梓の非日常/第九章・生命科学研究所(三)真実は明白に
2021.04.17

梓の非日常/第九章・生命科学研究所


(三)真実は明白に

「説明してあげましょう。あの交通事故で、お嬢さまはほとんど無事でしたが一時的な脳死状態に陥りました。放っておけば完全な脳死へと移行し、いずれ心臓なども止まって死んでしまう。もう一人の方、浩二君は脳は生きていたものの、失血からすでに心臓死に陥って人工心肺装置で生きながらえていたが、これもいずれは死を迎えるのは確実だった。どうにかしてどちらかでも助けられないかと思った私は、無傷で仮死脳死状態であるお嬢さまの方を助けることにした。その方が可能性が高いからです。だが、問題があった……」
 とここまで説明して、一息つく研究者。
「お嬢さまは、パソコンには強いですか?」
 尋ねられて首を横に振る梓。
 梓には、麗香という何でもできる有能な人物がいて、すべてを任せているから、パソコンとは無縁だった。
「そうですか……パソコンの事を知っていれば、理解も早いのですが……。まあ、聞いてください。
 パソコンは、CPUという演算装置に入力されたプログラムによって動き、ハードディスクという場所に、そのプログラムやデータを保存しています。これは人間の場合にあっても同様で、大脳という場所の中に記憶装置となる領域と、演算装置に相当する領域があります。だがそれだけでは、パソコンも人間も動かない。
 BIOSプログラムという、パソコンを起動するものがあって、ROMという場所に記憶されている。パソコンのスイッチをいれると、まずこのBIOSがROMから読み込まれてはじめてパソコンは使えるようになる。BIOSには、ハードディスクからデータを読み取るプログラムや、画面表示を行ったり、キーボードからの情報を入力するプログラムなどの、パソコンを使えるようにする基本プログラムが収められている。まあ、人間で言えば、朝目覚めて歯を磨いたり顔を洗ったり、着替えをするといった日常生活のはじまりの行動がインプットされているものです。パジャマのままで外は出歩けないでしょう?」
「ええ、まあその通りですね」
「さてお嬢様には問題があると先程言いましたが、そのBIOSに相当する記憶領域が完全に消去されてしまっていました。つまり脳全体としては生きて活動できる状態にあるが、肝心の目覚めるための記憶というプログラムがないから、いつまで経っても目覚めることがない。つまり仮死状態というわけです。
 これを目覚めさせるには、外部から新たに記憶を移植するしかない」
「そうか! それであたしの……浩二の記憶を移植したのね。だから目覚めるためのプログラムである浩二の記憶というかイメージが残っていたんだ。しかしそれは目覚めるためだけのもので、記憶全体としては梓の記憶がそっくり残っているから、あたしは梓として認知できている。そういうことなのね?」
「ほほう……。なかなか理解力がありますね。まさしくその通りですよ」
「じゃあ、その記憶を移植された浩二はもう目覚めないの?」
「いや、移植と言っても、データをコピーしただけです。浩二君にはそのまま残っているから、身体的な機能を復活させることができさえすれば、生き返らせることも可能です」
「生き返る? 本当ですか?」
「ああ、そうですよ。冷凍睡眠で心臓死時点の状態のまま保存してありますから。移植できる心臓やその他の臓器が見つかればあるいは……ということなんです」
「そうでしたか……。あ、そうだ。この浩二の母を見掛けました。もしかしたら……」
「うん。お母さんも知っていますよ」
「やっぱり……見舞いというか、会いに来ていた訳ですね」
「その通りです。母親というのは、子供にたいして執念ともいうべき愛着を抱いているらしいですな。心臓死をもって死亡宣告を受けても、息子の身体がそこにある限り死んだことを納得しない。それこそ焼かれて茶毘に臥されるまではね。で、真条寺梓を生き返らせることに成功し、その後のために浩二君の身体を冷凍睡眠にかけて将来の復活に掛けることにしました。当然お母さんは生き返る可能性があるならと承諾してくれた。そういうわけです。ただし梓お嬢さまのことは伏せてありますけどね」
 これまでに疑問視していたことのすべてが氷解した。
 長岡浩二というイメージの存在と、真条寺梓としての記憶と生活感。
 浩二のイメージを引きずってはいるが、正真正銘の梓であると言えたし、何不自由なく梓として暮らし、母の渚とも違和感なく母娘の愛で結ばれている。
 しかし生き返らせてくれたのは、この浩二のおかげだ。
 とすれば何とかして生き返らせてあげたいものだ。

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梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件(十三)本物とクローン
2021.04.16

梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件


(十三)本物とクローン

「こんなクローンを作って、一体どうしようというの?」
 説明が長々と続いたので、肝心なこと聞くのが遅れた。
「純粋なる研究目的です」
 一言おいてから、
「と、言っても信じないでしょうね」
「当然です!」
「クローンでよくある話では、某国の大統領に化けて国を乗っ取るとか……あるじゃないですか」
「確かによくある話ね」
「それともう一つ。実は、あなた自身がクローンで、この中の人物が正真正銘の本物だと言ったら?」
「考えられるわね」
「否定しないのですか? 意外ですね」
「あの事故で蘇生した当時、あたしの意識の中に長岡浩二君がいたのは確かよ。だから、記憶を移植したということには真実であると思っているわ。それができるのであるならば、クローンを作った上で、一部だけでなく全ての記憶を移植して、梓という人物をもう一人生み出すことも可能かもしれない」
「なるほど、そこまで理解していただけると嬉しいの一言です」
「仮にあたしがクローンだったとしても、遺伝子的には真条寺梓そのものを受け継いでいるわけだしね。本物と言ってもいいんじゃなくて?」
 パチパチと手を叩いて感動を表す研究員」
「素晴らしい! まるで悟りを開いて真理を会得したみたいですね」

 これまでの間、じっと聞き耳を立てるだけの慎二。
 体育会系の彼には、とても会話の内容に付いていけるはずがない。
「でよお。この中のクローンとかいう奴は、生きているのか?」
 そう聞くのが精一杯のことであろう。
「確かに、それは重要なことですね」
「生きているの?」
「さあ、どうでしょうねえ。少なくとも外見はあなたそのものですがね」
 はぐらかして答えない研究員。
「そうか……。ならよ」
 そう言ったかと思うと、手近な椅子を取り振り上げて、培養カプセルを破壊する。
 ガラスが砕け散り、培養液の飛沫が床一面に流出し、中にいたクローンがゴロンと転げ落ちた。
「な、何をするんだ!」
 驚く研究員。
 梓も言葉を失っていた。
「クローンが何者かは理解できんが、俺にとっては梓ちゃんは一人。ここにいる梓ちゃんだけだ!」
「なんということだ! せっかくの研究成果が……」

 二者択一を迫られた時、躊躇なく選択する強い意志を持つ慎二だった。
 地下研究所においても、長岡浩二の身体を捨てて梓を救う道を選んだ。


 その時、入り口付近が騒がしくなった。
「おやおや、邪魔が入ったようです」
 研究所になだれ込んできた者は、サブマシンガンを抱えた軍人だった。
「梓お嬢さま! いらっしゃいますか?」
 そしてかき分けるように入ってきたのは、竜崎麗香だった。
「麗香さん!」
「お嬢さま! ご無事でしたか!」
 どうやら米軍が捜索救助に出動したようだった。
 感動の再会を果たした二人と一人。
 研究員は、立場悪しと少しずつ後退して、隣の部屋へと隠れた。
「待て!」
 慎二が追いかけるが、鍵が掛かって開かない。
「ちきしょう!」
 やがて外の方で轟音が響いた。
 外へ出てみると、一機の戦闘機が島から発進したところだった。
 すかさず麗香がスマホで連絡する。
「今発進した戦闘機を撃ち落として下さい」
 十数秒後に、外洋に停泊していた艦艇からミサイルが発射された。
 ホーミングミサイルによって撃墜される戦闘機。
 機体はバラバラになって海へと落下した。

「ともかく迎えが来ています」
 岸辺に接弦していた艀に乗船して、沖で待つ駆逐艦へと向かった。

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梓の非日常/第九章・生命科学研究所(二)再開の時
2021.04.15

梓の非日常/第九章・生命科学研究所


(二)再会の時

 準備が整ったというので、病院から連絡通路を通って研究所へ向かう。
 早速最初に行う核磁気共鳴断層撮影装置(MRI)、及び明日の予定として陽電子放射断層撮影装置(PET)に掛かることになった。前者は物理的な傷害があるかどうかを調べるため、後者は精神的な大脳活動状態を調べるためのものだ。
 MRIは強い静磁場の中にあるプロトン(水素原子核)に対して、一定の電波を照射したり切ったりすることで、組織内でのプロトンの動静を観察診断する装置。
 PETは、日本ではあのノーベル賞研究者のいる島津製作所が製造している。放射性フッ素を添加したFDGという特殊なぶどう糖を投与して、通常の細胞より増殖力が強くエネルギー代謝量の多い、数ミリ規模の極微小がん細胞を発見するのがその主な診断目的だが、大脳活動状態を調査するためにも利用される。何せ大脳はがんでなくても、ぶどう糖を大量消費する臓器だ。活動している部位と休眠している部位の差がくっきりと現われる。

 それから小一時間後、MRIでの診断を終えて、装置室から出てくる梓。
「さすがに、緊張したわね。しかし、あのうるさい音はどうにかならないのかしら」
「仕方がありませんね。あれが診断装置の特徴ですから。強磁界を発生させるために、60から80ホンの音がする装置の欠点ですね」
「あれ? いた!」
 姿を見失ったあの長岡母が、研究者らしき人物と話している。そしてお辞儀をして別れて行く。
 よし、今度こそ。
 研究者の後を追い掛ける梓。長岡母の方を追ってもしかたがない。何しに来たかは、研究者を調べる必要がある。
「あ……? お嬢さま、どちらへ」
「ちょっと用があるから、先に行ってて」
 麗香には構わず、研究者を見失わないように小走りで走って後を追う梓。
 研究者は、長岡母を見失った所の階段を降りて行く。
「地下か……」
 降りて行った先にはいくつかの研究室らしき部屋と、通路の一番奥にある仰々しい造りの頑丈そうな扉があった。研究室の扉はすべて自動ロックで鍵が掛かっているはず。出入りするにはIDカードが必要だ。
 梓はそちらよりも正面の頑丈な扉の方が気になった。梓の勘が、さっきの研究者はこちらだと訴えている。
『これより研究者以外立ち入り禁止』
 というメッセージプレートが掲げられている。どうやら特殊なセキュリティーロックで守られた機密区画のようだ。壁にはロック解錠用のIDカード挿入口の他に指紋照合機とと思われるガラスプレートが設けられていた。
「だめかあ……」
 諦めかけたが、
「そう言えば、あたしもIDカード持ってたわねえ……」
 IDカードを、麗香から渡された時のことを思い出してみる。
『このIDカードに組み込まれた超LSIチップには、お嬢さまのデータが特殊暗号コードで記憶されています。真条寺家が運営・所有するすべての施設に入場することができます」
 と説明してくれた。確か指紋をスキャンされたこともある。
 そして、この研究所は真条寺家が運営している。
「ということは……使えるかも知れないわ」
 自分の持っているIDカードは麗香に預けてあるバックの中。しばし考えてそれを使ってみようと一旦戻ることにする。

「どちらに行かれていたのですか?」
 梓の姿を見るなり質問されるが、
「ちょっとね……。バックを返して」
「あ、はい。どうぞ」
 早速中を開けてIDカードがあるのを確認する梓。
「病室に案内します」
 今すぐ戻るのは無理のようだ。麗香に不審がられないようにこの場は諦めよう。麗香は用事があって一旦屋敷に戻ることになっている。その時を待ってから行動に移ることにしよう。

 麗香に着いて行くと、見慣れた通路を通っている。かつて交通事故で入院していた、あの時の部屋に向かう通路だ。
 一般の患者の姿は一切見られない。総婦長室やら院長室が途中にあって、専用の看護婦待機部屋のある個室の病室。
「こちらのお部屋でございます」
 やっぱりそうだ。
「ここって、以前いた部屋だよね」
「はい。ここがVIP個室になっておりますから」
 中に入ると、ホテルの一室と見違えるような設備のある個室となっている。TV・冷蔵庫はもちろんあるし、空調設備や専用のバス&トイレ付き。壁は完全遮音になっており一切の音が洩れることがなく、外から入ってくることもない。窓ガラスに至っては、あらゆる狙撃銃を持ってしても貫くことのできない防弾ガラス仕様。
「明日は午前九時よりPETによる診断となります」
「あの巨大な装置に入るのは、かなりしんどいんだよね」
「はい。ですからMRIと分けて、二日がかりで行っています。とくにPETは精神状態でずいぶんと変わってしまいますからね」
「ま、いいけどね……」
 といいながら応接ソファーに腰掛けてTVをリモコンでつける梓。
 番組は相撲中継だった。

「着替えはこちらのクローゼットに置いておきますね」
「うん……」
「わたしは一旦屋敷に戻ります。何かありましたら備え付けの電話でご連絡ください」
「わかった……」
「それでは失礼します」
 麗香は出ていった。
 しばらくTVの画面を見るとはなしに見続ける梓だったが、
「……行ったみたいね」
 と動きだした。
 目指すは例の場所。
 もちろんIDカードを持って。


 部屋を抜け出して元来た通路を通って研究所へ向かう。
 そして例の頑丈な扉の前に戻ってきた。
「さて……使えるかな……」
 早速IDカードを挿入口に入れ、指紋照合機に手をあててみると……。
 開いた!
「あはは……。本当に開いちゃうなんて、このIDカードってすごいんじゃない?」
 しかし反面、カードをなくすと大変なことになることにも気がついた。
「大切に扱わなくちゃね……さて、この先に何があるかな……」
 そっと慎重に足音を忍ばせて、先の通路へと進みだす梓。
 途中研究員に出会ったら、叱られて追い出されるかな……、それとも資源探査船の時のように自由に見学させてくれるか……。
 何はともあれ問題は、
「うーん。どこの研究室かな……」
 通路にはいくつかの各研究室の扉があったが、研究名を示す掲示板などは一切なかった。何を研究しているかを知られないための、セキュリティーの一貫なのであろう。
 さっきのようにIDカードを使えばどの部屋にも入れるだろうが、まるで関係のない所に入ってもしようがないし、研究員がいれば一悶着は避けられない。
「あれ……?」
 扉が半開きの部屋があった。
 まるで梓を誘っているかのように感じた。
「行ってみよう。鬼が出るか、蛇が出るか……」
 そっと静かに、その研究室の中へ入って行く梓。

「な、何これ!」
 中に入って驚いたのは、よくSF漫画なんかに出てくるような、培養カプセルとも言うべき装置の数々だった。ガラス製の円筒の中に液体が満たされ、その中に多種多様の動物が浮かんでいた。下から出ているの泡はたぶん酸素であろう。
「これって、もしかしてクローン細胞かなんかの研究しているの?」
 だとすれば生命科学研究所として、らしいと言えなくないが……。
 現実世界からSF未来にスリップしてきたみたいな異様な風景であった。
 犬、猫、……そして猿と、おおよその主要な種を代表する動物が、培養(?)されていた。さすがに人間の姿は見られなかった。もしあれば倫理上の問題となるところだ。
 カプセルの間を歩きながら奥へと進む梓。
 意外に結構広い研究室だった。
 それだけ重要視されている研究分野なのであろう。
「あれは!」
 ずっと縦形のカプセルだったが、正面奥の方に横形のカプセルがあった。
「なんだろう……。中に何か入っているようだけど……」
 近づいて行く梓。
 近づくにつれてそれははっきりとしてくる。
「う、うそでしょ」
 その中に収められた個体は、明らかに人間と思われた。

「これは!」
 それはまさしく人間だった。
 カプセルは冷たく、明らかに中は冷凍状態と思われる。
「まさか冷凍睡眠?」
 麗香から聞かされた、この施設の研究項目に冷凍睡眠というものがあったはずだ。
「まって、この顔はどこかで……」
 記憶の中に、それはあった。

「長岡浩二君だよ」
 背後から声がした。
 驚いて振り返る梓。
 追っていたあの研究者だった。
「こんな所で会えるとは意外ですね。梓お嬢さま……いや、長岡浩二君と言うべきかな」
「え?」
 どういうこと?
 どうしてあたしを浩二と……。
 この人は、何かを知っている。
「あなたは、長岡浩二君だ。いや、といっても心の中の一部分ですから、あなたはやっぱりお嬢さまですな」
「なぜ、それを……どうして知っているの?」
「あはは……。なぜなら、浩二君の記憶の一部を、お嬢さまの脳に移植したのがわたしだからですよ」
「移植した?」
 信じられなかった。

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