特務捜査官レディー(三十七・最終回)事件解決
2021.08.10

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(三十七)事件解決

 その書類には、磯部氏が響子さんの母親に分け与えた土地・家屋の譲渡に関する資
料や、その資産を不動産会社に転売された金の流れが記されていた。
 内容を要約すると、それらの資産は覚醒剤で精神薄弱となった母親から実印や印鑑
登録証を取り上げて、売人の所属する暴力団が経営する不動産会社のものとなり、そ
こから健児の経営する不動産会社へと巧妙に分割譲渡されたというものだった。
 遺産を横取りした明白な事実を証明する書類を見せ付けられて体を震わせている健
児。
「どうした健児、寒いのか? それとも脅えているのか」
「くそっ!」
 健児が鞄を開いて何かを取り出した。それが何かすぐに判った。
 拳銃だ。銃口は磯部氏を狙っている。
 やはり拳銃を持っていたか!
「おじいちゃん、危ない!」
 響子さんがとっさに祖父の前に立ちふさがった。
「響子! どけ!」
 磯部氏が響子さんを押しのけようとするが、響子さんは動かなかった。
 パン、パン、ズキューン。
 数発の銃声が鳴り響いた。

 もちろんその銃声の一つは、わたしが撃ったものである。
 スカートの中、ガーターベルトに挟んでいた、レミントンダブルデリンジャーを素
早く取り出して、健児の手にある拳銃を弾き飛ばしたのである。
 続けざまに発射されたのが、敬の愛用のS&WーM29(44口径)からで、健児
の腕を貫いていた。
 そして健児の発射した弾は、間一髪響子さんの肩口をかすめていた。わたしの撃っ
た銃弾で銃口がそれたからだ。

 銃声と同時に男性制服警官がなだれ込んでくる。
 遺言状公開で親族全員が揃ったのを見届けてから、屋敷内に突入して大広間を完全
包囲するように打ち合わせしていたのだ。
 健児を確保して安全が確認されるまでは、女性警察官には待機しているように命じ
てある。
 当然の処置である。女性には危険な任務には従事させることができない。

「医者だ! 医者を呼べ!」
 磯部氏が叫んでいる。
 拳銃を構えていた敬が、用心しながら健児に近づいて行く。
 健児が身動きできないように確保して、拳銃を納め、代わりに手帳を取り出して、
「警察だ! 覚醒剤取締法違反容疑、ならびに銃砲刀剣類所持等取締法違反と傷害及
び殺人未遂の現行犯で逮捕する」
 と手錠を掛けた。
 健児を引っ立てて行く敬が話し掛けてくる。
「俺は、こいつを連れて行く。マキは後処理を頼む」
「わかったわ、ケイ。しかし、こいつ馬鹿じゃないの。日本人の体格で50口径の拳
銃が扱えると思ったのかしら。その銃の重さや反動でまともに標的に当てられないの
に」
「ああ、しかもデザートイーグルは頻繁にジャミング起こすんだよな。50AEは判
らんが俺の所にある44Magは、リコイル・スプリングリングやらファイヤリングピ
ン、エキストラクターやらがすぐ破損する。とにかくコレクションマニアは、何考え
ているかわからん。とにかく破壊力のあるガンが欲しかったんだろ。こいつの家にガ
サ入れに向かっている班が、今頃大量の武器弾薬を押収している頃だろう」
 床に健児の撃った、デザートイーグル50口径が転がっていた。
 健児が落とした拳銃を、ハンカチで包んで拾い上げて、鑑識に手渡す。
 そしてわたしは、やおらあの特製の警察手帳を出して一同に見せて宣言する。
「警察です。みなさんから調書を取らせて頂きますので、このまましばらくお待ちく
ださい。現在この屋敷にいるメイドは全員、女性警察官にすり替えてありますので、
そのつもりでいてください」
 実情を知らされて納得している響子さんだった。
 メイドの全員が初顔合わせなのを不思議に思っていたようだったからだ。
「こんなものが、鞄に入ってましたよ」
 鑑識の一人が健児の持ち物を指し示した。
「注射器と……これは、覚醒剤だわ。これで奴の裏が取れたわね」
「三つの重犯罪で、無期懲役は確定ですね」
「そうね……」

 こうして、昔年の恨みともいうべき因縁の健児を逮捕に至ったのである。

 なんか……。
 もっといろいろと言いたいこともあるのだが、言葉になって出てこない。
 それだけわたし達の運命を弄んだ張本人のこと、言葉では尽くせない至極の思いが
あるからである。


 厚生省麻薬取締部と警察庁生活安全局、そして財務省税関とが合同して、警察庁の
内部に特別に設立された特務捜査課の二人。麻薬と銃器密売や売春組織を取り締まる
エージェント。
 それが沢渡敬と斎藤真樹だ。

 つい先日磯部健児の件をやっとこさ決着させて一安心の敬と真樹。
 二人が捜査に手をこまねいている間に、その人生を狂わせてしまった磯部響子のこ
とも無事に解決した。
 気を落ち着ける時間がやっと巡ってきて、安らかなひととき。
「ねえ……。しようよ」
 真樹が甘えた声で、ブラとショーツ姿で敬の身体を揺する。
 事件を解決した後はいつもそうだ。緊張から解き放されて興奮した心身を静めるた
めには一番いい方法……なんだそうだ。
「なんだ。またかよ」
「いいじゃない」
「俺は疲れてる」
 くるりと背を向けて不貞寝を決め込もうとする。
「お願いだよ。このままじゃ、眠れないよ」
 といいつつ敬の身体の上にのしかかっていく。
「一人で慰めてろよ」
「そんな冷たいこと言わないでよ。ねえ……」
「もう……しようがないやつだなあ」
「今日は安全日だから……」
 真樹が言わんとすることを理解する敬。
 しかしできたらできたで、それはそれで構わないと思う敬だった。
 結婚し子供を産み育てる平和な生活。
 真樹にはその方がいいのかも知れない。
 磯部響子の事件に関わるうちに、女の幸せとは何かを考えるようになった。
 斎藤真樹……。
 その身分は本当のものではない。とある事件にて脳死状態となったその女性のすべ
てを彼女に移植されて生まれ変わった……。かつて佐伯薫と名乗っていた性同一性障
害者で女性の心を持っていた男性。
 それが今日の斎藤真樹だ。
 せっかく命を宿し産み出す能力を授かったのだ。
 命を与えてくれた、その女性のためにも、どうあるべきか……。考える余地もない
だろう。
 斎藤真樹と佐伯薫。
 名前や戸籍は違うものの正真正銘の同一人物だ。だがすでに佐伯薫という人物は死
んだことになっている。
 あのニューヨークにおいて……。

 だが結果的には、それがゆえに真樹と敬との将来においては幸せを保証してくれる
ことになったと言えるだろう。
 磯部健児を逮捕に至ったことによって、二人の間にあったすべての垣根が取り払わ
れた。
 男と女。
 自然にある形態としていつかは結ばれるものである。
 二人の将来に幸あらんことを祈ろう。

 それから数ヵ月後。
 響子さんを含めた性転換三人娘の結婚式がとりおこなわれた。
 ウエディングドレスに身を包み、幸せそうな花嫁達。
 そんな光景を、片隅で見守る真樹がいた。
 それは、子供の頃からの夢だった。
 いつか自分も敬と結婚するんだと思い続けてきた。
 実際は果かない夢でしかなかったはずだが、運命の女神のいたずらだろうか、辛い
苦しみを乗り越えて生き続けたその果てに、夢が実現する運びとなった。
「今度は俺達の番だな」
 敬が真樹の手をそっと握り締める。
「ええ、そうね」
 その手を握り返す真樹。
 本当は男の子と知りつつも、やさしい心で女の子として扱ってくれ、生涯を共に生
きようと誓い合った敬だった。
 真樹と敬の間にはもはや一切の垣根は取り払われた。

 滞りなく結婚式は終了し、恒例の花嫁のブーケ投げとなった。
 響子さんの投げたブーケは一直線に真樹の所へと飛んでくる。
 それをジャンプして取り上げて真樹に手渡す敬。ついでに、その頬にキスをした。
 突然のことにびっくりする真樹。
「もう……いきなり、何よ」
 怒ってる。でも本気じゃない。
「何だよ、ほっぺじゃ嫌か。それなら」
 抱きしめて唇を合わせる敬。
 おお!
 公衆の面前で唇を奪われて、しばし茫然自失の真樹だったが、気を取り戻して、
 パシン!
 敬に平手うちを食らわした。
「もう! 知らない!」
 頬を真っ赤に染め、すたすたと会場を立ち去っていく。敬があわてて後を追う。
 しかし真樹は、会場出口付近でふと立ち止まり、ブーケを持った手を高く掲げて叫
んでいた。
 サンキュー!
 それは、ブーケを投げて寄こした響子に向かってである。
 声は届くはずはなかったが、響子は気づいているようだった。
「敬さんと仲良くね。今度のヒロインは真樹さん。あなたなんだから」
 響子の心からのエールは、確実に真樹に届いていた。
 そう……。
 今度はわたし達。
 敬と共に……。

 了

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