特務捜査官レディー(五)新たなる人生
2021.07.09

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(五)新たなる人生

 とある部屋。
 ベッドの上で天井をじっと見つめたままの薫がいる。
「ここはどこだろう……」
 ついさっき意識を回復したばかりだったのだ。
「確か……撃たれて死んだのじゃなかったのかな?」
 身体を動かそうとしたがだめだった。何かで身体全体を縛られているようだった。
「どうして?」
 その時ドアが開いて誰かが入ってきた。
「やあ、気がついたようだね」
「あなたは?」
「医者だよ」
「あたしに何をしたのですか?」
 と身体を揺する薫。
「ああ、まだ身体を動かさない方がいい。移植した臓器がずれてしまう」
「移植?」
「そうだよ。君は銃撃を受けて内臓をずたずたにされてしまったんだ。道端で死にかけていた君を拾ってあげてここに運び、内臓を移植して蘇生させたのだ。移植した臓器がずれたりしないように、君の身体をベッドに縛り付けて拘束させてもらっている。まあ、そんなわけだから、臓器が落ち着くまでもうしばらく我慢して身体を動かさないでくれ」
「……ちょっと待ってください。移植したということはドナーがいるはずですよね。その人はどうなったんですか?」
「残念ながら、救いようのない脳死患者でね。生き返ることがないのなら、それを必要とする人間、つまり君に移植したんだ」
「そうでしたか……」

「あ……あの、あたしの身体見ましたよね……」
「まあね……。睾丸摘出していたようだね。最初てっきり女性かと思ったんだが……胸は女性ホルモンで大きくしたんだね。プロテーゼは入ってないようだから」
「はい……」
「恥ずかしがる事はないよ。実は、私は産婦人科が専門なんだ。性同一性障害についても理解があるつもりだよ」
「産婦人科ですか?」
「そうだ。ついでだから話すと、君の身体には卵巣と子宮、そして膣などの女性器のすべても移植してあるんだ」
「女性器? じゃあ、死んだのは女性ですか?」
「ああそうだ。彼女自身は死んだが、臓器は君の身体の中で生きている。しかも卵巣と子宮もあるから、君がその気になれば彼女に変わってその子供を産む事もできる。死しても子孫を残せるなら、彼女も本望じゃないかな。女性ホルモンを投与し、睾丸摘出している君なら、性転換しても拒絶しないだろうと思った。だから移植した」
「じゃあ……。あたし、本当の女性になったんですね。それも子供を産む事のできる……」
「ああ、そうだ。もはや完璧な女性だよ」
 それが本当なら、敬の子供を産む事ができる? 自分自身の子供ではないが、父親が敬ならそれで十分だ。
「しかしこの状態どうにかなりませんか。寝返りが打てないから身体中が痛いんですけど」
「あはは……、我慢我慢。一つの臓器だけならまだしも、腹腔にある臓器のほとんどを移植したんだ。生きているだけでも感謝しなくちゃ」
「そんなにひどかったのですか?」
「もうずたぼろ状態。これが消化器系の腹腔だから助かったが、循環器系の胸腔だったら即死だったな」

 それから二週間ほど経った。
 その間ずっと考え続けてきたのは敬の安否だった。
「ちゃんと逃げ出せたかな……」
 自分の方は、敬の「最期の最期まで生きる希望を捨てるな」という言葉を守って? 生きる執念が実って、どうやら危機を脱して生き延びたようだ。しかも念願の性転換というおまけもついて。
 敬が別れ際に言った言葉を思い出した。
「いいか、おまえも最期の最期まで、生きる希望を捨てるなよ。簡単に死ぬんじゃないぞ、俺が迎えにくるのを信じて、命の炎を絶やすんじゃない」
 そう言ったからには、絶対にあたしを見捨てたりはしない。必ず生き延びて迎えにきてくれる。敬は、そういう男だと、信じていたい。

 先生が診察に来た。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だ、起き上がってもいいよ」
 先生に支えられて起き上がりベッドの縁に腰掛ける。
「あの……。あたしのあそこ見せて頂けませんか?」
「やっぱり気になるだろうね。いいだろう、見せてやるよ。今鏡を持ってきてやる」
 先生が持って来てくれた手鏡を股間の前にかざして、じっくりと観察した。
 いつも見慣れたペニスはすでになく、まさしく女性そのものの外陰部がそこにあった。大陰唇・小陰唇、隠れるようにクリトリスと尿道口、そして男性を受け入れる膣口が開いていた。
 ああ……。とうとう女性に生まれ変わったんだ。
 それは長い間待ち望んでいた姿だった。自分のためでもあったが、それ以上に敬のためでもあった。
「傷が見当たりませんが……?」
「ああ、針と糸を使った従来の縫合では醜い痕ができるから、特殊な生体接着シールを使ったからね。ただ急に動いたりすると剥がれて傷が開いてしまう。それもあって当初君の身体を縛って動けなくしたんだ。もちろん内臓のほうも急な動作は厳禁だった」
「そうだったんですか」
「満足してくれたかね」
「はい。もちろんです」
「うん。それでこそ、手術した甲斐があったというものだな」
 今まで股間ばかりを映していた鏡に、自分の顔が入った。
「ちょ、ちょっと……。この顔は?」
 鏡に自分の顔を映して食い入るように見つめている。
「ああ、言わなかったけ……。顔も少しばかり整形して死んだ女性に似せてあるよ。喉仏も切削して平らにした。何せ君は組織に狙われている身だ。そのままの顔で外を出歩いては、生きている事がばれてしまうじゃないか。また命を狙われるに決まっている。私が精根込めて生き返らせた意味がなくなる」
「それは、そうですけど……あたしの知人にも判らなかったら、困ります」
 知人とはもちろん敬のことだ。
 愛している敬が、自分が判らなかったら生きていてもしようがない。
「仕方ないな。うまく接触して納得させるんだな」

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