特務捜査官レディー(二十二)ピンチはチャンス!
2021.07.26

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十二)ピンチはチャンス!

「まさか女性警官がこんなところまで出張ってくるとは思わなかったわ」
 銃口をこちらに向けたまま、話しかける仲買人。
「ハンドバックを床に置いて、滑らすようにこちらに放りなさい」
 こんな危険な現場に来る以上、ハンドバックに拳銃が入っていると考え、取り上げようとするのは当然だろう。
 跪いてそっとハンドバックを床に置き、相手に放り出す。
 真樹から目を逸らさないように、銃を構えたまま、ゆっくりと腰を降ろしながらハンドバックを拾う仲買人。
 あ! ショーツが見えた。
 下着もちゃんと女性の物してるんだ。
 しかしショーツが見えるような仕草してるようじゃ、女装歴もたいしたことないわね。腰を降ろすときもしっかり膝を揃えて、優雅に落ちている物を拾うのよ。さっきわたしがやって見せたようにね。
 ……なんて考えてる余裕はないか。
 ハンドバックを開けて、中身を確認する仲買人。
「へえ、M84FSか……」
 と拳銃が入っているのを確認し、さらには麻薬取締官の身分証を取り出して開いてみる。
「あなた、麻薬取締官だったの? へえ、女性もいたんだ。どうりで、こんな危険な現場に女性警察官が? とは思ったけど。これからは気をつけなくちゃいけないわね」
「どうも」
「しかし顔を見られてしまったからには、ここで死んで貰うしかないわね」
 わたしに向けられた拳銃のトリガーにかかった指に力を込めている。
 その時だった。
「やめてえ!」
 それまで震えて動かなかった売人が飛び出して、仲買い人の腕を押さえたのである。
「は、離しなさい」
「人殺しはやめて!」
「うるさいわね。ならあなたから死んで」
 銃口の矛先が売人の方に向いた。

 チャンス!
 わたしはタイトスカートを捲し上げて(ちょっと恥ずかしいけど……)、ガーターベルトに挟んでいたダブルデリンジャーを取り出して、すかさず仲買人の手を狙って撃ち放った。
 M84FSは見せ球である。それを取り上げれば安心して、隙を見せるだろうという心理を付いたつもりだ。ハンドバックの中に銃などを隠し持つというのは、誰しも考える。
 実は隠し玉として、スカートの下にデリンジャーを用意していたのである。

 ズキューン!

 耳をつんざくような銃声が、化粧室内に反響する。
「きゃあ!」
 悲鳴を上げたのは売人である。自分が撃たれたと思ったようだ。
 デリンジャーから撃たれた銃弾は、見事に仲買人の持っていたM1919を弾き飛ばした。
 わたしのハンドバックも投げ出されて、中身の化粧品とかがそこら中に散らばる。
 間一髪の差でわたしの射撃の方が早かった。
「ちきしょう!」
 銃を弾き飛ばされ形勢逆転となった仲買人は、わたしに体当たりして突き飛ばすと、廊下へ飛び出して行った。不意を突かれてわたしは尻餅をついていた。
「油断した」
 起き上がりハンドバックを拾い上げて、売人に渡しながら、
「散らばったもの拾っておいてね」
 と依頼する。
 呆然としたまま、バックを握り締めて固まっている売人。
 仲買人の手から弾き飛ばしたM84FSを拾い上げて、後を追いかけて廊下へ駆け出す。
 途中、目に入った火災報知を拳銃の銃底でカバーを割って非常ボタンを押す。
 ホテル中を火災報知器のけたたましい非常ベルが鳴り渡る。
 これでホテルの外で待機している同僚達も踏み込むことができるだろう。
 通常は男性が入れないレディースホテルも、火災という非常事態となれば警察官として堂々と入れるわけだ。
 ちなみに麻薬取締官も司法警察官ということを忘れてはいけない。
 仲買人は上へ上へと逃げていく。
 なぜ上に逃げるのか?
 非常の脱出路があるのかも知れない。
 となれば早いとこ捕まえなければならない。
「待ちなさい!」
 と言われて待つ悪人はいない。
 しかし、タイトスカートにハイヒールという姿のせいか走りにくそうである。
 慣れないことはしないことね。
 もちろんわたしは普段から着慣れているから、足捌きもスムーズである。
「もう少しで追いつくわ」
 あ!
 転んだ。
 あはは、慣れないハイヒールなんか履いてるからよ。
 なんて笑ってる場合じゃない。
 すかさず飛び込んで、日頃の逮捕術を見せ付けるいい機会となった。
 立ち上がり殴りかかってくるその腕を絡め取って逆手に捻りあげながら投げ飛ばす。
 もんどりうって倒れた相手に、固め技から後ろ手両手錠を掛ける。
「はい! 一丁挙がり」
 というわけで、ついに仲買人を確保できたのである。
 どかどかと駆け上ってくる、明らかに男性用と思われる靴音が響いている。
 やがて同僚達が息せき切って現れる。
「真樹ちゃん!」
 わたしの姿を見て一目散に駆け寄ってくる。
「大丈夫だったかい?」
「怪我してない? ホテルの従業員が銃声のような音を聞いたらしいから」
 仲買い人のことよりも、わたしのことを心配してるよ。
「はい。しっかりと大丈夫です」
 そしておもむろに仲買い人を見て、
「こいつが、仲買い人か?」
「はい。そうです」
「よし、良くやったぞ。えらい」
 と頭をなでなでされた。


 レディースホテルの覚醒剤取引事件の仲買人の取調べがはじまった。
 留置所において仲買い人と対面するのであるが、逮捕された当時の女装したままで、なおかつ女性言葉を使うので、取締官もやりにくそうだった。そこでわたしが駆り出された。
 他の男性取締官に席を外してもらって二人きりで相対することにした。
 まともに付き合っていても喋ることはないだろうと思う。
 わたしは搦め手から攻めていこうと思った。
「ねえ、女装って楽しい?」
「何よ、急に」
「わたしにもね、女装が好きな人がいてね。よくお喋りするんだけど、女装する人にも何種類かあるそうね。気分転換に単に女装を楽しむ人と、女性の心を持っていて女性になりたいと思っている人、MTFっていうそうね。あなたはどっちかしら?」
「それがどうしたっていうのよ。どっちでもいいでしょ」
「そういう風に女性言葉で話し続けているところみると、あなたは後者ね」
「勝手に思っていればいいわ」
 と、あさっての方を向いてしまう彼女だった。
 うん。
 なかなか難しいわね。
 どんな話題を持ってくれば、乗ってくるかしら。
 とにかく話にならなければどうにもならない。
 その横顔を見ながら、その化粧の仕方の下手くそさを思う。
 女装している人にとって、何が一番難しいかというとやはり化粧であろう。
 できれば綺麗になりたいと思っているだろうし、かと言ってなかなか上手くできないものである。このわたしだって化粧をはじめたた頃は、母につきっきりで、実際に化粧品を使って教えてもらったものだが、そうそう思うとおりにならなかった。
 初心の頃に有りがちなのは、クリームとかを塗りすぎて、ついつい厚塗りしてしまって、仮面のようになってしまうことである。厚化粧になって何かするとひび割れを起こしたりする。
 この彼女も、そんな初心者のようであった。
「ところで化粧って難しいでしょう?」
「下手くそっていいたいのでしょう」
「そうね。女性のわたしからみると、確かに下手ね。はっきり言うわ」
「ふん。どうでもいいでしょ」
「ねえ。教えてあげましょうか?」
「な……」
「お化粧ってね。雑誌とか読んでの自分勝手流じゃ、なかなか上手にならないのよね。プロなり美容師さんにちゃっと、化粧道具を使って習わないとね。まあ、わたしだってプロじゃないけど、それなりに勉強しているから教えてあげられるわよ」
「そんなことして、どうなるってんのよ」
「綺麗になりたくないの?」
 彼女が一番気にしているところから、じわじわと攻め立てるわたし。
 化粧が下手だと言われそうとうの劣等感に陥っているはずだ。そこへ化粧の仕方を教えてあげると言われれば、多少なりとも心を動かされるはずだ。
「そんな化粧じゃ、注目されて女装者だとばれちゃうわよ。上手に化粧すると、誰がみても女性としか見えない自然なお顔になれるものよ」
「そうは言っても……」
 彼女の気持ちがだいぶぐらついてきたようだ。
 もう一押しよ。
「ね、ね。教えてあげるわ。ちょっと待ってね。今、化粧道具を持ってくるから」
 彼女を残して、一旦取調室を退室する。
 そとで待機していた同僚が話しかけてくる。
「真樹ちゃん。どう? 上手く言ってる?」
「うーん。今はじまったばかりという感じです。ちょっと化粧道具を取ってきます」
「化粧道具? 化粧直しするの?」
「まあ、まかせてください。中へは入らないでくださいね。せっかくの手筈が狂って
しまいますから」
「あ、ああ。真樹ちゃんがそういうなら……」
 それから女性用留置室へ行って、女性被留置者のために用意してある化粧道具を借りてくる。化粧道具を意外と持っていない被留置者も多く、接見室での接見・差入の際に化粧できるように用意してある。
 留置場における社会復帰のための矯正の一環であり、出入り業者から化粧水程度の化粧品は購入できる。

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響子そして(二十二)親族会合
2021.07.26

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十二)親族会合

 午後九時を過ぎたあたりから、車寄せにベンツやらBMWなどの高級外車が次々と出たり入ったりしながら来客を降ろしていた。
「ぞろぞろ集まってきたみたい」
 窓から少しカーテンを開けて覗いているわたしと里美。
 里美はネグリジェに着替えていた。
 タンスの中には母親の衣類がそのまま残されていた。
 それを着せてあげたのである。
 わたしは親族会議があるから、それにふさわしい服装に着替えている。
「みんな外車だね」
「そりゃそうよ。この屋敷に入るのに軽自動車なんかで来たら笑われちゃうわ。持っていない人は、どこからか借りてくるそうよ」
「見栄だね。ナンバーで判るからレンタカーじゃないわよね」
 やがて別のメイドが入ってきた。
「お嬢さま、旦那様がお呼びでございます」
 わたしと里美は、見つめ合った。
「いよいよね」
「頑張ってね。お姉さん」
 何を頑張るのかは判らないが……。
 里美を残して、部屋を出た。ふと振り返ると里美が手を振っている。
 二人のメイドの後について、長い廊下を歩いていく。
 大きな扉の前で歩みが止まった。
「少々、お待ち下さいませ」
 軽く会釈すると、その扉を少しだけ開けて入って行く。
「お嬢さまを、ご案内して参りました」
 その開いた扉から、メイドの声が聞こえてきた。
「よし、通してくれ」
 祖父の声だ。いつもと違った威厳のある口調。
「かしこまりました」
 そういう声と同時に、扉がゆっくりと全開された。
 メイドが二人、それぞれ両側の扉を開いていく。

 広い部屋の真ん中に、矩形にテーブルが並べられている。
 一番奥のテーブルには祖父が座り、両側サイドのテーブルには親族が座っている。そして一番手前には、きっちりとしたスーツを着込んだ弁護士らしき人物が座っている。

 わたしの姿を見るなり、親族のほぼ全員が声をあげた。
「弘子!」
 全員の視線がわたしに集中している。
「そんなはずはない! 弘子は死んだ。それに年齢が違う」
「そうだ、そうだ」
 そんな声には構わず祖父が手招きをしている。
「良く来たな。響子、儂のそばにきなさい」
 テーブルを回りこむようにして、彼らのそばを通り過ぎて祖父のところまで歩いて行く。真樹さんも後ろに付いてくる。

 じゃあ、一体誰よ、この女。
 何者だ。こいつ。

 というような、明さまに敵意を持った目つきで睨んでいる。
 親族にとっては、女性ホルモンと性転換のおかげで、すっかり容姿が変わってしまっているわたしが、ひろしだとわかるはずもないだろう。
 第一このわたしだって着席している全員を見知っていないのだから。おじいちゃんの姉弟くらいは覚えがあるが、亡き長兄と次兄の子供らしき人物達は覚えていない。
 祖父の脇にしずしずと立ち並ぶ。後ろには真樹さんが控えている。
「揃ったようだな。まず、そちらにいるのは、顧問弁護士と立会人。そして見届け人として、篠崎重工ご令嬢の絵梨香さんにお越しいただいた」
 名指しされた少女、篠崎絵梨香がにっこりと微笑んだ。
 磯崎家と篠崎家は、江戸時代から取引のある旧知の仲である。


「紹介しよう。この娘は、弘子の長女の響子だ」
「馬鹿な!」
 いきなり一人が立ち上がって怒鳴った。あれは祖父の四弟の健児だ。
「弘子に娘はいないはずよ!」
「そうだ、一人息子のひろしだけだぞ」
 口々に叫んでいる。
 祖父がそれをかき消すように言った。
「証拠を見せよう」
 と合図すると弁護士の一人が書類を、それぞれに配りはじめた。
「何よこれ? 戸籍謄本じゃない」
「そうだ、そこにこの娘が弘子の子である証拠が記されている」
 神妙な面持ちで戸籍謄本を確認する一同。
「何だよこれ、長男が消されて長女になってるし、名前もひろしが響子に訂正されてるじゃないか?」
「じゃあ、その娘がひろし? 確かに弘子には瓜二つだけど」」
「冗談もやすみやすみ言え」
 それに静かに諭すように答える祖父。
「冗談ではない。どうしても信じられないなら、この娘のDNA鑑定をしてやってもいいぞ。間違いなく、儂の娘の弘子が産んだ娘だ。書類は、もう一種類ある。目を通してくれ」
 全員が書類をめくる乾いた音が室内に響く。
「何これ、裁判所の決定通知?」
「磯部ひろしの申請に対し、性別と名前の変更を許可する……まさか」
「医師の診断書も添付してあるわ。それによると……。患者は、真正半陰陽であり、かつ性同一性障害者と診断する。よって男性として生活するには甚だ困難であり、平時から女性として暮らしており、戸籍の性別と氏名の変更を認めざるを得ない……。
 署名、○○大学付属病院心療内科医、如月和人。
 署名、△△精神内科クリニック精神科医、駒内聡、
 署名、黒沢産婦人科・内科病院、性別再判定手術執刀医、黒沢英一郎」
「真正半陰陽って、男と女の両方の性を持っているってことだろ?」
「子供の時は男の子だったけど、思春期を過ぎてから実は女の子だったという話しは良く聞くけど、ひろしがそうだったというわけね。弘子にそっくりな今の姿を見れば、納得できない話しでもないけど……」
 あらまあ……。いつから真正半陰陽なんて話しが出てくるのよ。わたしが戸籍変更した時の申請書類では正真正銘の男性だったわよ。そうか……戸籍変更の正当性を親族に納得させるために、黒沢社長が仕組んで偽造したのね。戸籍変更が認められたのは事実だから、たいした問題ではないとは思うけど……。
「つまり男から女になったというのね」
「そ、そんなことしたって、ひろしの相続欠格の事実は変わらないぞ。今更、出てきてもどうしようもないぞ」
「そうよ。健児の言う通りよ」

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響子そして(二十一)帰宅
2021.07.25

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十一)帰宅

 祖父の迎えのリムジンで屋敷に向かうわたし。
 が……。なぜか里美が付いて来ている。
 わたしを迎えに来たリムジンを見て、乗り込んでしまったのである。
 どうしても資産家の祖父の屋敷を見たいとか言ってね。
 せっかく両親が迎えに来て水入らずの時間を楽しみにしていたろうに……。
 ともかく今夜一晩うちに泊めて、明日自宅にお送りするということにした。月曜代休を含めて三連休なので、一日くらいならいいでしょう。
 里美は車内装備の冷蔵庫やらTVなどいじり回している。座椅子のクッションの具合を確かめようとぴゅんぴょん跳ねたり、かと思ったら窓から首を出したりしている。
「里美、少し落ち着いたら?」
「だって、リムジンだよ。リムジン。一生に一度乗れるかどうかって車だよ」
 そんな里美の様子を、祖父はにこにこと微笑んで眺めている。
 二人が姉妹のように生活していることを聞いて、どうぞご一緒にと誘ってくれたのである。
「ところでおじいちゃん、お父さんはあれからどうなったの?」
「ああ、愛人のところへ行ったのはいいが。所詮、金の切れ目が縁の切れ目。お母さんの財産援助がなくなって、愛人は別の金持ちの男へ鞍替えしたそうだ。酒に溺れたあげくに急性アルコール中毒で死んだよ。馬鹿な男だ。血液違いで離婚訴訟に勝って慰謝料を踏んだくるつもりだったんだろうが、お母さんの貞操が証明されて敗訴して一文も手に入らなかったんだからな」
「以前から愛人を作っていたというのは、本当なの?」
「ああ、そうだ。裁判に勝つために、興信所で調べさせた。間違いない」
「そっか……」
「どうした、あんな奴に同情か?」
「ううん、ちっとも。お母さんの言う事を信じなかったのは、わたしも怒ってるから」
「おまえはお母さんっ子だったからな」
「そ、身も心もお母さん似だからね」
「そうだな……あんな奴に似ているところが一つもなくて良かったよ」
「一つだけあるよ」
「なんだ」
「血液型」
「ああ……仕方がないな……」
「でもわたしの子供はちゃんとしたのが産まれるよ。わたしの卵巣は、Bo型なんだ」
「そうか、奴の血が繋がっていないと考えれば、他人の卵巣というのもいいかも知れないな」
 ゆるゆるとした坂道を登って行った丘の上。
 やがて屋敷が見えてきた。
「ねえ、ねえ。あれがそうなの?」
 里美が車窓から身を乗り出して尋ねた。
「そうよ」
「すごーい」
 花崗岩造りの荘厳な正門を通って広大な前庭から噴水ロータリーのある車寄せへ。
 里美は瞳を爛々と輝かせて雄大な屋敷を見上げている。
「迎賓館みたい!」
「お帰りなさいませ!」
 ずらりと並んだメイド達にびっくり顔の里美。
「すごいね」
 メイド達の中に見知った者はいなかった。
 執事だけが見知っている唯一の人物だった。
「お嬢さま、お帰りなさいませ」
 うやうやしく執事の礼をする。
 もちろん母親の顔を知っているので、母親似のわたしと来賓の里美を間違えるわけがない。
 どうやらわたしが性転換したことを知らされて、女性として扱う事を命令されているようだ。そのためにもわたしが男だったことを知っている古参は暇をだされたようだ。
「お嬢さまだって……」
 里美が、わたしの小脇を突つきながら、囁いていた。
 そういえば、子供の頃はお坊ちゃまとか呼ばれていたような気がするが……。どちらかというと、お嬢さまの方が響きが良いね。お坊ちゃまというのは成り金主義とわがまま坊主というイメージがあるけど、お嬢さまならどこか清楚でおしとやかな雰囲気がある。
「そちらのお方は?」
「わたしの親友の里美よ。同じ部屋で一緒のベッドに寝るから」
 いつも一緒のベッドで寝ているし、別の部屋にすると戸惑うだろうとの配慮だ。
「かしこまりました」
「わたしのお部屋は?」
「はい。弘子様がお使いになられていたお部屋でございます」
 弘子とはわたしの母親だ。その部屋ということは、祖父に次ぐ最上位の部屋になる。つまり正当なる後継者たる地位にあることを意味していることになる。
 一人のメイドが前に出てきた。
「紹介しておこう。響子専属のメイドの斎藤真樹くんだ」
「斎藤真樹です。よろしくお願いします。ご用がございましたら、何なりとお気軽にお申しつけくださいませ」
 とそのメイドはうやうやしく頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく」
「響子、公開遺言状の発表は午後十時だ。ちょっとそれまでやる事があるのでな、済まぬが夕食は里美さんと二人で食べてくれ。それまで自由にしていてくれ」
「わかったわ」
 そういうと執事と一緒に奥の方に消えていった。

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特務捜査官レディー(二十一)行動開始
2021.07.25

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十一)行動開始


「さて仕事だ! そいつの機能説明しよう。と言っても、俺も聞きかじりだから詳しく説明できないがね。真樹ちゃんのことだから、試行錯誤ですぐに覚えてしまうだろうね」
「そうそう。課内にあるパソコンの接続設定とかインストールとかできちゃうんだから」
 確かに言われるとおりにパソコンとかPDAとかの扱い方には強い真樹だった。
 初心者にありがちなのは、ソフトを動かしてパソコンを壊したりはしないか? とか、下手にファイルを削除して動かなくなったとか、余計な心配したり懲りて触るのが怖くなってしまうことである。パソコンは落としてハードディスクなどの機械部分を壊すとかでなければ、ソフトを操作したぐらいでは壊れるものではない。ファイルの削除でも、ゴミ箱の中身を元に戻したり、WINDOWSならシステム復元を実行すればある程度元に戻るものだ。
「たいしたことありませんよ。毎日のようにパソコンに触れている、今時の女の子なら誰でもできますよ」
「まあ、そうだけど。時代の隔世を感じるね」
 ともかくも一応、機能説明を受けて一通りのことは理解できた。
「それで肝心の奴の顔を知っているのは、我々の中にはいないので……」
「いないんですか!? それじゃあ、どうやって」
「まあ、最期まで聞け。以前に覚醒剤の売人を捕らえていて、刑を軽減するから仲買人を教えろということで、協力してくれる奴がいる。その端末にそいつの写真画像がインプットしてあるから、顔を覚えておくんだ」
 端末を操作して売人の写真を表示する真樹。
「ああ、これね。女の人」
「前から言っているように、奴に近づけるのは女性だけだ」
「そうだったわね。この女性に接触すればいいの?」
「いや、逆に知らぬ振りをして、そいつが奴と接触するまで待つんだ。いわゆる泳がせ捜査で、覚醒剤を買い付けることで奴と接触するように手筈が整っているはずだ。そいつが奴と接触し、覚醒剤を受け渡したその瞬間を、麻薬取引の現行犯で押さえるのだ」
「捜査に協力する振りをして、その人が逃げたり逆に相手と結託したりしたら?」
「それはない。彼女が覚醒剤の売人になったのは、奴の属する組織に子供を人質に捕られていて仕方なくやっていたのだ。現在子供はこちらで保護している。今回の件が成功したら、執行猶予処分が付くことになっていて、収監されることもなく子供と一緒に暮らせる」
「司法取引というやつですね。でも日本ではまだ法整備が整ってないですが」
「まあな、いわゆる裏取引というやつだよ」
「なるほどね……結局、当局も彼女を利用しているというわけね。それじゃ、組織と同じじゃない」
「ち、違うぞ! これは……」
 と反論しようとした時だ。
「あ、待って! 挙動不審な女性がいるわ。きょろきょろあたりを窺っている。あ、この写真の人だ!」
「来たか!」
「じゃあ。あたし、行きます」
「おお、気をつけてな。何かあればすぐに連絡するんだ」
「判りました!」
 車を降りて、ホテルに向かって歩き出す真樹。
 胸元には、麻薬取締官を示す目印のブローチを付けている。
 相手もそれに気づいて、おどおどしながらも中へ入っていく。
「さあ、これからが勝負よ」
 と、振り向きざまに指を二本立てて、後方のバンの中にいる同僚にピースサインを送るのであった。
「あの、馬鹿が……遊びじゃないんだぞ」
 頭を抱えて、これからのことを不安に感じる主任取締官なのであった。

囮捜査や泳がせ捜査は、一般の日本警察官には認められていないが、麻薬取締官には例外として認められている。
日本の司法取引については、2014年9月18日に法制審議会で審議されて、2016年5月に改正刑事訴訟法で成立、2018年6月1日より施行。


 売人の後を追うようにしてレディースホテルに入る真樹。
 泳がせ捜査の始まりだった。
 売人を追跡しつつ、近寄る不審人物をチェックする。
「さあて、どんな奴だろうね」
 仲買人の顔を知っているのは、売人だけである。
 まだ時間があるのか、ロビーの応接セットに腰掛けていた。
 彼女が観察できる位置の応接セットに腰掛け、ホテルを出入りする人物をチェックすることにする。
「あたしの知っている人物は来るかな」
 女性警察官時代に担当した麻薬課の犯罪者リストの顔写真が思い起こされる。もちろん自分自身で逮捕した容疑者もいるが、そういう人物に顔を覚えられているとやっかいだ。
「ばれたりしないよね」
 顔を整形しているとはいえ、どことなく面影が残っているかも知れないし……。
 この泳がせ捜査に関わらず、今後の麻薬取締においても、警察官なり麻薬取締官なりの顔を覚えられると、逃げられる確立が高くなって問題なのだ。
 もっとも女性警察官時代においても、実は男性だったことを知る容疑者たちはいないはずだが。
 彼女はまだ動かない。
 その間も、ネット手帳を使って、同僚達と連絡を取り合う。
 まあ、他人目にはインターネットで調べものしている風に見えるだろう。
「あ、動いた!」
 席を立ち、階段を昇りはじめる売人
 エレベーターがあるのに階段を使うのは、精神を落ち着かせるためであろう。エレベーター内は閉鎖空間であり、息が詰まるものである。犯罪に関わるものは、すぐに逃げられるような行動を無意識にとるものだ。
『今、移動をはじめました』
 電子手帳に入力して、同僚たちに知らせる。
『仲買人がどこかで監視しているかも知れないから、慎重に行動してくれ。何かあったらすぐに連絡してくれ』
 すぐに返信メールが返ってくる。
『了解しました』
 電子手帳を閉じて、ショルダーバックに納めて、売人の後を追いかける。
 警察時代にも囮捜査に何度も借り出された経験もある。尾行の方法とか注意点とかを叩き込まれた経緯があるから、その経験をここでも発揮すればいいのである。
 まず一番大切なことは、それぞれの階の見取り図をしっかりと把握しておくこと。
 取引の行われる化粧室を中心として、エレベーターや階段(非常階段含む)の位置関係。通路がどのように繋がっているかなど。犯人の逃走ルートは確実に押さえておく。

 化粧室は、その名の通りに化粧をする所である。
 一般的にはトイレも併設してあるが、化粧室だけというホテルもあるので、要注意である。
 敬とニューヨーク観光してた時に、急に用がしたくなってホテルに駆け込んで化粧室に入って驚いたことがあった。
 化粧とトイレは、はっきり区別しておいた方が良い。上品ぶって化粧室はどこですかと聞いたりなんかすると、ほんとにトイレのない化粧室に案内される。トイレに行きたければトイレとはっきりと尋ねるべきである。
 おっと横道にそれた。
 何にせよ。トイレではなく化粧室でよかった。
 化粧直しに念入りに時間を掛けられるから、売人や接触してくるはずの仲買人の観察もそれだけじっくりと行えるからである。三十分くらい化粧直しに専念する女性なんかざらにいる。
 もちろん直接眺めたり、化粧室内の大鏡で見ることはしない。あくまで観察は化粧用のコンパクトの鏡を使って、こっそりとばれないように気をつける。
 鏡の中の売人はおどおどとし続けであった。
(あーあ……。あれじゃあ、仲買人に何かあると察知されちゃうじゃない)
 こりゃあ、それと判明しだい即座に行動に出ないと逃げられちゃうかも。
 と思った時だった。
 売人の表情が変わった。
 来たみたいね……。
 コンパクトの鏡の角度を変えて、入ってきた人物の顔を捉える。
(へえ、彼女が仲買人か……)
 ちょっと背が高めの冷たい感じのする女性。
(化粧が濃いわね……)
 一目そう思った。それだけでなく、着ている服にもどこかアンバランスで、今時の女性はこんな着方はしない。ファッションに敏感な女性の目には異様な雰囲気だった。
 まさか……女装してる?
 緊張している売人は気づかないのかも知れないが、明らかに男性が女装しているようだ。

 間違いない! 仲買人は女装した男性だ。

 女性の服を着て化粧し、かつらを被っていれば、人は中身も女性だと思い込む。
 よほどの男性的な顔や姿をしていなければ、堂々と正面を向いて歩いていると、意外と気づかれないものだ。これが女装に自信がなくおどおどとしていると、注目の視線を浴びてしまって気づかれてしまう。
 この仲買人も、気をつけて見ていなかったら、見落としてしまうところだった。

 取締りの現場に駆り出される麻薬課の警察官や麻薬取締官は男性ばかりである。危険な仕事に女性を従事させることはできない。真樹のように志願でもしない限りは。
 女装して、レディースホテルの化粧室を利用することで、安心して麻薬取引ができる。

(考えたわね)

 ゆっくりと注意深く売人に近づいていく仲買人。
「ひさしぶりね」
「は、はい」
「金は持ってきたわね」
「もちろんです」
 バックを開けて中身を見せる売人。
「いいわ」
 二人は小さな声で商談をしている。
 仲買人は、声のトーンを高くし女性らしく振舞っているが、やはり男性の声だ。
 売人は気づいていない。
「どうしたの? 震えているじゃない」
「そ、それは……」
「まさか! サツを呼んだわね」
 気づかれてしまった。
 仲買人は、バックを開けて中から拳銃を取り出した。その際に紙包みがこぼれ落ちる。
 覚醒剤だ!
 これで証拠は挙がった。
「さては、あなたね」
 その銃口がわたしを捉える。
 この化粧室には、その二人を除けばわたししかいなかった。
「言いなさい! あなたは誰?」
 ばれてはしようがない。

 彼女の持っている拳銃は、ベレッタのM1919(25口径)のようだ。小型ながらも装弾数は8発の自動拳銃。対してこちらの持っているのはレミントン・ダブルデリンジャー(41口径)の二発だけ。
 破壊力はデリンジャーだが、弾数と命中精度はM1919の勝ちである。

 絶体絶命のピンチ!

 ……かしら?

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響子そして(二十)遺産
2021.07.24

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十)遺産

「どうやら君は、いずれ響子が相続する遺産を狙っているような人間じゃなさそうだな」
「おじいちゃん! 秀治はそんな人じゃありません」
「判っているよ。今まで、お母さんやおまえに言い寄ってくるそんな人間達ばかり見てきたからな。懐疑的になっていたんじゃ。だが、彼の態度をみて判ったよ。真剣だということがな。まあ、たとえそうだったとしても、響子が生涯を共にすると誓い合った相手なら、それでもいいさ。儂の遺産をどう使おうと響子の勝手だ」
「遺産、遺産って、止めてよ。おじいちゃんには長生きしてもらうんだから」
「あたりまえだ。少なくとも、曾孫をこの手に抱くまでは死なんぞ」
「もう……。おじいちゃんたら……」
 ゆっくりと祖父が立ち上がる。腰が弱っているので、わたしは手を貸してあげた。
「秀治君と言ったね」
「はい」
「孫の響子をよろしく頼むよ」
「もちろんです。死ぬまで、いや死んでもまた蘇ってきますから」
「やだ、ゾンビにはならないでよ」
「こいつう……」
 秀治に額を軽く小突かれた。
 わたしの言葉で、部屋中が笑いの渦になった。
「あ、そうだ。遺産って言ったけど、わたしには相続権がないんじゃない? 法定相続人のお母さんをこの手で殺したんだもの」
「遺言を書けばいいんだよ」
「あ、そうか」
「儂の直系子孫は、娘の弘子の子であるおまえだけだ。遺産目当ての傍系の親族になんかに渡してたまるか。まったく……第一順位のおまえの相続権が消失したと知って、有象無象の連中がわらわら集まってきおったわ」
「でしょうね。お母さんが離婚した時も、財産目当ての縁談がぞろぞろだったもの」
「とにかく、今夜親族全員を屋敷に呼んである。やつらの前で、公開遺言状を披露するつもりだ。儂の死後、全財産をおまえに相続させるという内容の遺言状をな。だから屋敷にきてくれ、いいな」
「わたしは、構わないけど。女性になっているのに、大丈夫なの? 親族が納得するかしら。それに遺留分というのもあるし」
「納得するもしないも、儂の財産を誰に譲ろうと勝手だ。やつらに渡すくらいなら、そこいらの野良猫に相続させた方がましだ。それに遺留分は被相続人の兄弟姉妹には認められていないんだ。遺留分が認められている配偶者はすでに死んでいるし、直系卑属はおまえしかいない。遺言で指名すれば、全財産をおまえに相続させることができるんだ」
「へえ……そうなんだ。でも、やっぱり納得しないでしょね。貰えると思ってたのが貰えないとなると」
「だから、儂が生きているうちに納得させるために生前公開遺言に踏み切ったのだ」

「さて、みなさん。全員がお揃いになったところで、もう一度はっきりと申しましょう」
 英子さんが切り出した。全員が注目する。
「響子さん、里美さん、そして由香里さん。三人には、承諾・未承諾合わせて真の女性になる性別再判定手術を施しました。それが間違いでなかったと、わたしは信じております。もちろん秀治さんのお言葉ではありませんが、将来に渡って幸せであられるように、この黒沢英子、尽力する所存であります。わたしは、三人を分け隔てなく平等にお付き合いして参りました。今後もその方針は変わりません。そこで提案なのですが、三人同時に結婚式を挙げてはいかがでしょうか? もちろん里美さんの縁談がまとまり次第ということになります」
「賛成!」
 里美が一番に手を挙げた。そりゃそうだろうね。
「しかし俺達の日取りはもう決まってるんだぜ」
 と、これは英二さん。
「延期すればいいわよ。あたしも賛成です。あたしだけ先に挙式するの、本当は気が退けていたんです。三人一緒に式を挙げれば、何のわだかまりもなくなります。だってあたし達仲良し三人娘なんですから。いいわよね、英二さん」
「ま、まあ、おまえがいいというなら……英子の発案でもあるし」
 相変わらず英二さんは、由香里のいいなりね。
 で、わたしはと言うと……。
「わたしも、秀治さえよければ、三人一緒で構いません」
「ああ、俺はいつだっていい。明人として、一度は祝言を挙げているから」
 というわけで三人娘の意見は一致した。
「それでは、親御さん達は、いかがでしょうか?」

「わたし達は構いませんよ。どうせ縁談が決まるのはこれからです。反対にみなさんにご迷惑をかけるのが、心苦しいくらいです」
「儂も構いませんよ。秀治君の言った通りです」
 というわけで、わたし達の三人同時の結婚式が決定した。
「はい」

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