銀河戦記/鳴動編 第一部 第十七章 リンダの憂鬱 V
2021.03.29

第十七章 リンダの憂鬱




「君達は、この数字を見てどう思うか? 率直な意見を述べてみよ」
 いつになくきびしい表情で質問をするアレックス。
「軒並み完了時間が遅れているのは、今年の士官学校卒業者を加えての不慣れな環境によるのではないでしょうか」
「どうかな、シルフィーネは六秒も早くなっているじゃないか。確かに不慣れな者が多いのは確かだが、指導しだいということではないかな」
「スザンナが着任早々から、メイプルを指導してということですね」
「そうだろうな。とにかく、今回の訓練の成果に関しては、あえてどうこうしようとするつもりはない。ただ旗艦たるサラマンダーが問題だな」
 ため息をつくアレックスにパトリシアが説明を加える。
「やはり航空母艦の指揮と戦艦の指揮には大きな違いがありますから、それが影響していると思われます。原子レーザー砲や各種砲塔などの火力兵器を多数搭載した戦艦と、フライトデッキを装備し艦載機の離着陸を主任務とする航空母艦、艤装がまるで違いますからね」
「まあな、しかし空母の方が戦闘配備には時間が掛かるものだ。それを差し引いても……やはり遅いと言えるんじゃないか?」
「そう言わざるを得ないのは事実ですね」
 再び大きくため息をつくアレックスだった。
 新人というものは、ベテランには気づかない多様な障害が付きまとうものだ。それを理解しないで頭ごなしに叱責することは避けなければならない。本来あるべき向上心をくじき、才能の芽を摘んでしまうこともありうるからである。
「とにかく旗艦がこれでは、他の艦艇に対する示しがつかない。レイチェル、済まないが相談に乗ってやってくれないか。任務遂行に際して障害となってことを取り除いてやってくれ」
 主計科主任であるレイチェルに、メンタルヘルスケアを依頼するのは当然と言えた。
 情報参謀として多忙なはずなのに、主計科主任をも兼務するレイチェル。
 その多才な能力をもって、アレックスの絶大なる信頼を受け、それに十分に応えられるレイチェルだった。
「判りました。最善を尽くします」

 食堂の掲示板に、例の艦艇ごとの戦闘配備完了時間の順位が張り出されている。
 競争心を煽って少しでも時間短縮するのではないかとの参謀の意見を取り入れてのことだった。
 掲示板を見つめながら会話する将兵達。
「我が艦隊の旗艦、しかも連邦を震撼させる名艦たるサラマンダーが、最下位だなんて問題じゃない?」
「そうなんだけど……一人、遅刻してきた人がいたから」
 その場にいたリンダが呟く。
「何よ。あたしのこと言ってるの?」
 フランソワもいた。リンダの呟きが聞こえたのか、息巻いている。
「言ったわよ。先輩方が全員揃った後に、新入りが遅れて到着するなんて、気が入ってない証拠よ」
「気が入ってないですって? あたしのどこが気が入ってないのよ」
「一番遅れてくることが、気が入ってない証拠じゃない。新人なら新人らしく、いの一番に艦橋入りするものよ」

 レイチェルから食堂の一件の報告を受けて考え込むアレックスだった。
「どうも犬猿の仲というのがぴったりな雰囲気になってきています。食堂の件以外にも、いろいろと衝突しているようです」
「旗艦の新艦長と、艦隊参謀長付副官という、誇りと責任感からくるものだろう。どちらもそれ相応のプライドを持っていることが問題だ。片や新人には好き勝手にはさせないという思い、もう片方は戦術士官として戦闘時には優先権を与えられるという制度からくるもの。それぞれの思いが交錯して火花を散らしている」
「プライドというものは、すべからくいざこざをもたらします」
「ああ……。結局のところ、共和国同盟の複雑な階級制度に問題があるんだよな。戦術士官などという職能級がね」
「その通りです。いざこざが起きるのは、当然戦闘態勢時ではありません。一般士官とはいえ、リンダの方が階級は上位ですから、フランソワが楯突くのは筋違いというものです」
「複雑な女性心理というのも働いているのかも知れないしな。パトリシアやジェシカにも協力してもらいたいところだが、あまりにも近すぎるから私情に駆られることもあるかも知れない。ここは中立の立場からレイチェルに依頼するしかない。頼むよ」
「それは構いませんが、いくら中立といっても、明らかにフランソワに分が悪いですからね」
「任せるよ」
 レイチェルもアレックスの依頼を断るわけにはいかなかった。
 何せ迫り来る敵の大艦隊のことで手一杯なはずのアレックスのこと、個別の乗員の痴情の縺れ的な問題に関わっている暇はないのである。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v


ファンタジー・SF小説ランキング


小説・詩ランキング



11
2021.03.29 09:18 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十七章 リンダの憂鬱 Ⅳ
2021.03.28

第十七章 リンダの憂鬱




 フランソワが艦橋にたどり着いたときには、他の乗員達は全員配置につき終わった後だった。
「フランソワ。遅いわよ」
 当然というべきか、遅刻をパトリシアに叱責されてしまう。
「申し訳ありません」
 平謝りするしかないフランソワであった。
 艦橋内を見渡してみると、すでにランドール提督は指揮官席についていた。
「シルフィーネ、戦闘配備完了しました。続いてウィンディーネ、ドリアード、そしてセイレーン。戦闘配備完了しました」
 次々と戦闘配備完了の報告が入ってくる。
 やや遅れて、
「提督。旗艦サラマンダー、総員戦闘配備完了しました」
 リンダが立ち上がって申告する。
「よし! そのまま待機せよ」
「了解。待機します」
 アレックスは後ろを振り向いて、情報参謀として傍に控えているレイチェルに話しかける。
「どうだ、レイチェル。計測の方は?」
「三分二十秒です」
「うーん。遅いな……スザンナは、二分四十五秒で完了させたんだがな」
「条件は、ほぼ同じのはずです」
「そうだな……せめて三分以内でないとな」
「しかし、新人も大勢配属されていますから、単純な比較はできません」
 レイチェルが進言する。
「そうなのだが、今後の訓練の指標にはなる」

「全艦、戦闘配備完了しました!」
「そのまま待機せよ」
 と指令を出して、レイチェルを見つめるアレックス。
「提督。全艦の戦闘配備完了時間のデータが揃いました」
「よし。ご苦労だった」
 と言いつつ正面に向き直って、
「全艦の戦闘配備命令を解除、通常任務に戻せ。全艦放送を用意してくれ」
 通信オペレーターに指示する。

「全艦隊の諸君。いきなり予告なしの訓練に戸惑ったことと思う。しかし敵は予告なしに襲ってくるものなのだ。今回の訓練で慌てふためいた者はいなかったか? 配置につくのに手間取った者はいなかったか? それぞれ思い当たることがあるならば、これを反省して次回にはよりスムーズに動けるようにして貰いたい。何時如何なる時も万全の体制が取れるように、常日頃から十分すぎるほどの訓練を重ねておかなければ、いざという時に慌てふためいて各自の能力を発揮できないこともありうるのだ。今回はこれで訓練を終わるが、今後も予告なしに戦闘訓練を行うので十分訓練を積み重ねておくように。総員ご苦労だった。なお、各部隊指揮官(LCDR)及び準旗艦艦長は、サラマンダー第一作戦司令室に直ちに集合するように。以上だ」


 数時間後、第一作戦司令室に集合した将兵に対し、緊急戦闘訓練に際しての、各艦の戦闘配備完了時間が発表された。
 旗艦・準旗艦だけを拾ってみると、

 艦名      指揮官     今回      平均
 シルフィーネ  ディープス   二分四十九秒↑ 二分五十五秒
 ウィンディーネ ゴードン    二分五十四秒↓ 二分五十二秒
 ドリアード   カインズ    二分五十四秒↓ 二分四十八秒
 セイレーン   ジェシカ    三分二秒  ↓ 三分一秒
 セラフィム   リーナ     三分五秒  ↑ 三分七秒
 サラマンダー  アレックス   三分二十秒 ↓ 二分四十五秒
 ノーム(実験艦)フリード(技師)四分三十秒   データなし

 と並んでいるが、アレックスが望む三分以内を実現しているのは、ロイド中佐以下ゴードンとカインズの三艦だけという結果が出た。ロイドのシルフィーネが一位を取ったのは、副指揮官として乗艦しているスザンナの手並みだろうと思われる。サラマンダーと同型艦のシルフィーネだからこそであり、艦長のメイプル・ロザリンド大尉を懇切丁寧に指導していたのだろう。これだけの短期間でここまでの成果を出したのも、その指導力にあるのだろう。アレックスが見抜いたとおり、ただの艦長で終わるような、並みの士官ではないことを証明していた。
 なお、ノームはカール・マルセド大尉が乗艦して準旗艦となっていたが、現在は技師のフリードが乗艦して、日夜さらなる改良のためにエンジン及び制御システムをいじくっているので、現在では準旗艦を外されて実験艦扱いとなっている。またセイレーンとセラフィムは、艦載機群を直接指揮するジェシカと、空母艦隊を指揮するリーナとそれぞれ分業しているので、両艦とも準旗艦扱いとなっている。また両艦のような空母の場合は、艦載機にパイロットが乗り込んで、全機発進準備完了となるまでが計測されるので、艦艇の種類別では時間が余計にかかる。
 サラマンダーが残念な結果に終わったのは、艦長が新任であったこともあるが、それ以上に旧第十七艦隊を併合したせいでオペレーターが数多く異動されて刷新していたせいもある。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v


ファンタジー・SF小説ランキング


小説・詩ランキング



11
2021.03.28 13:22 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十七章 リンダの憂鬱 Ⅲ
2021.03.26

第十七章 リンダの憂鬱




 食事休憩中のパトリシアとフランソワ。
「お姉さま、お願いがあります」
「なに」
「お姉さまと同室になるようにしていただけませんか」
「あなたと同室?」
「はい」
 婚約者としてのパトリシアは、アレックスと同室の夫婦居住区に移ることもできたが、あえて一般士官用の部屋にそれぞれ入っていた。同室となれば欲情を制御できるわけがなく、妊娠に至ることは明白であった。少しでもアレックスのそばにいたいパトリシアとしても、まだ妊娠だけは避けたいと考えていたからである。
「あのね、ここは士官学校とは違うのよ。戦場なんだから」
「わかっておりますわ。あたしといっしょじゃ、おいやですか……」
 フランソワは泣きそうな顔をしている。
「わかったわよ、好きになさい」
「やったあ!」
「でも、部屋を仕切っているのは、主計科主任のレイチェルさんだから、あなたの方から依願しなさいね」
「はーい」

 というわけで、早速その日にうちに、レイチェルにパトリシアとの相部屋の申請書を提出して、乗り込んでくるフランソワであった。
 鏡台の前で髪をとかしているパトリシア。勤務開けで就寝前のネグリジェ姿である。
 一方待機状態にあるフランソワは、軍服姿のままベッドの上で寝そべって本を読んでいる。
「ところでお姉さま達、まだ結婚しないのですか?」
「どうして、そんなこと聞くの?」
 パトリシアは髪をとかす手を止めて反問した。
「ランドール先輩も将軍になったことだし、ここいらが好機じゃないかと思って。将軍が退役した場合の軍人恩給だって、夫婦二人が楽に食べていけるほど支給されるって噂だし、配偶者手当金も任官中の結婚期間によって加金されるのでしょう? 愛しあっているなら結婚したほうが、後々もお得じゃないですか」
「思い違いしてるわよ、フランソワ。婚約しているもの同士が婚姻した場合には、その婚約期間も自動的に婚姻期間に含まれることになっているのよ」
「え? そうだったんですか」
「同居して生活を共にしている婚約者も婚姻関係にあるとみなされて、ちゃんと年金だってでるんだから」
「知らなかった……」
「軍規では、夫婦は同室にされることになってるのよ。結婚していなければ他人の目があるし抑制も効くけど、結婚したらどうしても子供が欲しくなっちゃうじゃない。そのためには地上に降りて、別れて暮らさなければならないし。宇宙では子供は育てられないのよ」
「受精から子宮への着床、細胞分裂・脊椎形成には重力が必要だからでしょ。重力場のある艦橋勤務なら、何とか受胎は可能かも知れないけど、艦隊勤務のストレスで妊娠を維持することが非常に難しい、ほとんど不可能ということは聞くけど……」
「そういうこと」
「でも夫婦で一緒の職場勤務だったら、死ぬ時はいつでも一緒に死ねますね」
「だめよ、そんなこと言っちゃ。うちの艦隊のタブーなんだから」
「タブー?」
「戦いとは死ぬことに見つけたりなんて風潮は、うちの艦隊には間違ってもありえないことなの。提督のお考えは、生きるための戦いをしろですよ」

 アスレチックジムの更衣室で着替えている女性士官達。日課のトレーニングを終えたばかりである。その中にフランソワも混じっている。
「ねえ、フランソワ」
「なあに」
「あなた、士官学校でもパトリシア先輩と同室だったんでしょ」
「そうよ」
「だったら先輩達がどのくらいまでの関係か知っているんでしょ」
「え? そ、それは……」
「ねえねえ、教えてよ」
「だめよ。そんなことあたしがしゃべったなんて、お姉さまに知られたら絶好されちゃうもん」
「あ、その言い方。やっぱり知っているのね」
「し、知らないわよ」
「うそ、おっしゃい」
「いいかげんに白状なさい」
「だ、だめえ」
 同僚達から詰め寄られてしどろもどろになっているフランソワ。

 その時、突然警報が鳴り響いた。
 一斉に艦内放送に耳を傾ける一同。
『敵艦隊発見! 総員、戦闘配備に付け!』
 新艦長のリンダ・スカイラーク大尉の声だった。
『繰り返す。総員、戦闘配備に付け!』
「いきなり戦闘?」
 あわてて軍服を着込む隊員達。
「先に行くわよ」
 すでに軍服姿の者は、廊下へ飛び出していった。
「ま、待ってよ!」
 あたふたと軍服を着込んでいくフランソワ。
 そして着替え終えて廊下に出ると、急いでそれぞれの持ち場に向かっている隊員たちがいる。
 つい先ほどまでアスレチックジムでの汗をシャワーで流したばかりだというのに、すでに汗びっしょりになっていた。戦闘という緊張感が、心臓の鼓動を高め、汗腺からの汗の分泌を増やしていたのだ。
 ただ一人、遅れて自分の持ち場である艦橋へと急ぐフランソワ。
「もう、みんな冷たいんだから」

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v


ファンタジー・SF小説ランキング


小説・詩ランキング



11
2021.03.26 07:38 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十七章 リンダの憂鬱 Ⅱ
2021.03.25

第十七章 リンダの憂鬱




 バーナード星系連邦が大攻勢を仕掛けてくるという情報を得て、まずは側近の参謀達を招集して作戦会議の事前会議をはじめたアレックスだった。全参謀及び各部署の長が参加する作戦本部大会議となると百人近い人間が集まることとなり、意思疎通を諮るのは甚だ困難となる。ゆえにそのまえに近しい人間だけで事前に要旨をまとめておく必要があるわけである。これは模擬戦闘の当初から行われていたことで、ティールームなどで良く行われたのでお茶会会議とか、アレックス・ゴードン・ジェシカ・スザンナ・パトリシアという人数から五人委員会とも称されていた。その後に加わったカインズ中佐、ロイド中佐、チェスター大佐と、情報源の要であるレイチェルを含めて、現在は総勢九名の人員で開かれていた。ちなみに戦闘には直接に関与しない、事務方のコール大佐は含まれていない。この九人委員会の後に招集される少佐以上の士官約四十名を交えた作戦本会議となる。通常はここまでであるが、さらに必要とされたときには各部署の長を加えて作戦本部大会議が開催される。
「未確認情報だが、今回の侵攻作戦に投入されるのは、総勢八個艦隊もの艦隊が動くということだそうだ」
「しかし今になってどうしてこれだけの大艦隊を差し向けてくるのでしょうか?」
「そりゃあ、ランドール提督がついに将軍になったからよ」
「これ以上黙って手をこまねいていたら、さらなる昇進を果たして共和国同盟軍の中枢にまで入り込み、大艦隊を動かして逆侵攻をかけてくると判断したんでしょうね」
「タルシエン要塞を陥落させてね」
「そうそう。ランドール提督の次なる目標として、タルシエン要塞が挙げられるのは誰しもが考え付くことよね。要塞を攻略されれば、ブリッジの片端を押さえられることになり、共和国同盟への侵攻が不可能になる。だからそうなる以前に行動を起こしたのでしょう。……ですよね、提督」
「私の言いたいことを全部言ってくれたな。まあ、そんなところだろう」
 この九人委員会はアレックスを除いて男女均等四名ずついるのであるが、口達者なのはやはり女性の方である。自分の言いたいことまで、先に言われてしまうので、出番が少なくなるとぼやく事しかりのアレックスであった。
「このシャイニング基地は、攻略するのには五個艦隊を必要とするとよく言われていますが、正確なところどうなんでしょうか?」
「対空迎撃システムをまともに相手にしていればそうなる勘定となるらしいわね。しかし何も迎撃システム全部を相手にする必要はないじゃない。主要な軍港や迎撃システム管制棟とその周辺を破壊すればいいことなのだから。基地の裏側の方は放っておけばいいのよ。結局一個艦隊もあれば十分に攻略できるでしょう」
「なんだ。随分とさば読んでるんですね」
「そりゃそうよ。一個艦隊の守備力があるとされたカラカス基地だって、数百機程度の揚陸戦闘機で攻略できたじゃない。守備の弱点を突けば、ほんの一握りの部隊でも可能だということよ。……ですよね、提督」
「あのな……ジェシカ、私の言い分まで取り上げないでくれ」
「あら、ごめんなさい」
 謝ってはいるものの、どうせいつものごとく二・三分もすれば元通りだろう。
 何かに付けてアレックスの揚げ足を取ったり、皮肉ったりするジェシカだが、あえて忠告しようとする者はいない。航空母艦と艦載機の運用に掛けては共和国同盟では一二を争うと言われ、士官学校の戦術シュミレーションではその航空戦術の妙でアレックスを負かしたことさえある唯一の人物だからである。ゴードンやパトリシアですら一度もアレックスに勝ったことがないのだから、それはもう賞賛ものであるから遠慮してしまうのだ。

 ドアがノックされた。
 全員が音のしたドアの方に振り向く。
「入りたまえ」
 アレックスの許しを得て、ドアが開き一人の将校が入室してきた。
 普通会議中は入室制限が掛かるものだが、お茶会会議ではアレックスは気にしなかった。
「失礼します」
 その真新しい軍服を着込んだ姿を見れば今年の士官学校新卒者らしいことが一目で判る。
「あ……」
 その将校の顔を見て驚くパトリシア。
「こちらに伺っているときいて参りました」
 その将校は敬礼をして申告した。
「申告します。フランソワ・クレール少尉。ウィンザー少佐の副官として任命され、本日付けで着任いたしました」
「フランソワ!」
 彼女は、パトリシアの士官学校時代の後輩で同室のフランソワであった。
「お久しぶりです、お姉さま」
 表情を崩して、満面の笑顔になるフランソワ。
「あなたが、わたしの副官に?」
「はい、千載一隅の幸運でした」
 また再び一緒に仕事ができると喜び一杯といった表情である。
「頭がいたい……」
 逆に頭を抱えて暗い表情のパトリシア。
「あ、お姉さま。ひどーい」
「お、なんだ、フランソワじゃないか」
 ゴードンが親しげに話しかけてくる。
「あ、オニール先輩。お久しぶりです」
「ゴードンでいいよ。但し任務中でなければね」
「はい。判りました。ゴードンさん……ですよね」
「首席卒業だってねえ。頑張ったじゃないか」
「はい。後輩としてお姉さまの名前を汚したくありませんでしたから」
「うん。いい心がけだ。その調子でパトリシアに遅れを取らないように、これからの軍務にも張り切りなよ」
「はい! もちろんです」
 士官学校時代の懐かしい雰囲気に浸る者たちに、アレックスが本題に引き戻す。
「今は会議中だ。同窓会は後にしてくれ」
 公私をきっちりとするアレックスだった。これが待機中のことだったら、その会話の中に入っていたであろう。
「あ、すみませんでした」
 フランソワが、素直に謝る。
 他の者も、改めて姿勢を正して会議に集中する。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v


ファンタジー・SF小説ランキング


小説・詩ランキング



11
2021.03.25 08:08 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十七章 リンダの憂鬱 Ⅰ
2021.03.24

第十七章 リンダの憂鬱




 士官学校の卒業の季節となった。
 各艦隊や、それぞれの艦艇にフレッシュな人材がやってくる。
 将兵たちの最近の話題は、そのことで持ちきりとなる。
 食堂の片隅に集まった下士官達が話し合っている。
「今年の最優秀卒業生は誰か聞いているか?」
「聞いてないなあ……」
「学業成績優秀で、なおかつ模擬戦闘で優勝した指揮官が最優秀になるのが普通らしいけどな」
「例外が一人いるだろう」
「ランドール提督だろ」
「ああ、ありゃ例外中の例外だ」
「学業成績はそうとうひどかったらしいな。落第寸前だったとかいう噂だ」
「何でも優勝指揮官は、官報に掲載されるということだが、その人物が落第となると笑い話にもならない。スペリニアン校舎の恥になるということで、成績上積み卒業で規定通りに二階級特進となったらしい。
「学校側としては苦渋の選択だったのだろうな」
「まったくだ」
「しかし、結果としてはそれが正解だったということになるな」
「共和国同盟の英雄になってしまったもんな。これが落第だったらどうなっていたか」
「そうだよな。落第者は上等兵からだかな。活躍の場を与えられずに、今なお弾薬運びとかの肉体労働の下働きに甘んじていたかもな」
「そして倉庫の片隅で闇賭博を主催して、みんなの給金を巻き上げているなんてね」
「大いにありうるな」
「まさか司令官が賭博を開くなんて出来ないからな。これはこれで良かったのかもしれないぜ」
「言えてる、言えてる!」
 あはは、と全員が一様に声を上げて笑い転げていた。

 サラマンダー司令官オフィス。
 アレックスに呼び出されたジェシカが出頭していた。
「……なんてこと、提督のことを肴にして盛り上がってますよ」
 食堂での会話に聞き耳を立てていたジェシカが、アレックスにご注進していた。
「なかなか図星を言い当てているじゃないか」
「闇賭博で給金泥棒ですか? まあ提督のことですから、あり得ない話ではなさそうですが、こんな噂で肴にされているなんて、もう少しピリッと将兵達を締めてかかったほうがいいんじゃないですか? 艦隊の総指揮官である提督を軽々しく噂の種にするなど問題だと思います」
「戒厳令でも発令しろと?」
「そこまでする必要はありませんが……」
「まあいいさ。肴にされるのも一興だよ。それより本題に入ろう」
「ああ……はい。判りました」
 改めて姿勢を正すジェシカ。
「サラマンダー艦長の次期艦長にリンダ・スカイラーク中尉をとの君の意見具申のことだ」
「スカイラーク中尉に関する報告書は読んで頂けましたか?」
「ああ、読ませてもらったよ。それに付随する副指揮官のリーナ・ロングフェル大尉の意見書も参考にさせてもらった」
「ありがとうございます」
「私は中尉とはそれほどの面識があるわけじゃないからな。率直なところどうなんだ? 旗艦の艦長としての能力は備わっているのか? リーナの意見書の方には多少甘ったれた性格があるとの記載もあるが」
「確かに性格的に甘いところもございますが、尻を引っ叩けばシャンと直りますよ」
「そうなのか? 何にせよ、彼女は航空母艦の艦長だ。高速戦艦の運用の方は大丈夫か?」
「提督それは野暮な質問と思いますが。航空母艦にしか乗艦したことがないからと、戦艦への転属を否定していては、いつまでたっても進歩がありません。あえて経験したことのない部署へ転属させることで、心機一転新たなる能力を開発する機会を与える。これは提督がいつもおっしゃられていることじゃないですか。スザンナ・ベンソン大尉を参謀の仲間入りをさせて、旗艦艦隊の次期司令官に抜擢されたのもその一環ではなかったのですか?」
「そうだったな……失言した。経験がないからと足踏みしていては進歩はない」
「まあ、旗艦の艦長という重任ですから慎重になられるのも理解できますがね。あえて進言させて頂きます」
「うむ」
「リンダ・スカイラーク中尉は、甘ったれた性格のせいか、その潜在能力の10%も引き出されていないと思います。その能力を開発できる環境に置いてあげるのも上官としての責務ではないでしょうか。スザンナの後任として旗艦艦長の任務に十分働ける素質をもっております」
「確かにその通りだな。いいだろう、採用させてもらうとしよう」
「ありがとうございます」
「それでセイレーン艦長の方の後任はもう決まっているのか?」
「はい。副艦長のロザンナを順当に昇進させます」
「そうか、判った。本題は以上で終わりだ」
 本題の内容が終わったところで、リラックスした姿勢に戻って話し始めた二人。かつての恋人同士だった間柄である。本題が終わったからといってすぐには別れたりしない。
「ところで先ほどの話に戻りますが、今期の最優秀成績で首席卒業したのは、フランソワらしいですよ」
「フランソワ?」
「はい。パトリシアの後輩ですよ」
「知っている。あのフランソワが首席とはねえ。リンダに輪を掛けたような甘ったれ娘だったな」
「そうですね。パトリシアのことを『お姉さま』と慕っていつもくっついていました」
「そうそう」
「パトリシアも少佐になったことですし、その副官に志願してくると思われます」
「あははは。あのコンビが復活というわけか」
「ええ。見ものですわよ」
「パトリシアはどう思っているのだろうか。知っているのか?」
「そりゃもう。一番にフランソワからの報告が入っているでしょうね」
「まあ、志願してくるものを追い返すこともないだろうし、フランソワの能力を十二分に引き出せるのはパトリシアを置いて他にいないだろう」

 それは、リンダがサラマンダー艦長に選ばれる前の二人の会話だった。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v

ファンタジー・SF小説ランキング


小説・詩ランキング



11
2021.03.24 18:00 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

- CafeLog -