特務捜査官レディー(三十二)性転換
2021.08.05

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(三十二)去勢手術

 黒沢医師の言った【あそこ】とは、黒沢産婦人科病院の地下施設である。
 いわゆる闇病院として非合法的な治療を行っている。

「お、重いよお」
 男達を運ぶのを手伝われる真樹。
 敬が上半身を支えて、真樹が足を持って、黒沢医師が持ってきた患者用移送ベッド
に乗せている。真樹に万が一のことがあった時のために用意していたようだ。
「なさけないなあ……。これくらいで根を上げるとは」
「なによお。わたしは女の子なのよ、少しは気遣ってよ」
 幼少の頃から女性として暮らしてきた非力な真樹にはつらいものがあった。
 体格は完全に女性の身体つきをしているのだ。
 筋肉よりも脂肪の方が多く、腕を曲げてみても二の腕に力こぶすらできない。
「へいへい。確かに女の子でしたね」
 敬もそのことは良く知っているが、ふざけて言っているのである。
「もう……」
 ふくれっ面を見せる真樹。
「おいおい。いちゃついてないで、早く運んでくれ」
 黒沢医師がせっついている。
「いちゃついてないもん!」
「判った。判ったから早くしてくれ」

 ともかく部屋から地下駐車場までの間を、四人分都合四回もエレベーターの昇降を
繰り返す。途中数人の通行人と鉢合わせたが、こういう所に出入りする人間は、事な
かれ主義のものが多いので、いぶかしがりながらも黙認するように態度をみせて、そ
れぞれの目的の場所へと移動していく。最悪となれば、二人が持っている警察手帳を
見せればいいのだ。
 地下駐車場には、黒沢医師の助手が救急車で迎えに来ていた。
「よし。無事に運び終わったな」
 何とか男達を救急車に乗せ終わった。
「それじゃあ、先生。わたしはここで帰ります」
 美智子が別れることになった。
 真樹の救出を終えたところで用事は済んでいた。
「悪かったね。こいつらからアジトを聞き出したら、またお願いするかもしれないの
で、その時はよろしく」
「判りました。麗華様にはそう伝えておきます。では」
 レース仕様の重低音のエンジンを轟かせながら、美智子の運転するスーパーカーが
立ち去っていった。
「それじゃあ、私達も行くとしよう」
 黒沢医師の言葉を受けて、男達と一緒に救急車に乗り込む。
 前部の運転席には助手と先生とが座り、後部の救急治療部に適当に寝転がせた男達
と敬と真樹が乗り込んだ。
「狭いわ」
「我慢してくれ。すぐに着くから」
 救急車である。
 当然サイレンを鳴らしながら走り出す。男達が目を覚ます前に目的地に到着しなけ
ればならないからである。
 赤信号を注意しながら走りぬけ、混んでいる道も反対車線を難なく走り続けていく。
 そしてものの十数分で目的地に到着したのである。
「さすがに救急車だわ、早いわね。急用があったら乗せてもらおうかしら」
 事も無げに真樹が言うと、敬がたしなめるように答える。
「あのなあ……。無理言うなよ」
「言ってみただけじゃない」
「お帰りなさいませ」
 病院に勤務する医師や看護婦が出迎えていた。
「先生、手術の準備は完了しています」
「よし。男達を降ろして中へ運び入れる。裸の二人とこいつは睾丸摘出して、例の場
所へ移送してくれ」
「判りました」
 先生が指示したのは男優二人とカメラマンだった。
 どうやらここにいる医師団によって分業で同時に手術するようだ。
「たまたま……取っちゃうんですか?」
「ああ、これまでの悪行の罪を償ってもらう。盗聴していた会話を聞いていれば、罪
のない素人の女性を無理矢理強姦生撮りAV嬢に仕立て上げたり、散々な酷いことを
重ねていたようだからな」
「例の場所ってどこですか?」
「決まっているだろう。玉抜きした人間の行き着く場所は一つだよ。裏のゲイ組織で
働いてもらうのさ。まあ、よほどのことがない限り、そこから出ることはできないだ
ろう」
「ちょっと可哀想ね」
「同情かね。敬が飛び込まなければ、こいつらに犯されていたんだぞ」
「そ、それは……」
 言葉に詰まる真樹。
 法の番人の警察官として、ちゃんと裁きに掛けるのが筋だと思っているからである。
このような私刑というべき行為は許されていないのではないか……。
「私は、こいつを担当する」
 指差したのは、真樹をあの雑居ビルに連れ込んで、AVビデオを撮ろうとした勧誘
員だ。男達のリーダー的存在だった奴。
「やっぱり、たまたま取っちゃうのですか?」
「いや、こいつには別の手段を使う。何せ、売春組織のことを洗いざらい吐いてもら
わなければならないからな。組織のことを知っているのは、こいつだけだろうから
な」
「どんな手段ですか?」
「まあ、見ていたまえ」
 そう言って、含み笑いを浮かべたかと思うと、勧誘員を乗せた移送台を押して病院
の中へと入っていった。
 真樹と敬もその後に続いて行く。


 その勧誘員を運び込んだ部屋は、産婦人科で使われるあの診察台のある部屋だった。
「手伝ってくれ。こいつを診察台に乗せるんだ」
 言われるままに勧誘員を診察台に乗せるのを手伝う二人。
「そうしたら、こいつの手足を台に縛り付ける」
 両腕を台に縛りつけ、両足を足台に乗せた状態にして、動けないように固定する。
「よし、準備完了だ。目を覚まさせよう」
 薬品棚から瓶を取り出して、ガーゼに含ませている。
「気付け薬ですか?」
「そういうこと」
 そのガーゼを勧誘員の鼻先に近づけると……。
「ううっ!」
 といううめき声を上げて目を覚ました。
「こ、ここはどこだ?」
 開口一番、ありきたりな質問だった。
 まあ、それ以外には言いようがないだろうが。
 そして診察台に固定されていることに気づいて、縛られている状態から抜けようと
して盛んに身体を動かしていた。
 しかし無駄な行為だった。
「とある病院だよ」
「俺を、どうするつもりだ?」
「貴様が売春婦の斡旋業をしていることは判っているのだ。若い女性を『アイドルに
してあげよう』とか言葉巧みに誘い込んで、強姦生撮りビデオを撮影していた。そし
て、その後には売春組織に売り渡していたこともな」
「そ、それは……」
 図星を言い当てられて言葉に窮する勧誘員。
「これまでに侵した罪を償ってもらうことにする」
「な、何をするつもりだ?」
「強姦された挙げくに売春婦にされてしまった罪もない女性たちの苦しみをおまえに
も味わってもらうことにする」
「どういうことだ」
「おまえを女に性転換して、売春婦として一生を惨めに生きてもらうのさ」
「性転換だ……。売春婦だと? 馬鹿なことを言うな」
「信じたくもないだろうがな……」
 と言いながら再び薬品棚から別な薬剤の入ったアンプルを持ち出してくる黒沢医師。
「さて……。これが何か判るか?」
 アンプルを取り出して、その中の薬剤を注射器に移している。
「な、なんだ?」
「究極の性転換薬だ」
「性転換薬だと? 嘘も休み休み言え!」
「信じられんだろうな。だが、明日の朝になれば真実かどうか判る。その目で確認す
るんだな」
 その声は相手を脅すには十分過ぎるほどの重厚な響きを伴っていた。
「や、やめてくれ!」
 診察台に縛り付けられて、どこからともなく漂ってくる薬剤の匂い。明らかに病院
の中だと判る場所。
 そんな所で言われれば、さすがに本当なのかと思い始めているようだった。
「た、たのむ。何でも言う事を聞く。組織のことも喋る。おまえら警察だろう?」
 勧誘員の声は震え、懇願調になっていた。
「無駄だよ。お前の運命は決まってしまったんだ」
「本当だ。嘘は言わない。組織のことを喋る。おまえらそれが知りたいんだろう?」
 しかし、冷酷な表情を浮かべて、押し殺すような声の黒沢医師。
「諦めるんだな」
 そいういうと、注射を勧誘員の腕に刺した。
「やめろー!」
 黒沢医師が止めるはずもなかった。
 注射器のシリンダーが押し込まれ、薬剤が勧誘員の体内へと注入されていく。
「い、いやだ……やめて……くれ」
 勧誘員の声が途切れ途切れになり、そしてそのまま意識を失ってしまったようだ。

「どうしたんですか?」
 真樹が近づいて尋ねる。
「薬剤の中に睡眠薬を入れておいた。明日の朝まではぐっすりだ。逃げられないよう
に、このままの状態で置いておく」
「睡眠薬? 性転換薬じゃなかったのですか?」
「睡眠薬も入っているということだ。性転換薬というのは本当だ」
「冗談でしょう?」
 真樹は麻薬取締官であると同時に薬剤師でもある。
 現在市場に流通している薬剤のことならすべて知っている。
 性転換薬など、許認可されてもいなければ、開発されたという噂すら聞いたことも
ない。
「私の運営している会社は知っているだろう?」
「もちろんです。医者は副業、本職は薬剤メーカーの社長さんですよね」
「その通りだ」
「まさか、開発に成功されたのですか?」
「いや、奴に射ったのは試験薬だ。人間に投与しての臨床試験に入っていない」
「まさか、この男で人体実験を?」
 敬が核心に触れるように言った。
 意外なところで他人の心を読み取ることがある。
「あはは、その通りだ。何せ、臨床試験しようにも、出来る訳がないだろう? 女に
なりたいという人間は数多くいても、どうなるかも知れない怪しげなる薬を試してみ
ようという人間はいないさ。もっと確実に性転換できる手術が発達しているからな」
「なるほど……」
「明日の朝っておっしゃってましたけど……」
「ああ、動物実験から類推するに人間なら一晩で可能なはずだ」
「本当にできるのでしょうか?」
「だから、人体実験だよ。明日が楽しみだ」
 といって笑い出す先生だった。
「そんな……」
「まあ、興味があって成果を見たいなら明日来てみるんだな。成功か失敗か、いずれ
にしても面白いものが見られるはずだ」
「見に来ます! 乗りかかった船ですよ。最後まで見届けたいです」
「いいだろう。明日の午前九時にきたまえ。囮捜査のことで、明日も出勤日ではない
のだろう」
「はい。明日の九時ですね。必ず参ります」

 というわけで、奇妙なる性転換薬というものの存在を知り、もっと早くこれが完成
していて自分がそれを使うことが出来ていたら……。
 心底そう思う真樹だった。

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