特務捜査官レディー(二十二)ピンチはチャンス!
2021.07.26

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十二)ピンチはチャンス!

「まさか女性警官がこんなところまで出張ってくるとは思わなかったわ」
 銃口をこちらに向けたまま、話しかける仲買人。
「ハンドバックを床に置いて、滑らすようにこちらに放りなさい」
 こんな危険な現場に来る以上、ハンドバックに拳銃が入っていると考え、取り上げようとするのは当然だろう。
 跪いてそっとハンドバックを床に置き、相手に放り出す。
 真樹から目を逸らさないように、銃を構えたまま、ゆっくりと腰を降ろしながらハンドバックを拾う仲買人。
 あ! ショーツが見えた。
 下着もちゃんと女性の物してるんだ。
 しかしショーツが見えるような仕草してるようじゃ、女装歴もたいしたことないわね。腰を降ろすときもしっかり膝を揃えて、優雅に落ちている物を拾うのよ。さっきわたしがやって見せたようにね。
 ……なんて考えてる余裕はないか。
 ハンドバックを開けて、中身を確認する仲買人。
「へえ、M84FSか……」
 と拳銃が入っているのを確認し、さらには麻薬取締官の身分証を取り出して開いてみる。
「あなた、麻薬取締官だったの? へえ、女性もいたんだ。どうりで、こんな危険な現場に女性警察官が? とは思ったけど。これからは気をつけなくちゃいけないわね」
「どうも」
「しかし顔を見られてしまったからには、ここで死んで貰うしかないわね」
 わたしに向けられた拳銃のトリガーにかかった指に力を込めている。
 その時だった。
「やめてえ!」
 それまで震えて動かなかった売人が飛び出して、仲買い人の腕を押さえたのである。
「は、離しなさい」
「人殺しはやめて!」
「うるさいわね。ならあなたから死んで」
 銃口の矛先が売人の方に向いた。

 チャンス!
 わたしはタイトスカートを捲し上げて(ちょっと恥ずかしいけど……)、ガーターベルトに挟んでいたダブルデリンジャーを取り出して、すかさず仲買人の手を狙って撃ち放った。
 M84FSは見せ球である。それを取り上げれば安心して、隙を見せるだろうという心理を付いたつもりだ。ハンドバックの中に銃などを隠し持つというのは、誰しも考える。
 実は隠し玉として、スカートの下にデリンジャーを用意していたのである。

 ズキューン!

 耳をつんざくような銃声が、化粧室内に反響する。
「きゃあ!」
 悲鳴を上げたのは売人である。自分が撃たれたと思ったようだ。
 デリンジャーから撃たれた銃弾は、見事に仲買人の持っていたM1919を弾き飛ばした。
 わたしのハンドバックも投げ出されて、中身の化粧品とかがそこら中に散らばる。
 間一髪の差でわたしの射撃の方が早かった。
「ちきしょう!」
 銃を弾き飛ばされ形勢逆転となった仲買人は、わたしに体当たりして突き飛ばすと、廊下へ飛び出して行った。不意を突かれてわたしは尻餅をついていた。
「油断した」
 起き上がりハンドバックを拾い上げて、売人に渡しながら、
「散らばったもの拾っておいてね」
 と依頼する。
 呆然としたまま、バックを握り締めて固まっている売人。
 仲買人の手から弾き飛ばしたM84FSを拾い上げて、後を追いかけて廊下へ駆け出す。
 途中、目に入った火災報知を拳銃の銃底でカバーを割って非常ボタンを押す。
 ホテル中を火災報知器のけたたましい非常ベルが鳴り渡る。
 これでホテルの外で待機している同僚達も踏み込むことができるだろう。
 通常は男性が入れないレディースホテルも、火災という非常事態となれば警察官として堂々と入れるわけだ。
 ちなみに麻薬取締官も司法警察官ということを忘れてはいけない。
 仲買人は上へ上へと逃げていく。
 なぜ上に逃げるのか?
 非常の脱出路があるのかも知れない。
 となれば早いとこ捕まえなければならない。
「待ちなさい!」
 と言われて待つ悪人はいない。
 しかし、タイトスカートにハイヒールという姿のせいか走りにくそうである。
 慣れないことはしないことね。
 もちろんわたしは普段から着慣れているから、足捌きもスムーズである。
「もう少しで追いつくわ」
 あ!
 転んだ。
 あはは、慣れないハイヒールなんか履いてるからよ。
 なんて笑ってる場合じゃない。
 すかさず飛び込んで、日頃の逮捕術を見せ付けるいい機会となった。
 立ち上がり殴りかかってくるその腕を絡め取って逆手に捻りあげながら投げ飛ばす。
 もんどりうって倒れた相手に、固め技から後ろ手両手錠を掛ける。
「はい! 一丁挙がり」
 というわけで、ついに仲買人を確保できたのである。
 どかどかと駆け上ってくる、明らかに男性用と思われる靴音が響いている。
 やがて同僚達が息せき切って現れる。
「真樹ちゃん!」
 わたしの姿を見て一目散に駆け寄ってくる。
「大丈夫だったかい?」
「怪我してない? ホテルの従業員が銃声のような音を聞いたらしいから」
 仲買い人のことよりも、わたしのことを心配してるよ。
「はい。しっかりと大丈夫です」
 そしておもむろに仲買い人を見て、
「こいつが、仲買い人か?」
「はい。そうです」
「よし、良くやったぞ。えらい」
 と頭をなでなでされた。


 レディースホテルの覚醒剤取引事件の仲買人の取調べがはじまった。
 留置所において仲買い人と対面するのであるが、逮捕された当時の女装したままで、なおかつ女性言葉を使うので、取締官もやりにくそうだった。そこでわたしが駆り出された。
 他の男性取締官に席を外してもらって二人きりで相対することにした。
 まともに付き合っていても喋ることはないだろうと思う。
 わたしは搦め手から攻めていこうと思った。
「ねえ、女装って楽しい?」
「何よ、急に」
「わたしにもね、女装が好きな人がいてね。よくお喋りするんだけど、女装する人にも何種類かあるそうね。気分転換に単に女装を楽しむ人と、女性の心を持っていて女性になりたいと思っている人、MTFっていうそうね。あなたはどっちかしら?」
「それがどうしたっていうのよ。どっちでもいいでしょ」
「そういう風に女性言葉で話し続けているところみると、あなたは後者ね」
「勝手に思っていればいいわ」
 と、あさっての方を向いてしまう彼女だった。
 うん。
 なかなか難しいわね。
 どんな話題を持ってくれば、乗ってくるかしら。
 とにかく話にならなければどうにもならない。
 その横顔を見ながら、その化粧の仕方の下手くそさを思う。
 女装している人にとって、何が一番難しいかというとやはり化粧であろう。
 できれば綺麗になりたいと思っているだろうし、かと言ってなかなか上手くできないものである。このわたしだって化粧をはじめたた頃は、母につきっきりで、実際に化粧品を使って教えてもらったものだが、そうそう思うとおりにならなかった。
 初心の頃に有りがちなのは、クリームとかを塗りすぎて、ついつい厚塗りしてしまって、仮面のようになってしまうことである。厚化粧になって何かするとひび割れを起こしたりする。
 この彼女も、そんな初心者のようであった。
「ところで化粧って難しいでしょう?」
「下手くそっていいたいのでしょう」
「そうね。女性のわたしからみると、確かに下手ね。はっきり言うわ」
「ふん。どうでもいいでしょ」
「ねえ。教えてあげましょうか?」
「な……」
「お化粧ってね。雑誌とか読んでの自分勝手流じゃ、なかなか上手にならないのよね。プロなり美容師さんにちゃっと、化粧道具を使って習わないとね。まあ、わたしだってプロじゃないけど、それなりに勉強しているから教えてあげられるわよ」
「そんなことして、どうなるってんのよ」
「綺麗になりたくないの?」
 彼女が一番気にしているところから、じわじわと攻め立てるわたし。
 化粧が下手だと言われそうとうの劣等感に陥っているはずだ。そこへ化粧の仕方を教えてあげると言われれば、多少なりとも心を動かされるはずだ。
「そんな化粧じゃ、注目されて女装者だとばれちゃうわよ。上手に化粧すると、誰がみても女性としか見えない自然なお顔になれるものよ」
「そうは言っても……」
 彼女の気持ちがだいぶぐらついてきたようだ。
 もう一押しよ。
「ね、ね。教えてあげるわ。ちょっと待ってね。今、化粧道具を持ってくるから」
 彼女を残して、一旦取調室を退室する。
 そとで待機していた同僚が話しかけてくる。
「真樹ちゃん。どう? 上手く言ってる?」
「うーん。今はじまったばかりという感じです。ちょっと化粧道具を取ってきます」
「化粧道具? 化粧直しするの?」
「まあ、まかせてください。中へは入らないでくださいね。せっかくの手筈が狂って
しまいますから」
「あ、ああ。真樹ちゃんがそういうなら……」
 それから女性用留置室へ行って、女性被留置者のために用意してある化粧道具を借りてくる。化粧道具を意外と持っていない被留置者も多く、接見室での接見・差入の際に化粧できるように用意してある。
 留置場における社会復帰のための矯正の一環であり、出入り業者から化粧水程度の化粧品は購入できる。

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