特務捜査官レディー(四)蘇生術
2021.07.08

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)


(四)蘇生手術

 とある部屋、手術台に乗せられ裸状態の薫がいる。数本の輸液の管が腕に刺され、
酸素呼吸装置に繋がれ、何とか自発呼吸を続け生命を取り留めている様子だった。万が一に備えての人工心肺装置も用意されていた。
 薫の開腹手術が始まった。
「こりゃあ、だめだな……」
 マシンガンの掃射を受けて内臓はずたずただった。弾丸を摘出したくらいでは修復は不可能だった。手当は移植しかなかった。実際これだけの弾丸を受けて生きているのが不思議なくらいだ。たった一発の弾丸を受けただけでも、その衝撃で心臓麻痺を起こして死ぬ事もあるのだ。
 生に執着するよほどの執念でもあるのだろうか?
 英一郎は、硝子越しに見える隣の部屋のベッドに横たわる患者を見た。
 二十歳前後の日本女性で、頭部に弾丸を受けて脳死状態になってすでに十二時間以上立つ。呼吸中枢はまだ生きていて自発呼吸を続けてはいるが、いずれ完全死を迎えるのは必死だ。治療は不可能だから、このまま臓器を摘出しても構わないのだが、身体は無傷で心臓も動いている状態では、やはり躊躇してしまう。しかも同じ日本人だ。
 ショルダーバックに入っていたパスポートと身分証から、東京在住の薬学部に在学する女子大生と判明している。観光かなんかでこのニューヨークを訪れていたが、運悪く事件に巻き込まれてしまったらしい。同じく一緒にいた友人らしき女性は、心臓を射ち抜かれて即死、すでに臓器を摘出してここにはもういない。
 とにかく、このまま放っておいては二人とも死んでしまう。女性の患者は助けられないが、男性の方は臓器を移植すれば助かる可能性がある。
「やってみるか……」
 本当なら脳をそっくり移植することができれば、身体に一切傷をつけることなく生き返らせることができるのだが……、頭部に傷は残るが髪で完全に隠れてしまうから見破られることはないだろう。しかし、自分には脳神経外科の技術を持っていない。ほんのちょっとの傷をつけたり、ほんの数秒血流が跡絶えただけでも麻痺が残ってしまうデリケートな組織なのだ。傷をつけることなく、血流を跡絶えさせることもなく移植を完了させることは不可能だ。
「免疫反応はどうかな……」
 ここにはヒト白血球抗原(HLA)を調べる設備がなかった。
「例によって簡易検査で済ますか」
 二人の肝臓を少し採取して組織をばらばらにし、片側には人体無害の蛍光染料で染めてから、両組織を混ぜ合せて培養基に移して、しばらく蛍光顕微鏡で観察してみる。
 肝臓の細胞は不思議なもので、細胞分裂・増殖の速度が他の組織よりはるかに早くて、顕微鏡下で見ている間にもどんどん増殖していくのが観察できる。それは肝臓が人間の臓器の中で唯一、細胞内に核を二組持っている理由からだとされている。減数分裂時の生殖細胞を除けば、通常細胞の核は一組しかないが、なぜか肝臓は二組の細胞核を持っているのだ。
 もう一つ面白い現象がある。細胞同士が隣り合うとその間隙に毛細胆管組織を形成するように働く。肝臓は毒物などを処理した廃物(胆汁)をその毛細胆管に排出し、それらの毛細胆管が寄り集まって胆管となり、やがて胆汁分泌器官の胆嚢へと集合進化していくのである。
 増殖しながらも接触する細胞と連携しながら胆管組織を形成していく、二人のそれぞれの肝臓組織の動向を観察する。蛍光染料で染められた細胞とそうでない細胞がどう働いているか?
 もし拒絶反応があれば、接触した細胞は胆管形成することなく離れていくはずだ。
 結果は、二人の細胞は互いに仲良く寄り添うように増殖と胆管形成を繰り返していた。拒絶反応はまったく見られなかった。
「よしよし、オーライだ。免疫はパスだ」
 確率数万分の一というまさしく偶然の一致だった。同じ日本人だからこその結果だろう。もし二人の民族が違っていたらまず有り得なかったことだ。
「今、生き返らせてやるからな」

 その頃、敬は追っ手を何とか振り切り、一息ついていた。
 旅立ちの時に空港での、薫の母との会話を思い出していた。
「じゃあ、敬くん。薫をお願いね。あなただけが頼りなんだから」
「まかしておいてください」
 申し訳ない気持ちで一杯だった。薫を守る事もできず、その場に残したまま逃げ回っている。男として情けなかった。
「ちきしょう! せめて真樹の仇を討たねば済まさないからな」
 よろよろと歩きながら、夜の闇にかき消えるように姿が見えなくなった。

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