特務捜査官レディー(十一)CD-R
2021.07.15

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十一)CD-R

 ある日の事だった。
「お母さん、ただいま」
 大学から帰ると母が伝えてくれた。
「お帰り、真樹。あなたにエアメールが届いているわよ。お部屋に置いてあるけど、ニューヨークから」
「ニューヨークから?」
「ええ。CD-ROMとか文字が書いてあったわよ」
「CD-ROM?」
 ニューヨークから何だろう。
 真樹さんに関係あることかな。
 ニューヨーク観光していたから、何か取り寄せで音楽CDでも買ってたのかな。
 部屋に戻って早速机の上のエアメールを開いてみた。送り主には見覚えがなかった。
「何これ?」
 封を開けてみると、どうみても音楽CDではなかった。
 手作りのそれもCD-Rだった。
 ノートパソコンを起動してCD-Rをマルチドライブに挿入する。
 あ、このノートパソコンは父親におねだりして買ってもらったものだ。
 父親は本当の娘として接してくれていた。おねだりしてそれが妥当な品だったら買ってくれるやさしい父親だった。
 以前の真樹が使っていたパソコンもあったのだが、WIN95では、時代遅れも甚だしい。今時のソフトは起動も出来やしない。最新のマルチドライブ搭載WIN10PCに買い替えてもらった。
 ドライブが軽い音を立てて回りだしたかと思うと、パスワード入力画面が現われた。
「パスワード?」
 エアメールの包みを調べてみたが、パスワードが記入されたようなものはなかった。
「そうだよね……パスワードと一緒にCD-R送ったら、パスワードの意味がないものね。しかし困ったわね……パスワードか……」
 その時脳裏にあるパスワードが浮かんだ。
 あたしが敬との交信に使っていたパスワードだった。
「まさかね……でも、他にどうしようもないし……」
 試しにそのパスワードを入力してみる。
「え? うそおー!」
 CD-Rが再び音を立てて回りだしたと思ったら映像が浮かび上がり、音声が流れてきた。
『やあ、薫……いや、今は斎藤真樹になってたんだな。真樹、俺は生きている。元気だ……』

 敬!

 懐かしい敬の姿と声だった。
「敬が生きていた……」
 嬉し涙が止めどもなく流れた。
 声は続く。
『俺は今、とある特殊傭兵部隊にいる。俺を狙っている組織から逃げるために、傭兵部隊に入ったんだ。車を隠すなら車の中というように、狙撃者から逃げるには、こっちも狙撃者になったというわけさ。ニューヨーク市警の本部長狙撃事件の事は知っているか? あれは俺の仕業だ。真樹が死んだと思っていた俺は、仇を撃つために奴を高いビルの上から狙撃したんだ。へへえ、俺は今じゃ一流のスナイパーだぜ。もっともそれなりに苦労はしたがな。傭兵としての契約期間はあと一年ある。一年経ったらおまえを迎えにいく。今でも俺を愛してくれていたなら、丁度一年後の今日、はじめておまえとデートした思い出の場所で待っている。そしてもう一度コンビを組んで働きたいものだ。もし来なかったらしようがない、他に好きな男性ができたか俺に愛想をつかしたと思って、アメリカに戻り傭兵部隊に再入隊し、どこかの戦場で戦死するまで戦いの日々を送る事になると思う。それじゃあな、どっちにしても元気で暮らしていてくれ。以上だ……なおこのCD-Rは自動的に消滅……しないから適当に処分してくれ』

 もう……相変わらず使い古したギャグ言ってるんだから……。
 はじめてのデートの場所か……。
 敬とは幼馴染みだから、小さい頃からいろんな所へ二人で遊びに行ったものだが、改めてはじめてのデートと呼べるのは、お台場海浜公園からパレットタウンへ。その中でも一番思い出深い、大観覧車での夜景を眺めながらのファーストキッスだった。
 そして生涯を共にしようと誓い合った。
「ねえ、また一緒に来ようね」
「そうだな……。なあ、薫」
「なあに」
「薫さえ良ければ、生涯を共に添い遂げないか? 正式な結婚はできなくても一緒に暮らす事はできるだろ?」
「本気なの!?」
「いやか?」
「ううん、いやじゃない。嬉しいの。一生敬に付いていくわ」
 プロポーズだった。
 やはり逢い引きの場所は、パレットタウンの大観覧車前で、時間は二人が乗った午後八時とみるべきだろう。

 などと考えているとCD-Rが再び読み込みをはじめた。
「今度はなに?」
『真樹くん、元気かね。君の蘇生手術をした黒沢だ。新しい臓器は正常に機能しているか? そして新しい環境には慣れたかね?』
 え? なんで先生が、敬の送ってよこしたCD-Rに記録されているのよ。
『君が言っていた敬くんを探すのに苦労したよ。まさか傭兵部隊に潜り込んでいたとはね。君から聞いていた彼の性格から、仇を討つために市警の本部長を暗殺するだろうと、縄を張っているところに、彼が引っ掛かってやっと捕まえる事ができたよ』
 そうか、先生が敬を探し出してくれたんだ。
『私も敬君と同じくらいの頃に、日本に帰国できると思う。その時にまた連絡する。移植手術をした医師として、その後の君の身体の状態を診断する義務があるからな。まあ、そういうわけだが、このCD-Rを破棄する時は、再生できないように破壊してからにしてくれ。なにせ敬が市警本部長を狙撃した証言が入っているからな。万が一人手に渡ってデータを読み取られたら事件になる」
 確かに先生の言っていることは理解できた。
 そうか……二人とも一年後には帰ってくるのか。
 それまでには、女を磨いておいて驚かしてあげたいな。
 ふとそう思った。

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