銀河戦記/鳴動編 第一部 第十九章 シャイニング基地攻防戦 Ⅷ
2021.04.18

第十九章 シャイニング基地攻防戦




 軍法会議の糾弾から開放されて、自由の身となったアレックスは、トランター本星に帰郷したのをいい機会として三日間の休暇を申請した。もちろんそれを拒否できる者はおらず順当に受理された。
 スーパーで買い物をしているパトリシア。その後ろにはカートを押しながらついてくるアレックスの姿があった。法廷での審議を終えて、帰宅の途中で立ち寄って日常の品々を買い求めていたのである。
 私生活においては、公務における立場と逆転して、主婦であるパトリシアの方が権限を握っていた。毎月のローンやクレジットの支払い、公共料金、家計に関わることはすべて彼女が財布を握っていたのである。食料の購入はもちろんのこと、アレックスの着る衣料でさえ、彼女の意向に逆らうことは出来ない。彼女の家計簿には、妊娠・出産費用にはじまる子供の養育・教育費など、将来に渡る家族構成をもしっかり計算に入れられた、綿密な将来設計が出来ていたのである。
 ゆえにアレックスが何か欲しいと思った時には、まず妻にお伺いを立ててからでないと、何も購入できないのである。

 郊外の一角の邸宅。
 アレックスが准将になりこの一戸建をあてがわれた時から、パトリシアは自分に与えられる予定だった大佐用の官舎は引き払い、この邸宅で一緒に暮らしている。未だに婚約者のままであるとはいえ、士官学校当時に提出した同居申請は失効していないので、自動的に居住の権利は有していた。
 アレックスが婚約破棄するはずもなく、事実上の夫婦生活に入っていたのである。もちろん一緒に暮らしているという事実は軍籍コンピューターに登録されており、万が一アレックスが婚姻前に戦死するようなことになっても、引き続き居住できることになっている。これは同居する事実上の夫婦関係にあった婚約者の既存権利を保証する制度である。ただし、同居の事実がなかった場合は居住する権利は消失する。あくまで同居が原則なのであり、同居の事実があってこそ居住の既存権利が発生するのである。
 婚約破棄しない限り、相手が死んでも婚約期間中に得た権利はそのまま有効であるが、同時に別の相手とは婚約も結婚も出来ないという反面もある。

 台所でエプロン姿で夕食の準備をしているパトリシア。だいぶ主婦業も板についてきという感じではあるが、まだ二十三歳になったばかりで、初々しさもそこかしこに残っている。艦隊勤務のために子作りしている暇もなくて、残念ながらまだ子供はできないが、妊娠可能期間はまだ二十年以上あるので、あわてる様子もない。
 一方のアレックスは食卓で報告書に目を通している。新婚当初、台所に入って手伝いをしようとしたが、あまりの不器用さに呆れたパトリシアから、台所への立ち入りを禁止されてしまったのである。
 アレックスの方を時々見やりながら、夫のために食事を作りながら、妻の責務を甘んじて受け入れているパトリシアであった。自分がいなければ何もできない夫のために、何かをしてあげられるということは、夫婦の絆を深くする精神的融合である。それぞれにないものを補い合うことこそが、子供を産むという以外、夫婦として結び付く意義なのである。
 やがて食事をお盆にのせて、食卓に運んでくるパトリシア。
「一戸建ての家に住めるなんて夢みたい」
 エプロンを脱いで、アレックスの向かい側に腰を降ろすパトリシア。
「一応これでも官舎なんだぜ、将軍用のね。つまり借家ってこと」
「でも、退役してもずっとここに住んでもいいのよね」
「正確には、僕とその配偶者が亡くなるまでだ」
「そうね……」
 といってパトリシアは微笑みながらアレックスを見つめた。
「タルシエン攻略に成功したら、あなたも少将となって内地勤務よ。そうしたら参謀のわたしも一緒に地上に降りられるから、重力を気にすることなく、安心して子供を産むことができるわ」
 艦隊にある時は、優秀な参謀であるパトリシアも、アレックスと二人きりでいる時は、本能のままに子供を欲するごく普通の女性であった。

 寝室。
 裸のまま並んでベッドに横たわる二人。
「ところで第十七艦隊でタルシエン攻略は可能なの?」
「内部に潜入出来れば、何とかなるかもしれない」
「潜入? でもどうやって」
「ああ、潜入の直接的な方法は俺が何とか考えるが、たぶん小数精鋭の特殊工作部隊を組織することになるだろう。君には、特殊工作部隊を後方から支援する体制と、潜入後の特殊部隊の行動指針及び艦隊運営に関わる作戦立案を検討してもらいたい」
「わかったわ」
「この作戦を成功させるには隠密行動を取る必要がある。たとえ味方にも特殊工作部隊の存在を知らせたくない。君とゴードンとレイチェル、そして特殊工作部隊に参加する将兵だけだ」
「わたしとゴードンとレイチェルだけに?」
「そう。恋女房と片腕だからな」

 翌日。
 ジュビロ・カービンと連絡が取れて、早速例の廃ビル地下室へと向かうアレックス。
 レイチェルも当然として同伴する。
「久しぶりだな」
 ジュビロが懐かしそうに出迎える。
「そちらも無事息災で結構。檻の中に入れられないかとずっと心配してたよ」
「そんなドジ踏まねえよ」
「早速だが打ち合わせに入ろうか」
「おいおい、いきなりかよ」
「二日後にはシャイニング基地に戻らなければならない、時間がもったいないからね」
「分かった」


 三日間の休暇を終えてシャイニング基地に舞い戻ったアレックスは、次なる指令であるタルシエン要塞攻略に向けての行動を開始した。
 シャイニング基地に残って、捕獲した六万隻の艦船の改造の指揮にあたっていたカインズは、戻ってきたアレックスに呼ばれて司令官室へ向かった。
「カインズ中佐。入ります」
「搾取した艦船の改造の進行状況はどうか」
「艦制コンピューターを同盟仕様に変えるのに手間取っておりまして、現在三万隻が動かせるところまで進んでおります。乗員のほうも艦政本部長のコール大佐のおかげで、丁度それを動かせる人数分だけ何とか集まり、現在試運転に掛かりはじめました」
「人集めに関しては、コール大佐の手腕はたいしたものだな。で、コンピューターウィルスの懸念は?」
「提督の指示通り、ROMはすべて総取り替え、SRAMやメモリディスクは完全に初期化してソフトを再インストールしましたので、万全な状態です。ただそれが工期を遅らせている原因になっておりまして」
「ご苦労様。たとえ手間がかかってもやらなければならない。ウィルスが潜んでいては元も子もないからな。この基地を取り返したような事態になってはいけない」
「わかっております」
「さて……と」
 アレックスはわざとのように呼吸を整え、パトリシアに視線を送った。パトリシアは書類入れのところへ行って、中の書類を取り出して戻ってきた。
「今三万隻が動かせるのだな」
「そうです」
「それでは、その三万隻の指揮を、貴官に預けよう」
「三万隻を私にですか」
「そうだ。カインズ大佐」
「大佐? 私が大佐に?」
 アレックスはパトリシアに合図を送り、彼女が小脇に持っていた辞令書と階級章を手渡させた。
「第十七艦隊は、四十八時間後にタルシエン要塞攻略に向かうことになった」
「タルシエンですか?」
「私は、別働隊としてウィンディーネ以下の第六部隊を率いて出るつもりだ。貴官には、ドリアードから本隊を指揮運営してもらいたい」
「私が、本隊をですか?」
「ただし、作戦指令はこのウィンザー参謀長の指示に従ってくれ」
「わかりました。提督がそうおっしゃられるのなら」
「それから、第八占領機甲部隊メビウスを君のところからレイチェル少佐の配下に移行する」
「メビウスを?」

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v


ファンタジー・SF小説ランキング


小説・詩ランキング



11
2021.04.18 07:29 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

- CafeLog -