銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ VII
2019.06.30


 機動戦艦ミネルバ/第四章 新型モビルスーツを奪回せよ


                VII

 ゆっくりと降下していくミネルバ。
「まもなく海上に着水する。総員、衝撃に備えて何かに捕まれ」
 座席のある艦橋オペレーターはともかく、機関部要員などは立ち仕事なので、衝撃に
吹き飛ばされて怪我をしないように、機械の出っ張りにしがみ付いていた。
 やがて豪快な水しぶきを上げながら着水するミネルバ。
 海面との摩擦力による急激な減速で、乗員達は前のめりになりながらも、なんとか乗
り切ったようだ。
「着水しました」
 冷や汗を拭きながら報告するオペレーター。
「全隔壁閉鎖」
 艦内のすべての防水隔壁が閉じられていく。
 水上戦闘では、喫水線より下部の艦体に損傷を受けて浸水した時に備えて、隔壁を閉
じるのはセオリーである。
「砲術長!」
「はっ!」
 呼ばれて立ち上がる砲術長。
「各砲門の戦闘指示は任せる。目標戦闘艦が射程に入り次第、攻撃開始せよ」
「了解。各砲門は自分の判断で戦闘指示を出します。目標戦艦が射程に入り次第攻撃開
始」
 命令を復唱して席に戻る砲術長。
 数多くの敵艦船に対して、艦長自らが攻撃指令を出していては、全体的な指令が出せ
なくなる。細かな指示は、各担当部門の責任者に一任するのは当然である。
 早速に戦闘指示を出し始める砲術長。
「135mm速射砲へ、APCR硬芯徹甲弾を装填!」
 APCR硬芯徹甲弾とは、軽合金の外郭の中にタングステンカーバイトなどの重金属
の弾芯を使用して侵徹長(貫通力)を高めたものである。全体として比重が軽いので高
初速が得られる。着弾すると外郭の軽合金は潰れて、弾芯のみが装甲を侵徹する。
 より貫徹力の強いAPFSDS弾ではなく、こちらを選んだのは連射能力がこちらの
方が高いからである。もちろん値段の関係もあるが……。
「APCR弾、装填完了しました」
 やがて速射砲台から応答があって直ぐだった。
「目標戦闘艦が射程に入りました」
「全砲門、攻撃開始!」
 砲術長が下令すると、各砲門がそれぞれ火を噴き始めた。
 ミネルバの兵装には、砲術長が担当する部門以外にもまだある。
 魚雷長の担当する魚雷部門である。
「魚雷発射管室に魚雷戦を発令せよ」
 フランソワは魚雷長に指示を与える。
「了解。魚雷戦を発令します」
 ミネルバには艦首に8門、艦尾に4門の魚雷発射装置がある。
 通常の魚雷はもちろんのこと、シースキミング巡航ミサイルの【トラスター】をも発
射できる兼用タイプである。
 水上艦艇の魚雷発射装置は甲板上にあるものだが、ミネルバは潜水能力があるので、
喫水線下に発射管を装備している。
「ADCAP重魚雷を装填」
 ポンプジェット推進にて最大速力50kt(最大射程8km)を誇り、全長約5.79m、重量
1,663kg、弾頭に292.5kg高性能炸薬(磁気信管)。1,000m以上もの深さからでも発射き
るホーミング魚雷である。
 誘導方式には、魚雷本体のソナー探索によるものと、母艦からの有線誘導の二通りが
ある。有線誘導の場合には、敵艦がデコイ(囮魚雷)などで対抗しても、それを廃除し
て命中させることができる。
「敵艦隊は密集しています。ソナー探索にしましょう」
「そうですね。発射すれば必ずいずれかの艦に命中するでしょう」
 一隻が魚雷に気づいて退避運動を起こしても、後続の艦艇がいくらでもいる。これだ
けの重魚雷、命中すれば一発撃沈である。

 魚雷発射管室では、指示に従ってADCAPを発射管に装填していた。
 もちろん人力では不可能であるから、自動装填装置によってである。
「装填完了」
「管内に注水」
「深度調停装置を調整、5m。雷速5kt」
「発射角度3度」
「圧搾空気弁正常。圧力正常」
「前扉を開放」
 次々と魚雷発射への準備が進められていく。
 そして魚雷長が艦橋へ報告する。
「魚雷発射準備よし!」
『魚雷、全門発射!』
 すぐさま命令が下される。
 魚雷発射!
 圧搾空気によって魚雷が押し出され、起動スイッチが入って機関が動いて、魚雷は敵
艦目指して進んでいく。
「魚雷発射、確認。敵艦への到達予定時間は二分後です」
『続ける。次弾を装填せよ』
 魚雷発射担当要員に休んでいる暇などなかった。

「左舷後方より高速推進音! 水中をこちらに向かってきます」
 周囲に潜水艦が隠れていたのであろう。
 こちらが撃てば、敵も撃ってくる。
「デコイ発射用意!」
 おそらく誘導魚雷であろうから、囮魚雷で敵魚雷をかわそうというわけである。
 もちろん同時に退避運動。
「取り舵一杯! 左舷エンジン停止、右舷エンジン全速!」
 ゆっくりと旋回を始めるミネルバ。
「魚雷発見!」
 正面スクリーンに敵魚雷が気泡を上げて迫ってくる映像がポップアップで投影される。
 艦橋は緊迫感に溢れていた。
「舵を中央に戻せ! 両舷前進半速! デコイ発射!」
 息詰まる瞬間であった。
 魚雷は退避運動によって目標を一時に失い、デコイに反応して反れていった。
「敵潜水艦の位置を確認」
「反撃します! ソードテール対潜魚雷発射用意!」
 艦上発射式の対潜ミサイルである。トライアス(改)巡航ミサイルの弾頭に誘導魚雷
を取り付けたもので、敵艦の大まかな位置に向かってランチャーから発射され、敵艦付
近に到達すると魚雷を投下する。着水後に赤外線シーカーと音響誘導によって敵艦の追
跡をはじめる。


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銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ VI
2019.06.23


 機動戦艦ミネルバ/第四章 新型モビルスーツを奪回せよ


                 VI

 海上を進む戦艦ミネルバ。
 艦橋の最先端にあるガラス張りの場所に立ち尽くして、バイモアール基地のある前方
を静かに見つめているフランソワ。
 上級大尉の肩章の施された淡いベージュ色のタイトスカートスーツに身を包み、その
胸には戦術用兵士官であることを示す徽章(職能胸章)が、夕焼けの光を受けて赤く輝
いている。
 半舷休息から戻ってきたばかりで、じっと正面を眺めたまま腕組みをして、何事か思
案の模様であった。
 その様子を見つめている周囲のオペレーター達。
「艦長は何を考えていらっしゃるのだろか?」

 フランソワには四歳下の弟がいた。
 成績優秀で品行方正にして、クレール家の次期当主として両親の期待を受けていたフ
ランソワ。
 対して弟の方は、姉とはまるで正反対の粗忽者で乱暴者、毎日のように誰かと喧嘩し
て生傷が絶えなかった。
 そんな弟ではあったが、子供のいないとある軍閥の家系に養子として迎えられた。
 養子と言えば聞こえが良いが、実情はクレール家から厄介払いしたに等しかった。
 フランソワにとっては、できの悪い弟であったが、幼少の頃から世話をやいてきた可
愛い弟でもあった。
 その後、クレール家と養子先の軍閥家との交流は断絶し、弟の消息も途絶えた。
 風の噂に、家に寄り付かず放蕩のあげく、勘当されてしまったという。
「今どこで何をしているのかしら……」
 士官学校に入隊する少し前の話である。
 どこに注視することもなく、ぼんやりと前方を見つめるフランソワであった。

 突如、艦内に警報が鳴り響いた。
 自分の端末に集中するオペレーター達。
「バイモアール基地の探査レーダーに補足されました。基地の絶対防衛圏内に侵入」
 我に返り指揮官席に向かって駆け出しながら、
「戦闘配備。アーレス発射準備!」
 フランソワは命令を下した。
 まだ半舷休息の時間は終わっていなかったが、戦闘となれば最上位の士官が指揮を執
るものだ。
 ゆっくりと休んでなどいられない。
 戦闘配備と同時に、眺めていた展望用ガラスの外壁に防護シャッターが降ろされ、メ
インパネルスクリーンなどのシステム機器が下降してくる。
 それまで指揮官席に陣取っていた副長が席を譲りながら、
「これより艦長が指揮を執る。戦闘配備。アーレス発射準備」
 と指揮権の交代を告げながら、命令を復唱した。
「戦闘配備!」
「アーレス発射準備」
 各オペレーター達も命令を復唱して確認した。
 兵装の内でも、原子レーザー砲のアーレスは、発射準備が整うまで時間が掛かるので、
使用の時にはいの一番に準備させておかなければならない。
 原子をレーザー励起させるために極超低温にし保持する装置。莫大な電力を瞬間的に
発生させる超伝導コイル蓄電装置など。それぞれに冷却材である液体ヘリウムの注入が
必要だった。
「バイモアール基地の詳細図をスクリーンに投影。敵艦艇の位置データを重ね合わせて
ください」
 スクリーンに基地が映され、海上を埋め尽くすように水上艦艇がひしめいていた。
「水上艦艇の総数は、およそ七十二隻です」
「たいした設備もないのに、これだけの艦艇が集合しているのは珍しいわね」
「新型モビルスーツのせいではないですかね。このバイモアール基地には、カサンドラ
訓練所と共にモビルスーツ研究所も併設されてますから。新型をここへ運び込んだのも
そのためで、警備のために派遣されてきたものと思われます。何せ、あのフリード・
ケースン中佐が設計したマシンです、ただものでないことは誰しも察しがつきますから
ね」
「それは言えてますね」
 うなづくフランソワ。
 サラマンダー艦隊に配属されて日も浅かったために、フリードとはほとんど話しをし
たことがないが、噂の限りではとんでもない天才科学者であることは、彼が開発したも
のを見れば一目瞭然。極超短距離ワープミサイル、ステルス哨戒艇P-300VX、そ
してなんといってもこの機動戦艦ミネルバである。
「さて……。まず最初に射程に入るのは湾内を固める水上艦艇ですが、これは純然たる
旧共和国同盟軍から転進した部隊です。同じ祖国同士ということになります」
「もちろんすべて撃沈破壊します。水上艦艇を残しておけば、いずれ我々の秘密基地の
探索に借り出されることになります」
「なるほど、それは問題ですね」
 パネルスクリーン上の艦艇データの明滅がが、一斉にこちらに向かっていることを示
した。
「敵艦隊が動き始めました」
「目標戦闘艦、先頭を進む艦艇に設定」
「了解。目標戦闘艦として、ミサイル巡洋艦チャンセラーズに設定」
 艤装、mk26ミサイルランチャー、mk41垂直発射トマホーク、mk46三連装
魚雷発射管、5インチ54口径軽量速射砲2門、20mmCIWS機関砲2門。機関出力、ガ
スタービン4基2軸の80,000shp、速力30ノット。
 スクリーンに目標戦闘艦に設定した艦艇データがテロップで流れていた。
「およそ平均的な部隊編成ですね。このミネルバの戦闘能力からすれば、それほどの脅
威ではないと思われます」
「油断は禁物ですよ。一頭の猛獣が蟻の大群に倒されることもあるのですから」
 確かにフランソワの言うとおりである。
 格段の火力を誇るミネルバとて、その対象は上空から迫る宇宙戦艦が本来の相手であ
る。海上を航行する水上艦では、水平発射しかできないアーレスは使用不可だし、ヒペ
リオンも上空迎撃が主任務である。結局のところ下向き攻撃できるのは、135mm速射砲
第三砲塔と爆雷による攻撃しかない。しかし相手はすべての兵器を使用することができ、
トマホークなどのミサイルを集中させられると、さすがのミネルバも苦戦を強いられる
ことになる。
「海面に着水してください」
 これしかない。
 着水すれば、ほとんどの兵器が使用可能となるが、反面として破壊力の大きな魚雷攻
撃を受けることになる。
 攻撃力をとるか、防御力をとるか、二者選択である。


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銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ V
2019.06.16


 機動戦艦ミネルバ/第四章 新型モビルスーツを奪回せよ(日曜劇場)


                 V

 夕暮れとなり、電力ケーブル破壊工作に出ていた小隊が、無事に岩陰のテントに帰っ
てきた。
 副隊長が出迎えに出ていた。
「お帰りなさいませ。首尾はいかがでしたか?」
「うまくいったわ。作戦発動予定時刻に合わせて、無線起爆装置のスイッチを入れるだ
けだ」
「それは何よりです。敵基地の動きに変わりはありません」
「そうか……」
 テントの幕を、捲し上げて中に入る隊長。
「お待ちしていました。食事の用意は整っています」
 給仕班の兵士が待ち構えていた。
「よし、交代で食事にする。全員に伝えてくれ」
「判りました」
 副隊長がそばの兵士に目配せすると、納得したように指令の伝令に向かった。
「おい。例の二人をここへ連れて来い。食事を摂らせる」
「食事ですか?」
「捕虜にも食事をする権利はあるからな。捕虜の取り扱いに関する国際人権条約は遵守
されるべきだ」

 やがてテントに連行されてくる訓練生の二人。
「やい。いい加減に解きやがれ!」
 後手に縛られた手を、さかんに動かしながら叫ぶアイク。
「ふふふ。口だけは達者だな。いいだろう、解いてやれ」
 と、食事をする手を休めて、部下に命ずる隊長。
「逃げられます」
「構わん。縛られていては食事は摂れんだろう」
「しかし……」
「大丈夫だ。少なくとも食事が終わるまでは逃げないさ」
 二人のおなかがクウと鳴っていた。
 食べ盛りの若者である、何はなくとも腹ごしらえ。湯気の立ち上る食事を前にして、
逃げる気配は見せてはいなかった。
 引き下がる副隊長。
「まあ、座れや」
 自分の隣を指し示す隊長。
 言われた通りに、隊長の隣に腰を降ろす二人だった。
 プラスティック製の皿に盛られたシチューが手渡されると、早速口に運んだ。
「わたしの名は、シャーリー・サブリナだ。ご覧の通りに、この部隊の隊長をしている。
おまえ達の名前を聞こうか」
 まず先に名乗ってから、二人に名前を尋ねるシャーリー。 
「俺の名は、アイク・パンドールだ」
「ジャン・サルバトール」
 食事を口元に運ぶ手を止めて、それぞれに名前を名乗る二人。
「いい名だ」
「それはどうも……」
 気の抜けたような声で答える二人。
 会話よりも食べることの方が大事だという感じだった。
「それだけでは足りなさそうだな。おかわりしてもいいぞ」
「そんじゃ、おかわり」
 と遠慮なく空になった皿を給仕係りに差し出す二人。
 二人はいつもおなかを空かせている食べ盛りなのである。
 やがて、おかわりの皿をもきれいに平らげて、地面に置いてから尋ねるアイク。
「あんたら反政府軍のものだろ? そうか……。判ったぞ、新型モビルスーツを取り戻
しにきたんだな」
「そういうことにしておこう」
「なんだったら手伝おうか? 基地内のことには精通している俺達がいれば楽だぜ」
「その必要はない。情報ならこちらでも把握している」
 と言いながら、テント入り口に立つ兵士に目配せするシャーリー。
「おまえら、食事が済んだだろ。立つんだ」
 二人の前に立って促す兵士。
「また、木に縛り付けるのかよ」
「悪いがそうさせてもらう。作戦に支障が出ないようにな」
「冗談じゃねえよ!」
 と突然、兵士に体当たりし、外へ逃走しようとするアイク。ジャンも追従する。
 テントの幕を跳ね上げて外へ飛び出す二人。
 だが、外には屈強な兵士が待ち受けていた。
 簡単に首根っこをむんずと捕まれ、宙吊りにされてしまう二人。
「は、離しやがれ!」
 手足をばたばたとさせて、振りほどこうと暴れるが無駄な努力だった。
 体格差も筋力も、大人と子供ほどの違いがあった。
 シャーリーがテントから出てくる。
「どうした? もう捕まったのか、ぶざまだな」
「うるせえ!」
 プイと顔を背けるアイク。
「体育教練など無駄だとか抜かしておったが、その結果がこれだ。いざという時に一番
発揮するのは体力だということがわかっただろう」
「ランドール提督だって、体育教練をサボっていたじゃないか」
 何とか言い返えそうとするアイクだが、
「提督の真似をしたということか……。で、おまえは戦術用兵士官か?」
 尋ねられて、言葉を詰まらせる。
「戦艦を指揮する者は、体力など必要がない。優秀な頭脳さえあればいいのだからな。
比べられるものではないだろう」
 押し黙ってしまうアイク。
「頭を冷やして考えることだな」
 言い放すと、
「連れて行け!」
 二人を抱えている兵士に命ずるシャーリー。
「判りました」
 屈強な兵士は、二人が縛られていた大木へと連行していった。


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銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ IV
2019.06.09


 機動戦艦ミネルバ/第四章 新型モビルスーツを奪回せよ


                IV

 隊長がテントに入ってくるのを見て、通信士が早速声を掛けた。
「あ、隊長。今、暗号文の解読を終えたところです」
 と、通信士が暗号文を記したメモを手渡した。
 暗号が入電したとのことで、各班の班長が集まってきていた。
 暗号文を読み終えて、苦々しい表情で部下に伝える。
「面倒な任務が一つ増えたぞ」
「新しい任務ですか?」
 そばにいた兵士が聞き返した。
「ああ、ミネルバからの依頼だ。トーチカを守っているエネルギーシールドを何とかし
てくれとのことだ」
「ミネルバとは、空と陸からの両面からの共同作戦を行うはずでしたよね」
 共同作戦とは、バイモアール基地を空からミネルバが奇襲を掛けて、敵が空に気を取
られている隙に、地上から基地に潜入してモビルスーツを奪回するというものだった。
「何とかしてくれと言われても堅牢なトーチカを攻略するには、我々の装備では不可能
かと思いますが」
「トーチカそのものではない、エネルギーシールドだ。電力の供給元を絶てば簡単に済
むことだ」
「変電所でも爆破するのですか?」
「そんな危険な作戦はやらない。おい、変電所とトーチカを結ぶ電力線の記された基地
の見取り図を出してくれ」
 隊長が別の兵士に指示するのを聞いて納得していた。
「そうか、電力ケーブルですね。変電所などの施設に入るには危険が伴うが、山腹に埋
設された電力ケーブルの切断なら、人知れず任務を果たせるというわけですね」
「ありました。基地内の電力ケーブルの埋設図です」
 鞄から埋設図を取り出して机の上に広げられた。
 図面には、無数の配線がトーチカのある山腹に至るまで、緻密な網の目状に引かれて
いて、素人には何が何だが見当がつかなかった。
「トーチカに連なるケーブルはどれだ。それも大容量高電圧のやつだ」
 おそらく電気技術士官なのであろう、緻密な配線の中からエネルギーシールドに電力
を供するケーブルを探し当てた。
「あった。これです」
 といいながら図面のケーブルに蛍光ペンで色を塗った。
「よし。爆発物処理班を召集だ。君も一緒にきてくれ」
 電力ケーブルが埋設されている正確な位置を知るには、図面に詳しい電気技術士が同
行した方が良いに決まっている。
「もちろんですよ」
 快く承諾する技術士。
「指揮はわたしが執る!」
 爆破の専門家とケーブルを掘り出す工兵要員が速やかに集められて、隊長の指揮の下
に山腹へと移動をはじめた。

 トーチカへと続く丘の中腹。
 木々の茂みを掻き分けて特殊部隊が移動している。
「この辺りにケーブルが埋設されているはずです」
 見取り図と位置情報機器と見比べながら、電気技術士が指差していた。
「よし。早速掘り起こそう」
 隊長が指示すると、シャベルを持った兵士が、土を掘り起こしはじめた。
 保守点検を考えるならば、道沿いに埋設するのが常道なのであろうが、軍事機密とし
てわざわざ道なき所に埋設されているのであろう。
 その軍事機密である電力ケーブルの見取り図を、いとも容易く手に入れることのでき
た情報部の底力を知らされた。
「レイチェル・ウィング大佐か……」
 パルチザン組織にとって死活を征するのは、正確な情報をいかに早く収集し、極秘裏
に必要とする部署に的確に配信できるかである。
 特殊部隊が任務を遂行するのに必要な情報が、見事なまでに揃っていた。
 その情報能力を高く評価して、ランドール提督が送り込んできただけのことはあった。

 近くを通る山道を登ってくる自動車のエンジン音が聞こえてきた。
「静かに! 身を隠せ」
 穴掘りを中断して、茂みに隠れる兵士達。

「おい、止めろ!」
 山道を登っていた四輪駆動車の助手席の兵士が制止した。
「どうした?」
 運転手が尋ねる。
「今、茂みの中で何かが動いたんだ」
「見間違いじゃないのか? こんな山道、めったに通らないぞ。獣だろう」
「いや、人影だ。見てくる」
「気をつけろよ」
「判っている」
 車を降りて、銃を構えて茂みに入っていく兵士。

 茂みに身を隠して、近づく兵士を窺いながら、
「気づかれたみたいですよ」
 と、銃を取り出していた。
「銃はいかん。ナイフを使え」
 発砲すれば車に残った兵士に聞こえ、本部に連絡されてしまう。
 作戦発動までは、特殊部隊の活動を知られては、すべてが失敗となる。
 言うが早いが、隊長はナイフを手に取り、兵士の背後に回って急襲して見事に倒した。
 
「車にも一人残っていますよ」
 誰かが車の方を指差す。
「まかせてください」
 そう発言した兵士は、ナイフ投げの達人と呼ばれる人物だった。
 特殊部隊なら最低一人くらいはいるものである。
 達人はナイフを持つと、投てきの体勢を取り、車の方に向かって投げ放った。
 放たれたナイフは真っ直ぐ突き進んで、車で待機していた兵士を倒した。
「お見事!」
 何人かが手を叩いて賞賛した。
「誰か、車の方を片付けてくれ」
「わかりました」
 一人が車に向かった。
 車と倒れている兵士をその場に残しておいては、次に来る者に発見されてしまう。
「急ごう。作戦発動に間に合わなくなって、夕飯を食べる時間がなくなるぞ」
 穴掘りを急がせる隊長であった。
「それは大変だ! 急ぎましょう」
 賛同してシャベルを再び握る兵士達だった。
 作戦を遂行するのも大切であるが、腹ごしらえはもっと大切である。


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銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ III
2019.06.02


 新型モビルスーツを奪回せよ


                 III

 バイモアール基地に隣接されたカサンドラ訓練所。
 その全貌を見渡せる小高い丘の上に、身を隠すようにして崖縁から様子を伺っている
者達がいる。
 搾取された最新鋭のモビルスーツ奪回するために潜入している特殊工作部隊である。
 その一人が手にした双眼鏡の視界には、訓練所内で行き来する士官候補生達の動きを
捉えていた。

 水飲み場で顔を洗い、水を飲んでいる生徒がいる。
 小脇に出席簿を抱えた教官が声を掛ける。
「アイクとジャンはどうした?」
 体育教練に出なかった二人を探し回っている風であった。
「さあ……。どこかで昼寝してるんじゃないですか」
「またか、どうしようもない奴らだな」
「なんすかねえ。あのランドール提督の真似してるんじゃないすかね。提督も体育教練
をよくサボっていたっていうじゃないすか」
「馬鹿もん! 提督は、学力も運動神経も人並みはずれた能力を持っていたんだぞ。た
だそれを前面に出したくなくて、人知れず『能ある鷹は爪を隠す』をやっていたんだ。
しかしトライトン提督や士官学校の先輩であるガードナー提督は、その内面から溢れる
才能を見抜いてランドール提督を重要なるポストに抜擢したんだ。ランドール提督はそ
の期待に応えた」
 陶酔したような表情を浮かべて、ランドール提督を賞賛する教官だったが、
「あの……ランドール提督は敵になったのでは……」
 という生徒の言葉に、気を取り戻して軽く咳払いしながら、
「とにかく、二人を見かけたら私のところに来るように伝えろ」
 罰が悪そうに立ち去る教官であった。
 総督軍にとっては敵将となったとはいえ、英雄と称えられる数々の功績を打ち立てた
ランドール提督を真に敵視する者は、生徒はもちろんのこと教官の間でも誰一人として
いなかったのである。

 小高い丘の上。
 特殊工作部隊のいる場所から少し離れた所に、空を覆いつくすように広々と枝を伸ば
している巨木がある。
 木漏れ日が差し込むその根元で惰眠をむさぼっている二つの人影があった。
 養成所の訓練生であるアイクとジャンであった。
 大きな欠伸をして目を覚ますアイク、その動きにジャンも目を覚ました。
「こんなにいい天気の日に体育教練など野暮ってもんだな」
「格闘技でもあるまいし、全自動のプログラムが動かしてくれるんだ。体育教練などや
っても無駄じゃないか」
 青い空に流れる雲を目で追いながら、アイクがそう呟いたときだった。
「ほう……。たいした自信だな」
 突然女性の声がしたかと思うと、仰いでいた空が黒い影で遮られた。
 それは人の影だった。
 明るい所に目が慣れていたせいと、逆光のせいでその素顔を確認できなかったが、そ
の体格からしても女性に間違いない。
 しかし、顔面に突きつけられたのは自動小銃の銃口。
「そのまま動くな。でないと頭に大きな穴が開くことになる」
 身動きできなかった。
 周囲で物音がしているところをみると、他にも数人いるようだ。
 寝転がったままの状態で、身体を調べられている。
 おそらくジャンも同じ境遇だろう。
「武器は持っていないようです」
「よし、縛って木の根元にくくり付けろ」
「了解!」
 その人物が銃を降ろして後ずさりしたかと思うと、数人がかりで縛られた。
「立て!」
 そして引っ立てられるように巨木の根っこにくくりつけられた。
 何がなんだか判らないうちに……。
 そんな感じだった。
「隊長、暗号文が入電しています」
 下から上がってきた兵士が伝えてきた。
「判った、今行く。そいつらから目を離すな。監視を一人付けておけ」
「了解」
 逃げられて特殊部隊の存在を、訓練所に連絡されて困る。任務完了までは縛っておく
に限る。
 隊長と呼ばれた女性士官は下へ降りていって、岩陰に設営されたテントに潜り込んだ。

ポチッとよろしく!

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