戦闘中でもないので、解説する時間はあった。
「ラグランジュ点というものがあるのはご存知ですよね」
「知っているわ。惑星と衛星の間にあって、重力作用が安定して場所で、かつては宇宙コロニーなどが建設されていたわ。今はジャンプゲートが設置されている」
「その通りです。基本的に惑星が安定していられる要因として、三者の間に重力的な三角関係が存在することです」
「三角関係?」

 三角形の定義として、同一直線上にない 3 点と、それらを結ぶ 3 つの線分からなる多角形。その 3 点を三角形の頂点、3 つの線分を三角形の辺という。三つの線分が与えられたとき、必ず一定の三角形となることが証明されている。
 それでは四角形の場合はどうであろう。四つの任意の線分で安定した四角形の図形が描けるかと言えば否である。
 四つの線分だけでは、図形は定まらない。角度とかいった別の要素が与えられないと図形は確定しない。四角形どころか、辺が交差するような歪な図形にもなる。
 参考図形
 同じことが恒星系でも言えるのである。
 その頂点を恒星と惑星に、辺の長さをそれぞれの重力値として考えると、恒星1惑星2であれば、この三角形となって重力的に安定した軌道を回ることができる。これは、建築学においても地震や暴風雨に耐えられるように、平行な柱の間に三角形となる筋交いを入れるのは常識である。
 四つの線分、恒星1惑星3或いはそれ以上の場合は、一定した図形が描けない、それはすなわち惑星間は不安定な状態にあるということができる。その場合におけるシュミレーション実験では、最初のうちは三つの惑星は一定の軌道を回っているが、時間経過と共に真ん中にある二番惑星に変異が生じ、外側にある惑星の重力によって軌道がかき乱され、やがて突然に恒星系の軌道から外れていずこかへと消え去ったしまうことが報告されてる。
 蛇足として付け加えるならば、惑星が大きければ大きいほど、周囲の星間物質をその強大な重力でかき集めてしまって、他の惑星ができるほどの十分な素材がなくなってしまうことにも起因する。
 太陽系の場合であれば、木星と土星がかなりの質量を持っていて二大惑星として考えられ、安定した軌道を確保しているが、重力はそれほどでもなく他の惑星の形成を阻害するほどには至らなかった。

「なるほどね。昔ならった図形で考えるとよく判るわ」
「このデュプロス星系は、二大超巨大惑星が恒星系を成している特殊な事例です」
「人類の発祥地である太陽系がここと同じでなかったことを感謝しなくちゃね」
「同感です」
 二人とも同じように頷いていた。
 宇宙。
 物質には質量があり、物質同士は互いに引き合うのはなぜか?
 どこにでもあるような物質が、絶対零度に近い状態に置かれたとき、突如として特異な性質を持つに至る現象。
 無限とも言える広大な空間と時間の狭間にあっては、よちよち歩きをはじめたばかりの人類にとっては計り知れない未知の世界が広がっている。


「惑星カリスによる重力加速は順調に推移しています」
 質量のあるものが存在すれば、互いの重力に引かれて接近することは、万有引力の法則で周知の通りである。
 その際における重力加速を利用して、艦隊は速度を増しつつあった。
「まもなく、重力アシスト{grabity assist}に入る。これより艦隊リモコンコードを発信する、全艦これを受信し、旗艦サラマンダーに同調せよ」
 指揮官席からスザンナが指令を出している。
 重力アシストによるコース変更と重力加速は、スハルト星系遭遇会戦でスザンナが提唱し遂行した作戦である。当の本人が指揮をとっているのだから 間違いは起こさないだろうという将兵達の評判であった。
 すでにデュプロスに進入していた艦隊にとっては、エンジンを吹かして軌道変更するよりも、巨大惑星の重力を利用した重力アシストを行った方が、移動距離は長くはなるがほとんど燃料を使用することなくコース変更と加速ができる。
「カリスの平均軌道速度は36.37km/sです。重力アシスト加速の期待値は、相対質量比は無視できますのでおよそ90%程度と推定され、最大32.741km/sの加速度が得られます」
 スザンナの副官のキャロライン・シュナイダー少尉が報告する。
 彼女は、スザンナが旗艦艦隊司令となると同時に副官としての辞令を受けていた。
 名だたる高速戦艦サラマンダーを擁する旗艦艦隊司令の副官に選ばれたことで、親類縁者からも一族の誇りとして期待され、本人も大いに張り切っていた。
「ちなみに過去に地球から打ち上げられた【ボイジャー2号】では、平均軌道速度13.0697km/sの木星に対して11km/sの重力加速を得られました」
「ありがとう」
「今回は、スハルトの時と違って燃え盛る恒星じゃないし、巨大惑星のカリスによる一回の重力ターンで済むから楽ですね」
「でも重力が桁違いだから、少しでもコースを間違えればコースに乗り切れなくなるわ」
「そうですけどね……」
「全艦、艦隊リモコンモードに入りました。重力アシスト遂行の準備完了です。全艦、異常なし。航行に支障ありません。いつでも行けます」
 ミルダの報告を受けて、全艦体勢での重力アシストに突入する。
「カリスとの相対距離は?」
「3.2光秒です」
「重力アシストを決行しましょう」
 言いながらちらと後方を確認するスザンナ。
 アレックスは姿を見せていない。
 スザンナを信用して、重力アシストを任せきりにするようだ。
「コース設定を再確認せよ」
 相手は超巨大惑星である。
 桁外れの重力によって、ちょっと進路がずれただけも大きく進路から外れてしまう。
 念のための再確認をするのは当然であろう。、
「コース設定を再確認します」


 スザンナが着々と重力アシストの手順を遂行している間、後方の参謀席で退屈そうにしているジェシカだった。
「うーん……、何と言ったらいいのかしら……」
 言葉が出掛かっているのだが、うまく表現できないという表情。
「どうしたのですか?」
 パトリシアが怪訝そうにたずねる。
「あなた、何とも思わないの?」
「何がですか?」
「作戦参謀が主任務とはいえ、あなたも艦隊指揮を許された戦術士官でしょうが」
「そうですけど……」
「大佐で上官であるあなたが、少佐で下位のスザンナに指揮を任せていることよ。作戦遂行中における艦隊指揮は、より上位の者が指揮を執るのが普通じゃなくて?」
「スザンナは旗艦艦隊司令官ですよ。例え階級が下位でも、職能級が上位の者が指揮を執る。それがこの艦隊の慣例です」
「それなのよね……。普通は大佐を当てる旗艦艦隊司令に、いくら適材適所だからといって、少佐に新任したばかりのスザンナを当てるなんて、常軌を逸脱しているとしか言えないわね」
「そこがまた提督の人となりじゃないですか。常に将来を見越して行動しているお方ですからね。士官学校の模擬戦闘の時からずっと……」
「ああ、敵司令官を官報公表前のはるか以前から、予想的中させてその性格からすべてを調べ上げて、模擬戦闘に勝利したというあれね。タルシエン要塞攻略の秘策もこの頃から練り上げていたというじゃない」
「そういうことです……」
 常識的には納得できなくても、将来を見越した計算の上に判断されたのであろうアレックスの決定には、誰にも口を挟むべきだとは考えない。

 後方で、そんな会話が行われている間も、スザンナの操艦は続いている。
「コース設定に変更ありません」
「よろしい。これより重力アシストに突入する。全艦、重力アシスト態勢に入れ! 秒読み開始」
「重力アシスト、突入四十五秒前。進路オールグリーン、航行に支障なし」
 最終カウントダウンがはじまった。
「三十秒前……5,4,3,2,1」
「全艦、重力アシスト開始!」
 号令と同時に一斉に加速をはじめる艦隊。
 これまでは、カリスの衛星のミストの孫衛星軌道に入るためのコースを取っていたから、カリスの重力圏から離脱するには加速が足りなかった」
「重力アシストへの投入成功。カリス重力圏離脱コースに乗りました」
「よろしい。現在のコースを維持せよ」
「了解!」
 カリス重力圏離脱コースに乗り切ったということで、オペレーター達の表情から緊迫感が消えていた。
「まずは一安心というところかしら」
 ジェシカが呟くように言った。
 その言葉には、次なる課題に対する思いが含まれていた。
「そうですね。あの星が、わたし達の通過を素直に認めるかです」
「ええ……」

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2021.05.31 07:49 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第一章 中立地帯へ Ⅲ
2021.05.30

第一章 中立地帯へ




 と、その時、通信士からの報告が入った。
『トランターのウィング大佐より、極秘暗号通信が入電しています』
「こっちへデータを回してくれ」
『データをそちらへ回します』
 端末が受信状態となり、自動的に暗号解析が行われて、パスワード入力画面が表示された。
「レイチェルからの極秘暗号通信とはね。よほどの緊急通信なのかしら」
 画面をのぞき込むジェシカに、スザンナが答える。
「当然じゃないでしょうか。レイチェルさんのいる場所は、敵のただ中ですよ。総督軍の監視網をかいくぐって通信を送るのは、へたをすれば基地の場所を悟られる結果となり、多大な危険を伴います」
「なかなか連絡が取れないレイチェルさんからの通信だというのに、双方向通信ができないのは寂しいですね。それにフランソワのことに気になっているんですが……」
 さも残念そうな表情のパトリシアだった。
「仕方がないわよ。フランソワもちゃんとやっているって! それよりとにかく、早く暗号を解いてよ、アレックス」
 端末を叩いてパスワードを入力するアレックス。
 キー入力操作を眺めていればパスワードを知ることができるのだが、ここにいるのは士官学校時代からの腹心中の腹心達ばかりである。気にする必要はなかった。
『パスワードヲ確認シマシタ! 認証バッチヲドウゾ』
 アレックスは胸に刺してある戦術士官徽章を外して認証装置の上に置いた。
 徽章は階級を示すと同時に、組み込まれたICチップが個人を識別して認証装置を作動させることができる。
 艦内の移動において自動ドアが開くのは、徽章から識別コードが発信されているからである。

『アレックス・ランドール少将ト確認。映像回線ヲ開キマス』
 ディスプレイにレイチェル・ウィング大佐の姿が映し出された。
 一方通行の秘匿通信なので、相手からの送信を受け取るだけしかできない。
『簡潔明瞭に報告します。バーナード星系連邦の先遣隊が銀河帝国への進軍を開始しました。その一方においてほぼ同時刻に、銀河帝国のジュリエッタ第三皇女が配下の艦隊を引き連れて、辺境周辺地域の警備状況の視察に赴くという情報があります。おそらく先遣隊は皇女艦隊を襲撃拉致しようともくろんでいるものと推測されます。ために、速やかなる対処が必要かと思われます。先遣隊の進撃ルートは不明、司令官にすべて一任されているもよう。第三皇女艦隊の進行ルートのデータを送信します。それでは、幸運を祈ります』
 暗号通信が途切れた。
「うーん……、これは問題だな」
 と唸って、しばし考慮中となるアレックスだった。
 それはまた、言葉には出さないが『君達ならどうするかね』と質問する意思表示でもあった。
 私も考えるが、君達も考えたまえ。
 と、言っているのである。
 もちろんそれに気づかない者はいない。
 一同の討論がはじまる。
 一番手はパトリシアだった。
「第三皇女が拉致されたら、これから提督がされようとしている銀河帝国との協定交渉が暗礁に乗り上げてしまいます」
「逆に連邦側の言いなりになる可能性がでるわね」
 ジェシカが言葉尻を次いで発言する。
 その後は順次発言を続ける。
「奴らに先をこされないようにして、帝国皇女を保護されたらいかがでしょうか」
「それは不可能ですよ。そうするためには中立地帯を越えることになります。戦艦が中立地帯を通行するのは、国際協定違反になります」
「そういうことね。だからこそ、デュプロス星系に滞在して、接触の機会を伺おうとしていたのよ……」
「何を悠長なことをおっしゃるのですか。先遣隊は、すでに行動を起こしているのですよ」
「これは切実なる国家間の外交問題です。外交に不慣れな軍人が立ち入るようなものではないのです。まかり間違えば戦争に発展することもありえるのですから」
 堂堂巡りであった。
 皇女を救いたいが外交問題で中立地帯への進入がかなわない。
 かといってこのまま手をこまねいていては連邦の思うつぼになってしまう。
 後は、アレックスの決断次第であった。
「提督はどうお考えですか?」
 一同が司令官の判断をあおいだ。
「そうだな……。やはり、放っておくことはできないだろう。デュプロス星系への進攻作戦は一時延期し、中立地帯へ転進する」
「今から向かっても間に合わないのでは?」
「かも知れないが、敵艦隊の狙いが第三皇女の拉致にあるとしたら、皇女艦隊が視察範囲の最も外縁に到達するのを待たねばならない。それ以前に侵攻すれば察知されて引き返されて拉致に失敗することになる。いかに高速艦艇を揃えていて追撃にかかったとしても、帝国軍は全力を挙げ身を犠牲にしても、皇女を後方へ脱出させるだろう」
「なるほどね。さすがは私たちの指揮官だわ。相手もすぐには中立地帯へ踏み込めないなら、こちらにも追いつく時間が稼げるというわけですね」
 ジェシカが感心して賛同する。
「おだてるんじゃない。ミルダ! レイチェルが暗号文を送信した時間を出発時間とし、敵先遣艦隊が連邦の最寄の基地を出発して銀河帝国へ向かったと想定して、その進撃予想ルートと、我が艦隊が転進してこれを追撃するとした場合の最短ルート及び遭遇地点と時間を計算して出してくれ」
「了解しました!」
 端末を操作して航路設定を計算するミルダ。
 航路に関することなら、艦隊随一の航海長。
 計算はすぐに終了した。
「航路でました」
「よし! そのデータをリンダに送ってくれ。予定を変更する。スザンナ、艦隊を転進させる」
「了解しました」

 新たなる動きが発生した。

 銀河帝国へ先遣隊を向かわせた連邦軍と、おそらく何も知らないであろう銀河帝国第三皇女の一行。
 皇女を拉致されないためにもと、急遽予定を変更して中立地帯へと転進したアレックス達解放軍。
 果たして、いずれかに運命の女神は微笑みかけるのだろうか?

第一章 了

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2021.05.30 08:10 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第十二章 海賊討伐 Ⅵ
2021.05.29

第十二章 海賊討伐




 エルバート侯爵の屋敷に、再びマンソン・カーター男爵が訪れていた。
「先日の件、考慮して頂けましたかな?」
 来訪早々に話題を振る男爵。
「何のことかな?」
「我々の派閥に入ることですよ」
「断る!」
 きっぱりと言い切る男爵だった。
「断ってよろしいのですかね。身内に不幸が訪れても知りませんよ」
「身内?」
「例えば、お嬢さんがどうにかなるとか……誘拐されるとか、あるかも知れませんよ」
 意味深な発言をする男爵だったが、
「誘拐?」
 男爵のその一言で、候女誘拐の首班であることを証明できたと思う侯爵。
 そこへ入室してくるセシル候女。
「お父様、お客様ですか?」
 候女の入室に、驚きを隠せない男爵だった。
「それより、おまえの体調はどうだ? まだ寝ていた方がいいんじゃないのか」
「わたしは大丈夫です。すっかり良くなりました」
「そうか。あんまり無理するんじゃないよ」
「はい。わかりました」
 そういうと候女は退室した。
 その後ろ姿を見送って、男爵の方に向き直る侯爵。
「で、誘拐とか言っていたようだが……」
「い、いや。何でもありません」
 言葉を詰まらせながら、
「も、もう一度お尋ねいたします。我々の派閥を承認してはいけないでしょうか?」
「いや。前々からも言っているように、我が国はあくまで中立を保つ所存であります。公爵さまには、そのようにお伝えください」
 摂政派によって行われた陰謀を知らぬふりして応対する侯爵。
 逸早く摂政派の陰謀を見抜いて、娘の救出に駆けつけてくれたアレクサンダー皇太子には感謝の一言しかない。
 たとえ自分が摂政派に着いたとしても、皇太子にはさほどの影響を与えないだろう。
 ロベスピエール公爵が行ったことは、明白なるクーデターである。
 国民の支持を受けたわけではない。
 精神薄弱で洟垂れ小僧のロベール王子を皇帝に推す者は正直いないだろうし、王子が政治を行えるわけがなく、背後にいるロベスピエール公爵が摂政となるだけである。
 中立である事が一番との結論を出した侯爵だった。
「そうですか……、分かりました。公爵にはそのようにお伝えしておきます」
 ばつが悪そうに、退室する男爵。

 屋敷を出て自分の車に戻った男爵。
「どういうことだ! 娘は誘拐に成功したんじゃないのか?」
 誘拐犯である海賊が討伐されたことは、露ほども知らなかったのであろう。
 海賊からの連絡が途絶えたことも、報告が上がってはこなかったことを気に留めていたら、このような失態は起こさなかったのだ。
 公爵にどんな報告をすれば良いか、頭を悩ますしかなかった。

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2021.05.29 09:22 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第一章 中立地帯へ Ⅱ
2021.05.28

第一章 中立地帯へ




 アレックスは、タルシエン要塞においての篭城戦を想定していた。
 防御においては鉄壁のガードナー少将が篭城戦の布陣を敷いて総督軍との戦いを長期戦に誘導している間に、アレックスは銀河帝国との共同戦線の協定を結び、援軍を得て一気に反抗作戦に打って出る戦略であった。
 ところが周辺国家から相次いで救援要請が出され、タルシエン要塞から艦隊を派遣する必要が生じたのである。
「救援要請への援軍派遣をガードナー提督に意見具申したのはゴードン・オニール准将です。ガードナー提督はその強い要望に根負けして派遣を受諾したらしいです」
「ああ……。ゴードンはじっとしていられない性格だからな。そして後のことを任せたガードナー提督が、それを許可したのだから私が言うべきものでもないのだが……。最大の問題は補給だよ。遠征を行うには十分な補給が必要だ。そのためにシャイニング基地とカラカス基地の封印を解いて補給拠点とし、それぞれに一個艦隊の守備艦隊を配置しなければならなくなった。このことがどういう意味をなすか判るかね?」
「兵力の分散……」
「そうだ。総督軍に各個撃破の機会を与えるだけじゃないか」
「しかし、シャイニングには大型の戦艦を建造できる造船所もあります。フル稼働させて戦力を増強できます」
「おいおい。戦艦を建造するのに何年掛かると思うかね。一隻完成させるまでに、最低三年は掛かるのだぞ。解放軍を支えていくだけの戦力としては期待するだけ無駄だ。多くを持たない弱体な解放軍が勝利するには、短期決戦しかないのだ」
 深い思慮の元に発言するアレックスの意見に反対できるものはいなかった。
「とはいえ……。動き出してしまったものを止めることは、もはや不可能と言わざるを得ない。事ここに至っては不本意ではあるが、解放軍として要請がある限り救助に赴くのは致し方のないことだ。遠き空の下、解放軍の善戦を祈ろうじゃないか」
「はい!」
「さて、会議の続きをはじめようか。リンダからの報告もあったデュプロス星系についてだ」


 航海長のミルダ・サリエル少佐が、リンダの報告を受けての補足説明をはじめた。
「デュプロス星系は、二つの巨大惑星である【カリス】と【カナン】を従えた恒星系で、二惑星の強大な重力によって、三つ目以上の惑星が存在できないものとなっております」
「三つ目が存在できない? それはどうして?」
 ジェシカが尋ねたが、ミルダはアレックスの方を見やりながら、
「とっても難しい理論の説明をしなければいけませんが……」
 と、この場で解説するにはふさわしくないことを暗にほのめかしていた。
「あ、そうね。次の機会ということで、先を続けて……」
 それに気がついて、質問を撤回するジェシカだった。
 解説を続けるミルダ。
「デュプロス星系は、銀河帝国に至る最後の寄港地です。それゆえに最大級の補給基地となり、また銀河帝国の大使館なども誘致されております。本来はサーペント共和国の自治領内にあるのですが、軍事的外交的に重要な拠点惑星として、特別政令都市国家としての自治権が与えられております。
 銀河帝国との協定により共和国同盟軍の駐留が認められていなかったために、現時点においても連邦ないし総督軍の駐留艦隊はいないとの情報ですが、旧共和国同盟時代から引き続き辺境警備に当たっている国境警備艦隊がいます。まあ、実戦経験はまるでないので、いざ戦闘となっても脅威はまったくないのですが……」
 その言葉尻をついて、ジェシカ・フランドルが答える。
「かつての同輩との戦いになるということね」
「はい、できれば、何とか説得して戦闘回避できれば良いのですがね」
「ランドール艦隊のこれまでの実績を考えれば、戦闘を選ぶことがどれほどの愚の骨頂である判るはずですけどね」
「そうあって欲しいですね」
 ため息にも似たつぶやきを漏らすミルダであった。
 ちなみにこのミルダは、あの模擬戦闘にも参加し、ミッドウェイ宙域会戦からずっとアレックスの乗艦の航海長を務めてきた古参メンバーの一人でもある。階級は少佐ではあるが、艦長のリンダ同様に一般士官としてであり、戦術士官ではないので艦隊の指揮権は有していない。戦術士官が必ず受けることになる佐官へのクラス進級に掛かる査問試験を受けずして少佐になっている。共和国同盟のすべての星系マップ、航海ルートを知り尽くしており、作戦を実行し宇宙を航海する艦隊にとっては必要不可欠な人材である。
 艦長のリンダにとっては、こちらの方が上官になるので、何かとやりずらい悩みとなっている。
 アレックスは一同を前にして毅然と言った。
「何はともあれ、銀河帝国と交渉し協力関係を結ぶためには、そのデュプロスに滞在して帝国に対しての使節派遣などの折衝を執り行う必要がある。デュプロスはどうしても確保しなければならない。かつての同輩である辺境警備隊との交戦になることも仕方なしだ」
 その言葉によって、一同の考えは一致をみることとなった。

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2021.05.28 09:15 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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